傷はいつも見えないところにあって、その痛みは永遠にわたしを貫き続ける。
 あの時の悔しさを、自分の不甲斐なさを、けして忘れないために。
 取り返しのつかないことを、二度と繰り返さないために。





「……君は、絶望というものを知らないから」
 直に頭の中へ響くように、その言葉は大きく自分に降りかかった。耳を塞いでも消えることなく、さらに残響となってリフレインする。
 まるで自分に言い聞かせるように。
「……――彼らでさえ、破滅に立ち向かえば、必ず死ぬ」
(違う)
「絶望とはそういったものだ……全てを無為にする。虚無だ!」
(違う……絶対にそんなこと、ありえない!)
 必死で頭に響く声を否定する。それは声の主に聞こえてはいないと、何故だかわかっていたが――それでも叫ばずにはいられなかった。
(そんなこと)
 信じたくも、理解したくもなかったから。
(わたしが絶対にさせないんだから! あんたが何と言おうとも、そんなこと、絶対に)
 無我夢中で叫ぶ。
 聞こえてはいない。だから相手が理解することはない。それでも、それでも、
(絶対に、そんなことさせたりしない!!)
 絶叫して、視界が真っ白に染まる――


 
「――っ!!」
 視界に飛び込んできた光景と、今まで見ていたはずの光景とのギャップに驚きながら――少女は自分の身体にまかせるまま荒く呼吸を繰り返した。
 それが落ち着いて、ようやく額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。そのまま手の平で顔を覆いさらに瞳を閉じて視界を閉ざす。
(……夢)
 深く大きく嘆息し、手をどけて少女は視界を回復させる。
 眠る前に見たものと同じ、宿の古ぼけた天井。
 のそりとやや重たい身体を起こすと、ベットからずり落ちそうになっている毛布とその上で器用に丸まっている黒い物体が目に入った。
「……」
 少女はそっとそれを抱き上げ、傍らのシーツの上に置いてやる。
 しばらく様子を窺い――起きる気配が無いのを確認すると、少女は今にもベットから姿を消しかけている毛布を自分の方へ引き寄せた。
 
 
 
(だいたい、絶望なんてもの信じてる方が間違ってるのよ)
 少女――クリーオウはベットの上で毛布にくるまったまま、器用にひざを抱えた。月明かりが自分を照らし、シーツの上に自分の形を映し出している。
(なんなのよ、アイツは。破滅に立ち向かえば、必ず死ぬ、ですって?)
 足全体を覆っている毛布をぎゅっと握りしめる。毛布特有のごわごわとした感触を感じさせないほど、強く。
(そんなこと考えることの方がどうかしてるわ。やってできないことはないのよ。賢くなれば、絶対にできるんだから!)
 ふと、すぐ側で眠っているレキを見やる。
 ディープ・ドラゴン。破滅と戦う運命を背負う者。キエサルヒマ最強の戦士。
 ぶんぶんと音がするぐらい強く首を振ると、クリーオウはひざに――それを覆う毛布に顔をうずめた。
「……そんなこと、絶対にさせないんだから」
 低く、しかしそれはけして落胆の声ではなく、呟く。但し深夜なので小さめに。
「オーフェンだっているんだもの。破滅なんて、オーフェンがきっとどうにかしてくれるわ。もちろんわたしのサポートがあってのことだけど」
 だんだんと声色に明るさが混じってきて、とうとういつもの甲高い声と音量で喋っていることにも気付かず、クリーオウはなおも続けた。
「そうよ。絶望なんて、あるわけないもの。……オーフェンがいてくれるんだから」
 毛布から上げた顔に決然とした表情を貼り付けて、クリーオウは瞳をいつものように無意味なまでに輝かせた。
「大丈夫だもの。……ね、レキ」
 月明かりの下で、クリーオウは眠っているレキをそっと撫でた。
 
 
 
