日記


2019年8月  



9月21日(土)
 心身の疲労が蓄積して絶不調。愚かな人間に色々愚かなことを言われた昨日の不快感も引きずり、下らない人間と関わりを持つことは人生における大きな損失であることを改めて実感させられる。
 午後、NHKホールへ。N響定期演奏会。Paavo Jarvi指揮、Valentina Farcasソプラノ、曲目はリヒャルト・シュトラウス「歌劇『カプリッチョ』から『最後の場』」、マーラー「交響曲第5番」。充実した良いプログラム、迫力ある圧巻の演奏。

9月20日(金)
 ハロルド・メイバーン死去の報。3月に初めてニューヨークに行ったときに83歳のバースデーライブとのことでライブハウスで初めて生で聴いた。そのときには大変元気そうだったので、こんな早い死は全く予想せず。そのライブでは、「自分は色々な人の影響を受けているが、もし一人だけ感謝したい人を挙げるならフィニアス・ニューボーンだ。知っているか?Spotifyなどで探すなら、綴りはこういう字だ…」、等と説明していた。今やアメリカではフィニアスも過去の人か、との感慨も抱きつつ。
 午後、かつての指導教官を囲む研究会で報告。先生とお会いできるのはうれしいし、今まで不義理をしてサボり続けていたのも申し訳ないが(この点は言い訳の仕様もない)、率直なところ、この会はあまりにも不快なことが多すぎて(事前に予想していたよりも酷い。あんな馬鹿では本当に仕方がない)、もう二度とここには来ない、との決意を新たにする(不愉快な学界的人間関係から離脱するためにも、この機会に学会からの脱会を考えようかと初めて本気で思わされる)。この半月ほど、自分の研究にとって真に刺激になる人間関係とは何か、無益で不快な関係とは何か、と改めて考えさせられる機会に恵まれている。

9月19日(木)
 疲労困憊しながら教授会やら事務手続やら大学の各種雑件。下劣なことのみ多く、不快きわまりなし。

9月18日(水)
 日独交流最終日。合宿先の熱海にて研究会、若干の悲しい事故はありつつも(色々考えたが、それ以外に一体どのような言い方があるのか。あの場にいた人間は、各自の思いを胸に刻む他ない)、夕方に無事終了。横浜で夕食を取り、夜10時頃に三田で解散。
 感想をいくつか。①2015年に始まり、2年ごとに開催されているこの会、自分は従って3回目の参加だが、自分にとっては1回目が一番面白かった(自分が報告して力試しをした、という要因も大きいが)。日本とドイツの憲法をめぐる違いは、少なからぬ部分この1回目の時点で論点として挙がってきている。これに比べると2回目、3回目は、同じことをもう少し具体的で手堅いテーマに則して考える、という感じのプログラムで、私自身としては全く同じ問題の周りをぐるぐる回りながら理解が深まっていかない、というフラストレーションをしばしば感じる。②もっとも、参加者の一人であるドイツ連邦憲法裁判所判事のB教授は、「今回が最も議論が集中していて実り多かった」と言っていたらしく、これにうなずくドイツ人も少なくなかったようにみえる。日本側参加者はドイツ憲法を勉強しているので、不完全であっても日本とドイツの両方を知った上でこの会に参加しているのに対して、ドイツ側は日本についてほとんど知識がなく、ドイツ語で読める日本関連文献も限られる中で参加しているため、1回目には面食らったような事柄が、回を重ねるごとに知識も増え少しずつ具体的に理解できるようになっていく、ということなのかもしれない。ともあれ、少なくとも両当事者のうちの一方にとって実り多い会であったのなら、成功ということなのだろう。③何人かの尊敬する先生と定期的に顔を合わせる機会としては非常に貴重だし、恩恵を被っている。その反面、自分は議論の場で咄嗟に発言するのが得意でない人間なので(ドイツ語が下手だという要因も大きいが、そもそも学生時代以来ずっとゼミや研究会での討論は苦手で静かにしていた)、今の参加の仕方だと「あまり興味の持てないテーマについての話を黙って聞いている」ということになりがちで、良くないなー、とも思う。今後この会がどう進んでいくかも見ながら、自分の適度な関わり方を考えていくのが良いのかもしれない。④それにしてもこの会はドイツ人は早口だ。外国人に対する何の遠慮も配慮もない。だからこそ耳を鍛える良い機会なのかもしれないが。

