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それは、いつもと変わらない朝だった。

いつも通り世界は色とりどりに輝いていた。

ある人には世界は眩しく映り、ある人には世界は忌々しく映るだろう。


いつも通り、老人は愛犬を連れて散歩をしていた。

古びた橋を見て、決して綺麗とは呼べない色の川の水を見ながら歩いていた。

川岸の雑草は、もうぼうぼうに伸びきっていて、”ああ、そろそろ手入れの時期だろうな”と思っていた。


すると・・・


川岸の草むらに一箇所、違和感を感じた。

それは愛犬も一緒だったらしく、老人と愛犬は同時にその違和感の元へと歩み寄って行った。


歩み寄れば寄るほど、近づかなければ良かった、という後悔が襲ってきそうな予感はあった。

だが、確認しなければこのどうしようもない不安は拭えない上、何より、年甲斐もない好奇心がそこにあったのだ。



ソレを見た彼の呼吸は、一瞬引くように止まり、声も出なかった。

やがて、彼は先程まであった好奇心を抑えなかった事を激しく後悔した。

愛犬は初めて見るソレに向かって吠えた。




草むらの一箇所。

違和感の理由。




そこには、あってはならないものがあった。






 制服姿の少女の”腐乱死体”である。






様々な色で溢れた世界の中で、彼女は腐って死んでいた。

青く輝き始めた空を見上げるように彼女は死んでいた。




・・・しかし、これも言ってしまえば、よくある話である。


事実、生き物の死体なんて、世界のどこでも転がっている。

そんなものがココにあるはずが無い、という意識が”これは異常だ”と感じさせるに過ぎない。



そう、人はどこでも死ねるのだ。

反対に、生き物が生き続ける事がどれだけ難しいか…。



もっと言えば。


いつもと変わらない世界を維持する事。

いつもと変わらない色を保ち続ける事。



それを、”変化していく人間”の手でやるとなると…考えただけで溜息が出る。

いや、それでも何もしないよりはマシ、って事だろうか。


だって。

ちょっとだけ自分の世界の変化を望んだばっかりに、死ぬほど後悔する人間もいれば、死んでしまった人間もいる。

世界の変化はそれだけ難しく、誰もが一度は思い描き、挫折するのだ。

ならば、自分だけなら変えられる?

それもまた…ものによっては難しいのかもしれない。

変える、という事は…変わる前の世界に戻れない、という事でもあるのだ。

変化を恐れるのは至極当たり前の事だ。

白を綺麗に染めようとして、真っ黒に染まってしまったら、もう取り返しがつかない。


死んでしまったら、生き物は終わりだ。

選ばれた人間や、ゴキブリみたいな生命力を持った生き物でもない限り、何も出来なくなってしまう。


だから死ぬ前に、自分の願いを叶えようと人は考え、動くのだろう。

限りある寿命だからこそ、彩りよく生きたい、と思わないだろうか。


自分の好きな色の世界で生きたい、と思わないだろうか。







 ところで…


 あなたは、何色が好き?


 良かったら、その願い、叶えようか?



















朝7時。タイマーでカーテンが自動的に開き、朝日が部屋に差し込む。





「ん・・・」





朝日を浴びるって、結構大事な事だって最近になって解った。

以前は寝る事こそ私のすべき事だったから、一日中カーテンを閉めきっている事が多かった。

病院のベッドの上で朝日を浴びて普通に時間の経過を感じていると、どうしても退屈が襲ってくる。

朝になって、やる事は寝ているだけ。

代わり映え無い白い部屋で長い退屈な時間を過ごす。

だから、時間の感覚を麻痺させた方が、まだ精神衛生上良かった。


でも、今は…私の隣で寝てくれる人がいる。

カーテンが開くように設定してくれる人であり…私を色々助けてくれる人。



「…ぅ…」



さっきまで綺麗だった寝顔をぐっとしかめっ面に変えながら、家主こと火鳥お姉ちゃんが動いた。


断っておくが、私とお姉ちゃんは”変な関係”ではない。


・・・これ、ホント。


同じベッドに一緒に寝ているけれど、そういう事はしていないし。

女同士、だし?


あ・・・いや、別に・・・恋愛とかそういう事に、異性同性関係無く出来るとは思うんだけど。


「ん…。」


白いシーツが波を打つように動く。


(私は・・・別に・・・。)




「お、おはよう、火鳥お姉ちゃん。」

「…もう…朝ァ…?ふざけんじゃないわよ…。」



唸るように怒り始める家主を私は黙って見守る。


(誰に怒ってるんだろ…。)


火鳥お姉ちゃんと私には血の繋がりは全くない。

親類でもなんでもない、全くの赤の他人。

お姉ちゃんはどう思っているのか知らないけれど、私にとって、お姉ちゃんは大事な人だ。


ベッドの上で枕を下にうつ伏せで寝ているお姉ちゃん。

すらっとした白くて長い足。足の爪は赤く、肌とシーツの白に映えるように赤い。

私の青白く頼りない手足と違って、お姉ちゃんの手足は長くたくましくもあり・・・何より、綺麗だ。



(・・・私も成長すれば、こんな風になれるのかな・・・?)


そんな事を思いながら、窓の方へ歩いていこうとする私の手首をお姉ちゃんが掴んだ。


「蒼。」

「ん?」


手首をしっかり掴まれたまま、私は黙ってお姉ちゃんを見ていた。

ぼうっと私を見つめるお姉ちゃん。まだ瞼は完全には開いていない。

寝ぼけながらもじっと見つめるお姉ちゃん。その口から思わぬ一言が聞けたりして、とか私は考えていた。



「蒼…カーテン閉めて。まだ…眠い。」



・・・なんだかなぁ・・・期待して損しちゃった。


「…んもう…朝ですよー。お姉ちゃん。」


「人類が滅亡するって予言はどうなったのよ…」

「な、何!?突然…!」



「今、滅亡すればいい…朝も来なくていい…」




「・・・・・・・。」






・・・訂正。



今、私の隣で寝ているのは、自己中心的思想強めな低血圧で機嫌の悪い、人嫌いのお姉さんです。










 ― フルカラ。 第一色  緑 green   ―







『…なお、発見された遺体は死後かなり時間が経過している為、司法解剖で詳しく調べる予定です。』




「いやぁ…物騒になりましたわねぇ。」


そうしみじみと言ったのは、家政婦の君江さんだ。

テレビから流れる女子高校生の死体が発見されたニュースを聞きながら、君江さんはテキパキと朝食の用意をしていた。


「昨日の夜から、ずっとこのニュースだよね。」


私こと、高見蒼は新しい制服の裾を気にしながら、テーブルについた。


今日から着る事になる、白を基調としたセーラー服。

白い襟に黒い線が一本だけついているのは”一年生”の証だそうだ。

また、リボンも1年生、2年生、3年生、と色が区別されているらしい。

一年生は、緑色のリボン。




「物騒物騒って…物騒じゃなかった時なんて無かったでしょうに。人間がいる限り、何かしら事件は起きるのよ。」


火鳥お姉ちゃんは、そう言ってセミロングの髪の毛をかき上げた。

お姉ちゃんの目の前の食器からは、牛カツが湯気を出している。

ちなみに私の今朝のメニューは、オムレツとシーザーサラダにトーストだ。



「そうは言いますが、この町で若い女子が死んだんですよ!?

