結局のところ、命題はこれに尽きる。
父は何度かそう言った。これに尽きると言うわりには、いろいろと命題というものはあるらしく、どれが一番なのかは結局明かされなかった。一番というものは、必ずひとつしかないことはない、とも言っていたような気もする。言葉は常に言い訳でしかなく、言い訳は便利なので重宝したほうがいい、とも。
これも、そんな命題のうちのひとつであるらしかった。
人は常に意味や理由といったものを求めるが、ないものを手に入れることは不可能に近い。はっきり無理だと明言しない理由としては希望があげられ、希望の意味は人の弱さを象徴する。人の弱さは明確さを嫌い、明確さは絶望を生む。絶望は欲求となり、欲求は曖昧へと変化する。
要約すると、重要なのは無限に続く証明ではなく、有限を探る問題提起のほうだということらしい。
結局のところ、命題はこれに尽きる。
さて。
これは真か偽か?
「家族?」
彼女は軽く目を見開いて、聞き返してきた。
長身の相手を見上げながら、ふとこんな細身で戦闘訓練とやらをこなせるのかと疑わしくなることがある。乱れと言う言葉を知らないまっすぐ伸びた髪や細かいしぐさが、さらにそのイメージから遠ざかる要因となっていた。だが、だからこそ誰もが納得する――彼女が、まぎれもなく最強の魔術士の一人であるということを。
レティシャ・マクレディ。要するに彼女は、そんな人物だった。
「そうねぇ」
あごのさきに人差し指を押し当てて、レティシャは天井に目線をやった。
やや汚れているが、清潔な天井。聞いた話では、彼女は潔癖症らしい。ここは彼女の家なのだから、潔癖なまで――それこそ、汚れて当然のキッチンの天井すらも――掃除されているのも道理だろう。……道理、だろう。おそらく。
(なんかちょっと納得できないけどね)
どことなく不条理なものを感じつつ、頬杖をやめた。立っていても見上げなければならない相手を、座ったまま上目遣いで見つめつづけるのもつらいものがある。
やめたと同時に、レティシャは視線を落としてきた。こちらに向かって、口元を緩める。
「どうしてそんなこと聞くの?」
おもしろがっているような口調に、つと考え込む。
理由を聞かれるとは思わなかった。理由があったとしても、納得できないものは納得できないので、意味がないと思っていたのだが。
(でも、そうよね。あっても悪くはないわ)
黙考するのもなんだと思い、もごもごと口の中でつぶやく。
「どうしてって……」
無論まだ考えている途中なのでまったく言葉は続かなかったが。
とりあえず、思いついた単語を並べてみる。
「ちょっと思っただけなんだけど。オーフェンとティッシは家族で、教室のみんなそんなものだって言ってたでしょ? それで、マジクのお母さんはずっと離れて暮らしてて……でもだからって家族じゃないわけじゃないし。ずっといっしょに旅してるからって家族なわけでもなくて……ええと……」
並べてみるが、考えるまでもなく中途でわけがわからなくなって途切れた。
ふう、と息を整える。結局、なにが言いたいのかさっぱりわからなくなってしまった。自分でもわからないのだから、レティシャはもっとわからないだろう。
(今度からはもうちょっと整理して話したほうがいいわね)
と、思い至ってレティシャを見上げる。
「……あ。気に障った? ティッシ」
「気にしなくても平気よ」
そう言われて、ほっと安堵の息をつく。
なんとなくいじっていた型抜きを元の位置に戻した。改めて相手を見なおしながら、聞きなおす。
「ティッシはどう思う?」
「そうね」
くすりとレティシャは笑った。
「あくまでわたしが思ってるだけなんだけど」
「うん」
相槌を打つと、レティシャはふわふわと視線を浮かした。考えながらしゃべっているらしい。そのわりには、すらすらと言葉が出てくるようだが。
「家族って、お互いが好きだって確信し合える仲のことなんじゃないかしら」
「……好き?」
「恋愛感情みたいなものじゃないわよ。絶対に許せないってラインのほんの少し奥までなら最終的に許せる相手……かしら。ほら、喧嘩しても、謝らないまま普段の関係に戻れたりするでしょう? 恋愛感情みたいに熱しないけれど、冷めないものじゃないかって――たぶんそれ以上の『好き』があるんじゃないかって思うの。――というよりも」
レティシャは苦笑したようだった。
「あってほしい、かもしれないけどね」
「…………」
しばし黙していたが。
やや遅れて、彼女――クリーオウは相槌代わりにうなずいた。
彼女をひとことで表すならば。
そんな無駄な努力にしかならないことを延々と考えていることに気づき、ドーチンは嘆息するような気持ちで瞑目した。
