※注 これは碧川の妄想の産物です。苦情、なんでも受け付けます。因みに……パラレル、しかもオーフェン←ボディーガード、クリーオウ←その対象、と、なっております。苦手な方はプラウザの戻るをクリックで☆(コラ)



 朝、窓から差し込む冬の深い日の光に、男は一瞬、眉を不機嫌そうな形に歪めると、ゆっくりと瞳を開く。そして、ぼさぼさの黒髪をかきむしりながら、つり上がった凶悪そうな目を細め、窓の外を見た。そろそろ時間だ。
「オイ、起きろ。コラ」
 白い肌に手を伸ばし、そのむき出しの肩を揺する。その少女は僅かに呻くと、ころりと寝返りを打った。
「おい、クリーオウ。とっとと起きねえと俺がどやされるだろ。起きろって!」
「…………むぅ」
 そしてまた、規則正しい寝息が響く。
 男はクリーオウと呼んだその少女の肩を一層激しく揺らした。いい加減に起こさないと、自分がヤバイ。が、人生とは無常なモノで、クリーオウはやはり僅かに呻くだけで、いっこうに起きる気配はない。
 そこで男は、少し趣向を変えてみることにした。
 体を屈め、クリーオウの耳元に口を近づける。右手に体重をかけると、ベットのスプリングがぎしり、と音を立てた。彼女の耳にかかっている長い金髪を、体を支えている手とは反対の手で、ゆっくりと払う。そして、自分の出来る限り一番優しい声で囁いた。
「……お嬢様。お起き下さい。朝でございます」
 ――途端。
「ひゃああああぁぁぁぁああああっ!!」
 クリーオウは叫び声を上げ、ベットから飛び上がると、耳を押さえて部屋の隅に座り込む。
「お前、そりゃあやりすぎだろ」
「おおおおおオーフェンんんんっ!!」
 蒼い瞳に涙をためながら、少女はきっ、と男を睨んだ。
「なぁんてコトするのよ! 起こすってのにも、もう少し方法ってモノがあるでしょ!?」
 オーフェンと呼ばれたその男は、やれやれと肩をすくめてみせる。
「お前がいつものやり方じゃ起きねえからだろ。そりゃあ、お前は卒業検定に合格してっから、学校はいいかもしれねえけどな。お前がいっつも寝坊するから、俺がどやされるんだっつうのを知っとけ」
「だから、もう少し起こし方、考えてよって言ってんじゃない!!」
 今だ、クリーオウは座り込んだまま、怒鳴る。
「だいたいっ! 誰のせいで起きられないと―――」
 言葉の途中で、オーフェンは慌ててクリーオウの口を塞ぐ。そして、部屋の外の気配を探った。幸い、召使いもまだ来ていないらしく、気配の分かる範囲での人の気配はない。ほっと一息ついて、目の前の少女を見る。まず、目に入ったのは自分を恨めしそうに見上げる、一対の蒼い瞳。
「ん~~~~~!」
「あ、悪りい」
 ぱ、っと手を外すと、まず怒鳴り声。
「何よいきなり! ビックリするでしょ!?」
「あんだよ、仕方ねぇだろ」
 よだれでべたべたになった手を、自分の履き古したズボンで拭いながら、オーフェンは立ち上がる。
「ほら。目ぇ覚めたんならとっとと着替えて食堂行くぞ。もう朝飯の時間だからな」
 早くしろよ、と言って、自分の部屋へと続くドアを開け、その中へと消えていく背に、クリーオウはべぇ、と舌を出して自分のクローゼットを開けた。