お二人共、被害者と年の頃が近いんですから!ホント、気を付けて下さいね?お嬢様、蒼ちゃん!」


君江さんは、腰に手をあてて私達に言い聞かせるように言った。


「…蒼はともかく、アタシはもうすぐ26よ?君江さん。」とお姉ちゃん。

「私だって、大丈夫だよ。君江さん。」と私。


しかし、君江さんの表情は優れない。


「でも…あの制服。」


そう言って、君江さんはテレビの画面を指さした。

君江さんの指の先を目で追った私達は、思わず声を漏らした。



「「・・・あ。」」



そこには、私が今日から通う学校の制服が映し出されていた。

というか、私が今着ている制服が。


「はあぁ・・・。」



それを見るなり、お姉ちゃんは深い溜息をついた。


「この分じゃ…学校の前には、マスコミがわんさかいるでしょうね。」


私も思わず天井を見た。


「あぁ…せっかくの入学式なのに…。」




今にして思えば、こんなにも身近な事件なのに、私は全く関心が無かった。

これから通う学校の生徒が死んだのに、私達は関係の無い方向へ話を進めていた。



それは、心から私は無関係だと思っていたからだ。


不謹慎だと言われそうだけれど、会った事も無い、知らない人の死を同じ学校っていうだけで心から悼む、なんて出来そうもなかった。




・・・ソレを近付いて”知る”まで、は。








「蒼ちゃん、忘れ物は無い?」

「大丈夫。」




今日は入学式だけだから、何も持っていかなくてもいい。

制服とまだ履き慣れない革靴。


「ああ、お嬢様!会社は午後から出勤となってますから、入学式の写真しっかりお願いしますよ!」

そう言って、君江さんはデジタルカメラをお姉ちゃんに握らせた。


「…2,3枚でいい?」というお姉ちゃんの素っ気無い質問に、君江さんは首を大きく横に振った。

「いいえ。校門で3枚、校内で5枚、入学式の途中で30枚、帰りに5枚…」


そんなに撮るの?と苦笑いの私に対し、お姉ちゃんはイライラしたように言った。


「そんなに撮れないわよ!蒼、行くわよ。」


キッパリと言い切ると玄関のドアを開けた。

私は、お姉ちゃんの後ろをついていく。




赤い車の助手席に乗り込み、素早くシートベルトを締める。

車のラジオからは、落ち着いた女性の声が聞こえる。


『はい、只今聞いていただきましたのは、SAKIで”アニオタとジブリオタは何か畑が違う”をお聴きいただきました。

近年、アイドルの曲ばかりがヒットチャートに出ているってお話をよく聞きます。

尚且つ、売れている理由がCDに付属している限定のDVDだったり、何かの応募券だったり、オマケ要素が無いと売れない、なんて…

SAKIさんは、”主役はCD。だからオマケはオマケであって、むしろ、そのオマケは邪魔になるようなモノであるべきだ”という自論を展開し

今回発売したCDに”食パンのタグ”を付けた事で話題になりましたね。

ネットでは、あのタグをいかに有効活用したか、で盛り上がったみたいですね。』



(・・・なんだ、そりゃ・・・。)


ラジオのどうでもいい話で、なんとなく気が紛れる。



『あ。ところで、皆さんは…何色がお好きでしょうか?

ていうのもですね、色でその人の性格がわかったりするって心理テストご存知です?

好きな色によって、その人の心理が解ったりするって話、よくありますよね〜。

コミュニケーションをとる為に、この手の心理テストで仲良くなろうとする人、決して少なくは無いと思うんですが…。


私、そこで考えるんですよ。

”色で人の全部解られてたまるかー”って。


皆と仲良くしようと思うあまり、つい人と合わせちゃったり、心理テストで解った気になったり、なられたりして

結局、よくよく相手の事知らないまま、なんとなーく仲良しになった気でいた…なんて事ありません?

しばらくすると、ボロが出ていつの間にか、あれ?こんな人だったっけ!?ってガッカリしたり、逆に他人にガッカリされちゃったり〜って。


考えすぎですかね〜?あはは。』


陽気な喋りのDJの声に私は何の気なしに耳を傾けていた。

お姉ちゃんも何も言わずにただ前を見て、ハンドルを握っている。



『・・・で、私、思うんですよ。


大事なのは、その人と仲良くなる事より、その人をちゃんと知る事なんだって。

人を知ろうとする時、いかに先入観無く見られるか…そこが大事なんですよ。

色々他人を見てきたっていう経験やタイプ別に分類したい気持ちは解るんですけどねぇ。

本当に信用出来るかって点では、心理テストや占いと大差無いと思いません?



皆様は、これから春となり新しい出会いが沢山あると思いますが…


その人が持つ、”本当の色”を、ちゃんと知る気はありますか?

または、見る事が出来るでしょうか?



・・・一旦、CMです。』





(新しい出会いかぁ…。)




私は胸に手をあてた。


出会い、と言えば、私とお姉ちゃんの出会いだ。


それはなんというか…素敵な出会いと言えず。

単に、私がお姉ちゃんに物乞いをしたようなモノで。



生まれつき心臓に病を抱えていた私は”もうすぐ死ぬなァ”と思いながら入院生活を送っていた。

あの時は、自分はもうすぐ死ぬって思い込んでいたから、思い切って病院を抜け出して、何でも売ってるコンビニで最後の晩餐を、と思った訳。



で、お金持っていない事に気付いて、私はとある大人を捉まえた。



『お腹、すいた。』



その、ねだった相手が…


『はあ?』


火鳥お姉ちゃんだった訳で。


人嫌いのお姉ちゃんはなんだかんだ言って、私に優しくしてくれた。

お姉ちゃんは偶然にも私が入院している病院の先生の従姉妹で、私のお見舞いにも来てくれて、手術費用も出してくれた。

私を引き取っていた遠縁の親戚から、私を連れ出し・・・いや、正確には”買い取って”くれた。


どうして、そこまでしてくれたのか、と聞いたら

お姉ちゃん曰く、私が死んでしまうとお姉ちゃんが大変悔しい思いをするから、だそうで…。


未だに、何故お姉ちゃんが私を助けてくれたのか、本当の所はよく解らない。



その後、私は奇跡的に退院し、お姉ちゃんに頼み込んで一緒に住まわせてもらっている。



普通、あり得ない。

こんな夢みたいな話。


お金持ちの美女が、病弱な少女を引き取って面倒みてくれる〜…なんて。




『・・・死ぬんじゃないわよ、蒼。それまで、アタシの下の名前は教えてあげない。』




この人をもっと知りたい。

この人にもっと会いたい。


だから、生きようって思えた。


でも結局、お姉ちゃんは今も下の名前は教えてくれないけれどね。





「蒼、もうそろそろ見えてくるわよ。学校」

「うん。同じ制服の子、ちらほら見えてきたものね。」





窓の外の景色とテレビの画面が =(イコール)で結ばれていた私の世界は、もう無い。



実感した。

私は、生きてるんだって。



胸の苦しみや痛みがあった頃、私の周りは真っ白だった。

気が遠くなるような、永遠と続く白。

いや、白だったのか…無だったのか、今となっては違いが解らないけれど。


あの頃、私の世界の色は白一色で。

一色だけだと、どうにも…生きている実感も、人生を歩んでいる感覚も無くて。


ただ、生かされてる感じで。

なんか、私生きるのに皆さんに手を焼かせてすいませんって感じで。

それ以上は、望めなくて…。




でも、ある日、一歩だけ白の世界の外に足を踏み出した。



すると赤が現れた。


強烈な赤。

白より眩しいと思える赤。

その後、青が現れ…色々な色が、私を包んだ。




今、私の世界は色に満ちているんだ。


今日から、学校生活に突入する。




(今日から…私、女子高生だ。)





