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「助けていただいた事には感謝していますが・・・貴女が私に聞きたい事って何ですか?」


葵は、身体に巻いたバスタオルを片手で押さえながらグラスを持って聞いた。

ロベリアは葵の身体についている傷跡を目で数えるように見ながら言った。


「一問につき一杯。」

「そんな・・・。」


とにかく酒を飲め、とロベリアは葵に酒の入ったグラスを差し出した。


「お互い、聞きたい事はあるだろう?アンタはアタシを知ってはいるが、それは所詮資料の情報だけだ。

雑用の合間に埃被った資料なんかずっと見て、あれこれダラダラ考えるより、直に会って話した方が早い。そうだろ?


・・・ま、口より先に手を出して負けた、どこぞの貴族がいたが・・・」


”・・・ドンッ。”


ロベリアの後ろの壁から、鈍い音がした。


「フン・・・安い物件だからな、壁が薄いんだ。」


葵は壁をしばらく見ていたが、視線をグラスに戻して持ち上げたまま、ジッと酒を見ていた。


「毒なんか入ってないさ。まあ、いいから飲みなよ。それとも、アタシの酒が飲めないのかい?」


「・・・・・・。」



ロベリアに勧められるままに、葵は酒を飲み干した。

洋酒は初めてだったが、口の中から鼻へと日本酒にはない香りが広がる。



「へぇ・・・なかなかいい飲みっぷりじゃないか、赤アタマ。そうこなきゃ勝負にならない。」


「勝負・・・?」


瞬きをしながら、葵は首を傾けた。


「これは”飲み比べ”って、れっきとした勝負さ。吐いたり、酔い潰れたりしたら、負け。

グリシーヌの奴より平和的だろ?」



そう言ってロベリアはニヤリと笑いながら、葵の空になったグラスにウィスキーを注いだ。


(なんか、妙な事になったなぁ・・・こんな飲み方、健康的じゃないし。)


隊員と交流を深める、隊員の事を把握する手段としては、戦うより飲酒の方が確かに平和的だ。

しかし、今、目の前にいる人物は資料の情報では・・・とても平和的な手段を進んで使うような人物ではない。


「勝負、と言いますと・・・あの、やはり貴女も私が隊長をやるのは・・・?」


「ああ、反対だね。ただでさえ、アタシはルールだの上下関係だのに縛られるのは嫌なんだ。

ましてや、新人同然のアンタの命令なんか聞きたくもない。」


「そう、ですか。」


答えを貰った葵は、グラスの中の液体を飲み干した。


葵は改めて、目の前の女を観察した。

懲役1000年 巴里の悪魔と呼ばれた大悪党・・・と呼ばれた女。

笑みを浮かべているが、目の奥には敵意と何らかの思惑がチラチラと見える。



(でも、これは資料には無い彼女を知るチャンスでもある、か・・・。)



「その飲みっぷりは、正直嫌いじゃないが・・・アタシは、どうもアンタを信用出来ないんだよな。

新種との戦いで一人だけ生き残ったって聞いたけれど、ソレはどこまで本当なのかな、ってな。」


「・・・それは、どういう意味でしょう?」


ロベリアが酒を注ごうとするより先に、葵は片手でグラスに蓋をした。


「ああ、そうだな、アタシの質問が先だな。」


ロベリアはぐいっと酒を飲んで、喉を鳴らすと葵を真正面から見据えた。


「・・・・・・。」


ロベリアは右手の甲を見せ、指を動かしながら言った。


「アタシは少しばかり手癖が悪くてね。上司が持ってたアンタの経歴、見させてもらったんだ。

表向き、新種との戦いは”事故”となっているが、問題は・・・アンタのその力だ。」



バスタオル姿のまま、葵は椅子に座りなおした。



「アンタ、新種との戦いの中で自分の仲間を犠牲にして生き残ったって本当かい?」



あくまでも、葵は自分なりに職務を全うするつもりでいた。

自分は隊長(仮)であり、隊員に認めてもらう必要があるのだ。



その前に、答えなければいけない。




葵は、頷いて答えた。





「はい、事実です。」







 [ 第7話 質疑応答の果てに。 ]






一方、葵のいる部屋の一枚壁の向こう側では。



「お互い、聞きたい事はあるだろう?アンタはアタシを知ってはいるが、所詮資料の情報だけだ。

雑用の合間に埃被った資料なんかずっと見てるより、直に会って話した方が早い。だろ?

