(絶望か・・・あいつはどうするんだろうな・・・)
 そんなことを考えながらオーフェンは病院の出入り口に向かって歩いていた。
 レッドドラゴンとの戦闘で傷ついたマジクが入院するアーバンラマの市民病院。決して居心地の悪いところではないはずだ。だが、自分がこの場所で浮いていると感じると言うことはこの場所は自分にふさわしくないということだ。もっとも、白を基準とした建物に彼の黒尽くめは似合わない。ただそれだけのことなのだが・・・
 だが、オーフェンはそのことを理解をしても気持ちがすっきりとしなかった。
(そうだ。俺には他にも厄介事がある。マジクのこと、最接近領の領主のこと、アザリーのこと、コルゴンのこと、ロッテーシャのこと、そして・・・)
 一度思考を止める。認めたくなかったのかもしれない。だが、動き出した思考は止まらない。
(・・・・・・クリーオウのこと・・・・・・今はそれが一番重要かもしれない・・・)
 ふと足を止める。
 病院の出入り口。そのガラスの扉の向こうにクリーオウの姿が見えた。
 彼女はベンチに座り、レキをひざの上に乗せ、空を見上げていた。見るのでも眺めるのでもない、ただ見上げていたのだ。表情までは見えなかったがなんとなく分かる。
(ライアン・・・たいした奴だよ。あのじゃじゃ馬をあんなにしちまうなんて・・・)
 オーフェンは足が止まったままだった。一歩も動けない。
 いま自分はなにをしてもいい。ため息をついてもいい。引き返してもう一度マジクの様子を見てきてもいい。医師に言ってマジクのこれからを話しなおしてもいい。そう、別にクリーオウの元へと行かなくてもいいのだ。
 だが、オーフェンはわかっていた。自分がするべきことは一つだけだということを・・・
 静かに深呼吸をすると、オーフェンは扉を押した。秋の冷たい風に身震いしながら外に出る。
「あ、オーフェン。マジクは?」
 こちらに気づいたのだろう。クリーオウがこちらに顔を向けた。
「大事を取ってあと一日だけ入院だそうだ。」
「え~。なにやってるのよ! マジクがいないと荷物持ちがいないじゃない!」
(マジクの奴・・・このせりふを聞いたら泣くだろうな・・・)
 胸中で苦笑しながら、オーフェンは言う
「買い物くらいなら俺が付き合ってやるよ。」
「ほんと! じゃあ、さっそく行きましょうよ!」
 笑顔で答えるクリーオウ。その笑顔は今までと変わらないように見えた。
(今までと変わらないように・・・か。俺も無茶を言う。)
 ため息が出た。何故だろうか、彼女の笑顔を見れば見るほど心が痛む。
(できるわけない・・・少なくとも俺自身はできない。それを人にさせるのか・・・俺は)
 もうクリーオウはこちらを見ていない。商店街に歩き出したのでオーフェンに背を向けている。
(あいつも、それをしようとしてるんだ。自分に嘘をついて・・・涙も見せずに・・・)
 それが、とても痛々しく感じた。どうしても感じてしまう。今までの彼女と今の彼女は違いすぎている・・・と。
「どうしたの? オーフェン。はやく行こーよ。じゃないと、安いの買えないわよ。あ、べつ安いのしか買わないってわけじゃないのよ。」
 振り返るクリーオウ。笑顔・・・・・・悲しい笑顔がそこにはあった。それを見たオーフェンは胸が貫かれる思いをした。見えない針が、剣が、槍が・・・自分の胸の奥を貫くのが・・・。
 と、急にオーフェンは彼女が一回り小さくなったような気がした。目の錯覚なのだろう。だが、オーフェンは彼女がこのまま消えてしまいそうな気がしたのだ。自分の手が届かぬような場所へと行ってしまうように感じた。そう、オーフェンは恐怖を覚えたのだ。
(こいつが俺の前からいなくなる? ・・・・・・もう二度と・・・・・・戻らない・・・)
「どうしたのよオーフェン。ボーっとしちゃって。早くしないとレキに無理矢理、移動・・・」
 クリーオウがオーフェンの腕をつかんで引っ張ろうとする。と、オーフェンはクリーオウの腕をつかみ返し自分のもとへと引き寄せ・・・・・・しっかりと抱きしめた。
「ちょ、ちょっと! オ、オ、オーフェン!!! どうしたの!!! なに! なんなの!!」
 戸惑うクリーオウ。顔が真っ赤だ。心音が早くなるのも、抱きしめているので分かる。
「クリーオウ・・・・・・。」
「な、なに・・・?」
 ささやくようにオーフェン。あたりには人がいないのだがいつ現われてもおかしくない。
 だが、そんなことは関係ない。今は彼女に伝えなければならない。
「・・・無理をしなくてもいいんだ・・・お前が全部背負い込む必要だってない。仕方ない事だって思うんだ。」
「でも・・・」
 何かを言い返そうとするクリーオウ。が、彼女の言葉が出る前にオーフェンは続けた。
「たとえお前がやらなくても、俺が、ダミアンが、エドが、誰かがああしていたんだ。俺は運命なんて言葉は嫌いだが・・・あいつはもう生きられなかったんだ。これが・・・審判だったんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・」
 無言のクリーオウ。ライアンと死に関する言葉を出さなかったがわかっているのだろう。体が震えている。そして彼女は絞り出すような声でこう言った。
「でも・・・わたしがしたこと・・・。忘れるなんてできない、してはいけないの。」
 かろうじて聞こえたその声に、オーフェンは彼女が泣いているように感じた。
「クリーオウ・・・。さっきも言ったが・・・抱え込まなくていいんだ。もう、泣いて、忘れちまうことが一番なんだよ・・・」
 が、クリーオウは首を横に振る。
「駄目なの。泣いちゃったら弱いことになっちゃうから。泣いちゃったらオーフェンのパートナーになれないから・・・。泣いていいのは恋人の前だけだってお父様も言ってたし・・・」
 そこで、離れようとするクリーオウ。が、オーフェンはさらにきつくクリーオウを抱きしめた。
「なら・・・今だけ俺がお前の恋人になってやる・・・。だから・・・好きなだけ泣け。泣いて・・・もう苦しむな。お前はもう苦しまなくていいんだ・・・・・・俺は・・・お前に苦しんで欲しくないから・・・・・・」
「オーフェン・・・・・」
 そして彼女はオーフェンの胸に顔をうずめ、泣き始めた。
 彼女が泣いている間にオーフェンができることは、ただ彼女を抱きしめ続けることだけだった。
 泣きそうになる自分を必死に抑えながら・・・



