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『夢であってほしいと思う出来事が起こった時、大抵、それは現実だ。


悪夢だ、と頭を抱えて嘆いても夢じゃないから、場面が切り替わる事はないし、目が覚める事はないし、解決はしない。

ただ、こう考えて見たらどうだ?


夢なら、成功しても失敗しても泡となって消えるが、現実ならばいかなる結果も残るし、結果が出る前に状況を変える事ができる。


・・・前向きだろ?


いや、実際、前でも後ろでも進めりゃいいんだ。単に、結果が違うだけさ。


よく”現実を直視しろ”って言うやつがいる。

自分は楽観的じゃない、客観的に厳しい状況を判断でき、立ち向かえる強い人間だ、と思い込んでいるヤツだ。

現実をよく見ろだの直視しろって言ってる奴ほど見ようとはしてるが、現実の本質が見えちゃいないし、見えたら見えたで逃げるやつもいるさ。

単に厳しい現実から”逃げるな”とだけ言いたいんだったら、立ち向かう術を持たない者に言っても無駄だ。


判断なんか、当事者がよく分かっている事だ。言い換えれば誰でも出来る。

安全な場所で椅子に座って、他人が走り回っている姿を批判しては、舌打ちをしながら「だから、言ったじゃないか。」と聞こえない声と汚い言葉で呟く。

そして、そいつは何もしない。


口を開けば開くほど、人間はろくな事しか喋らない。

やたら批判を口にするヤツは、ただ単純に物事を肯定するヤツの頭とは一味違うぞ、と粋がりたいヤツだ。肯定も批判も大した差など無い。

喋らなければ、言葉の使い方や話し方が洗練されず、何が言いたいのかも伝わらず、結局聞いてる方も喋っている方も何も見えない。



だから、行動するしかないんだ。

口先や言葉、文字など、所詮はその程度だと思え。



問題は、どう対処するか、だ。

1分後に、自分はどうしているか、だ。



誰に何を言われても、限りある機会を逃さず、粘り強く待ち続け、動くべき時に動く事。

そして・・・自分が、本当にしたい事を理解している事。


覚えてはいないが、恐らく私にはそれらの中の何かが足りなかったんだろう。

だから、ここにいるのだ。



だが、私は諦めた訳じゃない。今も求めている。


たった一回の勝利を。

負け犬、ダメ犬の烙印を押されても、だ。





そうだ。私は、ただ、もう一度だけ・・・。』












黙って聞いてはいたけれど、なんとも中身の無い話しだな、とアタシは思った。







『・・・なんだ、貴様が来たのか。私は、てっきりもう一人の方かと思ったのだが・・・まあ、よくよく考えれば、あっちより、お前の方が近いからな。』



ハッキリとした声が聞こえて、アタシは目を開けた。



開口一番、白い着物を着た女が、アタシに向かってそう言った。

周囲は霧で真っ白で、白い着物を着た女が座っている岩しか見えない。

ここがどこなのかを隠すように真っ白い霧が、あたりを包んでいる。


(・・・何?ここは・・・)


思えば、アタシはあのババアに呪われてから、こんなぶっ飛んだ出来事ばかりに遭う。


いきなり女に迫られる、のは日常茶飯事。

人間では無い、祟り神なんてものに付き纏われて、気に入らないトラブルばかりに見舞われ。

見たくも無い他人や自分の人間関係のつながり・・・”縁の紐”なんてものだって見えるし、切れるし、繋げられるし。



それらの出来事は、まったくと言って良いほど・・・アタシの人生には不要な出来事で、良い事なんか一つもなかった。



そして、今度は・・・目の前に白い着物を着た陰湿そうな女がいる始末だ。



その女は、どこか”水島”に似ていた。

似てはいるが、水島じゃない。




 水島と違うのは・・・




『自分にとっての平凡が崩れ過ぎると、普通が一番だと感じるだろう?

しかし・・・それも慣れてしまうと”つまらない”と感じるようになる。

”慣れ”っていうのは人間の強みであり、自身のつまらん好奇心を刺激する毒薬だ。


お前の今の状態は、その毒に汚染されている状態って訳だ。』


水島と違うのは、その女は、アタシをすっかり解った気になって、ペラペラとよく喋るところだ。

アイツは喋らないで、じとっとした目の奥でひたすら”何か”を考え続けているような女だ。


白い着物の女は、両手をゆらゆら振って自分の話にアタシを引き込もうと唇と共に動き続ける。


『例えば、この女難SSも前の方がそこそこ面白かったのに、今がつまらないと思うのも、読んでいる自分がSSの流れに慣れてしまったせいか、作者の腕とネタ切れのせいだ。』



・・・それは、絶対、後者だと思う。


 ※注 うるせー!!



大体、こっちは”お前”なんか知らないし、他人にアタシの何かを語られる筋合いは無い。

そんなやり取りは売れなくなったタレントに向かって説教を垂れるTVで脇役しか出来なくなった大御所女優やただの金持ちのババアとの間でやったらいい。



『ん?もしや・・・お前、私と水島って人間を比べているのか?

ほう・・・余程、お前はアイツが気になるらしいな。うん、良い事じゃないか。

苦手だった他人とのやり取りに少しだが光が差してきた感じだな。』



(偉そうに・・・。何言ってんのよ、コイツ。)



水島は・・・アタシの一部分しか知らないし、常につまらない事を考え続け、その場で結論を出さない。

アイツなら、アタシが他人は信じられなくても、自分まで信じていない、とは思わないだろう。


アイツは・・・何事も疑問から入る。

本当に、そうなのか。どうして、こうなったのか。


知ってみると何でも無い事なのに、アイツは他人の背景を見て、勝手に考える。


そして、問う。


 『何故?』と。



そんな人間が、この世に・・・いや、自分の傍に一人でもいたなんて。

少なくとも、アタシの周りにはいなかった。

アタシと同じように、他人と一定以上の距離を良しとする人間も、考えてみれば水島が初めてだった。

同じ感覚を持ち合わせているのに、対処の方法がまるで違う事に気付いた。

人嫌いならば当たり前だと思う事にすら、水島はどうして?と考える。アタシはそんなアイツをどうかしている、と思っていた。

今にして思う。

それが、アタシとアイツの違いの一つであり、それが水島の強みの一つでもあるのだ、と。


優柔不断だと言うヤツもいるとは思うが、決断が早ければ良いというものでもない。

アイツの思考のスタート位置は誰よりも遠い位置にあり、ゴールは誰よりも遅い。

が、それ故に回り道の分だけ余計な選択肢や人間が増えていることがある。




水島は、じっくりと他人を見て、考え、知っていき、対処方法を編み出す。

だから、その分だけ関わらなくてはならず、手間もかかるし、人間嫌いのヤツが結果的に疲れるのだ。


一方、アタシは必要な情報しか見ない。

そもそも自分の身辺に、他人を置く必要が無いからだ。

(水島の場合は、他人を置く気はないのに勝手に居座られている。アイツの管理体制の問題だ。)



手を組んだのは、アタシが、水島の余計な部分に期待しているからだ。

ヤツの出来る事は、アタシには出来ない事、だからだ。




『そう、なんでも比べるなよ。お前も水島も私も、それぞれ似てはいるが、似て非なる者だ。

・・・ふふ・・・そうか、そんなに気に入ったか・・・。

まずは呪いが発端とはいえ、よくぞここまで生き残った、と褒めてやらねばな。』



似ている、と目の前の女は言ったが、正直、コイツは違うと思った。


水島と違って考えていない。

何も知らないくせに、知ったような口をきいて、聞いてもいない文句と感想を並べる。



『”呪い”も考えようによっては、糧となる。お前らへの試練だ。』



今、この時間にいるアタシがどんな思いでここまできたのかも知らないだろうし、知る気も無いだろう。



『お前は、人間とマトモに関われる事を諦めた。他人はおろか、自分も信じる事が出来なかった。

それが今はどうだ? 以前より他人を気にしたり、他人と力を合わせて協力して複数の目的を果たそうとしている。

自分は変わった、と思わんか?』


「・・・別に。」



アタシを見て、白い着物の女は楽しげに笑っていた。

試行錯誤する子供を見守っているような目だ。


「アンタ、誰なの?祟り神?」


『お前にとっては、祟り神も私も同じようなものかもな。


だが、全然違うぞ。


私は、お前を救える者。お前は、私を助ける者だ。』



女は、そう言って笑った。

アタシは、違和感を感じた。



「ちょっと、それ・・・」



『ああ、待て・・・もうすぐお前の目が覚める時間だな。口惜しいが、ここまでだ。


とりあえず。私に会ったお前には伝えねばならない、残念な知らせがある。


お前が大切にしていて、信用している人間が・・・ふむ、4人だな。いるだろう?4人。』



即座に頭に浮かんだ人間の頭の数は・・・確かに4人だった。



『その4人の内の一人・・・”水島”が今日、死ぬ。』



すらりと放たれたその言葉にアタシは思わず間抜けな声を出した。



「・・・は?」


死ぬ?まさか。

あの女が死ぬ訳が無い。



『水島を救えるかどうかは、お前次第だ。ま、頑張って足掻いてみろ。』



白い着物の女は、手を振った。

周囲の霧がどんどん濃くなっていく。


アタシは、何故か焦った。


目の前の女が信用できるかもわからないのに、アタシは助けを求めていた。



「ちょっと・・・どういう事よ!?具体的に、どうすればいいのか教えてよッ!!」



『人間を救うのは、人間だ。だから、今はお前が考えろ。』



白い霧の中から聞こえたのは、そんな言葉だった。

無責任な予言だけを置いて、後はなんとかしろだと?ふざけるな。アタシは叫んだ。


「だから!どうすれば・・・!つーか、あんたは誰なの!?」



『その内、解るさ。』



声は楽しそうに笑っていた。




”ぴりぴりぴり・・・”


電話のコール音だ。

手を伸ばし、音の元を掴み、耳にあてた。

『あ、もしも…』


ああ、やっぱりコイツ(水島)か。

「はぁい、もぉしもしぃ・・・」


『・・・お休みの所すみません、水島ですけど。』

「あー・・・アンタだってのは解ってるわよ、何?聞いてあげる。…言え。」


水島からかかってきた電話の内容は、先日祟り神に襲われた際、縁の紐で対抗した結果、紐がボロボロになった、という内容だった。


「・・・アンタ、随分と人間離れした事やったわね・・・普通の人間に見えないものを振り回して、掴んで投げるとか・・・。」


アタシだって、この状況と力を把握しているわけじゃない、が・・・。

水島は、いつもアタシの予想の斜め上の出来事に巻き込まれ、予想斜め上の解決方法で凌いでみせた。



「それが済んだら、予定通りアタシの部屋に来て。」


『はい・・・じゃあ、後で・・・あ、先日、力尽きてる私の隣で本見ながらモサモサ喰ってた『さ●さくぱんだ』もお土産に買って行きますから。

今度は一緒に食べられると良いですね。(棒読み)



・・・水島はいつも・・・余計な所をよく見ている・・・!


「ぐっ!一言余計なのよッアンタは!!欲しかったんなら、言いなさいよ!!ていうか、黙って電話切りなさいよッ!」

『大体25歳でさくさく●んだって・・・(笑)」


「@うるさーいッ!!さくぱんを馬鹿にしてんじゃないわよッ!!(恥)」

『え!?通は、略して呼ぶのですかぁ〜!?それは知らなかっ・・・”ブチッ!!”




・・・・・・・覚えてろ・・・。



目覚めは・・・良くは無い。




「・・・それにしても、さっきの夢・・・。」


久々の夢だったが、中途半端な夢だった。

起き上がり、周囲を見渡す。隣には病院から自宅療養に切り替えた、高見蒼が寝ていた。

視界は良好。先程の濃い霧なんか、どこにもなかった。


(今日は・・・。)


頭の中で今日の予定を確認する。

水島とは、あの本を手に入れる相談をする約束をしていた。

他に、水島がやってしまった紐で祟り神に対抗出来るかどうか、も話さなければならないだろう。



呪いを解くにも、一向に進展は無い。

本を手に入れ、知らねばならない事が沢山あるのに、上手くいかない。

呪いも、呪いをかけたヤツに関しても、まだまだ情報が不足している。


だけど、アタシも水島も諦めてはいない。

死ぬ訳にはいかない。






『とりあえず。残念な知らせがある。お前が大切にしていて、信用している人間が4人いるだろう? 

その内の一人・・・水島が今日死ぬ。』




死ぬ訳にはいかない。

アタシも水島も。




『水島を救えるかどうかは、お前次第だ。ま、頑張って足掻いてみろ。』



一体なんだったのか、あの夢は・・・。



とてもじゃないが・・・あの水島が死ぬとは思えなかった。

アタシが足掻く必要なんかないほど、あの女はアタシよりも先へ走って行って、ゴールの旗をブン取っているような人間だ。

生命力はゴキブリ並みだし。

何より・・・アイツが死ぬとか、動かなくなる所なんて想像できなかった。





それでも・・・なんだか、酷く嫌な気分がまとわり付いていた。





それが、アタシの最悪な一日の幕開けだった。







 [ 火鳥さんも捜査中。 ]







アタシの名は、火鳥。

下の名前?・・・その質問は、必要かしら?


あなたとアタシの間に、それ以上の関係が生まれるなんて事ないでしょうし、苗字だけで十分でしょう?

アタシは、無駄な時間と人間は嫌いなの。

事は、手短に済ませしょうよ。



『・・・ベーコン、セロリ、パプリカを切ったら・・・ここで、オリーブオイルです。』



今朝の新聞も、ロクな出来事が書いてない。

他人が他人を殺しただの、社会的責任を取って謝罪がどうだの、異常気象だの、環境破壊、不景気・・・

知っておいて損は無いので、ただ頭に情報を流し込む。


TVも電源は入ってるが見ていない。ニュースが終わったので、音楽代わりに流しているだけだ。


『じっくり炒めたら・・・ここで、オリーブオイルです。』


アタシは朝食を済ませ、食後のコーヒーを飲んでいた。

目の前では同じように朝食を済ませ、食器を片付けた蒼が椅子に座ってアタシの与えたスマートフォンを操作していた。



『良いニオイがしてきました。味をつけます。ソースは・・・にんにく・塩・胡椒・トマト缶・・・そして、オリーブオイルです。』



「お姉ちゃん、このアプリ、ダウンロードしていい?」



朝食の最中、蒼がそんな事を言いながらアタシのスマホの画面を見せた。

アタシはコーヒーを飲みながら画面を見た。


いかにも冴えない、目と胸が異常に大きい3流イラストが見えた。

女が女に寄りかかるようにべったりとくっついて手を取り合って、見つめ合って・・・うぐぐっ・・・!

見ているだけで寒気が走る・・・!



