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「新発売!コミュニケーションロボット・HーNR218!

 貴方のご要望に応じて、顔・体型も、完全オーダーメイド!お客様のご要望になんでも応えます!!

 お子様のボディーガードに!家事のお手伝いに!是非一体!コミュニケーションロボット・HーNR218!」



宣伝するのは構わない。

だが。




造るだけ造っておいて、あとは知らぬ存ぜぬ、野となれ山となれ、放置プレイ…とは、人間の十八番か。





科学の子・・・ロボット。



最初は、高齢者の介護を目的に開発された。

やがて、ロボットの使用目的は介護から、どんどん離れていった。



応用という名の乱用。

人間の悪いクセだと、私はつくづく思う。



時が進むにつれて、次から次へと、介護とは関係の無い新機能を備えた新モデルのロボットが生産された。


大量生産されたロボットは、社会問題を引き起こしまくった。



まずは、売れ残ったロボットの廃棄処分問題。

低価格を売りにし、粗悪品ばかりを使用した為、バグを起こしたロボットのリコール問題。

モグリの技術者が、勝手にロボットを不正改造にした挙句、ロボットに犯罪行為をさせる等など…。


どんな問題が沢山起きても、ロボット全て廃棄処分にせよ、とは誰も言わない。

問題が起きたら、企業のトップのハゲ頭が、頭をぺこりと下げて終わってしまう。


それよりも何よりも問題なのは・・・ロボットが働くせいで、ますます人間の仕事が減ってしまったという事。

ロボット嫌いな一部の人間が、ロボット廃止を訴えて、病院で爆破テロを起こしたなんて事件は記憶に新しい。

何故ロボット工場を爆破せず、関係の無い、弱った人間を爆破する必要があるのか、わからない。


そして。


いつの間にか、ロボットは人間の助けどころか、人間から仕事をぶんどる魔の発明だなんて言われだした。



私も…生まれてから、今まで…生きる為には、なりふり構っていられなかった一人だ。


死にもの狂いで身につけたスキルだが…それでも、喰っていくのがやっとだ。






「どうだ?直るか?1週間後、使うんだよ!」




私は、徹夜明けで仮眠をとっていた所を来客のインターホンにたたき起こされた。

一応…一応ね、お客様のお話は、寝起きでもなんでも対応しますよ。私は。



(まだ目が、しょぼしょぼする…。)



目薬を点しながら、ぼやけた作業台の上の”それ”を見て、とりあえず溜息を一つ。



(…こりゃ、また…ヒドイもんだわ…。)



”それ”が、不正改造モノだとすぐにわかって、溜息を口からではなく、鼻から一つ。

こんなに破損する程、酷使しておいて”それ”を1週間後に、また使うから直せという無茶な注文に、溜息をまた鼻から一つ。



「・・・・・・正直、微妙ですね。お客さん・・・これ、不正改造したヤツでしょ。ウチは、こういうの…」


”それ”がどれだけ危ない品か、この客は解っているんだか、解ってないんだか知らないが…

とにかく、お決まりの台詞を口にする私に対し、客は目を血走らせて大声で叫んだ。


「金ならある!直せッ!いや、直してくれ!急いで直してもらわないと、困るんだよッ!!」


(……だったら、壊すなよ。)…と、私こと、黒牢(くろう)は思った。


黒牢とは、私の偽名みたいなものだ。偽名を何回か変えている内に、本名の方はすっかり忘れた。



「……新しいの買った方が早いですよ。ここまで破損させちゃったらね。」


一応、確実で安全なアドバイスをする。


こんな商売してるんだ。これ以上トラブルはゴメンだ。

いちいち、こんなややこしいブツを受け入れていたら、やがてお得意様は犯罪者だらけになって

私にも、やがて後ろに手が回るだろう。




「そんな話、他の店で耳にたこが出来る程聞いた!!直せるんだろ!?直し屋・黒牢だろ!?

