いったいどのくらい走ったのか。
彼女は一度も振り返らなかった。
自分がついてくる事に、よほどの自信でも持っていたのか、ただの一度も。
実際それはそうだった。思惑にはまっているとは思いながらも、それに逆らう事が出来ない。
まったく困ったもんだ、と小さく苦笑しながら。
どれくらい走ってきたのか。既にクリーオウの姿は影も形も見えなくなっている。
戻った時の彼女の怒りようを想像してうんざりしながらも、オーフェンは唐突に姉を追いかけるスピードを速めた。もともとつかず離れずの距離を保ってはいたので、案外あっさりと追いついてしまう。
そのまま彼女の肩を引き寄せるようにぐいっと引っ張ると、特に驚いた様子も見せず、アザリーがミドルショートの髪を揺らめかせるようにしながら、こちらを淡々と見上げてきた。
どんな事になっても決して屈する事のない、ブラウンの瞳で。
そう、つかまえる事はいつでも出来た。
だがそれをしなかったのは。
わざわざ肉体を酷使してまで彼女についてきたその理由は――。
「キリランシェロ」
うっすらと笑みを浮かべながら、アザリーは再びその名を呼んだ。どこか勝ち誇ったような顔をしながら。
しかし、今度は何も感じない。
「体はなまっていないみたいね」
「なまってらんないんだよ。なんか知らんが、あんたを追ってるといろんなトラブルに巻き込まれるんでね」
間近で見る姉の姿。
それは別段、今も昔も変わらないように見える。
強気で勝ち誇ったような、自信たっぷりの笑顔。
その手にしっかりと握られている、月の紋章の剣を除けば。
バルトアンデルスの剣。
彼らの運命を好転にも逆転にも導いた、天人の魔剣。
いつの間に取り出したのか、その切っ先はまっすぐにオーフェンの心臓部へと向けられている。
だがオーフェンは特に抵抗の仕草を見せず、ただ静かに、何も見えない虚空をぼんやりと見上げていた。
「・・・分かってはいたんだ」
ぽつり、とオーフェンが呟く。アザリーは、彼の呟きにも特に反応を見せる事はしない。
「それでも、俺はあんたと話がしたかった。意味のない事だと分かってはいたんだけどな」
「あなたを待っているのよ? 私は」
苦笑する。聞きたかったような聞きたくなかったような、彼女の言葉。
これも俺が望んでいた言葉の一つなのか。剣を向けながら言うセリフじゃねぇよ、と胸中で小さくぼやきながら。
「アザリー、俺は」
言葉と共に、今までぶらりと空を切っていた手で、剣を持つアザリーの腕をがしりと掴む。
アザリーの表情は、それでも変わらない。
「あんたを助けたい」
「・・・助けられるような事をした覚えはないけど、私は」
アザリーが少し小首を傾げて目を細める。
「そうだな。助けるっつーには、ちょっと語幣があるかもな」
「私は、したいようにしただけよ。あなたに助けられるいわれはないわ」
冷たく突き放す姉の言葉。再会してから何度となく感じてきた食い違い。
それを胸の中で受け止めながら。
空いている手を彼女の腹部へと当てる。使い慣れた日常的な構成を、ゆっくりと編み上げながら。
「アザリー。・・・俺は別に血縁関係がどうの絆がどうの言うつもりはないがな」
見上げていた視線を、ゆっくりと彼女のブラウンの瞳へと移す。
そして、余裕たっぷりの表情そのままに、オーフェンを見つめていた彼女を見て苦笑しながら、
「俺はやっぱり、あんたの弟だよ」
オーフェンの手が、うすぼんやりと輝き始める。
「我は放つ光の白刃!!」
虚空に広がる一筋の光が、所狭しと光を撒き散らしながら彼女の腹部をえぐり取る。
と次の瞬間には、そこにあった彼女の姿そのものが、魔剣と共に消え失せていた。
彼女を撃ったその腕を、もう片方の腕でしっかりと押さえつけながら、
「・・・偽者か本物かなんて、んな事関係ないんだ。ここにいるのが俺だけじゃない限り・・・クリーオウがいる限りは、その優先順位が逆転する事なんてないんだ、アザリー」
置いてけぼりをくらわせてしまった金髪の少女が、頬を膨らませて怒り狂っている顔が頭に浮かぶ。
今頃彼女は一人ぷんぷんと腹をたてているのだろうか。
何とも無しに表情を歪めながら、オーフェンはどこか皮肉げに口の端をつりあげた。
「悪夢は、夢の中だけで充分だ」
幻の中の暗殺者に向けた言葉を噛み締めるかのように呟きながら、オーフェンは再び何も見えない虚空を見上げた。
どうして彼女を置いてきてしまったのか。彼女以外であっても、俺はこうして置いていったのか。
アザリーと二人だけで話がしたかったからか? それとも足手まといだと思ったからか?