『さあ、ソースが煮立ってきましたね、ここでラビオリを入れて・・・オリーブオイルです。』



「”風見鳥さんは恋愛中。”?やめなさい、そんな・・・どこで作られたのかもわからない、どっかのパクリアプリをダウンロードするのは。」


暇潰しに、と自分のスマホを蒼に与えた(女難対策用)のが良くなかった。

・・・やはり、15歳にスマホは早すぎたのか・・・。

蒼は次から次へと不必要と思われるゲームのダウンロードを始め、アタシにいちいち見せるのでこっちはウンザリしていた。


アタシが近くにいると、蒼はこうやってずっとアタシに話しかけてくる。


「そう?だって、面白そうだよ?

ストーリーはね、ある日、幸運の女神様に祝われて女の子にモテるようになってしまった女弁護士・風見島さんになって、魅力的な女の子達と仲良くなろう!

・・・って内容。」



画面を見ていると、甲高いアニメ声が聞こえてきた。


 『異議あり!!貴女の相手は、私しかいないわ!私の恋人で勝訴確定よッ!』



なによ・・・その、こういう単語入れとけば弁護士っぽいだろうってだけで構成されたクソ台詞は・・・!!



「・・・やめて。アタシのスマホにそんな不吉で馬鹿っぽいアプリを入れないで。」

「え〜。じゃあ、こっちの『女子会戦隊 ユリッターズ』は?」


蒼の指でスライドされた画面から、複数のアニメ声が聞こえた。


『女の子の日から女子を守るッ!サイドギャザー&サイドエアバック!・・・女子会戦隊!!ユリッターズ!!』


・・・その役目は、生理用品じゃないの?主にサイドしか守ってないみたいだけど。


「蒼、百合から離れなさい。将来を棒に振るわよ?」


 ※注 良い子のみんなは大丈夫!百合好きでもそうじゃない人も、人生を棒に振る人は振るし、振らない人は振らないよ!


「私、乙女ゲームってあんまり合わなくって。」

「パズルとかで良いじゃない。」


蒼の性格や行動を考えたら、パズルが一番だ、とアタシは思った。


「パズルゲームは病院でもやってたから得意だし、飽きてるの。

それにパズルの種類は名前が違うだけで、大体一緒。3つ以上揃えて消すとか、そんなのばっかり。

大体、キリがないし、最終的に課金しないとアイテムコンプリートできないし、楽しくないんだもの。

だから、エンディングがあってレベル上げしなくても良いゲームがしたいの。」


「ああ、そう・・・。」


・・・コイツ・・・変な知識だけは持ってるわね・・・。


「終わりが無いゲームって魅力的でもあるけれど、終わりを目指す目的が無いとさ、夢中になれないし、いつでも出来るなって放っておいちゃうのよね。」

ずっと遊び続けられるなら、それで良いじゃない、とアタシは思った。

「放っておいちゃうとさ、もう今みたいに夢中になって楽しくプレイすることは無いんだろうなって、最近気付いちゃったの。

楽しいからこそ、終わりも名残惜しいって思えるんだって。だから、ちゃんとエンディングがあるゲームにしたいなって。」

「・・・ふーん。」


「ねえ、お姉ちゃんはゲームしないの?」

「興味無いから。」


すぱっと会話をぶつ切りにしたつもりだったが、蒼は新聞を畳んだアタシの肩の上に顎を乗せて言った。


「水島のお姉ちゃんはゲーム詳しかったよ?コン●イの謎を未だにクリアしようと思ってるんだって。」

「アイツとそんな話した訳?」


アタシは思わず、蒼の言葉に反応してしまい、蒼の顔を見てそう言ってしまった。

蒼はニッコリと笑って喋り始めた。


「うん。言ってなかったっけ?一回だけ、お見舞い来てくれたんだよ。ゲーム詳しかったし、上手かったし、面白かった。

でもね、水島のお姉ちゃんがプレイすると絶対バグが起こってマトモにクリア出来ないんだって。」


蒼は嬉しそうに話した。

水島がお見舞いに行ったなんて聞いてないし、そんな話をしていたなんてのも初耳だった。


「・・・ふうん。」


アタシは再び新聞を広げた。



「・・・お姉ちゃんは、水島のお姉ちゃんの事、好き?」


蒼がスマホをテーブルに置いて、アタシの肩に手を置いて話し始めた。

好き、という単語だけでアタシは不愉快になる。


「気持ち悪い想像しないで。アイツにそんな感情を向けた事は無いし、これからも無いわ。

そんなの想像するなんて、変な百合オタクがやる妄想よ。」


少し前まで、水島とアタシは女難の事で争っていた。

だが、そんな事をする気はお互いにもう無いし、今は、一時的に協力し合っている。


・・・それだけ、だ。


「ふうん・・・。」


アタシの言葉を聞いても、蒼は意味有り気に笑いながら、妙に”そっか、そっか”と何度も頷いた。

何に納得しているのかは知らないが、妙に嬉しそうなのが気に入らない・・・。


「・・・何よ?」

「ううん、なんでもないっ♪」


どうやら、蒼のヤツ、まだアタシと水島の仲を誤解しているらしい。


「ちょっと・・・水島とアタシは、アンタが考えてるような仲じゃな・・・」

「んー解ってる解ってる♪」


蒼はニッと歯を出して笑って、アタシの頭を撫でた。

絶対、わかってない。


「・・・・・・。」


・・・もういい、面倒臭い。

アタシはダンマリを決め込んで、新聞の文字を頭に流し込む作業を開始した。





『はい!それでは、お皿に盛り付けて・・・オリーブオイルッ!!』



TVに向かって、アタシと蒼は一斉に口を開いた。



「「どうでもいいけど、オイルかけすぎッ!!」」



窓の外は少し曇っていた。普段なら気にも止めないような、ほんの少しの薄い灰色。

雲の隙間から光が差し込みそうだが、一筋も漏れては来ない。


それよりも、アタシの頭だ。自分の頭にどんよりと、もやがかかったような感覚があった。


・・・嫌な気分。




『お前は、人間とマトモに関われる事を諦めた。他人はおろか、自分も信じる事が出来なかった。

それが今はどうだ? 以前より他人を気にしたり、他人と力を合わせて協力して複数の目的を果たそうとしている。

自分は変わった、と思わんか?』


夢の中での白い着物の女の言葉が、妙に残っている。

洗面所で顔を洗い、鏡の中の自分を見つめる。



(アタシは・・・何が変わった?)




その変化は、アタシにとって良い事なのか?





 ― りり、決して、染まるんじゃないよ・・・ ―




それとも・・・アタシは、染まってはいけないモノに、染まりはじめているのか・・・。


だとしたら・・・。



ダンボールの中の本を見つめ、アタシは一冊を手に取った。


この街には、昔・・・”巫女”という名目の”生贄”がいた事がわかった。

沢山の巫女達が、他人の為に命を犠牲にし、土地や他人を潤す役目を担っていた。


しかし、一例だけ・・・ただの巫女で終わらなかった話があった・・・。


親子二代に渡り、女達に囲まれた巫女の話だ。女達に囲まれているのは・・・容姿が恵まれている為、なのか・・・それとも・・・。


(まだ、情報が足りない・・・。)



本だ・・・あのパーティーの時、手に入れられなかった本・・・。



「お姉ちゃん、水島のお姉ちゃんが来たよ。」


蒼が振り向いたアタシの顔を見て、少し驚いたような顔をした。


「・・・通して。


水島が家に来て色々話はした。

だが、肝心の情報が少なすぎるので結局は”あの本を探そう”という結論になってしまう。




「どうすんのよ・・・。」

「どうしましょうね・・・。」



「誰が持っていったのよ・・・。」

「誰が持っていったんでしょうね・・・。」



問題は、あの本が誰に持ち去られたのか、だ。

とにかく、見つけ出したら一発引っ叩く。

一発で済むかどうかはわからないが、絶対に引っ叩く。




「あの、一息入れませんか?私、コーヒー淹れてみたんだけど・・・飲みます?・・・コレ、赤いのがお姉ちゃん専用ね。」


蒼が気を利かせたのか、アタシと水島にコーヒーを持ってきた。

最近君江さんに、色々教えてもらってるようだし、リハビリくらいになればとは思っているが・・・。


(病み上がりのクセに、無理して・・・。)


「黒いのが水島のお姉ちゃんの分・・・あ、今、砂糖とミルク持ってきますね。」


蒼が営業スマイルで水島に接する。秘書気取りか。

水島は、年下にぺこりと頭を下げ、敬語で会話をする。


「あ、お気遣いありがとうございます。私はブラックで良いんで・・・。」

「へえ・・・お姉ちゃんと違って、健康的な飲み方ですね。」


蒼はそう言って水島に笑いかける。

というか、アタシと水島を比較しないで欲しい。


「・・・どういう意味よ。」


 ※注 火鳥さんは、プライベートでコーヒーを飲む時は、砂糖を大さじ4杯以上と蜂蜜を入れてドロドロにして飲む。



「いいから蒼、座ってなさい。・・・ホレ。」


「あ、どうも。(餌付け珈琲か・・・。)」



アタシは蒼からコーヒーの入ったマグカップを受け取り、水島の目の前に置いた。



「平気だよ、コーヒー淹れるくらい。今日はね、インスタントじゃなくて、ちゃんとドリップで淹れたんだから。君江さん直伝だよ。」


君江さんも君江さんだ。

面白がってるのか、蒼にどんどん教えるんだから。


「・・・はいはい、ありがたく飲むから。座って。」


アタシは、褒めてと言わんばかりの表情の蒼の頭を撫でた。

口を付けると蒼は感想を求めた。


「どう?」


感想を聞かれ、アタシはチラリと水島を見る。

水島は目を閉じ、コーヒーの香りを吸い込んで安堵の溜息を漏らしている。


「・・・まあまあ。」


味はアタシ好み(甘め)になっているから、それだけで十分だ。


「・・・ふう。」


第一、水島がこんな風に落ち着いてるなら、美味しいって事だろう。


「さて、話・・・元に戻しましょうか。」


アタシは、話を進めようと話し始めた。


「確か・・・アタシ達は、あのババアに選ばれた、とか言われたんだっけ?」

「そうです。・・・まるで、下手な宝くじに当たった感じですね。」


祟り神の謎の選出のせいで、アタシと水島は呪われた。

何故、アタシと水島が数多くいる人間の中から選ばれ、呪われたのか。


そして・・・どうしたら、このふざけた呪いは解かれるのか。


「単に運が悪かったのか、アタシ達に選ばれるだけの要素があったのか・・・。」


今の所、水島とアタシの共通点は”人嫌い”。




「ねえ、お姉ちゃんと水島のお姉ちゃんは、どうして人が嫌いなの?嫌いだとしても・・・私には二人共、態度は至って普通だけど?」



「「・・・・。」」


蒼が、また会話に入ってきた。


「・・・蒼、大人の話に入ってくるんじゃないの。」


水島と外で話せばよかったかもしれない、とアタシは後悔した。


「だって、すぐ傍で二人共”人嫌いです”って話をしていたら、ここにいる人嫌いじゃない私は、心の底で二人に嫌われてるのかもーって不安になるじゃない。」


「いや、そ、そんな事は・・・ね、ねえ?火鳥さん?」


必死にフォローしようとしてますよって顔で水島は、アタシを見た。



アタシは少し面倒臭いな、と思いながらも少し首を傾け溜息を吐いて言った。



「フン、他人の好感度なんて気にしてたら、自分を通せないわよ。

だから、アタシ達になんと思われようと、アンタがいちいち気にする必要も価値なんかも無いのよ。

わかったら、あっち行きなさい。」


水島がその瞬間、目をカッと開き、口をぱくぱくさせた。

・・・アホな面して。


「ふーん。」


蒼は、アタシの目をジッと見ていた。

アタシの目を見ても、アタシの気持ちなんか解るわけは無いのに。

それでも、蒼はじっとアタシの目を見つめ、やがて口元に笑みを浮かべた。


「・・・ふふっわかったよ。あっち行ってるね?アイス食べよ〜っと。」


そういうと、蒼は何故か上機嫌になり、パタパタと冷蔵庫に向かって行った。


「物分りがいい人間は、助かるわ。」


アタシが蒼の長所を挙げるとするなら、この物分りの良さだろう。

デリカシーも無い、プライドだけは一人前の下手な大人より、余程良い。



「単に物分りが良いっていうよりも、彼女、火鳥さんの事、よくわかってるって感じですよね。」


水島が、なんとも気持ちの悪い感想を呟いた。

蒼は・・・そんなのじゃない。

アタシだって、蒼の事を知らないし・・・知らなくていい。

蒼もそうだ。アタシの事は、生活していく上で必要な事だけ知ればいいし、それ以外は知らなくていいのだ。


「・・・別に。・・・蒼がアタシの女難の類なら、切り捨てるわよ。」


天井を見て、アタシはそう言った。


「ババアだろうと、神だろうと、なんだろうと・・・アタシの人生の邪魔をするなら、何者であっても消すわ。」


結局、アタシは邪魔者を消していくしか、自分の生きたい道を通れない。

だから、除ける。それだけだ。


「大体、アンタと違って、アタシは”みんなにお優しく”なんかないんだから。」


水島は違う。


邪魔であっても、自分が避ける。

自分の生きたい道に似た道を通って、目的地に辿り着ければそれでいいと思っている。

その余計な道をわざわざ通るのが、水島だ。

アタシは、その余計な道にあるものを見ないし、持たない。

アタシに出来ない事が出来る、と以前イカれた女に言われたが、それは事実だと今更ながら納得できる。



「話戻すわよ。」

「あ、はい・・・ええっと、当面の目的は、あの行方不明の本を探すって事ですよね?」

「そう。とにかく、動くにしても情報が足りな過ぎる。アンタはあの本、もしくは、この地域に関しての資料をあるだけ集めなさい。

小さい図書館から、大学・・・この地域の風土を研究している物好きでもいいから、探すのよ。あのイカれたストーカー女の他にもいるかもしれない。」


水島は、ふんふんと頷きながらアタシの話を聞いた。

更にアタシはポケットから鍵を取り出した。


「それから・・・アタシは、アンタのストーカー女の自宅に何か残っていないか、調べるわ。」


水島の女難の中に、使えそうだけど面倒な女がいた。

この地域の祟り神を研究していた女だ。

ストーカーで意味不明な言動と奇行を繰り返す危ない、イカレた女。


ああいうタイプには、関わらない方が良いのだが・・・研究内容は一見の価値がありそうだ。


「・・・なんか、サスペンスドラマみたい・・・。」

「ドラマじゃないのよ、二時間で簡単に解決なんかしないし、手がかりも見つかると思わないで頂戴。」


浮かれ気分の水島に釘を差す。

とにかく、なりふり構っていられない。

自分の人生、命に関わる事である以上、使える金は惜しみなく使う。

死んだらあんなもの、ただの紙くずと鉄くずでしかない。



「お姉ちゃん、電話だよ〜」


蒼が持ってきたのは、アタシの携帯・・・のようなもの・・・。


って・・・なに?・・・あの物体・・・!


