低体温症調節機構

<1999年4月に行った雪上訓練時に「低体温症」を勉強し、作成した資料です>

低体温症とは?
低体温症は、深部温度(直腸温度)が35度以下になる状態で、死亡率が高い(20%〜90%)
山岳地帯では、過酷な条件の元冬季はもちろん、夏季でも低体温症になる可能性は充分にある
エネルギーのメカニズムをよく理解し、低体温症にならぬよう身を守る事
万が一低体温症に陥ってしまった人の処置を知識がない為に誤った事をし、レスキューデスに至らない為にも
低体温症の学習はすべきである
海や山だけでなく、都会でも起こる。ニューヨークではホームレスの低体温症が多い
最近、日本でも向精神薬を飲ませ、放置し、亡くなった事件が発生している

体温コントロール 生理的反応=放熱を増やしたり減らしたりする
  随意的にコントロールできない
意識的な行動=知能に基づいた意識的な行動
  生理反応以上に人体を暑さや寒さから身を守る
<この2つが揃って効果的に寒さや暑さから身を守る事ができる>
随意運動 脊椎動物で、大脳皮質に生じた神経の
刺激によって行われる運動
内臓器官の自働性による運動や
反射運動などの不随意運動に対していう
放熱の不随意的な変化 熱の産生は筋肉運動から得る
放散
90〜95%は皮膚から行う(一部は肺から行う)
筋肉と肝臓で作られた熱の大部分は血液に伝わり
この温められた血液が皮膚へ、更に空気中(または水中)へ放散される
放熱の増大
発汗によって放熱は非常に増大するが、とりわけ空気が
乾燥している時はいちじるしい
放熱の減少
血管の収縮。血管が収縮すれば、血流量も減り放熱量も減らす事になる
不随意運動 脊椎動物で、意志に関係なく運動する筋肉
自動性をもって運動するが、
自律神経系の不随意的な支配によって
その活動が制御されている
主として平滑筋と心臓筋が属する
熱産生の不随意的な変化
(震え)
体が熱産生を十分増加させるには震えに頼らざるを得ない
震えによって熱を産生し、体温維持をしようとする体の要求
震えは、随意筋の制御できない、不規則で非強調的な収縮
(震えをコントロールするメカニズムはよくわかっていない)
中枢性=脳から
抹消性=皮膚から、が考えられる
震えのメリット・・・・熱産生の増加
震えのデメリット・・協調運動を妨げ糖やグリコーゲンなどを筋肉から奪う
震えが
おきにくくなる
状況
アルコール精神安定剤服用時
低血糖時(空腹・激しい運動後)
高所で低酸素状態の時

これらの状態で長時間いると
同時に知的活動も妨げられる
(充分な寒さ対策を行えない)
体の大きさと熱喪失 小柄な人間は大柄な人間よりも熱喪失速度が速い
*体表面と堆積の比が大きいため
熱の喪失 左と同じ理由で四肢では熱が
胴体よりも早く失われるわけである


低体温症になると体内ではどのような変化が起きるか?
変化1 変化2 変化3
筋肉 震えが始まる
低温により硬くなり、協調運動が阻害される
単純な仕事にも膨大な酸素を必要とする
神経のインパルスの伝導率が低下し、
収縮・弛緩が困難になりケイレンを起す
深部温度32度以下で震えは停止
熱産生は低下し危険な状態になる
深部温度の低下により思考力減退
判断力低下、無気力、不機嫌、見当識はある
精神障害、錯乱、失見当識、傾眠、し眠 昏睡
一般に脳の血流停止後4〜5分で脳は
不可逆性の障害を起すが、低体温の
状態の場合さらに長期化しても助かる事がある
血液 血管の収縮 冷えたドロドロの血液
循環血液量の減少
組織への酸素供給低下により各臓器機能障害
特に低体温症を引き起こす環境下では
脱水が進行する為循環血液量の現象を助長する
心臓 心拍数の減少・心拍出量の減少 心拍数20回/分以下、不整脈
期外収縮・心房細動
心室細動後2〜3分で→心停止(死亡)
急激な加温、マッサージ、搬出、蘇生術などで
心室細動が起こり、レスキュ−・デスとなる
*見当識=現在の時刻、自分の名前、自分のいる場所、現在自分の置かれている状況などを正しく了解できる能力/この能力が失われた状態を失見当識