違う、と言い切る自信は無かった。だが、『適格ではない』とは思う。
はっきりしねぇなと少々自嘲気味に苦笑しながら、オーフェンは先ほど彼女の頭に置いた手を見つめた。
なんとなく、分かってはいたような気はする。ただそれを認める事は、何故だかとても難しくて。
おそらく俺は、見られたくなかったんだろう。
幻であっても嘘であっても、それを滅ぼす暗殺者<自分自身>を―――――。
DAY AFTER DAY 後編
「だいたいオーフェンって無計画なのよね。なんかいっつも小難しい理屈並べ立てるわりには、それを実行してる例が少なすぎるもの」
ぶつぶつと一人ぼやきながら、クリーオウはきょろきょろと辺りを見回していた。
「そもそもこんな目印も何もない場所で、何を根拠に私の所へ戻ってくるって言うのよ」
一歩目を踏み出したはいいものの、あまりに心細い今の自分の装備に、ふとその足を止めてしまった。
とりあえず、とクリーオウはズボンのポケットを漁りだす。
めぼしい物は何も入っていない。そもそも、ポケットに何かを入れた記憶もない。少々諦め気味で溜め息をついた時、彼女の指先にこつん、と何かが触れた。
「ん?」
ぽん、と手を引き抜いてみると、真っ赤なトマト色をしたケチャップの容器が現われた。そう言えば、自分はここに飛ばされる直前までハンバーガーを食べようとしていたんだっけ、と溜め息をつく。あまりの急展開に仰天しつつも、とりあえずポケットにケチャップをねじ込んでしまったのだろう。
不意に空腹を思い出しながらはぁと溜め息をつくと、マジクへの復讐を誓って再びそのケチャップをポケットの中へと戻した。
「レキはやっぱり・・・いないのよね」
先ほどから周囲を見回してはいたが、どうやらレキはこちらへ飛ばされていないらしい。
あくまで彼女の見える範囲での話ではあるが。
剣はない、レキにも期待は出来ない。
残るは・・・。クリーオウは恐る恐るゆっくりと視線を下げながら、先ほど自分にすさまじい程の悲鳴をあげさせた二つの死体が転がっている場所へと目を向けた。
重なるようにして倒れている男女二人。腕や足が変な方向に曲がっている所を除けば、比較的まだ見れた死体であるとは言える。
腐ってもいなければ、ばらばらでもない。
ただ驚きなのか恐怖なのかよく分からないような表情をしているのを見ていると、ホラー映画よろしくやはり不気味は不気味なのだが。
クリーオウが注目したのは、その女の方が手にしっかりと握り締めている、小さな角材だった。
まるで建築現場から持ち出してきたような、木刀程の小さな角材。
ふと、捕まった男に向かって『あの二人に借金があったんだろ』と言っていた警察官の言葉を思い出す。だとすれば、ここにいる二人はあの男の家に乗り込んで、そして殺されたのか。それとも、殺される前にこちらへ飛ばされたのか。
少々気になるところではあったが、今はそれどころではない。
クリーオウは、ふぅ、と覚悟を決めるように息を吐き出すと、嫌な顔をしながらも、硬直を始めている彼女の手の中からその木材をもぎり取った。
(・・・お願いだから、化けて出たりなんかしないでよね。恨むんだったらこんな所へ私を閉じ込めたマジクと、私を置いていったオーフェンを恨みなさいよ)
そして改めて周囲を見回すと、先ほどオーフェンが消えたと思われる方向へ、ぱっちりと大きい蒼翠の瞳を向けた。
前だけを見るまっすぐな瞳は、いつものように迷いなど微塵もない事を告げている。
(まったくオーフェンったら、私の事いったいなんだと思ってるのかしら)
オーフェン、酷い顔してた。嬉しいんだか悲しいんだか、全然分からないような。
泣き出すんじゃないかなんて思ったりして、少しビックリしたけど。
ぎゅ、と下唇を噛むように唇を歪め、しかし思い直したようにすぐに顔を上げると、クリーオウは先の見えない虚空に向かって、ぱたぱたぱた、と駆け出した。
(見抜かれないとでも思ってたのかしら。・・・あの程度の態度で)
とにかく早くオーフェンに追いつかなければ。
何しろ彼をサポートできる人間は、自分しかいないのだから――――。
「いい加減に出てきたらどうだ? ・・・俺の脳からアザリーの幻影まで引っ張り出して俺とクリーオウを分断させたんだ。だったらもう目的は果たしただろう」
オーフェンが、何者かに向かって呼びかける。誰もいないはずのこの空間に、自分以外の存在を確信しているかのように。
そして、その確信は間違いではなかった。
彼の前方に、ぼぅ・・・と緑色の光をまといながら、異形の生物が、いや、物体がその姿を現す。
