「……チッ。」





グリシーヌが怒ってた気持ちが、今になって解る気がする。




…本当、コイツは、無防備過ぎる・・・ってね。



シャノワールの一室は、いつからか、この赤アタマの”仮眠室”になった。

誰も使わない、この部屋には、デカいソファがある。

硬くて寝心地は最悪なんだが・・・それが、アタシらの赤アタマ隊長の安眠場所だ。


・・・まぁ、静かな場所だしね。寝やすいと言えば、寝やすいんだけどね…。



(…なんで、ここで寝るんだよ…オマエは。)


アタシは、葵の顔を覗きこんだ。

ぐっすり眠り込んでいるらしい・・・いい気なもんだ。


…眠っている間の脱ぎ癖は、まだ治ってない。…Yシャツのボタンが3つも開いている。


毛布もかけて寝ていたんだろうが…床に落ちているから、意味無し。

寝てるんだから、スカート履いているって意識も無い。

アタシが少し首を傾けるだけで、スカートの中身が簡単に見える。



日差しが入ってくる温かい室内には、葵の寝息しか聞こえず、葵の匂いで満ちている。

眠っているコイツを見るのは、初めてじゃない。



(・・・ふうん・・・今日は、うなされてないみたいだな・・・)


葵は、時々だが、過去の夢を見る度にうなされていたらしい。


その度に、服を全て脱ぎ、フラフラになって起き上がって冷たいシャワーを浴びる…

放っておけば、そのまま、体温が下がりきるまで、冷たいシャワーを浴び続ける。


アタシは、そんな現場に出くわしても、葵に『生きてるか?』としか声を掛けない。

そして葵は、俯いたまま、片手を軽く挙げる。

生きてる事を確認したアタシは、その後、葵がベッドへ戻るまで、ただ酒を飲みながら待っている。

エリカなら、能力でどうにか出来るかもしれないが、生憎アタシはそれが出来ない。

だから、見守ってやるしか、出来ない。



そんな事を思い出すと、一種の無力感のようなモノを感じる。


(…エリカはコイツの傷を癒す事が出来るのに、アタシは…)


比べたってしょうがない。エリカの馬鹿に出来ない事は、大抵アタシには出来るんだし。

それに、そういう出来る事と出来ない事を持ったヤツ、それぞれの特性を上手い事集合させたのが…

アタシのいる・・・この『巴里華撃団』なんだし。


「……んぅ・・・。」


寝返りをうった葵の胸元が”チラ見え”から”バッチリ見え”に変わった。


(……つーか…本当に…無防備過ぎ…。)


一応、男もいるんだぞ。このシャノワールには。

鼻でもつまんで起こそうかと思ったが、隊長サマは折角の熟睡中だ。

いや、起こす前に色々とちょっかい出してみるのも面白いかも…。




そもそも、アタシは・・・女になんか興味無かった。それを、コイツが変えた。

エリカに懐かれて以来、女同士で腕組んだり、抱き合ったりなんてゴメンだと思っていた。



・・・それが・・・。

赤い髪の女隊長サマの出現で、一気に覆された。



霊力も戦闘能力も全てアタシ達より上のクセに…。

アタシらを守るとか、くだらないカッコなんざつけて…アンタは血まみれで戦って、ぶっ倒れる。

例え、片腕を斬られても、紅姫化出来るから、と自分の腕を咥えて身体中赤く染めて、戦い続けるようなヤツだ。



アンタは、何度も何度も立ち上がる。


風に乗り、空に舞い…何度も月夜に紅く舞う…。


死など、恐れちゃいない…そんな顔で、アタシの前で、憎らしい程、綺麗に舞うもんだから…。





…そんなアンタに…



アタシは、アンタに奪われたんだ。





巴里の悪魔と呼ばれた女が、女に心を奪われたなんて、笑い話にもなりゃしない。

だが、もう迷いも、戸惑いも…嫌悪感すらもない。




「・・・葵。起きろ。」




 ”奪いたい。”



