何もかもが静寂に包まれた夜・・・オーフェンはふと眠りから覚めた。
 毛布から這い出して横を見てみると、平和な寝顔をして熟睡しているクリーオウとマジクがいた。レキもクリーオウの毛布の上で丸くなって眠っている。
 街道脇で偶然見つけた廃屋――農家の納屋のようなものだろう――で、オーフェン達は夜を明かすつもりだった。ここらは森の近くであるため寝ずで火の番をしなければならなかったのだが、こんなにしっかりした建物があればうかつに猛獣も寄ってこないだろう。そう判断した彼らは明日に備えて全員が眠りについたのだった。
 オーフェンは建物から出ると大きく伸びをした。そして、建物の屋根を見上げた。
 高さは3メートルほどだろうか、それほど高くない。
「・・・我は駆ける、天の銀嶺・・・」
 一言つぶやきオーフェンは重力を中和して自分の質量をゼロにする。軽く地面を蹴り、オーフェンは屋根の上まで跳躍した。
 屋上に着地するとオーフェンはあたりを見回した。そこには、恐ろしいほど真っ暗な森と、夜空にちりばめられた星達が見えるだけで、引き込まれそうになるほど幻想的な風景だった。
 広大な夜空・・・それを見ることで人間は自分の小ささを実感すると、オーフェンは何かの書物で読んだことを思い出した。
 吸い込まれそうな空、果てしなく広がる空を見てオーフェンは心の中でつぶやいた。
(・・・この夜空の下にアザリーもいるんだよな・・・・・・大陸の外に・・・)
 精神体となって大陸の外へと抜け出してしまった姉。彼女を追うためにオーフェンはどこかに開くと思われるアイルマンカー結界の穴を探して大陸中を放浪しているのだった。そして、同時に大陸から出るための別の手段もさがしている。
 だが、どちらにせよ困難なことはかわりなかった。
 結界に穴が開くとも限らない。開くともしてもいつなのかすら想像がつかない。明日なのかもしれないし、オーフェンが死んでから何十年も後かもしれないのだ。
 大陸脱出の鍵と言われた白魔術士を探すにも、貴族たちが統制する《霧の滝》に幽閉されている。そのため見つけたとしても連れ出せるかどうかすら分からない。
 聖域のドラゴン種族を頼るにしても彼らにそれほどの力が残っているか疑問が残る。しかも、オーフェンは先日に聖域のドラゴン種族を殺している。友好的な態度をとってもらえるはずがない。
 そして・・・残る手段は・・・
(最接近領の領主・・・アザリーとコンタクトを取った人物・・・)
 アーバンラマで出会ったウィノナと言う自称騎士の女の話を信じればの話だが。
(向こうも俺を必要としている。コルゴンもいるし、白魔術士だって・・・)
 《牙の塔》の先輩である、ナイトノッカー・コルゴン。彼の魔術の能力はかなりのもので、暗殺術もオーフェンと同等、もしかしたらそれ以上の技量を持っているかもしれない。
 そんな彼を従えるほどの人物が自分と取引を申し出ているのだ。応じて損は無いだろう・・・が、
(・・・信用できるわけがない・・・第一、奴らはクリーオウに手をかけてるんだ。手を貸す義理なんて無い。たとえやつらのおかげでクリーオウとマジクが助かったとしてもだ・・・)
 オーフェンは一度思考を中断し、再び空を見上げた。先ほどと変わらぬ夜空が広がっている。きっと、タフレムでも、トトカンタでも同じ星空は見ることができるだろう。
(そうだよな・・・なにもかもほっといて、トトカンタに帰っちまってもいいんだよな・・・)
 ここからアーバンラマへと戻り、蒸気船に乗れば一週間でタフレムにつく。それから少しの馬車旅をすればトトカンタは目と鼻の先である。
『目的地がなくなっちまったら、出発点に戻ることが一番いいのさ。』
 ナッシュウォータで言った自分のセリフが浮かんできた。
(トトカンタに帰ってクリーオウの家に行きゃ、ご馳走くらいは食えるかもな・・・)
