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「まったく、呆れたわ。」




私が、この世界には時間がある事を思い出した時、あの客がとっ捕まってから1週間以上経過していた。


「…連日連夜、満足に食事もしないで、マスター無しの風俗ロボット修理して、ぶっ倒れるなんて…

あたしが見つけてなかったら、今頃、どうなってた事か。

それとも、それが師匠の教えってヤツなの?なんの儲けも出ないのに、よくもまあ・・・」


凜は、説教を垂れ流しながら、どこか誇らしげに私の元に食事を運んできた。

当の私は、裸に作業着を着て作業を始めてから、何日だったのだろうか、覚えていない。


あのロボットを、片っ端から、直して直して…気が付いたら、ぶっ倒れていた。


・・・で。


第一発見者が、よりにもよって、どうしてコイツ、凜なんだ…。

頼んでもいないのに、次から次へと食事という名の”スープ”が何種類も出てくる。


スープだけが、何種類も。

・・・繰り返すが、目の前にはスープしか、ない。


・・・・・・拷問か?コレ・・・。



「・・・はいはい、ありがとう。」

とりあえず、贅沢は言わず、出されたスープを素直に口に運ぶ。



・・・・・・・・・・・・・味は、まあ・・・・・その・・・・・・・・・・ガッツリと、舌の上にのしかかる度に、不味いんだが・・・。

・・・液体とは思えない・・・なんだ、この重量感のあるスープ?は・・・。


「・・・どう?味・・・。」


凜は、不安そうに私を見る。

不安なのは、これからの私の味覚が正常を保てるかどうかだが…


「・・・・・・好きな人は、好きなんじゃない?こういうの。」


・・・とりあえず、そう言うしか無いだろう・・・。


「…それって、美味しいって事よね?」


凜の問いに、私はスープをすする事で誤魔化した。


「・・・・・・(ズズーッ)」


スープの味は、おいといて。

それにしても、私も夢中になり過ぎた…。



…職人とかそういうの以前に、人としてどうなんだろう、と。




「…で、どうして直したのよ。…どうせ、それ、廃棄処分でしょ?」


最後のスープを運び終わると、凜は私の隣に椅子を引き摺って持ってきて、座った。

ココに来て、スープを作り始めている時から凜は、何故かとても不機嫌だった。


「……言ったでしょ。壊れっぱなしのロボットが目の前にいたら、直したくなるって。

 それで、直ったんだから、別に廃棄する必要はないでしょ?」


「・・・それだけ?ほんとに?」


「・・・いやに気にするわね。」


凜は、いやに真剣に、私の目を覗き込むようにしつこく尋ねた。

凜の言う通り、どうせ時期が来れば廃棄処分、私がこんなになるほど作業をする必要は無い。

直ったら直ったで、ロボットを中古屋に売るとか、処分の方法は色々ある。


とっつあんが言っていた警察のガサ入れの情報だって、今の所ないし

むしろ今、私があのロボットを廃棄処分場に行ったら、捕まりそうなものだ。


それにしたって、凜がそんなに気にしなくてもいい事柄だ。

…とっつあんにでも、言われたか…?



「…覚えてないんだ?」

「何が?」


先ほどから凜は、私に質問しかしない。



「…2日前、人が折角パーツを届けに来てやったのに、人の顔も見ないで”そこ置いとけ”って言ったきり。

ロボットしか見ないで、作業ばっかり。人が心配して声掛けてやってるのに、聞いてもくれなかった。」


その口ぶりは、どこか私を非難しているようにも聞こえた。



・・・それにしても・・・


(・・・・・全然・・・覚えてない・・・。)