「・・・んん・・・」





・・・このアタシが、女に?・・・どうかしてるよ。本当・・・。




「・・・・・舞子・・・みん、な・・・。」



小さな寝言の後、葵の左目から、涙が流れ、右手が何もない天井へと伸ばされた。


・・・ああ、いつもの悪夢を見ているんだと、嫌でも解る。




「・・・・・・・・・・。」




ヤツの口から『好き』だと言われて、アタシは、何かが変わると思っていた。



だが、それでも、コイツの生きている理由は…

出会った当初と、まったく変わってないという事に、戦う度に思い知らされた。


仲間の為なら、自分は死ぬ。仲間の死は見たくないから。そして、先に死んだ仲間の場所へ逝く。



それを知ってから、アタシの”奪いたい”は


”この女の心も体も奪ってしまいたい。”に変わった。



どうかしてるよ。本当にな・・・。



でも、何故だろうな…心の底じゃあ、自分の脳ミソが狂ってるだなんて、ちっとも思っちゃいないんだ。



アンタに”生きたい”と言わせたくて。

アンタに、天でも、地でもなく、アタシの方を向かせたくて。





気が付けば ”この女の心も体も、過去の時間すら、全部奪ってしまいたい。” に変わっていた




それでも、まだ・・・コイツの事が、掴めない事が、多くて・・・もどかしくて。


・・・奪われ続けてるのは、アタシの頭の中身の方だった。




「……。」



ヤツの呼吸音と共に膨らむ胸、そして、そこに刻まれた傷。

過去なんて、どうだって良いと思ってたのに。



それを見せ付けられる度に、こう思う。






  ” ――奪いたい ” と。








「………。」




・・・こうやって・・・アタシは、いつもアンタに先に奪われるんだ・・・。調子が狂うったら無い。




アタシは、赤アタマの髪の毛を耳にかけて、耳元でそっと囁いた。




「・・・・・葵・・・アタシが、あと10秒数えるうちに、起きないと・・・ここで、抱くよ?」



・・・勿論、熟睡しているヤツに届く筈も無い。




カウントを開始しながらアタシは、刑務所から盗ってきた手錠を葵の両手首にはめて、ソファの手すりに固定した。




「・・・3・・・2・・・1・・・」



ゼロと同時に、唇を重ねる。



「・・・ぅんっ!?・・・ンッ!…むぅっ!…んーッ!?…んぅ、んーッ!?」



奪われた腹いせのように、アタシは…毎度こうやって、無理矢理に近い形で奪っている…。



唇を離すと、涙目の隊長が呼吸を乱しながら、こちらを真っ赤な顔で睨んでいる。


そして、アタシと葵の間で繋がっていた唾液の橋が、ぷつりと切れた。




…アタシは、葵を見下ろし、微笑んで一言、こう言ってやる。




「…お目覚めは、いかが?隊長。」



葵の返答も聞かず、再び、アタシは身体を沈めた。









 [ CRAZY GIRL - candy lips - ]









「ふ、ああ〜・・・ぁ・・・」



ギャンブルの後の酒は美味い・・・時もあるし、そうじゃない時もある。

共通して、言えるのは…夜通しやってると朝日が目に染みて、けだるくて、無茶苦茶眠いって事。


ぼうっと歩いていると、視界に見慣れたチビが柱にくっついて手を伸ばしていた。

てっきり・・・猿かと思った。・・・ああ、早く眠っちまった方が良いなこりゃ。

どう考えても無理だろって場所の物を取ろうとするのは、ガキだからか…?



チビは、柱を下りると今度は、傍にあった脚立を持ち出したので

アタシはツカツカと歩いて、チビが取ろうとしていたモノを取ってやった。


どんな物かは、正直興味は無かったが、それは、チビが、ショーで使っていたマジックの小道具の小箱のようだった。


「・・・ほらよ。」


アタシのした事が、そんなに意外だったのか。

コクリコはぽかんと口を開き、驚いたまま、それを受け取った。


(・・・あー・・・ダルい・・・とっとと寝よ・・・。)

歩きかけたアタシのコートがツンと引っ張られた。



「あ、あの、ロベリア…。」

「・・・なんだ?」


ぼうっとする頭を片手で抑えながら、アタシが振り向くと、コクリコのヤツが、笑顔満開でこう言った。


「あの・・・取ってくれてありがと・・・はい。これ、小箱取ってくれたお礼!」


・・・あぁ、やめろよ…その”本当は良い人ね”って顔は…。


しかも…頭に響くんだよ。…チビの元気な声ってヤツは…今のアタシには、毒なんだ。

(ちなみに、エリカの元気は猛毒に属する。)