・・・ま、口より先に手を出して負けた、どこぞの貴族がいたが・・・」



ドンッ!!



「あンの悪党おおおおおおおッ!!」


ロベリアと葵の会話を聞いていた”どこぞの貴族”は、すっかり怒り心頭で壁をドンッと叩いた挙句、隣の部屋に斧を持って乗り込もうとしていた。

それを、親友・花火が必死に止めに入る。


「ぐ、グリシーヌ!抑えて!お願い!大事な話が!作戦が台無しに・・・!コクリコさん!エリカさん!二人共、一緒に止め・・・」


助けを求める花火だったが・・・。


「「・・・ふむふむ。」」


二人は背中を向けたまま、盗聴の真っ最中。


「わ、私、頑張るッ!一人でも頑張るわッ!(泣)」








『アンタ、新種との戦いの中で自分の仲間を犠牲にして生き残ったって本当かい?』


(―――え?)


エリカは、ロベリアの質問を聞くなり思わず、自分の耳を疑った。


「エリカ、今の聞いた?」


コクリコが信じられないという顔をしながら、瞳の奥から不安を覗かせる。

それを見て、エリカは今、自分が聞いた事は間違いない、と知る。


”葵が仲間を犠牲にして生き残った”その部分が、どうしても信じられなかった。


どういうつもりでロベリアがそれを葵に問いただすのか、真意はわかりかねた。



『はい、事実です。』



壁の向こう側から、それはアッサリとした返答が聞こえた。



「なんだと!?」


思わず、暴走しかけたグリシーヌも驚き、動きを止め花火と共に壁にぴっとりと耳をつけた。





「へぇ・・・誤魔化す事もしないとは。随分と馬鹿正直だな?」


からかうように言いながらも、ロベリアの目はまったく笑ってなどいなかった。



「・・・よく言われます。」


葵は笑う事無く、そう答えた。


「まあ、誰だって自分の身は可愛いもんさ。生き残る為には、何かしら犠牲は付き物だ。・・・だろ?」


同調を誘うようなロベリアの問い。

そして、ロベリアが酒に口をつける前に、葵は答えた。


「いいえ。」


その答えを聞いて、ロベリアの目つきは鋭くなった。



「私が犠牲にされるならともかく、私が誰かを犠牲にすることは、あってはならない事だったと思います。」



淡々と葵は答えた。

だが、ロベリアはそれら全てが気に入らない、と言った具合に吐き捨てるように言った。



「フン・・・ふざけるんじゃないよ!だったら、何故アンタの仲間が死んだんだ?


