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階段をゆっくり下がり、長い廊下を歩く。

この学校は見た目以上に広い。

私みたいに体力の無い人間は、苦労するかもしれない。



「本当に大丈夫?高見さん。」


氷室 琴深が声を掛けてきた。

手に巻かれていた包帯が少し解かれて、端がだらりと垂れ下がっている。

外れた訳じゃない。…多分、本人が意図してそうしているのだろう。


「あ、大丈夫。それより、ごめんなさい…私が倒れたばっかりに付き合わせちゃって。」


そう言って私は琴に笑って見せた。


まだ少しだるさが残っている身体だけど、折角の彼女達の厚意を無駄には出来ないし。

何より、私の入学式は始まってもいないのだ。


「気にしないで。ボクがそうしたいからそうするんだ。」


真っ直ぐ目で、キリッとそんな事を言うもんだから、私は思わず吹き出しそうになってしまった。

だけど、ぐっと堪えて笑ってみる。


「あ、ありがと。」


・・・琴って、ちょっとカッコをつける癖があるみたい。



「しっかし、長かったなぁ〜!理事長の話!よく毎度毎度あんなに話すネタがあるもんだよ。」


そう言ったのは先頭をズンズン歩く、佐泉 志麻。

(うーん…佐泉さんって、さっきからちょっと気になる事があるんだよね…。)


「へえ、そんなに?」と、聞き返す私の左隣を歩いていた津久井さんが答えた。


「そりゃーもう☆エーコ的にー…あのまま入学式出席してたら、どのみち蒼ちゃん倒れてた気がするの〜。」


さっき低い声でクラスメイトを脅して態度は微塵も無く。ブリブリと可愛さ(?)全開の声で津久井さんは喋っていた。

それでも不思議な事に皆、その事には触れなかった。

津久井さんのキャラに今更ツッコミは不要というか…無粋、というか。

今、私の周囲に津久井さんのキャラクター云々なんてツッコめるような人がいないせいか…。



「へえ〜・・・そんなに・・・。」


しかし、困った。

何が困ったかって。



…今、私の周囲…強個性の人しかいない…って事…ッ!(困)



「高見さんが例え、倒れてもボクが応急措置くらい出来るから。」

「あ、ありがとう…(ドヤ顔で一体何をする気なんだろう?心臓マッサージなんかされたら、死んじゃう!)」


「あーお腹空いた〜。」

「そ、そうだね…。(さっき教室入って、真っ先にお弁当食べたじゃない!)」


「エーコ的には、今スイーツの気分?例えばぁチョコビスケットでバニラクリームを挟んだようなスイーツ☆」

「あ、いいね…(それ、完全にオ●オの事だよね!?むしろ当てはまるの●レオしかないよッ!好きなの!?オレ●!!)」




ああ・・・これら、全てツッコミ入れた方がいいのかしら・・・?



久々の学校生活で、久々の年齢が近い人達とコミュニケーションを取ろうって時に…!

しかも登校初日から、折角親切にしてくれてる友達候補に、キャラ性にツッコミを入れるなんて…ッ!

そんな高等技術、私出来ない…!





・・・そういえば。


お姉ちゃんは、ガンガンツッコんでたなぁ…。



一番近い記憶で、それは数日前。



 『…で、アンタどうする気なの?やる気?』


ソファに深く腰掛けた二人は、視線を合わせる事なく話をしていた。


 『やるしかないでしょう。仕事と私生活に支障が出ない程度に。』


 『まるで、趣味みたいな言い方ね。物好きっていうか何て言うか。』


真剣な話なのか、それともどうでもいい話なのか、話が曖昧で二人にしかわからない内容なので、私には判断がつかなかった。

だけどお姉ちゃんが、終始呆れ顔だったのをよく覚えている。


 『ええ、自分でもそう思いま…あれ?もしかして心配してくれてます?』


あと…この人、こんな風に笑う人だったっけ?って違和感もあった。


 『アンタ・・・いつから、アタシに向かってそんな口叩く程偉くなった訳?自分の立場、弁えなさいよ。』


釘を刺すようにお姉ちゃんがそう言うのだが、掌をひらひらと振ってその人は立ち上がった。


 『じゃ、とりあえず何かあったらご連絡下さい。なるべく私の手で片付けますから。』


 『だからッ!人の話を聞けッ!誰がアンタなんかの心配してんだっつーの!!』



ツッコミだ。

でも、私は知っている。


そういう口調の時のお姉ちゃんは、大抵心配しているって私は、知っているのだ。




 『はいはい。ロリータロリータロリーコン。』


 『ポマードみたいにおまじない唱えてんじゃないわよッ!大体アタシはロリコンじゃないッ!!』



 『・・・ロリコン呼ばわりされる程、周りに目は配っておくべきですよ、火鳥さん。』



その一言にお姉ちゃんが天が割れるほど叫んでツッコミを入れるだろう、と思ったのだが、お姉ちゃんは黙ったまま再びソファに座った。



『本当に、アンタと会うとロクな事にならないわね…』と小声でお姉ちゃんが呟いた。




(…そういえば、お姉ちゃんのツッコミばっかりで、全然あの人はツッコまなかったな。)



なんだか、らしくないっていうか。

まるで、別人のようだった…。





「…さん?高見さん、大丈夫?」


「・・・はっ!」



いけない。

ツッコミについて考え込んでいたら、ぼうっとしちゃった…!

