LとRの発音

(Nov. 02 ,2002)

 平成14年10月30日の朝日新聞朝刊の、科学・医療面の、「アタマを探る 8」というコラムの中で、


 たとえば、日本人は生後半年経つと、英語のRとLの音の区別ができなくなるという報告がある。日本人でも生後間もない赤ちゃんなら聞き分けることができる。日本語を聞く神経回路の発達が、日本語では不要なRとLの区別を妨げるようだ。


と書かれていました。

 この記事を読んで、昔、大学生のころにアルバイトをしていた時のことを思い出しました。

 たしか中学3年生の英語のクラスを担当していて、「reachの同意語は何ですか」と聞きました。答えとしては、arrive atとget toを答えてもらおうと思いました。

 すると、私が答えるようにあてた生徒が、

alive

と答えました。
 ふだんなら、aliveと答えればarriveと善解することもできたのですが、たまたまその時はぼーっとしていたのか、気が付きませんでした。aliveの反意語はdeadだよなーとか、自分が、同意語、ときいていたことも忘れて、いろいろ考えて、黒板に、

alive

と書いて、「aliveねー。うーん。」と言ったら、「そのaliveじゃなくて、a,r,r,i,v,eのalive」と言われて、「ああ、aliveじゃなくてarriveね。」と、やっと気が付きました。

 で、その時、たしか中3の、特訓コースというかなりレベルの高いクラスを担当していて、あてた生徒もそのクラスの中でかなりできる生徒だったのですが、こんな生徒でもRとLの区別が付かないのか、と思いました。

 こんなことを書くと、私が、海外生活とかが長かったのではないかとか、英語ができるのではないかと思うかもしれませんが、全然そのようなことはありません。

 私が初めて海外に行ったのは大学を卒業した後のことですし、英語で外国の人と雑談とかで話したのは30歳ぐらいが初めてでしたし、英会話学校みたいなところに行ったことは今まで一度もありませんし、今年の7月に受けたTOEICではリスニングセクションのスコアは400点だったし、36歳にもなって、いまだに英語を使った仕事ができません。

 海外に行ったかどうかということや、英語ができるかどうかということと、LとRの区別ができるかどうかということは関係がありません。

 私がこの区別ができるのは、中学生のころ、たまたまスペイン語か何かの、巻き舌というかローリング・タンというか、舌を転がす発音を聞いて、Rの音はローリング・タンができるんだ、ということに気が付いて、その練習をほんの5分か10分ぐらいしただけのことでした。

 LとRの区別なんて、生後半年ぐらい経つとできないどころか、何歳であっても、5分か10分もあれば誰でもできるだけのことなのではないかと思います。自分で発音できるようになれば聞き取ることができるようになりますから、ローリング・タンができればRとLの区別を聞き取ることもできるようになります。

 それにしても、例えば、readとleadなんて、cutとcatと同じぐらい、明らかに違う音、という気がします。

 リスニングでは、RとLの区別ができなくても、その部分はペンディングにしておいてそれ以外の前後関係からどちらかを区別する、ということも可能なのでしょう。RとLの区別が付けば、lightのグループと、rightやwriteとのグループ、2つのグループの区別は付きますが、グループ内でのrightとwriteとの区別はできないわけで、ペンディングにして前後関係から判断するという作業は、いずれにしても必要なケースがあるわけで、リスニングの点ではRとLの区別が付かないのはさほど問題ではないのかもしれません。

 でも、スピーキングでは問題です。aliveと聞いて、誰もarriveは連想してくれません。listと聞いて、wristは連想しません。

 religionを「リリージョン」と発音すれば、誰もreligionを連想してくれません。「何、lilyがどうしたの?」とか、「lily vision? What is it?」とか言われるだけです。

 日本人とか、日本で暮らしたことのある人、日本人と英語でよく話したことがある人であれば、日本ではRとLとの区別が付かないということが分かるのでしょうが(ただ、その場合でも、ちょっとぼーっとしているとそのことを忘れてしまいます)、そうでない人だとそんなことは分かりません。

 例えば、小さな「ァ」と「ャ」の区別が付かない言葉を母国語とする人が「pretty cut」と言ったのを、この人はァとャの区別が付かないんだな、「pretty cat」なんだな、と気が付く人はあまりいないんじゃないかと思います。「pretty cut」と言われれば、美容院でいいカットをしてもらったのかとか、映画やドラマの特定のカットがよかったのか、ということを考えてしまうのではないかと思います。

 いや、俺は、cutと言われればcatも連想するよ、って人もいるかもしれません。では、earと言われたら何を連想しますか。yearは思いつきますね。ほかにはどうですか。

 「耳」でも「年」でも、意味が通じない、そういう場合にどうするか。生徒から「alive」と言われて私が固まってしまったように、分からないんじゃないかと思います。

 earと言われて、here又はhearだな、と気が付く、という人はどのぐらいいるんでしょうか。母国語にHの音がないため、ハヒフヘホがアイウエオになってしまう人というのはけっこういます。でもそのことを思いつく人は少ないと思います。それと同じぐらい、listと言われてwristを連想する、ということは難しいことなのです。

 で、RとLの区別ができない日本人がいる、生後6ヶ月も経ったら区別できないという論文が発表される、というのがなぜかを考えると、単に、RとLを区別させるリスニングやスピーキングの問題が、入試で出題されないからなわけです。入試で出題されないから学校や塾では教えない、学生も勉強しない、ということです。以前書いたように、英語を入試科目から外さない限り、日本人にとって、RとLの区別はできないのかもしれません。