鮮やか過ぎるほどの緑に遮られて、光が歪な影を地面に落とす。風が涼しげな音を立てて葉を揺らすたびに、その模様は形を変える。
 もっとも、そんなモノを見ても暑いものは暑い。気休めにもならなった。トラウマに陥りそうなほど騒ぎ立てる蝉も、暑さを一層盛り上げてくれた。救いになるのは風のはずなのだが、その風でさえ太陽の光で熱せられたのか、肌を焼くのではないかというほど熱い。
 はたから見れば、木陰が多いので涼しそうに見える森の中。実際は、まぁ確かに日向よりは幾らかマシだが生い茂る木々に鬱陶しさを感じるため、そんなに変らない。
 そんな中で、オーフェンは目の前で天使のように微笑む金髪の少女を見ていた。
 頭の上に黒い子犬を戴いて――――子犬というのは誤りではあるが――――その真夏の空の色にも劣らない蒼い瞳を柔らかく細めて、こちらを見ている。額には薄っすらと汗。真夏だというのに場違いなほど日焼けしていない白い肌を包んでいるのは、いつものジーパンと白いワイシャツ。オーフェンはそれが反射する光に自分の黒い瞳を細める。
 つやの無い黒髪と、同色の瞳。そして着ている服に至るまで黒。吹き出る汗を吸い込む頭の赤いバンダナと、胸に下げられた一本足の龍が剣に絡み付いた様を模った銀のペンダントのみが、色彩を放っていた。二十歳ほどの青年。得として目立つような身体的特徴は無い。敢えて言うなれば、道端の子供が泣き出して逃げて行くほど凶悪に釣り上がった瞳だろう。
 彼、つまりオーフェンは、自分と正面の少女に挟まれて座っている少年に視線を投げかけた。金髪碧眼の愛嬌のある端整な顔。成長期の訪れていない、細い体。百歩譲っても似合っているとは言い難い黒いシャツを着ている。本来ならばこの上に更に黒いマントを羽織るのだが、流石に暑いのか今は脱いでいる。心なしか表情に緊張をのせて、こちらを真剣に見返してきた。
「問題は――――だ」
 正面の少女に視線を戻し、オーフェンは微笑みながら言った。少女は優しく頷く。
「そう、問題は」
「これを誰が食べるか、だ」
 彼らが座っている中央に位置する場所に、小振りな透明の器が置いてある。その中に入っているのは日の光を受けてきらきらと輝く物体。上には赤い雫が満遍なくかけてある。
 ――――かき氷であった。
 額に薄っすらと浮かぶ汗を手の甲で拭って、少女はゆっくりと言った。
「お金、まだあるわよね?」
「我慢しろ。マジクの親父――――バグアップから金が届くまではあと三日ある。それまでの食費でギリギリだ」
 オーフェンも負けずに微笑みを返す。少年――――マジクが食い入るようにカキ氷を見つめて言う。
「喉、からからです」
「俺もだ」
「私もよ」
 暫し、沈黙がその場を支配した。沈黙、と言うのはおかしいのかも知れない。蝉は相変らず頭をかき乱すような勢いで鳴いている。
「――――先手必勝ぉぉぉおおおお!!」
 オーフェンは上半身の力だけを使って一旦左に体を半回転させて、遠心力と共に右手の手刀をマジクの顔面に向けて放った。ぎゃっ、と短い悲鳴をあげて、避ける術も無くマジクは手刀をもろにくらった。一瞬、意識が遠のいたのかふらり、と後方に倒れていく。
「お・・・師さ・・・ま・・・・・・酷いです・・・」
 途切れ途切れに、絞り出すような声が聞こえた。
「甘いわよ!! マジクッ!!」
 正面座っていた少女が喜々として立ち上がった。頭の上の子犬を正面に構えて、叫ぶ。
「レキ!! やっちゃって!!」
 子犬の緑色の双眸が見開かれる。その視界にあったマジクを光が包む。
「ひぃいぃぃぃぃいいいい!!」
 金切り声を上げて、マジクの姿が吹き飛んでいく。
「よしよし。よくやったぞ。クリーオウ」
 不気味な笑顔を浮かべて、オーフェンは立ち上がった。そのまま腰を落として戦闘体制に入る。それを察して、クリーオウもレキを高々と掲げる。
「邪魔はいなくなったわ・・・今度こそ私が勝つ!!」
「干し肉のときみてぇに横取りは無しだかんな!!」
「レキ!!」
 クリーオウの叫びと共にオーフェンは足を踏み出した。刹那、オーフェンの立っていた所が轟音を上げる。これがレキ――――ディープ・ドラゴンの暗黒魔術である。これにあたればひとたまりも無い。
(一気にカタをつける!!)
 そのままクリーオウの懐に飛び込もうとする。クリーオウは些か遅れたものの反応して、素早く足蹴を繰り出す。それを難なく受けとめて、オーフェンは思い切りそれを引っ張った。体重の軽いクリーオウはきゃん、と悲鳴をあげて転がる。レキがころりと彼女の腕から落ちた。
「ふっふっふ・・・今度こそ俺の勝ちだ。文句はねぇな?」
 勝ち誇った笑みを浮かべた彼に、クリーオウは足をつかまれたままむぅ、と唸った。
 そのまま短く嘆息する。
「いいわ。譲ってあげる。いつも服、買ってもらってるもの」
「間違うなよ。お前が勝手に財布を持っていくんだろうが・・・」
 口の端が些か引き攣ったりもしたが、クリーオウが珍しく下手に出たので良いとする。
 それに今は、一刻も早くかき氷を口に入れておきたい。
「さぁて・・・」
 オーフェンはクリーオウの足を投げ捨てると、念願のカキ氷に向き直った。
 カキ氷に・・・
 ――――透明な器に盛られているはずの代物は、何処にもなく、残っているのは水だった。
「ぐわああああああああ!!!」
 オーフェンはその場に膝を着いて絶叫した。暑さの余り、カキ氷はすっかり溶けてしまっている。当り前といえば当り前である。
「オーフェン・・・そんな力の限り絶叫して泣かなくても・・・」
 クリーオウが後ろから宥めるように背中を叩いてくる。その声音に馬鹿にしたような響きがあるのをオーフェンは痛いほど感じた。
「くっそぉぉぉおおおお!!」
 渇いた喉が、悲鳴を上げる。
 無駄に使った声量と体力を惜しみながら、オーフェンは脱力するしかなかった。
(夏なんて嫌いだ!! 無くなってしまえ!!)
 蝉は相変らず暑さを煽って来る。絶滅させてやろうかと、毒づいた。

 ――――そして何も変らない、平穏な日々。

あとがき : 琥珀さま
てめぇは、何が書きたかったんだっ!!とオーフェンに絶叫されそう。琥珀です。
おーくりのくせにこんなのおーくりじゃないわ・・・(涙)
暑かったんです・・・ないようも『我が遺志を~』とかぶってない訳でもないし・・・
ふう。今度はちゃんとしたの送ります。すみません。

琥珀でした。
琥珀さま、ありがとうございました!