日記


2019年10月  



10月29日(火)
 持病(?)の肩凝りと背中の凝りに襲われて、体調が悪くてさっぱり仕事にならず。休みたい…。

10月28日(月)
 何度も言うが、週のうち2日「国法学」の講義があり、それぞれ前日を準備に充てると(本当はそれでも時間が全然足りないのだが)、週4日が主に授業で占領され、週の残り3日のうち1日が疲労と体調不良で潰れ、あと1日が溜めてしまった家事で潰されると、論文執筆のための時間が週に1日しか取れない。これは本当につらい。難所にぶつかって、何日かぶっ続けで「ああでもない、こうでもない」と考えたりしているうちに展望が開けてくるような場面だと、これでは一歩も進めないまま足踏みして終わってしまう。

10月27日(日)
 午後、柳家甚語楼の会@日本橋亭。「真田小僧」、「代書屋」、「御神酒徳利」の3席。いつもながら楽しい会。それにしても、最近全然寄席に行ってないなー、と思う。ああいうものは、「時間を無駄にする」ということを平然と引き受けられるだけの精神的余裕がないと楽しめない。大人の遊びなのだ。
 腹立たしいこと、不愉快なことなどが色々あるが、疲れていて過敏になっている面もあるので、なるべく考えないことにする。

10月26日(土)
 昨日の好調が嘘のように、急にガクッと体調が悪化する。家事を片付けただけで余力が消える。

10月25日(金)
 授業失敗日記⑨。全体に疲労は蓄積しているものの、昨日から何故か身体が軽くて調子が良く、あまり疲れずに1時間45分を結構なスピードで話し切る(本当は数年にわたる大勉強が必要な話を1コマで語ってしまうには蛮勇とエネルギーが必要で、いったん疲れて内省的になったら自己嫌悪に襲われてできるものではない)。が、経験上は得てしてこういう時に、「先生はいい気になって一人で空回りしていた」という感じに悪評だったりするのではないか、とも思う。
 それにしても、授業も9回を終え、これがもし2単位授業(週1コマ)だったら3分の2が終わったところで、ヤマを越えて終わりが見えてきた、ということになるはずなのだが、4単位授業(週2コマ)だとまだ全体の3分の1にすぎず、あと更にこれまでの倍をやらなければいけない。これはしんどい。全ての授業が2単位になってしまったらそれはそれで味気ないのかもしれないが(4単位で時間がたっぷりあるからこそ深いところまで踏み込めるし、教師にとっても訓練になる)、まだ講義ノートが完成していない人間にとっては犠牲にしなければいけないものが多すぎる講義だ。

10月24日(木)
 会議、意外と長引く。授業の準備や雑件処理。久しぶりに止まっていた論文執筆を再開できる。

10月23日(水)
 授業失敗日記⑧。学生が減る時というのは、理由がよくわからないことが多い。過去の経験に照らすと、自分で「我ながら前回は酷かったなー」という時にあまり減らずに、「まあまあだったんじゃない?」という時にガクッと減ったりする。教壇の上と下の間には大きな壁があって、お互いにわかり合うのは至難の業である(まあ、それは何だってそうなのだろう。演者と観客、選手と観客、作家と読者、等々も大して違いはあるまい)。


10月21日(月)
 これで年内の主要な仕事は授業(これがなかなか重いのだが)と論文2本になった。半月ほど前の酷い疲れも少しずつ少しずつ和らぎ、後は大事な仕事を一つ一つ片付けるだけなのだが…。自分の勉強のサイクルから言えば、本当は今は話したり書いたりするよりも、プレッシャーを離れて落ち着いて本を読むべき時期だと思うので、この年内残りの2ヶ月強がまだまだ厳しい。書く方向へと頭が向かっていかない。

10月20日(日)
 昨晩書いた原稿を修正し、何とか見られる状態になったので、昼過ぎ送信。これで一つ仕事が片付いた。短いものだが、珍しく割と人目に触れる所に書くので、気を遣った。予想した以上に疲れてしまい、その後思ったように仕事できず。