彼女をひとことで表すのは、非常に難しい。そうしようとすればするだけ、実物の彼女から離れてゆく。誰であろうとそうなのだろうが、彼女は極めつけなのかもしれない。
肩に乗っている重荷を下ろすことで別のなにかも落としてしまうような感覚で、再び目を開く。
そこには先刻と変わらない、彼女がいた。
クリーオウ・エバーラスティン。他の部屋よりも少しばかり小さな部屋の――どうやら物置に使っているらしい――、大き目の窓枠に腰掛けている。背中に陽光をかぶっているため、正直こちらから見えにくくてしかたがない。
彼女は腿に肘をつき、あごを支えてぼんやりとしている。ひどくつまらなさそうに、彼――ではなく、その向こうに視線をやっているようだった。
つられるように、そちらを向く。
特になにがあるわけでもない。数分前はまだ整然としていたと言ってもいいていどに散らかっていた部屋が、無残なほど散らかされているだけである。
立てかけられていたものはすべて横倒しに、きちんとしまっていた抽斗はすべて半開きに、積み上げられていたものはすべて床に散乱している。ただそれだけ。
ただそれだけの光景は、実はたったひとりの人物によって作り上げられたとしたら、この屋敷の主はどう思うだろう? ふとそんな愚問が脳裏をよぎる。
決まっている。別にどうとも思わないで、彼らに怒りを抱く。そしてそれは絶対と言っていいほどの確率でぶつけられる。非常に物理的な方法で。
ひどくつまらなさそうに。ドーチンは繰り返しながら、部屋のものをかたっぱしからひっくり返している自分の兄を眺めた。
「……ねえ」
声をかけられ、振り向く。
クリーオウはいまだにぼんやりとボルカンがいるあたりを見やりながら、つづけた。
「なにやってるの? あれ」
「さあ……」
即座に答える。答えになっていないかもしれないが。
屋敷の主が激怒する確率と同じくらいの推測ならば、ある。どうしようもなくつまらないものか、あきれるほどしょうもないものか、ここにあるはずがないものを探しているのだろう。あるいは、食べ物か現金。
(まあ、それもここにあるはずないものかな……)
ここにあれば、それもまた問題である。
窃盗という罪は、この屋敷内では確実に死刑と同義であったりする。兄だけではなく、なぜか彼も。
「別にいいけどね」
肩をすくめて、クリーオウが唐突に口を開いた。
こちらの返事にやや遅れて落胆の言葉を投げ返したというところだろう。その足元では、ディープ・ドラゴンの子供がちょろちょろと前足を動かしている。窓に四角く切り取られた光にうつる自分の影で遊んでいるらしい。
ふと思いついたように、クリーオウが聞いてくる。
「そういえば、前からずっと思ってたんだけど」
「なんですか?」
「あんた、よくあんなのといっしょにいられるわよね」
「…………ええと」
言葉に詰まり、懸命に引き出しきってしまった抽斗の中につまっているものを放り出している兄のほうを見やる。そう思うのが自然なのかもしれない。
「なんかよくわからないけど、あいつ放って故郷に帰れないこともないんでしょ?」
「まあ、それはそうですけど」
「じゃあ、なんでそうしないの?」
「……なんででしょうねぇ」
「そんな他人事みたいに」
うめいて、クリーオウはようやく姿勢を正した。
窓枠に区切られた絵画のように、膝から下以外はすっぽりと額縁に収まっている。
「でも、あんたがいなくなったらオーフェン困るかな。回収絶望的になっちゃうし」
「すでになってるような気が」
「それ、オーフェンに言ったら泣くわよきっと」
彼女はそう言いながら、ひょいっと窓枠から飛び降りた。
さっきまでの体勢が窮屈だったらしく、大きく伸びをする。よくよく考えてみると、彼女がここにいる理由と言うのも思い浮かばないが。
(でもまあ、そんなものかな)
気が向いたときに、気が向いた場所に行く。彼女はそんなものなのかもしれない。
「なんていうかさ。そんなものよね」
「……は?」
ぎょっとして、クリーオウを見上げる。
彼女はこちらに気を配っていないらしく、なにかを確認するようにうなずいた。それからドーチンに向き直り、首を横に振る。
「なんでもない。わたし、もう行くから。ここ、ちゃんと片付けるのよ?」
「わかってます」
彼の返事に満足したらしく、クリーオウはうなずいてすたすたと出口に向かって歩き出した。少し遅れてレキが追いかけてゆく。
それを見送りながら、ドーチンはぽつりと胸中で独りごちた。
(なんか、よくわからない子だよね)
つぶやいてから、突然答えを見つける。
彼女をひとことで表すならば。
よくわからない。これ以外になにがあるというのだ?
