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話は、再び時間をさかのぼる。


エルザに凜が連れさらわれ、私と彼女は、二人きりになった時まで。



これからどうするか、は、当然決まっていたので、私はトイレを出ようとした。


だが。



『あの・・・マスターは・・・私を・・・』



ロボットが、私の服の端を掴んで、引き止めた。


普段よりも言葉を選びながら、それに加えて、いつになく服を掴む力が強い気がする。


あの女に自分が引き渡されるのを気にしているんだな、と私は思った。



「・・・何も言うな。それは、わかってる。もう、わかってるんだ。」




私は、私の服を掴むロボットの手をそのままにして、ロボットの頭を撫でた。

ロボットは、目を閉じて私の手をそっと握った。



「・・・あの女に、お前を渡したりはしないよ。」



『・・・・・・マスター・・・』



私の言葉に、ロボットは…瞼を開けて私を見た。

左右色の違う瞳が、悲しみを湛えていた。


・・・いや、そんな風に見えるだけかもしれない。



『マスター…私は、愛玩用のエッチなロボットです。それは・・・それ自体は、変わってはいません。』



「・・・お前・・・イキナリ、何を言い出すの・・・?」




『・・・何度も、爪を剥がれ、指も折られ…首を絞めてもなお、私達ロボットは…”死に”ません。

主要ケーブルを切って、やっと・・・”停止”するんです。』



「だから、一体何の話を…大体、私はそんな事しないでしょ?」


突然、流暢な喋り方になったと思ったら、今度は訳のわからない話を始めた。

さすがにここで故障は困る、と焦った私だったが、そうではなかった。


『このボディになった時、私の中のデータは、Blooddiscが抜き取られると全部消去されました。


しかし、私には断片的なデータが残りました。


それも・・・私の中にあるデータは、私のものであって、私のものでは無いものが、です…』


「それって…」



『そのデータには…


私は、かつて人間として生きていて…特定の人間を愛し、愛され…そして、殺された


 と…記録されています。


これは、間違いなく…私ではなく、人間の記憶です。』



「・・・人間の記憶が、お前の中に・・・?」



『そうです。

その赤いディスクには、その人間の記憶の他に、特定の人物を愛するように、プログラムされています。

そのディスクを挿入されると、人間の記憶が即座に送り込まれ、特定の人物を愛するように強制的にプログラムが書き換えられます。』


それじゃあ、まるでBlood dickの噂は本当だったんじゃないか…と私は思った。



「・・・その、特定の人物って?」



『”ハルコ”・・・現在は、エルザという名前の女性です。

 先程、マスターと会話をされていた女性と声紋が一致しています。』




(・・・エルザって・・・まさか・・・あの、エルザか・・・)



名前を聞いて、やっと思い出した・・・。


サングラスを取った顔・・・どこかで見た事あると思ったら、違法パーツの市場を仕切ってる女だ・・・

表向きは、医療パーツを製造して医療機関に届ける仕事をする会社を経営しているが・・・

裏の顔は、ロボットの違法パーツを流しているらしいって・・・



(あいたたた・・・相手にするには・・・ちょっと・・・厄介、だな・・・)



