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私こと、高見蒼が、火鳥お姉ちゃんと出会ったのは、数ヶ月前。
たったそれだけの時間で、私の時間は劇的に変わった。
治ると思ってなかった病気は手術が成功して、少しずつ元気になってきているらしくて。
心臓は、私の胸の真ん中で、ドクンドクンと力強く働いてくれている。
相変わらず、ガリガリで不健康丸出しの自分の体は、あんまり好きじゃないけど。
でも・・・。
親戚のおじさん、おばさんはあまり喜んではくれていなかった。
やっぱり、死ぬのを期待されていたんだな、と思うとやっぱり少し悲しくなってくる・・・かも。
今日は、珍しく私の病室におじさんとおばさん、そして、その息子にあたる大学生のお兄ちゃんも来ていた。
「いや、良かった良かった。これで、弟も・・・蒼の父さん、母さんも喜ぶってもんだ。」
「そうね、一時はどうなるかと思ったけれど・・・うん、良かったわね!」
そう言って、喜んでいるようには・・・一応、見えるかな。
お兄ちゃんはこっちの話には興味が無いのか、ずっとスマホをイジってこちらを見ようともしない。
「こら、慎!お前、こんな時くらい”良かった”とか蒼に何か言ってやらないのか!ずっとケータイなんかイジって!」
お兄ちゃんの態度は露骨過ぎたけれど、むしろ私はその方が良かった。
おじさんは、お兄ちゃんを怒鳴ったけれど、お兄ちゃんは迷惑そうに言った。
「・・・なんで、俺まで来なくちゃいけないんだよ。退院したら、蒼は家に来るんだろ?話ならそれで良いじゃん。」
そう言って、お兄ちゃんは私の肩に手を置いた。
指先が、くにゃりと曲がり、私の肩にゆっくりと食い込む。
・・・なんとなく、違和感。
「ああ、それなんだが・・・」
おじさんが何か言いかけた時、”ガチャリ”とドアが開き、赤いドレスの女の人が入ってきた。
そこだけ・・・まるで、別世界。その別世界から、やって来たような人。
「どうも、お待たせしました。高見さん。ワタシが、火鳥です。」
・・・火鳥、お姉ちゃんだ。
「こ、この度は・・・その、手術費用を出していただき、ありがとうございました。おかげさまで・・・」
少し緊張したように、おじさんとおばさんが立ち上がって頭を下げた。
「いえ、まずは手術成功おめでとうございます。ワタシも嬉しく思ってます。」
お姉ちゃんは、私と話している時とはまるで別人のようだった。
ちょっと偉そうなんだけど、誰も逆らえない空気で圧倒する。
普段のお姉ちゃんは、もっと”フン”って拗ねたり、”ニヤッ”と笑ったりするし、優しいのに。
お姉ちゃんは、ふと私と目が合うと、目で少し笑った。
(あ、いつものお姉ちゃんだ。)
少し安心した。
「お話は、ここでは何なんですから・・・」
そう言って、おじさんとおばさんと一緒に出て行ってしまった。
「何?あの人が、手術費用出したって人?」
お兄ちゃんがスマホをいじりながら、私に聞いた。
「うん、とっても良い人。」
私がそう言うと、お兄ちゃんはスマホの画面を見ながらボソッと言った。
「・・・へえ・・・女だったんだ。なんか偉そうだし、気ぃ強そう。」
「そんな事ないよ、口は悪いけど、すごく優しいよ。」
「ふうん・・・それよりさ、蒼・・・手術ってどうだった?怖かった?」
おじさんとおばさんがいなくなってから、急にお兄ちゃんが喋りかけ始めた。
「確かに怖かったけど、色んな人に励ましてもらったし、もうちょっと頑張ろうかなって思えたし、成功したし・・・今となっては勇気出して良かったかなって思う。」
「あのさ、蒼・・・俺、今、医療系の職業目指してんだよ。」
「・・・あれ?そうだったっけ?」
急に話の内容が変わり、私は少し違和感を覚える。
お兄ちゃんと二人きりで話すのは初めてじゃない。
けれど・・・お兄ちゃんの様子が少しおかしい。