 金ならあるんだ!直せ!」


いつの間に、誰が、そんなネーミング付けたんだろう。

名前が知られている割には、儲けが少ない気がするが…まあ、それはいい。

とりあえず、ややこしそうな仕事は、断っておくに限る。


「…私ァね…しがない貧乏工房で、細々商売やってますが、これでも一応プロの職人ですよ。

金を幾ら積まれてもねぇ…直るかどうかもわからないロボを引き取っても…いや、大体オタク…また、壊す気でしょう?

ロボットの目的は、本来使うもんで、壊すもんじゃありませんからね。悪いんですけど、他行って下さいよ。」


すると、客は急に静かになったかと思うと


「・・・・・・・これでも、か?」


私に銃を向けた。



・・・やれやれ。今度は脅しか。最近の客(犯罪者)は、すぐにコレだ。


仕方ない、一応みるだけみてやろうか…。


「・・・一応・・・見るだけ見て、それでもダメなら、諦めて下さいね。

 あ、作業中は、それ以上こちらに来ないで下さいね。危ないですよ、あ、そこ、ケーブル踏みますよ。」



「・・・わかった。さっさと見てくれ。」



私は、特製のビニールグローブをつけると、作業台の上のロボットに向き合った。

改めて見ると・・・やはり、酷い状態だ。


破損も酷いが、一番酷いのは、ロボットの身体に付着している汚れだ。…汚れの正体は、大体想像はつく。

状態は…どうやら…ロボットにはご法度の水をかけられた上、半日放置したようだ。



・・・まったく、素人が。



「まず…データやメモリーをこっちに移して………まずは、洗浄か…。」



ロボットの状態を見るだけでも・・・2時間はかかりそうだ。溜息は自然と出てくる。

そんな私の傍らから、焦りと苛立ちが頂点に達した客の怒号が、唾と一緒に飛んできた。


「…オイッ!どうなんだッ!?ちゃんと見てるのかッ!?

 手抜きしやがったら女でも承知しないぞ!俺の大事な商売道具なんだ!早く直せ!」



徹夜明けに、作業場で大声を何度も出されちゃ…もう、客といえども、我慢がならない。

さっきから、銃口を向けられているのも、気に入らない。



「・・・ぴーぴー耳元で、うるっせーなっ!この野郎ッ!」



私は、感情に任せて、その場にあったレーザー銃を照射した。

勿論、コレは暴走したロボットに向けて使うもので、人間に向けてはいけない。



”じゅっ”という良い音の後に、鉄の壁が焼ける匂いがした。



「素人が近寄るなって言ってんだろッ!感電してえのかッ!?テメエも一緒に解体すんぞッ!!」



私が一気にまくし立てると、客は…やっとこさ、大人しいお客様になってくれた。




(・・・・・・あーあ・・・脅し文句まで、師匠に似てきたな・・・私・・・)



この際、徹夜明けだの、客の態度だのは関係なかった。


目の前のロボットは…何かの事故で破損したなんて生易しいものじゃなかったから。


ロボットは明らかに、人為的な力で壊されていた。



指の関節が全て折られている等…人間の欲望の赴くままに…まるで”壊す事”を楽しむような…

反吐が出そうなロボットの扱い方が目に見える。


しかし、そんなモノは、この商売では不要だ。


ロボットは、人間のように見えるが…人間じゃない。

ロボットはロボット。人間のように扱ってもいいが、人間ではない。

彼らロボットは、時に、家族のように、友達のように、恋人のように…そうやって、人間に接するようにプログラムされているだけだ。


そして・・・その域を、越えてはいけない。


彼らも私達も。




・・・そして、私はそんな彼らロボットを、直すだけだ。





[ Blood disc  ]




