・・・簡単な事さ。


こんな、人気の無い時間にシャノワールのシャワーを使うのは、アンタくらいだ、葵。

音がして近付いてみれば、案の定、傷だらけの赤い髪の女が、温いシャワーを浴びていた。


「…相変わらず、アンタの浴びるシャワーは温いな。」


アタシこと、ロベリア=カルリーニがそう言うと、月代葵はやっとこちらへ気付き、振り向いた。


「ろ…ロベリアさんっ!?」


「・・・そんな驚く事、ないだろ?」


したり顔のアタシに対し、葵は最近、アタシは気配や霊力を消すのが上手くなった、と困り顔で”褒めた”。


「アンタが、繰り返し熱心に教えてくれただけ、だろ?」

「飲み込み早いんですよ・・・皆さんってば。・・・コクリコも最近、気配消していきなり背後から抱きついてくるし・・・」


そう言いながらも、嬉しそうに笑いながら、葵は濡れた赤い髪を両手でかき上げた。

一方、アタシは、ヤツの背中から腰、足にかけての体の線を目でなぞり見ながら言った。


「ほう、チビもやるもんだな・・・あぁ、葵、そこのボディソープ取ってくれよ。」


そう言いながら、シャワーの個室のドアを閉めて、アタシも温いシャワーの中へ入る。

葵がいつも浴びてる冷水に比べりゃマシな温度だが、のぼせない程度の温度に過ぎない。

ひたすら温い。アタシは、もっと熱いシャワーの方が好みだ。


「・・・ていうか、狭いから出てくださいよ。ロベリアさん・・・コレじゃお互い、身体が洗えないじゃないですか。」


葵が背を向け、横顔でまるで”アタシに出て行け”というような目線を配る。

”・・・葵のクセに生意気な。”とアタシは鼻で笑う。


「…隊長、洗ってやろうか?そのキレイな・・・カラダ。」


アタシがそう言って、葵の傷だらけの背中にピタリと体を押し当てると・・・


「・・・ッ!」


・・・面白いくらい、葵はビクリと反応した。


柔らかい肌と傷痕が、アタシの肌に当たり、不思議とそれら全てが心地良く思える。

このまま身体を擦りつけたら、どんな感触になるのか、なんて想像は容易い。

それは、前にもした事あるからで、アタシの身体が覚えているからだ。


「は…はいはい!分かりましたから、隣で熱いシャワー浴びて下さい!」


まだ背中を向けたまま、今度は右手で”シッシッ”と振り払う真似までしやがる。

フン、それで”もう慣れました。そんな事されてもワタシは素っ気無い態度取りますよ”・・・とでも言ってるつもりかい?



ふうん・・・まだまだ”可愛いトコロ”あるじゃないか?