どこか粘りのあるガラスを連想させるような光沢のある体と深い緑色の瞳。
ところどころの関節をボールでも仕込んだかのように膨らませているその姿は、まさに人形のそれ、そのものであった。
今までに何度となく対面し、戦ったその姿にうんざりとしながら、オーフェンはぎろりと瞳を吊り上げた。
「お前が、“安全装置”か?」
『・・・・・・』
人形は何も答えない。感情と言う感情全てが消え失せたような顔をして、こちらを見下ろしてくるだけだ。
オーフェンは構わず続ける。
「やられたよ。まさか天人の遺産が一般人の手に出回ってたなんてな。同盟も貴族連盟も決して万能なんかじゃないって事か。・・・・・・・・・ま、出来そこないの遺産にはふさわしい末路だったのかもしれないがな」
『・・・・・・』
「大方この置物は、天人の簡易防犯装置って所だったんだろ? 手に持った主人が、自分に対して危害を加えると認識した人間全てを吸い込む道具。マジクを見てる限りでは、目かなんかに触れば発動するようにでも仕掛けてあったんだろ。でもな」
オーフェンが小さく肩をすくめる。
「その容量が極端に小さすぎたんだ。空間に一気に閉じ込める事ができる人数はたった二人。・・・あっちで見た死体は死んでからそう時間がたってないように見えた。あれがさっきになってようやく死んだから、俺達を吸い込めたんだろ? そうじゃなけりゃ、連行されてった男は、とっくの昔に警察官をあれで吸い込んじまってるはずなんだ」
『・・・・・・』
人形は身じろぎ一つせず、オーフェンをじっと見下ろしている。彼の話を聞いているのかいないのかはどうにも分からなかったが。
「そんな防犯装置がいざって時に役に立つわけもねぇ。何しろ、二人以上の戦力で責めてこられたらそんだけでおしまいなんだからな。おまけに手に持っただけで主人をころころと変えるんじゃ、いつ自分に向けられたか分かったもんじゃねーし」
そこでにやりと笑うと、オーフェンはびっと人形を指差した。
「そこでお出ましとなったのがお前だ。万が一自分が閉じ込められても外に出られるように作られた安全装置。・・・まぁお約束だが、倒せば出られるってとこじゃねぇのか? 自分より少し低めに戦闘能力を設定しておけば、自分がやられる事はないし、少なくとも自分より弱い者がここから出てくる事はなくなるからな。だが同時に、誰でも吸い込むと言う唯一の万能性を失う事になってしまったんだ。『倒せば出られる』っつー風にな」
『・・・・・・』
「結果、お前らはお払い箱となった。転々と主人を変え、その度に人間を吸い込みながら、こうしてあの中年成金の懐に入るはめになったって訳だ」
ま、とりあえず全ての元凶は俺達を『危害を加える人間』と認識したマジクなんだがな・・・とオーフェンは胸中で付け加える。
最近パターン化しつつあるが、帰ったらしっかりと真実の追究をしなければならないだろう。
全てを語り終えて、小さく息をついたその時。
『・・・我を、倒せ』
「・・・・・・」
『・・・さすれば道・・・開かれん』
手に汗がじわりと浮き上がる。今自分がした推理が全て正しいものだと仮定すれば、この人形は天人並みの力を持ち得ている事になる。
そう、以前に戦った殺人人形――キリングドール――かそれ以上に。
(しかしまぁ、逃げた所で逃げ場もないしな)
オーフェンは覚悟を決めると、ゆっくりと呼吸を整えた。
そして吐き出し終えたと同時に、ひゅっと息を吸うと、既に編み上げていた構成を、一気に解き放つ。
「我は跳ぶ天の銀嶺!!」
丁度真上へと浮かんでいた人形の目の前を飛び越す形で後ろへ回りこんだオーフェンは、息をつく間もなく次の魔術を発動させる。
「我掲げるは降魔の剣っ!」
人形の首筋を狙って一気に光の剣を振り落とす! 手に伝わってくるはずの鈍い衝撃を想定しながら、魔術の剣を突き立てようとした瞬間、人形がぐるりと振り返り、相変わらず無表情な瞳をこちらに向けた。次の瞬間、手のひらから浮きでた魔術文字にオーフェンの剣は空しく無効化される。しかしそのまま空いているわき腹へと左拳をねじ込もうとした時。
――ぞくりとする悪寒に襲われ、オーフェンは拳を入れようと傾けた体を、一気に左へ跳ね除けた。
「っ!!」
跳ね除けた体の右わき腹を、がががっ!!と光の矢のようなものが通り過ぎて行く。ちりちりとした痛みを訴えるわき腹を押さえながら地上へと(と言ってもその地上がないのだが)舞い降りると、先ほどの位置からまったく動きを見せない人形を改めて見る。
