「オレイル=サリンドンの主食はもっぱら芋だった。 この死んだ大地には、それ以外の作物が育たない。 もっとも、その唯一の作物である芋だとてそうそうの量が取れるわけではなかったが。 それでもオレイル=サリンドンの主食は芋以外にありえない。 このやせた大地で一人それでも生きていかなければならないのなら、芋を食べるより仕方が無い。 死んだ大地。 死んだ風。 砂埃の向こうにかすむ当てにならない太陽と、見上げる事すら億劫に感じる、窓の向こうのくすんだ月。 それら全てに包まれて、死に損ねた死の教師が生き残るならばそうするより他に無い。 聖都を追われたそれでも真なるキムラック教徒が生きるには、そうするより他にない。 選択の余地すらないこの生活。 それでも続いてしまったこの生活。 唯一の救いがこの中にあるとするならば・・・
〜疑惑の芋畑〜
「わたし思うんだけど、食べ物から摂取する栄養って大事だと思うの。」 そう言う彼女の言葉に、特に異論はなかった。 人間はまごうことなき従属栄養生物である。 外部からの栄養摂取、すなわち食事が大事だという彼女の言葉はもっともだった。 しかし、だからといって諸手を挙げて賛同の意を示す気になるかといえば、それは否だ。 結果、作業を続けながらオーフェンは彼女の声を聞き流す。 見上げる約束の大地の空は、ひたすらにどこまでも青かった。 しかし、それもあくまで黄塵の混ざった風の向こう側の話であることに変りはなかったが・・・。 吹き続ける風と同じように、彼女の言葉も途切れる事無く続いていた。 荒野の中にぽつんと置かれた岩の上。 膝の上に黒い子犬もどきを乗せ、その背中を撫でながら彼女は続ける。 「別に、ジャガイモの栄養価が低いって言ってるわけじゃないのよ。ジャガイモってよく解んないけどなんとなく健康的な気もするし。・・・・ただ、単食は身体によくないってどっかの偉い人とかお父様とかも言ってたような気がするの。ほら、学校の給食とかでも『好き嫌いしないで何でもよく食べましょう。』とかってよく言われるじゃない?わたし、それで嫌いな揚げパンこっそり隠してもって帰ろうとしたらかばんの中が油まみれになっちゃって大変だった事あるもの。」 「つまり・・・」 矢継ぎ早にまくし立てる彼女を遮って響いた声は、自分のものではなかった。 それだけは断言できる。 その声は自分のものではなかった。 自分であれば、そんなへまはしない。 そこに「有る」と立て札の立てられた地雷原に自ら何の装備も無く踏み入れるようなまねはしない。 そこまで自分はうかつではない。 今までの数限りない経験が、彼をそこまでうかつにはさせない。 (・・・人はそれを学習能力というんだ・・・。) それまで何があっても無視を決め込んで黙々と続けていたはずの作業を中断し、オーフェンはふと顔を上げた。 ずっと曲げていた腰を伸ばし、そうすることで急速に浮かび上がってくる背筋の軋むような痛みに顔をしかめながら彼女を見返す。 彼女。 彼女は何をするでも無くそこにいた。 先ほどと何ら変わったところは無い。 岩の上に腰掛けて黒い悪魔を膝に抱き、地面まで届かない足をぶらぶらとさせながらその青い瞳できょとんとこちらを見返している。 いつもであればパタパタと風に翻っているはずの長い金髪は、今はどうやら一まとめにしてあるようだった。 この間髪の毛を洗った時にそこからごっそりと砂が出てきて以来、少し懲りているらしい。 オーフェンはどっちでも一緒なように思えたが、彼女自身がそれで納得しているようなのでそれ以上は何も言わなかった。 それはまぁ、その程度の事だ。 議論するほどの事でもない。 