通信社から配信を受けた記事を裏付け取材せずに転載したことは名誉毀損の抗弁となるか

(Jan. 30 ,2002)

 日本の新聞は面白くない、と言われます。記者クラブという日本独自の制度があり、記者会見での会見内容をそのまま記事にするだけで、どの新聞を読んでも同じ内容になってしまっている、と言われます。

 面白くない、と言われる原因は、どこにあるのでしょうか。

 記者の数が諸外国の有力紙と比べて少ないのかとも思われますが、そうではありません。むしろ日本の新聞記者の人数は諸外国に比べてかなり多いようです。

 数年前の雑誌「SAPIO」(小学館)の記事によると、朝日新聞・読売新聞の記者がそれぞれ4000名ちょっと、毎日新聞の記者が2000人ちょっと、産経新聞の記者が、サンスポの記者と含めた数字で900人ちょっと、というものでした。

 数日前、自宅の新聞にチラシが入っていて、そのチラシの中で、「The Asian WallStreet Journal」紙を宅配で購読しませんか、ということが書かれていましたが、そのチラシに、ウォールストリートジャーナル紙は、アジア地区に記者を65名配置、と書いてありました。

 東京・香港・シンガポールという金融都市を抱え、さらに上海等の経済的に重要な都市がいくつもあるアジア地区の記者が65名。上記の日本の新聞社と比べると、あまりにも少ない人数しかいないわけです。

 この人数で、本来伝えなければならない記事の全てをカバーすることはもちろん無理。そこで、他社の新聞も伝えるであろう記事については通信社から記事の配信を受けて掲載し、自社の記者は調査報道中心に取材を行う、ということなのでしょう。それが世界的に見ても基本的なスタンスだと思います。

 ところが日本の新聞社は、地方紙やブロック紙を除き、全国紙は、記者会見があるというとそれを取材し、記事にする、という方式なわけです。新聞には速報性が大事。全国に記者を配置するとなると、これだけ多くの人数が必要になります。

 新聞記者と話をすると、朝、会社に来たらすぐに夕刊の準備に取りかからなければならない、また、どこそこで記者会見、というとすぐに行かなければならなくて、ゆっくり1つの事件を取材している時間をとることがなかなか難しい、ということを聞きます。

 今後、日本の新聞社が進むべきは、諸外国のように、他社も記事にするような事項の取材は通信社からの配信記事に任せる、自社の記者は調査報道中心に取材をする、ということだと思います。

 インターネットが発達しつつある今日、新聞の購読者が減るのではないか、そうなったら新聞社の存続は難しいのではないか、と言われます。でも、記者の数を諸外国並みに減らせば、十分にやっていけると思います。

 そのような意味で、通信社の存在意義が今後は大きくなる、と思っていたのですが、昨日(平成14年1月29日)、最高裁判所が、通信社からの配信記事をそのまま転載した新聞社に対して、通信社から配信を受けたということで名誉毀損の責任がなくなるわけではない、という判決を出しました。

 そういうことからすると、今後は、通信社から配信を受けた記事であったとしても、自社の記者によって裏付け取材をしない限りは記事にしてはいけない、ということになってしまいます。

 自社の記者で取材をしないでいいために通信社があるわけで、裏付け取材をしなければならないのでは通信社から配信を受ける意味がありません。

 今後日本の新聞社が進むべき道と逆行する、この判決は、ちょっとどうかな、と思います。

 判決文に「少なくとも,本件配信記事のように,社会の関心と興味をひく私人の犯罪行為やスキャンダルないしこれに関連する事実を内容とする分野における報道について」とあり、全ての記事に及ぶというわけではありませんので、この判旨はあくまでも限定的なものと考えたいものです。

 それにしても、日本のマスコミは、人数が多すぎると思います。

 例えば、日本のテレビの天気予報と、海外のテレビの天気予報を見て違いに気が付くのは、海外のテレビでは、レポーターが画面を切り換えるためのリモコンを持っていることです。日本の天気予報では、何も持っていないか、せいぜい、マーカーのようなポインターを持っているだけで、画面の切り替えは別のスタッフが行います。別にレポーターが自分で、衛星写真・天気図・明日の天気・明日の気温の画面をそれぞれ切り換えればいいのではないかと思ってしまいます。

 ずっと昔、Jリーグが立ち上がる直前の時期に、テレビ朝日の、ニュースステーションの当時のスポーツキャスターが、Jリーグのことを、「JRリーグ、JRリーグ」と言っていました。
 人数が多いとスポーツキャスターとしてのプロ意識が希薄になるのか、自分で取材や勉強をしないで他人任せになって単に渡された原稿を読むだけで「Jリーグなんて聞いたことがないからJはJRの間違えだろう」と考えたからか、これからJリーグが立ち上がる、日本でもプロサッカーが始まる、という大事な時期に、JRリーグはないだろう、そもそもJRリーグって何だ?と思いました。

 日本のテレビで省力化を図っていると気が付くのは、ブルームバーグ日本版です。この局では、画面に映る画面について、キャスターが自分でコンピューターのキーボードを打ったり、マウスを操作したりします。ブルームバーグ英語版の影響をそのまま受けているためにそのようにしていると思うのですが、私としては、そういった局の方が好感が持てるし、キャスターに対して信頼感が持てます。


最高裁判所平成14年1月29日 第三小法廷判決 平成7年(オ)第1421号 損害賠償請求事件

[要旨]
 通信社から配信を受けた記事をそのまま掲載した新聞社にその内容を真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえないとされた事例

[判旨]
 少なくとも,本件配信記事のように,社会の関心と興味をひく私人の犯罪行為やスキャンダルないしこれに関連する事実を内容とする分野における報道については,通信社からの配信記事を含めて,報道が加熱する余り,取材に慎重さを欠いた真実でない内容の報道がまま見られるのであって,取材のための人的物的体制が整備され,一般的にはその報道内容に一定の信頼性を有しているとされる通信社からの配信記事であっても,我が国においては当該配信記事に摘示された事実の真実性について高い信頼性が確立しているということはできないのである。したがって,現時点においては,新聞社が通信社から配信を受けて自己の発行する新聞紙に掲載した記事が上記のような報道分野のものであり,これが他人の名誉を毀損する内容を有するものである場合には,当該掲載記事が上記のような通信社から配信された記事に基づくものであるとの一事をもってしては,記事を掲載した新聞社が当該配信記事に摘示された事実に確実な資料,根拠があるものと受け止め,同事実を真実と信じたことに無理からぬものがあるとまではいえないのであって,当該新聞社に同事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められないというべきである。