「……はぁ、は、っ……あ……」
 いつもより日差しがきついように感じる。ナッシュウォータの逗留期間は思ったより長引いてしまったし、現在は見知らぬ土地へと歩を進めているのだから、以前と気候が違ってもおかしなことはないのだが。
 ではこうして呼気が荒くなっているのは何故なのだろう。毎日歩いて旅をしていたところに長いこと一箇所に留まっていたおかげで体が鈍ってしまったのか。
 しかし留まっていたとはいえだらだらしていたわけではない。むしろ色々と立ち回って大変だった。何より、それくらいで根をあげるような体ではなかったはずだ。
 こんなことでは『パートナー』と胸を張ろうと誰も信じてはくれまい。何よりも彼自身が。そして自分自身が。
 ぼんやりとする思考を仕切り直そうと、クリーオウは軽く頭を振った。そして、わずかに首を上向かせ自分を照らしてくる太陽をまぶしげに視界に入れる。
(……くらくらするわ)
 直視するからいけないのだと、本調子でない体もきっとそのせいでこうなっているのだと結論付けて、クリーオウは首の位置を戻した。前を歩くロッテーシャと、さらにその前を先行するオーフェンが見える。
 あれから数日。もう動けますから大丈夫ですと青白い顔で言うロッテーシャの体力をきっちり回復させ、オーフェン一行は新たな仲間を加えアーバンラマへと出発した。
 外傷はレキの魔術で回復させたものの、出血と精神的ショックで奪われた体力はすぐに戻るものではない。
 ただ、精神的ショックの方は時間の経過と共に彼女の原動力となったようだった。けして褒められる回復法ではない。
 しかし結果的にそれは彼女の回復を、出発はおろか旅の進行速度すらも早めることとなった。現実に、出発はオーフェンが予測していたよりも2日も早まり、進行はというと既に半日近く早まっている。
 単純にロッテーシャの基礎体力があったということもある。オーフェンは怪我人を一人連れた形での旅を想定して予定を組んだのだ。それを考慮に入れなければ彼の予想通りの進行になっていたかもしれない。
 だが、この思わぬ進行速度が新たな弊害をもたらすとは、「怪我人」たるロッテや半年以上一緒に旅をしていた彼にも予想はつかなかった。当然ながら、当人たる彼女にも。
(……マジクは……?)
 少し前までは皆で固まって歩いていたはずだった。現在、前方に視線を向けている自分に見えるのはオーフェンとロッテーシャのみ。もう一人の旅の連れがいない。
 ひとつひとつの動きをひどく重たく感じながらクリーオウが振り向くと、ずっと後ろの方に大荷物を背負ったマジクが見えた。通常ならクリーオウのものがほとんどを占める中身に、今回はロッテの私物もいくつか混じっている。怪我人に重たいものは持たせられないという配慮と、これも修行だという師の親心の結果である。
(だらしがないったら……)
 わざわざ視認するほどの価値を見出せずため息をついて前を向く。前を行くロッテの荷物は剣一つだった。
 自分は何も持ってはいない。レキは頭の上でなく足下を歩いている。全身を支配する気だるさが抱き上げる気を起こさせない。
(あー……そうよね、黙ったままだから沈んだ感じになるのよ。でも喋るにしたって話題が……ロッテに思い出させるわけにもいかないし)
 彼女が「奴」への怒りで動いていることはわかっていた。自分としても奴には一発、それも手酷くかましてやらないと気がすまない。けれど、今それをロッテに持ち込むのは酷な気がした。何より、彼女に追いついた上で言葉を発するのがおっくうだ。体が重い。
(そういえば、オーフェンも何か考え事してるみたいだし)
 これは何となくだが多分合っている。伊達に「パートナー」を名乗っているわけではない。もう半年以上も一緒に旅をしてきたのだから。彼のよくない所なぞいくらでも挙げられるし、だからこそ嫌でも目に付く。いらいらする。疲れた……。
 日差しは相変わらず強い。いや、さっきより強くなっていないだろうか――しかしそんなことはないと冷静な自分が判断を下す。けれど彼女はもう一度空を見上げた。
 天頂に近づかんとする、太陽。眩しくて目を開けているのがつらい。目を閉じたらどんなに楽だろう。でも、目を閉じたら歩けない。だから目を開けていないと。目を――
「……え? あ、れ?」
 ごしごしと手の甲で目を擦る。黒と白。さっきよりも前を行く黒い男と剣を抱えた少女が目に映る。
(目を閉じた覚えはないけど……何で目の前が真っ暗になったのかしら)
 知らないうちに長いまばたきでもしていたのかもしれない。そういうことにして、気分を変えようと大きく息を吐き出す。苦しい。
(何で、「苦しい」のよ)
 何気なく思考に浮かんだ単語へ自問する。ぼんやりと答えを返そうとするが、結局それがかなうことはなかった。
(? ……え――)
 視界の映像がぼやけ、歪み、斜め横に流れ出す。それはぐにゃりと曲がり、渦になって溶けて――全てが闇の中へと収束していく。
 妙な浮遊感。止まっていく思考。薄れていく意識。
 耳に届くどさりという音と、肌を擦る地面の感触。誰かが自分を呼んでいる気がするが、反応が追いつかない。
 感覚が全て遠ざかっていく。訪れるは闇。黒に塗りつぶされた無味無臭無音の世界。そこには何もない。だから、何も感じることはできない。感じるものがないのだから。
 気だるさも苦しさも疲れも、全てから開放された彼女は至極あっさりと意識を失った。
 