9月17日(火)
 日独交流二日目。最高裁訪問から、箱根・熱海合宿へ。普段自分ではあまり行かないところに行って、これはこれで楽しい。

9月16日(月)
 日独交流の1日目@慶応大学。朝から晩まで拘束される。内容に関しては別として、とにかく疲れる。

9月15日(日)
 無事ミッションを果たして帰国。つ、疲れた…。でも面白かったし、報告も無事好評で良かった…。
 明日から三日間、また日独交流で拘束されるので、大至急慌てて溜まった洗濯物を洗濯する。本当は今晩は来日したドイツの憲法学者を歓迎する夕食会があるのだが、出席しているどころではなく、まずは明日からのパンツの心配をしなければいけない。
 時差呆けで眠れず、夜中にPCを開くと、昨日までご一緒していたパリ第1大学の先生からメールが来る。「報告がとても面白かったので、改めて報告原稿を読みたい。メールで送って欲しい」とのこと、これはとてもうれしい。その後、更に眠れないため、今度の日独交流で久しぶりに再会するはずが家族の急病で来られなくなったドイツの旧知のS先生に、「お会いできなくで残念です」とメールを送る(ついでに「日本の憲法を思い出すきっかけになりますように」と昨日のフランスでの報告原稿をメールで送る)。と、すぐに返事が来て、「行けなくてとても残念だけれど、次の機会を楽しみにしています、いただいた原稿も楽しみに読みます」とのこと、更に「そうそう、そのテーマなら、つい最近フランクフルターアルゲマイネ紙に自分が書いた記事が関連していると思うので、参考までに送ります。楽しんでくれますように」、とのお返事。夜中に読むが、いかにもこの人らしく視点がシャープで面白い。何か学問的メッセージを送ると、その時々の状況で無理のない範囲でこうやって反応を返してくれて、心から尊敬している先生と(たとえ「社交」であったとしても)こういう関係を持つことができるのは、やっぱりしみじみと面白い。

9月14日(土)
 午前、日仏交流の会@パリ第1大学。自分の報告。報告原稿を配布するはずが、手違いで配布してもらえず、言いたいことが伝わるかどうか不安な中で口頭報告。今回は報告者多数のため時間が足りず質疑応答無しとのこと、フランス語が苦手な身として助かるが(自由討議になったら今の実力では絶対にボロボロになる)、報告自体が果たして成功したのかどうかわからない。…終わった後、聴いていた仲間に聞くと、「みんなすごく集中して聞いていた」とのこと。日本人のY先生やI先生にも「良かったよ!面白かったよ!」と言ってもらえるし(若手の某氏からは「林さんって、フランス語始めたのはそんなに昔ではないですよね?凄いなー…」と言ってもらう)、昼食後にはフランスのB先生やB先生にも「素晴らしかった」と良い反応をいただけて、やって良かったかな、と思う。お土産を買い、スーツから着替えて、帰国のため空港へ。
 内容がしっかりしたものを作り、かつ手抜きをせずにネイティブチェックなど基本的工程をちゃんと通した文章を自信を持って話せば、伝わる人には伝わってくれるのだ、という手応え(当たり前といえば当たり前なのだが)が実感として得られたということは、今後に向けて大きな糧になるように思う。言葉の壁にひるみがちになるが、大切なのは内容(とそのプレゼンテーションの仕方)だ、と改めて思う。

9月13日(金)
 午前にシンポジウム@ランス大学をやり、昼食後はランス市内を散策して(フジタ礼拝堂を始めて見ることができた)、夕方にパリへ移動。が、ここで落とし穴が。年金改革に反対するストライキでパリの市内交通がほぼ全面的に麻痺し、到着したパリ東駅から大学近くのホテルまで行くための交通手段がない。結局、重いスーツケースを転がしながら1時間かけて徒歩で移動する、ということになる。まあこれも、フランスらしいと言えばフランスらしい。