お兄ちゃんは、今まで自分から私に話しかける事なんて、指で数える程しか無かった。
話しかけられたとしても”醤油取って”とか、そんなのばっかり。しかも、こんな風に自分の事や、質問攻めするなんて信じられなかった。
「でさ・・・蒼の手術の痕、勉強の為に見せて欲しいんだけど。いい?」
「・・・マジで言ってる?」
私が茶化すように笑いながら言うと、お兄ちゃんも笑った。
患者衣を開いたら、ガーゼが貼ってあるだけ。後は、ガリガリの体。
正直、誰にも見せたくなんか無い。
でも、お兄ちゃんは、すぐに笑顔から普通の表情に戻って言った。
「ねえ、早く見せてよ。蒼。親父とおふくろ戻ってきちゃうから。早く。」
そう言って、スマホをチラチラを私に向ける。
以前、お姉ちゃんのスマホを使って遊んだ事があるから、私は今、自分が何をされているのか大体、わかる。
「・・・ダメ。そういうの、私、嫌。」
「ちょっとだけ。ね?勉強の為。」
しつこいな、と思った。
お兄ちゃんが、就職活動があまり上手くいってないって話はなんとなく聞いていた。
おばさんがそれで凄く悩んでいるって話も知っていた。
(・・・こんな事してる場合じゃないのに。)
私の傷跡を見て、お兄ちゃんの就職が決まる・・・なんて、あるわけ無い。
「じゃあ・・・スマホの録画機能切って。私が、気が付いてないと思ってる?」
「・・・切ったらOK?」
「そういう問題じゃないから。」
私は少し強い口調で断った。
すると、お兄ちゃんは少しイライラしたように言った。
「蒼、お前さ、退院してからさ、あと何年、家で世話になると思ってんの?そういう意識ある?金だして、世話すんの、俺らだよ。」
申し訳ない、と思わない訳が無い。
お父さんとお母さんが死んでから、私はずっとお世話になってきた。
心臓の病気が見つかってからは、入院費がかかって・・・おばさんが家計簿を見つめながら溜息をついていたのを私は知っている。
でも、頼る場所は無くて。
どうしようもなくて。
だから、私は・・・いっそ早く楽になれたらいいと思ってた。
あの人に、あの言葉を言われるまでは。
『ガキはね、迷惑かけるのが仕事みたいなもんなの。ある意味、特権よ。それを使わないまま死ぬなんて、損よ。ていうか、馬鹿。』
ワガママや、迷惑はかけちゃいけないものだ。
それを生きているだけで、かけてしまう私は死んでも、誰の損にもならないと思ってた。
でも、お姉ちゃんは言った。
『誰かの為に、生きるなんて言うもんじゃないわ。全ては、自分の為に、自分を生かす理由の為に生きなさい。
自分の人生を進めるのは、他人じゃない、自分だけなのよ。』
自分の生きる人生の時間は、全て自分の為に。
私は、お兄ちゃん達にお世話になった。という事を十分に理解した上で、自分の意思を伝えた。
「・・・だから、裸見せろって?」
正直言って、馬鹿馬鹿しい。
裸なんか見たって何にもならないのに。
こんなガリガリで薄っぺらい身体より、火鳥お姉ちゃんの方が、大きいし、きっと私より綺麗だ。
「・・・だ〜か〜ら〜、今後の勉強の為に、蒼の胸の傷が見たいって言ってるだけじゃん。他は、何もしないって。」
そう言って、勝手に手を伸ばしてくる。
「―っ!やだッ!」
私が咄嗟に払いのけると、お兄ちゃんは明らかにムッとした。
「・・・お前、本当に自分の立場わかってないな。ご主人様は・・・俺だぞ。」
「・・・・。」
『頭、大丈夫?』と聞きたかったけれど、お兄ちゃんの目はいつになく本気で、怖かった。
抵抗したら、次は何をされるのかわからない恐怖に包まれる。
患者衣に指がかけられる。
私は・・・無意識に、お姉ちゃんが助けに来る事を祈っていた。
”ガチャリ”とドアが開いた。
「本当に自分の立場を解ってないのは、誰かしらね?」
火鳥お姉ちゃんが病室に入ってきて、お兄ちゃんのすぐ傍に歩み寄って睨み付けた。
「お姉ちゃん!」
「な・・・なんだよ、急に入ってきて・・・第一、さっきから、その態度はなんだよ!?
