「 英語の文型 」
以下本文ですが、内容紹介のテキスト文なので、画像が正しい位置に入りません。PDFでご覧いただければ幸いです。
進学した高校は、有数の進学校。勿論悪仲間と縁を切るために背伸びして入った学校。とんでもない人々と出会うことになる。
まず始めに英語の神田先生。入学して一番初めの授業であった。今から思うと、多くの教職員から反対されていたのに、無理やり採用された学校群制度。今までに無い馬鹿な生徒がはいって来ると言う先入観が有ったのであろう、とんでもない結果になった。
入学式を終えて教科書が配られたばかりの授業で、「いきなり本文を訳せ。」と言われた。クラス中がシーンと黙り込んだ。いくら優秀な生徒とは言え、予習もなしにいきなり訳せるわけも無い。
しかし岡長先生の授業は違っていた。「This is an apple.」の appleが判らなければ「これは一つのアプルです。」と訳せれば誉められた。「アプルは林檎という意味だが、そうするとどうなる?」と言って授業が進むのだ。
周りを見て級友がみな下を向いて困っているので、知らない単語ばかりの方が多いいが、取りあえずと手を上げた。我ながら上手く繋げる事が出来たと思った。
しかし神田先生。あまりの事に驚いたか、先ほどの先入観で宇宙人と話をしている気になったのであろうか。びっくりした顔をして・・・・やっと。
「これは、何文型だ?」と間く。
文型?等と言う言葉は間いたことが無かった。ポカーンとしていると
「Sは何だ、Vは何だ?」と追い討ちをかける。
勿論まるで知らないから「S・Vって何ですか?」と聞くと
「お前文型も知らなくて、よくこの学校に来たな。」と大笑い
。
ビックリしたことに、これから級友になると思っていた、周りの学生まで笑っている。
熊先生の授業の中では、考えられないことだ。判らないから人に教えを受けている。判らない人に教えるから授業だと思っていた。
しかし、そんな事の通じない世界がある。生きる世界が違う。身分差別という言葉が渦巻いた.
とんでもない所に来てしまった。
悪には悪の正義がある。人を見下すもの、自分が偉いと思っているものにどんな正義があるのか。判らなかったし、今でも判らない。
必然的に、神田と言う名前は天敵になった。その名前のある授業はエスケープするようになった。1学期を終えて頂いた通知表に赤い数字で1と書いてあった。何で赤いのか意味が判らず担任に聞きに行くと、
高尚先生が「お前これは赤点て言うんだ。もう一回取ると2年に進級できないぞ。」と言われ、びっくり。しかも十段階の1だ。目の前が真っ暗になった。
その後は猛反省して、予習復習をやり授業に臨んだが、何せスタートダッシュで出遅れだのが崇って、通年で2、中学時代最も得意であった科目が、あっという間に不得意科目の筆頭になってしまった。
こんな先生にだけは絶対にならないぞと言う見本になった先生第二号。
……
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