凜がパーツを届けてくれたらしい事は……全然記憶になかった。

思い出そうとしても、全くと言っていいほど、思い出せない。

食事の回数もろくに覚えてないのに、来客の言った事なんて覚えている筈も無い。


私が黙っていると、凜は更に口を開いた。


「せっかく直したんでしょうけど、もう、そのロボットのマスターは檻の中。

刑務所に入った時点で、あの客のロボットを所有する正式な資格は、剥奪されて、6年間はロボットを買う事も許されない。

つまり、あんなの…黒牢が身を削って直しても…儲けもなければ、どこにも帰る場所なんか無いのよ。

・・・それなのに・・・ずっと工房にこもって・・・私がいても無視して、ずっとあんなのいじりまわして・・・」



凜は、私を非難していた。

・・・なんで、私に構ってくれないのよ!と言うような。



「・・・・・んー・・・ごめん、ここ数日の事、全然覚えてないんだわ。」


私がそう言うと、テーブルをひっくり返す勢いで、凜は立ち上がった。



「・・・・・・・・・・・・・・倒れて当然だわッ!!もう、そのロボに面倒みてもらえばッ!?」



金切り声に近い、その叫びに私はひっくり返った…凜は足音・埃をドカドカたてながら帰っていった。



「・・・・・・なんなのよ・・・あの落ち着きの無い娘は。というか、スープに何入れたんだか・・・。」





私は、スープで空腹をたぷんたぷんに満たすと…再び作業台に戻った。


そこには…凜と同じくらいの年の少女がいた。

いや、正確には・・・ロボットだが。



「…………さて…起動チェックしてみるか…」



…違法パーツは、修復出来ないモノは、殆ど取り除いた。

だから、その代わりとなるパーツを…ウチにあるだけのパーツをありったけ、全てコイツに組み込んだ。


思い返せば…私は、客の為にロボットを直したり、改造したりはしたが…

自分の趣味というか、自分の為にロボットをいじったことなんか、なかった。

仕事に私情なんか禁物だと、師匠に嫌と言うほど叩き込まれたせいかもしれない。


しかし、上手く動いてくれるだろうか…。

あまりにも違法パーツや改造が多過ぎた為、それを取り払って作り上げた。

…今更ながら…ちゃんと動くかは正直、自信が無い。




私は、ロボットを起動させた。



ロボットが起動するまで…長い。

なかなか、ロボットの瞼が開かない。


(・・・パーツの相性が悪かったかな・・・かなりというか、殆ど取り替えたからなァ・・・)


数分が経過し…20分以上経過した所で、やはり失敗かと、私は瞼を閉じた。


そして、何日も着っぱなしだった作業着のジッパーを下げた。


趣味の時間は終わりだ。

シャワーを浴びて、ゆっくり眠って…




『…おはよう・マスター。』




突然、声がした。・・・少女の声だ。

目を開けて、作業台を見ると、ロボットが起き上がってこちらをみていた。


ココに運ばれてきた当初、洗浄剤の影響でくすんだ金色になった髪の毛は、黒く染めてストレートにした。

瞳の色は、パーツが足りなくて右が緑、左は紫…と左右の色が違う。

ロボットの顔くらいの大きさの胸のシリコンも、身体に負担が大きくなる為、大幅に取り除き…つまりは貧乳仕様になった。

・・・まあ、私の趣味で造ったロボットには、パイズリとか、胸の大きさなんて必要も無いしね。



「…お、おはよう…えーと…おはよう、うん…」


私は、たどたどしく挨拶をした。


『おはよう・マスター。今朝のムスコの具合はどうかしら?』



「・・・・・・・・・・・。」



いかん、コイツが風俗専用に扱われていたのを忘れていた…。

私は、すぐにロボットの改造されていた言語とコミュニケーション機能を修正した。



『おはよう・マスター…本日、サンフランシスコは晴れ…

 主なイベントは、新人アーティスト・コンバット=ウエハースのCD発売イベントが…』


「・・・・・なんでサンフランシスコ基準なのよ・・・・・。」


私は、すぐにロボットの改造されていた言語とコミュニケーション機能を修正した。


『マスター・テラ・バロス』


「……うわ、腹立つ…」


私は、すぐにロボットの改造されていた言語とコミュニケーション機能を修正した。



『おはようさん!松島菜々子です〜っていうて〜あっはっはっはっは!

