朝と言うには遅く、昼と言うには早い時間。
街の門の下に3人の男女がいた。
「もう少しゆっくりして行けば?」
最初に見た時より幾分か髪の短くなったカタルシアが二人、オーフェンとクリーオウを見送っている。
オーフェンは方を竦めながら苦笑していた。
「昨夜俺達を殺そうとしていた奴の言うことじゃないな」
「あら、ひどい言われようね」
オーフェンの言葉に気を悪くもせず、穏やかな顔でカタルシアは言葉を返す。そんな彼女からは昨夜のような威圧感は感じられない。
「本当の事だろう?」
「そうだけどねぇ……」
さらに苦笑するオーフェンと同じようにカタルシアも苦笑していた。
そんなやり取りの間に微妙に機嫌が悪くなったクリーオウがオーフェンに向かって行く。
「そんなハッキリ言うのはデリカシーがないわよオーフェン!!」
腰に手を当て、頭の上にレキを乗せ、オーフェンを指差す。その様子を見てオーフェンは溜め息を吐く。
「あのなぁ……」
「なによ、本当の事でしょう?」
「はあ……ったく、お前って奴は本当に……」
「あっ、オーフェン今何か失礼なこと考えたでしょ!!」
「ああもうっ、考えてねぇからちょっとあっち行ってろ」
オーフェンはこれから自分達が向かう方向を指差し、疲れたように言った。
「嘘つかないでよ!! ほら、さっさと白状しなさい!!!」
「ああはいはい、考えてました考えてました、だからあっち行ってろ」
「ちょっ、オーフェン!!」
オーフェンはクリーオウの背中を押しカタルシアから少し離れた場所へ向かった。
カタルシアからは聞こえないが、オーフェンとクリーオウの二人が何か言い争っているのが見える。その光景に、カタルシアは楽しそうに笑っていた。
「はぁ、やっと静かになった」
「あらあら、良いの?」
カタルシアが笑いながら少し遠くでまだ何か言っているクリーオウを指差しながら聞く。それを聞いたオーフェンは笑いながらカタルシアに歩み寄る。
「ああ、あんたにちょっと聞きたい事があったからな」
「聞きたい事? 何かしら……」
「なに、くだらない事さ」
そういってオーフェンは肩を竦める。
「あんた、これから大丈夫なのか?」
少し躊躇した後、オーフェンが尋ねる。
「これから?」
「あー、なんだ……俺達をこのまま行かせて他の連中は納得するのか?」
オーフェンが言い難そうにカタルシアに聞く。それを聞いたカタルシアは驚いた顔の後に微笑み浮かべた。
「ふふ……大丈夫よ」
「考えてみなさいよ。ドラゴン種族を倒す為に居た最強部隊が、ドラゴン種族の子供、人間の魔術師、可愛い女の子。ドラゴン種族ならまだしも遺産を破壊したのは人間。これを聞いてまだドラゴン種族を倒そうと思う人はこの町には居ないわ。……それに、もう、町中の信者に広まっていると思うし」
「なら良いんだが……」
そこまで言ってオーフェンがカタルシアの顔を見ると、からかうような目線の彼女が居た。
「けど、あなたって見た目より優しいのね」
「見た目ってなんだ……俺は元から優しい」
カタルシアの言葉に、オーフェンは心外だと言わんばかりの顔で言い返す。
「ふふふ……でも、本当に感謝しているわ。あなた達のおかげで私は一歩踏み出せたんだもの」
そう言って空を見上げ何か吹っ切れたような笑顔を見せた。
「俺達は何もしていない。きっかけはどうあれ踏み出せたなら、それはあんたの力だ」
自分の決して明るかったとは言えない過去を思い出しながら、けれど力強くオーフェンは言葉を綴った。
「…………ホント、意外」
「うるせ」
彼の言葉と表情を見て本当に意外そうな顔で呟くカタルシアと、それに憮然とした表情で答えるオーフェン。
そんなどことなく穏やかな雰囲気の中で、カタルシアは何かに気付き苦笑を浮かべた。
「そろそろ行かなくて良いの? お姫様が睨んでるわよ?」
そう言ってオーフェンの後ろを指差す。指の指された方向を見て、こちらも苦笑すると、オーフェンは言葉を続けた。
「ああ、じゃあ、そろそろ俺達は行くよ」
「ええ、またこの街に来たら歓迎するわ」
「楽しみにしてるよ」
その言葉を最後にオーフェンは後ろを向き歩き始めた。
「あっ、それと、あなたから早く一歩踏み出してあげたら?」
「……余計なお世話……!?」
カタルシアの言葉に反応し振り向いた瞬間、オーフェンの視界は街ではなく、人の――先程から見ていた女性の――顔で一杯になっていた。
「…………んなっ…………」
「それじゃ、また会えるのを楽しみにしてるわ♪」
にっこりと笑顔を見せると、カタルシアは街へ戻って行った。
それを見送りながらオーフェンは固まり続けた――否、動けなかった。
