「 高校進学 」
以下本文ですが、内容紹介のテキスト文なので、画像が正しい位置に入りません。PDFでご覧いただければ幸いです。
大人を軽蔑する少年の行く先は、とことんまで悪である。周りにはタバコ吸いの濁った目が溢れた。悪は悪同志、新しいグループと出会うと、必ずと言ってよいほどタバコになる。「いちいち格好つけるな」と言うのも億劫で、目の前でつけたばかりの火を左手で握りつぶす。鼻先で肉の焦げる匂いを嗅ぐと、気持ちも失せるらしい、二度と吸おうとしないばかりか、一目置かれるようになった。
板橋の陰の顔気取りで調子に乗っていると、次から次と嫌な人間模様の問題が転がり込んでくる。大人たちには良い子で通っているつもり、ばれないように智恵を尽くす二重生活に嫌気が挿し、処理に困るようになった。
折から中学3年の夏。担任の鈴木先生から、バスケットが好きならと教育大学附属大塚高校への進学を勧められた。格好付けも合ったし、何よりも、こんな凄い学校、悪仲間は絶対に行けない。今までの生活と縁を切る絶対的なチャンスと思った。内申点から考えれば500点満点中470点取れば良いとの事。それなりに頑張り、本番の試験では自己採点480点であった。
意気揚揚と合格発表を聞きに行くと、今年から始まる都立学校群制度のため、敬遠して国立に流れるものが多<、今年の最低点は490点であったと言う。
「そんなこと、はじめから予測が立つだろう。」怒りの言葉を飲み込んだ。
更に追い討ちをかけられた。第二志望の都立を51群から52群に落とせと言うのだ。これは困る。
すでに悪仲間とは縁を切るつもりで、受験にかこつけて交際を絶っている。同じ所に進学するわけには行かないじゃないか。窮余の一策「落ちたら新聞配達で働きますから。」と泣きを入れて、51群を受験させてもらった。
そう、当時は志望校選択の決定は担任がしたのだ。
都立試験は3教科である。1時間目の英語は得意のつもり、満足のいく出来であった。 しかし、終了の鐘が成ったと同時に気がついてしまった。鏡と言う単語は「mirror」なのに「millor」と書いてしまったのだ。
気がつかなければそれで良かったのに、2時間目以降はパニックだ。国語は不得意なので最期までイライラ。一番得意の数学では、何度見直しても同じ答しか出ないから、余計に間違いが有るような気がして、休中震えが走った。
あの切ない気持ちを二度としたくない。自分の生徒に二度とさせたくない。これこそ熊先生が、自分流「解の公式」にこだわるルーツだ。
準備のいい加減な人間は大切な場面で震える。そうならない為に、練習し勉強するのだ。使えない練習ならしないほうがましだ。
何とか合格できて、迎えた卒業式。証書授与も無事に済んで、後輩遥か居並ぶ校庭で、門出の儀式。 これでもう、汚い人生ともお別れだ。中学時代には汚点を残さずに上手く遣れたと思い込んでいた。
校門に差し掛かった、最期の列に岡長先生がいた。「有難うございました。」と心を込めて差し出した手を軽く握り返し「もう戻って来るなよ。」と言われた。
「えっ」と聞きなおした。今度は目を見ながらはっきりと、「もう、戻ってくるなよ。」と言われた。
「先生はみんな知っていたんだ。」先生と言う生き物が恐ろしく大きなものに見えた。
心の中で「ハイ頑張ってやりなおします。」と言うしかない自分が急に小さく思えた。
……
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