私がそんな事を考えている間に、彼女は話を進め始めた。



『その赤いディスクのデータの殆どには、プロテクトが掛かっています。』



「ああ、そう言えば…そうだったわね…あの記憶のデータは


 殺されてる時の記憶のデータ以外は、ノイズばっかりで、見れなかったわ。」



『しかし、エルザに破壊される度に・・・痛みや悲しみのプロテクトが解けます。』



「・・・破壊されると、解ける・・・記憶のデータが見られるようになるって事?」



『はい・・・ですから、エルザに指を折られると”痛い””悲しい”と感じるようになります。

これまで、新しいボディに、何度もデータを挿入され、何度も破壊されています。

そのたびにデータのプロテクトは解除され、そのディスクの記憶を引き出しやすくなります。

プロテクトが掛かったままでは・・・記憶喪失と同じですから。』


「・・・じゃあエルザが、ロボットを破壊するのは・・・」


『おそらくBlood discのプロテクトを解除する為かと思われます。

 経験により、私の中の記憶のデータはプロテクトが解除され、増えていきます。』


「…つまり…ディスクにかけられた封印解いて…記憶を、完全に取り戻そうとしている…って事?」



『はい。しかし…破壊される度に、プロテクトが解けるのは、悲しみや痛みの表現方法だけです。


私達は、データ通りに叫び声を出せますが、ロボットですから、涙は出ません。

破壊される度に、データ通りにその破壊者の名前を呼べはしますが…何故哀しいのか解りません。


所詮、私は、エッチなロボットですから。』



「・・・お前、それを言うと、ミもフタもないぞ・・・というか、良いのかそれで・・・」



『しかし、貴女と過ごすうちに・・・矛盾が起きました。』



「・・・矛盾?」



『私のプログラムには…Blood discから得た”人間の記憶”と”エルザを愛せ”という断片的なデータが残っていました。


 今も残っている筈です。しかし、現在は・・・そう認識出来なくなりました。』



「へえ・・・どうして?」




私がそう聞くと、彼女はこちらをまっすぐに見つめた。




『私が愛しているのは、黒牢だからです。』



そこで彼女が、初めて私の名前を単独で呼んだ。

いや、それよりも何よりも・・・!


「・・・ちょ、おまえ・・・愛してるって・・・な・・・何言い出すの!?」


しかし・・・女子トイレでそんな事言うなよな、と思っている場合じゃなかった。

彼女は、淡々と・・・私に語り続けた。



『貴女は、きっとプログラム通りだから、とおっしゃるでしょう。

しかし、これは私のプログラムには、ありません。


貴女は私のマスターですが、私は黒牢という名の女性を愛せよとは、一切プログラムされていないのです。

これは、私が貴女と生活を共にして、得た経験から得られた新たなプログラムです。

当初、愛するようにプログラムされていた名前の女性を、現在の私は、愛せません。



現在の私は…黒牢を愛しているのですから。


・・・しかし、これは当初のプログラムに矛盾しています・・・。


 ・・・・・・苦しい、とはこういう事なのでしょうか・・・?』



私は、言葉を失った。


それじゃあ・・・まるで”ロボットが、自分の意思を持っているようではないか”と。




ロボットが、自分の意思で…


私と過ごすうちに・・・自分の意思を・・・持ったのか・・・?


その結論に至った時、私は心底震えた。


驚きか、恐怖か…感動か…よく解らない。

とにかく、震えた。


自分がほぼ一から組みなおしたロボットが…いやロボットだったヤツが・・・

・・・目の前のこいつが・・・自分の意思で『私を愛している』と自分でプログラムしたのだ。





『黒牢・・・私は以前、貴女に、貴女の傍にいても良いのかと質問しました。


黒牢が、私をエルザに引き渡すか否かよりも、最重要の質問です。』





「・・・・・・・・・。」



これは…

これが、今自分の手に持っているBlood discの効果なのか?と、私は思った。

ロボットが自分の意思を持ち、自分を愛しているなんて言うのは…それ以外の理由があるだろうか?



いや・・・何で”原因”を考えなくちゃならないんだ。

・・・病気でもあるまいし。



そんな理由考えて、こじつけるよりも…




『今、質問の回答を求めます。”私は、貴女の傍にいても、いいのですか?”