えーと、ツッコミについては保留だ!

 ※注 このSSで、主人公にツッコミ役は一切求められていません。



「どうしたのぉ?ぼうっとしちゃって・・・あ、やっぱりやめとく?エーコ、心配☆」

津久井さんは心配と口にしつつ、全く心配の様子がないニコニコ笑顔でそう言った。



「んー…明日から登校だしねぇ。多分説明やら自己紹介ばっかりだし、無理しない方がいいんじゃない?」

そう言って、佐泉さんはやんわりと私の心配をしてくれた。


だけど。

私は入学式を終えていない。



「いやっ!全然!平気!!」


そう言って、足を踏み出す。

これから、こうやって一歩ずつ自分で歩いて行かなきゃいけないんだから。


入学式の会場こと、体育館の入り口が見えた。

紅白の幕がチラリと見えたかと思うと、人影が一人体育館から出てきた。


「・・・あら?」

「あ!」


人影と目が合い、私は声を出した。


「篠原先輩!」


私を案内してくれた上級生のお姉さんだ。

篠原先輩は、両手に大きな花束を抱えていたが私達に気付くとニッコリと笑ってくれた。


「あら、高見さん!…あれ?そういえば、貴女さっき式にいなかったわね?」


そう言うなり先輩は、私の顔色をじっと心配そうに見た。


「あぁ…じ、実は〜…倒れちゃって〜…。あはは…ホント病弱ですみません…あはは…」


苦笑いで誤魔化そうとしたのだが、先輩の顔が一気に曇ったのを見てヤバイと思った。


「こんな所にいるより、早く帰宅してすぐに休んだ方がいいんじゃないかしら?」

「え、えーと…まあ…大丈夫かな〜と…。」


しどろもどろになる私だったが、入学式気分だけでもって意志はまだ捨ててはいない。


「…あの!」


しかし、ヤバイと思ったのは、私だけじゃなかったらしい。


「先輩、高見さんはまだ入学式やってないんです。だから…!」

「体育館、もう入っちゃダメなんですかぁ?少しでいいんですゥ〜☆」

「まだ片付ける時間じゃないでしょ!?確か、明日の筈…!」


クラスメイト3人が篠原先輩に詰め寄る。

先輩はちらちらっと私と3人を交互に見ると、少し安心したようににこりと笑った。


「そう…そういう事ね、いいわ。少しだけよ?」

そう言って、先輩は片手で入り口へどうぞと通してくれた。



「あ、ありがとうございます!篠原先輩!」

「…いい友達出来て良かったわね?」


篠原先輩は私にだけ聞こえるような小声で囁いた。

私は何も言わずこくんと頷いた。



誰もいない体育館。


カーテンから差し込む光が紅白の幕を照らしていた。

綺麗にぎっしりと並べられた多くのパイプ椅子が生徒数を物語る。



「ひゃっはー!無人の体育館だー!!」

叫びながら佐泉さんが走っていく。


「やっだぁ☆ここでコンサートしたら素敵〜!!」

アイドル願望でもあるのか、津久井さんがステージを撫でた。


「うん…ボクは無人の方が静寂に満ちてて好きだ。落ち着く。」

パイプ椅子に足を組んで座りながら琴がにやりと笑っていた。



・・・私は・・・私より、はしゃぐクラスメイトを私は呆然と見ていた。



「「ひゃっほー☆」」

「静寂の音…故郷の安らぎ…。」



なんだろう・・・この温度差・・・。



「・・・・・・。」

「い、いい友達・・・出来て・・・良かった、わね?」



二回目の篠原先輩の言葉に、ハイとも言えないし、こくりとも頷けない。


…私の学校生活、こんな強い面子で大丈夫なの!?


その後、3人と一緒に座り、篠原先輩が理事長役をしてくれた。



「1年6組、高見蒼。」

「はいっ!」


席から立ち上がる。



「入学おめでとう。ようこそ、百之瀬学園高等部へ。」


「ありがとうございます。」


クラスメイト3人からの拍手を受けながら、私は満足感で鼻の穴が思わず膨らんだ。


百之瀬学園。

通称:モモ学。可愛い略称の女子高だ。


私の通う学校生活が、ようやく始まった。


「良かった☆良かった☆エーコ的に、これで貸し借り無しって感じ☆」

(・・・一応、借りを作ったとは思ってくれてたんだ・・・別にいいけど。)