手術費用出したくらいで、いい気になるなよ!他人のくせに!俺は、蒼の”家族”だぞ!」
(家族・・・。)
そう、お兄ちゃんは私の家族だ。
短い間だけど、一緒に暮らした。
会話は特別無かったけれど、鉛筆を貸してくれた事もあった。
だけど、私はベッドから降りて、家族じゃない火鳥お姉ちゃんの傍に近付いた。
「慎?どうしたの?」
病室には、お兄ちゃんの大声を聞いて、おじさんとおばさんもやってきた。
「蒼の両親の保険金で蒼を養ってきて、自分達家族もその恩恵を受けてきたんでしょう?
車のローン・・・家のローン・・・アンタの大学の費用・・・それから、アンタがスロットで作った借金の返済・・・。」
お姉ちゃんの口調は、一気に怖いくらい滑らかになった。
「・・・な・・・なんで、そんな事・・・!?」
お兄ちゃんは、みるみる顔色が変わっていった。
「慎が借金!?」
「スロット?・・・慎!お前、やめろと言ったのに、大学生にもなって、まだそんな事を・・・!!」
おじさんとおばさんは知らなかったのか、お兄ちゃんに詰め寄る。
お兄ちゃんは、顔を真っ赤にして怒り出した。
「う、嘘だよ!赤の他人のこんな女に、何がわかるんだよ!」
「・・・アタシ、個人的に契約する相手は徹底的に調べる事にしてるの。」
そう言って、お姉ちゃんは、私のベッドの上に写真や書類を投げ捨てた。
写真には、お兄ちゃんが無精髭を生やして、暗い顔でお店から出てくるのが写っていた。
「・・・蒼がいなかったら困ってたのは、アンタの家の方でしょう?自分の身の丈に合わない家や車を買って、挙句、息子はスロットにハマって、就職浪人寸前。
散々、蒼の親の保険金で自分達の生活を支えてきておいて、『お世話しましたから、自分の言う事を聞け』だなんて、よくもまあ言えたもんね。
更に最低なのは、蒼が死んだら、蒼にかけた保険金で、また楽な保険金生活をってシナリオを描いてきたんでしょうけど・・・お生憎様だったわね。」
そう言って、私の肩に手を乗せた。
何故だろう。
お兄ちゃんと違って・・・お姉ちゃんに触れられると、安心する。
絶対に私を守ってくれる、そんな気がする。
おじさんとおばさんは、お姉ちゃんの言葉に、俯いたまま何も言わなかった。
おじさんとおばさんの中には、私に対して・・・きっと、ある種の罪悪感があるんだ。
だから、火鳥お姉ちゃんにここまで言われても、何も言い返さないんだ。
「なんだと・・・!?お、親父!おふくろ!他人に、こんな事言われる筋合いねえだろ!?俺達、蒼の面倒見てきた家族だろ?なあ!?」
「・・・慎・・・黙りなさい。」
おじさんが静かにお兄ちゃんを叱った。
「なんでだよ!?蒼の事は、俺達家族の問題で・・・!」
すると、お兄ちゃんの台詞を、お姉ちゃんが遮った。
「契約したのよ。アンタの家から、蒼を買ったの。
だから、蒼は、今をもって”アンタのモノじゃなくなった”の。」
その言葉を聞いた瞬間、私は肩の荷がすうっと取れた気持ちになった。
変な話かもしれないけれど、私は家族が恋しかったのだけれど、今の家族を・・・”足かせ”のように感じていた。
それは、自分のわがままだって思ってた。
でも、正直に、本音を出せば・・・やっぱり、そうなんだ。
私、この家が嫌いだったんだ。
「アンタの親は、弟の保険金を使い込んで、挙句預かった娘を金でアタシに売ったのよ。・・・まったく、良い家族ね。」
お姉ちゃんは、ドラマの悪女みたいに笑っていた。
「売った・・・って、買ったのか!?じ、人身売買かよ!犯罪じゃねえか!」
「そうね。確か・・・大学に行く為に使う、○×駅、3番乗り場への上りエスカレーターで盗撮するのも犯罪行為よね?
