図1 アパタイト型ランタンシリケートの結晶構
1.アパタイトイオン伝導体の発見
アパタイト型の酸化物イオン伝導体は、1995年に新居浜高専の中山教授らによって発見されました[1,2]。彼らは希土類シリケートLn10Si6O27(Ln=La, Ce, Pr, Nd)のイオン伝導を測定し、伝導度がLa>Ce>Pr>Ndの順であることを示しました。また、起電力測定から伝導種が酸化物イオンであることを示し、2a席の酸化物イオンがc軸方向に伝導経路を形成していると考えました[3]。
[1] S. Nakayama, H. Aono, Y. Sadaoka, Chem. Lett.,6, 431-432 (1995)
[2] S. Nakayama, Y. Sadaoka, J. Mater. Chem., 5, 1801-1805 (1995)
[3] S. Nakayama, M. Sakamoto, J. Euro. Ceram. Soc., 18, 1413-1418 (1998)
2.単結晶の作製
中山らは次にNd9.33(SiO4)6O2の単結晶をFZ法で作製しました[4]。c軸に平行方向の伝導度は垂直方向より約1桁高い伝導度を示し、c軸に平行な伝導経路の存在を立証しました。単結晶の精密結晶構造解析からの伝導機構の研究は、その後北海道大学を中心に研究が進められました[5,6]。
[4] S. Nakayama, M. Sakamoto, M. Higuchi, K. Kodaira, M. Sato, S. Kakita, T. Suzuki, K. Itoh J. Euro. Ceram. Soc., 19, 507-510 (1998)
[5] M. Higuchi, Y. Masubuchi, S. Nakayama, S. Kikkawa, K.Kodaira, Solid State Ionics, 174, 73-80 (2004) [Review]
[6] 鱒渕友治,武田隆史,吉川信一, 「アパタイト型酸素イオン伝導体における導電機構」, 化学, 60(2), 66-67 (2005)
3.過剰酸化物イオンによる格子間伝導
安定化ジルコニアやランタンガレートなど実用化されている他の酸化物イオン伝導体のイオン伝導機構は、
酸素空孔を介した格子欠陥型です。しかし、アパタイト型希土類シリケートの組成からは特に酸化物イオン空孔は存在しないように見えます。そこでTaoとIrvineは、過剰酸化物イオンによる格子間伝導について考察しました[7]。図1の単位格子には10個のLa席(6hと4f)、6個のSiO4四面体、2つの酸化物イオン席(O2a)が示されています。La9.33(SiO4)6O2ではO2a席は2個の酸化物イオンで占有されますが、La席には6.7%の空孔が存在します。一方、La席が全部占有されたLa10(SiO4)6O3では、酸化物イオンが1個過剰に存在します。彼らはこの過剰酸化物イオンが伝導トンネル付近のどこかに存在し、格子間伝導機構により高いイオン伝導をもたらしていると考えました。これを実験的に明らかにするために、彼らはLa10(SiO4)6O3とLa9.33(SiO4)6O2の伝導度を比較しました。(この時、固相法による作製では不純物相が生じるので、試料はゾル・ゲル法で作製しました。)彼らはLa10の方が高い伝導度を示したことから過剰酸化物イオンによる格子間伝導の可能性を示唆しました。しかし、彼らの試料は焼成温度が1400℃と低いため低密度であり、伝導度自体の値も低く明確な結果は得られていないように思われます。そこで、YoshiokaはLa量をより広い範囲で変化させ、伝導度の変化を観察しました。組成の均一性を保つため、試料はやはりゾル・ゲル法で作製し、焼成温度1750℃で高密度焼結体を作製しました。その結果を図2に示します[8]。La組成は10付近で極大を示し、過剰酸化物イオンによる伝導機構を支持しました。
[7] S. Tao, J. T. S. Irvine, Mater. Res. Bull., 36, 1245-1258 (2001)
[8] H. Yoshioka, J. Alloys. Compounds, 408-412, 649-652 (2006)
図2 アパタイト型ランタンシリケートのイオン伝導度のLa組成依存性(測定温度800℃)
4.イオン伝導のミクロなメカニズム
一方、SansomらはLa9.33(SiO4)6O2とLa8Sr2(SiO4)6O2の伝導度と結晶構造を比較しました[9]。La8Sr2(SiO4)6O2はLa9.33(SiO4)6O2と同じく酸化物イオン数が26であり、過剰酸化物イオンを含みません。またLa席に空孔が存在しないため、La9.33とLa8Sr2を比較することによりLa席空孔の影響が評価できると考えました。La8Sr2(SiO4)6O2のイオン伝導は、La9.33(SiO4)6O2より著しく減少しました。粉末中性子回折のリートベルト解析結果を比較したところ、La8Sr2(SiO4)6O2では伝導トンネル内の酸化物イオンはO2a席に局在していましたが、La9.33(SiO4)6O2ではトンネル内の中間的な別サイトに移動している可能性が見出されました。このO2a席の酸化物イオンの移動はLa席空孔の存在により生じたとしています。Islam,
