電脳遊戯。

それは、最高の娯楽遊戯である、と新聞は称えた。


遊び方は簡単。

ある特殊なヘットギアを頭に被り、特殊なゴーグルとグローブ等を身につける。

すると、目の前には現実世界と似て非なる『電脳世界』が現れる。


その世界で、好きな事をすればいいだけ、なのだ。


電脳世界では、現実世界では不可能な事…空を飛ぶ事や、拳一つで巨大な岩石を割る事も出来るし

自分の容姿も自由自在に変えられる。


操作も簡単。


その場で足踏みすれば、センサーがその動きを読み取り、前後左右に進む。

グローブは、電脳世界でのアイテムを使ったり、攻撃などに使用する。

コントローラーで設定しておけば、グローブをかざすだけで必殺技が撃てる。

破壊も建造も思うまま。指先一つで、世界は変わる。



電脳遊戯を体験する者…つまり”プレイヤー”は、その自由な世界で自由に作り、遊べるという夢の遊戯なのである。


とにかく、電脳遊戯が評価されたのは、内容の新鮮さと、その自由さだった。


電脳遊戯体験版で遊んだ人間は、皆もっと遊びたかったと口惜しそうにしていた。

その快感は、ヘットギアを身に着けた者にしか理解出来ないという。



・・・まあ、簡単にいうと、すごいTVゲームである。



「・・・で、それが巴里にも輸入されて、かれこれ3ヶ月だよ。葵、アンタは聞いた事あるかい?」



「・・・ええ、すごい売れてるそうですね。実際触れた事も無いんですが…

 噂だけでも相当の技術が使われているらしいですね。ここ近年の技術の進歩には、驚かされます。」



その日、月代葵はグラン・マとティータイムを共に過ごしていた。

話題は巷で噂の”電脳遊戯”の話だ。


「…まあね。」


しかし、関心する葵に対し、グラン・マの表情は憂鬱そうなままだ。

…その理由とは。


「でも、その御蔭で、シャノワールの客足はパッタリだよ。…まったく、不健康な遊戯だよ。」


電脳遊戯の流行してからというもの、シャノワールの客の3分の1が減ってしまった。

しかし、流行は流行。

流行は、やがて風のように気が付いたら過ぎていくものだ

とグラン・マは前向きな台詞を口にはするものの、やはり表情は冴えない。


グラン・マの向かい側に座るモギリの葵は、困ったような笑顔で相槌を打ちながらも、事実減っている客足を心配していた。



「・・・ええ、そうみたい、ですね。…あぁ、そうだ…不健康、で思い出しましたが・・・

 グラン・マ…気になる噂を耳にしました。」


葵の言葉に、グラン・マは満足そうに微笑んだ。


「…そうかい。…さすがは隊長だ。常に新しい情報に目を向ける姿勢・・・感心だね。」


「確か…電脳遊戯の世界に没頭しすぎて、現実世界へ帰る事を拒む人々が増えている、とか。

依存症状もあるそうで…一種の中毒らしいですね。 人呼んで・・・”電脳中毒”」


葵はそこまで言うと、再びティーカップを持ち上げて紅茶を飲んだ。


「そう…自分が作った理想の楽しい世界が、そこにあるのだから、わざわざ帰る必要もないってね。

 没頭し過ぎて、依存するようになったら…お仕舞いさ。」


グラン・マはそう言うと、空を見上げた。鳩が数羽、上空をバタバタと飛んでいた。

遠ざかっていく鳩を見ながら、葵は言った。


「なんだか・・・それもそれで・・・哀しいですね・・・」


「電脳遊戯はあくまでも娯楽。娯楽が、只の毒になっちゃあ意味無いからね。

 …中毒の事は、まだ表沙汰にはなっちゃいないが…いずれは規制されるかもしれないね。」


「あ、やっぱりそうなんですか…」

「それでだ…」


そこでグラン・マの台詞を引き裂くような、悲鳴に似た声が、葵の後ろから聞こえた。




「ええぇ〜っ!それは困りますッ!エリカまだやったこと無いのに〜!!」



「うわぁッ!?え、ええ、エリカさん!?いつの間に!?」


驚く葵に、エリカは手を葵の肩に置き、微笑んだ。


「エリカは、いつでも貴女の後ろに…♪」

「怖いッ!?エリカさん、笑顔でもその台詞は怖いですッ!!」

「そうですか?」



「まあまあ、2人共落ち着いて・・・エリカも座りな。

 あ、そうだ・・・エリカ、あんたの願い…叶えてやろうじゃないか。」



「「・・・え?」」



2人が目を丸くしていると、グランマはテーブルの下にある手提げの紙袋をずらして、2人に見せた。



「・・・こ、これは・・・」

「まさか・・・!」



「・・・そう、噂の電脳遊戯の入手に成功した。ちょいと調べてくれないかい?」








    巴里華撃団 紅姫ギャグ編 ー 電脳遊戯を攻略せよ! ー







「…と言う訳で…皆さんに集まってもらいました。」


葵が事情を説明し終わると、隊員は一斉にテーブルの上のモノを見た。



テーブルの上には、電脳遊戯本体が設置されていた。

50cmほどの大きさで、黒く四角いボディに、ランプが3個点滅している。

しかし、ネジや繋ぎ目が全く見られない…まさに”ブラックボックス”。


それを囲むように、エリカ達は座っていた。



「たいちょー、アタシ帰りたーい。」


ロベリアがサフィール声で、ヤル気も興味もありませんという顔をしながら、片手を挙げた。

それをきっぱりと葵は、却下した。


「ダメです。ロベリアさん、可愛く言ってもダメです。可愛くないし。」

葵は詳しい説明をしようと、隊員達に背中を向けて、黒板に文字を書き始めたが…


「・・・なンだよ、アタシはガキじゃないんだよ。そんなもんつけて遊ぶよりも・・・

 『大人の遊び』を2人きりでしたいんですけどぉ?ねえ、葵ちゃん…」


そういうが早いか、ロベリアは猫のように擦り寄ったかと思うと、葵の背後から顔をさらに近付け、腕を葵の腰に回した。


「うッ!?・・・す、すいません…太腿擦らないでくれませんか…」

「…え?なんだって?聞こえないねえ…」

「だ、だから…ッ!」


毎度毎度の”大人”のやり取りに、花火は恥ずかしそうに俯き、グリシーヌは顔を引きつらせながら、叫んだ。


「葵!その程度の事、キッパリと断れッ!情けないッ!!