「そうだね。高見さんの入学式もちゃんとできたし。」

「ありがとう、みんな。」




「あー…なんか、まだいる…。」


やはり私達よりも先にスタスタ歩いていく佐泉さんが、そんな声を上げた。


「「「え?」」」


窓の外を見ると、ウロウロしている大人達の姿が見えた。

保護者じゃないかなと思ったが、どうもそんな風には見えない。


「・・・マスコミ関係者ね。迷惑な人達・・・みんな、早く帰りましょう。」

そう言いながら、篠原先輩は窓の外を睨むように見ていた。



教室に戻ると、もう誰もいなかった。

スマートフォンがブルブルと振動したので、画面を見る。

お姉ちゃんからのメールだった。


『車で待ってる。』


淡白かつ的確で短い文章。

先生が持って帰れと配ったプリント類を持って、玄関まで歩く。


玄関で靴を履き替えていると「あ、蒼ちゃんの靴チョー可愛い☆」と津久井さんがそう言った。

さり気無く、名前呼び。それだけなのに、ちょっとだけテンションが上がってしまう。


しかし、津久井さんの赤いショートブーツも可愛い。制服には浮くかなと思ったが、津久井さんが履くとしっくりくるから不思議。


「ありがとう。津久井さんも…」

「エーコって呼んでいいんだヨ☆皆も☆」


ははっと全員苦笑しながら、わかったと頷いた。

それじゃあまた明日ね、と挨拶をしようと思った矢先。



「…あ。」



先程まで一緒だった篠原先輩が、スーツ姿の女性と話しているのが見えた。


一言二言話しては篠原先輩は前に進もうとするのだが、女性が先を塞ぐように先回り話しかける。

それの繰りかえし。先輩は、ちっとも前に進んでいない。


(篠原先輩のお母さん…な訳はないな…)


どう見ても親子というより、年の離れた姉妹。


(もしかして・・・マスコミ関係者?)


妙な胸騒ぎがして自然と足が、前に出た。

今朝のエーコとクラスメイトのゴタゴタに介入した時の反省なんか頭からは吹っ飛んでいた。

篠原先輩が困っている。なら、助けなきゃ。



「・・・いい加減にして下さい。人を呼びますよ。」

「これからのモモ学の女子生徒、みんなの問題になるかもしれないのに、君はそんな無関心を貫くの?」


「・・・・・・。」

「君の大事な友達…いや、大切な人が事件に巻き込まれたのに、どうにかしたいって思うでしょ?」


「…それなら、益々あなたに何も話す事はありませんよね。」


篠原先輩の語気がどんどん強くなる。

しかし、マスコミのお姉さんはゆるいパーマのかかったミディアムボブの髪をいじりながら、笑顔を崩さず話を続ける。


「ねえ、何か聞いてないの?最近…見た事ない人、お金持ちっぽい女の人と話していたとか。」

「知りませんし、知っていても教えませんから。」


取材相手に素っ気無い態度なんか四六時中取られてて、もうこんなの慣れっこですって態度丸出し。

篠原先輩の拒絶の言葉を流しては質問を投げつける。


「その女が桜井さんを殺したのだとしても?」

「・・・!」


”サクライさん”という名前で、先輩の顔色が明らかに変わった。


「その女が、桜井さんの死を偽装し隠蔽しようとしていたのだとしても、それを許してしまうの?」

「…あくまで可能性の話ですよね?」


このマスコミ…上手く先輩を煽って、視線を徐々に自分に向けさせている。


「その可能性を握っているのが、桜井さんと親しい関係だった君になる訳なんだよね、篠原さん?」

「い、いい加減にしてくださいッ!私は・・・ッ!!」


「誤解しないで。私が言いたいのはね、思春期にはよくある事だし、私は別にソレを取り上げようと思ってはいないのよ。

ただ、品行方正の優等生の桜井さんが君との間に何かがあって、桜井さんが大人の女性との深い関係に足を踏み入れたんじゃないかっていう話を・・・」


「ど、どこから、そんな・・・!!」


先輩の横顔が歪み、顔色が青ざめ始めた。

私は速度を速め、先輩とマスコミ女との間に入った。



「失礼しますっ!!」


「おっと・・・!」



効き目は薄いかもしれないけれど、私は精一杯睨んだ。



「やめて下さいッ!コレは明らかな人権侵害ですッ!」

「た、高見さん!?」



「…理解して欲しいなぁ。お姉さんは、ただ真実を追求したいだけなんだよ。」

「真実の追求っていうカッコイイ名目で、自分のお腹を満たしたいだけでしょう?」

 ※注 私腹を肥やす、と言いたかった模様。



「おっとっと…さすが進学校のお嬢ちゃんだ。頭が良いわねぇ〜。」


ば・・・馬鹿にされてる・・・!!


「それに、学校内は部外者は立ち入り禁止の筈ですッ!先輩にもう話し掛けないで下さいッ!!」


「可愛い後輩ね?もしかして…桜井さんと喧嘩したって件は、この子が原因なのかな?」


「は?」


意味がわからず、私はぽかんと口を開けてしまった。



「やめて…もう、やめてッ!!」

「先輩!?」


篠原先輩が涙声で叫び、耳を塞いでうずくまった。


「篠原先輩…!」


掛ける言葉が見つからない。もしかして、また余計な事をしてしまったの…?

