「どこがいいかね?」
 ふと。
 そんな声がしてクリーオウは振り返った。
 太陽は真上にあり陽射しは強い。人々が行き交う道は賑やかでいて騒々しい。落ち着かない空気は時折流れる風に連れ添って遠くに旅立つ。時の流れはこれらと同一でありながらも、やはり違う存在だ。無意識に刻まれる経験こそ人生でありながら意識することはない。
 そう、無意識に。
 しかしそれでもはっきりとしながら、クリーオウは振り返った。
「お嬢さん、巫女だね?」
 巫女装束は着ていない。学校指定の制服だった。それでもその老婆はクリーオウをはっきりと巫女だと断定してきた。人混みの中にいるはずだった。人混みは川の流れのように一定の方向に動き、幾人の力をたった一人で逆らうことなどないし、そもそも現実可能とは思えない。──この中で足を止めることなど出来ない。だが、彼女は足を止めた。
 老婆がそこにいた。人の流れを意に介することもなく、静かに佇む岩のように、そこにいた。深く皺だれた顔の、その奥にある琥珀色の瞳はクリーオウをじっと見る。クリーオウはその老婆をどう表現して良いのかわからず、僅かに混乱していた。果たして老婆からだとクリーオウという少女はどう見えているのだろうか。ただの小娘だろうか。それとも、とこか神々しく格別な少女に映っているのだろうか、その瞳に。
「占い師なんだがね、わたしは」
 占い師? と訊ね返す。老婆はゆっくりと頷いた。
「占い師といっても、詐欺みたいなもんさ。数えることなどできない未来を予想して何になる。わたしが予想する未来は確実に存在するが、その未来が今現在ここにある世界の辿る未来だなんていう確証はどこにもない。可能性は限りなく低い。──そんなババァの話を、聞いてみんかね?」
 何か、とても不思議な感触がした。
「そうか、聞いてくれるかね」
 静かに呟き、皺を笑みの形に作りながら、老婆は再び話し始めた。
「未来は一つじゃない。つまり、この世界とは別の世界がある。──そう思わないかい? お嬢さんみたいな少女が巫女で、世界を支える存在で、その重荷を抱えて生きていかなければならない。だけど……別の世界の君はただの女の子で、そう、まったくそういった枷がなく旅をしている。魔術士と、その弟子と」
 何の話をしているのだろう。首を傾げた。言っていることはわかるようでわからない。違う未来? 違う世界?
 ──違う可能性?
「その世界は……そうさね。絶望しかないかもしれない。それこそ手に届く未来がないかもしれない。だが、その中で一生懸命に生きていくんだよ。この世界も絶望に包まれているが……お嬢さん、あんたには絶望があるかい?」
 絶望とは何だろう。その問いは難しかった。
 世界は絶望している。何に絶望しなければならない。絶望させる何かがある。老婆の言う世界にも絶望があるというならば、その正体は一体なんだというのか。
 クリーオウは首を振った。
「そうか。それがお嬢さんの答えなんだね」
 深く深く、老婆は微笑んだ。
「では、最初の問いに戻ろうか」
 人が、どこにでもいそうな若いカップルがクリーオウと老婆の間に割り込み、通り過ぎる。一瞬目を奪われて、慌てて視線を戻す。老婆の姿はどこにもなかった。
 風が吹いた。人混みの中で窮屈そうに風が吹いた。
 その風と人の中で、クリーオウは最初の問いを心の中で反芻する。


 ──どこがいいかね?