それよりも、 「・・・つまり、何が言いたいんだ?」 オーフェンは、見事なまでに地雷原のど真ん中を突っ切るようなセリフをはいた「うかつ」な男を横目に見やって嘆息した。 自分と同じように、彼もまた作業を中断して彼女を見上げている。 短く切った黒い髪。 第一印象では決して好感を与える事の無い、世を拗ねたようにつりあがった黒い瞳。 言葉だけで形容する程度の範囲であれば、彼と自分はよく似ていた。 この間までは唯一完璧といっていい区別方法であった洋服の色も、聖都での一件以来なんとなく同じになってしまって役に立たない。 おそらく、嗜好性もまたどこか似ているのだろう。 弟子の話では、しゃべり方などもどことなく似ていると言う。 なんだかんだと言いながら説教好きな所もそうだと言っていただろうか・・・とにかく、自分に良く似た男。 けれど、その実どこも似ていない男。 ついでに加えるとすれば、元キムラックの死の教師。 そんな肩書きの男だった。 その男――――サルアは。 正しくは・・・確か、サルア=ソリュードとか言っていたか。 もしかしたら正しくは無いのかもしれないが、それ以外の彼の名前を少なくともオーフェンは知らない。 「・・・えっと、だからつまり・・・」 そのサルアを見返して、彼女が小さく小首を傾げて見せた。 「つまり、健康のためにはもっといろんなものを食べた方がいいと思うの。」 「ほほう?」 「お父様も言ってたわ。う〜んと・・・『一日100品目は食べるよう努力した方がいいのだろうなぁ、無理だが。』って。」 「・・・それって、結局無理って言ってんじゃねぇか?」 「努力目標はいつも高くあるべきよね。」 「どう足掻いたって可能範囲内に設定されない目標は、目標って言わねぇだろ。」 手を振りながらサルアにそう言われて、クリーオウが何かを考え込むようにふと口をつぐんだ。 その気配に気づいてか、膝の上のレキが立ち上がる。 青い大きな瞳を数回しばたかせ、おもむろにレキの背中を撫で付けて元のように座らせながら、彼女はやれやれと大仰に溜め息をついて見せた。 「・・・あなたって、そう言う向上心の無い事ばっか言ってるからおっさん臭いんだと思うわ。わたし。」 「あんだけいろいろ言って、結局それかいっ!」 手にしたスコップを足元の地面に叩きつけながら叫び返すサルアを横目に、オーフェンは再び作業を再開させた。 漂う黄塵が鼻に入ったらしく、思わずくしゃみを漏らす。 作業自体は、ごく簡単なものだった。 腰を折り、その場にしゃがみこむようにしながらスコップを乾いた地面に突き立てる。 ただその繰り返し。 (・・・まぁ、なんだな・・・) 土を掘る、と言うよりはむしろ瓦礫をのけると言った方が正しいような作業を淡々と反復しながら、オーフェンは胸中で一人ごちた。 (あいつ等もよくも毎日毎日言い争うネタが尽きねーもんだよな。) 彼の弟子が聞いていたら間違いなく半眼になって「・・・人の事言える立場じゃないと思いますけど・・・」と突っ込まれそうな事を考えながら彼はザクリ、と手の中のスコップで土を抉る。 抉れて丸く穴のあいた土の間から、丸い球体がわずかに顔を出していた。 (・・・サルアの奴もどーせ口じゃ勝てねーのは目に見えてんだから、大人しくしときゃあいいのに・・・結局、大した理由なんか無いに決まってんだからよ。) 軍手をはめた手をのばし、球体周囲の土を払いのける。 どうやら、思ったよりも大物らしい。 半分ほど頭を出した球体を掴み引き抜くと、それはポコンと土から外れて転がり出てきた。 傷も無いし、かなり大きい・・・ジャガイモだ。 ひゅおおぅっと耳もとを風がすり抜けてゆく。 