人一人で、ロボット工房を経営するのは、難しい。

女一人でロボットなんかイジッても、嫁にいけないと周囲のオッサンはよく言った。

そんな周囲に対し『じゃあ、嫁になれば、安定した生活と必ず3食食わせてくれるのか?』と私が真顔で言ったら

オッサンは苦笑いして、自分のメシ代くらい自分で稼げと酒を煽っていた。


生きるのは、いつの時代も難しい。

幸せを追求しても、掴むのはもっと難しい。

だが、死ぬのは簡単だ。

喰わないだけで死ねるし、自分が死にたくなくても、ぽっくりつまらない理由で死んでしまう。



ただ、働く意欲と手に職さえあれば・・・一応、ナントカ喰っていけるのが、この街だ。



ここは、日当たりの悪い街。高層ビルの御蔭で、太陽の光があまり入ってこない。

昼でも、夜のような…不思議な薄暗さを保つ街だ。

その薄暗さに紛れるように、この街の中では犯罪ギリギリアウトな出来事が、毎日起こっている。

この街の住人は”スリリングな街”だと表現している。



私の貧乏工房の中で、綺麗なのは作業場の中のテントスペースだけ。

他は、私の師匠の代から、埃まみれの小汚い工房だった。

空気清浄機のフィルターも、交換を促すランプが点灯したまま・・・1年くらい経っている。



「・・・で、結局直す事になったのね?そのロボット。」


凛は、パーツの入ったダンボール箱を置くと、呆れたようにそう言った。

タンクトップにオーバーオールが制服のような少女だ。

健康的に日焼けしている肌に、茶色いポニーテールを揺らして、私の工房を我が家のように歩き回っている。


凜は、うちの工房に部品を卸してくれるパーツ問屋の主人の娘だ。



パーツ屋の主人こと”とっつあん”(私はそう呼んでいる)は、私の見習い時代から知り合いだし

職人同士、話も専門用語も説明要らずですぐに済む…が。


娘の凛は、まだまだヒヨッコのクソガキだ。

だが・・・配達や注文とりは決まって、この凛がやって来る。


コイツが来ると、女の生活がこんなんじゃダメだとあーだこーだと口うるさいし、勝手に片付けるし

私の作業中にも5歳も年下のクセに、平気でタメ口で話しかけてくるから、困る。

とはいえ、パーツ屋のとっつあんは、娘の凜を溺愛している。

下手に泣かせたら…パーツどころか、ネジすらくれなくなる。



「…商売、だからね。金は、前金で60万。気に入らない客だけど・・・あ、レーザーメス取って…。」



私は、作業台の上のロボットを修理していた。

洗浄しても取れない汚れの部分や、破損したパーツは、部品を取り替えるしかない。

60%以上の破損…普通なら、買い換えた方が早いと思う。

しかし、客のニーズには、応えるのが商売人。


・・・そして、目の前の仕事に、己の全ての技術をぶつけるのが、職人だ。



「それはそれ、商売は商売って事ね。うちのツケも溜まってるし。…はい、レーザーメス。」



凜は、チクチクと嫌味を発して、慣れた足裁きで私の作業場の配線をひょいひょい避けながら

これまた慣れた手つきで、レーザーメスを私に手渡した。



「(ちっ…クソガキめ…)…ま、そういう事。」


私は、小言を飲み込んで、ロボットの体にメスを入れた。


あの礼儀知らずの客が持ち込んできたのは”愛玩用ロボット”・・・と言えば、聞こえはいいのだろうが。

はっきり言ってしまえば・・・組み込まれた違法パーツといい、プログラムといい…


”動けるダッチワイフ”といった所か。



それを踏まえたとしても・・・このロボットの損傷は酷かった。



あの客の男は…”運悪く、サディストな客に当たってしまった”

”ヤツは多分、女の首を絞めてないと勃たないんだ”等と愚痴っていた。

このロボットが機能を停止した原因は、そのサディストの所業かもしれないが…随分と前から不調は出ていたハズだ。

メンテナンスも満足にしてない。



…所詮は人形だから、か?