 静かで落ち着きのある地を見回しながら、五月蠅くて落ち着きのない少女を前にする。何かしらそこに作為的なものを感じ──作為的なことをする利点を見いだせないまま、オーフェンはため息をついた。森の中は静閑としている。故にささやかな音は音楽となり、陽光はいかなる明かりにも勝る美しい飾りだった。薄くぼんやりとした景色の中で唯一の動きは、金色の髪を惜しげもなく伸ばした少女だけであり、自分自身は一枚の絵に構成されたその中を壊してまで動く気はさらさら無かった。
「だから、わたしのノート、お願い!」
「めんどい」
 一言で終わるはずだった。終わるわけがないという確信はあったが、それでも一言で終わらせられるなら、それで終いにしたかった。適度な温度を保つ草むらに寝転がりながら、オーフェンは切に願う。
「これから用事があるのよ!」
「だーかーら。なんで俺がそんなことやらにゃいけねぇんだよ」
「当然、暇人だからよ!」
「理由になるか!」
 跳ねるように起きあがると、クリーオウは間髪入れず反論してきた。
「普通になるじゃない!」
 言い切られて、オーフェンはうっかり言葉を失ってしまった。
 たしかに、目の前の少女にはれっきとした理由が存在する。巫女という地位にある少女は、普段はただの少女として生活していても、時に巫女として働かなければならないことがあるのだ。例えそれが形式上の事だとしても。
 親の目を逃れてオーフェンを森の中に連れてきた少女の足下には、一匹の黒い子犬がいた。なにやら睨んでいるようにオーフェンへ視線を向けている。ぞっとした。
 ──狛犬は主人の命令に従う場合がある。
 常に従うわけではなく、巫女に危害が及ぶこと、そして利益になることに関し動くといった節がある。どこぞの学者が調査し、それをまとめた文献に一度目を通したことがあるオーフェンは、できるだけ黒い子犬と目を合わせないことにした。狛犬の魔術は絶対だ。人間の魔術士では逆立ちしても勝ち目はない。
 とはいえ、いくら目の前の少女でもこの黒犬を使うといった無茶なことはしないだろうが──
「言うこと聞かないとレキが許さないわよ!」
「いきなり使うなぁ!」
 なんだかとてもやりきれない気持ちになって、オーフェンは叫んでいた。
 結局。
 クリーオウ・エバーラスティンの言うことに逆らうことなどできるはずもなく、オーフェンは彼女の頼み事を聞くことになったのだ。
 クリーオウが通う学校まで、彼女の私物を取りに行くという用事だった。別に行くこと自体は構わない。ただ、もうちょっと頼みようがあるだろうという気がしてならなかった。
 神社の階段を降りて、町の入り口にさしかかったところで一つのことに気付いた。
「……俺じゃなくて、同じ学校に通うマジクに頼めばいいんじゃないのか?」
 さらにやるせない気分になり、オーフェンはがっくりと頭を垂れた。



「えー! ヤですよそんな!」
 何故か、マジクは全力で否定してきた。
 そこまで力一杯になる理由が見あたらず、オーフェンは怪訝そうにマジクを睨む。二階は宿屋、一階は食堂という建物にしては少々『しっかりしていない』箇所がある建物の中では、今のマジクの叫びがよく通った。もとより客などいないわけだから、そんなこと問題では無いのだろう。店の主人であるバグアップに水を注文するオーフェンに、マジクは半眼になってじろりと見やる。
「だって……クリーオウのノートでしょ? ぼくがやったなんて言ったら絶対に埃がついたとかなんとかイチャモンつけてくるに決まってるんですから絶対に嫌ですよ」
「いや、そこまで酷いか? ……酷いか」
「それに、頼まれたのはお師様じゃないですか。だったらお師様が行くべきですよ」
 オーフェンはため息をついた。
「お前、同じ学校だろうが」
「……そうですよ。というよりも、学校っていったら、この辺じゃあそこしかないですけど」
 そりゃそうだ、とオーフェンは心の中でマジクの言葉を肯定した。王都でもない限り、学校なんてそうそうあるものじゃない。