オーフェンは今日一番の大物になんとなく笑いかけてから、おもむろにそれを自分の身体の脇に転がした。 ごろごろと地面を転がって、そのジャガイモはそれまでにすでに収穫されていた仲間の群れの中へと紛れ込んでいった。 横目にそれを眺めやる。 一つ一つの大きさこそ比較的小ぶりだが、かなりの数になった今日の収穫物。 食べ飽きていい加減辟易しているのは自分だって一緒なのに、何故かそこに見る球体の群れは輝いて見える・・・ (・・・なんつーか・・・きっと、これが第一次産業従事者の喜びなんだろーな。・・・なんとなく。) こんな所でそんなものを感じている自分にそこはかとない疑問を覚えながら、オーフェンは小さく嘆息を漏らした。 見上げる黄塵の空。 遠すぎて手をのばしても届かない、世界の涯に位置する空。 魔術士のことごとくを拒む、約束の大地を覆う空。 (どっちみち、俺らがそうそう長居する場所じゃねぇよな・・・。) 再びスコップを握りなおしながら、オーフェンは小さく吐息を漏らした。 今のところ目立ったトラブルはないが、それでも聖都からもそうはなれていないこの地に逗留するのは到底得策とは考えられない。 追っ手がかかっているかもしれないし・・・例えばそうでなかったとしても、ここはまがりなりにも魔術士と名乗る自分たちのいるべき場所ではない。 おそらく・・・この思いがけない芋尽くし料理も今日の夕飯が最後になるだろう・・・ いや、マジクとクリーオウの出発の準備を考えれば明日の朝あたりになるか・・・。 (っつーか、むしろ昼あたりの方が良いか? やっぱ、何だ・・・昼飯の事とかあるし。・・・タダで食えるもんはなるべく食っとかねーとな、やっぱタダだけに。) 思いながら、掘り出された芋を眺めやる。 思い起こせばこの4日間の芋生活・・・いろいろ文句をつけてメッチェンに溜め息をつかれた覚えはあるが、そうそう悪いものではなかった・・・。 さすがに、ここを出たらしばらく芋はいらないが。 (ありがとう芋。ありがとうデンプン・・・。) 胸中で惜しみない拍手を芋に送り、オーフェンはぎゅっとスコップを握りしめた。 これで食べ収めかと思うと、なんだか今日は1.5倍(当社比)くらいいけそうな気がしてくる・・・。 勢いを取り戻し、ざかざかと芋畑を掘り返しながら、ふと思いついてオーフェンはじっと土の中に顔を出した芋の一つを凝視した。 冗談めかした口調で・・・その実、半ば以上本気で小さく一人ごちる。 「・・・お土産に30個ぐらいくれたりとかしねぇかな? オレイルの奴。」 「あのなぁ・・・遠慮とか配慮とか謙虚とかって単語がお前の脳味噌には入ってねぇのか!?」 「!?」 突然返ってきた返答に、オーフェンはぎくりと腰を浮かした。 突然の動作と静止に、全身の筋肉が痙攣する。 「大体、お前さっきからそこに座ってるだけで働いてもいねぇじゃねぇか!!」 続けて聞こえるサルアの叫び声に、オーフェンは小さく息を吐きながら緊張を解いた。 どうやら話の相手はこちらではないらしい。 案の定、振り返った先にはつかつかとクリーオウに歩み寄るサルアの後ろ姿があった。 両手をワキワキとさせながら、黒い上下の元死の教師は大股に畑を横切ってゆく。 「『働かざるもの食うべからず』ってことわざ知ってっか!?」 「ひっどーい!! その言い方じゃまるでわたしが何にもしてないみたいじゃない!?」 「きっぱりと何にもしてねーだろが!!」 「やったわよ!! お芋掘りだってあんなに頑張ったの久しぶりってくらい頑張ったわよ!」 「初日に2個か3個くらい掘っただけで『結構つまんないのね。』とか言ってた奴に頑張ったとか言われたくないぞ!?」 「うるさいわね!! 実際つまんないんだから仕方ないじゃない!?」 