人形は、先ほど盾代わりにした方の逆の手をわき腹に滑り込ませ、体に仕込んだ魔術文字を発動させていた所だった。
(・・・体中に魔術文字・・・か)
予想できる事ではあった。人形とは過去何度か戦っているが、その人形の中でもこいつの製造目的は、アレンハタムで戦った殺人人形に(戦闘が製造理由と言う点で)一番近い。あれほどの力を秘めているとは思いたくないが、それに対する覚悟はやはり必要だろう。
(だとすれば、手っ取り早い攻略方法は・・・)
手っ取り早い、と言う言葉にちっとも現実味が感じられないまま、オーフェンは目だけを動かして周囲を見回した。
やはり何もない。視界を遮る事ができるような障害物も、かく乱用に使用できそうな石ころさえも。
胸中で小さく舌打ちしながら、オーフェンはぐい、と腕をまくる。
空間で頼りに出来そうなものが何もないなら、自分の体一つで何とかするしか方法は無い。小さく覚悟を決めると、オーフェンは仕掛けて来る気配をまったく見せない人形をちらりと観察した。
地上・空中と言う概念が成立していない空間だからなのか、先ほど浮かび上がった場所から元の位置に落ちる事なく、オーフェンは飛び上がったその場所にとどまっていた。おかげで今は、人形が彼の前方へと移動している。
じり、と地面をこするように半歩下がる。それを合図としたかのように、次の瞬間、オーフェンはだっ!と人形に向けて走りだしていた。
「我は放つ光の白刃!」
走りながら魔術を撃ちだす。まっすぐに向かって行く光の直線体を受け止める為に右手を差し上げた人形を確認すると、オーフェンはもう片方の手で続けてもう一つ魔術を放った。
「我は放つ光の白刃っ!!」
人形が当然のように左手もあげる。そのがら空きになった懐に向かって、更に魔術を重ねる。
「我は描く光刃の軌跡っ!!」
オーフェンの拳と同じぐらいの擬似球電が、光の白刃に沿う様にして、光速で人形の懐へと向かって行く。人形は両手を塞がれたまま、その擬似球電が自らの腹を狙ってまっすぐに向かってくるのをその目で捉えている。
立ち止まってそれが奴にぶち当たる瞬間を見ていたかったのだが、オーフェンは人形を追い越すように少しだけ左に進路を変えると、そのまま飛び込むようにだんっ!と跳びはねた。
「我は踊る天の楼閣・・・」
人形とオーフェンの位置がたった瞬間で一気に縮む。そのまま再び背後に回りこむと、オーフェンは勢いでもつけるかのように、体とその腕をぐいっと半分程ひねらせた。
ぼぼんっ!!と擬似球電が爆発した音が耳に響く。同時にその鈍い爆風も、オーフェンの体を吹きぬけていく。だが人形の体が弾け跳んだ気配はこれっぽっちもない。むしろ、オーフェンの体を盾となって守るかのようにその場にでん、と構えたままだ。
(ちっ! やっぱ体も無駄に硬ぇかっ!! 保険をかけといたのは正解だったな!!)
毒づきつつも、人形の体を打ち付けるべく、オーフェンはひねりあげた体と同時に振り上げていた肘をぶんっ!!とつきおろす。
こんなもんで倒せるなどと期待はしていなかったが、それでも体勢を崩す事はできると確信していた。
しかし。
オーフェンの肘が脊髄部につきささろうかとした次の瞬間、まるで初めからその場にいなかったかのように人形が消えて失せる。
「っ!?」
ひくっ!と息が詰まるような感覚を感じながら、オーフェンは不意に自分の背後に突き刺さるような殺意を感じてとっさに避けようと体をひねった。
だが間にあわない。
ずどっ!と自分の背中に杭を打ち込まれるような痛みを覚えながら、オーフェンは有るはずの無い地面へと叩き付けられた。
「・・・っ・・・は・・・くっ・・・!」
呼吸が困難になり、うめき声をあげる事もままならない。まさに自分のしたかった攻撃を完璧にコピーされた形で、オーフェンはカウンターをくらってしまったのだ。
しかし殺意は消えていない。
オーフェンは先ほどの攻撃で酸素を受け入れてくれない体を懸命に鞭打ちながら、詰まるように咳きこんで、ふらふらと立ち上がった。
殺意はまたもや背後から近づいてくる。
「我は紡ぐっ――光輪の鎧!!」
上半身だけをひねって光の鎧を展開する。人形の拳ががきんっ!と光の壁に激突する。しかし熱量を持つ魔術の盾にも奴の拳が溶解する様子はまったくない。
人形の空いている方の手が、魔術の発動前のようにぐわっ!と光り輝いている。
(・・・・・・この・・・くそったれがっ!!)
「我は築く太陽の尖塔!!」
文字通り、円すい系の炎の尖塔が、人形を包み込む。しかし人形は少し目を閉じただけでものともしていない。
(ちくしょうっ!!)