でしょう?高見 慎君?昨日の百合が原女子高の女子高生二人組の制服は、さぞ刺激的だったのかしらね?」
お姉ちゃんの真っ赤な唇からは、お兄ちゃんの耳も塞ぎたくなるような事が、スラスラと出てくる。
具体的過ぎる内容は、まるで昨日のお兄ちゃんの行動を見てきたかのようだった。
「慎・・・!!」
おばさんが信じられないと言った顔をした後、顔を覆って泣き始めた。
「ち、違う!デタラメだ!こんなの・・・ッ!そうだ、これは捏造で・・・脅迫だ・・・ッ!」
お兄ちゃんは、額に汗を浮かべながら首を振った。
「なら、また証拠出す?あんまり、親御さんの前で見るもんじゃないわよ?
脅迫だって言うなら、アタシがこれを善良な一般市民として警察に提出してもいいのよ。アタシは何も困らないわ。
ちなみに、これが、その時の・・・」
そう言って、お姉ちゃんは目を細めて笑いながら、手に持っている大きな茶封筒に手を突っ込んだ。
「も、もういいです!火鳥さん!我々は・・・契約通り、今後一ッ切!蒼に関わりません!
ですから!息子の事はどうか!どうか内密に・・・!どうか!この通りですッ!!」
そう言って、おじさんは火鳥お姉ちゃんに土下座をした。
「お・・・お願いしますッ!」
続いて、おばさんもおじさんの隣に座り、お姉ちゃんに頭を下げた。
「お、親父!?おふくろ!?」
戸惑うお兄ちゃん・・・だった他人に向かって、お姉ちゃんは言った。
「良いでしょう・・・お金は、3日後振り込みます。お伝えする事は、以上です。
振込みを確認した時点で、我々の取引は終了です。そこからは、全くの無関係です。この証拠品も破棄します。
では、そこの変態息子連れて、早く出て行ってください。」
言われるがままに、おじさんだった他人が立ち上がり、お兄ちゃんだった他人の服を掴んで病室を出て行く。
「あ、忘れてた。ちょっと待って。」
そう言うと、お姉ちゃんは含み笑いを浮かべたまま、お兄ちゃんだった他人からスマホを奪い取ると、床に落とし思い切り踏みつけ、壊してしまった。
「・・・自分に不利な証拠はね、こうやってちゃんと消すのよ。覚えときなさい。変態屑野郎。」
「て、テメエ・・・ッ!」
何かを言い返そうとする男の人をおじさんがまたがっしりと掴んで、引き摺るように出て行く。
「慎!お前は何も分かってないッ!行くぞッ!」
ドアが閉まり、足音が遠ざかり・・・やがて、病室は静かになった。
「・・・あの・・・お姉ちゃん・・・?」
「ふう・・・何?」
疲れたように、お姉ちゃんはベッドの上に座った。
「私、どうなっちゃうの?売るとか、買うとか・・・私・・・。」
さっきの話を総合すると、私は、もう高見のおじさんの所には帰れない、みたいだし。
「アンタの好きにしたら良いじゃない。退院したら自由の身よ。当面の生活は保障するわ、不動産物件も紹介するから、自分の力で好きに・・・」
お姉ちゃんは、そう言って笑った。
そんな自由すぎる自由をいきなり与えられても・・・私は、困る。
それに・・・
それに・・・私は・・・また一人になるのは、やっぱり嫌だ。
「か、買ったんだから!引き取ってよ!」
私がそう言うと、お姉ちゃんは口を開けて首をかしげた。
「は?」
私は駆け寄って、お姉ちゃんに懇願した。
「お姉ちゃん、私を買ったんでしょ!?だったら、ちゃんと引き取って!」
「・・・そんな事して、アタシに何のメリットがあるのよ。」
お姉ちゃんは、すぐに不機嫌そうな顔になって、頬杖をついて私を見た。
「私、将来、その・・・かかったお金の分だけ働いて返すから!だから、一緒に住まわせて!」
それは一体、どのくらい働けば返せるのか分からない。
だけど、今、私が欲しいのは”自由”じゃない。
「要らない。」
お姉ちゃんは、素っ気無く即答した。
お金が要らないなら・・・。
「じゃあ・・・身体で、返す・・・?」
「それじゃ、さっきの変態野郎とアタシが同じになるでしょうが!」
思い切り怒られたけれど、どうしても私は一人になりたくなかった。
お姉ちゃんと一緒がいい。
時間が経てば経つほど、それが最良の方法だと思ってしまうのだ。