 もう、おばちゃん、びっくりやわァー!あ、アメちゃん食べるぅー?黒蜜アメちゃ…』


「・・・・・・・よりにもよって、コテコテの関西か…」



私は、ロボットの中を再度、チェックした。

不正改造されている影響か、それとも他に何か原因があるのか…



「・・・・・・・・・なんだ・・・コレ・・・」



ロボットの体には、ディスクが埋め込まれている。人間で言う、脳だ。

人間と違って、ロボットは脳を複数持っている。壊れた時の保険のようなものだ。

頭は、一番衝撃を受けやすいので、こういうディスクは基本、身体の中に埋め込まれるのだが…。


このロボットのディスクは、身体に3つ埋め込まれており…そして頭に、もう一つ埋め込まれていた。



頭部に埋め込まれていたのは…”赤いディスク”だった。





それを見た瞬間、私の脳裏にふと”Blood disc”という単語が浮かんだ。





いや、あんなの…単なる噂だ。馬鹿馬鹿しい。




「……まさか、ね…。」



とりあえず、この赤いディスクを抜いて、再度、起動してみる。



ところが…



『…プログラムの規定により、全データの消去を開始します。』



「・・・はあッ!?」



突然の出来事。

こんな事は初めてだ。


何がなんだか解らないうちに、ロボットは初期化されてしまった。

どうやら、赤いディスクを抜くと、自動的に全てのデータがフォーマットされる仕組みになっていたらしい。


・・・・・・まあ、いいか。肝心の主人は、塀の中だし。ロボットを引き取れるはずもない。

コイツの大体のデータは、私のPCの中にある。

別に…0からでも構わない。データの事は、コイツが直ったら、またその時考えよう。


・・・ところが。


赤いディスクを抜いてから、うんともすんとも…コイツが起動しない。

・・・直すのにも苦労したが・・・ここまで手間が掛かるロボットも珍しい。


私は、そのまま朝まで作業を続けた。


そこから、また時間の境目を私は見失った。

夜か朝か、時計の針が動いていようとも、いなくとも、私はただひたすらにロボットに向き合い続けた。



・・・どうして、そこまでこのロボットに入れ込むのか。

壊れていれば、直したくなるなんて言ったが、自分でもさすがに・・・不思議に思えてきた。





やがて、目の前が真っ暗になった。













『…おはよう・マスター…』





「ん・・・あ・・・?」


声が聞こえ、心地良いまどろみから、私は目を覚ました。


(……起動、してる…?)



私を見下ろしているのは、間違いなく、あのロボットだった。どうやら、やっと…起動してくれたようだ。

ロボットは、上体を起こし、太腿を枕によだれを流しながら寝ていた私の頭を、まだ撫でていた。



『…おはようございます・マスター。』


そう言って、表情をふにゃりと笑顔にした。

言語は一昔前のロボットのようになったが、まあいい。返ってロボットらしくなって良い。


(……ああ、今度は、ちゃんと直ってるみたい…)



私は、よりにもよって、ロボットの上で突っ伏して寝ていたらしい。

このロボットの太腿の柔らかさや温かさは、本当に心地良く、気を抜くと、また眠りの世界へ旅立ちそうだった。




『・・・・・・?』



ぼーっとロボットを見つめる私を、ロボットは、首をかしげて私の顔を見つめ返した。

私の頭を撫で続ける手、指も…体の関節はちゃんと動いている。



「…直ったのね…」


今までに無い、達成感のようなものが湧き上がった。

単純に、嬉しかった。




『…マスター・質問が・あります。』


…言語機能をいじりすぎたか、少しぎこちない喋り方になったな…と私は思った。

いや、だが…ロボットらしくなっていいじゃないか、と思い直した。



「・・・何?」


『私の名称を・教えて下さい。』



(・・・名前か・・・)


しかし、困った。

私は…この手の名前をつけるのが苦手だ。


犬を飼えば、悩んだ末に…大抵…タロウ。

一時期、タロウが3匹いた事もあるが、いつの間にか…首輪を外して3匹とも脱走してしまった。


猫を飼えば、悩み抜いた末に…大抵…ミケ。

三毛猫でもないのにミケという名の飼い猫は、歴代4匹。

…そういえば、4匹共…私に懐く事無く、どこかへ行ってしまったな。



そんな訳で。


私が、このロボットの名称に悩んだのは…言うまでも無い。

”ロボ子”とか”ドラミ”なんて呼ぶのも恥ずかしいし…



『…マスター?』


「………えーと……考えておく。」


『はい・わかりました』


私はロボットの太腿から起き上がった。

右手の中には、あの赤いディスクがあった。


(…コレは、結局なんだったんだろう…後で調べてみるか…)