期待と不安が入り混じった気持ちに、私の心臓がドクンドクンと高鳴っていく。


「蒼」

「ん?」


赤信号で一時停止したと同時に、お姉ちゃんは私の顔を見つめながら言った。


「…他人を知るのは構わないけれど、染まるんじゃないわよ。」




真剣な瞳だった。

お姉ちゃんは、他人が嫌いだ。

正確に言うと、自分の邪魔になる人間が嫌いだ。

むやみやたらに自分を変えようとしたり、自分を否定する人が嫌いだ。

そんな考え方は間違っているって指摘をされても、お姉ちゃんは簡単に曲げたりしない。


例え人として間違っていても、自分がそうしたいから歩むべき道は間違ってはいない。・・・君江さん曰く、お姉ちゃんはそういう理屈で動いているらしい。


他人にアレコレ言われてホイホイ合わせたり、流されるなって意味…なんだろうな、と私は解釈している。

うーん…でも、確かに間違っているなって自覚したら、素直に直したいなって私は思うけどなぁ。




「人は、そう簡単に変わらない、って誰かさんが言ってなかったっけ?」


だから、カンタンには染まらないですよ、と私は言いたかった。

お姉ちゃんは眉毛をぴくりと動かし、鼻で笑って言った。


「…わかってるなら、わかっていると言いなさい。」

「ふふっ。」


私は、鞄を抱きかかえながら笑った。




「ああ、やっぱりね・・・。」



しばらくして、お姉ちゃんがウンザリしたような声を出した。


校門の前には、人だかりが出来ていた。

ライトやマイク、テレビカメラ…カメラのフラッシュ…。


(うげ。)


大勢のマスコミが校門の前にいた。

マイクを向けられた生徒達は、俯いてそそくさと校内に入っていく。



「ったく…邪魔くさいわね。芸能人のゴシップでも漁ってりゃいいのよ。」


そう言いながら、お姉ちゃんはクラクションを鳴らしながら校門の中に入っていった。


「え…ええ!?」


私は、思わず驚いてしまった。


「お姉ちゃん、裏の駐車場に停めるんじゃないの!?」


入学式の案内状や保護者の皆様へのプリントもちゃんと読んでいた私は、ビックリした。

駐車場は別に用意されていて、正門ではなく裏口から入る事、と書かれ、地図も載せられていたからだ。


それなのに、お姉ちゃんは、正々堂々”正門”から車で侵入したのだ。

びっくりしたのは、私だけじゃない。

車の”ヴォン”という音に、生徒達およびマスコミ関係者、全員がこちらを向いた。




「ちょ、ちょっと!お姉ちゃん!?」

「ああ、ここの理事長とはちょっとした顔見知りだから。」


そう言って、お姉ちゃんは平然と理事長専用と書かれた駐車場スペースに停車した。


「り、理由になってないよッ!これ悪目立ちしすぎるよッ!」

「フン、いいのよ、堂々としてなさい。」


「そ、そんな事言われたって…」



恐る恐る車を降りた瞬間…沢山の視線を感じた。



校舎の窓から下級生を見下ろす、先輩達だろう…沢山の目。

校門から玄関へ続く道を歩く生徒達からの目。



(ヤバイ…やっぱり、目立ってる…!)



高級車で登校し、エンジンをふかしながら正門から堂々と侵入した挙句、理事長スペースに停車…!


調子に乗ってるって思われないだろうか…!?



私は、そそくさとお姉ちゃんの背中に隠れるようにくっついた。

耳には、嫌でも生徒達からの声が聞こえた。



『見た?正門から堂々と…!』


『入学式初っ端から、高級車でご登校?』


『ねえ見て!すっごいカッコイイ美人。ちょっと目つき怖いけど。』


『ああいう車に乗って絵になるのは、やっぱり美人だよね〜。』


『こんな女子高にあんな先生いたら、ヤバいね。色々な意味で。』


『しかし、まあ理事長スペースに堂々と…』


『ていうか…後ろの爪楊枝みたいなの、あれ何?』





(つ、つまようじ・・・!)




確かに…不健康に痩せすぎてますけど!気にしてるんですけどッ!

これでも3キロ太ったんだからッ!!・・・胸に、全然脂肪がいかなかったけど・・・。



「蒼、背中を伸ばして堂々と歩きなさい。」

「・・・だって・・・。」


「良いのよ。アンタは、アタシの家の者なんだから。それに、このアタシと一緒にいるんだからね。」

「…そ、そうですか…。」


今は良いですよ!でも、これからの学校生活に、お姉ちゃんはいないでしょうが!

その間、私は調子に乗った一年生だってイジめられちゃうかもしれないじゃない!


・・・とはツッコめなかった。



「この程度で”調子に乗ってる”なんて言う奴は、調子にすら乗れない貧乏人よ。構う事は無いわ。」

「・・・は、はあ・・・。」


弱気な返事をしながら、私は顔を伏せながら歩いた。

お姉ちゃん程、私のメンタルは強くない。



(私、なるべく…目立たないようにしよう…。)



友達を早く作って、この誤解を解こう…!


お姉ちゃんは堂々と職員専用(関係者以外立ち入り禁止)の玄関に。

…私は、その後コソコソと生徒用の玄関に向かった。



(わあ・・・。)


目の前に広がっているのは、よくある学校の玄関なのだろう。

ただ、私にとっては馴染みの無い場所。

自分と同じ位の年齢の女の子がいて、白いだけじゃない空間。


小さい頃通っていた小学校、数十回程度しか行けなかった中学校。

それらを思い出すと、ああ学校に来たんだなって思う。


(えーと、一年生の下駄箱って…こっち?)


自分の名札のついた靴箱を探していると、周囲の視線が痛いほど刺さってきた。

私の方を見ながら、ヒソヒソと話す声が聞こえる。


「あ・・・さっきの・・・」

「さっき、車で・・・」

「つまようじ・・・」


嗚呼…やっぱり、さっきの乗り込みで変なインパクト与えちゃってる!!…って最後のつまようじは何よ!



「ねえ?」


つんつん、と肩を突かれ、私はその方を振り向いた。


「はい?」


振り向くと、眼鏡をかけてふわっと軽く編んだみつあみを肩から垂らした、見るからに優しそうなお姉さんが立っていた。


「入学おめでとう。私は、3年の篠原です。」



せ、先輩だ・・・!しかも優しそう!



「あ、はい!ありがとうございます!高見蒼です!よろしくお願いします!」


篠原先輩は、私の制服の胸に安全ピンがついた赤い花を胸につけてくれた。

花の下からは”入学おめでとう”と書かれた短いリボンがついていた。


じわじわと入学への喜びで口元がにやけてくる。


(あ、ヤバイッ!私、気持ち悪い!)


先輩に変な顔を見られないようにさっさと先に進もうとすると、先輩に突然手をとられた。


「あ、待って、高見さん。」

「へ…!?」


「教室まで案内するわ。それが私達の役目だから。」



上級生一人一人が新入生一人一人を案内!?



「え…!私を…?」

「そうよ。」



ニッコリと笑う篠原先輩は、とても大人っぽかった。

偶然とはいえ、篠原さんみたいな優しそうな先輩に案内されるなんて…なんて幸運だろうか。



「さあ、案内するわ。」


周りを見ると、下級生は誰もが上級生に手を引かれて歩いているのが見える。

下級生は緊張していて、上級生が積極的に話しかけている。


(珍しい入学行事…。)


・・・でも、手を繋いで校内を案内だなんて、なんだか過保護っぽくて小学生みたいだ。



「あ、こういうの珍しいなって思ったでしょ?」


隣の篠原先輩にズバリ言い当てられて、私は思わず声が裏返ってしまった。


「え!?ええっと〜はいッ!」


こういう時、正直が一番だ。


「手を繋ぐのは…まあ過保護っぽいなって私も一年生の時は思ったわ。

でも、上級生になって解ったの。

私達も新入生(貴女)と一緒で”初めての事”に緊張しているのよ?