人形の魔術は確実にオーフェンとの距離を縮め始めている。大怪我は免れないが、いちかばちかのけぞって避けてみるしかない、とオーフェンが覚悟を決めた瞬間。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
甲高い叫び声がオーフェンの耳を貫いた。
それは、いい加減聞きなれてしまった、少女の声。
魔術を唱えている最中でなくて良かった、などと妙に場違いな安堵をしてしまったその時。
オーフェンに向かってきていた魔術の手を分断するかのように、人形の肘関節部分辺りを四角い棒状の物体が切り裂いた。ぼぐっ!と妙に鈍い音をさせた後、人形の腕が人間としては考えられないような方向に曲がる。そのまま魔術は発動され、どこか緑がかった雷状の光の渦が、あさっての方向へと空しくかき消えた。
半ば信じられないような心境でオーフェンはそれを見ていたが、はっと我に帰ると急いでその場を飛びのいて人形との距離を取る。
視界の中に人形の全体像を捉えたその片隅に、見慣れた金色の頭がこちらに向かってぱたぱたと走ってくるのを見つけて、オーフェンは緊張に引き締めていた表情を解きほぐすように、小さく苦笑した。
「ちょっとオーフェンひどいじゃない!? どうしてあんな何もない所に私一人を置いてったのよ!! おかげで死体に触るはめにはなるわ、途中で方向感覚が分からなくなって頭がぐるぐるするわ、吸い込まれたのと走ったのとで髪の毛はぐちゃぐちゃになるわそれからそれからっ!!」
「あーはいはい。分かった分かった」
追い払うように手をぶらぶらさせる。しかしクリーオウの怒りは収まらず、ぎゃーぎゃーとオーフェンに不平を投げつける。
オーフェンは半ば耳を塞ぎたくなるような気持ちを必死で押さえつけながら、
「そんなに嫌ならあそこで大人しくしてりゃ良かったじゃねぇか。俺は待ってろって言っただろが」
と、肩をすくめた。
曲がった腕を元に戻すべく、人形はとても正視出来ないような動きで、ごぎん、ごぎん、と関節をあちらこちらに曲げている。
「何言ってるのよオーフェン!!」
クリーオウが更に激昂したようにびしっ!とオーフェンを指差した。
「こんな時にあんな所でオーフェンの帰りを信じてじっとしてました、なんて! それこそパートナー失格じゃない!!」
さも当然、と言わんばかりに言い切るクリーオウの顔をじっと見ながら、オーフェンは「なら」、とクリーオウに問いかける。
馬鹿らしい、分かりきった疑問だ、と胸中で思いながらも。
「お前、何しにここまで来たんだよ」
クリーオウはきっぱりと答えた。
「オーフェンをサポートしに来たに決まってるでしょ?」
「・・・だろうな」
大きく息をつく。意気揚々と木材をかまえるクリーオウを見下ろしながら。
だが、疲れきっていたはずの体は、なぜか軽くなったような気がしていた。
「・・・あれってなんかアレンハタムとかで見た・・・」
「ああ。使い古したがらくた人形だ」
浅く深呼吸をすると、ぐっと身構える。その隣で、クリーオウが剣を構えるように木材の先っぽを人形へと向けた。
再びオーフェンは、小さく彼女に問いかける。
「・・・俺を助けてくれるか?」
「当たり前じゃない。分かりきった事聞かないでよ」
そうか、と小さく頷くと、オーフェンはしばらく沈黙して何か考えるように目を細めた。
人形がごぎん、と関節を元に戻すのを見届けると、小さな声で彼女に話し掛ける。
「・・・クリーオウ。一つ頼めるか」
「何?」
クリーオウが大きな目をぱちくりとさせてオーフェンを横目で見る。
「いいか。あの人形ははっきり言って、力押しや気合なんぞで落とせるしろもんじゃない。俺の魔術が当たってもケロリとしてるくらいだからな・・・」
「それじゃどうやって倒すの?」
怪訝そうにクリーオウが首を傾げる。
オーフェンがひょこん、と肩をすくめた。
「正攻法が効かないなら、裏技を使うしかないだろ?」
「つまり、不意うちって訳ね。なんかヒーローっぽくないけど」
「・・・あのな。まぁとにかくだ。不意うちをかけるからにはその不意を作らなきゃならない」
「それを私が作ればいいの?」
そうじゃない、とオーフェンが即答する。
「それは俺が作る。お前が作ろうったって無理な話だ」
「でもオーフェンの魔術も効かなかったんでしょ?だったら私の力じゃとどめなんてさせないわよ」
「・・・いや」
オーフェンが人形を睨みつけるかのように目を細めた。
腕は完全に元に戻ったらしい。ぶんぶんと試し振りをしている。
「さっき俺が魔術の炎で人形を包み込んだ時、あいつ目を細めたんだ。魔術の炎からその目を守るようにな」
「そっか。目を狙えって事ね?」
「ああ。お前が人形の目にその棒を突っ込ませた直後に、俺も魔術の剣を叩き入れる」
「分かったわ。早くしてねオーフェン」
クリーオウが様子を伺うように一歩下がった。