「だったらあのぼーずと交代して料理でもしてりゃあいいだろ!!」 「しよーと思ったら、『やっぱお前は芋掘りの方が似合ってるぞ。』とか訳のわかんない事言ってオーフェンと一緒になってわたしをこんなとこまで引きずってきたのはどこの誰よ!? ・・・ってゆーか、ここって居るだけでも砂まみれになっちゃってけっこー辛いんだからね!?」 「砂まみれになりながらさらに何が悲しくて汗水たらして芋なんぞ掘りまくってる俺らのほうがよっぽど辛いわ!!」 (・・・どっちもどっちだな・・・明らかに、サルアの負けだけど。) とても終わりそうに無い言い争いを傍観しながら、オーフェンはさらに五、六個の芋を掘り出して地面に転がした。 空を見上げる。 黄砂を運ぶ死の風は、相変わらずとどまる事を知らないようだ・・・。 ため息を漏らし、髪に降りかかる黄砂をぱさぱさと払いのけながら、もってきた麻袋に掘り出した芋を詰める。 一通り自分の分を詰め終わって、サルアの分も俺が詰めにゃならんのか・・・?と思いながら岩のほうを一瞥すると、 「だいたい、あんたっておっさん臭い上にとんがり目だし、ついでに髪の毛とんがってて生意気なのよ!!」 「ぐるぐる巻きのお前にだけはこのヘアスタイルを貶されたくねーぞ!!」 「なんですって!? このとんがり目!!」 「うるせー! 渦巻き!!」 「なによー! わたしにはクリーオウ=エバーラスティンって言うお父様から貰った有り難い名前が有るんだから、そんな変なあだ名つけないでよ!!」 「お前の方が、俺のこといっつもいっつも変なあだ名で呼んでるじゃねーか!!」 「変じゃないわよ! だって、見たまんまあんたってとんがり目じゃない!!」 「それを言うならキリ・・・じゃなかった、オーフェンだって似たよーなもんだろが!!」 「・・・。」 そのサルアの叫び声に、クリーオウがふと押し黙った。 あまりに唐突に会話が途切れたのと思いもかけずに自分の名前が出てきたのとで、なんとなく気になってそちらを振り返る。 その時も、風が吹いていた。 黄塵を運ぶ、死の風が。 クリーオウはきょときょととオーフェンとサルアを交互に見返し・・・やがて、ぽんっと両手を打ち合わせると、びしっと二人を指差して言い放つ。 「とんがり目一号、二号!!」 「よりにもよって、俺が二号かっ!?」 「・・・一号ってもあんま喜べねぇけどな。」 叫び返すサルアを横目に、オーフェンは軽く吐息を漏らしつつ呟いた。 ・・・そろそろ日が暮れる。 オーフェンは仕方なくサルアの掘り出した芋を麻袋に放り込むためにのろのろとそちらへと向かった。 足取りが重いのも気のせいではない。 大体、これだけ腰を折っての単調作業を続けた後にこの芋の量を担いでこれから歩いて30分は軽くかかるオレイルの家まで帰れと言うのが間違いなのだ。 荒野に続く一本のあぜ道を眺めやりながら、オーフェンはさらに重さを増した麻袋を肩に担ぎ上げた。 やはり予想通りの重量と、訳のわからない物悲しさが両足にのしかかってきた。 「大体、あんただってわたしの事一度も名前で呼んでくれた事無いんじゃない? ・・・あ〜んなに性格とか目つきとかその他諸々の悪いオーフェンだってちゃんと名前で読んでくれるのに、よ?」 こちらの動きを見て、そろそろ帰れるとでも思ったのだろう。 クリーオウが岩から飛び降りながら「ねぇ?」と言うようにこちらを一瞥してきた。 「・・・性格とか目つきが悪いってのは余分だけどな。」 家路に向かってすでに歩き始めながら、適当な返事を返しておく。 舗装も何にもされていない「道らしき通路と思しき轍跡」は、地平線に重なりそうなオレイルの自宅にまで延々と続いていた。 