9月12日(木)
 日仏シンポ初日@ランス大学。朝から夕方まで。日仏の学術交流に参加するのは初めてなので、「他の日本人参加者が、どのようなテーマをどうプレゼンテーションするのか、伝え方など学ぶ点があるのか、皆の全体的なレベルはどうか、フランス側参加者のテーマ設定やこの会への期待はどのようなものなのか」、といった基本的問題をまず観察しようと試みるが、そもそもフランス語がなかなか聞き取れずに疲れ果てる。夜は高級レストランでディナー。今回のフランス側ホストの接待の気合いの入り方がけっこう凄い。

9月11日(水)
 午後、パリからランスへ。ここで仲間と合流。夜、今回の日仏シンポの開幕レセプションが、有名なシャンパンメーカー(らしい)Veuve Clicquotの醸造所で行われる。マグナムボトルを何本も空けてくれ、初日の晩からすっかりシャンパンを堪能。

9月10日(火)
 留学中にお世話になっていた研究所を訪問し、秘書さんに挨拶して再会を喜び、たまたま不在にしていた先生へのお土産と伝言を託する。その後、いろいろと文献収集など。面白そうな本を仕入れ、成果あり。夜、オペラ・バスティーユでBelliniのオペラ『清教徒(I Puritani)』を見る。初見、なかなか面白かった。昨日聴いた幻想交響曲とともに、1830年代のロマン主義的世界を感じさせる(この作品はドニゼッティ『ランメルモールのルチア』と並んで「狂乱の場」があることで有名らしく、こうした狂気というモチーフ、それにイギリスへの関心など、『幻想交響曲』とも結構いろんな点で通底する)。

9月9日(月)
 今日は移動日で、ミュンヘンからパリへ。夜、Philharmonie de Parisへ。ズービン・メータ指揮、イスラエル管弦楽団、曲目はハイドン「協奏交響曲」、ベルリオーズ「幻想交響曲」。メータがすっかりおじいちゃんになっていることに感慨を覚える(メータは私の2004~2006年の最初のミュンヘン留学の頃のバイエルン州立歌劇場の音楽監督で、まだ若くて元気な姿を目にしていたので、杖をついて足下もおぼつかない今の姿と大分落差が…)。

9月8日(日)
 昼過ぎまでホテルの部屋で仕事。気温12度で寒く、ホテルの部屋には暖房が入る。午後、一日籠もっているのももったいないので、雨の中美術館へ。Brandhorst美術館(現代美術を扱い、Andy WarholやCy Twomblyのコレクションが充実)を初めて見て、次いで懐かしいAlte Pinakothekへ(Neue Pinakothekは改修工事中とのことで閉館、一部の作品はAlteの方に移されて展示)。夕食、寒くて雨降りで、中心部のレストランなのに珍しく客がまばら。Oktoberfestbierがもう出てるよ、とボーイさんに言われ、久しぶりに堪能。

9月7日(土)
 旧友と再会。一日付き合ってもらい、散策をしたり食事をしたり音楽を聴いたりして夜まで。彼には、自分がドイツ語を書いたときはいつもネイティブチェックをしてもらっていて、その意味でも感謝に耐えない(ということで、純粋な友情に基づく関係ではあるが、「あいつ、出張でドイツに行って、仕事と無関係に友達と遊んでいるぞ」、と言われるような筋合いのものでもない。外国の文化を理解し、そこで人間関係を作るのって、「公的」「私的」と明瞭な境界線で綺麗に切り分けられるようなものではなく、両者はしばしば重なっている)。出会って15年、お互いに年を重ねて境遇も昔と違ってきていることも感じざるをえない。

9月6日(金)
 ミュンヘン大学へ。2004年以来お世話になっている講座に顔を出す。来年7月にこの講座主催で行われる学術集会で報告することを頼まれ、あれこれと打ち合わせ、それに図書館で新しい文献のチェックなど。久しぶりにドイツ語を話して、言葉が全く出てこず、文法的に酷く乱れ、疲れ果てる。
 夜、数年ぶりにジャズクラブUnterfahrtへ。Vincent Herring (as), Eric Alexander (ts), Mike Ledonne (p)というアメリカからの3人に地元のベース・ドラムが加わったクインテットが1週間出演中。特に前二者はよく来日しているので無理してここで見る必要はないのだが(もっとも、3月にニューヨークで初めて聴いたLedonneがなかなかの名手で、もう一度聴いておきたかったという要因もある)、これはこれでなかなか楽しい晩。