オーフェンは小さく頷くと、ぷらぷらと軽く手を揺らした。
(どこもかしこも硬いもんだと思ってたが・・・。関節はそこそこ弱かったらしいな)
先ほどのクリーオウの一撃を思い出す。ならば、そこを中心に狙っていけば、隙は作り出しやすいだろう。
だっ!と駆け出すと、オーフェンは奴の動きを鈍らせる為に、空間全体に有効的な魔術を作り出す。
人形はもうそこで彼を待ちける事などせず、一目散に彼の元へと飛び込んできた。
「我は呼ぶ破裂の姉妹っ!!」
びりびりと大気が振動するのを感じながら、オーフェンはすべりこむように体勢を低く取る。人形は腕を交差させて体を守りながらも、体に伝わる振動に少しだけスピードを鈍らせた。
その隙を狙ってずざっ!!と人形の足元に潜り込むと、そのまま足払いをかける。しかし人形はそれを避けるかのように、たん!と上空へと舞い上がった。それに習うようにオーフェンも上空を見上げてがばっ!と手を上げる。
「我は放つ光の白刃!!」
人形は上空から転落するように落ちてきながらも、まっすぐに向かってくる光の軌跡を素早く右に避ける。
「我は駆ける天の銀嶺!」
いい加減体に溜まり始めてきた疲労をごまかすかのように叫ぶと、落ちてくる人形に向かってオーフェンは飛び上がる。
落ちてくる人形と飛び上がるオーフェン。距離が縮まるスピードは半端じゃなく速い。
ぐっ!と拳を握り締めると、オーフェンは人形を正面に捉えて少しななめになっている体のわき腹めざして重たい突きを繰り出した。
それを受け止めんかとするように、人形が腕を体に密着させる。ごっ!と鈍い音をさせてオーフェンの拳が人形の腕に突き刺さった。人形は初めてにぃ、と不気味に笑うと、そのままオーフェンのあごを蹴りあげるように膝を鋭く曲げて突き出してくる。
しかしオーフェンはそれを読んでいたかのように突き刺した拳の反動を利用して人形から離れた。地面(だかなんだか分からんが)にようやく足をつけると、オーフェンはそのままがばっ!と手を人形へと向ける。
「我は流す天使の息吹!」
ぶわっ!と不意に吹いてきた風に、人形の体が後ろに流れる。
「我は踊る――」
だっ!とオーフェンがそれを追いかけるように走り出した。そしてふわっ!と飛び上がると、
「天の楼閣!」
一度見た魔術だからなのか、人形はオーフェンが目の前に現われる事を想定して身構えた。
だが。
次の瞬間、人形の頭上に影が出来る。目を見開いてがばっ!と見上げると、そこには皮肉げににやりと笑うオーフェンがいた。
オーフェンは人形の目の前に姿を現すのではなく、そのまま人形を追い越すように飛び越したのだ。
慌てて人形が前を向きなおした時。
まっすぐに木材を構えてクリーオウが突っ込んできた。言われた通りにその目を狙って。
あと少し――とクリーオウがひゅうっと息を吸った瞬間、人形が目の前から消えた。いや、消えうせたのではない。
驚いてクリーオウがくるりと体を反転させると。
人形はまたもやオーフェンを見習うかのように、彼女を飛び越えて後ろに立っていた。
そしてそのまま逆襲しようかと言うように、彼女に向けてまっすぐに突っ込んでくる。
「クリーオウ!」
オーフェンがクリーオウの方に向かって駆け出してくる。
しかしクリーオウは表情一つ変える事なく、きっと顔を上げると、剣を構えた右肩を少し前に出す形で、人形がこちらに向かってくるのをじっと見据えていた。
・・・やられるかもしれない、という恐怖に顔を歪ませるのではなく。
その瞬間オーフェンは、彼女の所へ向かっていた足をぴたりと止めた。
その理由はどうにも答えられそうになかったが。
勝ち誇ったように、人形が無気味に笑った。その手指を緑色に輝かせて、クリーオウの喉元へと突き出しながら。
そして。
ぶしゃっ!!
何か粘液質のようなものが飛び散るような音がしたのをその耳で聞き届けながら、オーフェンは目の前に広がっている光景に目を丸くした。
ぽた、ぽた、と真っ赤な何かが、あるはずのない地面へと落下していく。
人形が、苦悶の表情を浮かべながら目をぶるぶると震わせ、激しく左右に頭を振っていた。
オーフェンは、ああ、と思い出したように眉を上げる。
(・・・そういや、あいつ今日の夕飯食いっぱぐれたんだっけか)
今まで後ろ手にしていたクリーオウの左手は、今ではきっちり逆転して人形がいる方向へと向けられている。
その手に握られていたもの。それは。
小さな容器に入れられた、トマト色をしたケチャップ。
人形がこちらに向かってきた時に、とっさに手に隠し、近づいてきたと同時に目潰し代わりに握りつぶしたのだろう。
クリーオウの攻撃と反撃は、それだけでは終わらない。
視力を失っている人形へ向かって風のように突っ込むと、最初にオーフェンに言われた通り半開きとなっている目へと角材を突き出した。
『ぎゃぁぁぁっ!!』