だから…」


そう言いながら、篠原先輩は私の手をくいっと目の前まで挙げて見せた。


「これを共有する事で和らげているって訳。」

「はあ・・・。」


つまり、先導する先輩も緊張している、という事らしい。


「高見さんは、学校へは徒歩で通学?それともバスかしら?」

「あ…今日は……車です。でも、別の手段があればそれで行くつもりでいます。」


いつまでお姉ちゃんの車で送ってもらえるかわからないし、第一”あんなの”毎朝やられたら、この学校で居場所がなくなってしまう。


「そう?私はバスなの。一緒になったら良いわね?」


一緒…!

結構、憧れだったんだ…!

誰かと一緒に『眠いね』とか『宿題やった?』とか喋りながら登校って…!


「はい!」


ああ、なんて希望だらけの学校生活なんだろう!

私は、もうこの時点で浮き足立ちまくっていた。


廊下を歩いてしばらくすると上へと続く、深い緑色の階段が見えた。


「えーと…階段を上がる前に…。この先の廊下にあるのは職員室。あと、職員専用の部屋が沢山あるの。

もっと向こうへ行くとゴミ捨て場になっているわ。

だから、先生に用事があるか、ゴミを捨てに行く時以外、生徒はあまり行かない場所ね。」


篠原先輩の指差す方向を見ていると見慣れた人物が歩いていた。



「…あ。」


見慣れた人物こと、火鳥お姉ちゃんが、中年のスーツを着た女性と歩いているのが見えた。



「あら、理事長先生ね。後ろの女性は…見かけない人ね、新しい先生かしら?」


「りッ!?」


理事長と一緒にいるの!?

お姉ちゃんは理事長と顔見知りだ、とは言っていたけれど…!



「随分、険しいお顔なさってるわね…理事長先生。」



そう、問題はそこだ。

二人からは”顔見知り”って雰囲気とは縁遠い…険悪な空気が発されている…。




「それにしても、綺麗な人ね。もし新しい先生なら、すぐに人気が出そうね。」


あの人が教師の適正的には大アウトだって知っている私。

人気は出たとしても…あの人自身は人嫌いなんですッ!…とはとても言えなかった。


「は、ははは…」

 ※注 笑って誤魔化そうとしている蒼。



とりあえず、篠原先輩の視線と話を逸らさなきゃ!



「あ、あの、篠原先輩!」

「ん?なあに?」



私の声に篠原先輩はニッコリと笑って聞き返してくれた。



「あの、一年生が気を付けるべき事ってなんですか?」

「気を付ける?妙な事を聞くのね?」


顎に手を添えて、篠原先輩は首をかしげた。

私は慌てて質問の理由を話した。


「あ…あの、その、私…中学の時、入院していて…学校生活自体、久々というか…そもそも、あんまり馴染みが無くって。」


入院生活の方が長い私にとって、入学式からこんな珍しい光景を見せられると確認せずにはいられない。


「あら、そうだったの…それは大変だったわね。今は具合は良いの?」


そう言って、篠原先輩は私を気遣ってくれた。


「ええ。でも、まだ激しい運動はダメなんです。歩く位なら平気ですけど。」

「そう…一応、職員専用ではあるけれど、エレベーターもあるのよ?許可をいただいて使わせてもらいましょうか?」



篠原先輩の言葉に、私は顔を引きつらせる。


(・・・この学校、エレベーターがあるの・・・?)


私の記憶が確かならば…今まで通ってきた学校にも、知っている学校にも、エレベーターなんて無かった…筈…。



「あ!いいえ!いいです!階段くらい平気です!」

「でも…私達が普段勉強をする教室は5階や6階にあるのよ?」


篠原先輩の言葉に、私は顔を引きつらせる。


(・・・この学校、何階まであるの・・・?)


私の記憶が確かならば…今まで通ってきた学校も、知っている学校は…3階か4階くらいだったと思う。



「この学校は…外部の人からは、学校というよりも会社みたいだってよく言われていたわ。」

「会社・・・?」


「ええ…私も中学からこの学校に入って、ビックリする事ばかりだったもの。

まず、生徒の教室が上にあるのは、この階段の上り下りで生徒の運動不足解消させる為、らしいわ。本当かどうか解らないけれど。

でも、2階から4階までは様々な教室があるの。

必修のダンスレッスンのスタジオや茶道の為のお茶室、調理実習のキッチンルームなんかは、凄いわよ。」


「ダンス…茶室?キッチンルーム!?」


信じられない!という驚きと何ソレ楽しそう!という好奇心が入り混じって、思わずテンションが上がってしまう。


「そうそう、皆驚くの。最初は、ね。

ウチの学校は、経験する事や資格取得に重点を置いているから、何かと実習に使う教室は数多く用意されているのよ。」


「実習…!」


なんて素敵な響き!


「実習は面白いわよ。実習に関しては、生徒は好きな実習を選んで、好きなだけ出来るんだから。」


普通の女子高校生生活に加えて、実習だなんて!

ああ、お姉ちゃんに今すぐ話したい事ばかり!


「あの、ちなみに先輩は、何の実習を?」

「私?私は…色々やったけれど、好きなのは…野菜作りかな?」

「野菜?」

「ここでは、庭での野菜作りの他に、特別実習室で光と水だけで栽培する野菜もあってね。

学食で出るレタスはそれが多いのよ。」

「へえ〜!光と水だけですか!」


この学校、結構お金がかかる設備が多いんだな、と思う反面、興味はぐんぐん出てくる。


「私、あの部屋が一番落ち着くの。光と水の音、青々と育つ葉がとても綺麗で…。」

「見てみたい!というか、やってみたいです!」

「うふふ、まあ、後は…通学してみてのお楽しみね。」


篠原先輩はそう言って、階段に足をかけた。

私は手を引かれるまま、篠原先輩と一緒に階段を上がった。


篠原先輩は、私を気遣うようにゆっくりゆっくり階段を上がってくれた。



しかし、5階ともなるといよいよ疲れてきた…。

篠原先輩は、少し休みましょうか?と足を止めてくれた。

他の新入生もゼーハー息を切らせながら階段を上っていく。

対して、上級生は慣れたように階段を上がり、下級生を励ましている。


(・・・これが、慣れ、なのね・・・ッ!)



私達は、どんどん後ろから抜かされていった。

なんだか申し訳なくなってきたのだが篠原先輩は、別に慌てなくていいわ、とニッコリ笑ってくれた。


先輩の言葉に甘えて手すりに寄りかかり息を整えていると、5階を歩く上級生達の会話が聞こえてきた。



「で…インタビュー答えちゃダメって言われてたのに、3組の子答えちゃって、それで呼び出しだって。」

「やだ…一体何を喋ったの?優等生でいい子でしたって言っただけなら、御咎め無しでしょ?」

「いや、死んじゃったのが、あの生徒会副会長だからねぇ…。」



どうやら今朝のニュースで見た、この学校の女子生徒が死んだって話と関係があるようだ。



「優秀さと善で構成されているような理想的な学生だった訳だし?彼女を悪く言おうものなら大人達からバッシングされちゃうよね。」


死んだ女子生徒は、相当な優等生だったみたい。


「それか…少し前に噂になったアレでも話しちゃったんじゃない?」

「あぁー…なるほどね…それはヤバいかも。」



(・・・”アレ”?)


これは、新入生の私が聞いてはいけない話なんじゃないか、と私は篠原先輩をちらりと見た。


篠原先輩は少し強張ったような顔をしていた。


(…先輩…?)