変化は激化していく――永遠に。
黒革の無愛想な表紙の本の一節を繰り返し、彼女はふと悪寒を感じた。
そうだろうか? 変化は激化していくのだろうか――永遠に。
当たり前だろう、と言葉遊びを好む者は笑うかもしれない。変化とは世界であり、世界とは変化である。変化するからこそ世界は広がり、激化するからこそ存在感を持つ。そういうものだ、と笑って言うかもしれない。
だが、そうだろうか?
そうすると、世界は永遠に存在することになる……
この状態が永続するとは思えない。それとも、世界の滅亡すらも変化なのだろうか? ならば、そのあとは? なにも残っていないところで、変化など起こるのだろうか?
(それこそ、言葉遊びだけどね……)
彼女はそう好むほうではなかった。だからというわけではないが、堂々巡りの思考を打ちきる。
ページをめくろうとし、ふいに手をとめた。さっきから内容がまったく頭に入っていない。
口元だけを皮肉でゆがませ、触れていたほうとは逆のページに人差し指を乗せ、軽く左にスライドさせた。簡単に前のページがあらわになる。
その本には。
世界について、記されていた――
(世界)
口の中で、その単語をつぶやく。
短すぎるその単語には、途方もないほどの意味が詰め込まれているようだった。漠然とすべてを飲み込み、もみくちゃにされ、その結果たまたまひとつの形になった――まるで、世界そのもののように。
キエサルヒマ大陸は、世界の一点にすぎない。周りを囲む海が、それを証明してくれている。
世界の端とは、どこだろう? 海の果て? 巨人の大陸? 光すらも届かない夜空の向こう側? もしそこがあるとして、彼女らはそこの変化を感知することができるのだろうか? もうすでに知らない場所から世界は滅びていっているのかもしれない――そんな推論すらきっぱりと否定できない。
遠すぎるものは見えもしない。触れることもできない。ただ想像することだけはできる。だが、それがなんになるというのだ? 結局、なにもわからない。それ以外のなにを知ることができる?
(……そうね)
微笑を浮かべ、皮肉につづける。
(たったこれだけの距離ですら、正確にはわからないもの)
彼女の体温によって多少あたためられた壁にもたれかかる。
そこは、ひとことで言えば彼女の家族の家だった。ならば、彼女――アザリーの家ということになってもよさそうなものだが。
(まあ、そういうものよね……)
今は弟の弟子にあてがわれた部屋にいる。仮初めの部屋の主は先刻までは中庭のベンチで簡単な授業を受けていたが、今はランニングに出かけたらしく、しばらく帰ってこない。
テラスにつづくガラス戸は、わずかに開いていた。それは彼女のしわざではない。はじめからそうなっていたのだ。閉めることも、開けることもできない。すぐにそばの壁に背を預け、差し込んでくる陽光にも当たれず、影に隠れることしか。
と。
「キリランシェロー」
きょとんとした、多少くぐもった声。アザリーはすっと顔を上げた。
この屋敷で、弟を堂々とそう呼べる人間は、ひとりしかいない。
「……ティッシ?」
こちらはまだはっきりと聞こえた。まあそれは、こちら側を向いてしゃべっているということなのだろうが。
おそらく、レティシャはどこかの部屋の窓から話しかけているのだろう。弟は先程から人工池のほとりのベンチに座っていて、動いていない。見ることはできないが、想像することはできた。ただ想像することだけならば。だが、それがなんになるというのだ? 結局、なにもわからない。それ以外のなにを知ることができる?