 ここ、キエサルヒマ大陸の中でも、五指に数えられるほど大きな都市、トトカンタの中でも一際大きい屋敷がある。
 エバーラスティン家。その家には、三人の女性だけが住んでいた。――いや、三人ではなく、正確には五人、そして数人の召使いがその家に勤めていたが。
 マリアベルに、クリーオウ。それにその二人の母親である、現当主。不幸なことに、二人の父親は既に亡くなってしまっていた。
 母親は、二人の娘には決して危険な目に遭わせたくなかった。エバーラスティン家は、トトカンタでも有数の家であるし、命を狙われたり、誘拐されるといった事に巻き込まれる危険性も大きいのだ。いざというとき、自分が守れるわけではない。
 考えた結果、彼女はあることを思いついた。娘にボディーガードをつけよう、と。
 幸い、亡き夫の知り合いに、そういった養成学校の教師をしている人物が居た。彼に頼み、二人の娘に一人ずつ、彼女たちと相性のいいだろう人物を紹介してもらった。
 クリーオウの場合、それがオーフェンであったわけである。
 もちろん、いつでも彼女の側にいなければならないわけで――それでオーフェンは彼女の側で寝ていたのだ。もっとも、クリーオウもオーフェンも、そう気取らない性格のためか、今や、二人の関係はただのボディーガードとその対象者、ではなくなっていたが。




 それぞれ服に着替えてから――オーフェンは、黒ずくめに赤いバンダナ。クリーオウは淡いパステルグリーンのワンピースに、白いカーディガンを着ている――険悪な空気を漂わせたまま、食堂に入る。
「あら? 今日ははやいのね、クリーオウ」
 二人が食堂に入ると、クリーオウとよく面差しの似た女性が、穏やかな声で二人を迎えた。
 マリアベル・エバーラスティン。クリーオウの姉である。
 彼女は、クリーオウと同じ蒼い瞳を眩しそうに細め、苦笑する。
「オーフェンさんも、ご迷惑をかけて申し訳ありません。どうも、私たちだとこの子に強く言えなくて」
「わたし、いつもオーフェンに迷惑かけてるだけじゃないわ。お姉ちゃん」
 マリアベルの言葉に、クリーオウは心外だ、という風に言い返すが、それをオーフェンは横目で睨む。
「何が迷惑かけてないだ。この暴発娘が」
「わたしが暴発娘なら、オーフェンは自爆ヤクザね」
「誰が自爆ヤクザだ!! 誰が!!」
「オーフェンに決まってるでしょ!? 他に誰が居るっていうのよ!!」
 火薬庫の側に、火が迫っている――そんな空気を理解しているのかいないのか。マリアベルが、のほほんとした声で制止をかける。
「クリーオウ、そんなに声を荒げるものじゃないわ。早くお座りなさい。オーフェンさんもどうぞ?」
 二人は、一瞬にらみ合うと、それぞれの席に着こうとイスを引いた。しかし――ここで止めておけばいいものの、つい、
「お前も、マリアベルみてえにちったぁ“お嬢様”らしくしてみろってんだ」
 と、口を開いてしまうのが、彼らしいといえば彼らしい。そして、それに言い返してしまうのも、彼女だった。
「何よ、わたしだって大人しくしようと思えば出来るわよ」
「どうだか。お前、俺が最初ここに来たとき、何したか覚えてるか? いきなり剣で斬りかかってきたんだぞ? 普通、大人しい奴が初対面の相手にンなことするか!!」
「いつまでもそんなこと覚えてるなんて、ちょっとしつこいわよ!? 人に女々しいって言われない?」
 これに、一瞬オーフェンは詰まった。そして、それを見逃すクリーオウではない。
「あ、詰まったって事は言われたことがあるのね! 誰かしら。オーフェンのお姉さんたちあたりっぽいわよね!!」
「――っお前もなあ! その性格、ちったぁ直したらどうなんだ!? 俺だって、こんなじゃじゃ馬だって知ってたら、こんな仕事引き受けたりしな――」
 その続きは、頬に広がる熱い衝撃に遮られた。一瞬後に、頬を拳で殴られたのだということに、気付く。
「おっまえ……いくら何でも、拳で殴るこたあねえだろ!?」
 それを言った後、もう一度、今度は平手がやってくる。それを僅かに体を後ろに倒し、避けた。その手が彼の顔を過ぎる僅かな時間に――彼女の蒼い瞳が揺らいでいるのが見えた。
「――じゃあ、私のボディーガードなんて、辞めればいいじゃない!!」
「クリーオウ!!」
 マリアベルが、慌てたように声をかける。
 彼は、金髪を翻して部屋から出ていく小さな背中を、ただ追うことも出来ず、半ば呆然と見送っていた。
「アレは一方的に、あなたが悪いわね。キリランシェロ?」
「アザリー……」
 後ろからかけられた声に、オーフェンは苦虫を噛み潰したかのような顔で振り向いた。いつの間に現れたのか、そこには、マリアベルのボディーガードであり、彼の姉である――と、言っても、血が繋がっているわけではないのだが――アザリーの姿があった。
「その名前で呼――」
「捨てた名前だ……そう言いたいんでしょ? そして、話を逸らせようとしてる――そうね?」
 オーフェンは更に顔を歪めた。自分を幼い頃から知っている彼女に、口で勝とうというのが間違いか。アザリーは、軽くクセのある自分の黒髪をもてあそびながら、くすり、とイタズラをするような顔で微笑んだ。
「ちっとも成長しないわね。心にもないことを言って、落ち込むその癖、いい加減に直したらどう?」
 オーフェンはアザリーから視線を逸らし、憮然とした顔で言う。
「……俺は、別に落ち込んでなんかねぇよ」
「あらそう? 捨てられた子犬みたいな顔、してるわよ」
「姉さん!!」
「言い返せるワケ? 私に?」
 にこり、と見る人が見ればただの笑みだが、長いつき合いのオーフェンにしてみれば、壮絶な笑み以外の何物でもない笑みを浮かべる。
「そうよね? 言い返すヒマがあるなら、クリーオウを追いかけるわよね? もちろん」
「……何で俺が――」
 ここで、アザリーは声を落とした。オーフェンにしか聞こえない程度の声に。
「朝のこと。何ならマリアベルに言ってみる?」
「――――っ!? 何でっ!!」
 知ってる!? ――それを続ける前に、アザリーが再び口を開いた。
「それもあるし、あなた自分の立場、忘れてない? クリーオウ、一人きりで飛び出したのよ。誘拐とか……変なことに巻き込まれるって事、あり得るんじゃないの?」
 最後の台詞の途中で、オーフェンは弾かれたように駆け出した。彼が出ていったドアは、激しく音を立てて閉まる。
「オーフェンさんにばかり迷惑をかけて……あれで良かったのかしら……アザリーさん」
「多分、良かったんじゃない?」
 心配そうにドアを見つめ、マリアベルが問いかけると、アザリーは猫を思わせる笑みを浮かべた。
「まあ、悪いようにはならないと思うけど、ね」
 そして彼女は、笑みをにまりとした、人の悪い笑みへと変える。
(私が知らないと思ったら、大間違いよ。キリランシェロ)
 胸中でそう呟きながら。