 なつかしいトトカンタの町並みが浮かんできた。自分が泊っていたバグアップの宿。食事中にやって来ては厄介事を押し付ける無能警官にストーカー並にしつこい恋愛中毒娘、もう人間の領域を越えた変態執事にやる気満々の迷惑魔術士なんてのもいたのだが・・・気にしないでおこう。
 なんにせよ、思い出に浸りながらオーフェンはトトカンタを懐かしんでいた。明日になったら『トトカンタにでも戻るか?』とでも言いそうな雰囲気である。
 だが、そんなオーフェンの脳裏にマジクの言葉が浮かんできた。
『クリーオウ・・・きっとこのまま王都に行きたいんですよ。・・・僕もですけど・・・』
 記憶に残るはずの無い日常の何気ない一言だったはずだ。マジクも深い意味はなく言っていたのだろう。だが、その言葉ですらオーフェンを迷わせてしまうのだ。
『領主は君を必要としている。』
『領主の頼みを聞いてやって欲しい』
『君はすでに気楽な放浪者ではないのだよ』
 アザリーを助けたい。厄介事はもうたくさんだ。クリーオウとマジクを危険な目にあわせたくない。全てを捨てて、トトカンタに帰りたい。このまま王都へと行ってもかまわない。
 これらの全てが彼の本音だ。だがどれが一番大切かといわれても明確な答えが出ない。
「つまりは・・・俺もなにもわかっちゃいないってとこか・・・」
「なにがわかってないの?」
 ギョッとして振り返るオーフェン。そこには立てかけられてはしごに足をかけてこちらを見ているクリーオウの姿があった。
「どうしたのよ、オーフェン。こんな夜中に屋上なんかに出て。」
「べつに・・・ただ、空を見てただけだ・・・」
 ゆっくりとはしごから屋上へと足を乗せるクリーオウ。服についた汚れを払いながらこちらに近づいてくる。
「似合わないわよ、オーフェンが空見てため息つくなんて。」
「うるせえな。たまにはそう日もあるんだよ。どっかのじゃじゃ馬娘が無意味に物を壊したり、食料をわけの分からん料理でつぶしたりしないように夜空の星たちに祈ってもいいだろ!?」
「どういう意味よ!」
 それを無視してゆっくりとクリーオウの方へと歩み寄った。そして、彼女の頭にぽんっと手を置きこう言った。
「そういうお前こそどうしてこんな夜中に起きてんだよ。」
「え? ・・・それは・・・その・・・」
 頭の上の手を気にしながら、もごもごと口ごもるクリーオウ。そんな彼女の様子を見てオーフェンはにやりと笑った。
「なるほどな。お前、眠れねーんだな?」
「な! そんなんじゃないわよ! ただ・・・起きたらオーフェンがいないから・・・どうしたのかなーって思って・・・」
 顔を真っ赤にして反論するクリーオウ。仕方ないとばかりにオーフェンはため息をついてから彼女の背中を押して歩き出した。
「わかった。俺も寝るからお前も寝ろ。明日だってまだ歩くんだぞ。この前みたいに倒れたくなかったらしっかり睡眠とらなきゃな。」
「う~。わかったわよ。」
 そして二人は建物の中へと戻っていった。



「じゃ、お休みクリーオウ。」
「お休みオーフェン。」
 あいさつを交わしてからオーフェンは毛布に包まった。いい気分転換ができたのかすぐに睡魔が襲ってきた。まぶたを閉じうつらうつらしていたとき・・・突然、オーフェンの頭に声が響いた。
『ン・・・』
 ―――――(これは・・・クリーオウの声・・・・・・)
 本当に何にも分かってくれてないんだから・・・オーフェンは目を開き彼女の方を見る。するとさっきまでは寝ていたはずのレキが毛布の上に座りこちらを見ていたのだ。その緑の両目を輝かせて。
『私が・・・こんなに不安で、怖くて、目をつぶったら二度と戻って来れなさそうで、もう自分がわからなくなりそうなのに・・・そばにいて欲しいのに・・・』
(レキが・・・クリーオウの思想を俺に飛ばしている? ・・・あいつの気持ちに気付かせるために?)