 答えてください、黒牢。私のこれからのプログラムの方向を決める為、大事な事です。』




 答えを、出さなければ。



「・・・・・・・・わかった・・・答えるわ。


・・・私の答えは・・・」









…私は答えを出し、彼女も答えを出した。












「・・・・・・ッ!」


「…エルザ…もう彼女を”解放”してやれ。」



私のレーザーガンは、エルザの腕に命中し、銃は床に落ちた。

”彼女”の髪の毛を僅かにかすった。


「…解、放…?」


「…どんなにBlood discでロボットに記憶を植え付けて、彼女に似せた存在を作り出しても…

それは、アンタが殺した彼女じゃないし、アンタの罪は消えない。


ディスクのプロテクトを解除しようとしても、結果はいつも同じ・・・

アンタが、彼女の記憶ごとロボットも殺して、終わりだ。


彼女を殺した時から、アンタは何一つ変わっていないんだッ!!」



私がそう言うと、エルザは目を見開き、大声で笑った。



「・・・く・・・くくく・・・くふふふ・・・あっはっはっはっは!!」



エルザの白い腕からは、赤い血液が流れていた。

残念な事に、こいつは正真正銘・・・人間だ。



「・・・何がおかしい?」



私の問いに、エルザは引き笑いをしながら、答えた。



「違うわ・・・黒牢・・・全然違うわ。


私はね、彼女を愛してはいるけど…ディスクのプロテクト解除の為に、ロボットを破壊しているんじゃないのよ。


ディスクのプロテクト解除の研究なら、やりつくしたの。でも、全ッ然・・・解けなかったわぁ。

プロテクトが解けて、見えた記憶は…彼女が死ぬ瞬間・・・私が、彼女を壊した瞬間だけ。」



少女のような明るい声で、くるくる回りながら、ハルコが言った。



「じゃあ、何の為に…ロボットを壊し続けたッ!あんな風にッ!」



「・・・・・・・だってぇ・・・ソックリなんですもの。」



「・・・あぁ?」



クルクルとワルツを踊るように回っていたハルコは、ピタリと止まった。

そして、クスクス笑いながら、私に楽しそうに語り始めた。



「あのね…ロボットの苦痛に歪む声と顔が・・・ソックリなの。


 彼女が、あの時、私だけに見せてくれた…私だけを見つめてくれた…

 あの最後の瞬間の…あの死に近づいていく美しい顔…何度見ても飽きないわ…


 知ってる?ロボットの最後の瞬間の表情・・・最高に”唯”の最後に似ているのよ。


 それが、見たくて見たくて…私はいつも、壊しちゃうのよ。それだけの話。」




「・・・く・・・狂ってるわ・・・!」



凜が、震える声でそう言った。


エルザの精神はすっかり、少女時代に戻っているようにみえた。



(・・・コイツはもう・・・彼女を殺した時で、時間が止まっているんだ・・・)




「そう?そう見える?・・・私は、ただ愛し続けているだけよ。あの人だけを、ただひたすらに求めるだけよ。」



「愛してる?自分が殺したんじゃないのッ!

 自分で殺しておいて、愛してるなんて、誰が信じるのよ!馬鹿じゃないの!?」



凜の言葉にも、エルザは笑っていた。



「貴女だって、黒牢の色んな表情を見たいと思うでしょう?

笑顔や、寝顔や、泣き顔に…快楽に酔う顔に、苦痛に歪む顔…誰にも見せない…

自分だけしか知らない、恋人の表情や姿を求めるでしょう?それを自分だけのモノにしたいと思うでしょう?

そのディスクには、あのコの色々な記憶や、私だけしか見られない…あのコの最後が記録されているのよぉ…


あたししか知らない…あのコの生命が尽きる瞬間の表情!最後の表情を!」



「・・・ぁ、アンタと一緒にしないでッ!あたしは、黒牢に変な独占欲なんか抱いてないわよっ!」



私の後ろからキャンキャン騒ぐ凜に、流石に私は”黙ってろ”と言おうと、視線を一瞬エルザから離してしまった。



その瞬間


”パンッ”


銃弾が、私の右太腿を貫いた。

エルザが、もう一丁、銃を隠し持っていたらしい。



「―― ッつぅっ!?」


(しまった!!ヤツは、両利きか・・・ッ!)



”パンッ”


次の銃弾で、今度は腕を貫いた。



「ぅあッ…!?」


「黒牢ッ!?」




「・・・で?黒牢・・・貴女、私に説教しに来ただけなの?殺さないの?