「俺にはやることがあるんだよ」
「寝ることですか? それともあの地人を蹴って殴って魔術でドンですか?」
「いや、なんだそりゃ……? いやほんと、やることがあるんだ。こんなとこでのんびりしたくねぇんだよ」
「じゃあ、水とか注文しないでくださいよ」
 思わず舌打ちをすると、マジクの眉間にしわが寄る。
「そのうち水にも料金がかかりますよ」
「ンなことしたらこの店潰れるぞ。まぁ、しゃーねぇか。頼まれたのは俺だしな。そもそもここの学校ってイマイチ場所を覚えてないんだよ。マジク、お前は案内役だ。こいよ」
「えぇぇぇぇぇぇぇ~?」
「……殴るぞ?」
「わかりましたついていきますクリーオウがなぜかぼくに責任を回してきてあの黒い子犬に吹き飛ばされたとしてももう諦めますよ。全部お師様の所為だなんて叫びながら夜中にお師様の顔写真を貼った人形に杭なんて打ち込みませんよ!」
「……」
 薄ら寒いものを感じて、オーフェンは背中を丸くした。



「おーふぇーん。なにやってるのー? 女子高生の制服盗もうとするなんて、思わず捕まえちゃうわよー!」
「なんでだよ!」
 背後から聞こえてきた不穏な(オーフェンにとってはそう聞こえる)声は、端から聞けば物騒なことこの上ない内容をさらりと口にして手を振っていた。
 大陸の警官は男女別になっているとはいえ、ほぼ全て共通して同じだった。統一性を強調する意味合いもあるのだろうが、そのおかげで彼女の職を毎回思い出すことができる。警官に私服という制度が投入されでもしたら、学校に入ろうとしていたオーフェン達を呼び止めた声の主の職など到底当てることなどできない ──彼女の華奢な身体にオーフェンはそんなことを呆然と考える。どちらにしろ、厄介だった。
「なになに、なにしてるの? 犯罪?」
 無言で殴る。「なにするのよ!」と叫ぶ一見少女とも思える彼女の年齢は、確か自分より上だったはずだと心の中でごちてみた。
「お師様。ここでコギーさんと争わないでくださいね?」
 学校の前ということで、いつどこで出会うかわからない学友を気にしているのだろう。きょろきょろと周囲を伺いながら耳打ちしてくる。
(俺って、そんなに回りに知られてほしくない奴だったっけ……?)
 なんとなく情けない気分になる。仮にも弟子であるマジクにそう思われているのだろうか。
「ひっど~い、いきなり殴るなんて。乙女をなんだと思ってるの?」
「ただの無能警官」
「うわサイテ。あんたってほんとに口が悪いわよね。だから黒いんでしょうけど」
「だからなんでだよ。そもそもだ、お前はこんなところにいていいのかよ。仕事はどうした?」
「ふっふーん。巡回中なのよ!」
「……威張ることじゃないだろ。そもそも、ここは巡回ルートなのか?」
「学校の前はとりあえず巡回ルートよ。さりげなく生徒の身柄を守るという意味で、ルートに入っているの」
「ほう」
「私は河原のほうを回る予定なんだけど」
「なんでこんなところにいるんだよ!」
「だって!」
 コギーは両手を胸の前で握りしめ、くるくる回りながら大声で言った。心なしか、涙すら流れているようだった。
「部長が、お前はここぐらいしか警備できないからここだけを回れって言うのよ! 河原ってホントに何もないじゃない! 人っ子一人通らないし! 『の』の字を書きながら項垂れてた私に野良犬が同情して頬を足にすりつけてきたときは盟友になれるかなーなんて思っちゃったわよ!」
「いや、その部長の気持ちは痛いぐらいにわかるが」
「どぉぉしてよ! 私だって職務を全うしたいなー、なんて小指の先の爪の垢ぐらいには考えているのよ!」
「それは考えてないってんだろうが! そもそもだ、一つもまともに仕事をこなせない奴をいまだ首にしないほうが不思議なぐらいだよ」
「ひっどい! 侮辱罪で現行犯逮捕よ」
「なるか! もういいから河原に戻れ。ここにいてもしゃーないだろうが」
「だって、あそこヒマなんだもん」
「仕事しろ仕事!」