私は赤いディスクを、作業台の下にある箱の中に適当に放り込んだ。


「・・・・あ、涎乾いてる・・・」


私が眠っている間に、出てしまった私の涎。

布巾を探す私に、ロボットは言った。


『気にしないで下さい・マスターは・随分と・お疲れのようです』


プログラム通りとはいえ、嬉しい言葉だ。

いや、プログラム通りだからこそ、職人としては嬉しい言葉だった。


「・・・いや、お前が起動してくれて、疲れなんて吹っ飛んだわ。」


『疲労が・吹っ飛ぶ?』


「…あー…言い換えると、お前が起動してくれて、私は嬉しくて、疲れている事を忘れてしまったって事。」


私がそう答えると、ロボットは”ちゃんと動いてくれた”。



『それは・想定外の効果です・私は・マスターのお役に立てて・嬉しいです・しかし疲労には・休息が一番です』



「…そうね…とりあえず、太腿を拭こう…服も着せないと…」


私は台所から布巾を持ってきて、ロボットの太腿を拭いた。


ところが。


『…あッ…』


「・・・ん?」


私が太腿を拭くたびに、ロボットが声を漏らす。


「…どうしたの?」

『…私は・そういう風に・プログラムされています・この恥部付近・または胸・人間でいう・性感帯に相当する部位を撫でると…』


「ああ、いや説明はいい。……おかしいなァ…そういう機能、直したと思ったのに…」


相変わらず、コイツのプログラムからは、風俗臭が抜けない。


まだまだ修正が必要だというのか…?

うーん…なかなか、骨が折れるなコイツは。


「・・・・とりあえず、太腿を拭く・・・その後、もう一度メンテナンスよ。」

『わかりまし…あっ…』


「喘がないで。」

『わかりま…ふぅ…ッ…』


「変な吐息もダメ。」

『わかりまッ…くぅ…ぁ……申し訳ありません・制御不能です……はぁん……』


「・・・ここも、メンテナンスが必要ね・・・」

『はい・宜しくお願いします・マスタァ…ん…』


「・・・なるべく、抑える努力して頂戴・・・。」

『はい…ぃ…ぁ…』


「…抑えろって。」


そんなやり取りをしている私の後ろから、何やら嫌な気配…そして、鋭い声が聞こえてきた。



「随分、楽しいメンテナンスね!黒牢!」



玄関で仁王立ちの凜。

目に見えて、怒っているのが解る。


「…あれ、いたの?凜」


「いたらダメなの?それは、ゴメンナサイねッ!お楽しみ中にねッ!!」


オイオイ、何を勘違いしているんだか、と私が言葉を発する前にロボットが発言した。


『こんにちは・お客様・このような格好のままで・失礼いたします』


その言葉を聞くと、凜は急に落ち着きを取り戻し、冷たい視線をロボットに向けた。


「・・・本当ね。サイテー。」


『申し訳ありません』


なんだ、この冷めきった嫌な会話は・・・


私は、それで凜の考えそうな事を悟った。


何せ私の格好は、素肌につなぎの作業着…ジッパーは完全に下りているものだから、半裸に近い。

ロボットはロボットで…ロボットにこんな表現もおかしいが、全裸。


傍から見れば、確かに。


半裸と全裸の女が作業台の上にいる程度で…思春期の少女がふしだらな事を思いつきそうだが…。


(・・・思春期って・・・ホント恥ずかしいなぁ・・・)


私は、察するのも恥ずかしくなって、溜息をつき、ロボットの太腿を拭き終わると、作業台のカバーをロボットにかけた。



「…何の用?凜。パーツの代金なら、ちゃんと払うってとっつあんに言ったし、パーツの注文なら無いよ。」


私がそう言い終わるか否か…今度は言葉と共に玉ねぎが飛んできた。


「…折角…折角、人が…心配して来てやったのに…ッ!風俗愛玩ロボットと変態プレイなんてッ!サイッテー!」


玉ねぎの次は、人参…その次は、ジャガイモ…人をカレー鍋と勘違いしてるんじゃないのか?この娘は。

私は、ひょいひょいとそれをキャッチしながら、冷静に回答する。



「・・・・・一体、何の話よ?・・・女の私が、なんでそんな事しなくちゃならないのよ。それから、モノを投げるな。」


『ご心配なく・マスター・女性用のプログラムも・あります・対応可能です』



(・・・あっちゃー・・・)