「ちょっと!?アタシの携帯にまで、ジャラジャラストラップつけないでって言ったじゃない!」


アタシのスマートフォンには、動物が群がっていた。


「ん?コレ?可愛いでしょ?これ、君江さんに連れて行ってもらったゲーセンで会ったキャバ嬢っぽいお姉ちゃんに貰ったの。」


「こうなった経緯を聞いてるんじゃないの!・・・ああ、もういい!携帯よこして!」


鳴り続けるスマートフォンを奪い取り、耳にあてる。

心なしか、いつもより電話が重い。


「お待たせしました、火鳥で・・・」


『もしもし?私・・・忍。』


電話をかけてきたのは、妙に深刻で小さい声の烏丸忍だった。


「ああ、忍ねーさん。何?今、大事な・・・」


また、お説教か?と思ってアタシは切ろうとしたのだが。


『りり、あの・・・相談したい事があって・・・あの、本の事・・・。』


”本”と聞いて、アタシの意識は再び電話の向こう側に向いた。


「あ?」


『実は、黙ってたんだけれど、私達・・・・あの本の居場所、知ってたの。』


アタシはその言葉を聞いて、まず言葉が出なかった。

そして、電話の向こう側にいるであろう、忍を睨んだ。


『・・・うん・・・怒ってるとは思うけれど、お願い・・・最後まで聞いて。』


忍の声に、アタシは溜息だけで答えた。


『ただ、私達は話がしたかったの。呪い云々苦労してるのは、解ってるつもり・・・でも、私達の声も聞いて欲しかったの。

もう・・・部外者じゃないんだもの。その為に、あの本を手元に置いておきたかったの。悪いとは、思ってるわ。

あのパーティー会場から、彼女が本を持ち出していたのを知っていて、私は黙っていた。

皆で本を持ち出した彼女と話して、水島さんと話す為に持っていようって話になって・・・

それでね・・・一昨日、あの本を持っていた女性が襲われ、たの・・・それで、本も半分奪われてしまって・・・。

まさか、こんな事になるなんて誰も思わなくて・・・とにかく、こうなった以上は貴女達には知らせようって・・・。』


今更、知らせてどうなる?

こうなってしまっては、手遅れも良い所だ。

もっと早く居場所をアタシ達に言ってくれていたら・・・とっくに呪いのアレコレが解っていたのかもしれないのに!!



「・・・それが、本当なら・・・お気の毒だけれど、アタシは、アンタ達のした事を簡単に許せないわね。」


冷静に喋ろうとはすれど、口を開くたびにどんどん怒りは跳ね上がっていく。

お前らの声を聞いて、呪いが解けるんなら聞いてあげても良かった。


でも、そんなものに意味は無い。

そして、どうにもならなくなってからじゃ、遅い!遅すぎるッ!!


「・・・フン・・・深く関わるなって忠告したわよね?馬鹿馬鹿しいけれど、これでも命かかってんのよ!?」



忍が考えてる事は大体想像がついた。

水島に一度、縁の紐を切られている忍は、縁の紐が切れたらどうなるかを知っている。


おそらく、呪いが解けた後の事を考えたのだろう。




・・・だけど・・・それが、なんだっていうのよ!!!



「惚れたなんだで、中途半端に首突っ込むから、そうなるんでしょッ!?何故、アタシか水島に連絡しなかったのよ!!」


『だって、それは・・・!・・・いえ、ごめんなさい・・・本当に、ごめんなさい。

聞いて・・・!りり!私・・・いえ、私達、ただ、ちゃんと・・・ちゃんと彼女と話がしたかっただけなの。

せっかく出会えたのに、部外者扱いされて、紐が切れたり、呪いを解いちゃったら・・・何も無かった事になるんでしょ!?

そんなの・・・あんまりよ・・・・!』




・・・だから?


それで、アタシと水島が死んでいい理由になる訳?


それこそ、あんまりだと思わないの?


結局、アンタ達はアタシ達の呪いの話も信じてもいないし、呪いを解く為に走り回っているアタシ達の苦労も行為も理解していない。


だから、そんな真似が出来るのよ。




「それが・・・アタシ達にとって、どれだけのモノか解ってて!

あんた等は、くだらない与太話する為に、みすみすどこかの馬鹿に取られたって言うんでしょ!?

どこまで!馬鹿なのッ!?」


アタシは、すっかり頭に血が上った。

少なくともアタシが覚えている忍は、こんな事をするような人間じゃないと、どこかで思い込んでいたのだ。


忍は、自分の利益の為だけに、他人の命を危険に晒すなんて真似だけは・・・



 ― 思い込んでいた?違うなぁ、その場合は『信じていた』と言うんだよ。 ―



あの白い着物の女の声がしたような気がした。

信じていた?馬鹿馬鹿しい。

忍は・・・確かに、幼少期からアタシの傍にいた近い人間。それだけだ。



『・・・何を言われても、弁明出来ないわ。本当に・・・ごめんなさい。』


言い訳なんて聞きたくはない。

こっちの事情も本の場所も知っていたし、本を持っていたのにもかかわらず、結果がコレ。

偉そうに人嫌いに向かって説教を垂れていたクセに、最後は自分の気持ちを通した。


そんな忍に、これ以上、何を言う権利があるのか。

あったとしても、アタシは許す気は無い。



「・・・で?その半分は、あるの?じゃ、ちゃんとこっちに渡してくれるんでしょうね?」



『ええ、渡すわ・・・その代わり、水島さんと話をさせて。

呪いを解くのを、少し・・・待ってもらえないかって・・・。』



「・・・は?」


『時間が無いのは、解ってるわ・・・でも・・・

やっぱり、どうしても!納得できないのよ!自分の気持ちが、呪いを解いたら消えちゃって・・・!

彼女がいた記憶だって、なくなってしまうなんて!もう、あんなの嫌なの!!

私達の気持ちはどうなるの!?せめて、水島さんの口から、ちゃんと・・・』



この期に及んで、まだ自分の恋愛の心配・・・?

答えをもらえないって時点で気が付かないの?




 ― そりゃ、そうさ。あっちだって真剣なんだ。自分の人生をある意味、変えてくれる人間なんて、そうそう出会うもんじゃない。 ―



頭の中に、またあの女の余裕たっぷりの笑いを含んだ声が聞こえた。

そんな声に反応するよりもアタシは、忍への怒りが振り切れた。



「・・・ふっ・・・ざけんじゃないわよ・・・ッ!?どこまで馬鹿にしてんの!?」


『馬鹿にはしていないわ。こっちだって、真剣なの。この想いを・・・ちゃんと水島さんに理解してもらいたいだけなの。』


・・・理解出来ない。呆れた。



 ― まあな、気持ちはわかるぞ。だが、忍ちゃんの場合、不確かな呪いの存在で起こかもしれない他人の生き死により、確実にそこにいる自分が大事って気付いただけだ。 ―


頭の中に、ごろ寝しながらこちらをせせら笑うような声が聞こえる。


耳からは、開き直った敵の必死な声が聞こえる。

女難も来ていないのに、頭痛がしてきた。



『ああ・・・結局、良かれと思って行動しても、貴女達に迷惑をかけてしまう”女難”なのね・・・私。』


忍は、そう言って自嘲した。


「自覚してんなら、早急に本を渡してくれる?迷惑どころか、こっちは死ぬっつってんの。

現に、そっちに犠牲者が一人出てるんでしょ?次は、自分よ。」


とにかく、場所がわかった以上一刻も早く回収しなければ。


『私は別にどうなってもいいわ。後悔して長く生きるより、自分の進みたい道を生きて、死にたいの。』

「自分勝手な生き方を貫くのは結構、ただし、それにアタシ達を巻き込まないで。」


羽ばたきたがりの蝶に、アタシは釘を刺せるだけ刺す。

邪魔をするなら、従姉妹だろうと容赦はしない。


『りり・・・自分にとって、どうしても譲れないものってあるでしょう?

それが、例え・・・自分の周りに多大な影響を及ぼす可能性があっても・・・私は自分の意思を貫きたかった。


私は・・・最近、それが出来たの。それが、自分にとってどのくらい大切か、想像も付かない。

とにかく、失いたくないって思うの。一度失いかけているから、余計。


だから・・・不特定多数への迷惑を考えるより先に、譲れないものの為に動きたいって手足が動くの。

・・・伝えるだけ伝えて・・・出来たら・・・解って、欲しかった・・・。

ただの呪いの副産物でもない、部外者でもない・・・一緒に問題を解決する、助けになりたかったの・・・!』


忍は、途中から声を詰まらせながら話し続けた。

忍の譲れないものの話など、どうでも良かった。

片方が失いたくないとじたばたしたって、もう一方が頷かなければ、どうにもならない事はよくある話だ。


要は、欲しいモノ(水島)を手に入れるのに、忍は周囲を気にしなくなっただけの話。

自分の周りすら見えない、いや、見ようともしなくなっただけ。たかが、呪いの恋に。



・・・10代の小娘じゃあるまいし。ツイッターでポエムでも書いてろ。



『ねぇ、りり・・・もし、貴女なら、どうしてた?』



アタシにそれを聞くなんて、どうかしてるわ。そう思った。

大体、他人の為に、動こうなんて・・・


 ― 嘘をつくなよ。それともボケてるのかなぁ?お前はとっくに赤の他人の為に動いている。忍ちゃんと違うのは、お前は既に譲れないものを失った経験があるだけの話だ。 ―


(・・・うるさい。)


頭の中の声に反応すまい、としていたが・・・ついに反応してしまった。


 ― お前の場合、失う前は自分よりも他人、だった筈だ。だが、失ってから気付いたんだ。お前は・・・ ―


頭の中の声をかき消すように、アタシは口を開いた。


「アタシは自分の大事な命を守るわ。以上。本はどこ?」


アタシの答えに、やや不満そうな声で忍は言った。


『・・・水島さんに渡すわ。話もあるし。』


まだ言うか。


「あぁ!?だからッ他人の下らない想いとアタシらの命を秤にかけないでよ!馬鹿なの!?ホント、馬鹿なのね!!」


『馬鹿でいいわ・・・うん、馬鹿なのね、私。』


・・・完全に開き直った。


 ― あんまり忍ちゃんをイジメてやるなよ。お前にとっては、今だって”お姉ちゃん”なんだろう? ―


耳からは、従姉妹の戯言。

頭の中からは、嫌な女の笑えない漫談。


頭の中の声の影響か、少しずつフラッシュバックしてくる嫌な記憶。


もう、どうにかなりそうだった。



「もう、あれでしょ!?ヤリたいだけなんでしょ!?も〜うッいいッ!アタシが、順番にそいつらと寝てやるわよッ!!」


大声を張り上げて、必死に振り払う。



『りり、誰もそんな事言ってないわ。ただ、水島さんと話せたら、本は渡すし・・・』



「だから!アイツがそんな話に乗るわけ無いでしょ!?アタシは手段は選ばないし、同じ人嫌いなんだし、テクニックだって・・・ッ!?」




 ― お前は気付いた。ただ他人を思いやるよりも、まず自分のケツも拭く余裕もないようなヤツが、他人を思いやっても、無駄だとな。 ―


(うるさい・・・!)


 ― 大事に思う人間の前だからこそ、お前はより完璧な人間でなくちゃいけない・・・失わない為に。 ―


(うるさい!アンタなんかに、何がわかるのよッ!!)


 ― ”決して染まるな”・・・お前は、この言葉を大事にしているくせに、その言葉を発した人物の真意をまるで理解していない。 ―


(・・・え?)



アタシが、自分の人生の中で、最も大事にしていた言葉。

アタシしか知らない筈の言葉。


それを、理解していない・・・?