聞きたくない話を聞いてしまった、という顔。

先輩は、私の視線に気が付くとまた笑った。・・・というより、無理して笑顔を作った感じだ。



「ああ、ごめんなさい…貴女達にとっては、一度しかない入学式なのに…こんな騒ぎ…。」

「い、いいえ!篠原先輩が謝ることじゃ無いじゃないですか…。」


「そう……そう、よね…。ごめんなさい、変な事言って。」


まるで、自分に言い聞かせるように先輩はそう呟いて笑った。

もしかして、先輩と死んでしまった生徒は知り合い…もっと言えば、友達だったのかな、と私は思った。


「先輩、大丈夫、ですか?」


思わず、そう聞いてしまった。

すると、先輩は私の目をジッと見つめた。


会話の中に不思議な間が生まれ、私は何か先輩の気に障ることを口にしてしまったのでは、と内心焦った。

ぽつりと篠原先輩は私を呼んだ。



「ねえ…高見さん…。」


「はい?」


「…貴女は、何色が好き?」



先輩からの突然の質問に私は困惑した。



「え?色、ですか?」


こくん、と頷く先輩の目はすごく真剣だった。


単純な質問なのに、何故か私は答えに困った。


さっきまでの話題を逸らす為の何気ない世間話、だろうか?

それとも、先程の話とこの質問の答えが関係あるのだろうか?

素直に答えて良いのか?


疑問でいっぱいの顔をしている私を見て、篠原先輩は首を横に振りながら笑って謝ってきた。


「ごめんなさい、いきなりこんな話振って…乱暴だったわね?」

「あ、いいえ!行きましょうか!」


そう言って、私は自ら足を上げて階段を上った。



「高見さんの教室は、ここね。」

「ありがとうございます。篠原先輩。」


私は篠原先輩にお辞儀をした。


顔を上げて、私は先輩に言った。


「あの、先輩!さっきの答えですけど!」

「ん?」


「私、虹色が好きです。」

「え?」


「ごめんなさい、一色には決められませんでした。この世には色んな色で溢れてて、私どの色も好きなので。

だから、欲張って7色の虹色で!」


それを聞くと、先輩は目を丸くして驚いたように私を見て、やがて脱力したようににっこりと笑ってくれた。


「ありがとう、貴女に聞いて良かったわ。」


「そ、そうですか?」

(この強欲!ってツッコミを期待していたのに…。)


でも、先輩が嬉しそうにしていてくれるなら、いいか、と私は教室の入り口に向かった。

私が教室にきちんと入るまで、篠原先輩はニコニコしながら手を振って見守ってくれた。


教室に入ると、上級生から解放された感でいっぱいの同級生達でいっぱいだった。

念入りに掃除されたようで、教室の机や床はピカピカで、後ろのロッカーにはクラスメイトの名前が出席番号順につけられていた。

前後の黒板には入学おめでとう!とチョークで大きく描かれ、所々に可愛い動物やキャラクターのイラストが描かれていた。

黒板に輪飾りなど飾り付けてある割に、綺麗な机に広々した印象を受ける教室。



(確か席は…出席番号順…あいうえお順だったよね…。)


入学前に配られた冊子と生徒手帳に出席番号は書かれていた。



さすが女子というべきか。

もうグループが作られてて、窓際では大盛り上がりのグループがいた。


「いやーさっきの先輩には参ったわー!全然違う所連れて行かれる所でさー!」

「天然系?ウケるねー!私の先輩はあんまり喋んなかった。」

「でもさ、めっちゃ緊張したよねー!私の先輩は、いちいちボケてくるんだけど、そんなツッコミなんて入れられないでしょ!」

「言えてる!ていうか、この学校めっちゃ階段上らせるよね〜痩せそう!あははは!」


いかにも明るくて社交的な女の子中心のグループって感じ。

話題が統一されていないけれど、多分このグループがこのクラスを元気に引っ張って行きそうな気がする。

・・・元気すぎて、私の体力がついていかないような気がする。


(だからって…)


自分の席に着くと、隣の席で女の子達3,4人が小声で話しては、くすくすと笑っていた。

周りに聞こえないようにっていうのが、なんとも…。

そして、隣に座った私をちらっと見て、目が合うと再び顔を寄せ合って小声で話を始めた。

その笑い方がなんとなく嘲笑に近くて…どうにも嫌な感じだった。あくまでも私個人の感じ方だけど。


(うーん…こっちのグループも入りにくいなぁ…。)


入りにくいというより、もうグループに誰も入れるつもりはないのよオーラ全開だ。



(…しばらくは様子を見つつ、クラスに溶け込んで…ちゃんと友達を作ろうっと。)


早く馴染みたい、とは思えど…久々の学校生活だ。

失敗したくない気持ちの方が強くなってきた。

お姉ちゃんみたいに人嫌いだからって開き直ろうにも、私の身体はまだ誰かの助けがいる身体だ。

ここは病院ではない。仕事だからと助けてくれた人がいない。

誰かの厚意が必要だし、誰かが傍にいた方が楽しいに決まっている。

だからあの頃のように、下手に周囲に壁を作ってしまいたくない。



(・・・とはいえ、このままじゃ・・・余り者になってしまいそうだ・・・。)


はぐれ者になってしまったら、と思うとそれはそれで悲しい。

こんなに希望に溢れた素敵な学校なのだから、普通に友達と過ごせたら、それだけで幸せなはずだ。

クラスの人気者でなくてもいい。別に派手でなくていい。元気はそこそこでいい。落ち着いていて、私に少しでも合わせてくれそうな優しい人。

…ああ、まさに篠原先輩みたいな人が友達だったら、と思う。



(って、結婚相手探してるんじゃないんだからッ!友達よ!あくまで理想!)



すると、私に耳に大声が飛び込んできた。




「はあ!?自分称が僕なんておかしいって言ってるだけでしょう!?直そうとか思わないの!?」

「おかしいと感じるのは、あくまで先輩の感覚でしょう?ボクにとってはボクをボクと言うのは常識。」


「何よ!その言い草ッ!上級生に対して、なんなの!?」

「上も下も無い。ボクはボクだ。喧嘩するなら買うよ?」


「チッ!この中二病…!さっきから格好つけた喋り方も、その包帯もキモイんだよ!」

「…なんとでも言ってよ。ボクは自分を曲げたりしないだけ。」


廊下から聞こえる声は、私のクラスの入り口付近で交わされているものだった。


(な、なんなの!?この会話・・・!)


「なんか痛々しい会話…。」


隣の小声ヒソヒソグループからそんな言葉と笑い声が聞こえた。



妙に好戦的かつ、自分を保っている意識高めっていうか…。

要らない所でトラブルになりそう。



・・・あれ?でも、なんだかどっかの誰かに似ているような・・・?



