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しばらくたって、私の携帯電話が鳴った。





(おや、意外に早かったな…)



相手は女の部下らしい男からだった。

ピリピリしていて、いかにも神経質そうな声だった。


「どういう事だ!?直し屋!アレは、人間じゃないか!ロボットは・・・ロボットは、どうした!?」


電話を通していなかったら、唾が飛んできそうな勢いだろう。

私は鼻で笑って言った。


「・・・肝心なのは、ロボット本体じゃないんでしょう?


ディスクは、ここにあるよ。赤い赤い・・・血のような色のディスク。

誘拐やらかしたアンタの上司に言っておけ。



”その娘にそれ以上触れるな。何かしたら、誘拐犯はどうなるか…赤いディスクもどういう事になるか、わかるよな?”」



「脅迫か・・・本当に、あの街の連中は、クズばかりだなッ!金か!?目的はなんだ!!」


「怒鳴りなさんな、いい年した紳士が…。いいから、続きを伝えろ。


”娘とディスクは交換だ、娘には、何もするな・何もさせるな。”・・・いいな?」



私が伝える事を全て伝えると、電話の向こう側では、なにやら相談事をするひそひそ声が聞こえる。



「・・・・・・・わかった、それで取引場所は?」


「・・・これから、そちらに伺うよ。場所は結構・・・ガーデンパレス・ホテル…1506でしょう?間違ってます?」



私がスラッとそう言うと、電話の男が言葉を失い、すぐにまた電話の向こう側に何かを囁いた。

・・・するとその後、あの女らしき高笑いが、遠くで聞こえた。


電話の男は、また早口で言った。



「・・・・それで、いいそうだ。くれぐれも変な真似はするなよ?」


「それは、お互い様よ。じゃ・・・。」



・・・私は、電話を切ると、コーヒーを口にした。

いつになく、流れる時間を長く感じる。時計を見れば、瞼が重くなる時間帯だ。



女子トイレを出てから、私達はさびれた喫茶店にいた。



ばあさん一人で切り盛りしているので、実際はセルフサービスで、コーヒーを飲むし

ばあさんが居眠りをしてしまい、シャッターを閉め忘れ、24時間営業なんて事もざらにある…そんな店だ。

だから、客は殆どいないが…




「・・・黒牢、行くのかい?」



喫茶店のカウンターの中から、しわがれ声がした。

普段は、置物のようにカウンターの中の椅子に眠っているばあさんだが…これがなかなかの曲者のババアで。



この街の図書館のような、ばあさんだ。

つまり、情報屋。


主に情報を集めてくるのは、ばあさんの子供7人と、孫28人、ひ孫にいたっては31人…。

孫の中には、政府やら警察内部にまで入り込んでるというから、驚きだ。


いい加減ボケてもいいだろうに、まだ現役だ。


私が一人であの工房を経営するようになって、一番最初の客が、このばあさんだった。

単に、年代もののコーヒーサーバーを直しただけなのだが。

それは、ばあさんにとって思い出の品だったらしく、それ以来…料金半額で聞き放題、という優遇を受けている。

半額、といっても・・・莫大な金がいるのに、代わりは無いんだが。




あの白いコートの女を知るには、ここしかなかった。





凜の安否は気になるが・・・多分、大丈夫だろうと私は踏んでいる。


あくまでも、今までの情報に基づく私の推理に過ぎないが。





『マスター・・・』



小さいテーブルにコーヒーが二つ。

私の向かい側には、ロボットが座っていた。


「さて・・・電話も来た。…そして、話すべき事は、全て話した。私も、お前も。」


『・・・はい・・・』


「こちら側の覚悟は、出来た。もう一度、お前の答えを聞く。


 ・・・・・・いいんだね?」