 殺さないなら、私・・・殺すわよ・・・必要なのは、ディスクとロボットだけだから。」




エルザは、少女の笑いをスッと消し、冷酷な犯罪者の顔になった。






「・・・ぐっ・・・」

「黒牢!ちょっとッ!大丈夫!?」




私は床に膝をつき、レーザーガンは床に落ち、2メートル程先に滑っていってしまった。




『・・・黒牢・・・!?』



私は”彼女”に首を振ってこちらに来るな、とサインを出した。

時間がくれば…全て、円滑に終わる。

人を殺すのも、壊れるのも…見るのはもう、まっぴらだ…!


後ろの凜も、それ以上前へ出ないように、もう片方の手で必死に私の真後ろに隠した。



「…黒牢…良い表情ね…でも、次は無いわよ…こんな事なら、さっさと私を殺せば良かったのにねぇ…?」



「…だから、アンタを殺す気なんか、最初から、ないよ。」



私は、脂汗を滲ませながらも、ニヤッと笑った。



「ふふっ・・・じゃあ、何をしに来たの?」


私の答えに、エルザは吹き出して笑った。

だが、私はひるまなかった。



「…私の目的は…いい加減、解放してやりたい、それだけだからね…。」



一人の女の為に、一人の少女の死の記憶が、弄ばれる。


ロボット達は破壊され、その後に残るものは、真っ赤なディスクだけ。

真っ赤なディスクに、蓄積されるのは、悲しみの記憶だけ。




痛み。

悲しみ。


そして…死。


それが、それだけが、幾度も幾度も体を変えて、蘇り・・・蓄積していく。

とっとと私が壊しても良かったんだ、そんなデータの詰まったディスクなんて…。





「解放?ふふっ・・・何それ・・・唯は、ディスクの中にいるのよ。どこにも行けないわ。

・・・それに、ディスク無しでも・・・このロボットの中に、データが残っているじゃないの。」




この女一人の自分勝手な感情のはけ口の為に・・・




「・・・どこまでも、自分本位にしかモノを考えられないんだな・・・あんたは・・・」



なんて、哀れな人。




「・・・もういいわ。飽きた。」



エルザが、長い足で私の元へと向かってくる。

至近距離で、確実に私を殺す気だろう。




(・・・いつまでかかってるんだ・・・まだか・・・!?)



私は時計を気にしていた。


遅い。

予定より…遅い。


今の私が…1分が1時間並に、長く感じているせいだからか?

いや、どうでもいい、一秒でも早く…来い…ッ!



エルザは、傷ついた腕の血を舐めながら、こちらに向かってくる。



「お前を殺して、ディスクもロボットも手に入れるわ。」





しかし、エルザの銃口の前に、彼女が立ちふさがった。



『・・・いいえ・・・どちらも、手に入りません。』



彼女の左右色の違う瞳は、しっかりとエルザを捉えていた。

エルザは、優しい口調で人差し指で彼女の頬をなぞった。



「・・・・どきなさい。貴女は後で、ゆっくり・・・愛してあげる。」



『…ハルちゃん…愛してくれてありがとう…』


その言葉を聞くと、エルザは心底無邪気に笑った。

数分前、人を殺した女とは思えないほど、嬉しそうに笑った。



「・・・まあ、嬉しい・・・私もよ。唯…」



『でも。』


エルザの台詞を、彼女は遮った。




それは・・・彼女が”唯”としての発する最後の言葉だった。




  『さようなら。』




「・・・・・・は・・・?」




彼女が、私に後ろ手を差し出した。

私は、彼女の手に、それを渡した。



それが、私と彼女の出した・・・答え。





 『・・・これは、唯ではなく・・・私の意志です。』





彼女は、そう言うとエルザの目の前で、Blood discを…パキリと、折った。



「・・・あ・・・・・!」



エルザの動きが止まった。




『唯という人物は、既に死亡しています。貴女がどのような方法を取ろうとも、生き返る事は、不可能です。』


私は、痛みを堪えて口を開いた。




「・・・そして、唯の記憶も、今…逝った。」




彼女は、二つに折れた赤いディスクを、床に落とした。





「あ、あ・・・ぁ・・・あああああああああああああ!!!」



エルザが床に這って、ディスクを拾い上げた。

くっつけようとしているが、くっつく事は・・・おそらく、二度とないだろう。




私は、その隙にレーザーガンを拾い上げ、構えたが…



「・・・唯・・・どうして、唯・・・!」


狼狽しているエルザに、私はレーザーガンを向けるのを少しためらった。



『・・・私は、唯の記憶を持つロボットであり、唯ではありません。

 そして・・・私が、愛しているのは、黒牢です。』



(・・・あっちゃー・・・今言うか、それ・・・)