10月19日(土)
 懸案の雑稿に取りかかるが、疲れていて思ったように進まない。酒の力を借り、夜中までかかって何とか最後まで到達する。

10月18日(金)
 授業失敗日記⑦。「授業の進行が遅れ始める」という段階から、「授業がなかなか進まないことに慣れ始める」という新たなステージに進化しつつある今日この頃である。思ったよりも時間がかかってしまった「連邦」論を終え、19世紀の話(立憲君主政など)に入るが、この辺もまだ勉強が足りなくてなかなか難しく…。歴史的基層を正しく理解した上でなければ現代を論じられない、という基本的考えではいるのだが(もちろん、歴史的基層を知りさえすれば現代を論じられる、という単純な話でもないが)、結局自分は20世紀の人間で、関心の中心もその辺にあるので、新たに勉強すべきことばかりだ。
 夜、NHKホールでN響定期演奏会。トゥガン・ソヒエフ(指揮)、ニコラ・アンゲリッシュ(ピアノ)、曲目はバラキレフ「イスラメイ」、ラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲」、チャイコフスキー「交響曲第4番」。

10月17日(木)
 午前中、学外の仕事。午後、教授会。何だか会合に出ただけで一日の大半が終わってしまう。

10月16日(水)
 授業失敗日記⑥。疲れている時は、目の前の問題を話していると、そのことだけで頭が一杯になり、時間配分に気を遣う余力がなくなったり、どの辺でその論点を切り上げるかの判断が鈍くなったりする。が、それはさておいて、今日は次回以降の準備をしながら少し意味のある勉強ができた点で、良い一日であった。
 夜、新宿ピットインへ。Gatos Meeting。林 栄一(As)吉田隆一(Bs)山田丈造(Tp)後藤 篤(Tb)石渡明廣(G)岩見継吾(B)磯部 潤(Ds)。林栄一を慕う中堅・若手が集い林栄一の曲を演奏するというコンセプトのこのグループ、メンバーの間に共有される暖かさというか「思い」のようなものが感じられる良いバンドだと思う。その林栄一が来年1月にはもう古稀だとか。早いものだ。

10月15日(火)
 結局、原稿は間に合わずに落としてしまう。考えてみたら初めてではあるまいか。割と長い間、無理な仕事は初めから断る、という方針で生きてきたので、これほどギチギチに仕事が詰まって身動きの取れない今年の状態は過去にあまり例がなく、なかなか対処に慣れない(体力も、若い頃と比べれば着実に落ちている)。ともあれ、これで少し時間の余裕を得たので、何とか頭の中を整理し直して、早めに完成させなければいけない(といっても、正直言って、前日の準備と授業当日を合わせて週4日を授業に占領されると、なかなか学期中は重い種類の原稿を書くのは難しい、と改めて実感する)。


10月12日(土)
 台風で猛烈な雨、家から一歩も出られず。気圧の変化のせいか、疲労の蓄積もあるのか、体調が悪くて妙に気持ちが悪く(「一体何なんだ、これは」と戸惑う調子の悪さだ)、何もできぬ一日。
 9月の台風15号の時は海外出張中で日本にいなかったが、千葉にある実家では、近所の家の屋根が暴風で剥がれたり(風で飛ばされたスレートが周囲の家や車にぶつかって更なる損害が生じた模様)、数日にわたって停電が続いたりして、かなり大変だったらしい。で、その記憶があるため、今回も暴風で物が飛んだり停電したりすることを恐れていたが、台風が思ったよりも西の方を通ったせいか、今回はむしろ水源地での豪雨による水害が最大の被害になりそうな様子。素人には予測できないものだ、と思わされる。

10月11日(金)
 体調不良でつらかった一週間を何とか乗り切る。
 授業失敗日記⑤。朝からどうにも体調が悪く、休講にしようか、という思いが一瞬頭をよぎるが、台風が近づく中大学に出てきた学生さんに悪いし、今後のことを考えて休講カードはなるべく温存しておきたい、と大学へ。やはり体調が悪いと、授業のテンポが悪くなり、話が予定通りのペースで進まない。まだこの授業は2年目で、細部まで緻密に描き込まれた講義をするのは無理なので、むしろ授業の主眼は様々な問題同士の相互連関、私の目に映った全体像を大きく描き出すことに置いた方が良く、そのためには必要以上に細部に拘泥せずに、(上手く納得のいく説明ができない箇所があったとしても、そこで足を取られずに)最初の構想をきちんと最後まで論じ切った方が良い、というのが今年の方針なので、進行がジリジリと遅れ出すのは良くない傾向だ。