「凶悪な人間を見張るのも仕事の一環よ!」
「そりゃ俺のことか!」
「お師様~」
 疲れが見えてきた顔をしながら、マジクが呻いてきた。はっとして振り返る。
「……って、こんなとこで遊んでいるヒマはないんだ」
「なによ暇人のくせに」
 思わず魔術で吹き飛ばしたくなる衝動に駆られたが、ぐっと堪える。こんなとこで騒ぎを起こしてはだめだ。不振人物として警備員に質問されたら、それこそ学校に入れなくなる。そもそも警察に呼び止められて話している今の状況も、端から見れば職務質問に思われているのではないだろうか。
 自分の格好を見下ろす。不満があるわけではないが、黒一色というのはやはりそれなりに人の目を引くのだろう。
「つーかコンスタンス三等官。こんなところでなにやら面白い遊びをしているようだな」
「あ……」
 ナイス!──と、オーフェンは心の中で叫んだ。
 コンスタンス・マギーの上官が彼女の襟首を掴んでいた。
「あああああ部長! いえこれはさぼっていたわけじゃなく市民の生活を隅々まで見渡すという、そうあれあれあれですつまり揺りかごから墓場まで?」
「無能当官。君の頭の中が揺りかごじゃないのかね?」
「あ、あははは、上手いですね部長って無能当官ッ?」
「三等官から異動だ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
「というわけで、無能に相応しい場所を提供してやろう。仕事内容は朝から夜まで太陽を見続けること」
「そ、それに何か意味は……」
「そうだな」
 コギーの上司であるダイアン・ブンクトは一分ほど難しい顔をして、適切な言葉が思い浮かんだのか、一瞬笑みを浮かべた。
「目に悪い」
「ああああああああ!」
「それと、日が落ちようとしていたらその太陽を追いかけることも仕事だ。太陽から絶対に目を離すなよ。理論上明日には戻ってこれるはずだ」
「無理! なんていうか絶対的に無理です!」
 ずるずると。
 涙を流すコギーを引きずっていき、そのまま道の角を曲がっていった。(何やら助けを求める声も聞こえはしたが)
「……なあ、マジク」
「なんですか?」
「帰っていいか?」
「ぼくだって帰りたいですよ、もう」
「……」
 今日初めて弟子と気持ちが繋がった、そんな気がしてオーフェンは深くため息をついた。



 学校の中というのは独自の匂いがある。
 これだけの人間が集まる場所だ。普通の建物とは違う何かがあってもなんら不思議なことはなく、むしろそれは当然なのではないだろうか。白い校舎は少々汚れが目立ってきている。何人かの生徒がオーフェンを観て怪訝そうな顔をしたが、すぐにオーフェンから視線を降ろしマジクを見ると、安心したような顔をした。
 ──どういう意味だ。
 オーフェンは心の中だけでつっこんだ。どこからつっこんでいいのかわからなかったので、とりあえずそれだけにしておく。
「マジク、お前、実は……」
「なんですか?」
 きょとんとした顔をするマジクに、オーフェンはそれ以上何も言わなかった。
「ああ、ここですよクリーオウの教室。ぼくは中等部なんであんまりこっちに来たくはないんですけど……」
「別に、学校が同じなんだから構わないだろ。むしろ部外者である俺の方が問題なんじゃないのか?」
「まぁ、そうなんですけどね……」
 なんとなく落ち着かない様子の弟子が、クリーオウの教室に入っていく。躊躇うこともなく一つの机の前に行き、勝手に中を漁ってきた。
「……」
 何かしら誤解が生まれそうではある。どこから来たのかわからない黒ずくめの男と、女子の机の中を漁る男子学生。しかも中等部の学生だ。
 心なしか、冷たい視線を感じる。オーフェンは周囲を見回した。放課後ということもあり人はいないのだが。マジクの保護者だと言って学校の中に入ってきたのはいいが、それでもどこかに残る居心地の悪さを拭いきれなかった。
「これですね」
 マジクが持ってきたノートは、とても授業中に使うようなデザインのシロモノではなかった。