「でも、お金以外じゃ・・・それしか無いよ・・・。」
「だから、別に良いって。アンタに出資したのは、アタシの・・・意地っていうか、道楽よ。手術は成功したんだし、アタシはこれで気が済んだから。」
時々、お姉ちゃんは不思議な事を言う。
女難がどうとか、縁がどうとか、祟りがどうとか。
今回の手術費を出してくれたのだって、どうしてなのか、よく分からない・・・。
突然やってきて、私を助けてくれた。
今だって、そう。
だけど、私は今、本当に困っている。
お姉ちゃんから、途方も無い自由を与えられて、困っている。
「何それ・・・。済んだから、もういいって・・・それって、なんか無責任。・・・大人として。」
私がそう言うと、お姉ちゃんは黙って私を見た。
「・・・・・・。」
「・・・第一、退院して、すぐに一人暮らしなんて・・・無理だよ。私、一人・・・は、嫌だよ・・・。」
そう言って、私はお姉ちゃんに振り払われるかもしれないと分かっていても、袖を掴まずにはいられなかった。
「私、まだ、したい事も見つけてない・・・。」
明るい未来。
私は、もっと生きても良いと神様に言われた。
でも、その先、私は何をしたら良いのか全く考えていなかったし、何をしたいかも考えてなかった。
食べたい物を決めるのとは、訳が違う。
一人でそれを決めるなんて、きっとまだ私には無理だ。
火鳥お姉ちゃんの傍にいたら、きっと見つかりそうな気がする。
・・・少しでも、この人の、傍にいたい。
「・・・・・・はぁ・・・わかった。忍のお墨付きが出て、学校に通えるようになるまでの間、家にいなさい。」
観念したように溜息混じりに、お姉ちゃんはそう言った。
「ホント!?」
「ただし!期間限定、よ。あと、アタシの言う事を聞いて、アタシの私生活に口出ししない事。それが条件よ。」
そう言ってから、やっぱり私の手は振り払われた。
でも、めげない。
私は火鳥お姉ちゃんの手を握って、笑顔で言った。
「うん!お姉ちゃん!今日から・・・家族だね!」
「・・・フン。期間限定、よ。」
こうして退院後、素っ気無いお姉ちゃんの家に私は住まわせてもらう事になったんだけど・・・。
一緒に住んでみると・・・やっぱり、色々問題は出てくる訳で・・・。
[ 火鳥さんはデート中。A・・・END ]
ある日の深夜。
場所は、火鳥のマンションの駐車場。
赤い車から降りてきた火鳥の背後にゆらりと男の影が近付いた。
「・・・おい。」
火鳥は、振り向く事無く、その声でその人物が誰か、そして何をしに来たのかを即座に理解した。
「何?契約は知ってるわよね?取引は終えた時点で無関係。これは”契約違反”よ。」
火鳥は背中にツンと押し当てられた感触にも動じずに、そう言った。
「何が契約違反だ・・・!お前に証拠写真を握られてると思うと、こっちは眠れないんだよ!」
「・・・ガキの前だから、穏便に済ませてやったのに・・・本当に救いようの無い馬鹿ね。」
吐き捨てるように、彼女は男に向かって言う。
「自分の親は金で買収されて・・・挙句、俺は親の前で恥をかいた・・・!
お前のせいで、外出するにもいちいち親の顔色伺わなくちゃいけなくなったし!父さんと母さんはお互い、口も利かない!
家族中ギクシャクして何もかも無茶苦茶だ!就職活動にだって支障が出てるんだよ!どうしてくれるんだよ!?ああ!?」
「・・・そうやって、全部他人のせいにして、言い訳にすればいいわ。何も変わらないけどね。」
背中に突きつけられているのは、恐らく刃物。
想像は容易かった。
脅迫して取引をした相手が、取引後に、こうやって逆上してやって来る事もある。
火鳥は、こういう状況において、自分が何をすべきかはよく知っている方だった。
「テメエ・・・!」
「今まで黙ってたけど・・・アンタ、中学生を金で買った事があるわよね?通りで、蒼にも目を付けた訳だわ。」
「・・・!」
「あの時言ったでしょう?アタシは、個人的に契約する相手は徹底的に調べるって。
父親と母親がアタシと取引をした本当の理由を教えましょうか?