そのオーフェンの隣にとてとてと小走りに回り込むようにして並びながら、クリーオウがにっこりと言い放ってくる。 「あくまで否定しない所とか、オーフェンって極たまに要らない所で正直よね。」 「・・・。」 「あんま突っ込むと、こいつ泣くぞ?」 とっさには何も言えずに押し黙るオーフェンの代わりとでも言いたげに、反対隣からひょこっと顔を出しながらサルアがケケッと笑った。 「・・・。」 けたけたと笑いあう二人にはさまれて、オーフェンは空を見上げる。 「・・・。」 地面を見下ろす。 「・・・。」 後ろを振り返る。 「・・・。」 じっと前方を睨み据える。 そのオーフェンの視界に入るようにまたトテトテと小走りに走ってこちらを振り返りながら、クリーオウがきょとんと尋ねてきた。 「・・・何やってんの? オーフェン。」 「いや、何かこの場から一瞬にして逃げ出せる画期的な逃げ道は無いものかと・・・」 「何で逃げるの?」 さも当然そうにそう聞き返されて、オーフェンはなんだかいろいろなものが自分の中でガラガラと音を立てて崩れるような錯覚を覚えた。 脱力する全身とともに、その場に芋袋をボトリと落とし、開いた両手で思いっきり少女に掴みかかる。 彼女を見下ろす自分の瞳に涙が浮かんでいない事だけを祈って、彼は叫んだ。 「何で?って、あれか!? それを俺に聞くかおいっ!? お前等が仲よく談笑してる間に汗水たらして芋を掘りまくってた俺とか何が悲しくてたった一人でこなくそ重い芋袋をあんな地平線の彼方まで運んでいかなきゃならん俺とかそんないたいけな俺にねぎらいの言葉の一つもかけられんよーなバカップルまがいの痴話げんかを間にはさまれて聞かされる俺とかが哀れで哀れで切なさとかやるせなさとか切なさとか感じてなんだかいきなり現実逃避したくなったってバチは当たらんだろう!?」 セリフの最後の辺りには、不本意ながら涙声になってしまっていた。 壊れた水道管よりも激しい勢いで全身に湧き上がる疲労感のまま脱力しきって、きょとんと青い瞳を見開く彼女に寄りかかりながら、オーフェンは鼻を啜る。 「・・・なぁ、教えてくれよ。・・・俺の人生設計の一体どこが間違ってたんだ・・・?」 「やだ、オーフェンたら本気で泣いてるの?」 「もう泣きたくもなるわ。」 言って、泣き顔を隠すために顔を伏せようとしかけたオーフェンの首根っこを掴みあげながらサルアが呆れた口調で反対の手を腰に当てた。 「この程度で泣いてんじゃねぇよ。いい大人が。」 「別に自分が『良い大人』だなんて思わない。」 「否定はせんが、自分で言ってて虚しくないか?」 「事実だから仕方が無い。」 「・・・なんか、腹が痛いとか仮病使って学校ずる休みしようとしてる小学生みたいだぞ?」 「俺は今、人生丸ごと休みたい。」 「時折やけに打たれ弱いよなぁ、お前。」 「ほっとけ。」 涙目でサルアを睨みあげてその手をぱしりと振り払い、よろよろと歩いて距離を取る。 地面に落とした芋袋を再び拾い上げのろのろと歩き始めるこちらに並ぶために小走りに近づいてきながら、クリーオウがニコリと笑った。 「・・・なんだよ、気持ち悪い。」 いきなり覗き込まれて、いきなりなんだか笑顔を向けられて、オーフェンはなんとなく感じる不穏さに唇を尖らせながら問い返す。 しかしそんなこちらの胸中など知るよしもなく、クリーオウはあくまでのんきにニコニコと続けてきた。 「なんかね。よかったなぁって、思ってさ。」 結い上げた金髪の先が、風に吹かれてゆらゆらと揺れる。 「何がだよ?」 「・・・うん。思ったよかオーフェンふつーそうだから。」 「? だから・・・何が?」 