『はい。』



「・・・わかった。では、行こう。」


私は、椅子から立ち上がり、カウンターの中のばあさんに頭を軽く下げた。




「・・・ああ、そうだ。今度来たら、あのコーヒーサーバー調整してやるよ。前より味が落ちてる。」



「うるさいよ、泣き虫カラスのクソガキが・・・・。」



素っ気無いしわがれ声だが、ばあさんの精一杯の優しさだ。



「・・・情報ありがとう。それから・・・ゴメン、ばあちゃん。」


「・・・フン。謝られる覚えなんて、無いね。とっとと行って、パーツ屋の娘助けておいで。パーツ屋の坊主にブチ殺されるよ。」


「うん。」


喫茶店の扉がやけに重く感じたが、私は足を一歩踏み出した。


私の背中に”黒牢”としわがれた大声がかけられた。



「・・・・・・・エルザは、純粋で性悪なコだ。・・・気ィ付けな。」



私は、振り向かず左手を挙げ、そのまま外へと出た。






喫茶店を出た私と彼女は、空を仰ぎ見た。


星も見えない。所々照明のついた、えげつない文字の看板が視界に入る。


伸びをして、空気を吸い込む。




「ん〜・・・空気がマズイな・・・。」


私がそう言うと、隣の彼女は、私と同じ動作をしてみせた。



『・・・・・・しかし・お顔は・普段より穏やかです』



・・・この街で育ってきた私は、この街の空は、なんて汚い空だと思っていた。

どこか遠くの町や国へ行けば、綺麗な空気や空があるとTVでも言っていたし。



「…ん、やっぱりそう見える?」


『普段と比較してですが…なんとなく・そう見えます。』



だが、そんなもんは、気分の問題で。

空自体は変わってなどいない。私の目が、曇らせていただけだ。

汚い世界でも、気分次第で・・・結構、マシな世界で生きてるんだな、なんて思える。



まあ、それだけ、単純でゲンキンな生き物なんだ・・・人間というか、私がね。



「・・・行くか。とっとと決着をつけて、家に帰って、コーヒーを飲んで、泥のように寝るわ。」


『はい・マスター・黒牢』











ガーデンパレス・ホテル。

おおよそ、スリリングな街の住人には、縁の無い豪華なホテルだ。





「ちわー直し屋・黒牢でーす」




「・・・ディスクは?いや、その前に…後ろの女は、なんだ?」


「そちらにお渡しする予定だったロボットですけど?」


「・・・フン・・・入れ!」


豪華なホテルとは解ってはいたが、スイートルームとなると更に輪をかけて豪華な造りになっている。

丸渕メガネの神経質そうな痩せ男に案内され、私と彼女は入室した。


・・・人生初めてのスイートルームなのに、こんな複雑な気持ちで入室するハメになろうとは・・・

花の匂いがするが・・・壺に生けてあるのも、飾ってあるのは、全て造花だ。多分、匂いも合成香料だな…。


天井のシャンデリアが、目を射すように光り輝く。

私はポケットに手を突っ込みながら、部屋の中央まで進んだ。



白いソファには、白いコートを着ていた女が

今度は赤いドレスに身を包み、あの長い足を組んで座って、タバコをふかしていた。



私の姿を見ると、ニヤリと笑って煙を吐いた。



「・・・エルザ様、直し屋です。」


神経質な男は、表情を固くしたまま、エルザと呼ばれた女の横に立った。


「ロボットを取りに来た人間に、人間を引き渡すなんて・・・やってくれたわねぇ・・・直し屋。」


エルザは笑いながら、またタバコの煙を吐いた。

てっきり、もう少しばかり怒っているかと思ったが…



吸う?とタバコを向けられたが、私は首を振った。



「・・・勝手に勘違いしたのは、そっちじゃない。」



私がそう言いながら、エルザの向かいのソファに座ると、神経質な男は怒り叫んだ。


「貴様ぁ!クズ街の出身のクセに、エルザ様に何て事を…!!」