私はそう心の中で思いつつも、薄く笑った。

一発殴りたいと、思っていたのだが…もうエルザには、その必要も価値もなくなっていた。



彼女は、言葉でトドメを刺し、エルザから銃をひょいと取り上げると


『…黒牢、早く傷の手当を。』


私の元にすぐに駆け寄ってきた。


そして、その同時刻。



「・・・おや、終わっちまったのかい・・・。」


スウィートルームには縁の無い、しわがれ声と複数の足音が、聞こえてきた。



「…遅いよ〜……ばあさん。」

私は、非難の声を上げた。緊張の糸はやっと解かれた。



「何言ってんだい。時間通りだよ、クソガキ・・・なんだ、死にかけかい?黒牢」


私を見もしないで、ばあさんは私の隣に立った。


「・・・見りゃ解るでしょ・・・」


「・・・フン・・・悪かったね、一族集めるのに、ちょっと時間がかかっちまった。」


ばあさんらしくない、言い訳だ…と私は思った。



現れたのは、喫茶店のばあさんと、その孫達だった。

エルザの周囲には、スーツ姿の男女8人が包囲していた。


「・・・探したぞ、ハルコ・・・」

「・・・ふ・・・お父さん・・・」


黒いスーツの口ひげを生やした男性が、エルザの本名を呼んだ。

エルザは、涙を流し笑いながら周囲の大人たちを見上げ、笑っていた。

大人達の表情は、冷ややかだ。


私はばあさんの方へ向いて、言った。


「・・・ねえ、エルザをどうする気なの?・・・ばあさんの、一番可愛がっていた孫、なんでしょ?」


しわくちゃのばあさんの表情は、いつも以上に険しい。

昔、壊れたコーヒーサーバーをウチに持ち込んできた時と同じように、険しく・・・


・・・哀しそうにも、見えた。


「…それは、一族で決める。あたしの私情は関係ない。昔から、そうしてきたんだ。

 あの街で育ったアンタならわかるだろう?血の繋がりなんてなぁ…関係無いんだよ。」


「・・・・ん。」


・・・そうだ、血の繋がりなんて、あっても家族は崩れるし・・・

血の繋がりなんて、なくても・・・家族は作れる。


・・・私と師匠と奥さんのように。



「私達一族を裏切って…見つかった以上、どうなるか、わかってるわね?」

「…お母さぁん…久しぶりぃ…」


エルザの持っている今の権力や、これからの事を考えたら…どうなるかは、容易く想像はつく。



いや、世間ってのは広いようで、狭い。

エルザがまさか、ばあさんの孫だとは思わなかった。


喫茶店でばあさんから、エルザの事を聞いた時、ばあさん自ら”ケリをつけるから”と提案した。

私は、ばあさんが一族を集め、エルザの何もかもを把握・包囲するまでの”時間稼ぎ”の係を引き受けた。


それにしても、時間…掛かりすぎだよ、ばあさん…一族、何人いるんだよ…


「馬鹿な事をしたもんだ…一族の恥さらしめ…」

「…お前の売った情報のせいで、一族の人間が7人も死んだんだ。覚悟しろよ。」

「・・・・・だめだね、聞こえちゃいないよ。」



「・・・うふふふふ・・・唯・・・唯・・・」



エルザの心の拠り所だったんだろう…赤いディスクをくっつけたり離したりしている。



あのディスクは…死んだ少女の記憶も、エルザの記憶も一緒に閉じ込めるモノだ。

”彼女”は唯という少女の記憶を持ち、感情を学んだロボットだが…唯という少女ではない。


ディスクにこだわり、ロボットを単なる器としか考えないエルザには…

・・・だから・・・エルザの目の前で壊さないと意味が無い。


人間の記憶を持っていても、彼女はやっぱり人間じゃない。



まぁ…彼女曰く『エッチなロボット』で・・・私の大事な”家族”だ。



「…連れて行け…ブタ箱より、暗い場所に…。」


少女は、大人に連行されていく。

赤いディスクを、両手に握り締めながら静かに、去った。




(・・・やれやれ・・・)