ここに”死亡者は全員、身体がバラバラになっていた”とあるが、どう言い訳するんだ!」



そう言い終わると同時にロベリアはテーブルに書類を投げつけ、手にしていたグラスを一気に傾けた。



「どうなんだよ、言い訳してみろ!」


ロベリアの言葉に、葵は黙ってグラスを傾け、酒を飲み干してからゆったりと質問した。


「・・・私の風で、切り刻まれたとお思いなんですね?」


葵は、酷く落ち着いていた。

まるで、以前同じ状況に何度も遭って慣れてしまったような葵の様子を見て、ロベリアはますます気に入らなかった。


エリカは葵を信用していた。

グリシーヌは葵の実力を認めた。


自分の仲間は、目の前の赤い髪の女を信用しようとしている。

だからこそ、この女はその信用に応えるべく努力をしなくてはならない。


違う、と必死に否定して欲しかったのだ。

それが、どんなに醜く見えていても、信じて欲しいと自分の目を見て言ってくれたら、ロベリアは少しは満足したのかもしれない。



なのに。



目の前の赤い髪の女は、言い訳をするどころか、冷め切った瞳で平然と”自分は仲間を殺した事がある”と認めたのだ。


態度、言葉のチョイス、何もかもロベリアの不快感を刺激するのに十分だった。




「それを聞いているのは、アタシだ。

アンタの風の力は、アンタ自身使いこなせていない。

昼間だってそうだ。身体の不調も関係あるのかないのか知らんが、あんな雑魚にアンタは”力の加減も出来なかった”。

自分の身体だって、ボロボロじゃないか!満足に力も使いこなせない、アンタみたいな不完全なヤツと一緒に戦えば、仲間も巻き添えも喰う。

新種の時もそうだったんだろ?アタシは、そんなヤツと戦うなんて御免だね!」




隣の部屋にいるエリカ達は二人の会話の内容に動揺するばかりだった。

エリカが思い返してみると、確かに身体の具合は悪そうな時はあった。

体中の傷だって、見ている。


(葵さんの身体の傷って・・・自分でつけた・・・?)


しかし、エリカは考えた。


偶然見てしまった、葵の背中の大きな傷。

自分でつけたにしては、深すぎる。

本当に力を使いこなせていないだけか?


「確か・・・葵は”巴里の風を掴めていない”と言っていたが・・・日本ではどうだったのだろう・・・?」

グリシーヌがそうボソリと呟いた。


「もし、月代さんが日本でも力を使いこなせていなかったのなら・・・それは、確かに大問題、ですが・・・。」

花火がそう言って、顔を伏せた。



やはり、真相は、葵の回答次第だ。


単に力を使いこなせていないのなら、使いこなせるようになればいい話。

だが、能力の不安定さから人間を殺した、となれば・・・話は全く違ってくる。



(お願いです、葵さん・・・違う、と仰って下さい・・・!)


エリカは、仲間の葵を信じた。



だが、隣の部屋からは乾いた返事が聞こえた。


「・・・貴女達は、無理をして私と一緒に戦う必要はありません。」

「何?」


「正直、私の目から見て、皆さんは私の戦いの”邪魔”でしかありません。」

「なんだと!?テメエッ!!」



「結果が出てからでは遅いんです。貴女達をみすみす死にに行かせる訳には行きません。」


葵はキッパリと言い切り、更に続けた。



「私は、”隊長”という肩書きを背負っている以上、貴女方を守る義務があります。


自分達が、本気で新種と渡り合えると思っているんですか?」



ロベリアだけではない、隣にいる隊員全員が爆発するには十分すぎる程の最悪な言葉のチョイスだった。


エリカはそれまでの葵の言葉を聞いて、葵の奥にある怒りを感じ取った。


(・・・葵さん、怒ってる?・・・でも、それは・・・)