大声でエーコと琴がマスコミ女をなじった。



「あーあ。泣かせたー。」

「大人なのにサイテー。」



「…君達の先輩は自己の保身の為、あの事件に関する重要な話を隠しているのよ。私はそれを聞きたいだけ。」


「事件って…」


昨日の夜からやっている、この学校の制服を着た女性の腐乱死体が見つかったって話?

その事件と篠原先輩が関係あるの?


「例えあったとしても、それは警察の仕事じゃないですか!あなたが聞く必要ない!どうせ記事にするんでしょ!?」

「必要とあらば、ね?真実は大勢の人の目に晒してこそ、意味があるのよ、お嬢さん。」


「真、実?」



それは…話の流れを踏まえて聞くと、とても違和感を感じる言葉だった。



「”真実”は…真の悪に社会的制裁を与え、他の予備軍には抑止力にもなる。

ジャーナリズムは悪だと思われがちだけれど、それは全く違うのよ。真実を人に伝える仕事なの。

権力者はいつも巨大な力で大勢の人間を騙し、少数を踏みつけにして生きている…!

そんなの許しておける!?ペンは銃よりも強し!無関心こそ、悪なのよ!?」


怒涛のごとくまくし立てられて、私は言葉を失いかけた。

大人からこんなに言葉を投げつけられるのって…正直戸惑う…!


この女性の言っている事は、もしかしたら正しいのかもしれない。

そもそも、正しいか間違っているのか判断すら出来ない。


それはこうだから違う!と綺麗に否定する材料が、こちらにない。


「そ、それでも・・・!」


「ん?」



ああ、これじゃ只の感情論、かなと自分でも思う。


びしっと論理的に言えたら良いのに。

その方が篠原先輩だって、少しは…。


…ああ、今朝からずっと、私格好悪い。


お姉ちゃんみたいに、サラッとズバッと否定出来たら良いのに。

でも、今は言わなきゃ。



「それでも、貴女のやり方は篠原先輩を傷つけています!そんなの許しておけない!」

「高見さん・・・!」



「ふう・・・所詮は、子供か・・・。」


「なっ!誰が子供の爪楊枝ですってーッ!?」



「「「言ってない言ってない。」」」






 ”カツン…カツン…”とゆっくりとしたハイヒール音が私の後ろから近付いてきた。




「…ハア…通りで遅いと思ったら。」


振り返ると火鳥お姉ちゃんが立っていた。

心底面倒臭そうな顔をしている、と思ったが、私達を取り巻く状況を見る視線は鋭かった。


お姉ちゃんの纏っている空気が、いつものそれとは違っていた。

完全に目の前の敵を貫こうとする強い目の力。



「「「「「・・・・!!」」」」」


人が一人増えただけなのに、全員が息を飲んだ。


「学校関係者…ではないですね…保護者の…方ですか?」


マスコミの女の人も少々圧倒され気味だったが、すぐに持ち直した。

というよりも、お姉ちゃんに興味を持ち始めたようだ。


「この学校の制服を着た少女の死体が、発見されたのはご存知ですよね?」

「…それがどうかしたの?」


「少女の身元が判明しましたので、交友関係についてお聞きしている訳でして…聞き覚えありませんか?サクライミユキって子に最近女性が…」


マスコミの女性が死んだ女生徒の名前を口にする前に、お姉ちゃんは私の手を引いた。


「へえ、頑張ってね。蒼、行くわよ。」

「え?で、でもっ!お姉ちゃん!」


しゃがんだままの篠原先輩を放っては置けない。

私は篠原先輩をちらっと見て、もう一度お姉ちゃんを見た。

すると、お姉ちゃんは察したのか深い溜息をついた。


「そこの貴女、送ってあげるわ。ついてきなさい。」

「・・・え?」

お姉ちゃんは返事を待たずに、戸惑う篠原先輩の腕を掴んで立ち上がらせた。


「あ、ちょっと!話を聞いてもらえませんか?」

マスコミ女性がお姉ちゃんの前を素早く塞いだ。


「話なら、聞いたでしょ?」

「ええ、ですから…サクライ ミユキさんの交友関係について…」


(サクライ…ミユキ…)


篠原先輩の顔を少し見ると、やはり先輩の顔色は青ざめていた。

篠原先輩は少なくともサクライミユキを知っているんだ、と確信した。


(でも、喋りたくないんですね…。)


何はともあれ、今の私は先輩の味方だ。


・・・ちっとも、戦力になってなかったけど・・・。



「しかし、まあ呆れたわね。ジャーナリズムも語り手のレベル次第で随分と薄っぺらくなるのねぇ…。」

「はあ!?聞き捨てなりませんね?」


女性が明らかにムッとした表情でお姉ちゃんに食って掛かった。


「真実っていうのはね、人の数だけ存在する。そして、簡単に創り出せるとても曖昧なものよ。

ぼやけた真実をわかりやすく、誰もが思うような”そうであったら良い物語”に飾り立てるのが、おたくらの仕事でしょう。」


「そっそんな事…っ!」

「本当に無いって言える?被害者の生い立ちから追っかけて泣ける話にするんじゃないの?