 クリーオウは雑木林を駆けていた。街に向かって、休まずに坂を駆け下りる。しかし、街にこれといったアテがあるわけでもない。
 それでもクリーオウは駆けていた。家が見える所に居たくはなかった。スカートが足にまとわりついて、幾度か足を取られそうになる。その度に、自分の髪が顔を覆う。それが煩わしくて、顔を振った。目に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。
(別に、解ってたことじゃない)
 街が見えてきた。そこでようやく足を止め、些か乱暴に涙を拭った。
(けど――結構ショック、受けてるのが何だか癪だわ)
 そう、分かってはいたのだ。彼が自分を守っている――もとい、側にいるのは義務なのだと。
 しかし、オーフェンにしてみれば、ただの暇つぶし兼、仕事以外の何物でもないのだという事を、突き付けられた気がして、堪らなくなったのだ。
 足元にある、石を蹴飛ばす。じわり、とまた涙が浮かんできて――慌てて目を閉じる。数度深呼吸をしてから、再び目を開いたクリーオウを待ち受けていたのは――目を閉じた時以上の――暗転。



 まず目に入ったのは、木に引っ掛かっているらしい、白い布だった。近付いてみると、それが、白い服だということが分かる。――そう、クリーオウが着ていた物とよく似ているのだ。
 オーフェンはイヤな予感をおぼえて、急いでそれに駆け寄る。カーディガンは、木にナイフで縫い付けられるように留められており、ゆらゆらと風に揺れていた。
(――ちょっと……待てよ……)
 カーディガンと共に、ナイフで留められていた紙に目を通す。あまり上等とは云えない、羊皮紙。そして、その上には、いかにも破落戸が書いた、というような文字が並んでいた。それに一度目を通して、ぐしゃり、と握り潰した。五感が冴えてくる反面、何かが自分の中で荒れ狂っている。
 紙に書かれていたのは、極めて簡潔な事だった。クリーオウを連れ去ったということ。彼女を返して欲しくば五百万ソケット用意しろ、ということ。そして、それの受け渡し場所。
 オーフェンは、無言でそれをジャケットのポケットにつっこむと、駆け出した。
 目指すは――町外れの、廃屋。
「くそっ!!」
 誰に向かって毒づいたのか、彼自身にも分からなかった。