・・・一瞬の間・・・。



絶妙なタイミングに、言葉のチョイスも申し分ない。

私はしまったな〜という表情をしつつも…心の中では、言語機能は正常だな、とほくそ笑んでいた。



だが、それとこれは別だ。




「・・・ありがとう、でも”その機能”は使わない。それから、黙ってて。」


『はい』


私とロボットの会話を聞いていた凜は、そこで一気に噴火した。





「黒牢の………馬鹿ーッッ!!!」



最後に飛んできた肉のパックは、受け止め損ねた。

顔にべちっとラップがつき、肉の冷たさが顔面に伝わった。



まったく・・・困ったもんだ。


妙なテンションの娘は、そのまま日本語だかよくわからない言語を金切り声で叫びながら帰っていった。




『…マスター・質問して・宜しいですか?』


「…ん?」


『…あのお客様は・一体・何を・憤慨されていたんでしょうか?』


私は説明しようと努力はしたが、それよりも先に”面倒だな”という思いが先に来た。


「…………あー…後で説明するわ。」


『はい』



その日から、私とロボットの生活が始まった。




私が直したロボットには、主人はいない。

元の主人は、塀の中。



ロボットの記憶のデータは、あの赤いディスクを抜いた時に消えた。

本来の自分の主人の事も、これまでの自分が相手にしてきた客の事も。

残っているデ−タもあるが、壊れているデ−タで、全く使い物にならないし、行動するのに支障は無い。



一応、私のPCの中には、ロボットの記憶のデータはあるから、ダウンロードすれば済む話だ。

あの男が、ロボットを引き取りに来た時の為…一応…そういう名目で、そのデータを保存してはいる。


だが。


・・・おそらく・・・あの客がこのロボットを引き取りに来る事は無いだろう・・・。

ロボットを修理に預けてトンズラなんて、この街では、よくある事だ。



それに。



・・・何故か、私は・・・記憶の取り置きはしても。

例え、あの客がロボットを引き取りに来たとしても・・・引き渡す気は、もう無かった。



愛着が湧いた、と言えばそうなのかもしれない。

何せ、今までの私の職人人生の中で、最も手間が掛かったからという理由だ。

それを…むざむざ、あの男の下らない金儲けに…または、サディストの餌食にされて、ぶち壊されるかと思うと、腹が立った。


大体…正直言えば、あのぶち壊され方も、客の態度も、何もかも気に入らなかった。


・・・職人として、あるまじき事だと、師匠なら言うだろう。

壊してもらわないと、ウチの商売は成り立たないからだ。

いちいちロボットを買い換えられたら、直し屋なんて商売は、とっくに絶滅だ。



『マスター・質問しても宜しいですか?』

「んー?」


ロボットは、順調に稼動していた。

エラーが出る度に私がメンテナンスをした甲斐があって、動きも滑らかになってきたし。



『私は・愛玩用・ですよね?』

「んー。・・・あ、そこの輪ゴムとって。」


『はい。・・・マスター・質問を続けても?』

「んー。」


私は、生返事をしながら、マカロニの袋の開け口を、ロボットに差し出された輪ゴムで閉じた。

ロボットは、その後ろに立っていた。


『…私は・愛玩用のロボットのハズです』

「そうね。」


『しかし・マスターは・一度も・私をご使用になりません』

「いや、だって…私、女だし。」


トマトソースに、茹で上がったマカロニを加えて、私は軽くフライパンをふった。


『他に・私をご使用にならない理由は?』


「んー…性欲が、ないから…かな。…あ、醤油とって…


…ちょっと、オマエ何してるの?火を使ってる時に、身体擦り付けるなって…危ないって」


『…マスター・性欲・湧きませんか?』

「…湧かせてどうするの。」


『基本プログラム通りに行動しています・マスターのお役に立ちたいんです・私は・エッチなロボットですから』

「…サラッと言わないでくれる?」


どういう基本プログラムなのやら。

二言目には、自分はエッチなロボットだとコイツは言う。

エッチなロボットだと宣言すれば、マスターは襲いやすいとでも言うのか。

なんとも・・・親切設計だ。


『しかし・事実です・私は・そういうロボットです』



・・・結局。


私は、コイツの基本行動プログラム・・・つまり、風俗愛玩用ロボットとして活動する義務とやらの修正を止めた。


なんというか、面倒だったからだ。


ちなみに、風俗愛玩用ロボットのプログラム自体は、違法でもなんでもない。