それとも社会に問題提起?少女があんなに酷い死に方をしたのは、大人のせい?イジメのせい?自業自得?家族?」


「ちょっと待ってよ!だから、それを調べているんじゃないですか!」


「ふっ…”ペンは銃よりも強し”…”無関心こそ、悪”。」

「な、なんですか…!?」


お姉ちゃんは、マスコミの女性が口にした言葉を嘲笑しながら繰り返した。


「無関心じゃない。アンタみたいな人間の感性で創られた真実なんて、見ても無駄なだけなのよ。何様のつもりで”真実”と口にしてるの?

アンタの匙加減で決まった安い真実なんて、大勢のバカが金出して買って読んで”あらカワイソウ”と呟いて忘れて終わりよ。馬鹿馬鹿しい。」


「なっ…!」


「あんた等は良いわよね。コソコソと隠れて、銃よりも強いソレで人間を撃ち抜いて逃げて、次の標的探せば、食べていけるのだから。」


「そ、そんなの貴女が思い込んで創りあげたマスコミ像にしか過ぎないでしょうッ!?私の何を知ってるのよ!!」



マスコミ女性がカッとなって口にした言葉を待っていたかのように、お姉ちゃんはフッと笑って言った。



「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。」

「・・・っ!!」


お姉ちゃんのしてやったりの顔と台詞。

マスコミ女性は完全に黙ってしまった。


「「「おーっ!」」」


更に追い討ちを掛けるように後ろにいた3人が拍手をしながら歓声を上げた。



「行くわよ。」


「「「「はい!!」」」」


火鳥お姉ちゃんを先頭に、私達はついて行った。


私は、お姉ちゃんの後姿を見ていた。

やっぱり、お姉ちゃんは…強い。


(結局、お姉ちゃんにいつも頼ってるんだよね、私…。)



「くッ・・・あっはっはっは!サイコウッ!」

「蒼ちゃんのお姉さん、最高ね!」

「ええ、先輩、気にしない方が良いですよ。」

「そ、そうね…。」



あのまま、お姉ちゃんが来なかったら…負けていたのかな…私。

この強さが少しでも、私にあったらいいのに。


(あ・・・篠原先輩・・・。)


「・・・・・・。」

しばらくお姉ちゃんの登場に驚いていた先輩だったが、表情がまた暗くなっていった。


(気まずいって思ってるのかな…。)


篠原先輩と死んだ女生徒の関係。

知り合ったばかりの私が聞けるような話じゃないし、面白半分で聞いていい話じゃない。


気にならない訳じゃない。

篠原先輩には短い時間ながらも…親しみを感じてしまっているのだ。


(お姉ちゃん…こういう時、どうしたらいいのかな…。)


人間関係って難しい。

どこまで踏み込んでいいんだろう?

気を遣っていたら、自分がモヤモヤしてしまうジレンマ。




「あ、じゃあ私自転車だから。」と佐泉さんは駐輪場に向かっていく。

「エーコも自転車なの〜☆待ってー☆」

「私はバスだから。じゃあ、また明日ね、高見さん。」


「あ、あの!みんな!ありがとう!入学式ありがとう!こ、これからヨロシクね!!」


私がそう言うと、みんな手を振ってくれた。

篠原先輩は俯いたまま…というか、私が篠原先輩の手をしっかり掴んでいた


「あの、篠原先輩…バス、でしたっけ?」

「ええ…でも、寄る所があるから…少し、歩くわ…。」


しかし、先輩の歩く足元が少しおぼつかない。

放っておけない!


「せ、先輩!近くまで、乗っていきませんか!?さっきの人、しつこそうだし!お姉ちゃん良いよね?」


お姉ちゃんは、さっさと運転席に座ってしまった。


「どっちでも。早く乗って。」


私は、少し強引に後部座席に先輩を乗せた。

車は走り出した。景色の中にちらほらと溶け込んでいない、マスコミの人達がいた。



「・・・ごめんなさい。」

「し、篠原先輩が謝る必要ないですよ!」


そう!マスコミ関係者があんな所で聞きまわっているからッ!


「あの人の言ってる事、全部嘘じゃないから…。」

「え・・・?」


お姉ちゃんは、黙って前を向いて運転していた。


「私と桜井美雪の間にトラブルがあったのは事実なのよ。」

「先輩…。」


「私があの時、美雪の事をもっと考えてあげていたら…美雪がミラージュに出会う事は無かったもの…ッ!こんな事にならなかったのかもしれない…!」


「ミラージュ?」


名前?蜃気楼って意味だけど…何人?