たとえば、表情といった細かな感情など。
「クリーオウは? 来てないの?」
「クリーオウ?」
意外そうに、弟が声の調子を変える。
「あいつがどうかしたのか?」
(…………?)
なにやら意味深なものを感じて、アザリーは聴覚を研ぎ澄ました。
レティシャの声の調子が変わった。別の方向を向いたらしい。
「たぶん、そのうち来ると思うわよ、彼女」
「? なんで」
「なんだか、様子が変だったから……いえ、どこがどうってわけじゃないんだけど」
「…………」
「キリランシェロ?」
「え? あ、ああ。なんだ?」
「わたしは《塔》に行くから。たぶん、すぐには帰ってこれないと思うけど。その間ここのこと、よろしくね」
「わかった」
世界。変化は激化していく――永遠に。
悩みを持つことに条件は必要ないが、解決することには時間も環境も必要となってくる。
(……もしかしたら)
本を読むことはあきらめ、アザリーはぱたんと閉じてもとあった場所に正確に置いた。
しばらくの間べったりとくっついていた壁から離れてしまい、なにかが欠如した恐怖を抱く――が、それもすぐに消える。壁と彼女との距離。壁の厚さ。その向こう側にいるはずの、弟との距離。正確に理解できないこともないはずの距離。
(もしかしたら、変化っていうのはそれなのかもしれないわね)
世界の悩み。それは変化し、激化してゆく。それこそ、永遠に。
「あ。こんなところにいたの」
その声に動かされて見上げると、こちらを覗き込んでいる金髪の少女と目が合った。
彼女はベンチの背に手をかけ、いつの間に近づいてきたのか、すぐ背後できょとんと見下ろしてきている。その頭上では、レキが気持ちよさそうに丸まってまどろんでいた。
思わず意味のない言葉を口走る。
「クリーオウ」
「うん」
ぼんやりと名前を呼ばれ、彼女は小さくうなずいた。こういった場合、こうするしかないだろうが。
クリーオウはいったんその場所から離れ、ぱたぱたとベンチの正面にやってきた。ちらりとこちらを見てから、隣に腰を下ろす。
そんな彼女を眺めながら、オーフェンは胸中で独りごちた。
(……別に、普通だよな)
特に変わっていない。
態度も、口調も、行動も。
「なにやってたの?」
両手をついて、身を乗り出すようにしながら、返答のしにくいことを聞いてくる。
眉間を寄せて、難とか言葉をひねり出す。
「強いて言えば、日光浴」
「ふうん。――あ。そうだ」
気のない返事をしてから、クリーオウはぱんと手を打った。
今思いついたというよりも、切り出すきっかけを見つけたような様子で、オーフェンの死角からかわいらしいラッピングの包みを取り出す。
差し出しながら、彼女はあとを続けた。
「こ・れ。ティッシと作ったの」
「へえ」
こわごわと受け取る。
ラッピングされていると入っても、簡単なものなので、中身を推測するのも難しくない。今回はどうもクッキーらしい。作りたてらしく、まだかすかにあたたかい。
どういった反応をすればいいのか少なからず迷ったが――とりあえず、聞かなければならないことを聞く。
「試食はしたのか?」
「そういえば、忘れてたわ」
「そ、そう」
「……なにか言いたそうね」
クリーオウは半眼でこちらを下からのぞきこんできた。
さっとその視線を避けるようにあさってのほうを向く。
「別に、そーいうわけでは」
「ホントにー?」
疑わしそうに彼の顔を追いかけて、クリーオウは身を乗り出してきた。容赦なく続ける。
「じゃあ、もちろん食べてくれるわよね?」
「…………」
「オーフェン?」
さまざまな意味をこめた笑みを見せて――もしかすると、本当の純粋な笑顔というのはこういったものかもしれない――、クリーオウが声音を低くした。
とりあえず、選択の余地はないらしい。
彼女の視線をちくちくと感じるかたわら――なんとなく病院で食べさせられた一撃必殺シチューなどを思いだしながら――、開封する。
予想通り、中にはクッキーが詰まっていた。
と。
(…………?)