ただ、それに合わせて”違法パーツ”を組み合わせたら、違法ロボットだ。

下ネタトークに長けるロボットがいても、そのロボットの身体に人間の擬似パーツが組み込まれてさえいなければ、何の問題はない。

要するに、人間に近いダッチワイフは、この国では違法扱い、なのだ。


・・・何故かは、知らないが。


それに、基本行動プログラムをいじるという事は…コイツの行動を全否定する事だ。

お掃除ロボットに、部屋を汚せ!と命令するようなものだし。


・・・とにかく、面倒だし。


『…マスターは・どのような性行為が・お好みですか?』

「は?・・・あー・・・えーと・・・」


こうやって、コイツが私に身体をすり寄せる度に…

またぶっ倒れるまで、コイツの基本プログラムを改造するかと何度も考えたが、結局しなかった。


…面倒だったからだ。



『…不感症に対するマッサージプログラムもありますが』

「誰が不感症だ。」



コイツは…マスターである私に(主に性欲に対して)尽くすようにプログラムされているから、そういう行動にでる。

風俗用愛玩ロボットの基本プログラムは、そういう風に出来ている…。

主人のあらゆる性癖に対応出来る様に、色々観察したり、質問したり、行動したりする。




『では・マスターは・私がお嫌いですか?そうであるならば・カスタマイズをおすすめします』

「…いや、嫌いだからって訳じゃ…」


ロボットは、忠実だ。

自分を変える事も、主人の為なら厭わない。



『では・試しに刺激を』

「だ、だからッ!いいっつーの!体を擦り付けるなってばっ!」


私は…コイツをいじる…いや、メンテナンスするという事に興味はあったが

性的な意味で、ロボットをいじる事には興味はさらさら無い。


だが、口説き文句を吐いた時は、流石に寒気がしたので、禁止した。

それに比べたら、体を擦り付ける行為なんて可愛いものだ。

飼い猫が、自分のモノに自分の匂いを擦り付ける様な・・・そんな感じで。



ああ、そういえば…自分に誰かが懐くのは、はじめてかもしれない。



『…しかし・マスター・私は・そういうエッチなロボットです…それに・私自身・マスターに尽くしたい気持ち…

 …気持ち…気持ちよくなってきました…ぁ…』


・・・いや、懐いているとは言い難いな。

忠実なだけか。



「・・・や・め・ろ。」



ロボットに、本当に”快感”というモノがあるのか?

答えは、そういう風にプログラムされている、としか答えようが無い。

まあ…そういう反応が無いと、主人が楽しめないだろうという開発者の努力が伺える。


しかし残念ながら、私は楽しめるどころか、扱いに困る。



(・・・・面倒だが、やっぱり修正すべきかな・・・)




そんな事を思っていた私の後ろでガタンと音がした。


視線を音のした方向に向けると…思春期満開の凜が、歯軋り全開で立っていた。


そして、一言。



「・・・・・・・・サイテー」




その意見には、私も同意したい。



『…ぃ・いらっしゃい…ませ…お客・様…ァ…』

「…ほとほと、タイミングが悪いわね、凜。」


私は、大人の余裕でそう言い返した。

鍋から食器へとマカロニを移し、フォークを口に咥え、食器を持ってパソコンデスクの上へ置いて、椅子に座った。

凜は、周囲をキョロキョロ珍しそうに見回しながら、椅子へ座った。


「・・・随分、片付いてるじゃない。珍しい。」


『ありがとうございます』


嫌味なガキだと私が睨む前に、ロボットがぺこりと頭を下げた。

その途端、凜の顔が強張ったが、私は知らん顔でマカロニを口に入れた。




「で・・・黒牢、何であたしを呼んだの?それとも…見せ付ける為に呼んだの?」

「何を言ってるの?私が、呼んだのは、とっつあんだし、それから見せ付けてどうするの、こんなの。」


まったく、訳がわからない。

この状況で、ロボットが口を開いた。


『マスター・質問です・マスターは・第3者に見られると・性欲が湧きますか?』


「・・・・・ほら、答えてあげなさいよ、マ・ス・タ・ァ!」


顔の筋肉をピクピクさせながら、凜は私に回答するよう促した。

ああ、ダメだ。これじゃ、話が進まない…。


「・・・イイエ。そして、黙ってなさい。」


『はい』


私は、職人同志で話したかったのだが、仕方が無い。

未来の職人、凜の意見を聞こう。



「凜・・・Blood disc・・・って、解る?」


「・・・何よ、それ・・・まさか、仕入れろなんて言うんじゃないでしょうね?