Tolchard はこのトンネル内の酸化物イオンの移動を分子シミュレーションから再現しようと試みました[10,11]。また、スペインのLeon-Reinaらは粉末中性子回折から格子間の酸化物イオンを見出そうとしています[12,13]。トンネル付近での酸化物イオンの分布、移動については、その後も研究が続けられていましたが、最近、東京工業大学の八島準教授らとの共同研究で、中性子回折のMEMリートベルト解析結果から酸化物イオンの伝導経路の可視化に成功しました[14]。結晶構造の詳細については、"Structure"で解説する予定です。
[9] J. E. H. Sansom, D. Richings, P. R. Slater, Solid State Ionics, 139, 205-210 (2001)
[10] M. S. Islam, J. R. Tolchard, P. R. Slater, Chem. Commun., 1486-1487
(2003)
[11] 7J. R. Tolchard, M. S. Islam, P. R. Slater, J. Mater. Chem., 13, 1956-1961 (2003)
[12] L. Leon-Reina, E. R. Losilla, M. Martinez-Lara, S. Bruque, M. A. G.
Aranda, J. Mater. Chem., 14, 1142-1149 (2004)
[13] L. Leon-Reina, E. R. Losilla, M. Martinez-Lara, S. Bruque, A. Llobet,
D. V. Sheptyakov, M. A. G. Aranda, J. Mater. Chem., 15, 2489-2498 (2005)
[14] R. Ali, M. Yashima, Y. Matsushita, H. Yoshioka, K. Ohoyama, F. Izumi,
Chem. Mater., 20, 5203―5208 (2008)
5.ドーピングによる伝導の向上
希土類シリケートを中温型SOFC用の電解質に用いるためには、高密度焼結体でも伝導度はまだ不足していました。そこでドーピングによる伝導度の向上が試みられました。Abramらは、Siの一部をAlで置換しました。彼らは過剰酸化物イオンの影響を受けないように、同時にLa量を調整した組成で試料を作製し、Al置換によりイオン伝導度が顕著に向上することを明らかにしました[15]。伝導度の向上の原因はLa空孔量の最適化にあるとしています。Si席のドーピングに関してはその後3価のGa[16]、B[17]、2価のMg[18]
等で伝導度の増大する効果が見出されています。ドーピングによる伝導度の変化については、"Conductivity"で説明します。
[15] E. J. Abram, D. C. Sinclair, and A. R. West, J. Mater. Chem., 11, 1978-1979 (2001)
[16] J. E. H. Sansom, J. R. Tolchard, P. R. Slater, and M. S. Islam, Solid
State Ionics, 167, 17-22 (2004)
[17] A. Najib, J. E. H. Sansom, J. R. Tolchard, P. R. Slater, and M. S.
Islam, Dalton Trans., 3106-3109 (2004)
[18] H. Yoshioka, Chem. Lett., 33, 392-393 (2004)
6.ランタンゲルマネート
ArikawaらはLa10Si6O27のSi席をGeで置き換えたアパタイト型希土類ゲルマネートを作製しました[19]。また、ランタンシリケートやランタンゲルマネートのLaの一部をSrで置換した試料も作製しました。GeはSiよりイオン半径が大きいため格子の膨張が生じ、イオン伝導度は高くなりました。また、シリケート・ゲルマネートともにSr置換体では、伝導度が向上しました。希土類ゲルマネートについては中山らも焼結温度を下げる観点から研究を行っています[20]。希土類ゲルマネートは希土類シリケートとは少し異なった結晶構造を示し、伝導度も高く興味深い化合物です。
[19] H. Arikawa, H. Nishiguchi, T. Ishihara, and Y. Takita, Solid State
Ionics, 136-137, 31-37 (2000)
[20] S. Nakayama, and M. Sakamoto, J. Mater. Sci. Letters, 20, 1627-1629 (2001)