「黙りなさい。会話の途中で入ってこないで。」


「・・・す、すみません・・・」


エルザの一言で、神経質な男は慌てて頭を下げた。


「…確かに。私…少々、ガッつき過ぎたかもね…。

 ロボットと人間のお嬢さんの区別もつかなくなっているなんて…」


「・・・凜は?」



「…凜、と言うのね…あのお嬢さん。健康的で、とても純粋なイイコね。

ロボットにしては出来過ぎだと思ってたら…彼女が目を覚まして、事情は全て解ったわ。

だけど、彼女・・・貴女の名前を泣きながら何度も呼んでね。何度、静かにしてと言っても、聞いてくれないから・・・・」


そこまで言って、エルザはククッと笑った。

思い出し笑いか…?不快な笑いだ。



「凜に何か、したの?」



私は低い声でそう言った。

返答次第では、予定は全てキャンセル…何を置いても、この女だけは許す事は出来ない。



だが、意外なことに、穏やかな返答が返って来た。



「いいえ。眠ってもらったの・・・ああ、睡眠の方よ。安心しなさい。」


エルザは、どう?安心した?というように微笑んでいた。


…試された…。


エルザのヤツは、私を観察するのをとても楽しんでいるようだった。



「趣味が悪いわね、エルザ・・・それとも、本名で呼びましょうか?」


嫌味の一つでも言いたくなる。

・・・一瞬、とっつあんに、なぶり殺される所を想像してしまったではないか・・・



「ふっ・・・やめて頂戴。貴女も、昔の名前なんて・・・とっくに忘れてしまったでしょう?」


エルザは少し首を傾けて、そう言った。



「・・・まあね。あの街の出身者は、多かれ少なかれ・・・皆、そうだわ。

 過去を簡単に捨てるくせに、その過去に倍こだわる。」


私がそう言いながら、足を組みかえると、エルザも足を組みかえた。

エルザの隣にいる神経質な男は、私がエルザを”あの街の出身者だ”と言った瞬間、ぎょっとしてエルザを見ていた。


当のエルザは、否定する事もなく


「まあ、上手い事いうのね。」


と、タバコを吸って余裕たっぷりに笑っていた。



一方、神経質な男は、口をパクパクと開け閉めしていた。



「その分じゃ・・・私が何者であるかも知った上で、ココへノコノコやって来たのよね?黒牢。」


「・・・まあね。こんな事がなければ、貴女と私なんて、一生縁がなかったわ。」


私の返答に”なるほどね”とエルザは笑った。


「ふっ・・・本当に・・・失敗だったわ。酒を飲んで、あんな男の店を利用したのは・・・。」


笑いながらもエルザは、デカイ窓の外の夜景を目を細めながら、そう言った。

いや・・・笑っているのは、口元だけで、目は、あの夜景の街を睨んでいるようにも見えた。


私は私で、この手探りのような会話をチマチマと続けた。

キョロキョロする訳にはいかないし、凜がどこにいるかも検討がつかない。



「あのディスクがロボットの中に入っているのも知らないまま、男は私の元に修理を依頼し…

 一方、アンタはあの男を警察に売り、ロボットごとディスクを手に入れようとしたが、遅かった。

 ・・・うっかり処分しなくて、良かったよ。」



「・・・いつもは、自分でロボットを買って、あのディスクをロボットの頭部に差し込んで、するの・・・。

 でも、あの日・・・あの男の店にいた、そのロボットを見た時…気が付いたら私、店に入ってたのよ。

 今は、貴女好みの外見になってはいるけど・・・あの時は、とても似ていたのよ。あのコに。」



「”あのコ”・・・それが・・・あのディスクの中の記憶の”持ち主”か・・・」


私がそう言うと同時に、エルザのタバコの灰がぽろりとカーペットに落ちた。

しかし、気にする様子もなく、エルザはニヤッと笑っていた。