・・・しかも、このアタシへお礼に”アメ玉”を握らせるとは・・・。

いや、アタシもアタシだよな…。素直にそれを受け取るとは…。


「……フン…礼をする前に、早く大きくなんな、チビ。」


手の中のアメ玉をとりあえずポケットに突っ込んでアタシはそう言った。


「・・・むう〜・・・!」

「・・・だからそれまで、その梯子は使うなよ。チビ。」


アタシがそう言うと、チビのヤツは、ようやく気が付いたらしい。


「え?・・・あ・・・・・・壊れてる!」


チビが使おうとしていた脚立は、止め具が壊れて外れかかっていた。

大人の体重なら、すぐに乗った時点で平らに変形するから、気付くだろうが・・・身の軽いチビの場合は、別だ。


「ま、そういう事だから。使うな。じゃあな。」


いちいち説明するのも面倒で、アタシはとっとと寝床に戻りたかった。


「・・・もう・・・ロベリアったら・・・優しいんだか、悪いんだか・・・。」


後ろから、そんなチビの声が聞こえたので、アタシは片手を振ってこう言ってやった。



「・・・フン・・・”悪党”で統一しておきな。面倒臭い。」


・・・妙な誤解されて、これ以上、エリカみたいなモンに付き纏われたくないんだよ。






ポケットの中に手を突っ込んで、寝床まで歩いていると、”カチャリ”という音と金属の手触りがしたので、それを取り出してみた。


”手錠”が出てきた。



(・・・・・・・・あぁ、一昨日のか・・・。)


鍵の無い手錠・・・入手は、簡単だった。アタシにとっては、身近なアイテムだ。


もっとも・・・その一昨日の”おイタ”が過ぎて・・・

その後、隊長サマはアタシを見ると警戒して避けるように、仕事を続け…昨日は、せっかくのアイテムを使い損なった。



(・・・別に、いいじゃないか・・・たまに腕の自由を奪うくらい・・・。)




・・・だって、そうだろ?


・・・アタシは、ずっとアンタに奪われっぱなしなんだ。・・・癪じゃないか。


それに。



アタシが奪ってる間は、余計な事を考えずに済むだろう?

理にかなってると思うんだがな。






ベッドに倒れ込む。


(・・・・・・。)



アタシは、無意識にベッドからヤツの痕跡を嗅いでいたりする。

・・・どうやら悪い酒が、まだ・・・残ってるらしい。




ヤツが倒れるたびに、ハラハラするのは何故だろう。

ヤツと視線を合わせる度に、次から次へと湧き出る”コレ”は、一体どうしたらいいんだ。

とうとうアタシは、心底からイカレちまったのか・・・なんて事を考えていた。

・・・だが、理由は簡単だった。



(・・・ここまで”女”に惚れた、なんてな・・・・・・笑えねぇ・・・・・。)



とにかく、アタシは気が付いたら、好きになっていた。

そしてアイツを求めては、アイツの全てを盗んでいる・・・・・つもりでいた。


・・・とにかく、こっちが奪われた分、アイツを奪う事しか考えてない。



正直な所、女を抱く自分なんか、想像もしていなかった。

…今まで知らなかった刺激のせいか…ヤツとの体の相性が余程良いのか…


…あるいは…。






(・・・・・本っ当・・・笑えねぇ・・・・・。)