 ― ふっ・・・強くありたい、と願う人間も鎧の隙間を突けば、なんとも脆いものよ。 ―



頭の中の声がアタシを鼻で笑った。

掌の上で転がらされている、と自覚した瞬間、顔が熱くなった。

心臓がドクンドクンと音を立てる。


向けようと思っても、拳のやり場は無い。


誰だ、コイツは。

なんなんだ、コイツは。



怒りの次は、恐怖。


ふと、アタシの腰に両腕が触れた。

即座に振り向くと、腕の主は蒼だった。



「・・・誰と、何を、話してるの?お姉ちゃん。私、具合悪くなっちゃった。」


蒼の体温と声を認識した途端、さあっと身体の熱は引いた。

アタシは、すっと蒼から目線を逸らすと言った。


「・・・薬の時間だから、一旦切るわ。忘れたの?アタシの傍に”病み上がり”がいるのよ。

言っておくけれど、アタシやアイツを誘き出す為に蒼をだしに使ったりしたら・・・二度と光が見えないようにしてやるわよ。じゃ。」


アタシは通話を無理矢理切った。

冷静に話す為には、数分程、時間を置く必要があった。



「お姉ちゃん。」


蒼がアタシの身体にぴたりとくっついて催促する。

いつもなら怒るところだが、そんな気にはならなかった。



「はぁ・・・わかったわよ、オブラートのゼリーどこだったかしら。・・・よっと。」


アタシが蒼を抱き上げると、蒼は少し驚いた表情をしたが、すぐに笑った。


「むー。アレ、ゼリーで包んでもやっぱり苦いんだもん。」

「だから、子供だってーのよ。」


「じゃあ、お姉ちゃんも飲んでよー。」

「嫌よ。アタシ、健康ですもの。」



薬とオブラートを持って、奥の部屋のベッドに蒼を寝かせた。

思えばアタシの寝室に、自分以外の人間のニオイがするなんて、不思議な感覚だ。


「お姉ちゃん・・・大丈夫?」

「・・・何が?」


「ねえ。」


蒼は起き上がり、アタシにがっしりと抱きついた。

アメリカのドラマでよく見る”ハグ”だ。


「な、なによ?」


アタシが何?と聞いても蒼は答えずに、子供をあやすようにゆっくり、ぽんぽんと背中を手で擦った。



「私、子供だから・・・大人にならないとわからない事は多分たくさんあると思う。

でも・・・私、見てみぬフリは出来ないし、知りたいの、お姉ちゃんの事。お姉ちゃんが抱えている事。

勿論、お姉ちゃんの迷惑にならない程度にね、見守ってあげたいの。」


子供に見守られるなんて・・・と思ったが。


アタシの口は開かなかった。


言葉を発することすら、野暮に思え、アタシはただ蒼の背中に腕を回した。



「・・・もっと強くぎゅってしてもいいんだよ?」


蒼の言葉とアタシの後頭部に触れた手に、アタシは両手を引っ込め蒼の肩を掴んで引き離した。


「・・・調子に乗らないで。」


立ち上がったアタシに向かって、蒼はごめん、と笑ってベッドに身を預けた。


考えろ。これから、どうすればいいのか。

アタシは、もう落ち着いていた。


面倒だが、本が二つに分かれている上、一方は忍達が、もう一方は別の人間の手に渡ってしまっている。

水島を餌に釣り上げる、という手もあるが・・・。

危険すぎる、という文字を頭に浮かべた瞬間、思考を止めた。


いや、とりあえず水島と情報を共有した上で、話し合おう。

水島は、あいつらに余計な情を抱いている。

もしも、水島が下手にあいつらにかかわり、言いくるめられて呪いを解かない、という選択をとったら・・・





『私に会ったお前には伝えねばならない、残念な知らせがある。


お前が大切にしていて、信用している人間が・・・ふむ、4人だな。いるだろう?4人。


その4人の内の一人・・・”水島”が今日死ぬ。』



・・・死ぬの?アイツが?まさか。



リビングに戻ると水島はいつも通り、やる気があるんだか無いんだかわからない顔をして座っていた。


水島を見ていると、とても死ぬとは思えなかった。

それに、コイツは筋金入りの頑固者だ。自分の意志は曲げないし、多分変わる事はないだろう。




「話の腰が折れたわね。」

「ええ、もうボッキボキですね・・・それより、本の事ですけど。」


水島は淡々と話し始めたが、アタシは先に忍の電話の件を話した。


「・・・忍達が、持ってたわ。あの本。」

「え・・・!?」


水島は驚き、止まったが、すぐに口を開いた。


「・・・持ってた?持ってたって、どういう事です?」

「一昨日、本の半分を誰かに持ち去られたそうよ。」


「なんて事だ・・・!」


水島はオーバーリアクションをとって、顔を覆った。



「あのパーティーの後、忍達が本を手にしていたんですって。

今の今まで、知らせもしないで。挙句、どこの誰かもわからないヤツに本をとられたのよ。」


話している内に、また腹が立ってきた。


女難とはいえ、水島は比較的、忍だけは信用していた。

忍も少なからず、水島の信用を認識はしていたはずだし、失わないようにしていた筈だ。


なのに・・・肝心な時、忍は自分の気持ちを優先した。


「”達”って事は・・・他にもいたんですか?」


水島は、馬鹿正直だから、アタシが伝えなければ信じ続けるだろう。

いや・・・アタシがアレコレ伝えたとしても、この女は自分が見たものじゃないと信じない。


「そうよ、あのパーティーにアンタの女難が他に3人いたでしょ?あいつらもグル。」


それを聞いて、水島は天井を見上げた。

死にかけた目に、ますます光がなくなった。


「・・・そう、ですか。」


水島からは、失望に似た感情が漂う。

落ち込んでいるのか、呆れているのか。その矛先は、忍に対してなのか、信じてしまった自分へなのか。

天井を見上げたままの水島を見て、アタシの苛立ちは更に増幅した。


「気に入らないのは、忍よ。アタシ達の状況を知っていながら、ずっと黙って、女難の味方していたのよ!?

どいつもこいつも・・・あの本をダシに使って、アンタを呼び出すのが目的だったのよ!

”この想いをちゃんと水島さんに理解してもらいたかっただけ”、とか抜かしてたけど、そんなもん関係ないってのッ!

その為に、アタシとアンタが命の危険に晒されてるなんて、考えもしなかったのよ!あの女共は!!」


言わなくてもいい言葉が口から漏れ出す。

別に水島に対してのフォローのつもりなど、これっぽっちも無いのに。



「・・・そう、ですか。」


水島はアタシの台詞に対して、同じ台詞を天井に向かって呟いた。

抜け殻になりそうな水島をみて、アタシは思った。


今のコイツに必要なのは、フォローではない。



「アタシは、今から忍達が持っている本を回収しに行くわ。あっちは、アンタをご指名だったんだけど。

ホイホイ、アンタを向かわせたら、忍達が何をするか解らない。確実に本を手にする為にも、ここはアタシが行くわ。」


今の水島は、忍達には会わせられない。

というか、会わせる義理は無い。一分たりとも、奴らに渡してたまるか。


「あ、それなんですけど・・・私も報告が。」


水島が片手を挙げて、自分にも本を持ってるという女から電話がきた、と言い出した。

奪われたもう片方の本か・・・もしくは、罠か。

話を続ける水島の目には、徐々に光が戻ってきていた。

やはり、この女は下手にじっとさせるより、行動していた方が良いのかも知れない。


(・・・マグロか。)


色々な意味でマグロの女にも、働いてもらおう。


「ふうん…辻褄は合うわね。本の半分を盗んだのが、その電話の女なら・・・回収に成功すれば、本が一冊手に入る。

OK アンタはその電話の女の呼び出しに応じなさい。」


水島は静かに頷いた。


「・・・さすがのアンタも今回の事で、忍に呆れた?」


もし、そうならば、この際アタシから忍にはハッキリと突きつけてやろうと思っていた。

が。


水島は少し、考えてから苦笑を浮かべて言った。


「ん・・・いや、忍さんだって人間ですし。

いや・・・忍さん達だって、とんだ災難ですよ。

好きになった人間が私じゃなかったら、こんな事せずに済んで・・・もっと良い人生送れてたのに。」


水島の指は台詞の間中、もじゃもじゃと動き、忍達への文句など何も無かった。


忍にも呆れたが、こいつにも呆れた。

まだ自分にも非があると思っているのか。



「ホンット、お人好しね。反吐が出るほど。」

「・・・・・・・。」


まあ、コイツは、そういうヤツだけれど・・・。

だが、少し安心した。いつもの水島だ。


「とりあえず、そっちはそっちで上手くやって。」

「はい・・・そっちは、お願いします。」


こうなった以上、水島とアタシは一旦別行動をとるしかない。

目的の本が二つに分かれている上、どちらも女の手に渡っている。


まったく・・・面倒な事になった。

もし、奪われた方の本が水島の女難が持っているのだとしたら、水島の身になんらかの危害は加えられることは勿論だろうが、本を燃やされてしまう可能性もある。

水島はともかく、本に何かあったら大変だ。


アタシ達は、共にエレベーターに乗り込んだ。

下がり始めた狭い箱の中、アタシと水島は右と左の側面の壁にそれぞれ寄りかかっていた。

エレベーターが動いた際に生じる僅かな重力を身体で感じる。



「・・・ねえ・・・水島。」

「はい?」


アタシ達は目を合わさずに会話した。


「アンタ、本当に人が嫌いなの?」

「は?」


「常々思ってたわ。アンタって・・・確かに人嫌いだとは思うけれど、アタシと違うから。」

「そりゃまあ・・・違いますよ。大体、嫌っていても、結局、今の生活は私一人では作れませんし、送れませんから。」


「それって、アンタは他人と一緒に生きる事を受け入れるって事?」

「極端な話、本当に人間が嫌過ぎるなら、山に篭って自給自足の生活をすればいいんですが、そんな事は出来ません。

現実的じゃないし。無理です。

私は前の生活・・・他人との適度な距離が出来ていた生活が送れたら、それで良かったんです。

生活・仕事に必要な会話や関わりだけで、十分です。友達だって・・・本音を言えば要らないし

元々、そういう健全な社会性に溢れる人間の生活には向いてないんです。・・・社会不適合者って言うんでしたっけ?そういうのは、自覚しているつもりです。

でも、まったく悪いとも思えない。今までだって、何一つ不自由は無かったし、最低限の迷惑はかけず、私だって耐えてきたんですから。

他人の目からは不合理、不条理、不適合な生き方でも、私の心にこれほど合致する生き方は無いんです。

一人でいるコトや人嫌いだって事がカッコいいだなんて一ミリも思わないし、自分の嫌な所は今も沢山あります。

それでも、他人と一緒にいると・・・色々考えちゃって、振り回されて、疲れちゃって・・・耐えられないんです。それが好きな人でも嫌いな人でも。」


普段から、色々自分の中で質疑応答を繰り返している女だもの、そりゃそうよね、とアタシは納得した。


「・・・そうね。」

「でも・・・最近、少しだけ・・・思うんです。」


水島は、腕組をしたまま、俯きながら口を開いた。


「ん?」

「今の生活・・・すっかり変わってしまったけれど、これはこれで、なんとかなってるなって・・・。

彼女達との距離の取り方、もう少しで掴めそうだし・・・彼女達、話してると自分には無いもの持ってて、その違いが、なんというか・・・。

楽しく・・・は無いな・・・うん、多分・・・でも・・・なんか・・・慣れてきちゃったのかな・・・。

上手く言えませんけれど、こんな自分でも案外、普通に他人と接する事が出来るんじゃないかって・・・錯覚を・・・しちゃったりして・・・。

今までの出来事で、昔の自分にないモノを得られたんじゃないかなって、前向きに考えてる自分がいたりして・・・。

あぁ、でも・・・その前に私、死んじゃうかもしれないし、ボヤボヤしていたら彼女達がかわいそうですよね。」



”慣れ”は、強みであり・・・”毒”。



『自分にとっての平凡が崩れ過ぎると、普通が一番だと感じるだろう?

しかし・・・それも慣れてしまうと”つまらない”と感じるようになる。

”慣れ”っていうのは人間の強みであり、自身のつまらん好奇心を刺激する毒薬だ。


お前の今の状態は、その毒に汚染されている状態って訳だ。』


水島も”毒”に侵されているのか・・・アタシもだけど。

いつもの自分が崩れて、自分以外の人間に少しでも身を任せたら・・・それが命取りになる事をアタシは今までの経験から知っている。



「・・・アンタは優しすぎる。いや、甘すぎる。人嫌いにしては他人に対して、アンタは・・・」

「いや、そんなんじゃないですよ。」


毒は色々な形で、水島を侵食している。

通常の感覚は麻痺していき、徐々に緩み・・・毒はもっと深部まで入っていく。


染められる。

このままじゃ、アタシも水島も毒に染められる。



「じゃあ、もっと怒りなさいよ。もっと、強く突き放して!アンタは、もっと怒っていいのよ!もっと・・・!」



 自己愛があるのなら、もっと自分をちゃんと大切にして。



「結構怒ってますよ?これでも。」


「いや、そうじゃなくて・・・アンタは・・・!」


アタシは思わず水島を見た。

横にいる水島は、いつものとぼけた顔をすこし緩ませて笑っていた。


”心配無用”と言いたげに。

勿論、アタシにそんなつもりは無い。


「・・・あーもういい。」


何が言いたいのか、言えたとしても何にもならない。

水島とアタシは他人だ。


他人の生き方に干渉すべきじゃないし、お互い人嫌いなんだし。


「ありがとうございます。」

「だから、違うってば。」


エレベーターが止まりドアが開いた。


「なんとか、片方の本は取ってきます。そっちはお願いします。」

「何かあったら、すぐ連絡して。」



水島の後ろ姿を見送り、アタシは車に乗り込み、忍に電話をかけた。



『・・・はい。もしもし。』


忍じゃない。


「・・・アンタ、誰?」



アタシは自分のスマートフォンの着信履歴から、忍の携帯電話にかけたはずだ。



『お久しぶりです。烏丸さんは、今電話に出られないので、代わりに私が応対させていただきます。何かご用かしら?』


ずいぶんと慣れた電話応対だが、アタシは気に入らなかった。

電話の向こう側の女が、アタシを笑っているのが手に取るように分かったからだ。


「忍は何をしてるわけ?」

『さあ?』


「今、どこなの?」

『それは、烏丸さんの居場所かしら?それとも、私?』


アタシの質問を二度もはぐらかしたので、アタシは後部座席に置いてある鞄の中からノートパソコンを出して膝の上で開いた。


(あまりナメた真似をしたら、どうなるか思い知らせてやるわ)


パソコンを起動させつつ、アタシは会話を引き伸ばした。


「こっちは、クイズしてる暇ないの。・・・水島がどうなってもいいの?」

『彼女がどうなるのかは、把握しているわよ。』


やはり、電話の向こう側の女はこちらを嘲笑っていた。

これでハッキリした。

電話の向こう側の女は、水島の女難だ。


「そんなに水島と話したいわけ?それとも、ヤリたいの?」

『どちらも、って所ね。他の人は知らないけれど、私は私のやり方で彼女との繋がりを守るだけよ。』


呪いで出来ただけの縁のクセに、物は言い様だとはよく言ったものだ。


「繋がり?腐れ縁の間違いじゃないの?随分、勝手な言い草ね。

呪いの効果で勝手に好きになっておいて、散々迫って拒否されてるのに付きまとって、言う台詞は他の女と同じ。・・・惨めにならないの?」


パソコンのシステムを起動させ、忍の携帯の位置を探る。

捕まれば、こっちのものだ。


『煽るのがお上手ね?・・・このまま黙っていたら、本当に惨めな結果になるって思ったから行動してるの。』


「呪いさえ解ければ、アンタのお花畑の状態の頭から、その惨めな結果ごと消え失せるわ。安心して本をこちらに渡しなさい。

そんな事を続けても、水島がアンタ達の話を受け入れる事は永久に無いわ。」


もう少しで位置を特定できる。

(案外、ここから近いわ・・・。)


アタシは、すぐにでも発進できるように車のエンジンをかけた。


『ええ、だから・・・”嫌でも受け入れてもらう事にした”の。人が嫌いでも徐々に慣らせば良いのよ。

本がなければ、呪いを完全に解く為に彼女は、きっと儀式の相手を探すしか方法がなくなる・・・その時、私はこの身を差し出すつもりよ。

それしか、彼女が人間であり続ける事は出来ないのだから。』


勝ち誇ったような口調で、電話の向こうの女は喋り続けた。


儀式の相手、というキーワードが出たので、歳の数だけセックスをしなければ呪いは解けない、ということを知っているのだ。

本に書かれているのか、忍が喋ったのか・・・。

いずれにしても・・・あの儀式を知っているなんて、厄介極まりない。

この女・・・水島に迫って無理矢理25回ヤリかねない。


そんな事をされたら水島は次の瞬間、首を吊るか、やられる前に舌を噛み切られる・・・。


ていうか。


アタシが同じような事を仕掛けた時、真っ先にアイツ舌を噛んだし。


アイツが死んだら、意味が無い。



「・・・本を、読んだの?」

『さあ?どうかしら?』


(チッ・・・やはり、はぐらかすのね・・・。)


やはり直接会って、本を奪うしかない。

電話で会話をしつつ、場所を特定するのに手を動かし、アタシは頭で考えた。


”嫌いでも徐々に慣らせば良い”


どうにも、この言葉から嫌な予感しかしない。


「水島が、アンタの思い通りになると思ったら大間違いよ?」

『あら、貴女も彼女に気があるの?』


「察しが悪いわね・・・このアタシが、アンタの好き勝手にはさせないって言ってんのよ! ”阪野 詩織”!!」


『・・・フフ・・・。』



パーティーの時に聞いた声、抑揚の付け方をアタシは覚えていた。

耳にまとわり付くような色香を含んだ声。


「もう一度、言うわよ。こんな事を続けても、水島がアンタ達の話を受け入れる事は永久に無いわ。」

『未来は、わからないわよ?だって私は・・・』


アタシは、そこで電話を切った。

車を発進させて、目的地に向かった。



(どいつもこいつも・・・まったくしょうもない。)



アタシは奥歯を噛んだ。ギリッという音とエンジン音がほぼ同時に耳に届いた。


言い知れぬ、焦りがあった。

さっき別れた水島の後姿が・・・やけに・・・やけに、遠くに感じたから。







(・・・なんで・・・。)



アイツと初めて遭った日を思い出す。

アイツに良い印象なんか特に無かった。


頭の悪い言葉の連発に、反抗的な態度、無駄にある行動力。

アタシを否定するようなアイツの存在が疎ましかった。


そこにいるだけで、アイツは目障りだった。


除けようとしても、居座り続けた。



それがどんなに無様でも、アイツは自分を譲らなかった。



アイツは、馬鹿だ。

馬鹿なのに、そこらの馬鹿とは違った。



アイツは、アタシの話は聞いた。

いや、誰の話でもよく聞く女なのだ。

聞いた上で、自分独自の馬鹿行動を起こす。




アタシに出来ない馬鹿をやれる女。




なのに・・・アイツが、消えようとしている。



そういう馬鹿馬鹿しい”予感”があった。

大抵、アタシはそういうのを気のせいで終わらせるのだけれど・・・




ハンドルの上部を掌で叩き、アタシは前を睨んだ。

そんな事よりも考える事があるだろう、と。




水島の関係者のデータは、ある程度アタシの手元にあった。


阪野 詩織 27歳 独身


城沢グループの秘書。

性格は穏やかで柔軟。自信家な一面もあり”薄着”になる事に抵抗が無い。

仕事も容姿も人並み以上で、積極的に人とは争わない傾向がある。

自身のヒューマンエラーですら許さない、完璧さを追求するあまりか、人間らしさが感じられない。

人並みの人間は妬みを込めて、阪野を”完璧なお人形”というあだ名をつけて呼んでいる。

社内社外問わず男性社員からの人気は高いが、女性には嫌われている。

妬まれやすいのは、そのせいか。くだらない。



そう言えば、水島が以前言ってたっけ。




「阪野さん、ですか?・・・えーと、何かとエロくて一緒にいると変な緊張感で疲れるし、油断出来ない。あと・・・」





(・・・あと、なんだったっけ?)