「あのディスクには、一人の人間の記憶がデータとして、登録されている。

アレをロボットに組み込めば、ロボットは、そのデータ通りに忠実に行動する・・・

まるで、その人間が生き返ったように…忠実に。


貴女は、あの赤いディスクに一人の人間の記憶を閉じ込めて、ロボットにセットしては、愉しんでいる訳だ?」


エルザは、私の問いに答えなかった。


「…どこからかディスクの噂が漏れて、都市伝説みたいになっちゃったみたいだけどね…。

まあ、所詮は噂話に過ぎないから、困りはしなかったわ。


人間の記憶を、あそこまで完璧にディスクに閉じ込められたのは・・・奇跡と言っても良いわ。でしょう?」



単なる噂話なら、まだ・・・夢のある話で終わったかもしれないが。

そのディスクを組み込まれた者の言葉を聞いた私には、もう夢なんて抱けなかった。



「そうね・・・死んだ人間の記憶を、あんな風にデータ化するなんて、悪魔じゃなくちゃ出来ないわね。」



「ロボットに人間の記憶を移せるなんて、今は倫理がどうの、それこそ悪魔の発明だなんて言われるけど…


画期的な発明よ。近い将来、強欲なヒヒジジイ共が涎を流しながら、私の元に来るようになるわ。」



「・・・商売にする気?」


「・・・ふふふ、冗談よ。開発途中なの。」



私は、ポケットに片手を突っ込んだまま話を続けた。




「さて・・・本題いきますか。ディスクはココ。凜は?」




過ぎる時間が、やけに長く感じる。

1分が、1時間にも思える。


「・・・・そうね。」


そう答えるとエルザは、男に目配せをした。




男は左奥の部屋に入り、ガタガタという物音と共に凜を担いで、乱暴に転がした。

凜は、私の目の前にぐったりと転がっただけだった。




「・・・凜・・・大丈夫?…凜…!」


すぐにしゃがみ込んで、抱き起こして呼んだが、凜は目を覚まさなかった。


『・・・・大丈夫です、眠っているだけのようです。』


後ろからそう声を掛けられて、私は再び思い出したように、冷静になれと自分に言い聞かせ、ポケットに手を突っ込んだ。


エルザの言うとおり、凜は、完全に眠らされていた。

凜の頬には、うっすらと涙の痕が見えた。


・・・自分でも嫌な手段を使ってしまったと思った。



(……悪かったわね…凜…。)



涙の痕に加え、手錠をかけられた凜の左頬は、真っ赤に腫れていた。




「…殴ったの?・・・何も危害は加えるな、と言ったハズだけど・・・」



私がそう言うと、神経質な男が吐き捨てるように言った。



「・・・逃げ出そうとするからだ。暴れて、一人、鼻の骨を折られて、今病院だ。別にその時、殺しても良かったんだが。」


「しなくて良かったわね。お前の体を残らず破砕機で砕いてやる所だった。・・・手錠の鍵は?」


「・・・ふん。」


男は私の元へ乱暴に鍵を投げた。




私が、凜の手錠の鍵を拾おうとしゃがみ込む。



『マスター!』


私が、彼女の声に顔を上げると。



「ディスクが先だ。」



男が、銃口をしゃがんだ私の頭につきつけていた。



「・・・渡した瞬間にバン、か?」


私の問いに、男は冷静に問い返した。


「・・・別に今でも構わんが?」



至近距離で発砲されては、いくらなんでも死んでしまう。


私は、左のポケットの中のディスクをゆっくり取り出してみせた。




「・・・わかったよ。・・・ほら・・・・よっ!!」




そして・・・それを男の顔に投げつけ、思い切り銃を蹴り上げた。


その瞬間、銃弾が発射され、天井のシャンデリアの一部に当たった。



「ーッ!?」


私は右ポケットの中から、暴走ロボット停止用のレーザーガンを突きつけた。


「・・・捨てろ。二度は言わない。」





 ”…パチ…パチ…パチ…パチ…”