正直、ダサい…とも思った。



「美雪が最近会っていた人の名前よ…。私と違って…自分を受け入れてくれる人だって…。」


(怪しい…。)


「け、警察には言ったんですか?」

「携帯電話は警察が押収している筈だから、警察は知っていたわ…。刑事さんに聞かれたもの…。」


「…間違い、無いんですか?その人が、桜井先輩の死に関係してるって…。」

「わからない…。そもそも、どうして美雪が死ななきゃいけなかったのか、わからない…っ!」


「せ、先輩…!」

落ち着かせようと声を掛けようとした私をお姉ちゃんがぴしゃりと止めた。


「蒼、もうやめなさい。」

「だ、だってお姉ちゃん!」


私の言葉を軽く流して、お姉ちゃんは先輩に話しかけた。


「貴女も今日の寄り道はしない方がいいわ。またマスコミに捕まるわよ。住所を教えて。」

「あ、いえ、そこで降ろして下さい。今日はもう…あのバス停から帰ります。」


それはダメって言おうとした私より先にお姉ちゃんは先輩に短く言った。


「”住所”を。」

「あ、あの・・・でも・・・。」


もう、お姉ちゃんたら、もっと優しく言ってあげれば甘えやすいのに。

困っている先輩に私は助け舟を出す。


「先輩、お姉ちゃんは見た目どおり超頑固者ですけど、本当は優しいんです。だから、住所言って下さい。」

「え!?」



「チッ…余計な事言ってんじゃないわよ!」

「本当の事だも〜ん。君江さんもボヤいてたよ?”ウチのお嬢様がもう少し素直になってくれたら、優しさが際立って好感度上がるのに〜”って。」


「なっ!?家政婦と一体何を話してんのよ!?」

「これからのお姉ちゃんのキャラの方向性。」

「事務所かッ!!」


さすが、お姉ちゃん。今日もツッコミは冴えまくっている!




「ぷっ・・・クスクス・・・!」



ほら、一笑い取れた。

(良かった。先輩が笑ってくれて。)



「仲が良いんですね。羨ましいです。」


と先輩はニコッと笑って、住所を教えてくれた。

篠原先輩の家は、学校から少し離れた一軒家が並ぶ住宅街にあった。

先輩の家の周辺は坂道がそこら辺にあって、ここを歩いたり自転車で走るのはキツそうだ。


「あ、ここです。」


赤い屋根の一軒家だった。玄関の脇には先輩のお母さんが野菜を育てているというプランターが置いてあった。


「ありがとうございました。…高見さんもお姉さんも、本当にありがとうございました。」


そう言って、先輩は少し寂しげに笑って手を振ってくれた。


「先輩!また明日学校で!」

私は、窓から手を出して先輩に挨拶をした。


帰り道、お姉ちゃんはまた黙っていた。


「あの・・・怒ってる?」

「別に。ただ、君江さんは怒るかもね。」

「え?なんで?遅くなったから?」

「写真、ろくに撮ってないもの。」

「あ・・・。」



凄く楽しみにしてくれてたっけ・・・。

ま・・・まあ、仕方ないよね・・・ゴメン、君江さん・・・。




「ねえ、お姉ちゃん…」

「事件にクビを突っ込もうとか考えているなら、やめときなさいよ。」


「…モロバレですかい…。でも、今日みたいにマスコミがウロウロしていると、ホント嫌。」


そういえば、とお姉ちゃんが口を開いた。


「あのマスコミ女、どうして…女だって知っていたのかしらね…。」

「え?」

「ミラージュって名前は出さなかったけれど、あのマスコミ女…性別をハッキリと口にしていたわ。」




『少女の身元が判明しましたので、交友関係についてお聞きしている訳でして…聞き覚えありませんか?サクライミユキって子に最近女性が…』




「あ、そういえば…。」

それは、このSSが百合SSだからって訳じゃないよね?

 ※注 どきっ☆(古)


考えようとする私の思考を止めるようにお姉ちゃんは言った。


「ま、関係無いけどね。」




空はもう赤く色づいていた。

夕焼けだ。




「蜃気楼(ミラージュ)か・・・」




やはりどうしても考えてしまう。

桜井先輩は、最期の時に一体何を見たんだろう。


今、私の世界は色で満ち溢れていて、それは一秒毎に変わっていく。

桜井先輩の世界は、色は、もう変わる事がない。




(もっと生きたいって思っただろうな…桜井先輩。)




それは、想像でしかない。


もしかしたら、ミラージュなんて関係なくて。

自殺かもしれないし、事故かもしれない。


真実は…桜井先輩の事は、桜井先輩しか知りえない。


だから、これは私の想像だ。



篠原先輩と桜井先輩の間に何かがあって、それを物凄く後悔しているのだとしたら…

二人共…すごく辛いんじゃないかなって。



私の身勝手な、想像でしかけれど。





(う・・・!)



目の前が急に白くなった。


(ああ・・・ヤツだわ。)




なんてムカつく程、タイミングバッチリなのかしら。




 ” 願いは決まった? ”




(願いはないわ。大体、私、まだ貴女の事信用していないもの。)








つくづく思う。

コレさえなければ、本当に私は、ただの病弱な普通の女子高校生だったのに、と。




 ”まあ、良いけどさぁ…いい加減、一色くらい貰えない?”