アンタの父親は、女子高生と認識した上で、金で女を買っている。母親は、ホストクラブで300万円のツケがあり、お気に入りのホストと朝帰りが約3回。
この事実をお二人に突きつけただけよ。そりゃ、夫婦の会話も少なくなるわね。
・・・ていうか、親も親なら、子も子ね。似たもの親子ってワケかしら?」
火鳥はニヤリと笑って、後ろを振り向いた。
黒ずくめの格好をした、高見慎が情けない顔をして立っていた。
「そ・・・そんなの・・・し、知らなきゃ・・・俺達、家族は幸せでいられたんだ・・・!お前さえ現れなければ・・・ッ!」
「・・・少なくとも、それは”蒼の犠牲の上に成り立つ幸せ”よね。
かわいそうだと思わないの?両親を失った女の子が、両親が残してくれた金を毟り取られて、就職浪人の慰みモノになって・・・挙句、また金を毟り取られる。
・・・それで、アンタの家の幸せは成立する・・・。」
「う・・・!」
男の良心が、少しだけ疼く。
火鳥は揺すぶるだけ、揺すぶった。
「3つ、教えておいてあげるわ。
一つ目。そんな幸せなんか長くはもたない。何故なら、このアタシが、アンタ達、家族を敵と認識したからよ。」
火鳥の挑発の言葉に、男は再び怒り出した。
「だ、黙れよ!本当にぶっ殺すぞ!俺が欲しいのは、お前の持ってる、俺の家族に関する証拠の全てだ!出さなければ、お前を殺して、手に入れる!」
「二つ目、脅迫ってのは、そもそも、自分の立場が完全に有利な立場にある時にこそ、効力がある。
だから、今アタシを脅しているアンタの行動は、全部無意味よ。」
「ハッタリもいい加減にしろ!黙って、早く証拠のある場所まで案内しろ!
・・・そうだ、今、蒼がお前の部屋にいるんだよな?お前と一緒にそっくりいただいてもいいな!動画も撮って、お前ごと俺の奴隷にしてやる!」
慎は興奮して、頭に思いついた事をそのまま言葉に出していた。
火鳥は、それを冷たく横目で見ていた。
その目の奥には、もはや慈悲も存在していなかった。
火鳥はゆっくり口を開いた。
「・・・どうしてアタシがこんなに余裕をかましてられるのか・・・よーく下を見て御覧なさいよ。」
火鳥の不思議な余裕に、慎は疑問を感じていた。
だから、いとも簡単に火鳥の”指示”に従った。
「なんだと・・・?・・・うおっ!?」
その瞬間、火鳥の蹴りが、男の腹部に突き刺すような勢いで放たれた。
油断しきっていた慎は、腹を抑えてよろよろと後ろに2,3歩下がり、蹲った。
再び火鳥を見た時、火鳥は反撃に十分な距離を取り、携帯電話と防犯ブザーを持っていた。
「三つ目。いかなる場合でも、他人の言動を信用してはいけない。・・・わかった?お馬鹿さん。」
「く、くそう・・・!」
慎は、心の底から悔しがった。
火鳥の後を自分の足で付回し、何度も計画を立てたのに。
しかし、彼は間違えていた。
馬鹿にされた腹いせにしても、決して逆らってはいけない女に、牙を向けたのだ。
以前、彼の父親が言っていた。
『お前は何もわかってないッ!』
そう、彼は確かに分かっていなかったのだ。
火鳥という女を、本気で怒らせたらどうなるのか。
「これは、立派な契約違反だから、ペナルティが必要ね。」
火鳥は、なにやらメールを打っているようだった。
「ペナルティ・・・?なんだよ、俺を殺すっていうのか?つくづく犯罪者だな!やれるもんなら・・・」
慎は、話ながら反撃のチャンスをうかがっていた。
「何か勘違いしてるんじゃない?自分の手を汚して、そんな面倒臭いことする訳ないでしょう?」
「・・・?」
「アタシの知り合いに、とある製薬会社があるんだけど。・・・新薬のテスターの募集があるの。先日、丁度、空きが出来てね。」
「なに・・・!?」