アタシは、葵の耳元で囁いた。


「…ねぇ、葵…ここで……しようか?」


「・・・・!」


さすがの葵もこれには、身体ごと振り向いた。

”嘘でしょ!?”とでも言いたげに。


アタシは、素早く葵の利き手に指を絡ませて、唇を塞いだ。


右手で、葵の脇腹をなぞり、胸、鎖骨、首を撫で…そして今度は指先で、下へ下へと降りていく。


アタシの指が触れる度に、ゾクリとするらしく、唇をふさがれたままの葵は、鼻から声を漏らすしか出来なかった。

唇が少し開くたびに、アタシは舌を入れる。

舌先で、葵の唇の端を舐めて刺激を与えると、唇が反応してまた開く。

そして、そこからまた侵入して舌同士を絡ませる。


その後、息も出来ないほど、きつく抱き締めて、呼吸を忘れるほどのキスを交わす。

温いシャワーが音をかき消して、濡れた赤い髪の毛がアタシの肌に張り付く。


そして、すっかり息を乱した葵から唇を離し、葵の右手の甲に、アタシはキスを落とす。

虚ろで熱の篭った葵の瞳は、潤んでいた。それがまた、アタシの欲望を引き出す。



「・・・ホント、アンタは可愛いよ。」


アタシは、思わず笑ってしまった。


「か…可愛くなんか…」


否定しようとする言葉を遮り、アタシは言った。


「…可愛いさ。アタシは、金でも積まれなきゃ、こんな世辞、滅多に言わないよ。」


「・・・・・・私、貴女とこうしていると、時々・・・自分が別人になってしまうような気がします。」


ぽつりと葵がそんな事を言う。


そんな顔して、そんな事言うなんて・・・別人になるっていうのは、そんなに怖い事なのか?とアタシは思った。


別人になる事なんて、簡単さ。

シャノワールでは、名前を変え、姿を変え、一夜の夢を魅せる。誰も、このアタシが”巴里の悪魔”だなんて思いもしない。


・・・でも・・・


どんなに名前を変えても、どんな衣装で着飾っても、根本的な所は変わる事はない・・・いや、出来ないのさ。



所詮、本当の自分は変えられない。偽れない。

自分になれるのも自分しか、いない。



「・・・だから、別人だと思ってるアンタは・・・アンタの”一部だった”・・・というだけの話さ。」


アタシが、ヤツの耳元で自論を語ると、自分の顎に手を添えて葵は少し考え込んでから、のん気にこう言った。


「なるほど・・・確かに、そういう考え方もありますね。」


・・・なんて柔軟な赤アタマだ、と思ったアタシは、思わず吹き出して笑ってしまった。

ヤツはヤツで、笑うアタシの顔を不思議そうに見ている。


「・・・じゃあ・・・早速、見せてもらおうじゃないか。」

「はい?」


「・・・その別人のアンタとやらを、さ。」

「え・・・?」



「だから・・・見せてごらんよ。アンタの一部、いや全部でも構わないから・・・アタシに見せてみな。」



アタシがそう言うと、意味が通じたのか、葵はアタシの手を握り返して、今にも泣き出しそうな顔をした。

温いシャワーの水が、頬を伝い、ヤツの涙なんじゃないかと思うくらい。


アタシが、それをジッと見つめていると、ヤツは突然ハッとしてアタシをぐいっと押しのけた。


「・・・そ、そんな事より、隣に移ってください・・・第一、こんな温いシャワー浴びてたら、貴女が風邪をひくでしょう?さあっ・・・!」


顔を背けて、恥らう表情。


その表情すら”可愛らしい”と思うアタシは、本当にどうかしてると思う。

だが、それもそれで悪い気分はしない。



(・・・くれぐれも・・・アタシだけに、してくれよな・・・。)