 カンベンしてよ。ウチは、夢とか希望とか、都市伝説の品まで取り扱ってないわよ。」


見せた方が早いなと思い、私は、凜に例の赤いディスクを投げた。

このロボットの頭部から出てきた…赤いディスク。

凜はそれを両手でキャッチすると、片目を瞑り、それをじっくりと、あらゆる角度から眺めた。



「………赤いディスク…まさか、これ…本物の?」


さあねと言って、私はマカロニを口に運んだ。

このディスクが…”本物”かどうか、職人の意見を聞きたくて、とっつあんを呼んだのに。


「…本物かどうかは、私が聞きたかったんだけどね。」


そう言うと、凜は真剣な顔になった。

・・・その表情を見て、私はフォークを置いた。

職人同士の話だ。食事しながらは、失礼と言うものだ。



「…Blood disc…噂通りだと…人間の記憶をロボットに再現するってディスクよね。

組み込むだけで、ロボットに感情が芽生えて、自我が目覚めて…やがて、中身が人間になるって…」


そう言いながらも、凜はまだディスクを見ていた。


「そう。もう一つの噂だと…ディスクを入れられたロボットは、自分を人間だと思い込む。

人間のはずの自分が、ロボットだとやがて自覚した途端、発狂プログラムが発動。破壊行動しかしなくなる。


・・・とまあ、実際問題、何の役にも立たないディスク。恐怖先行型の噂話なんだけど…。」


ロボットの不買運動の一環か。それとも、人間側の娯楽か。

とにかく、話だけが人から人へと伝わっていった。


凜は、ディスクを私へ投げて返し、肩をすぼめてみせた。


「…それが、コイツに組み込まれていたっていうの?

 まさか。愛玩用には、まるで必要ないじゃない。…大体、本物なの?」


まさか、とは私も思った。

ディスクが赤い、というだけで…私も考えすぎだとも何度も思った。



「現時点で、確かめようが無い。だから、呼んだんだ。」

「…中身は?」

「一応見たけど…プロテクトが掛かってて、確認不可だった。

プロテクト解除しようとしたら、ご丁寧にPCがパアになるよって宣告されたわ。…凜、どう思う?」



「……どうって……じゃあ…実際に、コイツに組み込んでみたら?」


凜は、お茶を持ってきたロボットを指差し、今度はこめかみにトントンと人差し指をさした。


『お客様…お茶を・どうぞ』


凜にそう言われて、私は一瞬、二つの返事が浮かんだ。



”それもそうだ。”

”そんな事できる訳が無い。”



赤いディスクの効果を試すなら、すぐ傍に組み込むべきロボットはいる。

普段の私ならば…凜に言われなくても、とっくにやっていただろう。


それをしなかったのは…ディスクが”本物かもしれない”という思い込みと

ディスクが本物ならば、コイツにそれを組み込むのは、危険ではないかという思いから、それをしなかっただけだ。


だがコレは、元々コイツの中にあったディスクだ。危険も何も無いとは、思いたい。


しかし、私はこの赤いディスクを見た時…瞬時にBlood discという単語が浮かび

Blood discかどうかも確信のないまま、それを抜いて、コイツを起動させた。



職人の勘、とでも言っておこうか。



―― このまま、これをコイツの中には入れない方がいい ――



私が凜の提案に黙っていたせいか、凜は提案を変えた。


「・・・元の主人、何か言ってなかったの?もしかしたら、ただのエロ動画メモリーかもしれないじゃない。」


その線も捨て切れない。

例えば、あの赤いディスクは、単なる記録ディスクで、ロボットが相手にしてきた客の顔から、プレイ内容まで記録されている…とか。


…元・主人…あの男ならば、金儲けの為に、客のプライバシーも売り物にしそうだが。


とにかく問題は、赤いディスクの中身だ。



「まあね…でも、とりあえず…凜、とっつあんに見てもらってくれる?

