構造改革

(Mar. 07 ,2002)

 青木建設が破綻した際に、「構造改革の順調なあらわれだ」とコメントした小泉首相が、さすがに国民からの反発があったからなのか、佐藤工業が破綻した際には、コメントはなかったようです。

 小泉首相が考えている、構造改革というのは、競争力をなくした産業はつぶしてしまった方が産業構造のシフトを促す、ということなのでしょう。

 小泉首相の「構造改革」というのを聞くたびに私が思い出すのは、昔、風邪などで熱が出た時に、厚着をしたり暖房を必要以上に暑くしたりして体温をさらに上げて治療する、という方法です。

 戦前・戦中・戦後に活躍した小説家の小説(たぶん南洋一郎氏だと思いますが、山中峰太郎氏かもしれません。それにしても私も古いですね。)でそのような治療法を読んだことがありますし、また、そのような治療方法をとった民間療法の治療を行っている人が、患者さんを死なせてしまったという事件を聞いたことがあります。その意味で、昔、要するに小泉首相の少年時代には、このような治療法は普通だったのではないかと思います。

 少年期にこのような治療法を直接又は間接に知っていた小泉首相が、病気で熱を出して寝込んでいる日本経済に対しては、もっと体温を上げて一気に細菌を殺してしまうことが一番の治療法だ、と考えているように私には思えます。

 現在の医学では、このような治療法は誤りである、というのが常識だと思います。熱が出た時には安静にし、熱が引くのを待つ、熱が出すぎた時には体力の消耗を避けるために解熱剤を使って熱をコントロールすることもある、という方法をとります。

 熱が出る、というのは細菌を殺すために生じる、体の正常な反応です。自分の体力と相談しながら熱を上げているわけです。それ以上に人工的に熱を上げてしまったのでは、体力を消耗してしまったり脳がやられてしまったりするわけです。その意味で、熱が出た時にさらに熱を上げるような治療をする、というのは、過去の話で、現在では誤りである、と考えられているわけです。

 医学では、病人にむちを打つような治療法は誤りである、というのが常識になっているわけですが、経済では、体力を失っている病人に対して、病状が悪化することが「順調」と評価されることがあるのです。

 もちろんこれは、小泉首相独自の見解ではなく、エコノミストの中にも同様の見解をとる人もいます。

 ただ、私は、上記のような治療法が誤りであるというのと同様、構造改革を進める、というのは誤りであると考えています。

 戦後の日本は、テレビの生産量で世界一を誇ったことがありました。中国がテレビを生産するようになった時には、日本は既にビデオデッキの生産に生産の中心を移していました。中国がビデオデッキに進出したころには、日本はパソコンや半導体の生産に力を注いでいたのです。で、中国がパソコンや半導体の生産を始めた現在、日本が何をするようになったか、というと何もありません。

 何も新しい産業が育っていないのですから、今の日本の経済の病状は根が深いわけです。こういう時にはとにかく安静にして、少しでも体力の回復を待つ必要があります。さらに体温を上げて、一気に細菌を殺してしまう、というような治療法をとれば、自分の体力を消耗して、ひどい場合には死に至る可能性もあるわけです。

 圧倒的に国土が広く、人件費が安く、また物流コストが安い中国と比べ、用地の確保もままならず、人件費も物流コストも高い日本は、中国の一歩先を行くのでなければ生き残ることができません。さすがに自動車は中国製の車が輸入されることはありませんが、最近、日本の自動車会社によるタイ製の自動車が逆輸入されることがあります。今後、自動車についても同様のことが行われるようになれば、日本の産業は完全に空洞化してしまうことになります。

 今後の成長分野として、情報通信があげられています。ただ、情報通信のインフラやハードウェアが成長するとはあまり思えません。

 今後、動画のネット配信が行われる、と言われますが、動画のネット配信が大きな産業になるとは思えません。
 既にビデオやDVDで映画を見ることができますし、CSの中にはたくさんの映画専門のテレビチャンネルがあります。近く、新たなCSの放送が始まる、と言われています。そんな中、映画等の動画をネット経由で見ることができる、といっても、それが日本の産業構造を変えるようなものになるとはとうてい思えません。

 では、どうすればいいのでしょうか。

 情報通信の分野といっても、通信インフラやハードウェアではなく、金の稼げる情報を生み出すことができる人間をたくさん生み出す、という以外には方法はないと思います。
 私はテレビゲームやパソコンゲームをやることはほとんどないのですが、以前、サッカーのテレビゲームを見た時にびっくりしました。競技場の画面上に、本当の競技場と同様に企業の広告が掲示されているのですね。

 実際の競技場は、日本にそんなにたくさんあるわけではありません。でもゲームならば、いくつでも作ることができます。

 人間の精神活動によって生み出されたものを、知的財産、と言われることがあります。発明や著作物等を知的財産と言うわけです。

 中国が多くの品種に関して製造業の技術力で日本と肩を並べるようになった現在、製造業に依存した産業構造のままではやっていけません。知的財産が、今後は日本を救うことになるのではないかと思います。例えば製造業についても、製造自体は中国で行うとしても、その製造技術の特許は日本で生み出し、そのライセンス料を中国の企業に払ってもらう、そして日本では、さらに新たな技術開発に力を入れ、新たな技術を開発したらそれをまた特許化して中国の企業にライセンス料を払ってもらう、という形をとる、それ以外に日本の企業が生き残る方法はないかと思います。

 知的財産は何も発明に限るものではありません。国際的に評価される作品を作ることも同様に大切なことです。その意味で、日本の映画興行収入の記録を塗り替えた宮崎駿監督、香港で「無問題2」に主演した岡村靖史氏、映画「ソウル」に主演した長瀬智也氏らは、今、一番ホットな人たちだということができると思います。

 知的財産を生み出す能力、その能力をどうすれば養成することができるのか、それが今後の日本の経済を活性化させるために必要なことだと思います。既存の産業をつぶすことが日本の経済を活性化させる方法とは考えられません。