――彼女の髪の毛はとてもさらさらしていて。
Magic of fascination
ぺらり。 「……」 ページを繰る音が部屋に響く。食堂のテーブルで、向かい合って読書を始めてからまだ数分といったところか。 何故読書なぞをしているかといえば、彼ら二人の旅の連れが、ヤボ用があるからと宿を出てから未だ戻らないからである。 いつもなら彼の後をつけるだの、追いかけると称して街に繰り出すだの、事前に抜き取っておいた財布を手にうきうきで出かけていくだのをする彼女がマジクの目の前にいるのは、単に『疲れたから』という彼女らしからぬ理由からだった。 どうやら、昨日の強行軍――1週間ぶりのベッドにありつきたいとの彼女の我侭を叶えるべく、この街への到着を1日早めたのだ――がこたえているらしい。 全身が気だるい、と朝方ぼやいていたし、もしかすると疲労で微熱が出ているのかもしれない。 そんなことをつらつらと思い浮かべながら、マジクは改めて目の前の彼女――クリーオウを見やった。 整った顔立ちとスレンダーな体型。肩口から流れる髪は金糸のようで、他人が一見貴族のそれと勘違いするのは当然と言えた。 だがしかし彼女は貴族などではなく、ただの商家の娘だ。世間的には『お嬢様』の部類に入るのだから、『ただの』と呼称するのは語弊があるかもしれないが。 (……そうでもないか) 小さく息を吐いて、マジクは一度自分の本に目を落とした。別段興味の湧かない文章が、焦点の合わないままぼんやりと視界に映る。 (『ただの』お嬢様はこんな旅なんかしないよなぁ、やっぱり) ちら、と視線だけ上向かせて、クリーオウを覗き見る。熱心、というほどでもないが、クリーオウは本にその蒼き双眸を走らせていた。 常時、無駄にきらきらと輝く二つの瞳。それは時折羨ましくもあり、妬ましくもあり、恨みがましくもあり――つまるところ、マジクはそれが嫌いではなかった。むしろ、それに捕らわれることは『嬉しい』ことの部類に入る。そう今では、特に。 (……あれ?) 昔は恨みがましいと思うことが多かったそれが、羨ましいと思うようになってきたのはいつからか―― ぺらり。 ふとした疑問符を浮かべる彼をよそに、左手で頬杖を作った彼女が、静かにページをめくった。 (そんなこと、いつから……) 咄嗟に「違うぞ」と否定するも、しかしそれは紛れもない現実だと、彼の記憶が肯定する。 (いつから?) 彼の中に既に存在している答えを、探すフリをしてさらに奥底に覆い隠すように。 マジクは彼女の二つの蒼さを凝視し続ける。 そうすることで、そこに自身を捕らわれてはくれないかというように。 彼女から、自身を捕らえてくらないかというように――
気が付くと、手が伸びていた。
「……は?」 間の抜けた彼女の声が鼓膜を打って、マジクはそこでようやく気が付いた。指先に伝わる、細くて滑らかな金糸の感触。 「え?」 目の前に広がるのは、訝しむような表情。自分を映す、二つの青。 「え、って……何よ、いきなり」 視線で伸ばしたままの左手を示されて、マジクは内心慌てていた。何しろ、自分でも何故そうしているのかがわからないのだから。 「え、いや、ええと」 「何よ。何かついてた?」 「ああいや、そういうわけでなく……」 言ってから、嘘でもいいからそういう事にしておけば良かったと気付く。当然、後の祭りだ。 「じゃあ何よ」 ぎろ、とクリーオウの目つきが険しくなる。こういう時の彼女は一触即発と言っていい。彼の長年の経験が、心の中でけたたましく警鐘を打ち鳴らし始めた。 「あーええと……何て言うか」 「言うか?」 何と言ったらこの場を回避できるだろう。今までの記憶をひっくり返して最良の方法を模索するが、これまでにこのような経験はなかった。 むやみに彼女に手を伸ばすなど――ましてや、何の理由も持たずに――、恐ろしくてできなかったということしか覚えがない。 とにかく、何か、彼女を怒らせずに済むうまい言い訳を! 何かないか、何か……!! 記憶をひっくり返したついでに思い出した、彼女からの惨い仕打ちに背筋を震わせつつ――やぶれかぶれで、マジクは言った。 「き、……綺麗だなぁって思った、から」
たっぷりと、間を置いて。
「……は?」 輪をかけて間の抜けた声が、食堂に響いた。
「オーフェン聞いてよ聞いてよちょっと、今日のマジクなんだか変なんだけど、やっぱり昨日の食事にこっそり道端で拾っておいた食用っぽいキノコの薄切り入れてみたのがいけなかったのかしらね……って聞いてるの!? わたしたちをほっぽって浮浪者みたく一日中街をほっつき歩ってたくせに!」 「誰が浮浪者だっ!! それに用もなくほっつき歩ってたわけじゃねえぞ俺は! いーかげんお前は人聞きの悪い物言いを何とかできんのか、ああ!?」 「何ですって!? それこそオーフェンの方が人聞きが悪いじゃないの! 今のなんかヤクザが凄むみたいっていうかそのものだったわよ!?」 「んだと……!」
既に日常の一部と化している騒音を聞き流しつつ、マジクはぼんやりと窓の外を眺めていた。 (変……だよなあ) つと、未だ感触が残っているような気がする左手を見やる。軽く触れただけの金糸は、何と言うか、とても―― (……変だ、うん。本当に、どうかしてるよ、ぼく) 師が何気なく手を置いているそれが、酷く羨ましいというか、妬ましいというか、……とにかく、そういったよくわからない気分にさせられるのは。 それは些細な日常の一部に過ぎなかったはずなのに。何の感慨も感じることもない、単なる流れゆく背景と同じだったはずなのに。 (やっぱり、変だ、ぼく)
小さく溜息をついて、マジクは再度窓越しの夜空を見た。
けれど、そんな変な自分は、決して嫌いではないと心の中で確認しながら――
End. Comments... ってことで、名簿登録番号4番・ナツミユキさまよりいただきましたマジクリイラストでござりました! あまりの萌え加減に、萌えイラと同居させてもらえばちったぁヘタレ加減も薄まるだろうとあこぎな算段をかましてみました管理人です。お目汚しでした誠に申し訳無いm(__)m(平謝り) ちなみにタイトルを和訳すると『魅惑のマホウ』。・・・素で言うにはしこたま恥を伴う感じでひとつ。
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