エルザは、無表情で私に向かって、拍手を送った。


「・・・・捨てなさい。」


エルザにそう言われて、男は銃を捨て”申し訳ありません。”と小声で言った。


私は、男が捨てた銃を足で転がした。



「・・・素晴らしいわ・・・黒牢。・・・やはり男じゃダメね。貴女のような女が良い。


 …ホント、すぐ、油断するんだもの…。」



 ”パンッ!” 「―ッ!?」



エルザは、言い終わると同時に、何のためらいも無く、小型の銃で男を撃ち殺した。

ドサリと音と共に、私の足元に男が力なく倒れた。


私は、驚きながらも、即座にエルザにレーザーガンを向けた。



「お・・・お前ッ・・・そうやって、一体、何人殺してきたんだッ・・・!」



「・・・殺す?壊れたんじゃないの?・・・ああ・・・そういえば、人間、だったわね。ソイツ。」



エルザは、再びソファに腰掛け、部下の男を殺した手でタバコをふかしていた。

カーペットには、男の血が染み込んで、どんどん赤く広がっていく。


身体中の血液が、急速に全身を巡り始める。

緊張で、筋肉が強張るが、私はレーザーガンを下ろす事無く、構え続けた。



(・・・ヤバイ、と思ってはいたが・・・ここまで、躊躇無く殺せるなんて・・・)



「・・・お前・・・・・・!」



「…さあ、本題に入りましょうよ。」



エルザは、まるでウェイターに飲み物を頼むように、私に言った。



「……」



私が一歩踏み出そうとすると、彼女が先に動いた。

落ちている手錠の鍵を拾い、私に手渡した。



『…黒牢。』



私の名前を呼んで、私の手にしっかりと手錠の鍵を握らせて、彼女はエルザの方を向いた。


エルザは、自分の目の前に立つ彼女の姿を嘗め回すように見た。



「ふうん…こっちが貴女が修理したロボットね…良いわね。

瞳の色が左右違うのね・・・ああ、髪の色を変えたのね・・・やっぱり、黒くした方が良いわ。


こうしてみると、可愛いわ…それに、とてもよく似ている…」




立ち上がり、穏やかな表情で微笑みながら、エルザは人差し指で彼女に触れた。



『・・・・・。』

「・・・・・。」


私は、呼吸を整えた。


(・・・落ち着こう・・・あいつの方が、まだ冷静だ・・・。)


打ち合わせ通り、自分のすべき事をこなさなければ。

私は、素早く凜の手錠をはずすと、凜の右の頬を抓って起こした。



「・・う・・・痛・・・ッ・・・!」

「・・・おはよう、凜・・・ゴメン、悪かった・・・」


今の私には、目覚めたばかりの少女にかける言葉は、それしかない。


「く、くろ・・・・・・黒牢ーっ!」


目覚めた凜は、眠らされる前の事を思い出したのか、ハッとして私に抱きついた。


「ぐぅ!?・・・ぐ、苦しい・・・絞めるな・・・ッ!い、今は…そんな場合じゃ・・・ッ!?」


本当に、眠らされていただけらしく、凜の健康的な腕は私の首をどんどん圧迫していく。



「馬鹿ッ!馬鹿馬鹿ァッ!黒牢の馬鹿ァ!どうしてあたしをロボットだなんて言ったのよッ!」



「・・・それは・・・あとで、説明す・・・あと、苦しいぃ・・・」


(・・・うう・・・起こさなきゃ良かったか・・・)