ロボットだから、何をしても構わない、壊れたら直せば済む…罪悪感も何も感じずに愉しめる。

コレは、壊れたのであって、殺しにはならないから。




・・・本当に、人間というヤツは、科学を”有効利用”してくれるよ。まったく。




いや、今は・・・このロボットがどう扱われていたかは、どうでもいいんだ。



「それにしても・・・それ、愛玩ロボット…だっけ?ひどいもんね。」


凜はのん気に、私の隣で、しげしげとロボットを眺めていた。


未成年には、あまり相応しい社会見学とは言えないが…これもまた事実だ。

手を動かしながら、私は丁寧に修復不可能なパーツを取り出す。


「酷いのは、損傷だけじゃないよ。違法パーツてんこ盛り。」


「…違法パーツ?…」


「…ほら、一時期問題になったでしょ?

人間の臓器とか、体の一部だけを完全にパーツに再現して、ロボットに組み込む…

研修医の為の手術の練習用の…あァ…こっちもダメだ…。あの、医療機関専用のロボットパーツだった、アレ。」



私がそう言うと、さすがはパーツ屋の娘。

一応、その手の話題はちゃんと覚えているらしく、私の話を聞いて”ああ、なるほどね”という顔をした。


「ああ・・・一般のパーツ屋にソレが流れて、一時期大問題になったっけ…ウチも警察から、ガサ入れ喰らったわ。

 お父さんは一日中不機嫌だし、あたしの部屋もグッチャグチャ・・・いい迷惑だった。」


違法パーツは、政府の許可証なく、ロボットに組み込む事、所持する事、造る事を禁じられたパーツをさす。


銃火器、刃物類のパーツは、勿論NG。

ロボット三原則を破るように(作ったヤツの目的は、未だに不明)プログラムされたディスクやそれに準ずるプログラムも不可。


また私の目の前にある、ロボットのように…

本来、医療機関でしか使えないパーツを許可なく勝手に売買、組み込む、使用するのは禁止されている。


これは、一時期、ロボットにこの手のパーツを組み込んで、違法に風俗営業をやって荒稼ぎしたヤツがいて

満足にロボットのメンテナンスをしていなかった為、性病が流行したり

愛玩用ロボットが、サービス中に暴走して、不憫な腹上死を遂げる”事故”が増えたからだ。



目の前のロボットも…実は…立派なロボット規制法違反の危ないロボット。



「アレが、まだ裏の世界では、密かに製造、流通していて…このロボットには、ソレが組み込まれている。

 しかも、素人だか、新人職人が組み込んだか知らないけど…酷いもんだわ。」


「・・・え?どこ?どこのパーツ?・・・もしかして、舌?」


…マセガキの考えそうな事だ。


「い〜や違う・・・それは・・・」


と正解を言いかけたが、それ以上はやはり未成年には、教育上よろしくない。

それに、これからそのパーツを取り出さなければならない。



「・・・あー・・・この先は、あんまり見ないほうが良いんじゃない?お嬢ちゃんには、刺激が強いよ。」


私がそう言うと、凜はムッとした。


「何よ。あたしだって、部品卸してるんですからね、見る権利ぐらいあるじゃない。」


そう言うと、私のそばにグイッと張り付いて、ロボットを見た。

・・・ダメだ、このお嬢さんには、何を言ってもカンフル剤だな・・・。



「・・・じゃあ・・・そこらで吐くんじゃないわよ。」


…一応、注意をしてから、作業に入る。

この愛玩用ロボットのメイン、と言った所だろう…。




「・・・・・・・・うっ・・・なに、これ・・・」



「・・・女性器の再現ってとこだろうね・・・あーァ・・・・・・。

全く・・・ロボットだからか、そういうプレイが好きなんだか、知らないけど…ね…。」


まず、異臭がした。

満足なメンテナンスをしていないもんだから…清掃されなかった体液のカスが、パーツの奥で異臭を発していた。

…パーツ自体は、とても精巧なものだった。破損した後だから、その影も形も無いが…恐らく、それは高級品。


無理矢理、モノを突っ込んだか…器具で無理矢理、広げたか…。

とにかく、力任せに、暴力的で、稚拙な性行為に付き合わされたロボットのパーツは、ボロボロになっていた。

中のパーツだけじゃない。

指の関節も、一本一本・・・ご丁寧に全て折られている。一体どういうプレイだ?