葵の怒りの矛先は、質問をしたロベリアではない。エリカはそう思った。

勿論・・・根拠は全く無い。



「・・・お前、本当にぶっ潰すぞ・・・!」


怒りを抑えた低い声を発しながら、ロベリアはゆっくりと立ち上がって葵を睨んだ。


「出来るものなら。・・・隣の部屋にいる隊員の皆さんと一緒にかかってきても構いませんよ。」


葵は表情を変えずに椅子に座ったまま、隣の部屋を指差した。



「喧嘩、売ってるんだよなァ・・・?それは・・・。」

「一問につき、一杯じゃありませんでした?」



ロベリアと葵のその会話を聞いた隣の部屋の隊員は、全員『まずい!!』と即座に感じ取り、壁から耳を離し、隣の部屋に向かった。



「「・・・・・。」」


ロベリアと葵は無表情で、お互いのグラスに酒を注ぐと同時に一気に飲み干した。

グラスを傾けながら、お互いはお互いの目を見つめる。





そして、グラスが床で割れる音が、聞こえた。






その日。




とある地区のアパートの一室から突如爆発音が聞こえ、付近の住民が一時避難したという。


原因は不明。死傷者は無し。

アパートの一室が黒く焼け焦げ、壁には複数の鋭い切り傷が残されていた。

警察は、巴里の祭イベントが近い事から”花火か何かが爆発したのだろう”という、安易な結論をつけた。




次の朝。

テアトル シャノワールにグランマの怒号が響き渡った。



「まったく何やってんだい!?こんな騒動まで起こして!なんとか誤魔化しきったからいいものの。

街中で霊力使って喧嘩するなんて、大人の女のやる事かい!?どうせ喧嘩するなら、訓練所でおやりッ!」


メル・シーは支配人室の扉の前で、ビクッと身を震わせ、セコセコと働き始めた。



「・・・申し訳ありませんでした。」

「・・・フン。」


葵は深々と頭を下げたが、ロベリアは腕組みをしたまま、そっぽを向いた。

二人共、仏頂面に絆創膏を貼って、煤けた服を着ていた。

葵にいたっては、服かどうかも怪しい程、スーツに切り込みが入っていた。


「ロベリア!アンタ、あたしの机から葵の資料を勝手に盗み読みしたねッ!?」

「人聞きが悪いね。それは落ちてたから拾って、持ち主に返そうと中身を読んだだけさ。」


そっぽを向いたまま、ロベリアはやる気の無い声でそう説明した。

その発言内容に顔を引きつらせながら、グランマは言った。


「ほーぅ!?鍵がついた引き出しの中に厳重に保管してあったのも、アンタにとっては落ちてるものなのかい!?ふざけるんじゃないよ!」


「ふざけてんのはどっちだい!?

隊長候補が人殺し・・・ましてや、自分の仲間を殺したかもしれない事実をこっちは隠されていたんだ!

知らないでいたエリカ達は、コイツを馬鹿正直に信用しようとしてんだぞ!?胸糞悪いったらありゃしない!!」


ロベリアの抗議にグランマは額に手をあてた。


「・・・ロベリア、それエリカ達に話しちゃいないだろうね?」

「隣の部屋にいたようだから、聞こえてるかもしれないが、アタシが知ったことじゃないね。

いずれ、化けの皮は剥がれるんだから・・・なあ?赤アタマ。」


葵の方を向かずに、ロベリアは嫌味を言った。


「赤アタマじゃありません。月代です。」

葵もロベリアの方を向かずに抑揚の無い声で訂正した。



「資料の内容が不本意な形で隊員の間に流出してしまったのは仕方ない。

しかし、葵・・・アンタもアンタだ。何故、ちゃんと事情を説明しないんだい?