 ・・・それから悪党!葵の内腿に手を入れたら、貴様の両腕を切り落とす!!」


「…フン、ムッツリスケベのくせに。」

「なんだとぉーッ!!」


「うわッ…ちょ、ちょっと!止めて!やめて下さいっ!!」


沸点の低いグリシーヌとロベリアの間で、壊れた民芸品のような動きをしつつ、止めに入る葵。

それをハラハラしながらも、離れた場所でそっと見守る花火。

一方、エリカとコクリコはというと。


「エリカ・・・これ、面白いのかなぁ?」

「面白いって噂ですよ、面白いんじゃないですかぁ?」


餌の前で”待て”を言いつけられた犬のように、ひたすらじいっとテーブルに頬をつけて電脳遊戯の本体を見ていた。

早く遊びたい、というのが、見ているだけで伝わってくる。



まったくもって普段どおり。



自由奔放さと話がズレる速さに定評のある巴里華撃団花組だった。


20分後。


やっと落ち着きを取り戻したところで、葵は黒板に文字を書きながら説明を始めた。


「…と言うわけです…。

 今回は、その噂の電脳遊戯で実際に遊んでみて、肉体的・霊力的…その他もろもろの影響がないか、を調査します」


「要するに、みんなで遊びましょう!とい」

「違います。」

「…葵さん…ツッコミが早いです…。」

エリカの説明(ボケ)を葵は素早くシャットアウトし、エリカはしょんぼりとした。


そんな中、花火が片手を挙げて発言した。


「あの、葵さん?・・・それで、6人もその調査に必要なんですか?

 ・・・私、どちらかというと、こういうの苦手なんですけど・・・。」


確かに花火がヘッドギアを被って腕を振って遊んでいる姿は、葵にも想像しにくかった。

しかし、それはそれ、これはこれ、だ。花火にも協力してもらわねばならない。


「あぁ、それはですね、訳があって・・・ちょっと、見ていて下さいね。」


そう言うと、葵は円月輪を取り出した。

葵の凶器が出たところで、エリカ達はしんと静まり、その行動に注目した。


葵は、2,3歩後ろへ下がると、円月輪を電脳遊戯に向かって投げた。


「ちょ、ちょっと!何を・・・!?」


至近距離で、そんなものを投げつけたら一刀両断されるに決まっている・・・とエリカ以外の全員は思った。



”・・・キインッ!”


「っとと…。」


円月輪は跳ね返り、持ち主の手にパシッと勢いよく戻った。

グリシーヌは即座に電脳遊戯の本体に顔を近づけ、驚いた。


「・・・な!?・・・傷一つ、ついてない・・・だと!?」


花火も続いて電脳遊戯の本体に視線を向けたが、何やら嫌な感じがするのか、すぐに葵の方を向いた。


「電脳遊戯本体に、当たってもいなかった、ですわね…これは、一体どういうことですか?」




「実は昼間、エリカさんと2人でやろうと思っていたんですが…」


「ええ〜!葵ヒドイよ!ボクも誘って欲しかった〜っ!」


「ごめんね、コクリコ…でも…

 昼間…エリカさんと2人でコレを設置している時に、エリカさんが整備班から借りてきた道具箱を

 思い切り本体の上にぶちまけたんです。でも、今見てのとおり、無傷だったんですよ。」


エリカが、円月輪を電脳遊戯が跳ね返しても驚かなかったのは、そのせいだった。

皆が一斉にエリカを見る。『オマエ、ええ加減にせえよ』という目で。


「・・・・・・てへ☆」


エリカの照れ笑いが炸裂した所で、葵は説明に戻った。


「それどころか、感じませんでしたか?…一瞬、邪悪な霊力が…これを包んだのを。」


「ボクさっき、葵がえんげつりんを投げて、跳ね返しちゃった時…壁みたいのが、うっすら見えたよ。」


コクリコがそう言うと、ロベリアは目を細めた。


「ふうん・・・たしかに、ガキの遊ぶ機械にしちゃ、胡散臭いね。」



「なるほど・・・つまり、この邪悪な霊力を持った遊戯機械と

 巷で流行っている中毒症状には、何か関係がある、と葵は考え、我ら全員で調査しようという訳だな?」


グリシーヌを始め、全員が理解した。

この電脳遊戯という機械は、ただの機械ではない、という事を。



「ええ…まずは、プレイしてみようと思ったんですが…

 霊力が関係する以上、プレイする隊員とそれを観察する隊員に分けて調べた方が良いと思いまして。」


「…なるほど、納得いたしましたわ。何かあった時も対応できますものね。」


納得する花火の隣で、ロベリアが、ポンポンと電脳遊戯に触りながら言った。


「しかし、よく手に入ったな・・・これ今、裏の世界で高値で取引されてるくらいなんだぜ?

・・・これ一箱でいくらになるかな・・・2、3台あれば、ちっとは・・・。」


そう言いながら、ニヤニヤしているロベリアの横顔を見ながら、葵は『不謹慎な人だなぁ』と思って苦笑いしていた。


「あ、ボクも、市場のオジサンから聞いたよ。売れ過ぎてて、普通に買うのも難しくなってて

 ・・・もう選ばれた人しか買えないんだってさ。お金持ちとか、えらい人とか。」


コクリコは、不公平だよね、と少し怒っているようにも見えた。


「あー!!もうとにかく、プレイしたいんですけど!?エリカ、お昼からすごく楽しみにしてたんですけど!?