「何の薬が投薬されるかは、行ってみてのお楽しみ。秘密のお薬だから、外部とは一切連絡はつかない。
薬の効果が出るまでか、投与した患者が死ぬか・・・。」
慎の顔が少し青ざめる。
「・・・おめでとう。
あなた、やっと就職出来るのよ?親御さんも、”この経緯”を説明したら、きっと喜んで送り出してくれるわ。
せいぜい、健康には気を付けて、五体満足な一生を送れると良いわね?」
「う、嘘だろ・・・!?ははッ!脅しにしちゃ、軽いな!そんなの、この世の中にある訳が・・・!」
慎は青ざめながら、必死に浮かんでくる不安を振り払おうとする。
しかし、嫌な汗が吹き出してきて、とまらない。
「そうね、あるか無いかは、自分の目で確かめてらっしゃい。さあ、逃げて頂戴。研究所の職員の仕事は速いわよ?」
「・・・ッ!」
火鳥は、指で銃を作って、笑顔で言った。
「・・・”よーい・ドン”。」
慎は逃げた。
広い駐車場を、火鳥に背を向けて逃げた。
駐車場を出たら、家に帰ろう。
きっと、火鳥の脅迫だ。素直に逃げ帰れば、きっと何も起こらない。
とりあえず、帰ったら親に相談しよう。
親が謝りに行ってくれたら、きっと、なんとかなる。
きっと、なんとか・・・。
そう希望を抱いた彼の目の前に、複数の男達が立ちはだかった。
「・・・高見 慎君だね?」
彼の希望は、あっさりと砕かれた。
「いやぁ、火鳥さん、いつもご協力ありがとうございます。まさか、本当にご用意してくださるとは。
年齢、体型・・・何しろ、元気が良いし、丁度良いですな。あれなら、半年はもってくれるでしょう。」
火鳥の手を握りながら、細身の中年男性が笑顔でそう言った。
火鳥の表情は、笑みも悲しみも無い。無表情だった。
「・・・新薬の開発は順調ですか?」
「いやぁ・・・結果に上手く繋がらないのがお恥ずかしい限りです。今回の新薬は、少し副作用が強いのかもしれないですね。
投与した患者の中には、記憶がソックリなくなってしまった者もいましてね・・・具合がね、難しいのですよ。
まあ、ぽっくり死にゃ〜しないでしょうが・・・まあ、後で死んどけば良かったと思うかもしれないが・・・いや、不謹慎ですな。
しかし、ああいう”尊い犠牲の元に人々の幸せは成り立つ”訳です。いたしかたありませんな。」
「・・・そうですわね。研究所の皆さんもお疲れ様です。」
火鳥は形式的な挨拶を済ませると、その場を後にした。
「お姉ちゃん、おかえりなさい!・・・遅かったね?」
高見蒼が玄関のドアをあけるなり、こちらに駆けて来た。
まるで、室内犬のようだ、と火鳥は思った。
「・・・仕事よ。」
気の進まない仕事をした気分だった。
「えへへ・・・なんか、お姉ちゃん帰って来ただけで、なんか幸せ♪」
「・・・あ、そ。」
蒼に脱いだジャケットを預け、火鳥は真っ直ぐソファに向かう。
蒼は火鳥のジャケットを両手で抱きしめながら、笑っていた。
「こういうなんでもない小さい幸せの積み重ねで、私は十分だなぁ。えへへ〜”おかえり”!お姉ちゃん!」
「・・・そう思わない人もいるわよ。はいはい、”ただいま”。」
やっと、帰宅の挨拶を終えた火鳥の隣に、蒼は嬉しそうに座った。
「大きい幸せって、望みやすいけど、叶いにくそうだし、掌から零れ落ちそうだよね。」
「・・・零れ落ちるのが、幸せだけなら良いけどね。」
「私は、自分で手に入れられて、自分の掌に収まるくらいの幸せが良いなぁ・・・誰かを傷つけてまで、とかやっぱり出来無いもん。」
「・・・そうね、そういう考え方、悪くないんじゃない?」
見えないボーダーラインを越えるか、越えないか。
それは、人それぞれ。
・・・END
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