月夜に映える赤い髪を見る度に、心がざわつく。

戦いの中で舞うヤツを見る度に、心は引きつけられて。


・・・そして、消え入りそうなアイツの涙声で、他のヤツの名前を聞く度に、心は乱れる。



何度も何度も何度もヤツに言う。空も地も、見なくて良い。

『アタシだけ、見てればいいだろ』と。



戦友への償いや、カグヤとの戦いなんて、知るもんか。

アタシは、ヤツをどこにも逝かせるつもりは、無い。








夕方までぐっすりと眠った後、アタシは、シャワーを浴びた。






蛇口が固く、重く感じる・・・。それに、まだ酒が残ってるみたいで、少し頭がぐらつく。



「・・・そんなに飲んだっけ・・・・・・」



独り言を呟いて、シャワーを頭から浴びる。




そのシャワーの音で、また、ふと思い出す。



・・・あの赤アタマの事。




時々、俯いたまま、冷たいシャワーを浴び続けるアイツ。

結局、その横で”待つ”しか出来ないアタシ。


その距離、およそ数メートル。


ただ待つだけの時間に飲む酒は美味いのか、不味いのかもわからない。


葵がアタシの元に、いつもの・・・こっちの気が抜けるような、ふにゃりとした笑顔で”すみませんでした”と戻ってくるまでは・・・


それまでは・・・待つしかできない。



いっそ、今の戦いからアイツを引き剥がして、アイツの意識も何もかも奪って・・・もっと、もっと遠いどこかへ奪い去れたら・・・


・・・・・なんて、らしくもない事を、思う時がある。




「・・・・クソ・・・。」




・・・未だ、実感が無い。



アイツの目は、本当に…アタシを捉えていてくれているのか?と。

虚ろな目は、アタシの知らないどこかを見ている気がして・・・。




・・・”死にたくない”と言う言葉も、アタシを”好き”だと言った言葉だって・・・所詮は、言葉でしかない訳で。

疑いを持てば、いくらでも埃は出てくる。それも、キリが無いほど。



今日もヤツは、気の抜けるような、ふにゃりとした、あの顔で笑っているんだろうか。

どこかで、いつかのように無防備晒して、ブッ倒れたりしてないだろうな・・・。



・・・自分の面倒くらい自分でみろと思うし、他人がどうなろうと知った事じゃない。


・・・・・・ヤツを好きにさえ、ならなかったら、そう思うだけで、事は済んでいた。放っておけば、良いのだから。



だが、笑えない事に。



ここまで、このアタシともあろう者が、赤の他人に固執するハメになったのは・・・ヤツにアタシ自身が奪われたからだ。


御蔭でアタシは、すっかり・・・このザマだ。





熱に侵された頭に、あの言葉だけが馬鹿の一つ覚えのように響く。






 ―――― 奪いたい。






蛇口を閉める手に、力を入れる。

指先まで熱を帯びたアタシの身体。



・・・目を閉じて・・・ただ・・・想う。


瞼の裏に浮かぶ、赤い髪の毛の主を探す。





「・・・ヤツは、どこだ・・・」





アタシは目を開けると、自分の髪の毛からポタポタと落ちる雫を、しばらく見ていた。









シャノワールの一室。

そこに書類まみれで、ヤツはいた。



「・・・随分と熱心だな。楽しいか?」



後ろから声を掛けると、ヤツはいつものの〜んびりとした返事を振り向きもせずに返す。



「んー…楽しめたら、いいですよねぇ…前回の戦闘データですけど、見ます?」


”理想の隊長”というヤツに近づく為、葵はこうして、日々つまらない仕事を自分から増やして、やっている。


「・・・そいつは、ゴクロウサン。アタシは遠慮しておくよ。 キャッシュの出ない仕事をプライベートでする気はないんでね。」


「ふふ・・・言うと思いました。」

「じゃあ、最初から誘うな。」



どうせ、誘うなら・・・酒かアッチの意味の誘いかにしてくれた方が、ありがたい。



「・・・あ、そうだ。それより、聞きましたよ、ロベリアさん。」


のんびりとした口調が、いやに機嫌良く弾んだ。・・・なんか・・・嫌な予感がする。


「・・・何だ?」


「脚立の件。アレ、私が直しておきましたから。・・・コクリコが、とても嬉しそうでした。」


そう言って、葵は、ニッコリとこっちに笑顔を向ける。

・・・”良い人ですね”って感じの。・・・だから、このテの笑顔は、苦手なんだって・・・。

よりにもよって、こんな時に・・・。


「・・・チッ・・・あのチビ、余計な事を・・・。」


アタシの不機嫌さとは対照的に、葵は上機嫌で立ち上がり、ニコニコと近付いてくる。

だから、その『本当は良い人なんですね』って顔はヤ・メ・ロ…!