 ・・・・気になるのよ。出来たら…プロテクト解除用のツールもお願い。」


私がそう頼むと、凜は健康的な白い歯を見せた。


「いいわよ、わかった。任せておいて。」


私は、凜の笑顔を見て、思った事をそのまま口にした。



「・・・そうやって、笑うと可愛いのに。」



「・・・なっ!?」


その途端、凜のせっかくの笑顔が強張った。


「・・・ん?」


首をかしげる私の元へ、凜は素早く駆け寄ると、バシンッと肩を叩いた。

健康的な未成年の、肩パンチは、物凄く痛い。



「…イッタァッ!?何すんのッ!?」



私の正当な質問に、凜は顔を真っ赤にして、無言のまま私を見た後、これまた素早く、玄関から出て行った。




「……ねえ。」


私はとりあえず、私の後ろに立つロボットに声を掛けた。


『はい?』

「・・・今、私・・・何か悪い事、言ったか?」


私の質問に、ロボットは少し間を置いて答えた。


『いいえ・マスターの発言の中には・人間関係を悪化させるNGワードに該当する単語は・ありませんでした』

「・・・だよなァ・・・」


わからん。

・・・あの娘のテンションの上がり下がりは、どうなっているんだか、さっぱりわからん。


『・・・マスター・お食事・冷めてしまいましたが・温めてきましょうか?』


・・・それに比べて、コイツのテンションは変わらないな。

いや、プログラム通りに動いているのだし、人間の凜と比べるのもおかしいか。



「いや、良いよ。お前も食事・・・いや、充電しようか?」

『はい・マスター』



充電用のケーブルを引っ張りながら、私はふと思い出した。



(・・・あ、そうだ・・・名前・・・)



私は、まだこのロボットに名前をつけていなかった。

いい加減つけなくては、とは思えど・・・名前が浮かんでこない。

このままだと…また、タロウかミケか…。


「…ケーブル繋ぐわよ。」

『はい』


作業台に、ロボットを寝かせて、髪の毛を撫でながら、ケーブルの差込口を探す。

まるで頭を撫でているようだ。

ロボットは、それに反応して、気持ち良いという表情を浮かべてみせる。

細かいプログラムだな、と私は感心した。


「・・・気持ちいいの?これ。」


なんとなく、そう聞いてみた。

しかしロボットは、そう聞いた途端、無表情で『いいえ』と答えた。


「ん?違うの?」

『マスターの現在の行動は・気持ち良い・とは違います』


「じゃあ、嫌なのか・・・すぐ、ケーブル繋げるから、少し我慢しなさいね」

『いいえ・不快感とも違います』


それは、珍しい反応だった。

だから、思わず聞いてしまった。


「・・・じゃあ・・・何・・・?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・その質問には答えられません・エラーです』


・・・つまり”わかりません”という訳だな。


あまり深く考えさせると、頭がパンクしてしまう。


「わかった。答えなくて良いよ。」


そう言って、私は質問を撤回し、片手でケーブルの差込口を探し、もう片手で頭を撫でていた。


ロボットは、わからないと答えながらも、私の手が髪の毛に触れる度に、気持ち良さそうに…


いや、違う。


・・・・・そういう風に”見える”だけだ。



私の思い込みだ。


コイツは、ロボットで。

私は、ただのロボットを直しただけ。



・・・まさか。




私は…コイツに、感情移入でも、しているのか。



・・・まさか。そんな事・・・。






 ”ねえ黒牢・・・ロボットに携わる人間なら…こんなの見て……心が、痛んだりしないの?”





・・・アイツが、凜が・・・妙な事を言うからだ。


私は、ロボットに充電用のケーブルを差し込むと、再び椅子に座り、冷めた食事を口に運んだ。




ロボットが1体、ウチにいる。

それだけの変化だった。




仕事の時。

時間を忘れて、作業をする私の傍らで、ロボットは働き続けた。

仕事が終われば、ゴミ屋敷並みに散らかっている筈だったが、そんな事もなくなった。


いつの間にか、空気清浄機のフィルターも綺麗になっていて、ランプも緑色だった。


食事の時。

PCの画面を見る時間が、前より減った。

いつも食事をしながら、TVや、ネットの馬鹿動画を見ていたが…ロボットを見ている事の方が、断然多くなった。


充電の必要が無くなったら、ロボットは私の情報を得ようと色々質問をしてきた。

・・・とは言っても、そこは愛玩用ロボット。


聞く事は、好きな体位やら、興奮するシチュエーションやら…勝手に耳を舐めた時もあった。

叱ったり、褒めたり…時に真面目な顔して性行為の話するものだから、笑ってしまった時もあった。

私の反応を見て、言葉を聞いて、ロボットはその度に私の情報を蓄積していった。

一方、私は…何が蓄積したのか。




台詞のやり取りだとは、解っていても。

それが、例え・・・プログラム通りの行動なのだとしても。



コイツは、ロボットだと解っていても。



・・・一体、何だと言うのか。


・・・今度は、私の思考回路がエラーだ。


・・・何かが変化している事は、解る。



だが、それは一体、なんなのだろう。







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