 クリーオウは、数度瞼を震わせると、ゆっくりとその瞳を開いた。先ず目に入ったのは、染みのある、古ぼけた天井。数度瞬きをして、体中が痛みを訴えている事に気が付く。そして、自分が手足を縛られている上、転がされているという事を自覚して、一気に意識が覚醒した。何とか体を起こそうと足掻いてみるが、きっちりと縛られているらしく、動くこともままならない。
「オイ、気が付いたみたいだぜ」
 嗄れた、聞きやすいとは言えない声が、頭上で響いた。クリーオウはふ、とそちらに目を向ける。
「お嬢ちゃん、お目覚めはいかがかな?」
「あなたも縛られて、転がされてる状態で、一度目を覚ましてみれば、分かるんじゃない?」
 語尾が震えるのは抑えられない。クリーオウは素早く現状を理解した。そして、精一杯の強がりで、続ける。
「出来ればこの縄、緩めて欲しいんだけど。わたし、跡残りやすいの。こんなにきつくされたら、一週間は跡が残っちゃうわ」
 言いながら、視線を巡らせる。クリーオウの頭上に男が一人。入り口付近に二人目。そして、最後の一人は部屋の隅にある、部屋と同じほどに古ぼけた椅子に腰掛けていた。
 そして、自分は縛られている――
(これって、わたしが誘拐されたって事よね)
 オーフェンを振り切って、家を飛び出した結果がコレだなんて。情けなくて、思わず唇をかんだ。
「まぁ、そう険しい顔すんなよ。お嬢ちゃん。金さえ手に入りゃあ、お前に用はねえんだからな」
 クリーオウが顔をしかめたのを、連れ去られたという事に、恐怖を感じた為だと思ったらしい。男は――クリーオウの頭上にいる男である――にやにやとした笑みを浮かべたまま、しゃがみ込んで、彼女の顔を覗き込む。
「オイ、それにいらねえ事するなよ」
 ドアの方にいた男が、少しだけ振り向いて言う。頭上の男が軽く舌打ちをすると、今度は、椅子に座っていた男が口を開いた。
「まあ、金払っても無事に返すとは、書かなかったけどな」
 クリーオウの体に、何かぞくりとしたモノが駆け抜けた。
(もしかして……もしかしなくても……ヤバイのかしら……?)
「そうだよなあ。お嬢ちゃんも、かっさらわれて無事に帰れるたあ、思ってないだろ?」
 男は、ヤニで染まった歯を見せて笑った。クリーオウはそれに思わず嫌悪感をおぼえる。
 彼女は慌てて、この状態を打開するために頭をフル回転させた。
 さっき、男は手紙を書いた、と、言うようなことを言っていた。どのくらい自分が意識を失っていたかは分からないが、そろそろ家に連絡がいっているはずだ。家に連絡さえいけば、悪い方に行くことはないだろう。
(それに、家にはオーフェンが居る――)
 そこまで考えて。
 クリーオウは自分が家を飛び出したワケを思い出した。自分で、オーフェンに辞めればいいと言ったのだ。思わず涙腺が緩んで――
(駄目よ! 今は駄目だったら!!)
 クリーオウは男を睨み上げた。今はこの状態をどうにかする方が先なんだから。そう、心で呟く。
「何だあ? その目は。オイ、こいつ、本当にエバーラスティン家の娘か?」
「何よそれ!」
 クリーオウは声を張り上げた。黙っていてはいけない。注意を自分に引きつけて、時間を稼ぐ。時間さえ稼げば、悪い方へは転がらないはずだ。自分でどうにかしたいが、この状況ではどうにもならない。そんな自分が情けないが、反省と後悔はいつでも出来る。それが彼女の考えだった。
「こんな可愛い女の子捕まえといて、それはないんじゃないの!? それに、さっきも言ったと思うけど、少しだけ縄を緩めてくれない!? わたしもこんなにきつく縛られてちゃ、あなた達がお金もらう前に死んじゃうわ!!」
「何だ、こいつは。急に」
 男は笑みを消すと、慌てたような声を出す。クリーオウは、後ろ手に縛られている手を握りしめ、更に声を張り上げた。
「それにお金がいるんなら、誘拐なんてリスクの大きい事しないで、自分たちで地道に働けばいいじゃない!! わたしはとんだ迷惑だわ!! 他人に迷惑かけちゃいけないって、子供の頃に習わなかったの!?」
「強がりか? お嬢ちゃん」
 椅子に座っていた男がにやりと笑みを浮かべた。クリーオウの頭上にいた男は、引きつったような表情を浮かべ、僅かに彼女から距離をとる。今まで優位にいたはずの少女に、思わぬ反撃を受けた為らしいが、椅子に座っていた方の男は、それでクリーオウに興味を持ったようだ。椅子から立ち上がると、ゆっくりと彼女の方へと歩いてきた。
「エバーラスティン家の娘……想像とは大分違うな。失神するか、泣き叫んで、手がつけられなくなるかと思ってこうして縛ったんだが。手がつけられないのは同じだが、ここまでじゃじゃ馬だとは思わなかったぜ」
「だからそれって、どういう意味なのっ!?」
「そう怒鳴るな。誉めてるんだ。お前の根性をな。コレで、俺達がお前に何をしても、文句は出ないっちゅうことだしなあ……?」
 男がひひ、と笑った。上品とは言えないその笑いにか、それとも、別の事にか、クリーオウは嫌な予感をおぼえた。
「……ちょっと……何……」
 彼女は僅かに体を壁際へと寄せた。しかし、男は笑ったまま、どんどん近付いてくる。
(さっきの、逆効果だったの!?)
 クリーオウの顔は、ここで初めて恐怖に引きつった。男はそれを見て、更に笑みを深くした。
「俺達は、お前に反抗されて頭にきた。そして、お前を殺っちまった……ありそうな話だよなぁ」
「なるほど。そりゃあいいな」
 先程クリーオウの頭上にいた男が、寄ってくるのも見える。ドアの方にいた男もこちらに近付いてきていた。そして、そちらに気を取られた一瞬。
 首を掴まれ、そのまま壁に押し付けられた。
「…………か……っ!!」
 喉で、空気がひゅう、と、音を立てる。彼女の蒼い瞳に涙がにじんだ。希望を持とう、と思う心に、それ以上の恐怖が襲う。
 目の前の男の顔が涙で歪み――