そう願いたくもなる。


ウチの新人隊長サマは、ただでさえ女に好かれやすい・・・前の隊長みたいに、変な所で人を引き付ける傾向がある。

うかうかしてると、誰かに掻っ攫われるかもしれないからね・・・。


アタシの獲物だ。誰にもやるもんか。



「・・・今、熱くしてやるよ。火傷するくらい熱く、な。」



アタシがそう言った直後、葵は何かを言いかけたが、アタシはその後すぐに唇を塞いだ。




「ちょ・・・ちょっと・・・ここ、どこだと思って・・・!」

「・・・うるさい。」


濡れた長くて赤い髪が、アタシの肌に張り付く。

そして、アタシの指に絡みついてくる。



「・・・ダメ!ホンットに・・・!・・・ここでなんて・・・!」


誰かに見つかるかもしれないし、見つからずに済むかもしれない・・・そんなスリルを楽しむ余裕は、どうやら赤アタマには無いらしい。

今は”可愛い抵抗”を見せる隊長だが、もしも”本気”でも出したりなんかしたら、アタシはシャワー室の扉ごとぶっ飛ばされるかもしれない。


「・・・そんなに嫌か?」


アタシが試しにそう聞いても、葵は答えなかった。

ただ黙って、離れてくれと言わんばかりの視線をアタシに送ってくる。


「・・・やれやれ・・・随分嫌われたもんだね、アタシも。」


そう言いながら葵から身体を離してみると、ヤツは慌てだした。


「なっ!?・・・そんな事言ってませんよっ!私はただ、この場から離れてくれって・・・!」


「・・・ふうん?それだけ?」

「・・・そ、それだけ・・・。」


自信なさ気な生ぬるい返事をする葵に、アタシは再び身体を寄せた。


「じゃあ、止めない。」

「ちょ、ちょっと・・・!ヤダ・・・っ!」


それに対し、また葵は性懲りも無く背中を向ける。


「ったく、子供か、アンタは。・・・こっち向きなって。」


少しイライラしてきたアタシの言葉に対し、葵も声を出して反論してきた。


「・・・い、一体、何が良いんですか!?・・・こういう時の、私の顔なんか見て!」


葵の腰に腕を回して、アタシは更に肌をくっつける。


「・・・随分と、野暮な事を考えて、聞くんだなぁ・・・アンタって。」

「だって・・・解りませんから・・・私は・・・。」


「そんなの、アンタが”恥ずかしがるから”に決まってるじゃないか。」

「い、嫌がらせですかっ!?」


「いや、つい見たくなるんだよ。アンタのそういう表情は、珍しいからな。」

「・・・それじゃやっぱり、単なる嫌がらせじゃないですか・・・。」


「その”単なる嫌がらせ”で・・・」


呆れ顔の隊長の首筋に、アタシは唇をつけ、更に舌で首筋を伝う雫を舐めた。


「・・・っ!?」


その瞬間、アタシを押し退けようとする力がふっと抜け、アタシは、葵の内腿を撫でた。


「・・・・・・アンタは・・・こんな風に、なるのかい?」


面白いくらいに、顔色が変わるヤツだとアタシは笑った。


「・・・ロベリアさ・・・ふっ!?」


壁に葵の背中を押し付けて、ヤツの口の中にアタシは指を突っ込んだ。

シャワーの湯とは違う温かさと感触が、指先から伝わってくる。


「これで、少しは声が抑えられるだろう?あとは・・・噛むなり、舐めるなり好きにしたらいいさ・・・

・・・ああ、でも、アタシの指を噛み千切るのだけは、カンベンしてくれないかい?・・・隊長。」


とは聞いても、答えられる訳が無い。

すると、アタシの指先を圧迫する力を感じたが、痛みは無かった。

困惑した表情から察するに、思い切り噛んで抵抗しようとしたが、やっぱり出来なかった、といった所だろう。


「本当に嫌なら・・・止めてやってもいいよ。」


思わず、心にも無い事を言った。

だが、葵は何も言わず、アタシの指を口の中に含んだまま、瞼を閉じて、アタシの両肩に腕をかけ、首の後ろで手を組んだ。


「・・・足、もう少し開きな・・・そう、上げて。」


そっと囁くようにそう言うと、返事の代わりにヤツの舌が、噛み損なったアタシの指の腹を優しく・・・優しく撫でた。

それがアタシの指を誘うように、刺激する。


アタシは、その指を葵の口の中から引き出した。

唇を重ねながら、抱き合い、アタシは葵の中にそっと忍び込んだ。


「・・・ん・・・っ!」


出しかけた声を飲み込む葵の額に、自分の額をつける。


(・・・また、我慢してる・・・。)


しっかりと閉じられた瞼にキスをして、アタシは指を動かす。

段々、呼吸が乱れていく。声を抑えようとしても、息が漏れる度に、声がこちらの耳に届いてくる。

やがて固く閉じていた瞼が薄く開き、その瞳がアタシを捉える。


不安そうな、潤んだ瞳。


「・・・大丈夫だ。アタシとアンタしか、いない。」



そう言ってやると、葵は安心したのか、単に抑えきれなくなったのか、とにかくアタシにしっかり抱きつき、声を発した。



「・・・それでいい。それも、アタシの好きなアンタの一部だから。」



アタシにしがみつく葵の力がいつもより強くなって、それが少し・・・嬉しかった。



確かに、昼間のアンタとは別人のようだ。


でも、何も可笑しい事は無い。・・・そうは思えないかい?

それも、自分の一部なんだと受け入れたらいいんだ。


ただ、自分に素直になればいいんだ。


そして、もっとアタシに感じたらいい。

もっと、アタシの名を呼んで、もっと、アタシを求めたらいい。



その結果、別人のような、アンタの嫌いな自分の一部分が出ようが出まいが・・・


・・・それをアンタがどんなに嫌いでも・・・アタシは、好きなんだよ。そういうアンタが。





「・・・っく・・・はぁ・・・はぁ・・・!」

「・・・立てなくなったか?・・・・・・・・・・・無理そうだな。」


アタシが笑いながら、呼吸を整えている葵を身体で支える。

熱を帯びた身体が、アタシに寄りかかる。心臓の鼓動が肌を伝わって、こっちにまで聞こえる。


そして、なかなか指を抜こうとしないアタシに、葵は一言、こう言った。


「・・・・・・意地悪な人・・・。」

「・・・フフッ・・・褒め言葉にしか聞こえないね。」







その後、自力で立てるようになった葵は


『一体、シャワー室をなんだと思ってるんですかっ!』


・・・と言い残し、真っ赤な顔でシャワー室を出て行った。




「・・・フフフ・・・可愛いよ、アンタは。・・・ホントに。」



アタシは、また鼻で笑って、自分好みの熱いシャワーを浴びた。





― END ―


 紅姫TOPに戻る。

 5話に戻る。



あとがき

以前のWEB拍手SSに加筆修正をしてUPしてみました。

やっぱりイジメられる隊長・・・しっかりして下さい。いや、しっかりされるとSS書けなくなるから、別にいいや。(オイ)


何かしら、自分の嫌いな自分の一部分ってあると思いますが

そういう所を好きだと言ってくれる人がいたりすると、なんか心境複雑なものです。(笑)

自信持って開き直っていいのやら、直した方がいいのやら・・・悩みますねぇ。