 毛布をのけ上半身を持ち上げる。ふうとため息をついてからオーフェンは苦笑した。
(・・・やっぱり俺は何にも分かっちゃいねーんだな・・・)
 そして、意を決したかのようにオーフェンは立ち上がり、毛布を持ってクリーオウの元へと近づいた。
 毛布を顔までくるめて必死に眠ろうとする彼女。そんな彼女の不安がレキによって自分にひしひしと伝わってくる。
(怖いもの無しのじゃじゃ馬娘かと思ってたんだけどな・・・実は弱かったんだな。もろくて、少し触ったら崩れてしまいそうになるほど繊細で・・・か弱い少女か・・・)
「クリーオウ・・・」
 呼びかける。すると彼女は眠そうに毛布の中から顔を出した。
「何? オーフェン。早く寝ないと明日も大変なんでしょ?」
「まあ、そうなんだが・・・お前、眠れないんじゃないか?」
 オーフェンは決まり悪そうに頬をかきながら聞いた。きっと『そんなわけないでしょ。』と帰ってくると思っていたのだが・・・
「・・・・・・うん・・・・・・。あ、でも大丈夫よ。迷惑はかけないから。」
 素直に答えるクリーオウ。少々以外だったのだが、素直に言ってくれればこちらとしてもやりやすい。
「・・・ったく。クリーオウ、ちょっと手を出してみろ。」
「? ・・・・・・なに?」
 腑に落ちない表情をしながら手を差し出すクリーオウ。するとオーフェンは一瞬、躊躇(ちゅうちょ)しながらも彼女の手を握り締めた。
「な! ちょっと・・・オーフェン!」
「いいから・・・。このまま、手を握っといてやるからおとなしく寝ろ。お前が寝るまで俺も寝ないからな。」
「え・・・・・・。う、うん。」
 目を閉じるクリーオウ。が、すぐに目を開いてこちらを見た。
「どうした? 逆に眠れなくなるか?」
「ううん。そうじゃなくて・・・・・・」
 目を伏せてしばらく黙り込むクリーオウ。そしてオーフェンの目をしっかりと見つめ返してこう言った。その青色の双方に見つめられてオーフェンは思わず目をそらしたくなったのだが、
「その・・・ありがとう、オーフェン。」
「え? ・・・あ、ああ。」
 自分が赤くなっていることに気付いて焦るオーフェン。が、彼女はそんなオーフェンに気づいた様子もなく、目を閉じて眠りへとはいっていった。
(・・・何で俺がこんなじゃじゃ馬にどきどきしなきゃいけねーんだよ、ったく。)
 思わず胸中でつぶやくのだが、だれも彼のつぶやきには答えなかった。
 そして、オーフェンも睡魔に引きづられて行ったのだった。



 数時間後、またもやクリーオウは目を覚ました。
 オーフェンに手を握ってもらい少しは落ち着いたのだが今度は胸の動機が激しくなって眠れなくなってしまったのだ。
(・・・どうして私がオーフェンにどきどきしなきゃいけないのよ)
 心の中でつぶやいてからふと自分の横にいるオーフェンの方を見た。
(眠ってる・・・。ふふ、かわいい寝顔・・・)
 完全に熟睡しているオーフェン。クリーオウの手を握り締めたままいつのまにか眠ってしまったのだろう。そのため、彼の体には毛布すらかかっていない。
「もう、こんなんじゃ風邪ひくじゃない。」
 そう言ってクリーオウはオーフェンに毛布をかけようとした。と、そのとき
(! ・・・・・・そうだ、ふふふ。私が動揺させた罪は重いわよ、オーフェン♪)
 いたずらっ子のような笑みを浮かべて彼女はその考えを実行に移したのだった。



 朝、オーフェンは目を覚ました。
 自分を起こしに来ないのでマジクもクリーオウも寝ているのだろう。
(・・・・・・もう一眠りするか・・・・・・)
 そして体の向きを変えようとしたとき、オーフェンは異変に気が付いた。
(ん? 右腕が動かねえな・・・・・・・・・!!!)