 葵姐さん!やっちまいましょーよ!ね!?」


キャラ崩壊著しいエリカは、両手をブンブン振ってアピールし、それに葵姐さんは冷静にツッコミを入れる。


「どこの舎弟ですか、貴女は・・・。」

「・・・よほど我慢していたんだな・・・エリカ。」


グリシーヌの隣で、エリカはまだ興奮冷めやらない様子だった。


「…はあはあはあはあ…!」


「…葵ー…エリカが気持ち悪い…。」

「アタシにとっちゃ、比較的にいつもと変わんないけどな。」



「・・・まあ、ここで四の五の言っても仕方ありません。とにかくやりましょう…。」


葵の一言に、待ってました!とエリカは笑顔全開でヘッドギアに手を伸ばした。



「…と言うわけで……これから、ジャンケンします!!」



葵の宣言に、エリカはすっ転んだ。



「・・・ぁ、葵はぁん・・・殺生やでぇ・・・ものごっつぅ殺生やでぇ・・・(泣)」



「・・・葵・・・一番手、エリカで良いよ・・・もうエリカがフランス人か紅蘭かもわかんなくなるよ。」


コクリコは、キャラ崩壊著しいエリカに気を遣って、そう言った。


「いえ、3人ずつ2チームに分けたいんですよ。プレイ人数が3人までなんで。」


それを聞くと、エリカは素早く立ち上がった。ロベリアは溜息を一つ吐いて言った。


「やれやれ・・・ぱっぱとやっちまおうぜ。あ、そうだ葵。この仕事がおわったら、この機械アタシにくれよ。」

「高値で売る気か、悪党…。」


グリシーヌの指摘にもロベリアは余裕の微笑を浮かべた。


「フフン♪リサイクル・リサイクル♪」


(・・・どす黒いリサイクルだ。)と葵は思った。



ここで、エリカの元気いっぱいの声が響いた。



「では・・・シャノワール名物!・・・フレンチジャンケーン!」



・・・ここで、説明をしておこう。


シャノワール名物『フレンチジャンケン』とは、エリカ考案のジャンケンである。


フレンチカンカンのリズムに乗せて、足踏みをしながら、これまたリズムに乗って自分が何を出すかを順番に宣言していく。

全員が、言い終わった所で一斉に勝負に出る。

勿論、先程宣言した手を出すかどうかは、本人の自由であり、ここが心理的駆け引きとなる。

しかし。


エリカは嘘をつかない。

・・・とエリカ以外全員が知っている為、彼女一人が絶対的不利である事は、言うまでも無い。


そして、このジャンケンは・・・

フレンチカンカンのリズムに乗らなければいけない為、頭の中が混線しがちになる、という特性もある。


嘘も何も関係なく、パーを出そうとして、グーを出すなんてことも、珍しくない。

勿論、後出しやフライングも負けとなる。


ノリと冷静さと反射神経、駆け引きの強さ等が要求されているようで…

実はまったくされていない、という・・・


つまりは、ただ単に、ひたすらややこしいだけのジャンケンなのである。



全員、音楽が大好きなだけあって、無駄だなんだと言いながらも巴里華撃団内ではすっかり定着してしまった

このシャノワール名物フレンチジャンケンではあるが、一つ注意しておきたい。



やっている本人達を傍から見ているメルやシーに言わせれば・・・



「・・・普通にじゃんけんした方が早いわよねぇ?」

「・・・ええ。足音、うるさいし・・・。」




という感じなので、あまりお勧めできない。



『じゃーんけーん・・・ボンッ!!』






・・・勝負はついた。





「…では、グリシーヌさん・ロベリアさん・花火さん、電源入れますから、ヘットギア被ってください。」



「「「了解。」」」



・・・勝負とは時として、非情なモノだ。



「せ、殺生やでぇ・・・(泣)」

「よしよし・・・エリカ・・・どうどう・・・。」


負け犬を放って、グリシーヌはグローブを身につけながら、葵に尋ねた。


「葵。私達は具体的に、この野蛮な遊戯で何をすれば良いのだ?」


「そうですね…とりあえず、今から1時間。電脳世界で好きな事をしてみて下さい。せっかくの自由な空間ですからね。

 とにかく、異常を感じたらすぐに言って下さい。」


「あ、あの…葵さん…好きな事、と言っても、私何をしたら良いのかわかりませんわ…

 せめて…あの、なにか目的があれば…」


花火は困った様子でヘッドギアを被れずにモジモジしていた。

そんな花火にエリカは、小さなディスクをまるで扇子のように広げた。



「花火さん!皆さん集まるまで、エリカは説明書を熟読しましたから!そんな悩みは、お任せ下さいッ!