 
 
 目を開けた。見たことのない天井がそこにあって、彼女はおぼろな疑問を浮かべる。
(……天井……?)
 天井。部屋の壁で上についてるところ。イコールここは屋内である。
 浮かべたものはようやく形を為した。
(わたし街道を歩いてたんじゃなかったっけ)
 既に歩ききって、目的地のアーバンラマとやらへ着いてしまったのだろうか。もしかして寝て起きたばっかりで宿に着いたことをど忘れしているだけとか。そういえばよく寝た気もする。何しろ体がだるい。あまり寝ない時もぐったりするが、逆に寝すぎたときは言いようのないけだるさが「憑いて」いる気がするのだ。
 そう、寝すぎたときは決まって、体を起こそうとするとやけに重たくって――
「……あれ?」
 重たいにもほどがあった。いや、これは重たいから動かないのではなく、むしろ『物理的に動かすことができない』。もちろん全部が動かないわけではないが、体をうまく動かせない。だるい。
(なに、よ、これ……)
 腕だけでも布団から出してみようと手に力を入れる。入らない。握りこぶしを作っているはずなのに全部の指が軽く曲がっただけ。布団の中なので見えないが、だからこそ指をきっちり曲げられていないことが感知できる。
 もう一度力を入れてみる。やはり入らない。むしろ力が逃げていって、曲げたはずの指がゆるゆると解けていくのがわかった。
 おかしい。明らかにおかしい。外を歩いていたはずが、気が付いたら知らない部屋で、起き上がろうとしたら体が動かなくて、力が入らない。何だか怖い。誰もいないのが怖い。自分一人ではベッドから出ることすらできなさそうなのが怖い。
(そうよ、オーフェンは!? ロッテとマジクと、それにレキは……!?)
 目だけを動かして辺りを探る。けだるさと戦って首を動かし、視界を広げる。
 そこはよくある宿の一室に思えた。真正面に部屋のドアが見える。端にはサイドテーブルか何かだろうか、木製の台みたいなものが写っていた。
 と、ドアが突然開いて、入ってきた人物とまともに目が合う。その男が驚きを表情に浮かべ静止したのは一瞬のことで、すぐにこちらへ駆け寄ってきた。律儀にドアは閉めている。
「気が付いたのか。大丈夫か?」
「オーフェン……わたし、どうしたの?」
「ん、ああ。倒れたんだよ、道の真中で。ったく、びっくりさせやがって……」
 彼の表情に安堵の笑みが混じる。自然に笑うのを久しぶりに見た気がするので物珍しさに見ていたかったのだが、新たな疑問にそれは断念した。おうむ返しよろしく聞き返す。
「倒れたって、わたしが?」
「そう言ってるだろ。で、どうだ? 痛いところとかあるか? 気持ち悪いとか」
 言われて――これは「健康時と比べて異常はないか」という意味だと察して――全身を包む重度の気だるさを意識し、結局そのまま無視しておくことにした。倒れたのならばだるくても当然なのだろうから。
 倒れたということは通常の健康状態を保てなくなったということであり、その副産物として――体調不良に付随する形で体のだるさが生じる。
 つまり倒れるほどの体調ならばだるくて当たり前、むしろだるいからこそ倒れたとも言えるから、これは異常ではなく正常なのだ。極めて普通の生体反応だ。