ロベリアもこの通り手癖は悪いが、立派な隊員の一人だし、仲間を思って行動したんだ。

アンタは隊長なんだ。ちゃんと向き合わなければならない筈だよ?」


グランマの言葉にも、葵は抑揚の無い声で答えた。


「説明の必要性が無い、と判断しましたので。」


その言葉を聞いて、ロベリアは葵の胸倉を掴んだ。


「それは、アタシに説明しても無駄だと言いてぇのか!?テメエッ!!」

「何をどう話そうとも、結果は変わりません。離して下さい。」


「アンタが関係ないと思っててもな、こっちは関係あるんだよ!特にエリカの馬鹿にはな!!」

「貴女方が私の戦いに参加しなければ、全くもって関係ない事だと申し上げた筈ですけど!?」


「まだ言うか!エリカ達や警察が来なかったら、お前の赤アタマを黒くしてやったのに!」

「エリカさん達や警察が来て良かったですね!おかげで、私は貴女を傷つけずに済みました!」


「言わせておけば・・・ッ!!」



ロベリアが拳を振り上げた所で、グランマが机を叩いた。


「お止めッ!!」


グランマの本日二回目の怒号に、二人共憮然とした表情を保ったまま、黙って離れた。



「ロベリア、今夜のレビューのコクリコのマジックショー、エリカに代わって、アシスタント役をやりな。」


「ああ!?なんでアタシが!?ガキに身体真っ二つに、とか冗談でもやりたくないッ!」

「お黙りッ!ステージの掃除も罰に加える!それだけで済んでありがたいと思いなッ!!」


「くっ・・・!」


お前のせいだ、とロベリアは葵を睨む。

葵は依然として無表情のままだ。


「葵、アンタも罰を受けてもらうよ?」


グランマは厳しい表情で、葵にそう言った。

葵はコクリと頷いた。


「はい、どんな苦しい訓練でも謹んで受けさせていただきます。」


葵は血反吐を吐くほどの戦闘訓練なら、今の自分に相応しいとさえ思った。

テアトル・シャノワールの空気は、軍人の自分に合わないばかりか、戦闘から遠ざけるもでしかなかった。




「じゃあ・・・」




グランマの一言で、葵は絶望の淵まで落とされ、ロベリアは腹を抱えて笑った。






その日の昼。


シャノワールのステージを鼻歌混じりで掃除するロベリアの隣で、エリカに振り付けを教えてもらっている葵がいた。


「で・・・ここで、にゃーお・・・はい、手を猫さんの手にしま〜す♪」

「・・・はい。」


本番さながらに、黒猫スタイルに身を包んだエリカと葵はステージ上でダンスの練習をしていた。

客席からは、グリシーヌと花火が不安そうに眺めていた。


「もっと可愛らしく!しなやかに!にゃーおって言いながら!はい、にゃーお♪」

「・・・”にゃーお”。」


やや泣きそうな情けない顔で猫のポーズをとる葵の後ろで、モップを持ったロベリアは吹き出して笑った。


「プッ・・・ククク・・・!」


「エリカ、一週間後のレビューのトリは大丈夫なのか?いくら後列の端っこでも、そんな調子ではレビューが台無しになるぞ。」


グリシーヌは溜息混じりにエリカにたずねた。

エリカはいつも通り、元気いっぱいに答えた。


「大丈夫です!レビューには間に合います!葵さん記憶力良いんですから!はい、くるっと回って〜にゃーお♪」

「・・・”にゃーお”。」


「表情が完全に死んでいるが・・・。」

「はい、グリシーヌさん!ほら、葵さん!口角あげてー!」


「・・・”にゃーお”。」

「あの、目が殺気立ってて怖いです・・・。」


「はい、花火さん!ほら、葵さん葵さん!目力を抜いてー!」

「にゃ・・・にゃーおぉぅ・・・!」


ぎこちない表情と動きを繰り返す葵を見て、ロベリアは遂に大声で笑い飛ばして言った。


「くく・・・あーっはっはっは!ダメだ!壊れた民芸品でももう少しマシな動きするよ!コイツはステージに合わないッ!」


「・・・軍人ですから。」


悔しそうに葵はそう言った。


「葵さん、軍人だろうと何だろうと関係ありません。何せ、ここはテアトル・シャノワールです。

お客さんに一夜の夢をお届けするのも、私達の大切な大切な仕事なのです。

きっと巴里の皆さんの笑顔を見れば、葵さんが守るべき人々の事をもっとよく知れると思いますっ!だから、頑張りましょう!」


「・・・はい。」


返事をしたものの、葵には理解できないでいた。

守るべき人々の事など知っても、何の意味もない。

自分には新種と戦うしか出来ないのだ。


戦う事で人々を守る。

今度こそ、守りきってみせる。



なのに、今していることと言ったら・・・


「腰をクネクネさせて〜ステップステップ・・・はい、決めポーズ!」

「・・・にゃーお。」


静まり返るステージに向かって、グリシーヌはボソリと言った。


「葵、目がまた死んでる。」