 これこれ!これですよ!したい事がない人には、このディスクです!」


「え?なんですか?それは…」


「はい!これはですね……えーと、なんでしたっけ?葵さん♪」


・・・その横から、やっぱりねという表情の葵が説明を加えた。


「えーと…これは”イベントディスク”です。電脳遊戯に付属されているものですね。

この小さなディスクを、ヘッドギアのこの部分に差し込むと、その人物の世界に強制的にイベントを起こす事が出来るんです。

イベントが起きると、目的が出来ますからね。」


そう言って、葵は花火のヘッドギアの右耳付近にある溝を指差した。

そして、5センチほどの小さな桃色のディスクを摘み上げた。


「例えば…恋愛ディスク。これは、電脳世界に自分の恋人を召喚したり、探したり、恋愛を自由に楽しめるディスクです。」

「まあ…れ、恋愛ですか…ぽっ」

途端に花火の顔が真っ赤に染まる。葵は、なおも説明を続ける。


「それから、こっちは魔王が出るディスクで、魔王を倒す為に旅立つ…とか

こっちは、プロのボクサーになるディスク…こっちはオリンピックを目指すスポーツ専用ディスク…

・・・どうします?花火さん、どのディスクを使いますか?」


あまりに種類が豊富なので、花火は更に迷った。

その背中を押すように、エリカが一枚のディスクを花火に差し出した。


「花火さん!エリカ的には、これおススメです!」

「あ・・・えーと・・・じゃあ…それを。」

エリカに言われるがまま、花火はそれを選んだ。


「ありがとうございまーす♪じゃ、セットしますね〜!」

まるでセールスレディのように、エリカはテキパキと花火のヘッドギアにディスクをセットした。


それを隣でみていたロベリアは、葵に聞いた。


「オイ、警察ぶっ壊すディスクとかは無いのかい?」

「ロベリア…そんなのあるわけな」


ロベリアの発言にコクリコが言い返そうとした途中。


「ありますよ。”反社会的行動用ディスク”。」


葵はきっぱりとそう言って、サッと灰色のディスクを人差し指と中指に挟んで、ロベリアに見せた。


「あ、あるんだ…。」


コクリコが顔を引きつらせてそう言うと、ロベリアはニヤリと笑った。


「おーいいねえ。チビ、セットしな。」

「・・・ちびって言うなっ!いずれ成長してやるからねッ!」

ロベリアがしゃがみ、コクリコは口を尖らせながらディスクをセットしていた。

それを横目で見ながら呆れ顔のグリシーヌはボソリと呟いた。


「・・・やれやれ。ゲームの中でも、やる事は一緒か悪党。」

「・・・フン、なんなら譲ってやっても良いんだぜ?貴族様の反社会的行動、是非見てみたいねぇ…。」


横目でグリシーヌを見ながら、ロベリアはやはり笑っていた。


「…断る。私は、このような野蛮な遊戯よりチェスの方が好みだ。」


ロベリアの誘いを、毅然とした態度でグリシーヌは断った。

そこへセールスレディ・エリカが割り込む。


「じゃあ、グリシーヌさん、こっちはどうですか?…この”街の人をチェスの駒にして、ゾンビの群れを倒すディスク”!」

「…エリカ、多分…それはお前の嫌いな猟奇的で残酷な表現のあるゲームだ。」


セールスレディ・エリカに振り回されることなく、グリシーヌは静かにツッコむ。


「えーとじゃあ…これはどうですか?…”ギロチン革命ディスク”。

 意味はよくわかりませんけど、革命ってカッコいい響きですよね♪」


「・・・え、エリカ、お前…マリーアントワネットを知っているであろう?」


「はい!御飯より、ケーキ食べ過ぎて、街の人に怒られても
 
 ”じゃあ貴女達もケーキ食べれば良いじゃない!”って逆切れした人ですよね♪」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





「・・・・・・・・・もうよい。他は?」

グリシーヌは、説明しようと息を吸い込んだが、心の中で”面倒だから、葵にさせよう”と思い、諦めた。



「えーと…じゃあ!これはどうですか? ”育成ディスク”!

 可愛い生き物を、電脳世界でいっぱい育てられるんですよ!」


”可愛い生き物”と聞いて、グリシーヌの右手は瞬時に動いた。

彼女が思い浮かべたのは、柔らかな毛でふかふかの、温かく小さな生き物達の可愛い姿だった。



「え…エリカが、そこまで言うのならば、仕方があるまい・・・よかろう。」


台詞とは裏腹に、右手は”早くよこせ”と言わんばかりにブンブンと元気に振れている。

そらした視線が、またわざとらしいが、余程照れ臭いのだろう、顔が僅かに紅潮している。


葵は、それを見て(可愛いなぁ…)と思いつつ、電脳遊戯のスイッチに手をかけた。


「…じゃあ、いいですか?スイッチ入れますよー。」


「うむ。」「ああ。」「はい。」


3人の返事を聞いて、葵は電脳遊戯のスイッチを入れた。





「・・・お、おお!?」







 ー 30分経過 ー





”コンコン”