 古ぼけたドアの、同じく古ぼけた蝶番が激しい音を立てて弾け飛んだ。その音に、部屋の中にいた三人の男が揃って振り返る。
 ドアが破壊され、ただの穴と会ったそこには、一人の男が立っていた。逆光で、顔は良く解らないが、黒い、革のジャケットを着た、黒ずくめの男らしい。
「何もんだ貴様!?」
 一番、ドアに近い所にいた男が口を開いた。黒ずくめはそれに応えず、一歩踏み出す。 ドアの欠片を、特別製のブーツが蹴った。
「テメエ、それ以上近付くんじゃあ……」
「黙れ」
 低い声音で、呟く。
「お前らこそ、俺に無断でそいつに何してんだ?」
 男達の影にいたクリーオウが、ゆっくりと瞳を開いた。男の手は緩んでおり、息は出来る。
「オ……フェン……?」
 掠れるようなその声を、男達は聴いてはいなかった。クリーオウから僅かに離れ、殺気立った声を出す。
「この小娘は俺達の金づるなんだよ。そもそも何でテメエの許可がいるんだ!?」
「そいつは、俺のモンなんだよ。とっととそいつを返せ」
「そいつは悪かったな、兄ちゃん」
 一番タチの悪そうな男が口を開いた。懐に手を入れる。
「レンタル料を払わねえとな。……テメエの命で十分か?」
 ぱちん、と、音を立てて、刃が飛び出す。他の二人もナイフを取り出した。
 しかし、オーフェンはニヤリ、と笑った。
「いや? レンタル料は、あんたらの治療代だ」
 言うと同時に、ふ、と体を低くして、床を蹴る。まず一人目の男の鳩尾に、拳を叩き込む。そしてその勢いを保ったまま、次の男の顎を蹴り上げた。鈍い音が部屋に響く。顎の骨が折れたのかもしれない。
 オーフェンは体を半回転させて、体勢を立て直した。突然のことに対応できていなかった男は、それでもナイフを振り下ろす。しかし、それは虚しく宙を切って、次の瞬間には男の横面に、彼の肘が叩き込まれていた。
 ふう、と、一つ息をつく。そして、壁際のクリーオウの元へと歩み寄った。
「……遅くなって、悪かったな」
 呟くようにそう言って、クリーオウの縄をほどいてゆく。彼女はどこかぼうっとしたまま、彼を見つめていた。縄を全て取り去ると、彼女の白い肌に赤黒い跡が生々しく浮かび上がる。オーフェンはそれに顔をしかめると、彼女の手を握りしめた。
「……悪かった……」
「オーフェン?」
 クリーオウが首を傾げる。その拍子に、髪がさらりと流れ、彼女の首に僅かに残る指の跡を浮き彫りにした。オーフェンはクリーオウの首に触れる。
「コレ、後ろに転がってる奴らがやったのか?」
「え?」
 びくり、とクリーオウの体が震えた。先程の恐怖を思い出したためか、瞳に影が落ちる。オーフェンはゆっくりと立ち上がると、同じようにゆっくりと振り向いた。床でうなっている男達を見下ろす。