「はっはっは!いや、お嬢さん方も警察沙汰とは派手にやりましたねぇ。月代君も素直にエリカさん達に話せばいいのに。」


迫水は椅子に座るなり笑ってそう言った。


「笑い事じゃないよ、ムッシュ。やるとは思っていたけれど、本当にやられると後始末に困る。

簡単じゃないのは解ってたけれどねぇ、自分の嫌な部分を曝け出し、お互いを知り理解するには、思い切りが必要だよ。」


困り顔でグランマは肩をすくめた。


「まずは信頼関係ですね。しかし、急がねば・・・月代君は一人で戦う事になるでしょう。」

「”カグヤ”に、動きがあったのかい?」



「・・・この手の報告は、あまり、したくはないもんですが。」


迫水がそう言って、資料をテーブルに置いた。


「聞いているこっちも、なるべくなら聞きたくは無いね。」


グラン・マは険しい顔で資料を手に取った。


「新種は、次々と小さな村や家畜及び人を襲っています。発見された死体は、血が吸い取られ、バラバラに食い千切られています。

それらの形跡が・・・ここから・・・徐々に、この巴里に近付きつつあります。


ヤツラがどこから来るのかを調査していた者も、先日死体になって発見されました。…血を抜き取られていて…死体には、これが。」




そう言って、迫水が一枚のカードをグランマに見せた。





『 今度の満月の夜、血の滴る舞踏会を開催致します。 


 前菜は家畜の悲鳴。老若男女の血飛沫。メインディッシュはうら若き乙女の悲鳴と真っ赤な血。 


 静かに安らかに死にたければ、我等をもてなせ。 それ以外の存在価値が無い生き物だと思い知れ。 』






「・・・やや支離滅裂な内容ですが、ヤツラの狙いはハッキリしています。生き物の血液と・・・」


「紅姫こと、以前殺し損ねた人間、月代葵、か。」


「今の所、そうでしょうな。月代君の報告通り、月夜に現れ生き血をすする化け物…。

恐らく、人の血液はやつらの栄養源、と言ったところでしょう。

黒い大きな狼のような生き物を従えた、人型の新種…いずれの新種も、詳しい数、種類は不明…。


月代君が接触したカグヤと呼ばれる人型、そして、それを囲む黒い狼。

巴里華撃団と接触するのは時間の問題でしょう。月代君がトラウマを乗り越え、お嬢さん方と協力してくれれば・・・。」


「間に合ってもらわにゃ困るよ。間に合わなければ・・・」


「また月代君一人に前線に立ってもらう・・・これは、避けたいですな。彼女を犠牲にするのは。」


「同じ過ちを繰り返す訳にはいかないよ。

何人も犠牲を出して、カグヤを日本から引っぺがす事に成功したんだ・・・巴里で決着をつけるよ。」




「で・・・その為の一歩が・・・アレですか?」



迫水は頬を爪でかきながら、ステージを見て言った。




「はい!葵さァん!笑顔でにゃーお♪」

「う〜・・・”にゃーおぅ”!」


回数を重ねる程、ステージ上の軍人の女の目は血走っていく。

隣のエリカは、いつも通り笑顔で葵に接する。


昨日の葵の発言がまるで心に引っ掛かっていない、といえば嘘になる。

ロベリアは言うまでもないが、花火もグリシーヌも葵を遠巻きに見ているし、コクリコに至っては葵を避けている。


だが、エリカは『きっと、何か事情があるのだ』と思う事にした。


初めて出会った時。

風の中、エリカを抱きかかえながら葵はあんなに柔らかく微笑んでいた。


そんな人間が、殺そうとして人を殺す訳が無い。

それに、葵自身から何も聞いていないし、自分の目で何も見ていない。


エリカの知っている葵は、真面目で不器用で人に優しく、寂しそうな人、それなのだ。



だから、エリカは葵を信じ、もっともっと知ろうと決意した。



「葵さん!もっと元気よく!笑ってー!」

「・・・に゛ゃ゛ー!!」



化け猫か他の化け物に近い呻き声を聞きながら、迫水は呟いた。



「しかし・・・不気味ですな。」

「・・・ゴシックホラーですって注意書きした方が良いかもね・・・。」


グランマはステージを見つめながら、真顔でそう答えた。






「オーナ〜!」

シーの間延びした声が聞こえ、グランマは振り向いた。



「すみませぇ〜ん!なんか変な人が来てますぅ〜!」

「は?変な人?ウチは、変な人間だけで構成されてるってのに?」


グランマの言葉に、メルはツッコミをいれた。


「オーナー・・・それはあんまりです。あの、月代さんのお姉さんだと仰る方が・・・」

「葵の姉?日本から?」


「ええ。それで、その・・・。」

「・・・なんだい?」


メルが困ったように言葉を濁すので、グランマは聞き返した。

すると、シーがやたら大きな声で報告した。



「なんかすっごく怒ってるんですぅ〜!!”外人に用は無いから、妹を返せッ”って、そればっかり!