「・・・どうぞ。」


ノック音に葵は答えると、メル=レゾンとシー=カプリスが、紅茶とケーキの甘い匂いを連れて、そうっと部屋に入ってきた。


入室した2人が目にしたのは、ヘッドギアを被った3人の隊員が手足を動かし

真剣な表情の葵達が、それぞれ3人の背後で仁王立ちしている…というなんとも異様な光景だった。


「・・(ブツブツ…)・・。」「・・(ボソボソ…)・・。」「・・(ブツブツ…)・・。」


しかし、電脳遊戯をしている3人も背後に立つ3人も、共通して妙な緊張感を漂わせている事に

メルシーコンビは気が付いた。


特にヘッドギア組の3人が、小声でボソボソと何かを喋りながら手足を動かし続けている事が不気味で、気になってしょうがない。


話しかけにくい状況だったが、シーは葵に向かって話しかけつつ、恐る恐るテーブルにケーキと紅茶を置いた。


「あのぉ…葵さぁん…ご苦労様ですぅ、これ差し入れです、食べて下さぁい♪」


シーの声に葵は振り向き、ニコリと笑ったがすぐに正面のグリシーヌに視線を戻した。


「メル・シーありがとうございます…

エリカさん、コクリコ、今の内に食べておいた方が良いです。出来ればトイレも済ませてくださいね。」


葵は真剣な声で、2人にそう言った。


「はい!」「うん!」


そう言うと、緊張がとけたようにほっとした表情で二人が振り向き、テーブルの上の紅茶を口に含んだ。


まるで、戦闘中のようなやりとりにメルとシーは顔を見合わせた。



「・・・あの、一体どうなってるんですか?さっきまで、電脳遊戯で遊ぶって張り切ってたじゃないですか…」


メルがそう聞くと、エリカはケーキを頬張りながら言った。


「いやぁ〜…そのつもりだったんですけどね。なんか、とんでもない事になっちゃいましたよ〜。」


「・・・え?」


「まず…花火…。」


コクリコの声に、メルとシーは花火をみた。

花火の動きがぎこちない。

カクカクと足踏みをし、時折手を叩いたり、クルッとその場でターンをしたり…とにかく妙な動きを繰り返している。


・・・例えていうならば、壊れたバレリーナ人形だ。



「ちょっと、なんなんですか…花火さんのあの動き…もしかして、もう中毒症状出てるんですか?」


思わず、メルはそう聞いた。


「わぁ…すごい中毒症状ですねぇ・・・あれが末期ですか?怖ぁい…。」


シーは見たまんまの感想を素直に言った。


「いやいや、花火さん中毒じゃあないんですよ〜!・・・まだ。」

「まだって・・・エリカ、もうちょっとフォローしてよ。花火頑張ってるんだから。」


エリカとコクリコは、休憩をしつつ、メルとシーに事情の説明を始めた。


「花火が今遊んでいるディスク…”ミュージカルディスク”なんだ。」


「ミュージカル?」


「…リズムや街の人の歌声に合わせて体を動かして、踊ったりする楽しそうなディスクなんですけど…。」



エリカの説明とは裏腹に、花火の表情や動きが明らかに焦りと緊張に包まれているのが今来たばかりのメルとシーにもわかる。


「あー…あたしなら、絶対嫌ですぅ…。」

「私も…。」


「ボクも…。」



「・・・・(ブツブツ・・・)・・・・。」


それは、遊んでいる花火が…全く、楽しそうに見えないからだ。

独り言を言いながら、奇妙な踊りを舞う姿は、シャノワールのスターとは思えない姿だ。

・・・それどころか、不審者丸出しである。




「どうやらリズムにズレたり、動作に失敗すると、ペナルティとして、霊力が吸い取られてしまうみたいなんです。」


「「えええッ!?」」



慣れない電脳遊戯の操作のせいか、花火はすでに何回か失敗しているらしい。

霊力をかなり吸い取られているらしく、その動きは普段より鈍い。



「ちょっと、待ってください…じゃあ…もしこれ以上、花火さんが失敗したら…!?」

「そ、それって、危険って事じゃないですかぁ!?」



「・・・セーブポイントまでクリア出来たら、とりあえずゲームを中断しようって葵は花火に指示したんだけど・・・」

 ※注 ヘッドギアで耳が塞がれているので、会話は不可能な為、背中に文字を書いて指示を出しました。 by 月代葵



「けど・・・なんですか?」


コクリコは溜息をついた。



「……花火…セーブポイントまで辿り着けないの…しかも、まだ簡単な1面なんだ…。」



そこで、花火が無念そうな声を漏らした。



「・・・嗚呼・・・またしてもお肉屋さんで・・・っ!!」


その瞬間、花火の体から霊力が、ヘッドギアの配線から、電脳遊戯の中へ吸い込まれてしまった。



「あ、花火ミスったみたい。2分から先、記録伸びないねー…。」

「…どんだけ、ヘタクソなんですかーッ!?」

コクリコにメルがツッコむ。



「花火さん、お肉屋さんゾーンは苦手みたいですねぇ…さっきはコーヒー豆を挽く所まで行ったのに…。」

「ていうか、どんなミュージカル!?」


エリカにシーがツッコむ。





「きゃあああああああ!!!」



突然、グリシーヌが悲鳴を上げた。

しかし、エリカもコクリコも動じる事無くそれを見ながら紅茶を飲んだ。


「あ…生まれたみたいですね。」


「な、何がですか!?」


「あの様子だと、また”タコキング”みたいだね。」

「な、何ですか!?ソレ!?」


メルの問いに、コクリコは落ち着いた様子で答えた。


「…グリシーヌが遊んでいるディスクは”クレーター(並に大きい)モンスター”ってヤツなんだ。略して”クレモン”。

大きいモンスターを育てて、戦わせて、チャンピオンにして、最終的に”クレモンマイスター”になるのが目標なんだって。」


「ちょ、ちょっと…版権的に大丈夫なんですか!?そのネタ…!」


メルの動揺よりも、更に動揺しているのはグリシーヌだ。



「何故だ…何故、蛸に似た生物ばかり生まれるんだーっ!く、来るなッ!懐くなあああああああ!もう嫌だああ!(泣)

 一体、可愛い動物はいつになったら・・・ッ!!」


「お、落ち着いて…グリシーヌさんッ!ゲーム!これはゲームですっ!…あいたたたッ!?」


葵が暴れるグリシーヌを羽交い絞めにして、押さえ込もうとしたが、グリシーヌはまだ暴れている。


「可愛くないッ!ちっとも可愛くないッ!!」


グリシーヌは何もない場所で、手足を振り回して暴れまわっている。

花火のように霊力が吸い取られている、というよりも彼女の場合は、精神力が大幅に削られているようである。


「ぐ、グリシーヌさん…ッ!壁蹴っちゃダメッ!…痛ッ!?私も蹴らないでッ…いたたッ!?」


・・・そして、それを止めている葵は体力が削られている。



「・・・た、大変ですねぇ・・・葵さんも・・・。」

見ているだけで痛々しい、とシーが言った。



「…というか、ヘッドギア取ればいいんじゃないですか?」

と、メルがマトモな発言をした。


「うん、それがねぇ…セーブするまで、途中で止められないんだよ。

ホラ、説明書、ここに小さく書いてあるんだ…」

とコクリコが電脳遊戯の説明書を、メルとシーに見せた。


「えーとぉ…”この電脳遊戯を心ゆくまで楽しむ為、セーブは絶対。

 無視してヘッドギアを取ると故障の原因になります。…(アナタ自身の)”…。」


()の中の文字は、シーの目でも、よくよく凝らさなければ見えないほどの小さな文字だった。



実際。


数分前、無理矢理ヘッドギアを脱がせようと試みた時・・・

3人の体に電流が流れるという、罰ゲーム並のペナルティイベントが発生した為、やむを得ず、断念。

今は、3人のプレイヤー(初心者)が、早くセーブポイントまで辿り着くのを見守るしかないのだ。



「そうなんですよねぇ。そのセーブポイントに行くまで…3人は苦戦してまして…。」






「・・・あの・・・ちなみに、ロベリアさんは何のイベントディスクを?」



メルがそう聞いた途端。



「……チッ…!!」

「…!!」


”ドッ!”


ロベリアが突如舌打ちしたかと思うと、大きく足で”何か”を蹴り上げ、葵が素早く動いて、それを腕で受け止めた。



「…なッ…何やってるんですかッ!?」



「ああしないと、隣の花火にロベリアのキックが当たっちゃうからさぁ…。」

とコクリコがそう言って、紅茶を飲んだ。


「不親切な設計ですよねぇ…もう少しコントローラーとヘッドギアの配線コード長くしてくれたら良いのに…。」

エリカはケーキを食べ終わり、口の周りを拭きながらそう言った。


・・・そして『一体この2人はいつまでのんびり休憩しているつもりなんだろう』とシーは思っていたが

それを口にするよりも先に、ロベリアが叫んだ。



「クソッ!なんでこのアタシが…子供の面倒なんかッ!」


焦りと怒り、そして霊力が電脳遊戯に吸収されていく。


「…な、何言ってんですか?ロベリアさん…!」

「あのぉ、ロベリアさん、何のイベントディスクでしたっけぇ?」



「えーと、”反社会的行動用ディスク”でしたっけ?コクリコ」

「な、なんですってー!?」


エリカの問いに、コクリコは少しの間を置いて答えた。


「…ロベリアがボクの事をチビって言ったから、ボク『大家族体験ディスク〜3男7女〜』を差し込んだの。」


それを聞いたメルとシーは、同時に顔を引きつらせた。

コクリコの”可愛いイタズラ”は、確実にロベリアの霊力を奪っていた。


「こ、コクリコ…。」

「よりにもよって、あんな典型的一人っ子タイプのロベリアさんに…!?」


ディスクの内容によると。


どうやらロベリアは、電脳世界のとある大家族の中に”長女”として、存在しているらしい。

家族に起きる様々なイベントが起きる度に、長女として家族の為に、適切な行動をしないとならないのだが・・・



「や・・・やめろッ!カメラで撮影するなッ!家が…家が洗濯物で散らかってるからッ!末っ子が泣いてるから!!

