「わたしは、オーフェンよりもあのオヤジじみたうさんくさい奴の方だと思うのね」
「はあ」
「何よそのやる気のない相槌は。わたしの話聞く気あるわけあんたは!」
「あ、あるよあるある! ええとそれで? 気になって仕方ないから続き聞きたいなーとか」
「……まあいいわ、話し終わったらちゃんとお仕置きするけど、とりあえず続けてあげる」
「結局やられるのっ!?」
「当たり前でしょ!? ほら正座なさい! だいたい人の話を聞く態度ってのがなってないのよあんたは」
きゃんきゃんとわめきちらしている旅の連れ二人組を見やって、オーフェンはぽつりと呟いた。
「……何やってんだあいつらは」
まあ大方予想はつく。暴発娘の暴走に巻き込まれた要領の悪い弟子、というやつだろう。欠片ほども同情していないが、合掌。
さて暴風域に巻き込まれないうちに退散するかと腰を上げたところで、
「ねーオーフェンも聞いてよー」
狙ったかのようなタイミングで捕まった。いやまだ今なら聞こえなかったフリで逃げ切れるかもしれない。
よって何事もなかったかのように一歩を踏み出すと、
「レキ、オーフェンの足止めし」
「俺もさっきから気になってたんだ一体何の話だ?」
至極真面目な顔でしかし言い回しはひたすら棒読みに振り向く――しかなかった。
満足げに鼻を鳴らしたクリーオウは腰に両手を当てたかと思うと、不満たっぷりに胸を張ってみせる。
そうして、オーフェンには申し訳ないんだけど、と彼女にしては神妙な言葉を前置きして――もうこの時点で色々が確定したようなものだったが――言った。
「オーフェンとサルアだったら、サルアの方が詐欺師として大成するわよねって話」
「……まあ、とりあえず最高位に輝いたのが俺じゃない時点で大賛成だ。エントリーされたことについては不問にしてやる」
「不問も何も実際にやってたじゃないですか」
余計なことを言いやがった弟子にはひどく爽やかな笑みを送っておいてやった。
ひっ、とか喉を詰まらせて体を引いた拍子に椅子から転げ落ちていたので少し気が晴れる。視線ごときで転ばされるようじゃあいつもまだまだだ。
「だってさ、サルアって妙に理屈っぽいじゃない。しかも突き詰めてくと屁理屈になるし。「教師」とかやってるわりに言うことが妙に大きくてしかも抽象的でさ、なーんか全部が嘘っぽいのよね」
「多分それ聞いたら泣きそうな顔するぞあいつ」
「それでいて、嘘っぽいってわかってるんだけど――最終的には、全然信用できないけどちょっとくらいなら信じてもいいかもってレベルまで持っていくっていうかさ」
「……結局のところ信用は得れてないってことだよね、それ」
「ホント言い包めるっていうか、煙に巻くのがどっちかって言うと上手い方よね、あいつ。褒めてないけど」
生で聞かせてやりたいなあと思いつつ、実は物陰から聞いていたりするのではないかと、オーフェンは目だけで周囲を伺った。が、残念なことに何の気配もない。
もしかしたら気配を消しているのかもしれないが、ここまで言われてあの男が殺気の一つも浮かべないとは考えにくい。
(ち、つまんねえな)
普段無意味かつ理不尽に虐げられているオーフェンにとって、彼女の手により他人が貶され尽くす様というのは正直、見ていて心躍るものではなかった。明日は我が身とばかりに、今まで味わってきた数々の苦労が走馬灯よろしく脳裏を駆け巡るせいである。
だがそれさえ開き直って乗り越えてしまえば――他人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので――これほどの愉悦に浸れる娯楽もないわけで。
いまだとうとうと、「元」死の教師のうさんくささについて朗々と語り上げるクリーオウを尻目に、時折適度な相槌などを打ちつつ――この時間帯なら奴は何処に行ってるんだっけかと、オーフェンはここ数日の記憶を漁った。
*****
「……というわけで、お前に決定したらしいぞ。良かったな。俺は心の底から祝福したいと思う」
「後始末だの残してきた厄介事だので駆けずり回ってきてかけられる労いの言葉がそれか」
「これが労いに聞こえるようじゃ、お前相当イっちゃってるなー。全然心配じゃねえけど大丈夫か?」
「じゃかあしい!!」
クリーオウの詐欺師王者認定結果発表が終わってから数刻後。
寝泊りする小屋の裏手で、どこからか仕入れてきたらしい野菜の選り分けをしていた所を見つけたので、普段はあまり近寄りたくないところを堂々と歩み寄って微に入り細に入り語ってやった。
清々しい。嗚呼何て清々しいんだろう。
砂まみれの空気を深く吸い込み、ここの空気がこんなに美味かったことはないと、オーフェンは一人心中で感涙にむせんだ。
「くっそ、教師捕まえて詐欺師ナンバーワンの称号たぁいい度胸だ、あの嬢ちゃん」
「あいつにしてはなかなか頷けるものがあったな」
「さっきから煩いぞそこの詐欺師」
「詐欺師の王者に詐欺師呼ばわりされる筋合いはないな」
「誰が王者だ誰が! だいたい理屈っぽいのも一部屁理屈っぽくなっちまうのも仕方ねえだろが説教なんだから!」