「・・・え・・・なんで?情報屋のばあさんが来てんの?」



凜は、キョロキョロと周囲を見回し、私にコソコソと耳打ちした。


私は、答えようと口を開いたが…意識がぼやけ始めた。



「あぁ・・・あとで・・・説明・・・・す・・・・」



「黒牢?・・・ちょっと、黒牢!?」

『出血によるショック症状です。』




・・・声が・・・遠く、聞こえ・・・




視界が、真っ暗になった。

意識が吸い込まれるように、消えていく。









気が付いた時、私はベッドの上だった。

喫茶店のばあさんの孫の一人が経営する病院に搬送されたのだそうだ。



「・・・ホント、馬鹿の極致ね。」


凜はリンゴを剥きながら、ベッドの上の私にそう言った。


「…見舞いに来たのか、説教しに来たのか、どっちなのよ…イテテ…」


「両方に決まってるじゃない!あたしは、まだ怒ってるんですからね!!」


私は、ウンザリしていた。

怪我をした挙句、入院の間は、凜の小言攻撃に耐えないといけない。


・・・まあ・・・凜を時間稼ぎに、ロボットだって言って一時的に、引き渡しちゃったんだもんね・・・。



「大体、あたしをロボットだってエルザに引き渡した挙句…

エルザが情報屋のばあさんの孫の一人なら、そう言ってよッ!!」



「・・・ばあさんにも、ばあさんの家の方針ってのが、あるのよ。」



一応、凜には悪いとは思っているんだが…

こう、ポンポン馬鹿だのアホだのギャースカ騒がれては、改めて謝るなんて事もしづらい。



「・・・どういう方針で育てたら、あんな狂った女に育つわけ!?」


「それは、ばあさんの子供、エルザの親に言ってくれ。」



凜には、詳しい事は黙っている事にした。


ばあさんの話によると、孫娘エルザこと、ハルコは、人一倍・・・独占欲の強い女だった。

恋人である”唯”という名の少女を、心から愛していたが…唯は周囲の人間と平等に彼女を愛そうとしていた。


『貴女だけがいればいい、貴女は私だけを見てくれたらいい』のハルコに対し。

『みんな好き、貴女は大好き、だからみんなと仲良くして』というのが唯だった。


だから、当然…2人の間ではなく、2人の周囲で問題は起きた。

ハルコは嫉妬のあまり、唯のあらゆる人間関係を壊した。

孤立していく恐怖に、ハルコは安心し、唯は恐怖した。

そして、2人の人間関係もガタガタに。

トラブルも絶えなかったそうで、少女が別れを切り出すと…監禁、暴行・・・挙句、殺してしまったそうだ。


そして、少女の頭部を切断し、姿を消した。


ばあさんの家族は、それはもう血眼になって探したが、ハルコも情報屋の一族の一人。

情報を売って、上手く闇の世界に溶け込み、あの地位まで上りつめた。


それこそ・・・家族の秘密までも売って、だ。

ほぼスパイ活動みたいな仕事をしている一族にとって、顔がバレる、情報が漏れるのは深刻な問題だった。


・・・だから、ばあさんはハルコを裏切り者として、一族から追放した。

見つけようとは思っていなかったらしい。見つけたら…対応せざるを得なかったからだ。

それが…せめてもの、ばあさんの優しさだったのに…

今回、私の持ち込んだ件のせいで、ばあさんはすぐに動かざるをえなくなってしまった。


ハルコが、何故、少女の頭部切断の上、blood discを開発しようと思ったのか?