 『あ〜ぁ・・・水島のツケが一気に回ってきたな。面倒な事になったぞ?』




考え事をしながらハンドルを握っていたアタシの耳に再び不愉快な声が聞こえてきた。


車の後部座席には、あの白い着物の女が寝そべってニヤニヤしながら、こちらを見ていた。

どういう原理で、夢に出てきただけの存在であるアイツが見えるようになったのかはわからない。


いや、分かったところで、何にもならないだろう。


アタシは無視をした。どうせ勝手に喋るだろう。


『自分と相対する覚悟を決めた人間は特にややこしいぞ。なりふり構わず、目的の為になんでもやるからな。』


そう言いながらも、女は笑っている。やはり面白がっているようだ。

前方の信号機が赤に変わった。

車を止めて、振り返って後ろを見る。

白い着物の女は、他人の車の後部座席におっさんの昼寝のポーズで寝ていた。


「・・・一体なんなの?」

『夢の中でお会いして以来ですね。』


そう言って、ちらりと着物の裾をまくって見たくも無い真っ白な太ももを見せたので、思わず気分が悪くなった。


「・・・チッ。」

『あー悪かった悪かった。冗談だ冗談。いや、舌打ちは無いじゃないか。』

「冗談にしても古すぎんのよ。」


アタシは前を向いた。青信号に変わったので、再びアクセルを踏み込む。


『・・・オイオイ。お前達にワザワザ、トラブル発生のタイミングを時々教えてやったのに、その態度はないだろう?』

「あの頭痛・・・アンタのせい!?つーか誰?」

 ※注 あの頭痛 ・・・ このシリーズ序盤でよく活用されていた”女難センサーまたはサイレン”の事。



『私は、呪いの効果で引き寄せられる縁をたま〜に教えてやっただけだぞ。女難トラブルが起きたのは、私のせいじゃない。』

「で、最近機能してなかったのは、アンタがサボってたからって事よね?そういう事よね!?やるならちゃんとやってよ!

最近来ないなって思ったら、ただアンタがサボり気味だってだけ!?結果的に、アタシ達がトラブルに巻き込まれるのはアンタのせいじゃないの!つーか誰!?」


『そうきたか。まあ、見守るのも段々面倒臭くなってきてたし〜、お前らを囲む歪みも解けて来ていたしなぁ。わざわざ知らせる必要もないだろうと思ってさ。』

「”歪み”って何?・・・大体、アンタは何をどこまで知ってるの?!そして、誰!?」


『お前等が関わる前の女達が持っている心の歪みさ。お前等の周りには、女達の心の歪みがいつもあったんだ。

ていうか、一番歪みきってたのは、中心にいたお前らだけどな!あはははは!』

「・・・・・・・・・・。(怒)」


『・・・それはそうと、お前と水島は本を探してるんだろ?本には色々書いてるぞ〜。それとも、お前は、まだ正体もわかっていない私の言う事を信用してくれるのか?』


「・・・ふん。で、誰?」


『何事も自分の目で確かめた方が良い。人づての情報には、何らかの”解釈”や”思い込み”が混じってしまうもんなんだ。』


そう言うと、白い着物の女はミラー越しに笑いかけた。



そんな事はわかっている。

他人の情報なんて、そんなものだ。

ソースがあっても、結局自分の目で確かめなければ、それは決定的な事実だと認めない。


「あくまで、誰かって言う質問には答えない気なのね?」

『すまんな、答えられんのだ。私については、あの本を読んでくれ、としか言えんよ。』


白い着物の女は、そう言って片手で”ごめん”と軽く謝った。


「フン・・・ここね。」


システムが指し示していた場所は、とあるマンションだった。


(ここ、阪野詩織の住所と一致しているわ。)


阪野詩織の狙いは、”水島”だ。

水島が呪いを解く事を邪魔する事、そして水島を自分のものにする為に、あの馬鹿儀式をやる気だ。

忍と阪野詩織が手を組んでいる可能性も捨てきれない。


『さてさて、あのエロいお姉ちゃんは、何を企んでいるかなぁ?』



後ろの正体不明の喋る何かが、さも面白そうに呟いた。




「・・・その前に、アンタはいつまでアタシの後ろをウロチョロする気なの?」


普通の人間じゃないのは、嫌というほど解っている。

呪いだの、他人の縁が見えるだの、祟り神だの・・・オカルトなモノばかりに触れすぎていて、感覚が麻痺している。

驚かない自分が不思議でならない。


「誰だか知らないけれど、邪魔するなら、諏訪湖の石で殴るわよ。」

『邪魔なんかしないさァ。むしろ、私はお前等を応援していたんだぞ?』


「じゃあ、なんでアタシの前に現れたのよ!水島の所にも行けば良いじゃない!

・・・やっぱり、アンタ祟り神かなんかで、アタシを殺しに来たんじゃ・・・」



突然出てきたクセに、全てを知っているような態度が気に入らない。



『お前を殺すだなんて、手間のかかる事をするわけがないだろう?それに、殺すならとっくに出来てるだろ?

いいから、行って来いよ。本を回収したら、私の事が少しは分かるぞ。私は、まだ応援しているだけだ。』


「・・・フン。」


後部座席のヤツと話していても本は手に入らないと悟ったアタシは車を降りて、真っ直ぐに阪野詩織の部屋に向かった。


(こんな事になるなら、水島の女全員の家の鍵を複製しておくべきだったかしら・・・)

 ※注 犯罪です。


インターフォンを押すと、まもなくドアはあっさりと開いた。




「あら、いらっしゃい。早いのね?」


青いドアを開けて、阪野詩織がアタシを招きいれようとした。


「本は?」


玄関に片足だけを入れたまま、アタシは本題を切り出した。

阪野詩織は”やっぱりね”と言いたげな溜息をついて、少し笑って答えた。


「ここに半分。あとは誰かが持っていってしまったわ。」

「・・・仕組んだわね?」


「何の事?」

「・・・他の女に、あの本の事を吹き込んで、半分だけ奪うように仕向けたんじゃないの?」


「何の為に?」


玄関先で質疑応答している暇はない。

アタシは、鼻で笑いながら阪野詩織を煽った。


「言っておくけど、1晩で25回云々の馬鹿儀式させようってつもりなら、無理よ?アイツ、舌を噛み切って死ぬわ。

アンタは知らないようだけど、あの女は物凄くしぶといし、自分のポリシーを貫ききって、死ぬ女よ。」


アタシがそう言うと、阪野詩織の顔から笑みがスッと消えた。


「・・・させないわ。彼女には同意してもらって、抱いてもらうの。こちらが彼女をその気にさせてみせるわ。じゃないと・・・!」


やはり本を餌にして、水島をおびき出し・・・無理矢理、性交渉って事か。

本当に、どこまで頭がイってんの?この女!



「ハッ!馬鹿馬鹿しい!どのみち、無理矢理やらせようって事に変わりないでしょ?レイプと変わらないわね。

愛してるっていう割には、一方通行な愛しか示せないのね?それが20数年生きてきた女のする事?」

「何とでも言って。彼女は、水島さんになら喜んで犯されるんじゃない?最初は、誰でもいいのよ。そこから上手く私達が水島さんを・・・」


なんていう身勝手な・・・!


「何が、上手く、よ・・・!!」


アタシは阪野詩織のブラウスの襟を掴んで引き寄せ、そのままの勢いで頬を引っ叩いた。


「…クソみたいな淫夢話は、もう結構。」


阪野はそのまま、玄関のドアに背中を打ちつけたが、アタシを見て笑っていた。


「ッ・・・!」

「無駄話はいいから、本をよこしなさい。」



「いたた・・・水島さんと違って貴女は随分、女の扱いが乱暴なのね?」

「アイツだって、アンタらの仕業だって知れば同じ事をするわ。あんまりナメない事ね?」


襟を掴んだまま、小さい声でアタシはそう言った。


「いいえ、彼女は違うわ。”優しい”もの。」

「そう、その優しさに漬け込んで、同情をかって、性交渉して、徐々に自分のモノにしようって事?・・・浅ましいにも程があるわね。」


水島が、これ以上・・・自分のポリシーに反する事をしなければならない状況に追い込まれてしまったら・・・




 『とりあえず。残念な知らせがある。お前が大切にしていて、信用している人間が4人いるだろう? 

 その内の一人・・・水島が今日死ぬ。』


多分・・・アタシの直感だけど、水島は今日、とてつもなく危ない。

以前、アタシが昨年のクリスマスイブに刺されて死に掛けたように。


「何をどう言われても、貴女に解ってもらおうとは思わない。」

「・・・解る訳が無いでしょ!?このッ!」


もう一発殴ろうかとするアタシを呼び止める声がかかった。


「りり!」


忍がドアを開けて、こちらに駆け寄り素早くアタシの手を取った。

五体満足。ピンピンしている忍。


「・・・忍ねーさん?」

「やめて!」


”やめて”ですって?アタシが加害者みたいな目で見ないでよ。



「・・・何で?このエロ女の味方なの?本の事も黙ってたクセに?本も半分取ってたクセに?

他人を生贄にしたのよ?そこまでして・・・アイツを苦しめたいわけ!?

迷惑と命の危機にさらされてるアタシ達には、アンタ達をブン殴る権利があるのよ!」


怒鳴りながらアタシは忍の手を振りほどいた。

しかし、忍は首を横に振りながら言った。


「私達は私達なりに彼女を理解しようとしたわ!でも、これ以上部外者扱いされるなら、理解なんか出来ない!今度は、貴女達が歩み寄る番でしょう!?

呪いを解かせないとは言ってないわ!だけど、私達にだって関係ある事なんだし、彼女の口からちゃんと聞きたかったのよ!

貴女は一体、どうしたいのか!」


「言わなきゃわかんないわけ?1円にもなりゃしないアンタらの理解を得る事よりも、アタシ達にはやる事があるの!本はどこなの!?歯の一本でも折られないとわかんないの!?」

アタシがそういうと、阪野詩織はすました顔で言った。


「貴女の従姉妹って、結構短絡的な頭してるわね。」

「思考回路が胸と生殖器にいってる馬鹿女よりマシよ!水島が・・・今、どんなに危ない状況にあるのか、本当にわかってるの!?」


「それ・・・どういう・・・?」

「危ない?」


阪野と忍の顔色がサッと変わった。

アタシの表情を見て、事の重大さをやっと認識したようだ。


「いいから!本を渡しなさいッ!」


もう一度、アタシが阪野詩織に殴りかかろうとするのを、忍が更に止めた。


「や、やめて!わかったわ!本なら、ココにあるからッ!もうやめてッ!!」


忍が片手に持っていた本を奪い、アタシはサラリと中身を確かめた。


・・・本物だ。


「烏丸さん、独断的すぎるわよ。」

「・・・ごめん、なさい・・・。」


これで、忍が阪野詩織に無理矢理連れ去られていた、という可能性は消えた。

忍は、阪野詩織の協力者に成り下がっていたのだ。



「チッ・・・一応、聞いて良い?」


アタシの質問に忍はコクリと一回頷いた。


「この女が、一体何をしたのか、水島に何をしようと考えて動いていたのか知ってて、止めもせずに、一緒にいるわけ?」


アタシの質問に忍は辛そうな顔をしてみせる。


「・・・りり、私」

「いいのかしら?火鳥さん、危機的状況の水島さんを助けに行かなくて。」



忍の言葉を遮るように、阪野詩織は髪を整えながら口を挟んだ。



「・・・忍ねーさん、水島を呼び出した女が誰か知ってるの?」



アタシの問いに忍ねーさんは、言いにくそうに阪野を見るばかりだ。




「・・・それは・・・」

「門倉 優衣子。水島さんと同じ、事務課のお嬢さんよ。」


阪野詩織が、またしても忍の台詞を遮った。


「私だって心苦しいのよ?水島さんに他の女をあてがうのは。でも、その前に・・・根本的な条件を揃えないとならないし。誰に決めるのは、その後でもいいのよ。」


阪野は少しも笑う事無く、そう言った。



「・・・あ?条件?」


水島とヤリたいだけのクセに、一体どんな条件があるというのか。


「りり、わかって。これは・・・私達全員の目的の為に、必要な事なの。」



忍は顔を伏せたまま、そう言った。


もう、アタシに言う事は無いらしく、二人共アタシから目を背けた。



「あぁ、そう・・・。アンタらの私利私欲の為に、水島が死んでも、アタシは責任を一切持たないわよ!いいわね?」



「誤解しないで欲しいわね。私達は・・・彼女のハッピーエンドを望んでいるの。その為には、多少の犠牲は払うし、どんな事もするわ。」


阪野詩織は真剣な目でそう言った。

「どうやら、その言葉には嘘は無いらしいけど、アンタの思うハッピーエンドが水島の望むソレと合致するかどうかわからないわよ。」

アタシがそう言うと、阪野の顔が僅かに引きつったように見えた。


「確認しておくけれど・・・アンタらが持ってる本は、これで全部ね?」

「ええ。何度も嘘なんかつけないわ。もう通用しないでしょ?」



大体、信用もしていないけどね。アタシは本をバッグに入れると、二人の目を見て言った。


「・・・一つ、言っておくわ。」


アタシは、昔・・・友達だと信じ込んでいた人間に裏切られた。

アタシの望む人間関係を結べなかっただけ、とも言えるが。


信じようとしていたのが、そもそもの間違いなのだ。

裏切られても、最初の2,3度はもしかしたら、と信じられる人間を探した。



・・・だが、結局いなかった。


アタシは、そこで見切りをつけた。


水島は、昔のアタシに似ていた。

見切りをつける前のアタシに。


アイツは、今も自分が悪いと思い込み、信じられる人間を無意識に探し・・・そして、馬鹿正直に信じている。


アイツには”他人を信じている”という意識は無いのかもしれない。

だけど、アタシの目から見れば・・・アイツは、確実に女達に騙されているのだ。



悪いのは、女達の方だ。



好きだから答えをよこせと騒いで、勝手にアイツの生き方を縛りつける。


お前らの浮ついた気持ちとやらのせいで・・・水島が死ぬ。


そんなの馬鹿馬鹿しくて見ていられるか。




「アンタらが何をしようと勝手だし、邪魔をするなら容赦はしない。


水島は、アンタ等をある程度信用しているだろうし、アンタらの事情を知ったら知ったで、きっとヘラヘラ笑って許すでしょうね。


・・・でも、アタシは許さない。絶対に。


アイツが許しても、アタシはアンタらを信じないし、絶対にアンタらを許さないから。」



忍も阪野も何も言い返さなかった。













本を手に阪野詩織のアパートを出る。

後ろから、忍が追いかけてきてアタシの肩を掴んだ。


「りり!」


「まだ言い訳し足りないわけ?いい加減にしてくれない?アタシ達を殺す気?」


「そんな訳無いでしょ!?・・・ただ”今のままでいたい”の!・・・

それなのに、記憶がみんなリセットさせるのは・・・嫌なのよ!