性行為というより、拷問を楽しむと言った感じか…。外道め。


「……人じゃないからってココまでやるか……って……凜…大丈夫?」


作業を続ける私の横で、凜は口元をおさえ、青い顔をしていた。


「…ッ…・・・く、黒牢の方がどうかしてるわよッ……こんなの・・・ロボットじゃないわ・・・!!」


・・・だから言わんこっちゃ無い。

ロボットとはいえ…愛玩用ロボットのパーツの殆どは、リアルに出来ているので、ロボットらしくは無い。

ここまで人体に近いリアルなパーツが揃ったロボットを素人が見れば、人体解剖を見学している気分だろう。

傍から見れば…ロボット解体、というよりも…人間を解体しているようにも見えるかもしれない。


「う・・・気持ち、悪い…」


やはり、未成年に見せるにはまだまだ早い、というか…見せなくても良かったな。と感じた。


ロボットに繋がれているケーブルや、私の真正面にあるPC画面が”これは紛れもなくロボットですよ”と証明してくれている。



「だから、こういうパーツは…人間の臓器を再現していて、それがウリなの。……うん…こっちは…ダメね……」


ついに凜は、冷静に作業を続ける私から、離れて手洗い場へと駆け込んだ。

私は、そのまま作業を続けながら、考えていた。


(ここまで破損しているんなら、取り替えないと、このパーツは、元には戻せないな…)


破損していたこの違法パーツを入手するには、それなりの期間と金が必要だ。

あの礼儀知らずの客の”1週間以内に直せ”という注文に応えられるか…正直言えば、不可能だろう…。


…いや、言い訳する前に、やるだけやらないと…。


…いっそ、この違法パーツの部分を・・・別のパーツで代用するか…?

しかし、そうすると…元通りにしろという客の注文に反する…。



考えを巡らせる私の背後から、凜がフラフラと出てきた。



「・・・黒牢、アンタ・・・どうして、こんな仕事引き受けたのよ・・・」



凜の言葉には、私を責めるような”棘”があった。

…なんとなくだが、若者の言いたい事はわかっていた。


「どうしてって・・・直して、と依頼されたら、直すのが私の仕事、だから。」


作業をしながら、私はそう答えた。


「直したって…また、壊されるかもしれないじゃない…

 直っても、また…変な事させられるんでしょ?このロボット…。」


「・・・だろうね。そういうロボットだから。」


何度直しても…ロボットの主人の扱い方・思考・・・いや、主人自体が変わらない限り

このロボットは、また同じように壊れるだろう。

しかし、直し屋の私に出来ることと言ったら・・・・・・直す、だけ。



淡々と作業を続ける私を、少し離れた場所で見ながら、凜は言った。



「ねえ黒牢・・・ロボットに携わる人間なら…こんなの見て……心が、痛んだりしないの?」



心が痛む・・・それは、こんなに壊されてかわいそうだとか

例え直したとしても・・・また壊されてしまうロボットに対しての、哀れみか?