袋菓子はアタシが買ってきたんだ!勝手に開けるなッ!テメエッ!

・・・だから、オフクロ!もう十分だろッ!子作りするなよッ!家計、火の車だって言ってるだろ!?避妊しろよ!オヤジ!

金がないって…4女が、大学行けないだろーが!!ほら!自立した次女がデキ婚して帰ってきちまったじゃねえかッ!!

定額給付金なんかあてにしてんじゃねえーよッ!!ていうか、定額給付金ってなんだよ!!」




「ああ…なんか、具体的過ぎるイベントが嫌…!(そして、時代や国も無視!)」


そう・・・大家族に馴染むなど・・・ロベリアには、到底、無理な話だった・・・。


「なんか、聞いてるだけで、頭痛くなってきますぅ…。」


そして、ロベリアがゲーム内で暴言・暴力を振るうたびに、やはり霊力は吸い取られているようだ。


「ろ、ロベリアさん…!それはオヤジさんじゃなくて、ソファーです!蹴らないでッ…いたたた…!」


葵が、今度はロベリアを押さえ込み始めた。

しかし、蹴られたり、肘をぶつけられたりと散々な目にあっている。



そこでメルが気が付いた。


「ま、まさか…エリカさん達がさっきから、花火さん達の背後に立っていたのは……!」


その言葉に、葵はロベリアを取り押さえながら言った。


「そうです…グリシーヌさん達、全員共通して…(バシッ!)・・・ッく…3人共(ドガッ!)…くっ…!

完全に電脳遊戯の中に入り込んで…先ほどから…(ゲシッ!)…あいたた…

…こんな感じで暴れてまして…!(ゲシッ!バシッ!ドガドガ…!)

ちょ…3人共、ホントは私を狙って蹴ってるんじゃありませんか!?いてっいててて…ッ!!」



説明する葵を囲み、プレイ組三人が、蹴り続けていた。

その光景は、メルとシーが言葉を失うのに十分だった。




「とまあ…さっきまで、ボク達が手足を抑えたり、壁にぶつからないようにしてたんだ…。」とコクリコ。

「危ないですからねぇ、中毒よりも先に、怪我しちゃいますよ。」とエリカ。




「…そ、そうなんですか…」

「大変ですねぇ…。」


メルとシーが力なくそう言うと”そうなんですよ”とばかりに溜息をついて、エリカとコクリコは紅茶を飲んだ。



「「……あー…美味しい…。」」






「2人共!早く休憩終わらせてッ!!・・・痛ッ!?痛いっ…!」




葵がヘッドギアの少女達(一人は成人)にボコボコにされつつ、時間は経過していった。







 ー 更に30分後 ー







「・・・・・・・・。」「・・・・・・・・。」「・・・・・・・・。」


約束の”1時間”が経過した頃、グリシーヌ・ロベリア・花火は完全に沈黙した。

彼女達が電脳遊戯によって霊力を搾り取られたのは、明らかだった。



どんだけヘタクソなんだよ、というツッコミは心の奥底にねじ伏せつつ…。



葵達がグリシーヌ達のヘッドギアを外した時、グリシーヌたちの意識はほとんど無かったのだった。

ヘッドギアのゴーグルには”ゲームオーバー”という赤い文字が踊っていた。



コクリコ達が懸命に介抱するも、ロベリアとグリシーヌは弱々しい呼吸をするだけで、目を開く事は無かった。


しかし、エリカの呼びかけに花火はうっすらと目を開けた。


「う…」


「あ・・・葵さんッ!花火さんが目を開けました!!」


エリカの声に、葵は花火を抱き起こしながら、声をかけた。


「は…花火さん!?しっかりしてください!!」


弱々しい声で花火は口を開いた。

それは、数分前まで奇妙な動きをしていた人物とは思えない。



「あ、葵さん…私…」


花火の手を葵は強く握った。


ただの調査の筈だったのに、どうしてこんな事に…と葵は思ったが、何を言っても、起きてしまった後ではもう遅い。



「…申し訳ありません…私がもっとしっかり計画を立てて調査していれば…!

 花火さん…必ず、必ずなんとかしますから…!!」


「大、丈夫…です、わ…」


花火の手の力は弱く、いつ意識を失ってもおかしくなかった。

葵は奥歯を噛み締めるしかなかった。


「私…・・・い・・・」


精一杯、唇を動かす花火に、葵は必死で聞き取ろうとする。



「え?…なんですか?花火さん!」


花火の唇に、葵は耳を近づけた。













「…に…肉屋が…憎い…(ガクリ)」













「「「・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」
















・・・葵達は、何も聞かなかった事にして、再度作戦を立てることにした。


これは誰の為でもない。花火の為だ、と思い。



「…どうしましょう?」

エリカが呟くように言った。


「3人共、かなり霊力が吸い取られています…。(ゲームであんなにミスするから。)