「あ、入ってきた。」


教室の後ろの扉から、自分称がボクの女の子が入ってきた。

ボーイッシュな子かと思ったら、ロングヘアーの女の子だった。

前髪がすごく長くて、顔の右側が少し隠れていて…右手首に包帯が巻かれている。

左目は周囲の人を睨むように細められていて、自分に近付くなと言いたげ雰囲気を出していた。

周囲は、彼女をすぐに異端者だと認識した。



「うわ…中二病の見本みたいなの入ってきたわ…」

「あれ、多分自分で巻いてるのよ。カッコいいと思って。」

「もしくはリスカじゃない?」

「うわーメンヘラ?」


そう言って、くすくすと隣の子達が笑った。

ボクっ子は、真っ直ぐ私の席の方へ歩いてきて、私の隣に座った。


(…あ、やっぱり。)


しばらくボクっ子を見ていた私は、思い切って声を掛けた。


「おはよう。」


まずは挨拶。


「…おはよう。」


てっきり無視されるかと思ったが、素直に彼女は挨拶を仕返してくれた。


「あの…手首の固定してるの?」


おそるおそるそう聞いてみると、彼女は少し驚いたように答えた。


「…そう、だけど…。」

「骨折?捻挫?」


「…亀裂骨折。」


私には、すぐ解った。

手首の包帯の巻き方は綺麗だし、第一、ドアを開けて閉める動作、椅子を引く動作…動かし方がぎこちなさ過ぎる。

だから、あの子、本当に怪我をしているんだって。


「ああ…じゃあ大変だね。動かしにくいでしょう?」


私がそう言うと、ボクっ子は少し溜息をついて口を開いてくれた。


「…そうなんだ。さっきの人、手を握ろうと、よりにもよってこっちの手を握ろうとするんだもの。

だから繋ぎたくないって言ったんだ。それが気に入らなかったのか、ボクのアイデンティティまで否定したんだ。」



ああ、だから険悪な雰囲気になってしまったのね、と私は納得した。



「でも、そっちの手は?」


違う方の手を繋げばよかったんじゃない、という意味合いの言葉を言ったのだが、彼女は首を横に振った。


「ていうか、ボクは手を繋ぐ必要性がないと思うんだ。子供じゃあるまいし。それに、あの人…」


「ん?」


「すっごい手汗でね。びちゃびちゃしてたんだよ。包帯が水分を吸ってしまうだろ?」


それは、妙に説得力があった。

ありすぎて、私は思わず笑ってしまった。


「ぷっ…あっはっはっは!!」



「…ボク、氷室 琴深(ひむろ ことみ)。琴って呼んで。よろしく。」


そう言って、琴は手を差し出した。


「私、高見 蒼…あ、手汗…。」


私は思わず手を制服で拭った。


「あはは、いいよ。」と琴は私の手を掴んで握手した。


「やっぱり。高見さんの手はサラサラしてる。」

「えへへ…。」







琴は、個性が強めだけれど、こうやって話してみると悪い人ではなさそうだ。


(ああ、良かった…まずは友達一人目ができ…。)




「あーん☆大〜変☆」


黄色い声、というべきか、ピンク色っていうか…なんというべきか。



「こーんな素敵な学校な上にぃ、こぉんなお姉様に案内されてぇ〜☆エーコ、恐縮でぇす☆」

「そう、良かった・・・わね・・・。」



・・・お姉ちゃん風に言うと”頭イッちゃってる系”の声だ・・・。

ブリっ子風の声が甲高く廊下に響く。



ああ・・・どうしよう・・・気付いてしまった・・・。

私の後ろの席が空いていることに・・・!


もしかして、あの子が・・・私の後ろの席に・・・!?

いやいやそんなに嫌、ではな・・・いや、やっぱり嫌ッ!ああいう系、私苦手ッ!!




「ではでは、津久井 瑛子(つくい えいこ)教室に入らせていただきまぁす☆」






嗚呼 やっぱり タ行か―――ッ!!(泣)








私は、心の中でがっくりと膝をついて地面を叩いた。




「すごい甲高い声だな…林●パー子みたい。」

「うん…そうだね…。」


どうしよう・・・どんな子なのか、大体想像付くんだけど・・・。

あんまりにも突拍子もないビジュアルだったら・・・琴みたいに話しかけられそうもない・・・!



「おっはようございまーす☆」




・・・・・・・・。




元気の良い挨拶の後に・・・しんと静まり返る教室・・・。




私はおそるおそる振り返る。


ぴょこぴょこと上下に揺れるツインテール。

その髪飾りに黄色と緑の星がついていて、飾り自体は可愛いのだけれど…完全に制服と合っていないッ!!


(なんだろう…なんていうか…一言で言うとただ残念、というか。)


津久井さんは目が大きくて鼻も高くて顔のパーツのバランスも良く、なにより笑顔が可愛いかった。


確かに、可愛い・・・んだけど・・・。

そのビジュアルで、その路線は完全に間違っているぞ、と言いたくなってしまう。

身長だって低くないし、足はすらっとしている典型的な美人なのだ。

残念なのは、美人なのに・・・思いっきり子供っぽい声と仕草だって事。


高身長の美人、だからこそ…あんまりにも子供っぽすぎると不釣合いな印象を受けてしまうのだ。



「きゃはっ☆あそこが私の席ね〜☆」


そう言って、私の後ろの席に近付いてくる。

この口調…元々、なのだろうか…。それとも、ワザと?

とにかく、その…個性の爆弾が私の真後ろに座ろうとしている…!


(で、でも…!話してみなきゃわからない事だってあるもの!うん!)


そう必死に自分を鼓舞してみるものの、津久井さんの可愛い笑顔に何故か恐怖を抱いている自分がいた。



そして、津久井さんが椅子をつかんだ瞬間、耳から星が…いや、星型の耳飾りが落ちた。




「…うわぁ…キモッ…。」



隣のヒソヒソ軍団からそんな声が漏れた。

それが静まり返る教室にくっきりと響いてしまった。



にっこり笑顔のまま、津久井さんは椅子にお尻をつける寸前でぴたっと止まった。

それと同時に私の足元に黄色い星がこつんとぶつかった。



津久井さんは中腰姿勢のまま、ニッコリ笑顔を…キモッと言ったであろう生徒の方へ向けた。



「・・・・・・。」

「・・・・・・。」



重い沈黙。


津久井さんが、黙ったままニッコリ笑顔で見つめ続ける。


「…な、何?なんか文句でもあるの?ニヤニヤして気持ち悪いんだけど!コッチ見ないでもらえる!?」


沈黙に耐え切れなかったのか、キモッと言った生徒が開き直ってそう言った。



――― ヤバイ!



私は、瞬時にそれを悟った。

爆弾の導火線に火が付いたような感覚。


私はすぐに席を立って、振り向いた。

振り向いた所で、どうするつもり?

やめてって二人の間に立つ?それとも…!

こんな初日から、クラスの問題に巻き込まれたら…友達つくりも何もあったもんじゃない…!


とりあえず、喧嘩しないように間に立とう、とした瞬間。

私は、津久井さんを見てしまった。




口を開きかけた津久井さんの目がジワリと怒りを含んだ物に変わろうとしていた。

いや、既に…変わっていた、というべきか。







「テメエの狭ぇ視界に入っただけでガタガタぬかしてんじゃねえよ。目ぇ潰すぞコラァ。」







ド低音の脅しボイスが、くっきりと教室に響き、静まり返る教室。

思った以上の迫力。予想斜め上の脅し文句。



「あ・・・あぁ・・・!」




嗚呼、間違いない…。



私の後ろの席の人は…








問題児だああああ!(泣)








(…お姉ちゃん…助けて…!)



私の楽しい学園生活が…もはや、赤信号…大ピンチですッ!!!



「テメエが私にどう思おうとその感覚は否定しねえよ。

だけどさ、お前が自分の感覚を軽々しく口にして、私を否定するなら…話は別だ。」



(ああ、まあ…確かに。)


すごい個性に圧倒されて、思わず口にしちゃった、というのも…解らないでもないけれど…。

キモイなんて言葉、本人に聞かせるべきじゃない。

思うのは自由だ。

でも、本人の目の前で本人を傷つけるような言葉を発してしまったら、当然当事者は怒るか悲しむ。



「オメー…キモイとか軽く言っても、私が何もしないと思ってただろ?

言った所で周りもきっと合わせてくれるし、味方は多いだろうし、上手くすれば私を笑い者にして楽しめるとか軽く考えただろ?