(…考えとく。)




目の前に広がる白は、ソイツとの会話が終わるとすぐに消える。



幻なのか、私の病気の後遺症なのか。

お姉ちゃんに話そうと思ったけれど、まだ話せていない。



「蒼、少し眠りなさい。顔色が悪いわ。熱はないみたいだけど。」


そう言って、お姉ちゃんは私の頬をスッと撫でた。

お姉ちゃんの手の感触が気持ち良い。


「ねえ…信号待ちの間さ…ほっぺた触っててくれない…?」


本当はこの場でぎゅっと抱きしめて欲しいくらい、寂しいやら、人肌恋しいやらなのだけど。


「・・・面倒臭い。」


この人にそれを望むのは酷だし、これを正体不明のヤツに叶えてもらう願いになんてしたくない。


それに、私は解っているのだ。

頑固者だけど優しいお姉ちゃんへのお願い事は割と簡単に叶う、という事を。



「・・・ホレ。」


掌を軽く頬に押し当てられ、私は掌に唇をつけ、小声で呟いた。


「ありがと。」






・・・と、いうほのぼのとしたエピソードで締めたかったんだけどね、この話。


ほら、一話目だし?百合SSだし?もうしょっぱい百合じゃなくてもいいって聞いてたし?

私も15歳だしね?だから、気は遣いたかったの!!

お姉ちゃんと出来れば、もっとこう…そういう系の話に持っていけたらなって私だって考えていましたッ!



・・・何の話だったっけ?



ああ、そうそう・・・そうだった。


問題は、その日の夜に起こったの。

とにかく、この話…まだ終わりじゃないの…。




少し遅めの食事をした後、私は学校の準備をしてからお風呂に入っていた時だった。

ぴんぽーんとインタ―フォンが聞こえた。


(誰だろ…?忍先生かな?)


人嫌いのお姉ちゃんをこんな時間に訪ねてくる人は数える程しかいない。

私の担当医の忍先生か…お姉ちゃんの数少ない友達の水島さんとか、秘書さんとか。



「…お嬢様、お客様です。」



私の入学祝いのコース料理を作ってくれた君江さんが、片付けを中断してお姉ちゃんを呼んでいた。

忍先生なら、君江さんがお姉ちゃんに”お客様”だって言わない筈だから。




「夜10時を過ぎて、アタシの所に来るって事がどういう事か解って……げ。」


お風呂から上がって身体を拭いていると、玄関からリビングへと移動する足音が聞こえた。

なんだか…ドスドスって無遠慮な感じ。


(この感じ…私が知らない人だ。)



「解ってるさ。夜這いだよ、夜這い。」


豪快な笑い声の女の人だ。

いや、それよりも何よりも気になったのが…!


(よ、夜這い!?)


「…何ですか?」


不機嫌全開のお姉ちゃんの声が聞こえる。

でも、敬語を使っている、という事は…立場的にはお姉ちゃんより上?



「いや〜最近、火鳥が女もイケるようになったって聞いてさぁ〜。あたしにもチャンス到来かなって。」

「ああ、デマですね。完全に。お帰り下さい。桐生社長。」


お姉ちゃんの冷たい返事にも負けず、桐生社長と呼ばれた女性の声は、実に楽しそうだった。


「あっはっはっは!ツレないなぁ相変わらず。…まあ、いいや。火鳥、本気で考えてくれよ、あたしの所に来て欲しいんだ。」


「その件なら、お断りした筈です。」


「火鳥が右腕になってくれたらさ、今の会社が5倍は大きくなる。損はさせない。もしくは、あたしの女になってよ。」


「どちらも、ワタシは強くお断りした筈ですが。用件は以上ですか?君江さん、お客様のお帰りよ。」


どうやら、私がパジャマに着替えて挨拶をする前に、桐生社長は帰ってしまうようだ。


ところが。



次の瞬間、意外な単語が聞こえてきた。






「火鳥、”ミラージュ”って知ってるか?」




 「「――!!」」




私とお姉ちゃんは、きっと同じ表情を浮かべていたと思う。


「残念ですけど、ミラージュという女がいる、という不確かな情報しかないんですよね。」


「いや、それで十分なんだ。実はちょっと困った事になってなぁ。

お前の協力と、お前の飼っているお嬢ちゃんを借りたいんだよ。」 




・・・・・・・ん?


お前の飼っているお嬢ちゃん?



「蒼、ですか?」


「そう、お前の蒼ちゃん♪」




ていうか・・・!




「飼われてないしッ!借り物でもないしッ!!」




私は上半身にタオルを巻いたまま、リビングに乗り込んだ。


ソファにいたのは、背のとても高い大柄な女の人だった。

パンツスーツ着ていたせいか、一瞬男の人に見えたけれど…胸がデカイから女性だと解った。


ちょっと軽薄そうな笑い方だったけれど、白い歯を見せて人の良さそうな笑顔でニッと笑うので、不思議と警戒心が薄れてしまう。




「…へえ…火鳥はこういう趣味かぁ…なるほど、あたしは好みから外れるわけだ。」

「妙な納得しないで下さい。・・・蒼、ちゃんと服を着なさい。」



「爪楊枝みたいだなぁ。あの細い腰がなんともそそるじゃないか…。」


そう言って、桐生社長はジロジロと私を見る。

この人、隠しもしないで、性的な視線を私に…!