びしゃり、と言う水風船が弾け飛ぶような水音をたてながら、水饅頭のような人形の目が、緑色の粘液を飛ばしてつぶれる。
「いやぁぁぁ~~~~」
クリーオウが余りの気持ち悪さにこれでもか、と言うほど顔の表情を歪めた。そしてさっさととどめをさしてくれ、と言わんばかりにオーフェンへ向かって不平の声をあげる。
「早くしてよオーフェンッ!!」
「もう来てる」
へ?とクリーオウが頭上を見上げると、オーフェンが彼女の背後からふわっと現われた。
「我掲げるは――」
勢いをつけるべく、これでもかと言うくらいに右手を高々と持ち上げる。そしてその手をまっすぐに人形に向けて振り下ろしながら、
「降魔の剣っ!!!」
何か硬い建物でも貫くような感覚がオーフェンを襲う。クリーオウの太刀すじを追うようにして突き刺さった光の剣は、思ったよりもあっさりと、人形の頭部を突きぬける。
もはや悶絶の悲鳴もあげぬままに、人形はぴくぴくと痙攣を始めていた。
それを確認するや否や、オーフェンはクリーオウを抱えてその場を離れる。
さらさらさら・・・と妙に神秘的な音をさせながら、人形の体が砂となって消えていく。きらきらと、緑色の砂を体中から吐き出しながら。
それを黙って見守るオーフェンとクリーオウ。
やがて、人形が跡形なく消え去ってしまったのを確認すると。
「ねぇ、あの人形って結局なんだったの?」
と、クリーオウがあっけらかんと聞いてきた。
「・・・お前。なんだか全然分からないで戦ってたのか?」
「仕方ないじゃない。声かけようにもオーフェンなんか襲われてたし。聞いてみようにもなんかピンチだったし」
そりゃそうか、とオーフェンは小さく息をつくと、
「あいつはここの“鍵”。・・・まぁ言い方変えりゃ“門番”って奴だな」
「ふーん。なんかいかにもラスボスって感じね。燃えるわ」
「アホ。死にかけたわ」
『鍵』を倒したからだろうか。オーフェンとクリーオウの周りを、再び風が踊り始める。
「ねぇオーフェン」
「・・・あん?」
クリーオウが小さく呟いた。
「あの置物がこれからも存在して、これからもいろんな人の手に渡っていくとしたら、あの人形その度に復活して、倒して、倒されるのかしら」
ふるふると小さく首を振ると、オーフェンは小さく肩をすくめた。
「・・・さぁな。ま、復活はするんじゃねーか? なんつってもあいつはここの“安全装置”なんだからな」
クリーオウは小さく目を伏せた。長いまつげを、風にゆらゆらと揺らしながら。
「なんだか、それって可哀想よね」
「あほか。殺されかけといて。あんなの天人の道具の中にはごまんといるわ」
「オーフェンつめたーい」
「冷たいも何も、自分で自分の事何も決められないような道具なんぞに、同情も何もねぇだろが」
でも、ま、とオーフェンは溜め息をつくと、
「・・・助かったよ。俺一人じゃどうにもならなかったのは事実だからな」
「いいわよ別に。パートナーなんだもん、あれくらい」
「そっか。・・・それもそーか」
風が強くなる。少しずつ息苦しくなるのを感じながら、オーフェンは不思議そうに自分を見上げているクリーオウを見下ろした。
「なんだよ」
「うぅん。なんかオーフェン気持ち悪いな、と思って」
「なんでだっ!?」
オーフェンがだんっ!と地団駄を踏む。クリーオウはだって、ときょとんと首を傾げながら、
「オーフェン、なんだか妙に素直に私をパートナーだって認めたじゃない?」
「・・・うるせ」
ふいっとオーフェンはあさっての方向を向く。そのオーフェンのジャケットを引っ張るようにしながら、クリーオウはじっとオーフェンを見つめた。どこか厳しげな目つきで。
「ねぇオーフェン?」
「今度は何だよ」
クリーオウは決してオーフェンから目を外さず、あのね、と切り出すと、
「私は、別にいいんだからね」
「・・・は?」
何の事だ、と眉を寄せて聞き返してくるオーフェンに、クリーオウは半ばむきになりながら、
「だから私は! オーフェンが別にどんなんでもいいんだからって言ってるの!」
「・・・余計分からねぇよ」
怪訝そうに顔をしかめるオーフェンの顔をその透き通った目でのぞき込みながら、クリーオウは言葉を選ぶように少しずつ答えた。
「・・・うまく言えないけど、オーフェンの中にはいろんなオーフェンがいて、その中にはやっぱり私に見せたくないオーフェンとかもいるんでしょ?」
「・・・・・・」
「別にそれが何だとは聞かないし、特に聞きたいとも思わないけど。それは多分、私にとってはどうでもいい事だわ」
「どうでもいい?」
「うん」
クリーオウは力強く頷くと、
「だって、私はもうオーフェンを知ってる訳だし」
「・・・知ってる?」
「うん。だってほら、今のオーフェンを知ってるって事は、昔のオーフェンを知ってるも同じじゃない?」
「・・・は?」
間抜けな顔をするオーフェンに、クリーオウはぷくりと顔を膨らませながら、