水島さんと出会う前の自分に戻るのが怖いのよ!貴女だって、そうでしょ!?」

忍の目は真剣だった。

それだけ、忍にとっての水島という人間は大きなものになったのか。



 この呪いは、とことんややこしく、恐ろしい。


素直にアタシはそう思った。



「今にしがみついて、未来を捨てるなんて馬鹿だわ。」


アタシが振り向きながらそう言うと、忍の肩を掴む力が緩んだ。


「今のアタシを形成する土台の一部くらいなら、アイツは関わっているのかもしれない。

アイツに関わって、変わったって言うんならそうなんでしょうよ。


だけどね、結局自分の人生を歩くのは自分だけよ。アイツがいなければ歩けないわけじゃないでしょ?


いつまでも、慣れ親しんだ人間が傍にいると思わない事ね。」


自分の大事に思う人間に少しでも長くいて欲しい、と思う気持ちはわからないでもない。

二度と会えないならば、なおさらだ。


だが。


それは、自分にとって必要なだけであって。

自分に縛られる人間はどうなんだろう。


・・・・・・ああ、ムカつく。これじゃ、水島の馬鹿と一緒だ。


アタシの言葉に肩を掴んでいた力は徐々に抜けていき、アタシが全て言い終えると忍の手は離れた。


「・・・貴女は、いえ・・・貴女達は強いわね・・・ホント。」


忍はアタシや水島を同じ世界の生き物ではない、と悟ったような顔でアタシを見ていた。



「忍ねーさん・・・そっちも強くなってよ。諦めないのが、アイツのポリシーよ。

憧れるだけで終わってたら、戻りたくない嫌な自分とさほど変わってないって事じゃないのよ。」




そう言って、アタシは忍の顔を見ずに車のドアを閉め、エンジンをかけ車を発進させた。







『いや〜諭すねぇ〜。自分の事を棚に上げて。』


後部座席には白い着物の女がニヤニヤしてまだ座っていた。


「・・・。」


アタシは無視を決め込み、車を道路の端に停めて本を読み始めた。

内容は・・・読めない事はない。どうやら、昔話のようだ。





途中までは何の事は無い、Wブスの掛け合いだ。

 ※注 水島さんの他人に対する表現も酷いが、火鳥さんも十分に酷い。



問題は、村が貧しくなった所からだ。


(祟り神を鎮める為の・・・”人身御供”・・・。)

古書には、暗闇に縛られた女が放り込まれる絵が描き込まれていた。


”祟り神の怒りに触れた”そして”人身御供”

祟り神の怒りを鎮めるため、人身御供に性格ブスが選ばれたところで、本の半分は終わっていた。


「こんな本で、ホントに呪いなんか解けるの・・・?」


期待したほど情報が入っていない事に、アタシは溜息をついた。


これでは祟り神の呪いを解く為に人身御供が必要なのでは、と思ってしまう。


あのババアに、人間・・・巫女を生贄として差し出す。

馬鹿馬鹿しい。時代錯誤も良い所だ。


しかし仮に、本当に人身御供が必要なのだとしたら、アタシは誰をぶちこめば良い・・・?


・・・誰・・・を・・・?


一瞬、蒼の姿が脳裏を掠めた。


何を考えている・・・蒼は関係ない・・・!

となると・・・まさか・・・祟り神に選ばれた、巫女の可能性がある、”水島”・・・?


つまり、アタシか水島のどちらかが、巫女として祟り神に身を捧げて、死ねば・・・この呪いは・・・終わる・・・?


(馬鹿な・・・!)


アタシは、とりあえず”女幸村”の事を調べるようにメールを数件打った。


『いい線いってるよ・・・その考え方。』


後ろの女がまた喋り始めた。


「黙ってて。化け物と会話している暇はないの。」

『自分の命を供え物にする・・・昔の阿呆共は本気で考えていたんだ。神に願えば、人間に出来ない事なんでもどうにかなる、とな。』


「黙っててって聞こえないの?」

『人間の魂など、余程の物好きな神でなければ受け取ってももらえず、活用もされないというのに。』


「・・・活用?」


放っておこうとも思ったのだが、気になる単語を聞いて思わずアタシは聞き返してしまった。

女は答えた。


『そう、魂を”加工”するんだ。

近所から生魚をお裾分けされたら、捌いて料理するだろう?それと大差ない。

いただいたから、美味しく食べる。まさに、それだ。』


「もう少しマシな例えは無いの?」


『正式な生贄の活用法は、人間の願い事を叶える為に必要な力を出す為、自分の栄養源にしたり、痩せた土地を潤す養分にするんだが。

ほとんどは捧げられた魂は自分の寿命や力の糧にしたり、魂を別の容器に入れ替えて自分の仲間にしたりもする。』



「・・・と言う事は、アンタ・・・まさか、”神様”とか言わないわよね?」


もしも、そうなら神も仏もあったもんじゃない。


『いいや。私は祟り神でもないし、神でもない。元・人間ではあったが、今となっては私は何でもない。』

「じゃあ、一体アンタは何を・・・」


スマートフォンが鳴った。

水島からメールが来たようだ。


内容は、これから水島が本の半分を持つ女の居場所に行く事とその居場所を知らせるものだった。

その場所をカーナビに設定する。


後ろの女はうーんと背伸びをして、べらべらと喋り続けた。

どことなく楽しんでいるようにも見える。


『生き続ける目的があるヤツは羨ましい。必死に何かに打ち込んで、結末を待つ楽しみがある。

その根にあるのが、生への執着であっても、己の誇りであっても、恨みであっても・・・何も無いよりは、ずっとマシだ。

何もない場所で、何も無い己を保ち続けるのは難しくもあり、最大の罰だ。』


「つまり、アンタには存在理由が無い、と?」


アタシがそう言うと、女はあっさりと認めた。


『うん、違いない。私はここにいる理由は無い。どこで生まれたのか、何の為にどうすればいいのか・・・持て余している。

私は他人だけではない、世界からも切り離された・・・ただの化け物だからだ。』


「じゃあ、幽霊と変わりないわね。さっさと成仏したら?」


『アレ(幽霊)は、まだ人間を殺すって目的が残されているじゃないか。それに、私だって成仏出来るならとっくにしているさ。

私だってなぁ出来るなら、喉の奥から変な奇声出して、井戸やらテレビから這い出て、最終的に萌えキャラにされてみたいよ。』

「やめて。吐き気がする。」


幽霊でもない、正体不明の女の愚痴を聞かされるなんて、鬱陶しいったらない。


『まあ、そう言うな。私は、お前が呼びに来るまで、本当に何も出来なかったんだ。

お前や水島みたいな人間にしか認識されないだけのかわいそうな存在なんだ。』


自分で言うな、とアタシは思った。


「フン、呼んだ覚えないんだけど?」

『まあ、役には立つさ。私を楽しませてくれたら、お前らには絶対無理だと思う事を私がやってやるよ。』


「・・・・・・アテにはしないけど、一応、その言葉覚えておくわ。」


『期待はしてていいぞ。何しろ、今の私はただの化け物だ。』


人間ではないというのに、アタシもベラベラと話をしていた。

幻覚か幻聴か、それとも信じてもいない幽霊の類なのかは知らない。


その知りもしない、死んでるっぽい、謎の赤の他人と喋っている、という異常な状況にもアタシは平然と対応出来ていた。


心のどこかに”ああ、またか”という、トラブル慣れのせい。


それとも、この死人の女の不思議な感じのせいか。

自分に近しいような、そうかと思えば遥か彼方まで遠い存在のような。

とにかく邪魔ではあるが、ハッキリ敵だと認識できない。この感じはなんなのだろうか。


正体不明の死人と話している内に、水島の伝えてきたビルに着いた。


「で、どこまでついてくる気?」

『お前が絶対無理な状況や問題に直面し、私の名前をお前が呼んで可愛く”お願い”をするまで、だ。』


「・・・ふうん。」


アタシがそう言うと、白い着物の女は意外そうな顔をして、おどけながらたずねた。


『あれ?”だったら、さっさとアタシの前から消えて”とか言わないのか?』


「フン・・・その減らず口を叩けなくなるような上等な願いを考えるから、それまで大人しくしてて。」


アタシの言葉に白い着物の女は期待したようにニヤリと笑って、後部座席に寝転んだ。







(ここは・・・)


住所を見てもぴんとこなかったが、ビルを見てアタシは少し驚いた。


何の因果だろう。

このビルは、叔父が持っていたビルだ。

確か、2年・・・いや、3年前くらいに潰してやったと記憶している。

夏は北海道、春・秋・冬とサイパンや沖縄に旅行に行って、たまに社長の椅子に踏ん反り返って座っていただけのオヤジなんか、転がすのは簡単だった。


自分が潰したモノのその後を見るのは、初めてだ。


水島が入ったらしきドアを開けると、矢印が見えた。なるほど、こうやって誘導していくのか。

矢印の通りに階段を進む。


(埃っぽい・・・)


1年以上放って置いたとは思えない。

このビルの管理会社が余程、手を抜いているのだろう。



矢印を進んでいくと、水島の声が聞こえた。



「や、やめてッ!!」


マズイ。

水島が襲われたか・・・!


アタシは矢印を追った。


そして、声が聞こえてくる方向に向かって、足音を殺して近付いた。


(ここね・・・。)



少しだけ開いたドアの隙間から、中を覗き見た。

薄暗いが、ハッキリと見える。



「さあ・・・水島さん、私の中に指を入れて、貴女の指で、鍵を取り出してください。・・・それで、終わりです。」

茶髪に緩くかかったパーマを指でいじりながら、女が掠れた声で含み笑いをしていた。


「・・・な、何て事を・・・!!」


「早くしないと・・・もっと奥に入れちゃいますよ?水島先輩。」



門倉は、下半身丸出しで開き直ったようにM字開脚をして微笑んでいた。


(これまた、ドエロイ・・・いや、ドエライ女難だこと・・・。)


どうやら、本を手に入れる為の大事な鍵を、体内に入れられてしまったらしい。



「か・・・門倉さん・・・!」



(馬鹿ね・・・ぐずぐずしてるから。)



呆れていたアタシだが、水島はすぐに反撃を宣言した。



「・・・わ、わかったわよ!指入れて、鍵取り出すだけなんだからッ!」


勢いだけは褒めてはやりたいが、恐らく水島は取り出せないだろう。

何があっても、そこの一線は越えない人嫌いの女だ。



「水島先輩。ちなみに・・・私、処女です。」

「・・・ぅ・・・うわああああああああッ!!!」



相手も相手で、揺さぶるのが上手い。

いや、水島が単に揺さぶられすぎるのか。



「これで、想いや記憶はなくなっても、貴女に抱かれた経験は、身体に残ります。

水島さんだって、私の処女を奪ったって経験が残りますよ。


・・・それで、私は・・・この恋を終わらせます。


だから、抱いて下さい。たった一度なんですから、ね?」



掠れた声で、気持ち悪い発言の数々・・・正直、ドン引きだ。

あれが、おそらく阪野詩織が襲うように仕組んだ…仲間、門倉優衣子、だろう。



「・・・どうか、してるわ・・・貴女・・・!」



水島に同意。





「はい。・・・全部、貴女のせいです。・・・水島、先輩。」






(・・・ふうん・・・全部、好きになった赤の他人のせい、か。ふざけてた事をぬかすわね。)




アタシは、そのまま様子を見ることにした。





「・・・っはぁ・・・はぁ・・・水島さん・・・今だけ、今だけ・・・水島さんは、私だけのもの・・・。」



アタシが黙って様子を見ていたら、水島は女に抱きつかれて、呪いの告白と愛撫を同時に受けていた。

ねちっこくて、安いアダルトDVDを見ているみたいだった。



「・・・貴女も、気持ち良いですよね?他人同士だからこそ、こんな風に触れ合えば快感は得られるんですよ。

そこに好意があれば、もっと・・・もっと、気持ち良いんです・・・。

・・・花崎課長達には、渡せない・・・あ、知ってます?

あの人達、貴女に本を渡すって言って呼び出して、自分の想いを伝えて、交渉しようとしたんですよ。

多分、目的は、私と一緒です。良かった・・・一番が私で・・・。

仕事も容姿も何もかも私より上なのに、その上、貴女まで取られるなんてたまりませんから・・・だから・・・」


水島の表情は見えないが、電車が止まって10時間以上足止めされた後のような、しけた面をしているに違いない。


「私・・・花崎課長を、襲いました。」


門倉の一言で、水島がぴくりと動いた。

だが、依然として門倉を振り払おうとはしない。


阪野詩織が言っていた”優しさ”とはコレか。

確かに、女難にココは漬け込まれそうだ。

アタシはそのまま黙ってみている事にした。

ここで水島が流されていくようなら、水島を一人にするのは危険だ。

もし、水島が毅然とした態度で女難に対処出来るなら、それに越した事は無い。



「許せなかったんですもの・・・あの人に優しい貴女が、良いように扱われて、取られていくの・・・黙って見ていられなかったんです。

だから、花崎課長から本を奪う為に、私・・・自分でも信じられない事、しちゃいました。

不思議と、アレはスンナリと出来たんです。自分の殻を破れたっていうのかな・・・これも、貴女のお陰かもしれないです。

・・・そう・・・それもこれも、私はですね・・・貴女を助けたかったんです。だから・・・」




棒立ちの水島に、門倉は吸い付くようなキスをして、不快な吸い付く音がアタシの耳にも届いた。



「・・・私を・・・愛して・・・水島さん・・・。」



(何やってんのよ・・・まさか、されるがままにされて相手の気が済むまで付き合うつもり?)