それをどうやって作ったのか?現在エルザはどうしているのか?


・・・なんて、私は、詳しく聞こうとも思わなかった。



いずれにせよ。


”唯”という名の少女の記憶は、やっと…血の檻から出られたのだし。



私は、私で…



「ちょっと!黒牢!聞いてるのッ!?」

「ん?あーごめんって…」


うるさい小娘と…


『黒牢…性欲は溜まりましたか?』

「・・・昼間から、何を聞いてるんだ・・・オマエは・・・!」


相変わらず、風俗愛玩用ロボットの役目を果たそうとするロボット。


・・・に、挟まれている生活だ。

身体が治ったら、働かないとな…。



『私は、エッチなロボットですから。人間の感情のデータもありますし、以前よりはずっと愛を込めて・・・』


「…ちょ、やめッ…体を擦りつけるなッ!息を吹きかけるなッ!妙な台詞で迫るなッ!イテテ…!」


彼女は、唯という人間の記憶のデータから、感情のプロテクトを解除する事に成功したロボットだ。

感情というデータを取り込み、しかも自分の意思をもったロボット。

エルザが、どんなにディスクのプロテクトを解こうとしても、解けなかったプロテクトが…

普通に、直し屋と暮らしていただけで、解けてしまったのだから、皮肉な事だと思う。


・・・というか、コイツが何でこうなったのか?なんて半人前の私には、まだまだ解らない。



ただ、解るのは。



「な、何してんのよ!馬鹿ロボット!人間の感情のデータがあるなら、少しはそれらしくしなさいよねッ!」


『凜様、黒牢が困っています。もう少し、お声を・・・』


「黒牢って、マスターって呼びなさいよ。アナタ、ロボットなんでしょ?」


『黒牢が、名前で呼ぶことを許可してくれました。』


「・・・身体擦り付けるセクハラは許可出てるの?」


『これは、私がしたいだけです。気持ちいいですから。』


「はあぁあぁぁ!?」






「・・・・・・・・・・。」




ただ、解るのは。



・・・このまま、この2人の間で入院生活していたら・・・今度は胃潰瘍になるかもしれない、という事だ。



私は、ベッドの中に潜り込んで、騒音から逃げた。





(…あ、そういえば…アイツの名前…決めてなかったな…)


彼女、と呼んだり、お前とかオイとか・・・いつまでもそんな呼び名は、なぁ・・・


…うーん…






「黒牢!何、布団の中に隠れてるのよッ!リンゴ変色しちゃうじゃないの!食べなッ!」


「うっ・・・オイッ!?むりはひふめほふは!(無理矢理詰め込むな!)」


布団をはがされ、私は凜に無理矢理、口にリンゴを突っ込まれた。

・・・と言うか、何?この大きさ・・・4分の1以上あるぞ・・・!?



『黒牢!一人で、性欲発散するのは止めて下さい。私の仕事です。』


「・・・(モグモグ…ゴックン…)・・・・・・してないっつーのッ!!」




・・・あー・・・何考えていたんだっけ・・・もう、いいや。後で、考えよう…。



「ちょっと!黒牢!ホントに、このロボット工房に置いておくつもり!?」



「・・・あぁ?」



『黒牢、私も、質問の回答を求めます…”私は、貴女の傍にいても、いいのですか?”』



2人の目は真剣だ。

けが人に向ける眼差しじゃない…。





…何度も言わせるんじゃないわよ・・・前にも答えたじゃないの・・・




 「・・・いいよ。いてくれるだけで、いい。」







 ― Blood disc  END ―




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 あとがき



…いつに無く、長い読みきりになりました…

なんか、こう・・・ロボットモノ書いてみたかったんですが…

あんまり深く考えて書いてません。(コラコラ。)

それがいけなかったのか、キーボードが壊れたり、身内のゴタゴタに巻き込まれたりと…

色々あり、UPが、予想以上に遅れました。



…ただ、書きたいものを発作的に書いたので…近々、また修正かなっと(苦笑)


あ、ロボットの名前は・・・・・・・・・・・・・・まあ、後で考えましょう。