10月10日(木)
 自分が委員長の会議。夕方、ようやく職場の共同研究の論文の校正を終わらせる。予想以上に疲れてしまい、その後何もできず。

10月9日(水)
 45歳の誕生日。が、お祝いどころではなく(もっとも、逆に「ああ、また年を取ってしまった」という悲しみも特にない)、とにかく体調不良に耐えて乗り切るだけで精一杯。
 授業失敗日記④。「国家と憲法」といった主題は、いつも、どういう風に議論を組み立てるのが良いのか、頭を悩ませる。些か不満も残るが、主要部分は無事に1回で話し終えたので、良いペースで切り抜けたことを今回はプラスに評価したい。
 授業終了後、夜まで研究室で昨日の仕事の続きをした後、新宿ピットインへ。板橋文夫スペシャルオーケストラ。板橋文夫(P)林 栄一(As)纐纈雅代(As)吉田野乃子(As)吉田隆一(Bs)類家心平(Tp)山田丈造(Tp)後藤 篤(Tb)高岡大祐(Tuba)太田惠資(Vln)瀬尾高志(B)外山 明(Ds)小山彰太(Ds)レオナ(Tap)。久しぶりに聴くせいか、1st setは各演者のソロを聴いていて、「彼らの音楽はこうも鮮烈なものであったか」と胸に刺さり、涙が出そうになる。2nd set、大迫力の音の洪水に、だんだん疲れてくる。全体に、自分の音楽に対する反応が、ほとんど子供というか、我ながらいかにも疲れた人間の反応だなあ、と思う。

10月8日(火)
 会議の打ち合わせなど。調子の悪いときはやりやすい仕事から手を着けた方が良い、と職場の共同研究の論文の校正の方を先に片付けることにする。少し理解が甘かったところを、文献を読み足してもう少しキチッと締めたい、と追加で文献を読んだりする作業に着手したところ、思ったより時間がかかり、一日で終わらない。

10月7日(月)
 今まで耐えてきたのが、堤防決壊したかのようにガクッと心身の疲労に負けてしまい、どうにも仕事にならない。
 これは少し気分転換でも試みないとどうにもならない、と久しぶりに新宿ピットインへ。MoGoToYoYo。メンバーは芳垣安洋(Ds,Per)吉田隆一(Bs)元晴(Sax)有本羅人(Tp)岩見継吾(B)。芳垣をリーダーとし、Art Ensemble of Chicagoへのオマージュという性格を持ったこのバンド、初めて聴くが、ノンストップの1時間45分、聴き手の集中力を逸らさない迫力で、面白かった。芳垣さんというのはすごい人なのだ、ということがよくわかった一日(彼がリーダーのバンドを生で聴いたのは、もしかしたらこれが初めてでは、と思う)。

10月6日(日)
 ストレスと疲労で全く頭が動かない。振り返れば、今年は学会・研究会報告など「締め切りを待ってもらえない」タイプの仕事が目白押しで(今年に入ってから2月のドイツ、3月の金沢、3月末の日独法学会、7月の大阪、8月の雑誌の研究会、9月のフランスと、新ネタの準備・報告だけで6本、更にネタの使い回しだが9月の師匠を囲む研究会を加えれば7本)、その合間に職場の共同研究のための論文執筆が1本(これは現在校正中。年内には出る予定)、現在執筆中の雑誌論文が1本(これがなかなか書けない)、その他細かいところでは去年の仕事の校正(仲間との仕事で、本1冊分なので分量が多くて大変だった。年内に出る…のか?)があり、更にこの先もちょっとした雑稿や学会報告の論文化、年明けの雑誌論文など仕事が詰まっている。この他、9月から12月は去年から引き受けた「国法学」週2コマの講義があって、依拠できる教科書が存在しない分野で一から自分で構想を立てて講義ノートを作るのに予想以上の労力を取られている。結果、この1,2年、公刊業績は多くないので、他人からは「アイツ、働いているのか?」と見えるのかもしれないが、実は死ぬほど働いています。しかも仕事の大半が(授業含め)「締め切りを待ってもらえない」タイプなので、もう1年以上にわたって絶え間なく「間に合わない!間に合わない!」というストレスとプレッシャーに圧迫されている(こういう時の簡単な解決法はもちろん「手を抜く」ことなのだが、自分で納得出来ない仕事をすることはかえってストレスを増す。が、限られた時間で何とか自分なりに最低限納得できるものを、と考えると、これがまた苦しい)。振り返ればこの数ヶ月、疲労で寝込んで働かなかった日はあるけれども、自分で「よし、今日は休暇にしてリラックスするぞ!」と自覚的に丸一日休めた日は多分1日もない。正直言ってもう限界で、本当にこの辺で少し休ませてもらわないと、身体的・精神的健康のいずれかもしくは両方が損なわれてしまう。「これ以上働けというのなら、もういっそ俺を殺してくれ!」と言いたい。というわけで、次号の某雑誌に私の論文が載っていなかったら、「そういうことだったんだな」と察して下さい(…と言いながら、重い足を引きずって再びさっぱり進まない論文執筆に戻るのではあるが)。