凜の元気の良さまでは、予想にはなかった。

やっと、凜を引き剥がし、周囲をみろと小声で言うと、凜はすぐ近くにある男の死体に気付いて”ひっ”と声を出した。


私は、凜の頭をぐっと抱き寄せ、自分の胸の方へ引き寄せた。


”…あんまりそっちを見るんじゃない…落ち着け…大丈夫だ”と小声で言った。

凜は無言でコクリと頷いた。



「・・・微笑ましい再会ねぇ・・・羨ましいわぁ・・・黒牢。」


エルザは、上機嫌なご様子だ。

ソファに腰掛け、実に嬉しそうに笑いながら、彼女を自分の隣に座らせ、頬を人差し指で撫でては、また笑っている。



「・・・で、黒牢・・・コレは、いくら?いいわよ、出せる限り、いくらでも出すわ・・・。


 このロボット、ディスクごと、私に譲って頂戴。」




私は、凜を自分の後ろに隠しながら言った。






「アンタは”人間の記憶を、あそこまで完璧にディスクに閉じ込められたのは奇跡と言っても良い”…といったな?」


「・・・まだ、世間話を続けるの?」


エルザは、もう飽きたという顔をしたが、私は構わず続けた。



「・・・だが、その奇跡のディスクを使って、アンタがやれる事といえば・・・


”自分が殺してしまった恋人”の記憶をロボットに植え付け…


ロボットに宿った彼女の記憶を・・・心を、傷つけ、犯し、殺し続けるしか出来ない。」



「ちょ、ちょっと…殺した恋人の記憶…って、どういう事!?」


凜が、私の後ろから顔だけを出して、口を挟んだ。


私は自分のシャツの中に手を突っ込み、下着の中から、赤いディスクをつまみ出した。


それを見たエルザは、少しだけ顔を引きつらせた。


「それは・・・私の、Blood disc・・・!?」



「そう、これが本物だ。・・・このBlood discには、人間の記憶が入っている。

ただし、エルザ・・・アンタの記憶じゃない。アンタが、涙を流して笑いながら絞め殺した少女の記憶だ。」



「ちょ、ちょっと黒牢?・・・あたしを置いて会話しないでよ・・・どういう事なのよ・・・」


凜は、小声のつもりで話しかけているのだろうが、思い切り静まり返った部屋では意味が無い。

会話は、筒抜けだ。



「・・・それは、これから”本人”が説明してくれるって・・・ねぇ?」



私がそう言うと、彼女は・・・左右色の違う瞳をエルザに向け、口を開いた。



『・・・ハルちゃん・・・』




彼女に、呼ばれたエルザは動揺した。




「・・・・・・・・・・なん、ですって・・・?」



エルザは、隣に座るロボットを見た。



『・・・こうして、ちゃんと会話するのは、初めてね。ハルちゃん。』



彼女は、ニコリと笑った。

私は見慣れた笑顔だったが、エルザには飛び上がりたくなるほど、衝撃的なものだったらしい。


・・・まあ、そうだろうな。



「・・・・・・なッ!?」



ロボットの一言に、エルザは立ち上がり、灰のみならず、タバコごと床に落とした。




私は、ポケットに手を突っ込み、エルザに向かって言い放った。




「・・・どう?・・・自分の”殺した恋人”との久々の再会は・・・・・・”ハルコ”。」




その瞬間、エルザの表情が、完全に固まった。








話は少し前にさかのぼる。





とっつあんからの電話で、ディスクの内容を聞いた時だ…




「確かに、あのディスクには、人間の記憶が記録されていた・・・ただ、プロテクトが嫌に頑丈に掛けられていてな…

全部は見られなかったが…少なくとも俺の見たデータは、名前の通り…なんとも血生臭い記憶だったよ。」



「…それでいいわ、話して。」



とっつあんの話が進むにつれて、落胆から怒りを含む声に変わるまで、そう時間は掛からなかったと思う。


「記録されていたのは、人間・・・凜と同い年の女の子の記憶だった。」


「よく解ったわね…」


「…声と相手、格好から想像したんだよ。記憶をPCで再生したんだ。

 プロテクトのせいか、かなりノイズが激しくてな…だが、あれは…凜に近い年の女の子だ。」


「・・・うん、それで・・・何が血生臭かったワケ?」


私がそう聞くと、とっつあんの声が急に暗くなった。


「・・・・・・ノイズもなく、プロテクトも比較的かかっていない記憶のデータが一つだけあった・・・

その、記憶の持ち主である女の子が・・・殺される瞬間の記憶がな・・・」


同い年くらいの娘を持つとっつあんにとっては、ショッキングな映像だったのだろう。