オーナーなんとかして下さぁい!私、ああいう、話が通じない人すごくすごく苦手ですぅ〜!」



シーの声に葵は反応し、グランマ達の方を見た。


「話が通じない・・・ま、まさか・・・!」


隣にいたエリカは、何かに気付いた葵の顔が瞬時に青ざめていくのを見逃さなかった。



「・・・姉さま・・・!?」









『――姫、お目覚めを。』



その声に”姫”と呼ばれた者は、漆黒の髪を揺らし、息を吐き、その瞼をゆっくりと開けた。


月の光だけが灯りとなり、荒れた古城の内部を照らす。

この城には、天井など無い。


ここにいるのは、城の主と執事と棺だけ。


『少し、夢を見ていた。心地の良い夢だった。』


月の出る夜は、やはり目覚めが良いな、と執事に姫と呼ばれた者は思う。


月が出る夜は、不思議な高揚感が湧き上がってくる。

どうにも、赤い血が見たくて、壊したくてたまらなくなる。


だが、姫と呼ばれた者には、それを抑える理性が少しだけあった。



足元には、包帯で顔全体を隠した従者が跪いていた。

包帯の隙間から、淀んだ不気味な右目だけが”主”を見つめている。



『・・・何?』


執事は、再び頭を下げた。


『――姫、御言い付け通り、影犬に人間を狩らせ、名も無き姫の躯に生き血を与えました。また足りなければ、御申しつけ下さい。』



そう言って、従者は棺を見せた。

それらの棺はガラスで出来ており、眠りについている娘達の青白い顔が見えた。

一人一人の顔を見て、姫と呼ばれた者は、笑みを浮かべた。



『・・・そうか、ご苦労。目覚めには十分だ。後は、どこぞでも人間(食事)は調達出来るだろう。』

『は。』



そういうと、包帯の従者は主に頭を下げ、暗闇に消えた。




『・・・目覚めよ、名も無き姫たちよ・・・愉しい宴の時間だ。』




やがて、その声に反応して、ガラスの棺が次々とゆっくり開いた・・・。




『眠りの時間は終わりだ。我らは、これより、紅姫を迎えに行く。』



ある姫は、自慢の腕に力を入れ、笑った。

『あー・・・いいねぇ、やっとなまった身体を動かせるのかなぁ?』


ある姫は、自慢の長く青い髪を櫛でとかしながら、ウキウキとした口調で言った。

『まあ!素敵!今度は、どんなところなんでしょう?・・・まあ、どうせ、血で真っ赤に染まって同じ風景になってしまうんだけど。ふふっ♪』


ある姫は、自慢の鎌を撫でながら、やや興奮したように言った。

『こ、今度は・・・もっと強い人間を・・・こ、こ、殺せるのかしら・・・?切り刻んで良いの!?ねえ、良いのよね!?』



ある姫は、ガラスの棺の上に腰掛け、包帯だらけの長く細い足を組み、皮肉っぽく言った。


『あ、そういえば、以前、カグヤ様がしばらく生かすと決めた・・・あのボロ布みたいな雌犬は、どうしてるのかしら?』



『ああ、赤い頭の・・・紅姫、だっけ?もし、アイツがあの時より強くなったんなら、勿論あたしが殺すよ。決まってるだろ?なあ?カグヤぁ。』

『ダメよ。あの紅姫の生き血は、私がもらうんだから!』

『こ、殺すのは・・・わ、私・・・もう、誰でもいい・・・こ、殺したい・・・!悲鳴を聞きたいッ!』


『・・・カグヤ様、もはや影犬で狩りなどしなくても、私達で盛大な宴は、開けますわ。』





『『『ウフフ・・・』』』






ガラスの棺から起き上がった姫達は、玉座に座る”カグヤ姫”にケラケラと笑いかけた。


カグヤは満足気に笑った。






『…そうだな…紅姫には借りがあるのだ。日本を追い出された借りがな。丁重に、もてなしてもらおうか・・・。』







 ― 第7話終わり。 ―




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『 エリカさんと反省会 〜あとがき〜 』



お疲れ様でーす。


エリカ「何か、懺悔する事はありませんか?」

放置してすみませんでした。

エリカ「許しません♪」

・・・・・・・。


エリカ「冗談です、冗談!やっと敵さんがチラっと見えましたね!後、他の話でちょこっと出てた葵さんのお姉さんとか!あ、女性多いですね〜」

一応、ここ百合含有サイトですからね!


エリカ「次回は、このエリカが、葵さんの心の扉を開けてみせます!もう、ガバガバですッ!!」

・・・擬音、もうちょっと選びましょうか・・・。