「今度、また何か気付いたら、言って下さいね。私が直せる物なら、直しておきますから。」


そう言って、葵はアタシの真横に立った。

真正面に立つと、左頬の絆創膏が目の前の人間の視界に入るから、らしいが。

そうやって、無意識にヤツは”自分”を隠す癖がある。


・・・このアタシの前でも、だ。



「ま、タイミングよく気付いたら、な・・・。」


そう言って、横目で見ると葵は白い手袋をした手で、口元をおさえて笑っていた。



「フフッ・・・頼りにしてます、副隊長。」


「・・・フン・・・よく言うよ・・・。」


それは心の底から、吐き捨てた台詞だった。

その証拠に、頼りにしているといいながらも、視線は・・・アタシを捉えてない。 ヤツの視線の先は、アタシが入ってきたドアだ。


「・・・・・・・。」


アタシが黙り込むと、葵はこちらに向きなおした。


「・・・・・・本当、ですよ。」


そう言うと、葵はスッと、ごく自然に。背伸びをして、アタシの唇の端にキスをした。

思わぬ不意打ちに、驚くより先に力が抜けた。



そして、かすかに匂う甘い香りが、アタシの理性を壊した。



「・・・んっ・・・!?」



気付いたら、アタシは、葵の手首を掴んで・・・唇を塞ぎ、舌を入れていた。



「・・・んぅ・・・」



甘い匂いの正体が、舌の先にあたる。


・・・・・アメ玉だ。


多分、昨日、チビから貰ったアタシのポケットに突っ込んだままのアメ玉と同じヤツだろう。


アタシは葵から、すかさず、そのアメ玉を奪い取る。

・・・葡萄の味がする。同じ葡萄なら、ワインの方が良いんだが。



・・・これはこれで、悪くは無い、な。



「・・・・・・ちょ…っと……ん……ぁ…!」


アタシと葵、互いの舌の上で踊るあめ玉。


必死にもがく葵をアタシは、両腕できつく抱き締めた。 吸ってはアメ玉を戻し、2人でゆっくりそれを味わう。

やがて、葵の力は抜けて、腕がアタシの背中へとまわり、手はコートを弱々しく掴んだ。


小さくなったアメ玉をアタシは奥歯で噛み砕きながら、ゆっくりと唇を離した。



・・・これで、奪えたのは・・・・・・唇とアメ玉だ。



「・・・・・い、いきなり・・・何、するんですか・・・貴女って人は・・・。」



抗議のつもりか、葵はアタシの左肩に弱々しい”ネコパンチ”を一発。可愛いモンだ。



「・・・それは、アタシの台詞だろ?隊長に、唇奪われたんだから。」



耳元で囁きながらも、アタシは葵を離さなかった。


・・・奪われっぱなしは、悔しいじゃないか。


それに、どんなにこうやって奪っても、アタシは、アンタの中の”世界”を、”時間”も、”視線”すら・・・奪えていない。

・・・本当にアタシを必要としてくれているのかすら、危うい。



「・・・・・・あれは・・・単に・・・その・・・」

「・・・”ご褒美”のつもり?」


アタシは囁きながら、赤い髪をするりと指で撫でた。


「ち、違います!…だから…そういう優しい一面もあるんだなって、思ってみてたら・・・つい・・・。」

「・・・ほう・・・衝動的ってヤツ?いいね・・・そういうのも嫌いじゃないよ。アタシ。」


それは、赤アタマにしては珍しい反応だった。 視線は依然として噛み合わない。


「・・・・・・まあ、そんな感じです・・・じゃ。」


そう言って力ずくで離れようとするので、アタシは更に力を入れて葵を抱き締めた。


「 ”じゃ。” じゃないよ。アンタは…本当に、無防備過ぎる。・・・少しは自覚しな。」


「・・・む、無防備・・・?」


アタシは、軽く溜息をついた。


「・・・他所様の私生活に興味はさらさら無いが、アンタはアタシの”獲物”だ。

アンタが、そうやって無防備な姿を晒してると…この間アタシがやったみたいな事、他のヤツにされるぞ。」



・・・下を見るな。こっちを向け。



「そんなの・・・シャノワールで、手錠持ち歩いていて、私をこんな風に襲える人って、貴女くらいだと思うんですけど・・・。」