「ピンク色に、クマの絵……」
 ──<牙の塔>じゃ、考えられなかったな。
 オーフェンがそのノートを受け取ると、マジクが「うげ」という声を出して一歩引いた。頭の上に「?」を浮かべ、奇怪な行為をする弟子を怪訝な眼差しで見た。
「……なんだよ」
「いや、別に」
 曖昧な返事をする弟子は、視線を合わせようとしない。時折オーフェンに見えないよう顔を伏せ、肩を振るわせていた。
「とにかくだ、これをさっさとクリーオウのところに戻して俺は寝る。腹が減ったから寝る。つーか何かおごれ」
「いや意味がわかりませんよそれ」
 二人が校門に向かうために廊下を歩いて、そして更衣室の前にさしかかったときにオーフェンは足を止めた。
「どうしたんです?」
「いや……」
 鋭く、視線を巡らした。
「なにか、ここで……何かが起こる気がしてならなかったんだが……」
「なにかって?」
 自分の師から感じる異常な気配に、マジクは緊張して背筋を伸ばした。本人から語られることはないが、オーフェンは魔術の達人であり格闘術の達人だ。その彼がここまで明確に警戒しているのならば、何かが起ころうとしているのだろう。一般人には感じられない、それこそ達人のみが到達することのできる先読みなのか。
「なんだろーなぁ。勘が鈍ったかな、俺も」
「そうでもありませんよ」
 声がした。
 オーフェンは弟子を見やる。マジクは首を左右に振った。
 警戒は正しかった──一歩だけ後退したのはマジクである。
 扉が開いた。
 ──更衣室の、女子更衣室の扉が開く。
 手袋と黒い服、銀色の髪は女子の体操服に隠れてはっきりとしない。むしろ、体操服を頭からかぶりやたら無表情な顔の脇を通り過ぎて、顎の下で結んでいた。
 キースだった。
「おかしいだろッ!」
 間髪入れずに叫び、正拳突きを無表情な顔にぶちこんだ。が、それよりもキースが首をあり得ない方向にひねり避ける方が早かった。
「やれやれ、相変わらず強引なのがお好きですな」
「その言い方はマジでやめろ! つーかなんでお前がいるんだっていうかお前がどっから現れようが驚かないがそこはないだろそこは!」
「あり得ちゃったんですから仕方ないですな」
「だからなんでだよ!」
 地団駄を踏んで怒鳴ってみたが、キースの無表情はまったく変わることなどなかった。それが逆にオーフェンを苛ただせる。
「とにかくだ! 俺の前に近寄らないでくれ! そんな変態が一緒だと俺まで同罪だと思われるだろうが!」
「ぼくもそう思われるのかなぁ……あ、でも、ちょっと離れて怯えていればたぶん大丈夫……」
 ぼそぼそと呟く弟子は放っておくとして、オーフェンは走り出した。どうせ離れてくれと頼んだところで離れるわけがないのだ。
「はっはっは」
 やたら乾いた声が背後から聞こえてきた。ぞっとして肩越しに振り返る。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
 ぴったりと、どうして触れ合わないのかが不思議なほど近くを、体操着を被ったキースが同じ速度と同じタイミングで走っていた。錯乱状態に陥りかけたが、それでもなんとか自制し、裏拳を繰り出す。今度は見事に顔へ命中した。キースは裏返り、さらにもう一回裏返り、腕を広げて天上に張り付いた。
「ううぉわぁぁあぁぁぁあッ!」
 ここまでくると完全な恐怖である。オーフェンは言葉にならない言葉で魔術を展開し、閃光をその奇怪な生物に向けて解き放った。建物全体を揺らす轟音は、校内に残る全生徒に聞こえたことだろう。
「あーっはっはっはっは」
 まだあの笑い声が聞こえる。
 ──仕留め損なった!
 元々一撃で仕留められるなどと思ってはいない。今度は正確に狙いを定め、当てるつもりだった。
 オーフェンは足を止めた。鼓動が早いが、今はそれを気にしている余裕はない。考え得る限り最悪の敵を想定し、事に当たらなければならない。
(つーか、どうしてこんなことになってるんだ?)