・・・そういうの、マジで、許せねぇんだよな・・・。」


そう言う津久井さんの声には完全に怒りが含まれている。


ど、どうしよう!?この空気…!!


緊迫し静まり返る教室。

立ち上がったものの、私は何も動けないし、何も言えなかった。



「は、はあ?言いがかりはやめてよ!そこまで言ってないし!」


「ちょっと言われた位でそこまで考える方がバカってか?

他人に考えさせるような軽口を叩いたのは、テメエだろ?言葉に責任持てよ。

殴られても文句言えないんだよ。覚悟、できるんだろ?」


そう言って、津久井さんは女子生徒の襟を掴もうとした。



(あ!ダメ!暴力はダメ!!)


そう思った瞬間、私は津久井さんの手に触れていた。


「・・・あ?なんだテメー。」


「あ・・・!」



どうしよう…咄嗟に、とはいえ…止めに入っちゃった!!

私、喧嘩なんか出来ない…!言い争いですら、無理…!


「…そんな青白い顔と爪楊枝みたいな腕で、何が出来るの?」


津久井さんが私を睨む。

何が出来るのか、私にだって解らない。

だけど、ここで誰かが止めなければ、という思いでしか動いていないのだ。

これ以上は、第三者が介入して話し合わなければ、不毛な殴り合いになってしまうだろう。


だから、津久井さんの手を握る。



「津久井さん…私、高見蒼です…ッ!」



この場面で、トンチンカンな自己紹介をしているのは重々承知している。


「あの…やめましょう…ね?」

「・・・・・・・。」


津久井さんが黙って私を見つめた。

先程のようにニコニコもせず、怒りも感じられない。


(…いけ…る?)


縛られたように緊張する胸、その縄の内側でドクンドクンと心臓が動いているような苦しさの中、止まってくれるかも、という希望が出てくる。


「やめろって…。この星屑女から突っ掛かってきたんですけど?」


出てきた希望が引っ込んだ。



「先に口出したのは、テメエじゃん。ブス。」


半笑いだが、私を冷たく見る二人。

どうあっても、喧嘩はやめてくれそうにない。



(…ああ…具合悪くなってきた…。)


今朝から、緊張して興奮して、運動もして、ドキドキしすぎたせいもあるんだろうけれど…。

胸が…体が重い…。


「あ…だから…」


小さいヒソヒソ声が耳に届く。


「仲裁になってないじゃん。」

「むしろ悪化してる。」

「”偽善”で動くからこうなるんでしょ…。」

「良いカッコしようとしゃしゃり出るから。」



グサグサと刺さる、無関係な場所からの人の言葉。



(苦しい…。)




私の言葉で止まってくれるか、それだって確信を持ってやっている訳じゃなかった。

悪化してしまった。

私が中途半端に絡んでしまったせい?もっと言葉を選べば良かったのか?それとも、他に良いやり方があったのだろうか?


わからなかった。


とにかく…動かないと、始まらないと思った。

それが…偽善、だったのだろうか。



私は、新しい生活を始める。

それなのに、初日からどうしてこんな事になってしまったのだろう。


ああ・・・お姉ちゃん、私はどうしたらいいの・・・?



ふと、廊下から”ドタドタ”という足音が聞こえてくる。

”キュキュッ”という上履きのゴムと廊下の床の摩擦音と「うわわっと!あっぶね!あはは!」という独り言?・・・やけに騒々しい。




やがて。



ドアが勢いよく開かれ、勢い余って跳ね返りドアが戻ったのをパシッと掴む手が見えた。



「おっはよーございまーす!!」




「「「「・・・・・・・・。」」」」



皆、思ったはずだ。




((((…うるせー。)))) ・・・と。




元気がいい、というか…大声っていうか…何かが振り切れてるような声と共に教室に入ってきたのが一人。

寝癖が少しついていて、今この状況下では眩しくて、不釣合いなくらいの元気いっぱいの笑顔の女の子。



「ふう、セーフセーフ!始業式から遅刻なんて、ヤバイもんね。」


そう言いながら、先程までの険悪な空気をものともせず、歩いていく女の子。


(ん・・・?)

私は、少し違和感を覚えつつ、彼女を見ていた。

やがてチラチラと私達の事を見ながら歩いてきた、彼女はぴたっと立ち止まり、不思議そうな顔をして私と津久井さんを見た。


「あれ?…どうしたの?」



この時、皆は思っただろう。


(((どうしたの?じゃねえよ…!)))




「あ、あたし〜佐泉 志麻(さいずみ しま)。よっろしくね〜♪」


能天気な笑顔と八重歯を見せながら、佐泉さんは笑って挨拶をした。




この時、皆は思っただろう。


(((気にしておいて、軽い自己紹介してんじゃねえよ…!)))




「あ・・・よ、よろしく・・・。」


とりあえず、私は佐泉さんに挨拶を仕返した。


(佐泉…サ行…。)



ふと。

私の前の席が空いている事に気付く。

というか・・・気付いてしまった!




(まさか…嘘でしょ…?)





…神様…!




「あ、ココだココ。」


佐泉さんはあっさりと私の予感の的を射抜いて、私の前の席に座った。



そして「あーお腹すいた〜」とか大きめの独り言を呟いたかと思えば…机の上でお弁当を広げ始めた。

教室にうっすらとウィンナーと卵焼きのニオイが広がる。





「あ〜美味いッ!」





「・・・・・・・・・・。」





この時、皆はツッコんだに違いない。


(((弁当食ってんじゃねーよ!!))) と。





どうやら、佐泉さんはかなりのマイペースらしい。

人目を気にしないというか。

本当に美味しそうに…でも、バクバクと入学式前に弁当を食べるなんて…なんて緊張感が無いんだろう!



(普通は…あ!)


そこで、私はふと我に返る。


なにも彼女達を”普通に”という括りに縛る事は、ないのだ。

胸が縛られていたような感覚がふっと消えていく。




(あぁ、そっか…。)






『蒼、染まるんじゃないわよ。』






そう、お姉ちゃんに常日頃からそう言われている私。


周囲がどう思うのかを気にしすぎて萎縮してなんていられない。

琴のようにアイデンティティだと主張し、津久井さんのように外面にソレを押し出し、佐泉さんみたいに我が道を歩む。


確かに協調性は大事だ。


だけど、協調性を揃える前に、周囲をよく知らなければ、合わせる事も出来ないじゃない。

私が知っていかなきゃ。

それに、周りにも私を知ってもらわなくちゃ。


今の私には、その為の一歩が足りない。



私は自分の足元に落ちていた星の耳飾りを津久井さんに握らせながら言った。



「津久井さん…今は止めよう?せっかくの入学式なんだもの。」


そう言うと、ジッと見ていた津久井さんは先程までのとはまるで違う、自然な笑みを浮かべて言った。


「…アンタ、良い人ね。」


そう言って、津久井さんは耳飾りをつけた。


真正面から言われると、なんとも照れてしまう。

佐泉さんの弁当で、空気も緩んできて…安心した矢先。


「い、いやいや………う…。」



安心したのが、悪かったのか…急に、苦しくなってきた。



「…どうしたの?蒼?」

「高見さん?」

「ん?どうしたの、後ろの人…お腹すいてるの?」



3人の個性の塊の声が遠くなって、教室の天井が回って見える。



「ちが・・・ぁ・・・。」





(・・・ヤバイ・・・コレ、倒れる・・・。)