「・・・触って。ねえ・・・触って・・・。」



見ていて、正直ものすっごくイライラしてきた。

さっきからイライラしてたけれど・・・!


いっそアタシが蹴り倒してやろうか、と思ったが・・・


(・・・ん?水島・・・?)


よくよく見ると水島の拳は、ぐっと握られていた。

そして表情も見えないのに酷く落ち着いている様子の水島の背中から、少しずつ怒りの感情が噴出しているようにも見えた。


静かな怒り、というヤツだ。


全体的に脱力しているのに、ふつふつと中が沸騰していて、外に漏れている、そんな感じだ。


ああ、そうか・・・アイツはああして徐々に静かに怒り、溢れだすまで我慢するのか、と納得した。


その水島の感情に気付いたのか、門倉は水島の顔を見て強張った顔をした。



「・・・・・・どうして・・・そんな・・・カワイソウなものを見るような目で、私を見るんですか・・・?」


水島の顔を見て、門倉はようやく無駄な色仕掛けを止めた。

部屋の中の空気が、甘ったるいものから、しんと冷たいものに変わった。



(…どうやら、アタシの取り越し苦労だったみたいね。)



自分の顔見知りには、甘くなってしまい怒るに怒れない水島も、さすがに今度ばかりは頭にきたようだ。



阪野詩織が抱いてもらうとかほざいていたが、やはり水島はそんな簡単に潰れる女じゃない。

意地と諦めの悪さと脚力だけは、評価しているのだ。


様子見をしていたアタシは安心して、二人に近付いた。




「実際、カワイソウだからじゃない?水島、お望み通り、適当に指突っ込んでやれば?」



アタシがそう言うと、水島からは溜息が聞こえた。



「誰ッ!?」


門倉は丸出しの下半身を隠しながら叫んだ。

随分と大胆(笑)な迫り方で、水島を誘惑しようとしていたようだ。


「・・・あら、そんなにアタシがここに来る事が意外だった?残念ね。お邪魔させてもらうわ。

ああ、見苦しいけれど、気にしないで。アタシも女だから。」


そう言って、鼻で笑う。


「どうして・・・!?」



「いい作戦ね。水島の馬鹿優しい所に漬け込んで、既成事実を作っておく。

コイツの性格上、一度情けをかけたら、そこからズルズルと関係を結べる・・・そう考えたんでしょう?


・・・でも、同情を更に引こうとして花崎翔子を襲った事を喋ったのは、マズかったわね。」


門倉はアタシと水島を交互に見た。

予想外の出来事だ、とばかりに手に取るように焦っているのが分かった。



「・・・・・・。」



「言っておくけれど・・・コイツの優しさはね、目の前の人間の為じゃないの。

結局、コイツが本当に思いやってんのは、他人なんかじゃないのよ。

水島って女はね、自分が嫌いで、それでも心底、自分しか愛せない・・・そういう女なのよ。」


門倉が水島の上着を掴んで、首を横に振った。

そして、水島には否定して欲しかったようだが、水島は答えずにアタシを見た。


アタシが見た水島の表情は・・・予想以上に荒んでいた。

目は死んでる所か、鋭く敵意むき出しで目の奥からは怒りが沸いていた。

口は、すっかりへの字で、眉間には皺が寄っていた。


決して、いつも顔のコンディションは良くは無いとは思っていたが・・・ここまで人相が悪い水島は始めて見る。


アタシに対し、もっと早く来いよと言いたげだ。

でもね、水島。これも全部、アンタがちゃんと排除しないからよ、とアタシは目で応える。



「・・・貴女、 ”情けは人の為ならず。”って諺、ご存知?


コレは、水島(コイツ)の為にあるような諺よ。


本来の意味は、他人に情け・・・つまりは優しくすると、それは巡り巡って、自分に返って来るって意味なんだけど。


ならずって言葉のせいで、勘違いされたの。”むやみに情けをかけたら、その人の為にならない”って意味にね。勿論、これは間違い。


でも、アタシ後者の意味も、十分に諺として評価に値すると思うの。

だって、その水島って女が、まさにそれを表しているんですもの。


むやみやたらに安売りした情け(優しさ)で、アンタみたいな女を引き寄せて、結局ロクな目に遭っていないし。


そして、それは・・・アンタの為にも、誰の為にもならない。」


最後の台詞は水島に向けて言った。



「な、何を言ってるんですかッ!今は、水島さんと私が話してるんです!貴女も、私の邪魔をするんですか・・・ッ!?」


「・・・わかってるわよね?水島、そこに救いは無いのよ。」



アタシは、再度水島に覚悟を決めるように忠告をする。


これ以上、他人の事などアンタは考えなくてもいいのだ、と。

本来の人嫌いは、他人に自分の振り方を左右されたり、関わられたりするのも、自分がそうするのも嫌なのだ。


元々人嫌いが、他人を思いやる事自体、間違っているのだ。

水島が元から持っている優しさだとしても、少なくとも・・・今、目の前にいる女には不要だ。


自分の為を考えて何が悪い。


自分の事を満足に出来ないで、他人をかばい正義を謳うアニメの主人公はなんだかんだあっても、最終的には何もかも解決する力を得る。


だが、アタシ達は違う。

正義を謳う心は無いし、力だって限られている。

他人なんか救うなんて場面にそうそう出くわすものでもないし、簡単に人に親切にしたら漬け込まれ”金を貸してくれ”と言われる。

そもそも、しょっちゅう困っているヤツは、問題解決の認識力も能力にも欠けているのだ。




自分の抱える問題を放り出して、救う価値のある人間なんかそうそういない。




「そこのソレは、ただの、アンタの”女難”。

自然災害と女難は違うの。わかるでしょ?アンタが黙って耐えていても、何にもならない。


適切に”処理”しなさい。それが、アンタの責任ってもんよ。」



アタシの言葉に、水島は浅く頷いたような気がした。

水島の顔には屈折しきった感情が溢れ返っていた。



「火鳥さん・・・頼みがあるんですが。」

「何?」




水島の目が、ふっと完全に普段のヤツのものではなくなった。

あれは、以前アタシに向けた”敵意”の目にも似ているが、それの比じゃない。


今にも無差別に噛み付きそうな鋭い目に、身体だけは理性を保っているように見える。


さすがの水島も、とうとうブチ切れた、のか…アタシはそう思った。



水島は門倉の両肩に手を掛けて、言った。



「・・・”コレ”、押さえるの、手伝って下さい。」



”コレ”と呼ばれた門倉の表情が変わった。


「え・・・?水し・・・ッ!」





(・・・おかしい。)


アタシは一応、後ろを警戒していた。が、どうやら門倉には援軍は来ないようだ。

てっきり阪野、もしくは阪野の息がかかっている女が来るかと思ったのだが。



阪野詩織と門倉優衣子が仲間だとしたら、こんな事は想定内のはずだ。



阪野と門倉優衣子が組んでいるのだとしたら、門倉にとってもアタシの登場は想定内のはずだ。

だから、ここまで動揺するのは、おかしいのだ。


現に、アタシが水島と一緒に行動し、自分の所に来る事は阪野詩織にとっては想定内だった筈だ。

当然、その後、本を持ったアタシが水島と合流する事を読んでいない筈がない。



・・・阪野と門倉は仲間じゃなかったのか?

・・・それとも、単に打ち合わせを満足にしていなかったのか?




(・・・まさか・・・!)


門倉は、ただの時間稼ぎか?


それに・・・阪野詩織。あの女は油断ならない。水島の言うとおりだ。


アタシはてっきり、阪野と忍が手を組んで本を分割して、時間稼ぎをしつつ、水島の精神状態をボロボロにした所を二人で襲うもんだとばかり思っていたけれど・・・


(水島を襲う事が目的じゃない・・・?)


阪野と忍ねーさん・・・あいつらが大人しく自分の目的を吐くとは思えないし、先程のあれで終わったとは思えない。


そんな事を考えている間に、門倉の肩を掴んだまま水島はズンズンと前に進んだ。


なるほど、指を突っ込んで鍵を取り出す気になったのか。


・・・そんな事しなくても、本のある場所さえ解ればいいのだから、適当に脅せばいいのに。


(やれやれ。)


アタシは上着のポケットからハンカチと薬瓶を出した。

門倉を眠らせよう。いちいち、女同士の情事を観賞する余裕は無い。



「仕方ないわねぇ・・・奥のデスクで良いわ。足はアンタが押さえて。

手はアタシが押さえてあげるから、早いトコ済ませて。」


アタシのダメ押しの台詞で、面白いように門倉の表情が青ざめたものにみるみる変わっていく。


この女、さっきはあんなに誘惑していたくせに。

水島を戸惑わせ、徐々に自分のペースで翻弄し、たらしこもうとしていたのだろう。



まさか、水島がブチ切れてこうなると思ってなかったのか。


いずれにしても、甘い。

たかがセックスなどに夢を見ているから、こうなるのだ。



水島は門倉をデスクの上に組み敷いて足を広げて、持ち上げた。

アタシはデスクの後ろに回りこみ、門倉の両手を捕まえ、固定した。



「み、水島、さん?」


門倉の動揺を誘う為に、アタシはニヤリと笑って話を振る。


「アンタ、女抱くの初めてだったわよね?やり方、教えよっか?」

「ああ、そうでしたね。どうするんですか?」


水島は淡々と返事をした。

まるで、作業の次の工程を確認するかのように。


その確認があまりにも機械的すぎて、門倉の顔色は更に悪くなっていく。


「水、島さん・・・ッ!?」


門倉はすがるような目で水島を見るが、水島は冷めた目で穴を見るばかり。

アタシも水島のノリに合わせる。


「穴に指突っ込んで、適当に出し入れして、時々中で回すだけ。」

「ああ、そうなんですか。楽で良かった。」


機械的な水島の返事。

そこに門倉の事を気にする様子は伺えない。

水島の目には、これから指を突っ込むだろう穴しか映っていない。


「ねえ!?む、無視しないで!水島さん!!」


いよいよじたばた暴れ出した門倉を、より強い力で押さえつけてアタシは言った。


「処女膜なんて気にしなくて良いわよ。血が出るやつと出ないやつがいるし。そもそもそんなモン無いから。」

「ああ、ソレ聞いた事あります。1年くらい放っておけば、膜も何も復活するでしょうしね。」


「ま、待って!水島さんッ!お願い!待ってッ!」


「気をつけなきゃいけないのは、膣の中に傷を作らないようにするだけよ。あ、はい、医療用のゴム手袋使って。」

「ああ、助かります。どうも。・・・これで汚れなくてすみます。」


ダメ押しの会話に、医療用手袋という小道具。ゴム特有のパチン、という音。

ついに門倉はビクリと身体を強張らせ、言葉を詰まらせる。


「あら、この子、今更震えてるわ。・・・望みが叶うっていうのに。」


「い、いや・・・こんなの・・・違う・・・!違う!違う!」


暴れる門倉を、水島もしっかり押さえ込んでいた。

もうそろそろ眠らせてやるか、とアタシはハンカチで門倉の口を押さえようとしたが・・・


「・・・何が違うんです?門倉さん。暴れないで下さい。鍵で、中が傷ついてしまいます。」


水島は、最終通告を発した。

不気味なくらい落ち着き払っていた。

それが余計、本気の脅しに聞こえる。



(なんだ、やれば出来るじゃないの。)



おそらく、水島はアタシが睡眠薬を仕込んだ事に気づいているのだろう。

だから、ここまでハッタリをかませるのだ。


・・・このくらい普段からちゃんと拒否と怒りの意思を示せばいいのに。



「ち、違う・・・!違うわ!こんなの・・・望んでない!!水島さんじゃないものッ!!こんなの嫌ああああああああ!!」


水島さんじゃない?お前のイメージから外れただけだろう?

それに、いつもと違うのは当たり前だ。大体、そうさせたのは、お前じゃないか。


思わず、アタシは鼻で笑った。


「フンッ・・・一体、何が違うって言うの?甘えてんじゃないわよ。

自分の理想通りの展開と、アンタが刺激して完全にブチ切れちゃった水島の行動が”ちょっと違った”だけでしょう?」


門倉の目が涙で揺れた。


今更、とアタシは思った。

門倉は、水島の目を見て涙を溢れさせながら、首を横に振った。


水島を見て、完全に怯えている。


これで良い。

目の前にいるのは、アタシの思う、こうなればいい水島だが・・・



(・・・なんか・・・。)



だけど、アタシには目の前の水島に何故か違和感があった。


怒っていい。

もっと突き放せ。


確かに、そう言った。


そして、女達に流されるまま泣かされていた水島が、今、女を泣かせている。

必死にもがく門倉の太ももを撫で、無表情で見下ろし、更に恐怖を与えている。



「・・・門倉さん・・・本当に、すみませんでした。」


口だけの謝罪。

水島の心の内は、きっと全く違う感情で溢れているに違いない。



もうそろそろ良いだろう。眠らせてやろう。


アタシは、ハンカチで門倉の口を塞いだ。

口が、もごもごと動く。


”ごめんなさい。”


門倉の心からの謝罪の言葉は、段々小さくなっていく。

多分、水島には届いていないだろう。


たとえ聞こえていても、今の水島は・・・


「暴れないで。」


「・・・――ッ・・・!!」



門倉が動かなくなった。



「やれやれ。この手の女は、本当に面倒臭いわね・・・。

それにしても水島、アンタ、よくアタシが”睡眠薬”持ってる事に気付いたわね。」


アタシはそう言って、掌の内側にある白いガーゼを見せた。


「アンタにしては機転が利いたわね。」


アタシは、水島にわかりきっているはずのネタばらしをわざとらしく見せる。

水島はこくりと浅く頷き、抑揚の無い声で言った。



「・・・ありがとうございます。これで、やりやすくなりました。」

「・・・!」


そう言うと、水島は再度門倉の足の間に手を伸ばした。

アタシのネタばらしの後で、しなくてもいい事を、わざわざやろうとする水島。



水島は、本当に門倉を抱く気だ。



アタシの前で、さっきまで処女だと言った女に向けて自分の指を突っ込むつもりだ。



・・・ああ、しまった。



思ったよりも、水島が受けたダメージが深刻すぎたのだ。

刺激を与えて怒りを引き出そうとしたが、こちらが思っていたより限界を超えてしまったらしい。



「ちょっと!何してんの!?」


アタシは思わず、水島の腕を掴み止めた。


「鍵、取ろうと思って。」


”何故、止めるの?”と言いたそうに水島は無表情で聞き返した。


「・・・アンタ、自棄でも起こしてんの?鍵なんか無くても、詳しい場所とそのタグさえあれば開くわよ!!」


「でも・・・。」


そう言って、水島は門倉の顔に向けて視線を落とした。


「まさか・・・水島。この女の言った事を真に受けてるの?」


水島は、何も言わなかった。

”全部、貴女のせい”


門倉は、水島が散々気にしている事を突きつけた。

だが・・・そもそも。


水島が呪いを解こうとするのは、自分の為でもあり・・・門倉をはじめ、女難に成り下がった人間を呪いにかかる前の状態に戻す為だ。

アタシは、単に自分が死にたくないからとウザったい呪いから解放されたいから、だけど。


自分がやろうと決めた事は、突き通せばいい。

邪魔をするなら、片っ端からぶち壊せばいい。


アタシは、そうしてきた。


でも、水島は・・・。



「何考えてんのよ。アンタ、前にアタシに言ってたじゃない!