「解かんないならいいのよ♪」 「??」 眉根を寄せるこちらの前で一回くるりと回ってから、クリーオウはさらに前を行くサルアを追いかけてトテトテと走っていった。 「ちょっと一人で歩くの速いわよ! 二号っ!!」 「だー!! 名前で呼ばんどころか今度はさらに略しやがってからにこの小娘は!!」 後ろから背中にアタックされてよろけながら、サルアが振り返る。 「あー!! また小娘って言った!! そーやって私の事呼ぶうちは絶対名前なんか呼んでやんないんだからって言うかあんたの名前なんか最近ちょっと忘れ気味だわっ!!」 「忘れてたんかっ!!?」 「まだ辛うじて覚えてるけど。明日くらいには、きっと忘れちゃうでしょうね。」 「・・・・よ、予告!?」 小首を傾げたクリーオウの頭の上で、レキがずり落ちそうになっていた。 サルアと言えば、彼女を振り返ったときの姿勢のまま何か言いたげに口をパクパクとさせている。 もっとも、そのうちのどれ1つとしてまともなセリフになっていない様ではあったが。 空を黄砂が渡ってゆく。 一歩一歩踏みしめるように進むオーフェンの視界の中で、立ち止まった二人の姿はゆっくりと大きくなっていった。 遠目に、クリーオウが一度こちらを一瞥したのがわかった。 やっと二人の表情が見えるくらいになった所で、オーフェンはふと立ち止まる。 なんとなく・・・意味はなかったが。 本当は意味があったのかもしれない。 いや、おそらくあったのだろう・・・ただ、自覚することが無かったというだけで。 「・・・解かった。」 視線の先では、仏頂面のサルアが両手を腰に当てながらクリーオウに向き直る所だった。 サルアの黒い上着と、クリーオウの金色の髪が同じ方向にたなびいている。 酷く言いにくそうに軽く舌打ちをしてから、サルアがポツリと呟いた。 「・・・・・・クリーオウ。」 「・・・・・・・何よ、とんがり目。」 返すクリーオウの言葉もまた聞き取りにくいほどに小さく、こちらもなにやらふてくされたような表情で斜め前の地面に視線を落としている。 オーフェンは立ち止まって、ぼんやりとそれを見つめていた。 何か声をかけるとか、あるいは気にせずに通り過ぎるとか・・・。 何でも出来たはずだったが、結局どれも行動に移す事は出来なかった。 ただ立ち止まり、やたらと重い芋袋を背中に背負い、そして視線の先の二人を見つめる。 俯き始めたクリーオウとは対照的に、サルアの顔には余裕の表情が戻っていた。 面白がるように口の端を曲げ、少女の金色の小さな頭を見下ろしている。 「とんがり目?」 「・・・。」 「とんがり目っつったか今?」 「・・・っ。」 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべたサルアに覗き込まれて、クリーオウが悔しそうな呻き声を出した。 何かを呟きかけるようにもごもごと口を動かし、首をすくめながらも青い瞳で上目遣いにサルアを見上げ、尖らせた唇のままで小さく呟く。 「・・・・・・サルア。」 「・・・。」 「・・・・・・なに赤くなってんのよ、変態。」 「人の事言えん程度には、お前も赤いぞ。」 「・・・。」 「・・・。」 再び、辺りに風が流れた。 その風が黄塵を運び、彼女の髪を揺らし、レキの尻尾をなで、そしてサルアの上着のすそをはためかせる。 同じ風に吹かれて、オーフェンはなんとなく空を見上げた。 上空には黄塵が黄色い靄となって渦巻いている。 そんなのを見ていたせいだろうか、なんだか喉がいがらっぽくなったような気がしてオーフェンは軽く咳払いした。 「・・・。」 とりあえず、気が済んだ。