「・・・ロボット直す時は、かわいそうだとか、人間特有の心は持っちゃいけない・・・師匠の遺言だ。」



私が心を痛めても、コイツは直らない。

人間と違って、自然治癒なんて、存在しないのだ。


丁寧に、直してやる事しか出来ない。



凜は、私を見ながら言った。



「・・・でも、それでも・・・私、黒牢がそうやって平然と直して、元の客に手渡すの、想像するだけで

 ロボットだから何をしても構わないって、認めちゃってるみたいで・・・嫌だ。」


時に、子供は・・・真理を突くなぁ・・・

いや、それだけ私の考え方が・・・真っ直ぐ綺麗な道から外れて、濁ってしまったのだろうか。

そんな事はわかっているだとか、そんなの当たり前の事だなんて思っても

仕方が無いとか、大人の事情だとかで片付けようとする自分がいる。


・・・結局は、自分の都合でしかないくせに、だ。



「・・・誰も、何をしても構わないなんて言ってないよ。」


・・・凜もまた職人の娘、と言ったところか。

ロボットに携わる職人と、そうでない人間の違いは、ロボットに対しての…そういう心構えだ。


「じゃあ…!」


熱くなる未成年の言葉を遮り、私は言った。


「私は壊れたロボットは直せるけどね…人間は範囲外。


ただし・・・私はね、壊れっぱなしのロボットが目の前にいたら、直したくてウズウズするの。だから直すの。」



それに、それが私の仕事であり、それで明日の食事が得られるのだ。

やるしかない。


私は、凜に追加のパーツを注文すると、作業に戻った。

凜は何かを言いたそうにしていたが、やがて諦めたように帰って行った。



作業は、順調に進んだ。

ロボットの身体は、ほぼ80%修復できた。

…よくぞ、ここまで修復出来た。と自分でも感心する。



あとは、凜に頼んだパーツが届いて、それを組み込めば・・・ロボットは請求書を持って歩いて、主人の元へと帰ってくれる。






・・・ところが・・・


そのロボットを預かって、3日目の夜。




満足に眠らぬまま、作業に追われる私の耳に、携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。


電話の相手は、パーツ屋の”とっつあん”だった。



とっつあんの話は、私の脳天を直撃した。



「・・・・・・・・・・なんだって!?あの男が捕まったァ!?」



なんという事だ…!


今、私が全精力を注いで直しているこのロボットのマスター(主人)であり、大事な請求書先(重要)が・・・


逮捕。刑務所に入ってしまった。



『黒牢…今回だけは、運が悪かったなァ…あの男、お前にロボットを預けて1日も経たずに、警察にとっ捕まったらしい。

何でも、お前に預けたロボットの他にも…色々、不正改造ロボットを使って、荒稼ぎしていたらしい。

F地区の風俗街を中心に不正改造ロボットの一斉検挙の網に引っかかったんだ。

大捕り物だったってよ。不運なヤツだ。』



「………」


とっつあんの事情説明を聞きつつも、私は言葉を失ったままだった。

何せ…体力も、工房にあるパーツも…何もかもを使い切って励んだ仕事だっただけに…

請求先も、直した自分のロボットの働き口も、まるまる浮いてしまうのだ…




せめて・・・せめて・・・代金払ってから、警察にしょっぴかれなさいよ――ッ!!



そうは言っても、もう後の祭りだってのは、わかるから…思うだけにする…。




『…気を落としている暇はねえぞ、わかるな?黒牢。…いずれこっちにも、また警察の手が回る。

お前も、この街でロボットを扱う人間なら、しっかり”後始末”するんだな。お前が捕まったら、こっちまで芋蔓式だ。

せいぜい気をつけてくれよ。何せ、凜はまだ嫁入り前…』



いつもの事だが、とっつあんの話は最終的に、娘・凜の自慢話になる。

いつもなら、根気よく”へーへー”と相槌連呼すればいいだけなのだが、今の私にそんな気力は無かった。


とっつあんの店に注文したパーツ(違法パーツ以外)は、いずれこちらに届く。

前金で、今までのツケは払えるが…新しいツケが増える事になりそうだ…。


(…当面は、また…カップ麺生活ね…。ははは…。)