そして彼が動けるようになったのは、不信に思ったクリーオウが彼を呼びに近くまで来た時だった。
晴れ渡った空。昨夜の雨で濡れた木々。少し涼しげで気持ちの良い朝の森。
その道をオーフェンとクリーオウは歩いていた。
「ねえ、オーフェン。カタルシア大丈夫だよね?」
先程、街の門で見送ってくれた女性を思い出しクリーオウが言う。
「いや、その、あー、大丈夫だろうさっき話した感じなら」
そう言いながらオーフェンは先程の事……約1時間ほど前の別れ際の事を思い出したのか顔を赤くした。
その様子を変に思ったのかクリーオウが尋ねる。
「オーフェン、カタルシアと何かあったの?」
「あー、話しただけだ。特に何もねぇよ」
そう言いながらもまだ顔が赤く、クリーオウもそこが気になっていた。
「ホントに?」
「くどい、何もないったらない!」
先程より強い口調で断言する。
「なら、良いけど……」
しぶしぶ納得したクリーオウを見てオーフェンは安堵し誤魔化すように話を続けた。
「まぁ、あいつ――カタルシアは一歩目を踏み出したんだ。後はあいつ次第だ。お前は信じてやれば良いんだよ」
そう言ってクリーオウの頭をポンッポンッと叩いた。
「うん、そうよね」
オーフェンの言葉で元気が出たのか笑顔で頷くと、そのまま彼に走り寄り腕を取った。
「オーフェン、また会いに来ようね!」
「そうだな、この旅が終わったら来て見るか」
オーフェンはクリーオウを腕にぶら下げたまま、またここに来るのも良いかなどと考えていた。
暫く歩いていると唐突にクリーオウがオーフェンの腕から離れ、オーフェンの正面に回った。
「えっと、オーフェン?」
顔を少し赤くし何か言い出し難い事を言おうとしているのかなかなか言葉が出てこない。
「どうしたんだ、クリーオウ??」
その珍しい光景に思わず言葉を忘れそうになったが何とか表情に出さなかった。
「えっ、えっと…………その…………」
「なんだよ? 珍しいなお前が言いよどむなんて」
オーフェンの言葉を聞いていないかの様にクリーオウは深呼吸をし、オーフェンの目を見て口を開いた。
「…………レキを助けてくれてありがとう」
「なんだ、気にすんな。お前の大事な仲間だろう? ならパートナーの俺にとっても大事な仲間だからな」
そう言ってオーフェンはクリーオウの頭に手を置き軽く撫でた。
「うん!!」
その言葉を聞きクリーオウは笑顔で頷いた。再びオーフェンの腕にぶら下がる。
「そういえば、オーフェン」
クリーオウが何かを思い付いたのかオーフェンの腕を持ったままたずねる。
「ん、なんだ?」
「口紅ついてるよ♪」
クリーオウの言っている事を理解した瞬間、オーフェンは思わず口に手を当て、
「あっ…………」
今の自分の行動に気が付く。
「やっぱり、カタルシアと何かあったんだ?」
「いや、なんだ、その――あ~…………」
クリーオウから目をそらし明後日の方向を向きオーフェンは酷く混乱した。
「ねぇ、オーフェン。ちゃんと私の目を見て話そ♪」
「あれはだな、かたるしあがかってにだな…………」
クリーオウの声は聞こえているが何故かオーフェンにはそちらを向く事が出来ず、しどろもどろの口調で意味不明な事を言い続けている。
クリーオウは笑顔のまま溜め息を吐くと、オーフェンの頬に手を置き自分の方を向かせ、
「いいか、くりーぉ……」
まだ何か言おうとしたオーフェンの視界は前回とはちがう金色に覆われた。
「……………………」
「……………………」
しばらくして先に近づいたクリーオウの方が離れた。オーフェンはまた固まっている。
そんな彼の様子を見て、少し赤くなった顔で、最大級の笑顔を浮かべたクリーオウが口を開いた。
「…………上書き♪」
そう言うと更に顔を赤くし目的地への道を走ってオーフェンから離れていく。
その笑顔で正気に戻ったオーフェンは顔を赤くした後に苦笑しながら街の方を振り返る。
「…………先に一歩踏み出されちまったみたいだ」
そう呟き、クリーオウの後をゆっくりと追いかけて行く。
途中、クリーオウが何か思い付いた様に振り向き、
「……オーフェン、マジクは?」
少し引きつった顔でそう言った。
「げ……忘れてた……」
オーフェンも引きつった顔で空を見上げた。
「どうするの?」
空を見上げるオーフェンに首を傾げ尋ねる。
「急いで戻るぞ!!」
そう言っていきなり来た道を走って戻りだす。
「なんでそんなに急ぐのよ!?」
後を追いつつ叫ぶ。
「宿代が高くなるだろーが!!!」
「ちょっと待ってってばー!!」
その日の青空は何処までも高く、そして3人の――意味は違うが――大事な一歩を祝福するように澄みきっていた。