彼―オーフェンは安宿の自室にいた。固いベッドに身を預け、仰向けに寝転んでいる。
顔の前に両手をかざし瞳を閉じて、眠ろうとはしているものの何故か全く以って眠れなかった。
先程見た少女――クリ―オウ。
(あいつがレキの姿になっちまってた時・・・なんつーかこう、悲しかったんだよな・・・・・・姉さんの時と同じような状況のはずだが何故か違う感覚だった・・・そりゃあ、アザリーの時は彼女の過失やら先生のことやらあって今回とはシチュエーションが違うと言っちゃ全然違うんだが)
そんなふうに考えていると、急に胸が痛む。
(クリ―オウが元の姿に戻って本当に良かった。良かったんだ・・・だがあいつはライアンに・・・っ)
ひたすらに胸を突く言い様の無い痛みに耐えきれず、その原因の思考を止めようと試みる。
・・・しかしオーフェンの思考は既に一人歩きを始め、止まろうとはしてくれなかった。
崩壊して行くアーバンラマの中でクリ―オウと再会したあの時
ディープドラゴンの力によって頭に直接響いた彼女の声。
声が響く度に、彼女のあの笑顔が、自分の周りをせわしなく動きまわる彼女の姿が目に浮かぶ程に恋しくて堪らなかった。
どうして目の前に彼女の姿が無いのか疑問に思ってしまった。
声は聞こえても、届かないこの手。彼女の体を掴めないこの無力さと歯がゆさ。
(ロッテーシャを捜しに行った時の別れ際・・・あの時あからさまに見せたんだよな、自分の弱さを。・・・あいつは俺の前では笑ってばっかりいるからすごく違和感は感じたんだが、結局何もしてやれないままあいつを置いて行っちまった)
深く嘆息する。今度は自責の念が湧き上がって来る、そして同時に確信する。
――やっぱり、アザリーの時とは違う。
アザリーの一件の場合、俺が何とかしてやる、俺がやってやるっつー意気込みがあった。
・・・それは今回も一緒だろ? じゃあ、何が違うんだ・・結果も同じようなモンだ。
結局アザリーもクリ―オウも元に戻ったし、同じように自分を責めるような結果になっちまった。
・・・そうか。今回は、俺の力じゃないんだ。全てを解決したのは結局のところクリ―オウなのだ。
そして、最接近領の領主とやらの擁する輩の助力が無ければ解決できなかった。
(・・・・・・・・・)
考えれば考える程苛立ち、考えが煮詰まってくる。胸を突く痛みも消えない。
そうこうしているうちになんだかクリ―オウの顔を見たくなってくる。
(さっきクリ―オウが寝つくまでずっと見てたじゃねえか・・・)
自分を諭すが、どうにもこうにもクリ―オウの顔を見ずにはいられなくなって来る。
「くそっ・・・」
小さく呟くと横のベッドで気持ち良さそうに寝ているマジクを起きない程度に小突いてから静かに部屋を出ていった。
そっとドアを開け中に入ると、クリ―オウが少々辛そうに呼吸しながら眠っていた。
それを見てなんとなく気が急いてクリ―オウの元に駆け寄る。
先程オーフェンが使用していた椅子はそのままクリ―オウのベッドに寄り添うように置いてある。
その椅子をどかしてからオーフェンは直にベッドに左手を置いて屈み込み、慎重に彼女を覗き込む。
彼女はこちらへ寝返りを打ったままの状態で眠っていた。
彼女の顔にかかってしまっている髪を丁寧にどけてやる――さらっとした感触が手に心地よい。
顔を覗き込むと少女は眉をひそめじんわりと脂汗を浮かべて眠っていた。
オーフェンはその脂汗を指先で拭ってやってから前髪をどかした額に手を置く。・・・少し熱い。
(疲れが出た・・・か。ろくに身体も動かねーようだし、またしばらく休ませなきゃな。こいつはきっと強がって先を急ごうとするんだろうが・・・この間倒れた時もそうじゃなかったか? ・・・ったくこいつは本当に人のコトばっかり気にかけやがって)
と、そこまで思ってからふと変化に気付く。
ベッドに置いた左手がクリ―オウの手で握られている――というより掴まれていた、といった方が妥当な表現だが。
彼女はオーフェンの手を掴む事で安らぎを得たのか先程に比べ幾分か安らかな表情を見せていた。
そんな彼女をつい優しい目で見つめるが、はっと気付いてからこめかみにうっすらと冷や汗を流す。
そして慌てて繋いだ手を離そうと腕を上げる・・・が、手を動かした所為で更にしっかりと掴まれてしまった。
(おいおい・・・どうしろってんだよ・・・)
誰にともなく愚痴りながら嘆息する。 しばし考えてから
(ま、しゃーねーか)
と思い切るとそのままクリ―オウの顔のそばに自分の顔と余った右手をうずめる。
すると、先程まで微塵も感じなかった眠気が今は魔物のように襲いかかってくる。
オーフェンの意識はその眠気に任せて深い闇へと落ちていった。
次の日の朝。クリ―オウが目を覚ますと目の前には逆さまにオーフェンの顔があった。
(―――!?)
ドキッとして目を見はり、レキを呼ぼうと口を開きかける。
しかしその直後、自分の手がオーフェンの手を掴んでいる事に気付く。
彼の大きな手も優しく、しかししっかりと自分の手を握っていた。
昨晩、オーフェンが自分のおでこに手を置いてくれた後、すぐに自分は眠ってしまったため、何故、(自分の記憶に拠れば)椅子に座っていたはずのオーフェンが地べたに座って眠りこけているのか理解に苦しんだが、それは今は置いておく事にした。
ただ、オーフェンの寝顔があまりにも綺麗だったため、微笑しながらしばし見入る。
すると彼が何か呟いた。
「クリ―オウ・・・お前の笑顔は俺が守る・・・」
その言葉に真っ赤になり、思わず跳ね起きる・・・が思うように体は動かなかった。
しかし、その反動で繋いだ手が離れそうになる。
「あ・・・っ」
クリ―オウが声を上げるのとほぼ同時にオーフェンが目を覚ました。
「・・・クリ―オウ? ・・・ああ、悪りィ、寝ちまったみてーだ。・・・おはよ」
こちらを見つめて疑問符を浮かべてから、同じ高さの目線であまり見せない微笑を浮かべて朝の挨拶をしてくる彼が、クリーオウにとても愛おしく感じられた。
クリーオウも―少々弱々しかったが―笑顔で言葉を返す。
「おはよう、オーフェン」
確かに彼女の中には不安が残り、精神的にも肉体的にも辛いはずであろうが、とりあえず今は彼女のパートナーであるオーフェンがいる。
(これから色んなことがどうなっていくか、見当もつかないけど、そばにオーフェンがいて私がオーフェンの前で笑顔でいられたら、きっと・・・きっと、大丈夫よ)
クリ―オウは心の中でそう思う。
今日も、一日が始まる―――