 吸い取られた霊力を元に戻さないと…難しいかもしれませんね…。」


葵の言葉に、コクリコは不安そうに聞いた。


「でも、どうやって?」

「・・・電脳遊戯に霊力が吸い取られたんですから・・・」

そう言って、視線をあのブラックボックスに移す。

3人はネジも繋ぎ目のない、あのブラックボックスを見つめた。


「・・・じゃあ、壊してみます?」

エリカの一言に、コクリコは”さっきの出来事忘れたの?”という顔をして言った。

「あのバリアーみたいの、どうするの?」


「じゃあ…全力で、壊してみます?」


…あくまでも壊す気マンマンのエリカのその発言の直後…。



『そんな事しても無駄だよ〜♪ボクチンにゲーム以外で対抗しようなんて、無理なのさァ♪

 正義の味方のクセに、結局は力ずくとはねぇ〜ケケケケケ!』



突如、部屋の中に薄気味悪い笑い声が響いた。


「…だ…誰ですか!?人聞きの悪い!エリカさんは力ずくじゃなくて、単純なだけです!!」

「…葵さん…。(泣)」



「もしかして…グリシーヌ達の霊力を奪ったヤツなの!?」

コクリコの問いに声は答えた。


『ケケケ…そうだよ。電脳中毒にして、ジワジワなぶって、徐々に弱らせてやっても良かったんだけど

 あんまりにもお姉ちゃん達の霊力が美味しかったもんだからさ〜

 一気に食べちゃったヨ♪ゴメンネ〜♪ケケケケケケケ…』


子供のような青年の声。

不快感を誘うその笑い声は、エリカ達を包み、嘲笑い続けた。


「・・・一気に、霊力を”食べた”・・・?」


「こらー!!姿を現しなさい!礼儀ですよ!」


周囲を見回しながら、エリカは叫んだ。

しかし、部屋の中には意識を失った花火達、そしてエリカ達…6人しかいない。




『・・・・・・ココだよ、ココ。ほら、ドコ見てんのさぁ…こっちこっち…♪』




エリカ達はあたりをよーく見回し、やがて…



その声が、電脳遊戯の黒い箱の中から聞こえる事に気付いた。




『…さあお姉さん達も遊ぼうよ・・・・・・命懸けの楽しい遊戯を、ね。』



ブーン、という不吉な低音が、電脳遊戯から響いてくる。

それはやがて大きくなり、部屋中に、エリカ達の体の中にまで響いてきた。




「・・・・!(…凄い、プレッシャーと邪悪な力…!)」


さっきまで電脳遊戯からは感じられなかった強力な力。

しかも円月輪を投げた時に一瞬だけ、電脳遊戯を包んだ…あの結界の力に似ていた。


「・・・あなた、誰ですか!?」


エリカの問いかけに、不快な声は答えた。


『ボクチンはね…”魔王”だよ。君達の倒すべき、大魔王様さ!ケケケ!』


しかし、不快な声の主は遊んでいるのか、ふざけた口調で答えるだけだった。



「…ならば、出てきなさい…魔王さんとやら、倒してあげますから。」


葵は無表情になり、静かな声で言った。




『いやだよん♪』




陽気なその声は、3人の顔を怒りで引きつらせるのに十分だった。


「・・・・・・・。」

「・・・葵、ボクなんか物凄い、ムカムカする。」

「さすがの主もお怒りです。やっちまいましょう!」


エリカは、ガブリエルを構えた。


しかし、陽気な声は、エリカ達の神経を更に逆なでするように響いてくる。


『落ち着きなよ〜。ボクチンはね、素手とか、技とかそんな野蛮な遊びで命削りたくないの。

 ボクチンはね、遊びたいだけさ。』



「・・・こっちには、遊びたい欲求はありません。さっさと出てきなさい。」


葵の表情は、やはり無表情。しかし、彼女の目の奥には、激しい怒りがあった。


それを感じてか、更にそれを増幅させようとでも言うのか、陽気な声は更に明るくなった。


『やだなぁ〜マジになんないで欲しいなぁ〜これはゲーム。ゲームなんだよ〜。

 頭の硬い女の子は恋愛ゲームではサブヒロインになっちゃうよ〜?』


エリカ達の怒りの導火線にはとっくに火はついていたが、導火線の先の爆薬もさらに増量したようだ。


「むっかー!エリカは正式ヒロインですッ!神の名の下に、誰が何と言おうとッ!!」

「ボクだって!ただのロリ担当じゃないんだからねッ!!」


興奮しすぎて、2人共、論点がズレにズレまくっている。



「・・・あなた、さっき・・・私の仲間の霊力を喰ったとか言いましたね?」


葵は後ろの部下にツッコミを入れることなく、声の主に確認をした。

声の主は、明るく楽しそうに説明を始めた。


『うん♪実は、ボクチン…人間の霊力を喰うのがお仕事だし、生きがいなの♪

人間達をこの電脳遊戯の世界に引きずり込んで、人間達はゲームを楽しんで、その間ボクチンはちょこっと霊力を食べさせてもらう。

お互い、損はないだろう?

それにさ、人間達は何度でも自分から、ゲームの世界にやってきて、ボクチンの餌になってくれる訳だからね♪』 


「えさ・・・!」

「・・・なるほど、やはりそれが、噂の中毒症状という訳ですね・・・今、巴里に起きている電脳中毒も、全てあなたの仕業ですね?」

「そうだよ!みんな、電脳遊戯で遊んだら、お前のせいで変になっちゃうんだろ!?」


『ケケケケケ…それは誤解だよぉ。なんでもかんでもボクチンのせいにされちゃあ困るよ。

言っただろ?人間たちは何度でも、自分からゲームの世界にやってくるんだ。ボクチンのせいじゃないんだよ。』


「そんな…馬鹿な!?こんな危険なゲームに、一体どうして!?」

葵がそう言うと、電脳遊戯は、さっきまでの明るさをぷっつりと消して、低く静かな声で答えた。


『・・・人間達はねぇ…疲れているんだよ・・・現実の世界に。』


「疲れている?」



『…ボクチンの作った自由なゲームの世界は、自由がウリなんだよ。

 モノを壊すのも、人を傷つけるのも…おおよそ、そっちの人間の世界では、やっちゃイケナイって事は

 こっちの電脳遊戯の世界ではオールOKなのさ♪


ねえ…不思議に思わない?どうして、モノを壊したり、人を傷つけちゃ…イケナイのさ?』


電脳遊戯から聞こえる問いかけに、エリカ達は困惑した。

どうしてそんな事を聞くのか、と言ったように。


「そんな事、決まってるじゃないですか!!」

「イケナイ事はイケナイに決まってるもん!」


しかし、まるでその答えが返って来るのを待っていたかのように、電脳遊戯の声はまた明るくなった。


『ほーら、キタ。…”決まってる”。つまり”ルール”だから、だろー?

それを守ろうとすると、皆少なくとも感情や欲求が抑圧されるんだ。

例えば、自分が馬鹿にされて悔しい思いをしても、ソイツを殴ったり、殺しちゃイケナイんだろー?


欲しい物があっても、働かないと手に入らない。働き先が楽しい仕事だったらいいさ。でも、そうとは限らないだろう?

自分のなりたい職業にも、試験やら他の人間の評価が必要になる…簡単にはなれない。まどろっこしいよねぇ?


おまけに。誰かに無理矢理、大切なモノを奪われて、二度と戻ってこないなんて事になって、心底憎んでも

ソイツにやり返しちゃいけないんだろ?殺しちゃいけないんだろ?復讐はイケナイとかさー。説教臭いよねー?