私は慌てて、お姉ちゃんの後ろに回りこんだ。


「おやおや、よ〜く主人に懐いているじゃないの、火鳥。」

「そりゃ、どーも。」


冷静なお姉ちゃんの耳元に私は小声でヒソヒソと話しかける。


「お姉ちゃん…誰?この失礼な大きい人。」

「得意先の社長の桐生泰子サン。レズビアンは公言済み。強引かつ手当たり次第、女を喰い散らかす悪い癖があるの。」


「ふっははは…酷い紹介だなぁ?」

「事実ですよね?」

「まあね。あたしは、お前のそういう所が気に入ってるんだ。」


社長の言葉も慣れた感じでお姉ちゃんは流していく。

でも、私は…イライラしていた。


(私…この人、嫌い…。)


図々しいっていうか、ふてぶてしいっていうか…失礼過ぎ。

それに、さっきから私の事、お姉ちゃんのペット扱いだもの。



「うーん…よし、決めた!3Pにしよう!あたしと火鳥と蒼ちゃんで、な?二人まとめて面倒見るよ!」



(しないよッ!!)と私は心の中で叫んだ。

「しませんって。それより、ミラージュの件ですよ。…なんですか?」






「ん?ああ…それな。実は、ミラージュを探して欲しいんだ。」


「探す?」



それなら警察の仕事じゃないの?と思ったのだが…




「正確には…ミラージュを勝手に名乗っている偽者を、だ。」


「・・・待って。どうして、偽物を?というか、本物を知ってるんですか?」


「何故って…ミラージュって名前を使ってるのは、あたしだからだ。」









・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。










・・・・・は・・・・・・。








・・・犯人発見!!







「き、君江さーん!警察に電話!」

私は台所にいる君江さんにSOSを頼もうとしたが、桐生さんが慌てて止めた。


「おーい待て待て!爪楊枝!あたしじゃないっての!」

「爪楊枝じゃありませんッ!」



「社長、確認しますけど。…死んだ女子生徒、桜井って女に、社長は”一切”関わってないんですね?」


「いや〜一切無関係かって言うと、それはNOだ。一回寝たんだ。あっはっは!」




自信満々で言い切られても・・・。





「「・・・・・。」」






「…でも、あたしが何度も寝たいのは、お前だぞ、火鳥。」








・・・・もうやだ、この人・・・・。







「偽物のミラージュ探しなんて、貴女の部下や探偵、便利屋…色々いるでしょう?何故アタシなんです?しかも、蒼まで…。」

「ダメなんだよ。女しか入れない会員制のクラブにヤツは出没している。火鳥、お前を一度連れて行っただろう?」


「ええ、覚えてます…そこで犯されそうになりましたっけね。」

お姉ちゃんは低い声で冷静にそう言った。


(・・・!!!)



「ああ、見事に逃げられたっけなぁ〜あっはっは!」



「・・・・・・。」

(お、面白くない!全然面白くないッ!)



気に入らない。

お姉ちゃんが大人しいのも凄く違和感感じるけれど。

それ以上に、この人の言動がいちいち私を下に見ている感じがして凄く嫌だ…!




「あそこはセレブや著名人が多くて、警備が厳重なんだ。お前なら、大丈夫な筈だ。」

「…蒼を連れて行く意味は?」


「実はな…お嬢ちゃん位の女の子が、あのクラブで時々姿を消しているんだ。恐らく、この年代が…偽物のミラージュの好みなんだろう。

お嬢ちゃんの容姿も・・・少し細すぎるが、十分いけるだろう。」


「つまり、蒼を餌に使って、ミラージュの偽物を釣りあげろ、と?」

「ま、そういう事だ。成功報酬は…。」




ついていけない。素直にそう思った。

ドラマみたいな、現実離れした会話をスラスラしている二人が信じられなかった。


私、今日…普通の女子高校生として入学したばかりなのに…。

もう、こんなにも現実離れしている…!



お姉ちゃんだって、普通に会社で働いている人なんだし…いくらお得意さまでも、こんな無茶苦茶な引き受ける訳が…




「わかりました。報酬は、後ほどご請求します。」


「え゛!?」




嘘、でしょう?

私の事…餌に使うの?


嘘って、言って…。




「だから、お前が好きだよ、火鳥。同じ世界で同じ色を持って生きる者同士、協力しなきゃな。」




同じ世界。

同じ色。



私は、お姉ちゃんとは違う。


私は餌。

お姉ちゃんは、私の…主人。





桐生社長がドカドカと足音を立てて玄関に向かっていく。


私は、濡れた髪の毛から滴り落ちていく雫をぼうっと見つめていた。




そういう時も、ヤツは空気も読まずにやって来る。






  ” ねえ…願い、決まった? ”










 ―  後編に続く。 ―