低体温症になりやすい状況

体温を失いやすい人 高齢者・乳幼児・皮膚疾患者
熱産生が低下している時 低栄養・下垂体機能低下・消耗性疾患
体温調節機構が低下している時 飲酒・薬物常用・脳血管障害・高齢者・乳幼児
外的要因がある場合 水に落ちた・怪我をしている・何らかの理由で動けない(地形・天候・疲労)
その他 天候(気温・風・湿度)・衣服と避難所の不十分
個人差 厳しい寒気の経験が無い


低体温症/軽症と重症の症状と処置


重症の低体温症の人は一見死んでいるように見えるかもしれない
しかし、身体を温めて死亡を確認できるまで凍死していると考えてはならない
また、助け出して処置を始めてから死亡させてはならない
いわゆるレスキュー・デスを防ぐ為には軽症と重症の判断を確実にし、それぞれに適切な処置を行うべきである
症状 処置
軽症の低体温症
(深部温度が32度以上)
寒気を訴えて、震えている
体を温める事以外に感心を持たなくなり否定的
不機嫌
手の動きに始まり、協調運動がうまくいかなくなる
服のボタンをかけられないなど単純作業がうまく出来ない
つまづく

それ以上体が冷えないようにする
手近な手段で暖めてやる
そけい部、わきの下などをお湯を入れた
ポリタンなどで暖める
脱水から脱する為に暖かい飲み物を与える
(ただし充分保温した上で)

症状 処置
重症の低体温症
(深部温度が32度以下)
「大丈夫です」の言葉を信用しない!
精神状態が不安定になり、保温に無関心になる
思考力の低下、決断力の鈍磨、間違った判断
協力的に見えて非協力的
震えが止まる
運動失調
冷たい皮膚
脈は弱く触れにくいが個人差がある
血圧は測りにくいが、正常のこともある
心音は弱い
便、尿失禁
アセトン臭の息

即刻、病院に運ぶ
野外での加温は極力避ける
設備の整った病院で加温を行う
体が冷えている間は「代謝の冷蔵庫」に入っていて
脳は守られている状態

病院に運ぶのが不可能であれば
胴体(そけい部、わきの下、首)をゆっくり温める
ゆっくりとマウスツーマウスにより気道を加温、加湿
動かす時は、ゆっくり、ゆっくりと行う
冷え切った血液が急激に心臓に流れ込まないように
常に体を水平に保つ


心室細動に致る機序

冷却→抹消血管の収縮
循環減少
血液の停滞 
組織の壊死
低酸素により酸・カリウムが上昇
この冷却され、酸やカリウムが上昇した血液は容易に興奮性の高まった心臓を
刺激し心室細動を誘発する。
心室細動は、重症の不整脈で、これが起きると心臓から血液が駆出されない
心室細動を起した人は2〜3分以内に死亡する。唯一の治療法は電気ショック。
よって、加温、移動時には急激に心臓への還流を起さないように細心の注意を払う

救助の実際
状況 氷点下の中、川に落ちたハンターを探しに行った友人は、水辺でジャケットの胸をはだけ、あ然としている彼を見つけた
最後に彼を見てから随分と時間が経っていた。
診断 濡れた衣服、激しい寒気、判断能力に欠けた行動により、重症の低体温症であると診断
注意 立ったり、上半身を起したり、体を回転させたり、といったどんな動きにせよ犠牲者が動こうとするのを止めなければならない
呼吸困難、外傷、骨折、特に頚椎骨折などの損傷の有無を確認し、呼吸が不安定な場合は、気道を確保する
熱の喪失がこれ以上続くのを防がなければならない
処置 1.犠牲者をそっと水から出す
2.濡れた服を脱がせ、乾いた服に着替えさせる。着替えがなければ一度脱がせて絞ってから着せる
3.頭・首・胴体に何かしっかりかけてやる
4.地面に何か敷き、地面から断熱する
5.凍傷を避ける為、衣類、靴など身体を締め付ける物をゆるめる
6.できれば、火をおこし、火の熱を反射して逃がさないようにする
7.対流・伝導・蒸発・放射という熱の喪失の4つのメカニズムを思い出し、気が付かないうちに熱が逃げていく道がないか確認する
救助 しっかりしたキャンプを作るプランを考える
犠牲者は避難所やテントの中におく
信頼できる救助隊にどうやって連絡するかのプランを立てる

それでは、この実際を、山に置き換えて考えてみましょう


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