 オーフェンは笑みを浮かべ、右手を振り上げた。




 夕陽が人通りの疎らになった通りを照らす。その通りにある警察署に、ぼろぼろの、足取りさえはっきりとしない、三人の男が駆け込んできた。連続誘拐犯として、手配されていたその男達は、鉄格子の向こうで、『悪魔に会った』と、呟き続けたという。



「ごめんなさい」
 自室のベットの縁に腰掛けて、クリーオウは部屋のドアを閉めていたオーフェンに、ぺこりと頭を下げた。
「なんだよ急に」
「今朝のこと」
 彼女は、ぷらぷらと足を振りながら続けた。
「その……今朝は、わたしが、悪かったな、って思って……辞めちゃえばいいなんて言っちゃったし……」
「お前に謝られると気味が悪りいな」
 オーフェンは苦笑を浮かべ、むっと眉をひそめたクリーオウの隣に腰掛ける。
「……その……何だ。俺も……悪かったよ。それに、俺は辞める気はねえから。お前が側に居ねえと、どうも落ち着かねえしな」
 クリーオウが、弾かれたようにオーフェンの顔を見た。彼は照れたように頬を掻く。
「こういうのは俺のガラじゃねえか。……まあ、ともかく、悪かったよ」
 クリーオウが微笑む。彼もつられるように笑った。
「わたしもね? オーフェン」
 オーフェンは彼女の脇に手をつくと、視線で先を促した。
「オーフェン以外の人が側に居るのって、何だかとっても嫌だったわ」



 また、いつもの朝が始まる。朝の口げんかもいつもの通り。ただ――オーフェンが何故かアザリーの言いなりになっている姿があったとか無かったとか。

あとがき : 碧川雪輝さま
 済みません済みません済みませんでした(汗)コレ、別に魔術士オーフェンじゃなくても良かった気がひしひしとするんですが(言っちゃダメ)う゛あホント済みません。彼の二人は誰ですか?(爆)
 えと、この文章中ではオーフェン魔術使ってませんけど、使えますので。〈牙の塔〉も、きちんとボディーガード養成所(爆)じゃなくて、原作と同じようなカンジです。ただ、ちょっと方向が違いますが(駄目じゃん)
 あと、アザリーお姉さまが出てるのは私の趣味です。そのくせ初めて書いたので、どこかきっとヘンなのでしょう。怖くて原作読んでません(吐血)
 それでは、遅れた上(コラ)にこんな無意味に長ったらしい話で申し訳ありませんゆかなかサマ(涙)こんなモノでよろしければ、献上させていただきます。
 それではこの辺で。碧川でした☆
碧川雪輝さま、ありがとうございました!