ああ、折角の入学式なのに…式の前に、倒れる、とか…。

そこから、意識はブラックアウト。




遠くで私を呼ぶ声が聞こえて、その後…私は…何故か廊下を飛んで移動するような夢をうっすらと見た。








『…おいおーい、大丈夫かぁ?まだ一話だぞー!私の出番がなくなるぞー。』


何か、声が聞こえた。



(・・・わからない・・・。)と私は答える。



『ま、声掛けただけだ。なあ、それより…願い事は決まったか?決まったら言えよ?』



(・・・言った所で・・・どうなるの?)と私は言った。



『だから、叶えるって言ってんじゃないか。』



(叶えるって…神様でもないのに?)と私は笑った。

私は、姿の見えない話し相手の正体を知っていた。



『そうさ。私は、神様じゃないから、人間の願いを叶えられるんだ。』


(…へ〜…。)



『少しは興味持て。…ま、人である限り、本気で願いを叶えたい時は必ず来るだろうな。』



私は、薄れゆく意識の中、そんな会話をしていた。

起きているのか、寝ているのか、よくわからない…何も無い世界で。






「・・・はっ。」







起き上がった瞬間、眩しい光が顔に浴びせられ、私は咄嗟に目を閉じた。


「んッ!?」


目を開けると、目の前にはお姉ちゃんが呆れたような顔でカメラを構えたまま、ベッドの端に座っていた。


「全く…初日からブッ倒れるとか…どんだけ、はしゃいでんのよ、アンタは。」

「お、お姉ちゃん!?」


きょろきょろと見回すと、ピンク色のカーテンに囲まれた白いベッドの上だった。


「こ、ここは!?にゅ、入学式は!?」


私はお姉ちゃんのスーツの袖を掴みながら、聞いた。

お姉ちゃんは冷静にチラリと腕時計を見て言った。


「式なら…ああ、さっき終わったわよ。」

「え…ええっ!?」


「あと、無理しないで休んだら帰っていいって。」

「・・・ああ・・・。」



現実を把握し、私は天井を見て両手で顔を覆った。


……嗚呼、やっちゃった……!


「後悔したって、倒れたもんはしょうがないでしょ?明日はもう少し大人しく過ごせばいいんだから。」

「そんな事言ったって…初日なのに…クラスの皆、ドン引きしたかも…。」


個性の塊3連発の後、私がばったりと倒れてしまったのだ。

クラスメイトは、このクラスは呪われている!とすら思っているんじゃないだろうか。


お姉ちゃんは、落ち込む私を頬杖をつきながら見て言った。


「アンタの身体をヤツラによく知らしめる、良い機会だと思いなさいよ。

モノもよく考えないクソガキは、アンタの身体の事もお構いなしで絡んでくるでしょうしね。」


「そんなの、私の口から話して、ゆっくり知ってもらえば良かったのに…。初日にこんな風に倒れたら、完ッ全に病弱キャラにされちゃう…!」


「既に病み上がりな上に、まだ病弱キャラなのよ?アンタは。

それに…アンタ、それ以外にも持ってるでしょうが。それが知られなかっただけでも良かったでしょ?」


後半の言葉は、流石に刺さった。


「……うん。」


刺さったし、納得せざるを得ないのだけれど、心は収まってくれない。

一度しか無い入学式なのに、私…。




「あー…もう、そんな落ち込む事無いわよ。もう忘れたフリして、明日からケロッと行きなさいよ。本人が引き摺ってんのが一番痛々しいのよ?」

「うん…。」


それでも、気は遣われるか…距離は置かれる、かなと思う。



「……。」

「……。」


ああ、本当に情けない。

意気込んで来たのに、こんなの…。


「…お姉ちゃん。」

「ん?」


掛け布団をぎゅっと握り締めていた手を、お姉ちゃんの方に伸ばす。


「泣いていい?」


お姉ちゃんはカメラを持っていた右腕をすっと挙げて、スペースを作ってくれた。


「…好きにしなさい。」


そう言われたと同時に、私はガバッとお姉ちゃんに抱きつき、顔を擦り付けて泣いた。




目をきつく閉じていると、世界は真っ黒だ。

涙で前が見えなくて、触れているお姉ちゃんの身体や匂いで、私は一人じゃないんだと確信できている。



この世界は、色で溢れている。

それに気付くまで、私の世界は昔は真っ白で。

私の世界が彩り始めたと思ったら、今度は真っ黒。




・・・最低だ。




「あーのー…。」


「!!!」



控えめな声がして顔を上げると、ピンクのカーテンの向こう側に影がチラチラと見えた。



「あの、高見さん?」

「大丈夫かなぁーって様子見に来たんですけどー。」

「もしかして、お邪魔ー?」



3人の声に聞き覚えがある。

琴に、津久井さんに、佐泉さんだ!



「どうする?その泣きっ面を整える?」


そう言って、お姉ちゃんがニヤッと笑ってハンカチを私の顔に押し付けた。

私は、そのままゴシゴシ擦ってカーテンを開けた。



「ご、ごめんなさい!お、お騒がせしました!」


そう言うと、3人は私を見てホッと安心したように私を見てから、笑顔で言った。



「「「全〜然。」」」



「心配したよ、高見さん。」と琴。

「それから、ごめんね?変に気遣いさせちゃってぇ。」と津久井さん。


「いえ、そんな…。」

「あいつ等には確かにムカっと来たけど、高見さんは止めてくれようとしたんだもの。ごめんなさい。」


私は首を横に振って、気にしないで、と言った。

すると、ヘラヘラっと笑いながら後ろ手を組んだ佐泉さんが言った。


「いや〜とにかくビックリしたよ〜。

教室にお姉さんが入ってきたと思ったら、蒼ちゃんの事、軽々抱き上げてさー。」



「なッ!?」


私は、そこで声を上げた。


「あ、私もビックリした。先生かなと思ったら、高見さんの家族だって聞いて…。」

「エーコもびっくりぃ〜☆でも、なんか凄い絵になってたし、クラスの女子それで結構沸いたよねぇ〜☆」

「なんと言っても、お姫様抱っこが得点高かったね!うんうん!」


3人はきゃっきゃっとはしゃぎながら、私が倒れてからの一連の出来事を話してくれた。




私倒れる → クラス軽くパニック → お姉ちゃん登場 → お姫様抱っこ → クラス『キマシタワー!?』




う、嘘…でしょ!?

これじゃあ…病弱キャラじゃなくて…百合キャラにされる!?



「お、お姉ちゃん…?」


私は、恐る恐る尋ねた。


「たまたま、よ。アンタに持たせる物を渡し忘れたから、教室に向かったら、アンタがぶっ倒れてたんでしょうが。」


お姉ちゃんは、あっさりと認め、なんて事はないという態度で平然としていた。



クラス全員の前で…倒れて、運ばれた…!!!




「あ・・・あああああああああ!!!!(恥)」





「うるっさいわね…また倒れるわよ?」


叫ぶ私に突っ込むお姉ちゃん。

三人は、それを見てクスクスと笑った。




すると、津久井さんが言った。


「そうそう、本来の目的を話さなきゃ☆」


「あ、そうだった!」と佐泉さん。

「そうだね。ボク達、高見さんを迎えに来たんだった。」と琴が手を差し出した。



「え?迎え?」


「ええ、高見さん!入学式やり直しましょ☆」

津久井さんは、ぶりっ子のポーズを決めながらそう言った。



「入学、式?」


「そうそう!理事長の恒例の長話はカットでさー!まだ、体育館に椅子や飾りが残ってるんだ!」と佐泉さんが言った。


「もし、具合が平気なら…行かないかい?」と琴は、気遣うようにそう聞いた。



私はチラッとお姉ちゃんを見たが、お姉ちゃんは相変わらず『好きにすればいいでしょう』という顔で見ていた。



「・・・行く!」



私はベッドから起き上がった。

3人が私の身体を支えてくれて、体育館までゆっくり付き添ってくれた。







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