9月5日(木)
 ドイツへ。飛行機の中であれこれお仕事。フランスでの報告の前に、補充的に文献を読むのに多くの時間を取られる。出張中にやらなければいけない学内業務が割り当てられ、この意味でも少々キツい出張ではある。

9月4日(水)
 荷造りや買い物など諸々の準備。

9月3日(火)
 フランス語の先生に添削してもらう。「ドイツ語ならともかく、フランス語ではこういう構文は使えません」という箇所をいくつも指摘され、自分が「『フランス語の苦手なドイツ人が無理矢理に書いた、意味のよくわからないフランス語』を操る日本人」という謎の生命体であることが発覚する。

9月2日(月)
 ようやく書き上げる…。結構大変だった。あとは、添削をお願いしつつ、少し体調を回復させて、次の仕事に取りかからなくてはいけない(というか、本当はそっちの方が難物なのだが)。

8月30日(金)
 ここしばらく疲労とストレスで完全に心身の調子を落としてしまい、どう考えても仕事が間に合わない…。下痢が止まらない…。
 この夏は、文献を取るために思い立って大学に行こうとすると、急ににわか雨に降られて濡れることが多い。憂鬱な夏である。

8月29日(木)
 しばらく前、つい出来心から今度の日仏交流に「参加します!」と表明してしまい、末席ながら15分程度の小さな報告をやることになったが、原稿が全然書けない。フランス語が書けない、という以前に、日本語でのひな形ないし草稿がまったく書けない。内容が固まらないのだ。「不器用で語学が苦手で筆が遅くて社交嫌いな人間がこういう仕事を引き受けてはいけなかったのだ」、と改めて思い知らされ、「馬鹿!馬鹿!俺の馬鹿!!」と深く後悔する。他にもやらなければいけない案件は色々あるのだが、当面これを片付けないと、9月末締め切りの雑誌論文どころではない。
 夜、日本橋亭へ。前から予約してしまったので、このような状況であっても行くところへは行く。白酒甚語楼二人会。甚語楼「お菊の皿」白酒「大山詣り」白酒「徳ちゃん」甚語楼「茶の湯」。この会、時々感じるのだが、ネタ出しされた大ネタ・中ネタもさることながら、もう1本として加えられた小ネタが味があって面白いと感じることが多い。

8月27日(火)
 あまりに気分が落ち込み、たまには気晴らしを、と食事をしながらBDで映画『雨に唄えば』(1952年、アメリカ)を見る。が、落ち込んでいるときは陽気な話は頭に入ってこない(ただ、さすがブルーレイというべきか、古い映画でも映像が美しいのに感心する)。あと、多分初見だと思っていたのだが、ところどころでデジャヴュというか既視感がある。どこで見たのだろうか。

8月26日(月)
 ここのところドイツとのメールの遣り取りが何件があって、仕事が進まず人にも会わず長く鬱状態となっている身には、いちいちメールを書くのが億劫でつらくて困る。最初の留学をしたときの受け入れ教授であるミュンヘン大学の先生が来年60歳とのことで、記念して来年7月に学術シンポジウムを2日にわたって行うので、お前も来て何か報告せよ、とのお誘い。正直言って、自分の外国語力の低さと非社交性、筆の遅さを考えるなら、この種の学術交流は多くても3年に1度くらいで十分なのだが、かといってお世話になっているので断るわけにはいかない。またもや来年に向けて難しいテーマを背負い込んでしまう。

8月24日(土)
 溜めていた校正、何とか終わらせる。雑誌連載中は結構大変だったが、改めてゲラを全部読み直すとかなり面白い本に仕上がったと思うので、残された最後の障害がクリアされて無事公刊にこぎ着ける日が楽しみである。
 区立図書館で借りてきたDVDで高畑勲監督『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)。東京国立近代美術館で開催中の高畑勲展を見に行きたいと思い、その前に見落としている作品をいくつか見ておこう、と借りたのだが、そもそもあまりに忙しすぎて結局高畑展には行けそうもない(それにまだ『かぐや姫の物語』も見ていない)。『山田くん』は、アニメーション表現としては色々試しているであろうことが感じられてそれなりに面白いが、ストーリー的には退屈で自分にはちょっと駄目であった。

