――木々の間からのぞくのは、蒼い、蒼い空だった――



「ねえ、マジク。最近、オーフェン変じゃない?」
「え?」
 てきぱきと、昼ご飯の用意をしていた金髪の少年――マジクは、火をおこしていたため額に浮かんだ汗を拭いながら、その声の主を見る。
 彼女は、長い金髪が地面につくのではないかと気にしながらも、マジクの隣に腰掛けたところだった。
「お師さまが変?」
「そう」
 彼女――クリーオウは、短くそう答えてから頭にのっていた黒い仔犬――と、見えるだけであって、本当は最強の戦士と呼ばれるディープドラゴンの子供である。彼女はレキと名前を付けた――を降ろして、胸の前でぎゅっと抱きしめる。
「なんだかよくぼーっとしてるし、昨日だってオーフェンのお金で新しいTシャツ買ったけど、もうすんじゃねぇぞって言われただけで終わっちゃったもの……ちょっと期待してたのに」
 ねえ?と、抱いていたレキを自分の目線まで抱え上げると小首を傾げた。
(……何を期待してたのさ?)
 額に冷たい汗を感じながら、マジクは胸中でひとりごちる。
「……でも、お師さまってもともとそういう所があるし、別に変って程でもないんじゃない?」
 彼は言いながら、二人から少し離れた木陰に座って、小枝を折っている自分の師である男に視線を移した。
 黒髪に黒ずくめ。彼の首からぶら下がっている銀の〈牙の塔〉のペンダントと、赤いバンダナだけが色を持っている。そして、鋭くつり上がった目が彼がカタギの人間でないことを物語っているようだった。初対面の人間は親近感を持ってくれるか、逃げる。そんな男である。
 マジクはそこまで考えて、止めた。仮にも師匠なのである。
 その男……オーフェンは、かつて、最強の魔術士とまで言われた男だった。今はモグリの金貸しだが。
 クリーオウは、マジクの言った言葉に、困ったように眉根を寄せた。青い、クリーオウのその瞳に、真っ青な空が映る。
「うんとね……そういう意味じゃなくって……――っもうっ! マジク分かんないの!?」
 いきなりクリーオウは立ち上がりながら、レキをマジクの方へと向けた。彼女が意識してやったのかは分からないが。
「ちょ…ちょっと待ってよ、クリーオウ!! なんでいきなり怒り出すのさっ!!」
 マジクも慌てて立ち上がり、クリーオウから距離をとるようにして後ずさる。
「何でって、わたしの機嫌が悪くって、側にあんたがいるからに決まってるじゃない!!」
「そんな無茶苦茶なぁ!」
 マジクは泣きそうな声を上げる。
「それに、そんなに気になるならお師さまに直接聞けばいいじゃないか!!」
「それもそうよね」
 あっさりと、クリーオウはきびすを返した。
「え……?」
「マジク、ちゃんとご飯の用意しといてよ!」
そう言い残して、クリーオウはオーフェンの元へと歩いていった。



 ぱきり、と僅かな抵抗とともに枯れた小枝が二つに折れる。オーフェンはそれを目の前に放り投げると、次の枝を取った。もう既に、彼の前には薪に十分と思われる量の枝が積み重なっている。
 しかし彼はそれを気にすることもなく、再び指に力を込めた。
「オーフェン」
「ぅどわぁっ!!」
 急に自分の視界に生えてきた顔に、オーフェンは思いきりのけぞった。そして、そのまま後ろに倒れ込む。
「ク……ク、ク、ク、クリーオウ?」
「何よ、その反応。わたしはオバケじゃないわよ!」
 クリーオウはオーフェンの目の前に立って胸を張る。レキは定位置である、クリーオウの頭の上に戻っていた。
 オーフェンは一つ、咳払いをして座り直す。
「……なんなんだ、お前は。いきなり」
「うん」
 彼女はちょこん、とオーフェンの隣に腰掛けた。オーフェンは、というと、再び枝を手に取っている。それをちらりと横目で見て、クリーオウは口を開いた。
「あのね……オーフェン、何か悩み事とかあるの?」
「そりゃあ、今月どーやってやっていこうか…とか、逃げ足早くするにゃどーすりゃいいか…とか、暴発娘をどーやって止めようか…とか、な」
 指を折りながら次々と挙げていくのを見ながら、クリーオウが僅かに彼から体を離す。
「……何だ、その反応は」
「……オーフェン、とうとう逃げなきゃいけないようなコトしたの?」
「何でだっ!!」
 思わず声を荒げて立ち上がる。
「てめえは何でそう、俺をヤクザみてぇに見たがるんだ!?」
「だってヤクザだし。と、いうかエセヤクザ?」
 それを聞いて、オーフェンは青筋を浮かべて、怒鳴る。
「誰がエセヤクザだ! 誰が!! 逃げ足云々ってーのは、どっかの暴発娘がスイッチ付き危険物で保護林焼き払ったり、街破壊したりしたときのこと言ってんだっ!!」
 しかし、クリーオウが負けるはずがない。
「誰が暴発娘よ!! それに、わたしの行動には全部理由があるわ!! オーフェンみたいにワケもなく物を壊したりしないわよ! 不可抗力だわ!!」
「何が不可抗力だ!! 前にも言ったと思うが、思いっきり人災だろーが!!」
「何が人災よ! たとえ人災でも、オーフェンのすることの方がよっぽどタチが悪いわよ!!」
「何だと!?」
「何よ!!」
 いつの間にかクリーオウも立ち上がり、一触即発の雰囲気、というヤツである。カラリと晴れた、心地よい天気にも関わらず、そこだけ空気がドンヨリと籠もっている。
 さすがに知らんぷりが出来なくなったのか、マジクがおずおずと口を開いた。
「あの……二人とも…」
『何っ!?』
 殺気すらこもった目で二人に同時に睨まれて、マジクはひっ、と後ずさるが、勇気を振り絞って口を開く。
「ほ…本題からかなり離れていると思うんですけど……クリーオウ、お師さまに聞きたいことがあったんじゃないの?」
「……そう…だけど……」
「……さっきの事か?」
 取りあえず、その場の空気が和んだ事にか、マジクはほっとため息をつき、簡易かまどに鍋をかけた。