「俺に言っても何の効果もないと思うぞ」
「じゃあ伝えといてくれ一字一句ニュアンス一つも違わずに」
「自分で言ってくれ。というか、自分で言うべきだろそういうのは」
「……あんた自分が同じ立場だったらそうすんのか?」
「絶対にしない」
ほれみろ、と毒づいて、サルアは手をつけていなかった麻袋から、ごろごろと野菜を取り出した。
オーフェンは手伝ってやるつもりはなかったし、サルアも当然手伝ってもらおうなどとは微塵も思っていなかったようで、ただ黙々と、野菜がごろつく音だけが二人の耳朶を叩く。
しばらくぼんやりし続け、そういえば腹が減ったなあとかオーフェンが考え始めた頃、背中を向けて作業を続けながら、サルアが言った。
「俺が思うに、嬢ちゃんの言い分はハズレだ」
相槌を打ってやる義理はない――オーフェンが黙っていると、サルアもそんなものは期待していなかったのだろう、そのまま続けてくる。
「俺なんかより確実に、あんたの方が詐欺師のエキスパートだと思うがね。その根拠は――」
サルアの口調がわずかに変化した。
クリーオウ言うところの、うさんくさい言い回し、というやつである。
「あの嬢ちゃんだ。最大の被害者が気付いてないんだから、こりゃもう立派すぎる偉業だよな」
「……何が」
眉をひそめ、オーフェンは声のトーンが低くなるのを抑えられないまま、最低限の単語を口にする。
サルアは振り向くことなく、ただ肩を竦める仕草をして、
「あんたみたいなのと半年近くも旅なんぞしてたら、普通は疑問に思うもんだ。この化け物じみた奴の正体は何なのかってな」
――それは多分、クリーオウとお前の「化け物」の定義がこの上なくズレてるせいだ。
しかしそう反論できたのは心中でだけで、何故か言葉までの変換が追いつかない。喉が妙に渇きだしていた。
「何せ頼まれたからな、変な名前でお前のこと呼ぶなって。俺は今の名前も存分に変だと思うけどな」
「ほっとけ」
「まあそこは俺個人の感想だから気にしないでおいてくれ。だがな」
そこでようやく、サルアは肩越しに目だけを振り返らせた。動いた気配につられて上げた視線が、ばっちりと虚空でかち合う。
「世間の関係者からすればあんたはまだ立派に「キリランシェロ」だ」
オーフェンは、自然――ぎり、と何かを軋らせた。
それは噛み合せた歯であったかもしれないし、勝手に鋭く険しくなった視線かもしれないし、数多の記憶を呼び起こす脳髄の神経が焼き切れた音かもしれなかった。
どれであったにせよ、心地よいものではない。
サルアはオーフェンの変化を見て取ったのか、また肩を竦めてのそりと立ち上がった。
遠い、砂に塗れてくすぶった地平の果て。
それを見やりながら、サルアは何故か自嘲気味に、口を開く。
「……だってのに、あそこまで信用させちまってるってーのは、立派に詐欺師の成せる業だと思わねぇか?」
答えられない。答える道理などない。
だいたいあれは、勝手にあいつが思い込んでるだけの話で、俺は何も言ってもなければやってもいない。
言えば言うほど言い訳がましく、説得力がこそげ落ちていく。信憑性のなさは目の前の男と同レベルだと、オーフェンは苦々しく思った。
油断してまんまと返り討ちにあった、そんな心地――オーフェンは心中で舌打ちする。
「まあ俺には関係ねえけどよ」
いつしか張り詰めかけていた空気を突き崩すように、サルアはひどくのんびりした声で言った。
続いて大きく伸びをして簡単なストレッチまで行ってから、選別を終えた麻袋を手に取った。無言のまま歩き出し、二歩目の足が地に付く前に、告げてくる。
「一つ教えといてやる。期待と信用ってのはな、それが過剰であればあるほど――裏切られたときの反動がデカい」
オーフェンは指先を僅かに動かした以外、微動だにしない。
その様を心持ち満足そうに眺めて、
「ま、覚えとくといいぜ。後悔する前にな」
サルアは歩き出す。
オーフェンは去っていく後姿すらも見ようとせず、木箱に腰掛けただ一点地面を見つめたまま、気配が消えうせるのを待った。
「……んなことは、存分に理解ってる」
異形の姿で別れ、人の姿で再会し――そして今度は、途方も無い場所に行ってしまった、たった一人の存在。
期待も信用も、とにかく大事に暖めて取っておいたもの全てが、これでもかと破壊された気分だった。
そんなことは、この身を持って識っていることなのだ。
(わかってるさ)
わかっているのだ、そんなことは――
がつ、無意味だとわかっていながら、オーフェンは地面を蹴った。
鉄でできたブーツの底が砂の大地を抉った。飛び散った砂は風に拾われ、遠く果てない地平線の向こうへと運ばれていく。
この砂になれば、彼女の元へ行けるのだろうか。
馬鹿馬鹿しい想念にオーフェンはかぶりを振り、立ち上がる。
やらなければならないことは、尽きてくれそうにない。
だから、理解しているはずのことに、いちいち気を取られている場合ではないのだ。
そう自分に言い聞かせて宿の入り口へと向かう。
後に、その通り気を回しきれず、後悔という辛酸を舐めさせられることを――当然ながら、今の彼は知る由もなかった。