 結論。異常がないのかという意味では、言われたとおり痛みもなければ気持ち悪さもないので、自分は正常ということになる。……言葉遊びに等しいけれど。
 だから何ともないと答えておいた。
 すると彼は心底ほっとしたような表情を見せた。当然のことなのだろうけれど、何故か今はそれが辛かった。
「……ここ、どこ?」
「お前が倒れて、そこから少し進んだとこで運良く宿が見つかってな。ちと早いが一休みすることにした。ロッテにしたってまだ無理はさせられねえし、……こう言うのも何だが、丁度良かったのかもな」
 彼は苦笑してみせた。わたしもぎこちなく笑みを作る。体はやはり動かせない。
「ロッテは? それと、レキは?」
「同じ部屋で休んでる。病人の側に動物置いとくのも何だったからな」
 病人、という単語で彼はさらに苦笑を浮かべた。
「ロッテにしたって、いくら強がったって人間にゃ限界ってもんがあるんだ。ここらでしっかり休んどいてもらわないとな」
「そうね」
 ではわたしは何故、休んでいてもいいのだろうか。自分はロッテのように大怪我をしたわけでも、精神的にショックを受けたわけでもない。……少なくとも、彼女よりは「軽症」のはずだ。
「それにお前もだ」
「……え?」
 唐突に一緒くたにされて、不思議そうにオーフェンを見上げる。呆れたような困ったような、どこか優しげな表情。何でそんな表情をしているのだろう。何でわたしは彼にそんな表情をさせているのだろう。
「お前何で自分が倒れたかわかってるか? 過労だってよ。近くに医者がいるってんで診てもらった」
 彼の言葉にはひどく聞き慣れない単語が含まれていた。
「過労?」
「そうだ。体なり頭なり、酷使しすぎて疲れ果てたってことだな」
 単語の意味くらいわかっているが、ご丁寧に説明してもらって意味を再認した上で、ますます不思議に思った。
「わたし、疲れてなんかないけど」
「自覚がないから倒れたんだろが。自覚があれば休もうとすんだろ、普通」
 確かに、思い返してみると呼吸は苦しかったように思うが……あれは疲れていたからだったのか。
「そう……なのかしら」
「そうだ。医者が言うんだから間違いはねえよ」
「そう……」
 あの現象はもっと別な一過性の理由だと思っていたのに、どうにも単純な理由だったのだ。何となく拍子抜けしてしまう。次いで湧き上がるひとつの感情。感覚。
 ――胸苦しい。
「医者も言ってたが、静養が一番の特効薬だってよ。経験上、俺も同意見だ」
「……」
「いいからゆっくり休んどけ。めいっぱい寝てろ」
 疲れを取るにはそれがいいと、自分でも思う。では、いつまで? いつまで、自分にそうしていろと言うのだろう?
「ああそれと……メシは食う気、あるか?」
「いらない」
「そうか。わかった」
 言って、いつものように軽く頭に手が乗せられた。それを受けるのすらだるい。
「じゃあな。ちゃんと休めよ」
「……ん」
 そう答えるのが精一杯だった。無理やり貼り付けた笑顔で、誤魔化しきれるだろうか。
 結局、ここの女将さんに面倒看てもらうように頼んであるから度々看に来るってよ、と残して彼は出て行った。
 手放しで喜べる状況ではなかったが、わたしの演技力もまんざらではないと証明されたことになる。
 
 
 