 そこでオーフェンが見たもの、それは自分の右腕を抱きかかえるようにして眠っているクリーオウの姿だった。頭をオーフェンの肩へと寄せているため彼女の金髪が首筋にまで来ていてくすぐったい。
 彼女を引き離そうにも完全に体を密着させているため離れられないのだ。
(? 確か昨日は手を握ってただけだよな・・・???)
 釈然としない表情で昨日のことを思い出すオーフェン。が、結局答えは出てこなかった。
「・・・・・・まあ、いいか・・・・・・」
 悪くないような声――実際そうなのだが――でつぶやくオーフェン。そして彼は早速当面の問題(マジクが起きてきたらどう言い訳すればいいのか)について考え始めた。


 頭を抱える彼の横で、クリーオウが舌を出して笑っているのは・・・きっと気のせいだろう。

あとがき : 影虎さま
影虎「ふう。やっと新作完了・・・か」
ゆき「何、余韻にひたっているんですか。これからあとがきですよ?」
影虎「おお! 君は誰だ! と言いつつも、あとがき用オリキャラ第二段『ゆき』じゃないか。なるほどジェシスは休みね。」
ゆき「いきなり解説口調ですか・・・。大体はじめての人には分からないでしょ? まあ、いいです。で、あとがき始めないんですか?」
影虎「まあそう急かすな。・・・・・・で、何すればいいかな?」
ゆき「・・・・・・ダメ作者・・・・・・じゃあ、私がインタビューでも」
影虎「最初の方のは気にしないでおこう。で、最初の質問はなんだい?」
ゆき「えっと、どうしてこれ作ろうと思ったのですか? オー×クリなんて慣れてないでしょ?」
影虎「最近ある人の影響でオー×クリに染まってきちゃって・・・で、次回作のリクエストが来たから書いてみよっかなー、なんておもってさ。」
ゆき「でも、大丈夫なんですか? 書きかけって後二つほど残ってるんじゃ・・・確かここに『クリーオウは一歩に前に出てオーフェンに近づいた。二人の距離がほとんどゼロになる。そして・・・』またオー×クリ書いてるんですか?」
影虎「ああ!!! 読むなぁぁぁぁぁ!!! それは試作品で、本当のはあっち。・・・次の質問は?」
ゆき「これを作ってるときに気を使ったことはあるんですか?」
影虎「原作を崩さないことかな? 『腕に抱きつく』ってのは15巻のラストの方でやってるし・・・まさかあの二人が今の状況でキスはしないでしょう、とおもってね。」
ゆき「キスシーンが書けないだけなんじゃないんですか? それにこの話って15巻の後の話ですよね。どうしてロッテーシャが出てないんですか? それにアーバンラマにはコギーもレティシャも来てましたよね?」
影虎「話しがややこしくなるから自己消滅してもらいました。ま、気にしないということで・・・」
ゆき「・・・・・・ちょっと卑怯な気がしますけど、あなたの文才がなかったと言うことで・・・では、この辺で終わりましょうか。最後まで読んでくださってありがとうございますね。」
影虎「勝手にまとめてるし・・・・・・では、またいつか会いましょう!!」
ゆき「いつか・・・・・・ですね?」
影虎「う・・・・・・・・・では!」
影虎さま、ありがとうございました!