 しばらくしてクリーオウの震えが止まった。すっとオーフェンの胸を押し、彼から離れる。
 もう彼女の目に涙はない。頬を少し赤く染めて微笑んでいた。
 そしてオーフェンはその微笑だけで十分だった。たとえその笑顔が、今までの笑顔と違っていたとしても。
「ありがとう、オーフェン。」
「・・・・・・気にするな。お前が元気になってもらわにゃロッテーシャに怒られるからな。」
 頬をかきながらオーフェン。もちろん嘘なのだが、クリーオウはそれ以上追及してこなかった。
 そしてクリーオウがオーフェンの腕をつかむ。今度はいたずらっ子のような笑顔を浮かべてだ。
「オーフェン♪ せっかくだから恋人ごっこを続けましょうよ♪」
「は? ・・・お前なに言って・・・・・・。・・・そうか、俺になんか買わせる気だな。」
 その言葉に、うっと詰まるクリーオウ。どうやら図星だったらしい。
「ったく、ワンパターンと言うか単純と言うか・・・」
「ぶー。いいじゃないのよ! 恋人には優しくするものよ!」
「わかった、わかったから! レキをこっちに向けるな!」
 たわいもない会話をしながら、2人は歩き出した。
 オーフェンの腕に抱きつくようなクリーオウ。他人から見れば2人は何の不自然さもないカップルと言ったところだろう。だが・・・
(恋人ごっこにすぎないんだよな・・・悲しい恋人ごっこに・・・・・・)
 ふとオーフェンは自分の腕にしがみついているクリーオウの方を見た。
 そこには無邪気な笑顔があった。今を楽しむ、そんな笑顔が。
(でも、これでいいのかもしれない・・・。俺はこいつに笑顔があるだけで・・・)
 唐突にオーフェンは自分の素直な気持ちが分かったような気がした。だとしたら、『彼』には感謝しなければならないのかもしれないのだが・・・
(あいつがクリーオウに与えた絶望は大きい・・・。でもな・・・それを埋めるだけの時間が俺たちにはあるんだよ。これから、クリーオウが俺のパートナーである以上は・・・)
 そしてオーフェンは空を見上げた。絶望するのでも祈るのでもない。
 オーフェンの目に映ったのは、雲がまばらなに浮かんだ空。美しく、壮大な空だった。
 それはいつまでも変わらないだろう。たとえ大陸が滅びても・・・
(これは俺からの『宣言』だ・・・・・・ライアン・・・)
 深く、どこまでも深い空に向かってオーフェンは心の中で文字どおり『宣言』した。
(お前が与えた絶望がクリーオウからなくなるくらいの希望を俺がこいつに与えてやる。絶望なんて忘れちまうくらいの希望を、喜びを、幸福を、この世の喜びを全部! これからの二人の時間の中でな・・・なぜなら・・・・)

 いくら傷ついても、寂しくても、悲しんでも、自分は彼女を守る。自分はどれだけ傷ついても構わない。もう、傷つきすぎているのだから。でも、この無邪気な少女に自分と同じような悲しみを与えるわけにはいかないのだ。恋人でもない・・・兄妹でもない・・・親子でもない・・・そんな彼女を。

(・・・なぜなら・・・こいつは俺の・・・・・・パートナーだからな・・・)


 絶望の空は、もう彼らには必要ない。

あとがき : 影虎さま
ど~も~。はじめまして~(かな?)。影虎と申しますです、はい。
堅っ苦しいあいさつは抜きにしてさっそくあとがきと言うか、おまけというか、言い訳と言うような紙一重のものに移らせていただきますね♪
この話は15巻の直後です(かぶってるネタがありそうで怖い・・・)
この小説を書いた理由。それは15巻を読み終わってから16巻が12月に出ると聞いて、『ここは15巻のその後を書いても問題はないだろう。』と、安直に考えたからです(をを! 安直!!)
前にマジクのお見舞いに行ったオーフェンを書いたので、その後、クリーオウとはどうなったのか?てなところです。絶望を知ったクリーオウと彼女をなぐさめるオーフェン。う~ん。原作より優しさアップ! 原作よりも2人とも素直になっておりますので、ご了承ください(ああ! 石を投げない!)
ま、影虎のオー×クリの限界がこれです(をい!)ですので、多分書くと思われる次回作もラブラブ度が足りないかもしれませんがよろしくおねがいしますね~
最後に・・・読んでくださった皆さん! そしてゆかなかさん! どうもありがとうございます!!!
では! また次回に会いましょう!!!
影虎さま、ありがとうございました!