10月5日(土)
 疲労でなかなか論文の仕事に入っていけない。「俺にこれ以上働けというのなら、せめて菊の御紋が入った『恩賜のヒロポン』でも配給してくれ!」という妄想交じりの暴言が頭に浮かぶ。
 論文が序盤でどうしても行き詰まってしまう。全体の構成が良くないのではないか、と思いつき、議論の順番を組み替えるなど論文全体のプランを修正してもう一度頭から書き始めたところ、今度は上手くいきそうな感じになる。が、問題は残り時間で、ちょっと間に合うかどうか微妙だ…。

10月4日(金)
 授業失敗日記③。序論として今回ネタ下ろしの論点。まずまずの出来と言うべきか、やはりなかなか難しいと言うべきか(この辺の論点はなるべく遠からずもう少し煮詰めた上で活字にしたい)。一箇所、ついついアドリブで予定していなかった論点に入り込んでしまい、事前に確認しなかったため記憶が曖昧な箇所にぶつかってピンチに陥る。「脱線はほどほどに、なるべく予定通り手堅く」が本日の教訓か。

10月3日(木)
 原稿、一日机の前に座ってどうしても進まず。考えが完全にまとまり切っていないだけでなく、今まで蓄積した疲労に新たな授業の疲労が加わって、物事を前へ前へと推進する力が落ちていて、難局を突破できずに立ち止まってしまう。今度ばかりは駄目かもしれない、と覚悟し始める。

10月2日(水)
 授業失敗日記②。「国法学」2回目。勤続疲労で体調が悪く、大学に行くのがつらい一日。1学期に26回も授業があれば、そのうち心身とも万全の調子で授業ができるときなど限られている。学生の数は割と減るが(1回目が多すぎた。徐々に通常モードに近づきつつある)、授業の出来自体は至って普通。というわけで、残念ながら今日は失敗しませんでした。

10月1日(火)
 論文、思ったように進まず。心身がくたびれ切って悲鳴を挙げている。語学の勉強など日々蓄積すべき事柄も、疲労でモチベーションが完全に低下している。
 9月にドイツに行った際に、クラシック音楽に造詣の深い友人(何しろ、少年時代から教会の聖歌隊で歌い、音楽ギムナジウムで専門的な音楽教育を受けているというのだから、向こうの国の文化的蓄積の厚さを感じさせる話だ。かつての留学時代、クラシックは何も知らない自分に色々手ほどきをしてくれた)に、家で彼の好きなCDを色々聴かせてもらった。タイトルをメモしておいて、帰国後少し余裕が出てから注文したものを、ようやくここ数日聴いている(今回はHugo WolfやMahlerの歌曲などをいろいろ教えてくれた。中でもFischer-Dieskau/BernsteinのMahler歌曲集がすごく良い)。改めて一人で聴いて、やっぱり良いなあ、と思うものもあるけれども、あの時一緒に聴いたときの方が良かったなあ、と思うものもある。不思議なことだ。即物的に解釈すれば、私のオーディオ装置よりも友人の装置の方が性能が良いというのが原因のひとつだが(自分もそろそろ新しいスピーカーを欲しいなあ、と思わされる)、「ご飯は一人で食べるよりも二人で食べた方が美味しい」と言われるのと似た現象で、「自分が大好きな演奏を友人のために聴かせてくれている」という状況自体が音楽を更に一段魅力的にしている面もあるのかな、とも思える。