8月23日(金)
 夜、高円寺グッドマンへ。Luz do sol: 平田王子(g, vo)、渋谷毅(p)。このデュオ、都合がなかなか合わなくて最近は半年に一度くらいしか聴けないが、相変わらず美しい。ここのところずっと非人間的な生活を送っている(仕事が進まずプレッシャーの中で自分を押し殺して生きている)中でこういう音楽を聴くと、人間的な感情が自分の中に戻ってきて、「いかん、人間に戻ってしまう、今人間に戻るわけにはいかんのだ!」と言いたいような気分になる。

8月22日(木)
 夜、新宿ピットインへ。富樫雅彦メモリアル・ファイナル。2007年に死去した不世出の名ドラマー富樫雅彦(1940-2007)を偲んで、盟友の佐藤允彦・山下洋輔が中心となって富樫の命日である8月22日に毎年ピットインで追悼コンサートを行ってきたが、13回忌に当たる今年で最後にするとのこと。自分も数年ぶりに来たが、オールドファンが多数詰めかけて立ち見の大盛況。1st setが山下洋輔(p)、林栄一(as)、水谷浩章(b)のトリオ、2nd setがJ.J.Spiritsで佐藤允彦(p)、峰厚介(ts)、加藤真一(b)、村上寛(ds)。1990年代、自分が大学に入学して、初めてジャズのライブにも行くようになり、富樫雅彦のJ.J.Spiritsは時々ピットインに見に行った。フリーでのしびれるような緊張感が今でも忘れられない。2000年9月に自分が就職で東京を離れる前に最後にピットインに聴きに行ったのも富樫だった(その後、2002年には富樫は体調悪化から演奏活動を引退する)。自分の青春時代であったはずの90年代が何だかすっかり遠い時代になってしまった、と思う(あれから20年、25年も経つと、時代が一巡りするのだなあ、と感じさせられることが最近多い。何も成長していないのは私一人だけみたいだ)。中程の席から少し距離を置いて聞いていると、今日はどちらのグループも何だかとても美しかった。

8月20日(火)
 夜、新宿ピットインへ。廣木光一(g)、渋谷毅(p)デュオ。しっとり、しんみりと美しい晩。去年出たこのデュオのCDを物販で買って帰る(アマゾンにもディスクユニオンにも卸していないらしく、廣木のウェブサイトに注文するか、ライブ会場で手売りしているのを直接買うくらいしか選択肢がなさそうで、入手が遅れた)。CDは前作『So quiet』(1998年)よりもグンと熟成した印象が。

8月17日(土)
 夜、新宿ピットインへ。板橋文夫トリオ+2。板橋文夫(p)、井野信義(b)、小山彰太(ds)。ゲスト・林栄一(as)、外山明(ds)。板橋は井野との共演は十数年ぶりとのこと、私も録音でしか聞いたことのなかった板橋・井野・小山のかつてのレギュラートリオを生で初めて聴くことができた。私には音楽的なことは何も言えないが、井野がベースだと音楽のスケールが一回り大きくなるような印象があって、板橋のこれまでのトリオの中ではこの組み合わせが最高かもしれない、と改めて思う。

8月14日(水)
 夕方、上野鈴本へ。8月中席のさん喬・権太楼の興業は一度も来たことがなかった(全般に、気怠い普段の寄席が好きな者としては、人出の多いお盆興業は逆に何となく気持ちが醒める)が、ふと気が向いて一度くらいは、と前売りチケットを買ってみた。権太楼「笠碁」、さん喬「ちきり伊勢屋」。かつて圓生の人情噺集成で初めて聞いたときにやたらと面白かった記憶のある「ちきり伊勢屋」を目当てに。遠い記憶をたぐり寄せながら聞くが、圓生とは大分違って、実にさん喬師らしいアレンジだなー、と思う。

8月13日(火)
 くだらないこと、腹立たしいことなど山ほどありつつ、順調に時間だけは消えていく8月であった。
 スポーツに喩えると、いよいよ本格的に「フォーム改造」中で、今まで避けてきた傾向の古典的著作などに取り組んでいる(ただ、これが現在差し迫った論文や報告に本当に結びつくのかはまだ不明だが)。この「フォーム改造」、この先どれだけ時間がかかるのか、果たして成功するのか否か、最終的にどこにたどり着けるのか。過去の自分をなぞって生きていくのも馬鹿馬鹿しいので、何であれやりがいのあることではあるが(なんだかんだ言って、夏休みは細切れにされないまとまった時間があるのが有り難い)。