 
 
 ドアがパタンと閉まった後は、動けぬままただ天井を見続けていた。どうやら、医者や彼の言ったとおり休まないと体はいうことを聞いてくれなさそうだった。
(過労なんて、一生縁がないものだと思ってたんだけど)
 それは奇しくも、今しがた出て行った彼と、そして旅に同行している幼なじみも思っていたことだった。当然彼女は知る由もないし、知ったら知ったで憤慨にも似た行動を起こすのは間違いなかった。
 はー、と長く息を吐き出す。体の力がさらに抜けていく感覚。それは心地よい感覚のはずなのに、今はそれが酷く恐ろしい。抜けた力が戻らないだけでこうも違うものだとは。これは新発見だわと、彼女は強引に心を躍らせた。
(……寝なきゃ。寝て起きれば、ちゃんと動けるようになってるわ)
 それでも動けなかったら。もう一日寝ればいい。けれどまだ動けなかったら。
(もう一日、寝るしかないわよね……動けないんだもの。動けなくちゃ旅なんてできないんだし)
 彼のパートナーを勤めることもできない。絶対に。
「……」
 自然と続いた言葉に顔をしかめる。わかっている。そんなことは、さっき目が覚めてうまく体が動かないと認識したときからわかりきっていることだ。いちいち、今さら、言葉にして確認すべきことでもない。わかっていることを何度も確認しても、何かが変わるわけではない。動かない体が動くわけでもない。
 唇を噛み締める。それすらもうまく力が入らず、おかげで痛みは感じない。けれどそれでは意味がないとばかりに必死で下唇を押さえる前歯に力をこめた。
(オーフェンは、このままわたしが起きれなかったら、ずっとここに留まるつもりなのかしら?)
 ずっと、つまり自分が動けるようになるまでの未来永劫、ということはないだろう。けれど、数日の間ならば彼は留まることを決心するだろう。ロッテが不満がるかもしれないが、彼は考えを押し通しそうな気がした。
 胸苦しさが増す。きりきりと、一点を万力で締められるような痛み。痛むのは別にいい。むしろその方がいい。罰を与えられているのだと思えばむしろ歓迎する。
 けれどいくら痛んだところで現状は変わらない。その悔しさ。
 どうあがいても、自分では変えられない。もどかしさ。
 そんな自分の無力さを実感する。口惜しさ。
(……わたしは、オーフェンのパートナーなのよ。こんなところでのうのうと休んでる場合じゃないのに……!)
 なのに体は動かない。ひどい話だ。あまりに苦しくて悔しくて涙が出そうになる。けれど泣くわけにはいかない。
 泣いてもどうにもならないし、泣くということはどうにもならない現実を認めてしまったみたいで、いや事実どうにもならないのはわかっているが、それだけは絶対に嫌だった。
 わたしは弱くない。オーフェンのように強くはないけれど、でもこんなことであっさり弱音を吐くように泣いてしまうほど、わたしは弱くなんかない。彼のパートナーになるのだから。
「……負け、ないわよ。こんなことで」
 彼が行動で見せてくれたのだ。何があっても決して諦めはしないと。
 なら、そのパートナーになろうとする自分も、諦めてはならない。諦めない、それこそが彼のパートナーへの道へ繋がる。
 だから、ちょっとくらい彼の足を引っ張ったくらいで、失望してはならないのだ。また自分は役に立てなかったのだなどと、自分を卑しく苛む必要はないはずだ。
 それがわかっていながら、クリーオウは胸の傷を――キムラックでつけた古傷を、きりきりと痛めつけた。そうでもしないとやりきれなかった。悔しくて。苦しくて。不甲斐なくて。情けなくて。泣きたくて。
 それでも、しばらくして彼女は目を閉じた。眠るために。明日はちゃんと動けるように。もう彼の足手まといにはならないように。彼のパートナーになるために。
 
 それは、消えない痛み。
 心の奥底に、ずっと眠っている。
 戒めとして、残っている。
 
 今のクリーオウには、動けない体でそれに耐える他なかった。