「んで? さっきの事ならもう答えただろ」
 オーフェンは再び腰を下ろすと、小枝を一つ手にとってクリーオウを見る。 枝を折るのはもういいのか、そのまま枝をぷらぷらと振り回していた。
「そういうことなんだけど、そういう事じゃなくて……」
 言葉を探すように視線を巡らせながら、オーフェンの隣に腰掛ける。
「え…っとね…オーフェンて、悩み事っていうか、なんかもやもやした事って無いの?」
「は?」
 彼は怪訝な顔をしてクリーオウを見た。
「どーいう意味だ? そりゃ」
「そのままに決まってるでしょ。……オーフェン、最近変だから。何かあったのかなって思ったの」
 オーフェンは驚いたように目を見開いて、ふっと微苦笑を漏らした。
「お前、最近いつもよりおとなしいと思ったら、んなこと気にしてたのか?」
 彼はぽん、とクリーオウの頭――正確にはレキなのだが――に手を置く。
「大したことじゃねぇよ。ただちっと考え事してただけだ。――悪かったな、気ぃ使わせて」
 ううん、と首を振って、オーフェンを見上げる。青い瞳が、揺れていた。
「でもね、オーフェン。何かあったらわたしに言ってね? オーフェンって結構、大切なことは自分の中にしまい込んじゃう人だから。わたしだってオーフェンのパートナーなんだから、オーフェンの事、解決は出来なくても、聞いてあげることは出来るんだから。……それにお父様が言ってたわ。人は、あんまり自分の中にため込んじゃうと、その事が全部を悪い方へ、悪い方へ導いてしまうことがあるって。わたしもそう思うから。オーフェンは笑ってて欲しいから、だからもし、もやもやしたりしたら、わたしに……誰かに話してね? 絶対」
 そう言ってから、にこりと微笑んだ。いつもの顔で。
「でも今、何でもないならいいの。いつか、の話だから」
 立ち上がって、ぱたぱたと埃を払う。
「あ、ご飯出来たみたい。マジクの所に行きましょ。オーフェン」
「あ…ああ」
 これ、持っていくんでしょ?といって、クリーオウは薪を抱えると、その金の髪を揺らしながら歩き出す。
 しかし、オーフェンは立ち上がろうとせず、その小さな背中に声をかけた。
「クリーオウ」
「なぁに?」
 呼ばれて、彼女は微笑みながら振り返る。
「……いや、やっぱりいい」
 ぱっと顔を伏せ、手をあげたオーフェンを見て、不思議そうに首を傾げると、
「? 変なオーフェン。早く来てよ!」
 と、言って、再び歩き出した。
 オーフェンはちらりと目線をあげて、クリーオウの姿を見る。
(ここが木陰でよかったぜ……ったく)
 彼は後ろ手をついて、空いた手で顔を覆った。異様なほどに火照っているのを手で感じて、今の自分の顔を想像してみる。
「……ガラにもねぇ……」
 ぽつりと呟いてから、指と木の間から見える空を見上げた。
 そろそろ夏になろうか、という真っ青な空。
「……どうすりゃいいんだ、俺は」
 ため息とともに微苦笑が漏れる。
 ……まあ、悪い気分ではない。そう思っている自分に。


 ――その間からのぞくのは、蒼い、蒼い空だった。彼女の、あの瞳と同じ――

あとがき : 碧川雪輝さま
 あ、あ、あ、あ、申し訳ありません~(汗)押しつけた上にこんな稚作だなんて立つ瀬がありませんん~
 ゆかなかサマ、こんなブツですみませんでしたぁ~(涙)でもでも、少しでも気に入っていただけたのなら幸いですとか思ってみたり(弱気)

 ちなみに、時間設定は考えてません(おい)おそらく二部が始まる前ぐらい(おそらくってあんたー…)ついでに多分、どっかの街道での出来事です(蹴) ただ、甲斐性ナシがクリちゃんへの思いに気付くってヤツを書いてみたかったんです(笑)これで性悪魔術士からロリコン魔術士に格上げだねッ☆(← ダメ人間)
 ただ、三人共なんか別人で……なんでかしら?うふふ(海辺で風に吹かれながら)誰か彼らの書き方教えてください…… 

 それではこんな稚文&駄文を長々と呼んでいただき、有り難うございました。そして、こんなのを公開して下さったゆかなかサマには感謝してもしきれません……(感涙)出来れば、感想なんかもいただけると嬉しいです(図々しい・怒)本当に、有り難うございました。
碧川雪輝さま、ありがとうございました!