「・・・フン、だと良いんだけどな。」




・・・アタシを見ろ。




「・・・・・・どうか、したんですか?」

「あぁ?何が?」



視線がやっと合ったと思ったら、ヤツはこう言った。



「・・・なんか、ロベリアさん・・・寂しそう・・・。」



「・・・馬鹿言うな。誰がだ。」



「あ、すいません・・・なんとなく、です・・・。」





「・・・・・・・・もし・・・寂しいって言ったら、今夜はアタシの傍にいるか?」





それは、一種の賭けに近い。自分でもどうかと思う言葉をアタシは、吐いた。


「・・・・・え・・・。」


「寂しいと言ったら、今夜はアタシの傍にずっといるか、と聞いてるんだ。」


「・・・・・えっと・・・。」


「寂しいと言えば、アンタは・・・アタシをちゃんと、見てくれるのか?」


「え・・・えぇ・・・?」



もどかしくなったアタシは、葵の左の手袋を剥ぎ取って、指を絡ませた。



「アンタには、ケリをつけなきゃいけない事があるのは解ってるつもりさ。

 だが、アタシはアンタの何なんだ?単なる足を引っ張るだけの存在なのか?」


「・・・なんで・・・そう、思うんです・・・?」


アンタが、寝言でも以前の仲間の名を呼ぶ度に。

空を仰ぎ見たり、俯いて冷水を浴びている姿を見る度に。


アタシから視線を逸らす度に・・・。




「・・・アンタを、時々、遠くに感じる時があるから。」




「・・・え・・・そう、なんですか・・・?」

「アンタ・・・まだ、心のどこかで思ってるんだろ?アタシを・・・アタシらを守って死ねたら良いなんて。馬鹿な事を。」


「・・・・・・・・・・。」



沈黙が、全てを物語る。 無防備な上に、正直過ぎるんだ。葵という人間は。




「例え、この戦いの結末が・・・どんな事になっても。アタシは・・・アンタをどこにも逝かせないと決めたんだ。

・・・何度だって言う。・・・アタシは、アンタに守られるだけの存在になるのだけは、ゴメンだ。」


「・・・ロベリアさん・・・。」




「だから・・・アンタの世界に、アンタと同じ位置に・・・少しは・・・アタシを置いてくれ・・・。」



「・・・・・・どうしたんです?急に・・・何、言ってるんですか・・・?」


アタシは葵の問いに答えず、左手の傷跡に、ただ・・・唇をつけた。

薄く目を開けると、またヤツと目が合った。ヤツは、まだ不思議そうな顔でアタシを見ている。


そのまま目線を合わせていると、葵はしばらく瞬きをして突っ立っていたが

何か感じ取ったのか・・・やがて、微笑みながら左頬の絆創膏を剥がして見せ、言った。



「・・・今、私がこうして、生きて戦えるのは、貴女達の御蔭です。


そして、私の世界には、貴女は必要不可欠な存在です。・・・こんな私を・・・受け止めてくれたんですから。」


「・・・・・・・・。」


更に黙るアタシに、葵は笑って言った。


「・・・・・こんな私の傍にいてくれるなんて・・・奇特も良いトコロですよ。・・・貴女って人は・・・本当に・・・感謝してもしきれないくらいです・・・。



・・・・・・奇特、ねえ・・・、まあ”良い人”よりはマシだな、と思う。



「・・・こんな私でよければ・・・ずっと私の世界に・・・傍にいて下さい。」


たかが言葉。

疑えばいくらでも、埃やほつれは出るかもしれない。


・・・でも、時々馬鹿みたいに・・・信じたくなるんだ。


「・・・フン・・・よく言うよ。・・・大体、アタシは”そんなアンタ”のせいで、こうなったんだからな・・・。」


・・・馬鹿正直なアンタの言葉だから、余計に、な。


「え?・・・一体、何が・・・どう、なったんです・・・?」

「・・・教えてやんない。」



そう言って、再び唇を近づける。やがて温かさが伝わり、葵の吐息を感じながら、アタシは強く葵を抱き締めた。



長いキスは好きじゃないし、趣味でもなかった。