「だから! 今のオーフェンは昔のオーフェンを通ってきたからこそなオーフェンな訳で! 昔のオーフェンがいないと今のオーフェンは出来なかったって言うかそれじゃ私が困るって言うかでもだからって経済的に大人じゃないのはやっぱり良くないと思うの・・・ってあれ?」
途中で訳が分からなくなったのか、クリーオウがきょとん、と首を傾げる。
それを苦笑して見つめながら、オーフェンは少しだけ興奮している彼女を宥めるように、ふわりと柔らかい金髪の頭に手を乗せた。
(何とまー滅茶苦茶な事を。・・・だが)
未だに頭をひねらせているクリーオウを見つめて、少しだけ表情を緩めながら、
(昔の俺と今の俺。・・・その全てをひっくるめての俺、か)
ふと、急に笑い出したいような気分になった。さっきまでの自分を、大声で馬鹿にしてやるぐらい盛大に。
風が更に強まっている。普通に呼吸するのもしんどいくらいだ。
もう、時間はない。
オーフェンは、自らの声を風に乗せるように、クリーオウの耳元に顔を近づけて小さく呟いた。
「俺の隣にまともに立てるのは、やっぱお前くらいなもんだよ・・・・・・クリーオウ」
「え? 何? 風が強くて聞こえないオーフェ・・・・・・」
それを分かっていたかのように、オーフェンは面白がるように意地悪く笑う。
ひゅごっ!と風が彼らを包み込む。まるで体をいたぶるように強靭な風が彼らを襲ったと思った瞬間、彼らの体は、再びその場から消えうせていた。
何が起こったのか分からないままに呆然としていたマジクは、再び周囲で巻き起こり始めていた風にびくりと体を跳ね上げた。
しかし次の瞬間、まるで置物からぺっ!と吐き出されるように、オーフェンとクリーオウの姿が現われる。
「おっ・・・お師様っ! クリーオウッ!!」
置物を抱えたままこちらに向かって走ってきた弟子の腕の中から急いでそれを取り上げると、オーフェンはそのままがんっ!!とマジクの頭を叩き倒した。
「マジクッ! てめぇ俺を命に関わる敵だと判断するたぁどういう事だっ!?」
「え? へぇ?」
どうして殴られたのかも分からないままに、マジクが間抜けな声をあげる。
「私なんかご飯も食べられないで、お腹ぐーぐー鳴らしながら戦ってたのよ!? 死体から木材まで取り上げたりしてっ! どう責任とってくれるのよマジクッ!?」
「は? え? えーと? 何の事? クリーオウ?」
オーフェンがぐいっと手を持ち上げて、マジクの方へとためらう事なく魔術を展開させる。
それに習うように、彼女の気配が戻ってきて喜んでいたのか、ぱたぱたと彼女の足元を駆けまわっていたレキを抱えあげたクリーオウが、翠色の小ドラゴンの瞳を、決然とマジクの方へ向ける。
「え? え? ・・・ちょっ・・・クリーオウ・・・お師様っ!?」
オーフェンが静かにマジクに向けて言い放った。
「俺も今日は疲れてるからなぁ・・・。出来うる限り、魔術は使いたくないと思ってたんだが・・・」
「私もよ。なんだかお腹すき過ぎて減ってるんだか減ってないんだか全然分からないんだけど」
「珍しく意見があうなクリーオウ」
「・・・そうねオーフェン。レキッ!!」
「ええっ!?」
クリーオウがばっ!とレキを持ち上げた。彼女の願いを受けて、翠色の双眸がきらりと輝く。
とそれに重なるように、すぅ・・・とオーフェンが息を吸った。
「我は放つ光の白刃っ!!」
「え、ええええええええっ!!???」
二つの強力な魔術に押し出されるようにして、マジクががしゃぁぁぁんっ!!と部屋の窓ガラスを割って夜の闇の中に消えていく。
「・・・あぁあ~。派手な奴だなあいつも。何も窓ガラス割って出てくこたぁないだろうに」
「そうね。せめてぶつかる前に自分で開くくらいの配慮は欲しいわよね」
「何にせよ、帰って来たら修理に勤しんでもらわんとな」
オーフェンは溜め息をついて、ことん、と緑色の女神像を自分のベッド脇へと置いた。女神像は、まるで全てを終えたかのように静かにその目を閉じて、相変わらず何かに向けて一心に祈りを捧げている。
「オーフェン、その置物どうするの?」
「ん? そーだな・・・」
オーフェンはちょっとだけ考え込む様子を見せた後、ぽん、と手を叩いた。
「ティッシに預けるか。そのまま牙の塔にでも貴族連盟にでも受け渡してもらえばいいしな。それに」
「それに?」
オーフェンはきょとん、と小首をかしげる彼女の頭に、もはやそれが習慣であるかのようにぽん、と手を乗せながら、
「そうすれば、二度とあの人形が復活する事もない」
と小さく笑った。柔らかなクリーオウの髪が、オーフェンの手に優しく絡みつく。
クリーオウは、しばらくぱちくりと目を見開いた後、こくりと嬉しそうに頷いた。
「うん、そうね」
目をあわせて笑った二人の間で、レキがつまらなそうにちょいちょいとオーフェンの紋章をつついている。
今はまるでその光景を守りつづけるように、緑色に輝く女神像が優しく祈りを捧げていた――――。