私は、とっつあんの電話の後にとりあえず、何もかもを脱ぎ捨てて、そのままベッドに倒れこんだ。


こんな事、昔から何度もあった。


料金を払わずに、海外へ逃亡してしまう客・納品する前に、殺されてしまった客。

直したのに、イチャモンつけて結局、ロボット受け取り拒否した客。

金と体力、時間…色々なモノを失いつつも…私はこの商売を続けた。


どんな状況になっても、私は”明日からどうやって生活しよう”だなんて不安は、もう不安でもなくなっていた。

健全な暮らしをしている人間は”そんなの危機感がなくなっただけだ”と言うだろうが…。


だが、今回のコレは…。

不安とかそんなもんで、片付けられるモノじゃあない…。


このガラクタ寸前まで破壊されたロボットが直っていく姿に

少なからず職人として…喜びのようなものを感じていたのは、数分前まで。

久々の手応えのようなモノを感じていた矢先に…まさかロボットの主人が捕まる、とは…。

…あの客が捕まるのは、いずれ…時間の問題だったのかもしれない。


しかし。

折角直っても、身請け先が無い上……このまま、このロボットをウチに置いておけば…警察に押収されかねない。


私は、ベッドから起き上がり、作業台へと歩いた。



ロボットの少女は、まるでやすらかに眠っているように見えた。

触れば冷たく、だが、まるで人間のような皮膚の手触り。

布で覆われていない部分は、殆ど修復できている。


ボロボロになった姿しか見ていないので、ここまで修復して、今…初めて。

私は、このロボットの顔を改めて眺める事が出来た。



今では、当たり前になったが…これら、ロボット達は…本当にロボットなのか解らなくなる程、精巧になっていた。


表情は、人間の気持ちを不快にさせない為、笑顔を作り。

体は、人間の欲望を埋める為、改造を施される。


人間に出来ない事を、出来るモノだからこそ…なせる業か。



・・・なんという発明品だろうか。



技術だけは、こんなに進歩していくのに…

人間は…単純な幸せの追求すら忘れて、短絡的な欲望に走る。




・・・なんてね。


人類代表でもないのに、こんな事を貧乏工房の真ん中で素っ裸の女が論じても、何の説得力も無い。



いや、別に誰にこんな事を論じたくて、思っている訳でもない。



ただ・・・。





 ”ねえ黒牢・・・ロボットに携わる人間なら…こんなの見て……心が、痛んだりしないの?”




凜の言葉が、今になって効いてくる。



痛む心を、ロボットは持たない。

私達、人間が心を痛めても、彼らには解らないし、直る事も無い。



だから・・・。




「……別に、お前が悪いわけじゃ、ないんだけど…」


口から出るのは、言い訳か?それとも…。


・・・こんな感傷に浸るのは・・・直し屋としては、いかがなものか。

天国だか地獄だか、どっちにいるかわからん師匠も、こんな弟子をきっと鼻で笑う。




…なのに…



 ”・・・でも、それでも・・・私、黒牢がそうやって平然と直して、元の客に手渡すの、想像するだけで

  ロボットだから何をしても構わないって、認めちゃってるみたいで・・・嫌だ。”



・・・私は、認めてなんていない。



実は、あの客が捕まって、私は少しホッとしている。

あの客に…コイツを納品しなくて、済むのだと。



私の今、持っている最高の技術で修理した、このロボットを。




 ”ねえ黒牢・・・ロボットに携わる人間なら…こんなの見て……心が、痛んだりしないの?”






…さあね。




・・・ただ・・・





「・・・いいか?私はね、壊れっぱなしのロボットが目の前にいたら、直したくなるんだよ・・・



 ・・・・・いいか?直すからね・・・必ず。」



私は、ロボットに…いや、自分自身にそう言った。


そして、脱ぎ散らかした作業着を洗濯機に放り込むと、乾いた新しい作業着に腕を通した。


その時を境に、私は時間を忘れた。





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