8月5日(月)
 大学で溜めてしまった雑件など。疲労も溜まり、いったん力が抜けたら調子がなかなか戻らない。

8月4日(日)
 夜、久しぶりに映画館へ。シネスイッチ銀座でナディーン・ラバキー監督『存在のない子供たち(原題:Capernaum)』(2018年、レバノン)。同年カンヌ映画祭で審査員賞。ベイルートのスラム街で、正式な出生証明も持たず、学校にも行けず家計のために幼い頃から働くことを余儀なくされている12歳の少年が遭遇する出来事を通じて、レバノン社会の一面を鋭く照らし出す。力の籠もった秀作。現代版ネオレアリズモとでも言うべきか、登場人物と似た境遇を持つ素人たちを俳優に起用しており、中でもシリア難民だという主人公役の少年の悲しみをたたえた顔が印象的。原題のカペナウムとは、聖書に登場する街で、「混沌」の比喩で用いられるとか。
 寝る前に、DVDで山田洋次監督『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』(1975年)。シリーズ第15作、浅丘ルリ子演じるリリーの登場する2作目。

8月3日(土)
 研究会報告、予定通り大失敗。
 というか、普段はこの段階のものを人に見せたり聞かせたりすることはない(今回は実質的に十日以下の準備期間しかかけられなかったし、その割には上手く誤魔化せた)。「多分自分が言いたかったはずのこと(自分でもまだ明確にわかっていない)が上手く表現できないし、伝わらない」というもどかしさを感じることができたのが、今回の最大の成果というべきか。後はどこまで論文に熟させることができるかだ。
 それにしても、論文を書くというのは、普段頭の中の池に魚を泳がせておいて、「ここだっ!」というタイミングで一気に釣り上げる、というのに似ている。しかるべきタイミングが来ないのに、「早くしろ、早くしろ」とせっつかれて、やむを得ず池の中をバチャバチャと引っかき回したところで、本当の大物は引っかかってくれない、ということがよくわかる(別の比喩なら、「何かが降りてきて自分に憑依しないと、良いものが書けない」という言い方もあるし、これも自分の実感に適っている)。
 夜、DVDで久しぶりにチャップリン主演・監督『街の灯』(1931年)。「物語を編むというのはどういうことなのだろう」と考えるともなく考えつつ。今日から見れば恐らく様々な点でプリミティブな作品が、にもかかわらず技術的に洗練された最新の作品よりも遙かに強く訴える力を持つというのは何故なのか。

8月2日(金)
 去年、ドイツの古本屋に確かに注文したはずのBornhakの『Allgemeine Staatslehre』が、研究室のどこを探しても見つからず、心が折れる。もう駄目だ…(研究室に「ボルンハック泥棒」が侵入して、ボルンハックの本だけを盗んで逃げたに違いない、という疑念に襲われるが、改めて冷静に検討してみると、やはりそれ以外には考えられない)。

8月1日(木)
 疲労とストレスで勉強が全く進まなくなり、小休止。仕事の追い込みで極度の緊張を強いられてから解放されて弛緩、また緊張して弛緩、というのを何度も繰り返した結果、疲労が蓄積してしまい、1週間くらい何もしないで休まないとこれ以上前に進めない。今度の研究会はひたすら謝り倒して許してもらうほかない。というわけで、宍戸くん、西村くん、山本さん、赤坂さん、大河内さん(以上、順不同)、今回は本当に申し訳ありませんでした!(というか、研究会では許してもらえたとしても、その後2ヶ月足らずで原稿化して雑誌に掲載しなければならず、果たして間に合うのか、というのが最大の懸念ではあるが。)
 というわけで、謝罪が済んだので、DVDでも見る。最近、今まで全く収集していなかった音楽DVDに手を出し始め、Keith Jarrettの『Standards I/II』(1985,86年の東京でのコンサート)、同『Live in Japan 93/96』を続けて買ったが、意外と面白い。昔のジャズ・ジャイアンツの映像も欲しくなるが、品切れが多く、また画質・音質的に良いものが多くなさそうで残念ではある。