だが、アメ玉の無くなったヤツの口の中に舌を入れる度に、その感触に体が震える。熱が暴走して止まらない。

ヤツの柔らかい唇を軽く噛んで、口の端を舐めて・・・葵の中に、また忍び込む。

その度に、くぐもった声が葵から漏れて、それが更にアタシを暴走させた。

そして、自然とアタシの右手は、下へ下へと降りて・・・


「・・・ッ・・・ちょっと・・・もう・・・もう、ダメ・・・。」


ぐいっと身体を押しのけられ、アタシは少しだけ距離を取ったが、手は葵の腰から離さなかった。


「・・・隊長は”おあずけ”が得意だねぇ・・・。」


「変な嫌味言わないで下さい・・・ここ、鍵もかからない、シャノワールのただの一室、なんですからね・・・!」



”だから、良いんだろ?”と言おうかと思ったが、それよりも先に。



「・・・でも・・・さっきの言葉、嬉しかったです。ありがとう・・・ロベリア。」



そうポツリと言って、葵は、ふにゃりと腑抜けた笑顔をアタシに向けた。

そこでアタシの肩の力が、少し抜けた。



「・・・・・・礼なんかいらないよ・・・チビのアメ玉より、いらない。」


素っ気無くそう言うと、葵は困ったように言った。


「・・・えぇ・・・じゃあ・・・どうすれば・・・?」



「・・・だから、さっき言っただろ?”今夜はずっとアタシの傍にいろ”って。」


「ほ…本気、だったんですか…あの恥ずかしい台詞。」



「・・・だ、誰が恥ずかしい台詞だ!・・・本気に決まってるだろ。 ・・・・・・で、答えは?」



ムッとしたアタシの問いに、葵は真っ赤な顔して小さな声で”ウィ”とだけ答えた。

アタシはそこでやっと葵から手を離すと、手をポケットにツッコんだ。

金属の感触と、小さな球状のものが指に当たる。


「・・・あぁ、そういえばさ・・・悪かったな。」

「はい?」


「アンタのアメ玉、盗っちまってさ。」


「・・・!・・・・・・・。」



アタシがそう言うと、葵は顔を真っ赤にして、素早く椅子に座った。


「・・・・・・べ、別に・・・良いです。・・・貰い物ですし。」

「チビから、貰ったんだろ?」


アタシは、ポケットからそれを取り出し、口に含んだ。赤い包み紙のそれは、ストロベリーの甘ったるい味がした。


「あ、よくご存、知、で・・・・・ッ!?」


アタシは椅子に座る葵の後ろから覆いかぶさるようにぴったりと抱きつき、両手でその赤アタマを固定した。


「・・・代わりに、コレ・・・・・・・・・アンタに、あげるよ。」



アタシは、囁くようにそう言うと葵に、甘ったるいそれをヤツの口の中に舌で押し込み、ヤツの柔らかい唇を優しく噛んだ。



「・・・・・・・・じゃあ、今夜・・・待ってるよ・・・」


そう言って、放心状態ヤツの顎を左手で、さらりと撫でて、アタシは部屋を出た。







・・・夜が来るまで、もう一眠りしておくか。と考えながら歩いていて、ふと気付いた。



(・・・・・・ああ、そういえば・・・酒、抜けたな・・・。)



・・・あのチビのアメ玉も、まんざら馬鹿には出来ないもんだな、とアタシは思って、心の中で笑った。





 ― ひとまず END  ―





あとがき


ロベリアさんはクールに素っ気無く。他人とは一定の距離を取るのが、特徴的なんですけど…。

・・・あ・え・て!のガン攻め姿勢を取らせてみました。・・・というか、もう何がなんだか・・・(苦笑)

とにかく、うちのロベリアさんは他人とは一定の距離を、自分から取るのですが、相手に取られてしまうのが嫌なんです。(自分優先・先行で、いきたいみたいです。)

↓次のページにて、ちょいエロ表現を含むお話に移ります。

多分、全編ちょいエロ仕様になります。そういう系が苦手な人、二次創作とかオリジナル隊長は受け付けない!って人は・・・


”戻る”のボタンでお戻り下さい!!



















 「 いや、エロでもまったく構わんよ。 の方専用 入り口。」


 「・・・いや、やめておく!の方専用 出口。」