コトコトと、コンロの上で鍋が声をあげていた。 読んでいた本から視線を上げ、マジクは壁にかかった時計に目をやった。 およそ20分ほどたっただろうか。もういいかもしれない。 立ち上がり、鍋の蓋を開ける作業ははっきり言って億劫だったが、それでも嫌なわけではない。 慣れた仕事だ。 しかも、同じ慣れた仕事にしてもクリーオウの相手をするよりも機嫌の悪い師匠をなだめに行くよりも、さらには異臭を放つ彼女の料理を始末するよりも、はるかに楽しい軽作業だ。 (・・・それでも不満がないって訳じゃないけどさ。) 胸中で呟き、マジクは自分の考えに嘆息を漏らしながらお玉で鍋をかき回した。 ごろごろと鍋の中でひときわ自らを主張するジャガイモを見下ろしながらうんざりと再び溜め息をつく。 今日で何食目だろうか。 ジャガイモのニョッキ。 ジャガバター。 ちょっと趣向を凝らして、芋コロッケ。(中を割ったら芋のみなので脱力したが) 細切りジャガイモの炒め物。 芋粥。 そして、この芋まみれのシチュー。 「・・・シチューが聞いて怒るよ。」 よりにもよって、具が芋だけとは。 「ジャガイモ嫌いなの?」 嘆息を漏らすその肩を叩かれて、マジクははっと振り返る。 白い上下を着たメッチェンが、鍋を覗き込むようにしながらくすくすと笑っていた。 「私は結構好きよ? ・・・むしろ、ニンジンの方がダメ。」 「いや、僕も別に嫌いって訳じゃないですけど・・・」 言いかけて、マジクは力なく首を振った。 「でも、さすがにこう毎食だとキツイです。」 「ん〜、まぁ慣れないとそうかもね。」 「メッチェンさんは、慣れてるんですか?」 「この家に来た時はいつもそうよ。」 肩をすくめながら、メッチェンが親指で背後を示す。 それを追うようにしてそちらを見やると、相変わらずの安楽椅子でオレイルがうつらうつらとしている所だった。 小さな窓から、わずかな陽光が差し込んでいる。 コンロの火を落とし、気にするように戸口のほうを一瞥してからマジクは口を開いた。 「・・・お師様たち、遅いですね。」 「そうねぇ・・・どうしたのかしら?」 言いながら、メッチェンが時計を振り返った。 セリフだけ聞いていれば心配している風も合ったが、その表情を見る限り実はさして心配しているわけでもないのだろう。 むしろ、どちらでもいいとでも思ってるのかもしれない。 おっとりとした表情を崩さないままメッチェンは顎に片手を当てて、小首を傾げて見せた。 「なんだったら、先にお昼にしちゃいましょうよ。」 言われて。 手にしたお玉を握りしめる。 視線が勝手に足元へと下がっていくのをどうしようもなく感じながら、マジクは続けた。 「・・・えっと、メッチェンさんはそれでも良いかも知れないんですけど僕的には後がかなり怖いって言うかこういった食べ物系に関しては死の恐怖が待っているような気がそこはかとなくするので出来たら御遠慮願いたい感じです。」 「・・・そ、そう・・・?」 「すみません・・・。」 「別にかまわないけど・・・」 曖昧な表情を浮かべながら、メッチェンは半ば感心するような瞳でマジクを見下ろしてきた。 「・・・あなた達って、結構ぎりぎりっぽいわよね。いろいろが。」 その言葉に・・・ マジクはただ、声もなくこっくりとうなずいた。
End. Postscript...
・・・も、貰い損ねました・・・(爆) by管理人。 Comments... 全国のサルクリ同士の皆様、大変長らくお待たせ致し過ぎました(爆) ※仮面ライダー一号二号のこと。
・・・甲斐性なし、そんなに項目として列挙出来るほど二人に(ていうかサルアに)ジェラしってたのね・・・(微笑) クリったらサルアとラヴラヴ(コラ)してただけじゃなくて |