ふと疑問符を浮かべる。
手作りお菓子は意外と普通だった。形も、大きさも、芳香も、特に変ではない。だから不思議に思ったというわけではないのだが。
ただ――なにかがちがうような気がした。
(? なんだろうな)
その感覚は追えば逃げてしまうものだったらしく、さっさと姿をくらましてしまった。追跡はあきらめて、直面している問題にとりかかる。
クリーオウの料理。彼女の視線。そして、手の中のお菓子。
(むう)
うなる。先刻思い浮かべた言葉を繰り返すしかなかった。選択の余地はないらしい。
(どーしてこう、選択肢が少ないんだろうな)
運命なのかもしれない。
意を決して――もしくは、観念して――、一口食べる。
…………
「……クリーオウ」
「なに?」
「お前、どうしたんだ?」
「……なにが」
「だってうまいぞ、これ」
「どーゆう意味よ、それはっ!?」
立ちあがって叫んでくる。
急激な動きについていけなかったらしく、ころんと彼女の頭からレキが転げ落ちた。ベンチの上で、きょときょとと周りを見まわしている。すっかり目は覚めてしまったらしい。
なんとなくそれを見ていると、どすんとクリーオウはもとの位置に座りなおした。憤慨したように腕を組み、ぶつぶつとこぼしだす。
「ったく……そういうこと、普通言わないわよ。オーフェンだってきっと、わたし以外には言わないわ」
「まあな」
「オーフェン……わたしのことなんだと思ってるの?」
気楽に答えると、クリーオウはじろりとこちらを見やりながら聞いてきた。
微妙に回答を求められたのかわからない問いに、とりあえず答えておく。
「なにって……気ままわがままじゃじゃ馬娘」
「なによそれー!?」
「ほぼそのまんまの意味だが」
「だから聞ーてるのよ!」
こちらとの距離をじりじりとつめながら、クリーオウは険悪な表情で口早にまくしたててきた。
「なんか前々から思ってたけど、オーフェンてわたしだけぞんざいに扱ってない!?」
「そーか?」
「そーよ! 他人にはけっこう甘いくせにわたしにはわがままだとかはっきり言うし料理食べるの嫌そうだし!」
「そりゃまあ、他人にはな」
「……へ?」
糸が切れた風船のような声を漏らす。
きょとんとしている彼女は、特に変わっていないように思えた。光を反射してきらきらと目を刺激する金髪も、反射しているわけでもないのに輝く青い瞳も、そばでなにやらもぞもぞしているレキも、態度も、口調も、行動も。
そう思おうとすれば、できないこともない。
(でも、そうだな)
もう少し彼女のことを知らなければ。そう思っていただろう。
オーフェンは彼女の頭をぽんと叩いた。
「んで、どうしたんだよ」
「……んー……」
彼女は宙をにらむように、視線を上げる。
ごまかそうとしたのかもしれない。ただ単に言葉に余ったのかもしれない。
再び口を開いたときに出てきた言葉は、どちらでもなかったが。
「なんていうか……たぶん、不安だったんだと思う」
自信のなさそうな言葉のわりには、口調はしっかりと確信しているようだった。
「でもさ、それって思い違いだったみたい」
笑う。
「どう言ったらいいのかわかんないけど。そういうことじゃないってわかったのよね。意味や理由はそこにあるものではない、そこに築くものだってお父様も言ってたし」
つまるところ。
心底から安堵するということは、こういうときなのだろう。
(……いや、別にそういうことでもないけどな)
やわらかい日差しや、疲労の抜けきっていない身体。そんなものが、意識をじわじわと空白にしていく。それは眠気にも似ていたが、はるかに弱い。
ふと無意識に口を開いた。
「お前は――」
そこまで言いかけて、なにを言おうとしていたかにはたと気づき――苦笑いする。
両手を広げたままのポーズで、ぱちくりとクリーオウが疑問符をあげた。
「? なに?」
「いや、お前らしいなと思ってな」
適当にごまかす。
クリーオウはさらに小首をかしげ、
「そう?」
自覚のない声をあげた――いつものように。
結局のところ。
悩みなどという漠然としたものは、唐突に生まれて変化を激化させ好き放題に伸縮してから唐突に消えたりするものである。
それが求めているものは解決かもしれないし、時間かもしれない。
どちらにせよ、世界が滅んだとしてもなくなることはないだろう。
さて。