力や復讐では、何も生まれない、とか何とか言ってさー!結局、復讐心や悔しさを心の底にしまいこんで、解決策も生まれないままさ!』


いやに早口で、まくしたてる電脳遊戯の声。

エリカ達が、反論しようとしたが、電脳遊戯の声はすばやく”でもさ”と言葉を繋げ、演説を続けた。


『…そうじゃないんだよ…。元から、何も生み出す必要は無いのさ。


・・・”消したい”んだよ。みんな。


憎くて邪魔なヤツやモノ、自分を縛り付けるルールも…!それだけで人生はとても楽しく過ごしやすくなる!

なのに!どっかの人間が決めた、下らないルールのせいで、人間達の心は、縛られ、どんどん傷ついて、どんどん汚れて…疲れていくんだ。


誰だってね…自分から汚れたり、自分だけの力じゃ傷ついたりなんか、しないんだよ。

汚れや傷は…周りからつけられて、蓄積し…疲れた心はそのままさ。

そんなの、かわいそうじゃないか。

人間だって動物さ。そんなモノから、解放されるべきなんだよ。』



エリカ達は反論せず、ただ電脳遊戯の黒い箱から聞こえる声を聞いていた。




『だ・け・ど♪ボクチンの電脳世界には、それが無いんだ。

だれでも、好きなように、やればいい世界。誰に迷惑もかけない。だって、そいつだけの世界だからね。

そして、気に入らないヤツがいれば、消してしまえばいいんだ。退屈なら壊して、新しい世界を作ればいい。

このイベントディスクも、その為のモノさ。


だ〜か〜ら〜。


人間達は、ボクチンの楽しくて自由な電脳遊戯の世界で、ずっとずう〜っと遊びたがるのさぁ♪』



「・・・随分、勝手な理想郷ですね。」



葵の感想に、声はひるむ事無くこう言った。



『…そうかい?ボクチン知ってるんだよ?

君達だって…周りの人間達から、少なからず傷や汚れを沢山つけられたんだろぉ?

…そこで死掛かっている3人も、さ。


傷や汚れをつけられ、自由を奪われる辛さを・・・誰よりも知ってるくせに、そんな事言っていいのぉ?』




「「「・・・!!!」」」




声は、的確にエリカ達の心を突いた。





『その3人の霊力、強力で美味しくてね…つい食べすぎちゃってね。

 いつもはちゃんと、ギリギリ残しておくんだけどね、殆ど残ってないよ。


 ・・・だからさぁ、そのまま放っておくと・・・


 その3人ぽっくり、ゲームオーバー★ ホントに、死んじゃうよーん♪ケケケケケケケ!!』


甲高い声で笑う声に、いよいよ葵はブチ切れた。


「・・・貴様ッ!!」


”ダンッ!”


葵は激高し、電脳遊戯の箱を白い手袋の拳で力いっぱい叩いた。

しかし、電脳遊戯の箱にはあらゆる物理攻撃を弾く強力な結界が張られ、葵の拳は弾かれた。




「・・・くっ・・・!!」


冷静さを欠いた葵の行動をエリカ達は何も言わずに、葵の腕を引っ張り、電脳遊戯から距離を置いた。

エリカとコクリコも飛びかかろうと思ったのだが、先に葵が爆発してしまった為、ハッと我に返ったのだった。


「葵さん、今は…!」

「気持ちはわかるけど…!」



葵達の怒りが増せば増すほど、声は楽しそうに笑っていた。



『あはっ♪赤い髪のお姉さん、ようやく本性を出したね♪いいよいいよ♪調子出てきた♪


 …ボクチンを倒したいんだろう?わかるよ〜ボクチンを倒せば、その3人の霊力、元に戻るからねん♪』




「「「・・・・・・!」」」



『…だからさ…お姉さん。提〜案〜。・・・ボクチンと同じフィールドで戦おうよ。正々堂々とゲームで。』



「・・・葵。」

「葵さん…。」


コクリコとエリカにもわかる。

これは罠だ、と。

しかし、選択肢は…一つしか浮かばなかった。



「・・・いいでしょう・・・その提案、受け入れます。」

葵は力強くそう言った。

甲高い声は、大喜びで、一層楽しそうに笑った。


『じゃ、ヘッドギアを被って、このディスクを差込んでよ。

ボクチンの支配する電脳遊戯の世界を救う勇者様のゲームさ!ケケケケケ!!

ボスは勿論、このボクチン…『パラノイアス』が待っているからね。

万が一、クリア出来たら、涙が枯れるほどの、感動のエンディングが待っているよ〜♪


じゃあ、せいぜい…途中でゲームオーバーにならないようにねん♪』



声が消えると、葵は上着を脱ぎ、静かな声で言った。



「・・・・・・エリカさん達は、ここで待っていて下さい。」


これ以上、隊員を危険には晒せない、そう判断したのだろう。

しかし、その隊長の命令を、コクリコとエリカは拒んだ。


「嫌です!一人でなんて、行かせませんよ!」

「そうだよ!一人でなんて…ボク達、仲間じゃないか!」


「…しかし、もしも失敗したら…巴里華撃団は…!」




”全滅”。




しかし、エリカは葵の目を真っ直ぐ見つめ、葵の手を握り、言った。


「葵さん、私達には…私達の戦い方があります。

互いを思いやり、互いの痛みを知り、弱みを補い合い、支えあう…”絆”という力が!

だから、一緒に行きましょう!仲間の為に出来る事をしたい!…エリカ達、気持ちは一緒のはずです!

一緒に行かせて下さい!お願いしますッ!」


「…グリシーヌ達だって、きっとそう言うと思うよ。だから、一緒に行こう!葵!」



コクリコも、エリカの手の上から葵の手に触れた。

葵はエリカとコクリコの目を見た。強い意志を感じる。


葵の表情が、無表情から、いつもの微笑みに戻った。


「・・・・・わかりました。では…ヘッドギアを。」


「まさか、こんな形で電脳遊戯初プレイになっちゃうなんて。」とエリカ。

「ボクも、そう思う」とコクリコ。


三人は、グローブを装着した。



「遊び気分でプレイしたら怪我しますよ。十分気を付けて下さいね。

 …では…『作戦名:電脳遊戯を攻略せよ!』…エリカさん、コクリコ、行きますよ…ッ!!」



葵の言葉に、エリカとコクリコは気合たっぷりの声で応えた。


「「ー了解!」」





 ” いざ、電脳遊戯の世界へ・・・!!”






ー 後編へ進む ー



すいません・・・ここで一旦切ります。