 一瞬、冷静になっている自分がつっこんできたが、首を振って否定した。だからそんなことを考えている場合ではない。
 精神集中及び統一は、魔術士を名乗るなら誰でもできることだった。オーフェンは魔術士として精神を統一し、目標をじっと見据える。目標は天上を蜘蛛のように這いながら走っている。色々と理不尽というか怪物じみていたが、今となってはそれすらどうでもいいことだった。
 ──まぁ、キースだし。
「我は放つ光の白刃!」
 あり得ない動きで、閃光を避けるキース。
「うがぁぁぁ! この、白刃白刃白刃!」
「あああああああ! お師様、学校を壊す気ですか!」
「あーっはっはっはっはっは。愉快痛快ですな」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 学校側の運営陣としては、まさに此程理不尽な事態もないだろう。歴史上最も理解不能で、この先もあり得ないと確信が持てる。次の日の朝、全校生徒の前で校長が「人生とは波瀾万丈ですね」と呟くが、平常心を保てない中そんなことを口にした彼は案外大物なのだろう。そんな校長はもうすぐ長年のローンが払い終わろうとしていた。
 全校舎の五分の一が瓦礫と化していた。不幸中の幸いだったのは、その中に一人としてけが人がいなかったことだろう。──生徒以外を除いて。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「オーフェン、どしたの?」
「さぁ……俺にもわかんねぇよ……」
 体中のあちこちに包帯やら絆創膏やらを貼り付けている魔術士の姿を見て、さすがのクリーオウもぎょっとした顔になった。
「なんでノート取りに行くだけで、そんなになってるのよ」
 答える術がなかった。というよりも、説明して納得させる自信がどこにもなかった。
「……とりあえず、問題のノートだ」
「問題って、別に変なノートじゃないでしょ?」
「いや、まぁ……授業用ノートじゃないことは認めるが」
「なによその言い方~。あー! しかもぼろぼろになってるじゃない!」
「勘弁してくれ……」
 心の底から呟いた。本気で疲れている。このまま帰って寝たいぐらいだ。
「オーフェン」
「ンだよ?」
「こないださ、変な人に会ったんだ」
「あん?」
「未来っていくつもあるんだって。あれ、未来だっけ? 世界だったかな?」
「……なんだそりゃ。パラレルワールドか?」
「なにそれ?」
「この世界とは別の世界が幾つもあるっていう考え方だよ。まぁ、あるのかもしれないが、正直興味ないね」
「ふぅん」
「俺が生きているのはこの世界だ。別の世界じゃあない。非現実的な世界なんて、俺には興味ないんだよ」
「でもさ」
 クリーオウはオーフェンの隣に座って、訊ねる。
「別の世界があったとしたら、どう思う?」
 なんとなくクリーオウの横顔を見てしまい、それからすぐに視線を彼女から外す。
「そうだな……無能な警官がいなくてわがままじゃない弟子がいて見た目人間なのに人間じゃない変態執事がいないところだな」
「……なにそれ?」
「さぁ、自分で言ってて訳わからないんだから、訳わかんねぇんだよ。とにかく、だ」
 ふと、オーフェンの視線が遠くを見た。
「どんなに酷くても、絶望しかない無い世界よりはマシなんじゃねぇか?」

あとがき : ヒラさま
 みなさんおはこんばんちわ。ヒラです。
 とりあえずパラレルワールドになっているリレーチャット用の下地をしっかりさせようってことで、ほぼ一日程度で書いたショートショートです。一日ってどうよ自分。ダメ人間ですね。……うはははは、みなさんゴメンナサイ(汗)想像していたよりも長くなってしまいましたが、そこはご愛敬ってことで。
 書き終わってから気付いたというよりも、書いている途中で薄らぼんやりと思っていたんですが。
 やっぱり説明になっていないですね。
 とりあえずこの作品で言いたいことは、PWだからって別に元の作品を元にしているわけでっていうか、私如きがこんなことをしていいのかわからないので、とりあえずクリーオウが巫女ってこと以外はほとんど無謀編の設定です。一応レキだけはだいぶいじっていますが、それでも裏設定的な扱いなので「普通に扱う」分にはなんら問題ないかと思います。それなので近々迫ったリレーチャットは気楽に行きましょうと。
 クリーオウが巫女ってだけで、わたしゃぁ満足ですよ?(爆)
 まぁ、そんなわけで。
 最初に出てきた老婆は何なんだとかありますが、あれもひっくるめていえば所詮パラレルワールドなんだから何にも考えずに行きましょうってことです。むしろ私が何も考えてません。大丈夫、何かあってもキースが全てぶち壊してくれます!(ダメじゃん)

 そいでは、お目汚し的な文体を読んで頂き、ありがとうございましたー!
 というわけで、ではでは!
ヒラさま、ありがとうございました!