暗くなった声は、やがて怒りを含む声に変わり始めていた。


「・・・・殺される瞬間の記憶・・・・じゃあ、死んだ女の子の記憶が、あのディスクに?」


「どうやら、そういう事らしい。・・・殺される瞬間だけが、嫌にクリアに見えるんだよ・・・まるで俺に見せ付けるようにな・・・

生爪を剥がされて、何度も頭を地面に打ち付けられて・・・最後は、首を絞められた・・・なんて・・・なんて酷いことを・・・。」


「・・・それは・・・確かに血生臭いわね・・・」


「・・・夢にまで見そうだ・・・あの苦しそうな声・・・必死に助けて、助けてと訴える声が…

 俺の娘があんな目に遭うかも、なんて考えただけで・・・寒気が走ったぜ・・・。」


「・・・顔は・・・犯人の顔は・・・?」


「・・・女だった。涙流して、笑いながら首を絞めてやがったよ。それ以上は、自分の目で確認してくれ、俺は嫌だよ。

自分の娘が、殺されているような感覚に陥りそうだ…。」



とっつあんは、言葉を詰まらせていた。

私は、これ以上細かい質問をしない方がいいと判断した。


その後、私はを受け取る事となる。


勿論、ディスクの内容には可能な限り、目を通した。


・・・とっつあんの言うとおり、血生臭い記憶とやらだけは、クッキリとPCの画面に現れた。

よくも、こんな記憶をデータにして残そうだなんて思ったな、とディスクの開発者に怒りすら覚えた。




殺される瞬間の少女の呻き声に、混じって、女の引き笑いが、今も耳から離れない。


首を絞められる少女の涙声は「どうして?」と繰り返し。

首を絞める映像の少女は、涙を流し笑いながら「お前が悪い」と繰り返す。


爪を剥がれた手で、必死に少女の手首を掴む少女…


その手は、真っ赤だった。


血で染まった、真っ赤な・・・真っ赤な手。



少女の血塗られた記憶は・・・ディスクに閉じ込められた。







「…このディスクに記録されている少女の首を、涙流して笑いながら首絞めていたのは…アンタだ。」



私は、赤いディスクを、エルザに見せ付けた。

しかし、エルザが動揺しているのは、自分が人殺しの過去を持っている事を知られたからではない。




「…それ…どうして…ディスクが差し込まれていないのに…どうして…ロボットが、その記憶を…!?」




私にも、それに対して明確な答えは持ち合わせていない。

あえて今、答えを出すのだとしたら…



「さっき自分で言ったじゃないか・・・これこそ”奇跡”・・・でしょ?」


「・・・・奇跡、ですって・・・・?」




私の言葉を聞いたエルザは、目を見開いたまま”彼女”を見つめた。


”彼女”は、何も言わず、真っ直ぐ哀しそうな目でエルザを見つめた。





「本来なら、アンタが起こすべき奇跡なんだろうけどね…」



私の台詞をエルザが遮った。



「どうして・・・ディスクを差し込んでないのに、あのコの記憶が、ロボットにあるはずが・・・


ディスクを抜いたら、ロボットのデータ全て破壊するようにプログラムしたのに…!


黒牢、何をしたの!?ロボットに、こんな芸を仕込んで・・・私を動揺させようっていうの!?」



十分に動揺している犯罪者に、私は冷たく言い放った。



「ああ、確かに赤いディスクを抜いたら、コイツの中のデータ全部消えたわ。


だが・・・単なる芸かどうかは、自分で確かめてみたら、どう?


・・・・・・ほら、言ってやれ。」



彼女は、こくりと頷き、口を開いた。



『・・・ハルちゃん、ごめんね。ハルちゃんは、私だけを愛してくれたのに・・・』



「・・・・や、やめて・・・・・」




『・・・でも・・・ハルちゃんの愛は、私を孤独にするの。私は、ハルちゃんが好きだった。


カヨちゃんも、キクちゃんも、シュウくんも・・・友達だと言っても、貴女は信じてくれなかった。』



「・・・・やめて・・・・・」


『ごめんね、ハルちゃんの心を壊したのは、私。

悪いのは私・・・だからハルちゃんは・・・私の爪を剥いで・・・私の首を絞めたのよね?』





彼女の言葉を遮って、哀れなエルザは叫んだ。




「やめろと・・・言ってるだろうがッ!!」




エルザは、彼女に向けて銃を撃った。

乾いた銃声の後、部屋は沈黙に包まれた。






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