『私は諦めない!それに妥協も嫌だ!自分の好きな道を生きて、死ぬんなら、私はそれでもいい!でも・・・!

私は最後の最後まで、諦めるつもりは一切無い!!』


今アンタがやろうとしてるのは、どこからどう見ても諦めたヤツが取る、妥協の行動よ!」



・・・でも、水島は・・・壊さず自分を通してきた。

律儀というよりも面倒臭い、優柔不断なヤツだと思っていた。

優しい、だなんて褒め言葉にもならない。ただの自分にも他人にも甘いヤツなのだと思っていた。



自分がこんなになるまで、他人に道を譲り続けて自分のペースで動けないなんて、アタシには我慢出来ない。


そして・・・。



「・・・門倉さんは、こんな事する人じゃなかった・・・。

私が変えてしまったんですッ!呪われた私なんか好きになってしまったから・・・!

私が、とっとと呪いを解かないからッ!私が、ちゃんと・・・彼女達に向き合わなかったから・・・ッ!」



そして、こんなにも他人の為に頭を使って、自分自身を傷つけてしまう馬鹿女を・・・アタシは他に知らない。



そんな事して、アンタはどうなる?

この先、訪れるのかどうかもわからない自己満足の為に何故、そんなに必死になれる?

何故、他人の事でそんなにも悲しそうな感情を出せる?


人が嫌いならば、そんな事考えなくても良いのに。


同じ人間だからって、遠慮は要らないのに。


体裁、自分のプライド、言語や肌の色、宗教、国、領土、土地、過去の出来事をひっくり返して人間は際限無くなんでも理由をこじつけ争う。


くだらない。

考えるだけ無駄だ。

構うだけ無駄だ。


争いたがる人間は、同じような人間とドンパチやって自己満足を抱えて勝手にひっそり死ねばいいのだ。


そんな勝手な人間に、アタシ達が悲しむ必要も、時間も、価値も無い。

だから、放っておけば良いのだ。


アタシ達が構わずとも、そいつらは勝手にアホみたいに回って暴れて勝手に死んでくれる。

もし、アタシ達の邪魔をするならば排除すれば良いだけの事。それ以上は必要ない。


暴れまわる理由も、その人間が抱える心の闇とやらも、過去のなんたらも関係ない。


好きだなんだと勝手に言い寄ってきた、呪いの副産物の人間にだって同じ事が言える。

今を生き、未来を考えるアタシ達に、そんなものを抱える人間なんか災厄でしかないのだ。



「自分の女難の一つが暴走したからって、そこまで悩む必要なんか無いでしょうが。アンタらしくもない。」



アタシは水島の左の鎖骨下にとんっと人差し指を置いた。


水島の心に、そんな人間の事を考える余白を与えたくなかった。

これ以上、余計な他人や情報で水島の心が乱されたら、この先、呪いを解くのに支障が出る。


現に、水島はすっかり取り乱してしまっている。


「私は、彼女達の気持ちも、そうなってしまった原因も知ってる・・・。

不幸な事故に近い、この酷い状況を、早く解決しなくちゃいけない・・・!

なのに、私達がこれからする事は、彼女達にとっては追い詰める事でしかないんです。

私は・・・私への気持ちが消えれば、みんな元に戻って・・・楽になると思ってたのに・・・!


それが一番だって思ったのに・・・!

でも、彼女達にとっては、そうじゃないんですっ!


彼女達にとっては、私のやってる事なんて・・・ただ、私だけが楽になるだけの方法にすぎなかったんです・・・!

それでも・・・私は、死ぬのは嫌だし、彼女達全員に応えられそうもないし・・・だから・・・!」


水島の目はキョロキョロと動き、息は荒く、時折ギリギリと歯を食いしばりながらも、苦しそうに話し続けた。

門倉達に、感情移入しすぎだ。


元から顔見知りだったり、色々女達に関わっている間に情でも移ったか・・・。


ああ、そうだ。コイツには、元々免疫が無いのだ。

アタシと違って、コイツは人と争っていない。

争わないようにしているし、争う前には逃げている。

だから、他人から負の感情を向けられ対峙しなければならない時、コイツは敵に歯向かう為の知識、経験、力が足りないのだ。



だからって自棄を起こして女と一線越えようなんて、今までの水島らしくもない。



今のコイツは、自分の身の安全の確保よりも、自分の呪いの被害者達への同情で支配されている。

その同情も、自暴自棄のせいで変化してしまい、やる事は何の役に立たない。


「だから、好きでもない女に指を突っ込むってワケ?それが、今のアンタのこの女に対する優しさ?これが、一番良い方法なの?」


「偽善者だって言うんですよね?そうです。偽善です。でも・・・じゃあ!!

一体、私は、どうしたら良いんですかッ!?」



”どうしたら良い?”

いつも自分の頭で、アタシの予想斜め上の答えを捻り出してきた女の言葉とは思えなかった。




これが、他人に染められた結果だ。



アタシが反吐が出るほど嫌なのは、自分以外の人間のせいで、普段通りの自分でいられない、出来ていた事が出来なくなる事だ。



水島は、もう泣きそうな顔でアタシにすがりついた。

以前の水島なら弱い所を敵でもあるアタシなんかには、意地でも見せなかっただろう。




「私、この先、どう頑張ったら良いんですか?

私の今までの苦労はなんだったんです?私、今まで”頑張ってた”のに・・・ッ!

どうして・・・どうして、こうなっちゃうんですかッ!!」



水島は、アタシに答えを求めていた。

アタシが持っているはずも無い、自分の進むべき答えを求めている。


そこまで落ちたか、水島。


無理も無い、仕方が無い、だなんて思わない。

これが、この女の限界という事だ。


水島の両目に溢れる液体なんか、何の役にも立たないが、それでも、水島はアタシの駒の一つだ。


こんなところで使い物にならなくなっては、アタシが困るし。


何より、こんな事でいちいちぴーぴー泣かれては、この先思いやられる。



「・・・水島。」


アタシは水島の両頬を両手でがっちりと押さえた。



「水島。大人になった以上、アタシ達にはね・・・

”頑張った”だの”努力しました”だの、そんな過程(モノ)は、汚染された大気にも劣るような価値しかないのよ。

過程を積み上げる事を褒められるのは、”勤勉”という言葉が似合う学生のガキだけ。

大人になったら、結果・結論が全てよ。過程なんか、もう関係ないの。」



アタシは、必ず報われる努力を否定する。

必ず、なんて無いからだ。


0に0をかけても、答えは0。

必要なものがなければ、0なりの結果しか出ない。


”頑張った先の0”で満足なら、それでいい。

だが、アタシは嫌だ。


努力に割いた時間や労力を、無駄にするかしないかは、まあ別問題として。


努力する姿を見せて誰かに認められたり、結果的にダメでも頑張る事にこそ意味がある・・・なんて、アタシは思わない。

努力だの、頑張るだの・・・そんなものは自分が決めた目標の為、自分の欲しい結果を出す為の、当然の過程だ。




「他人が頑張っている姿だって、目に付いても自分に利益がこなきゃ、努力する目的も、アンタ自身への理解も何も感じられる事は無い。

TVで1日やそこらで何km完走しろって無茶苦茶な長距離マラソンを走ってるの毎年見るでしょ?あれと同じよ。

毎年の事で見飽きた、偽善だ、何の意味も無い、そもそもあんなのがチャリティー活動なのか?・・・走らされてる本人の努力なんか関係ない。

文句言う奴は、走ってるヤツの苦しみも痛みも、努力も知らない。勝手に頑張ってるだけだろうとか、もっと頑張れるだろ、くらいにしか思ってない。

それはそれで、正論よ。じゃ、努力したっていう時間を過ごした本人はどうなるって事だけど。

走ってるのだって、チャリティーと言う名の”仕事”だしね。完走する為の努力なんか当たり前なのよ。」



あれこれ例を出したが、アタシの結論は、コレだ。



「それに、残念ながら、他人が興味や理解を示そうと腰を上げるのは、自分に関係する事だけ。」


他人の努力には、誰もが無関係。

こんなに苦労している、こんなにも頑張っている・・・そんな努力の過程の話など



無関係の人間にとっては、ただの愚痴でしかない。




「だから。


一人の成人女性でしかなくなったアンタが、どんなに走り回って、女達の感情を逆撫でしないように接していようと

何人ものややこしい女に手を伸ばして、あいつらの何かを救ってこようとも。

女難の呪いを解く為に、縁切りの能力を鍛えようと、その途中で何度も死に掛けていたとしても。


結局、それらアンタが”頑張ってきた事”っていうのは・・・アンタの自己満足でしかないの。


あいつらに理解されようだなんて、考えるだけ無駄なの。理解しないんだから。

たった一人しかいないアンタを欲しているあの女達にとっては、アンタの努力なんて最初から関係の無い事なのよ。


今考えている事が、アンタのしようとしている事が、あの女達の幸せの為であったとしても、ね。

女達の進もうとしてる道と、アンタが頑張って進もうとしてる道と交わる事は、無いわ。

だから、他人の事なんか、考えるだけ無駄なのよ。」




頑張っているのに、理解されない。


それは、頑張りに対して理解を得ようという事からして、間違えている。

結果を求められているのに結果が0なら、他人は納得しないのは当たり前だ。


アタシの言葉に、水島は悔しさと悲しみが混ざったような顔をして言った。



「無駄、なんですか・・・?

私のしている事は・・・彼女達を呪いから・・・私に関わる事から解放してあげたいって思うことは・・・ッ

そんなに身勝手な・・・自分の・・・自己満足って事なんですかッ!?」



自己満足が悪い、とは一言も言っていない。

アタシは、自己満足は己しか救えない、と言っているのだ。

水島の努力を、あの女達は理解しないだろう。

水島の望む理想と、あの女達の理想は、永遠に交わることが無いのだから。




「・・・もう一度、言うわよ。アンタの”ソレ(優しさ)”は、誰も救わないし、誰も救われない。」



水島の優しさは、誰も救わない。

むしろ、周囲の人間に優しくすることで、どんどん水島の負担は増していく。



アイツが優しくすれば、必ず後々漬け込まれる。

現に、阪野詩織は水島の優しさを知った上で利用しようとしていた。



優しくすれば、笑顔は増える?

笑顔を増やしてどうする?



自分より劣った奴等の下劣な笑顔に囲まれ見下ろされるくらいなら、アタシは目の前の人間の顔を踏みつけ、自分が高らかに笑ってやる。



あの女達を黙らせ、おとなしくさせる魔法の言葉がポポポポーン以外にあるなら、是非とも教えて欲しい。


 ※注 このサイトはA○とは無関係ですし、喧嘩は売っていません。ご了承下さい。


アタシが言いきった後、明らかに水島が落ち込んだ。


怒っても自棄を起こして扱いにくいし、落ち込んだら落ち込んだで、ただでさえ普段から背負ってる空気の湿り気が多いのに

これ以上、ジメジメウジウジされても目に余ってしょうがない。


「確かに、アンタのそういう考え方・・・そういう部分は、一般的には、長所と呼べるものなのかもしれない。

アタシには、とてもじゃないけれど真似できないし、しようとも思えないもの。


他人の立場になってモノを考えようって、多分、イイ事なのかもしれない。

でも、アンタが奴らの事を考えて、一番良い方法を思いついたとしても・・・

他人ってヤツは、こちらの思い通りにいかないし、一番の方法が関係者全員に良い結果をもたらす事は少ないわ。


で、その時。


考えに考えた答えに対し、アンタに返って来る結果や見返りが周囲から返って来ない時、アンタはどうやってフラストレーションを発散させんの?

今みたいに、そうやってオロオロしてどうしたいいのか迷って、”あの時、ああしておけば良かった”とか後悔の念を叫ぶだけなの?」



とにかく、いつもの水島に立て直すしかない。

呪いを解くには、コイツくらいしか使える人間がいないのだ。


アタシは水島の目を真っ直ぐ見つめ、懇々と諭した。


「・・・・・・・・。」


アタシが今までの人生の時間で得てきた教訓を、コイツに分け与える。

混乱して、自分の身の置き場を失いかけている水島。

目は上下左右、落ち着くことがない。


「人の気持ちを考えるってヤツはね、心に余裕があるヤツがするの。少なくとも、今のアンタには無理な話。

優しいだの、思いやりだの、それらは全部、心に余裕がある人間がやるの。

今のアンタのそういう他人への優しさは、アンタ自身を確実に破滅に追いやるわよ。

いい加減、自分は身勝手な生き物なんだ、と割り切ってしまいなさい。」




優しさだって・・・間違えれば、ただの毒だ。

この呪いを解くまでは、水島の中に優しさなんて必要ない。


人嫌いの水島という人間が戻ってくるならば、アタシは何度でも言う。


アンタは、もっと他人に怒りを示して良いのだ、と。



「・・・いや、それは十分解ってます・・・私、元から自分勝手に生きたくて、人間嫌いなんですから。」


声のトーンが少し落ち、視線は斜め右下に落ち着いた。


解っている、か。


どこまでか理解してるのかは、この際問うまい。

水島が自分が人間嫌いである、と再度口に出した所でひとまず、アタシは言った。


「じゃあ、辛そうに”泣く”のは、やめなさい。

ただ、泣いて喚くだけじゃ、アタシは、今のアンタに何も出来ない。

行動を起こすなり、言葉を出すなりして、アタシにちゃんと前進しようって意志を見せて。」



涙は嫌いだが、本人は泣いているという意識はないようだ。

その証拠に涙、その他垂れ流し。


水島は子供のように袖でぐしぐしと顔を拭った。


「・・・・・・っ・・・!」


水島は拭い終わると、両手でパーンッと両頬を叩き、目を開いた。

動揺に染まりきった表情は、いつも通り。死んだ魚のような目の無表情に戻った。


この、何も考えてなさそうで、アタシの予想を常に覆し続ける女の・・・本来の顔だ。



「フッ・・・よし。」



アタシは、自然と笑いがこみ上げた。

間抜けな面だが、これが水島なのだ。

立ち直ったらしき、水島を見てアタシは少しホッとした。


「まぁ・・・そんな事言っても、アンタってヤツは多分身勝手には、なりきれないんでしょうけどね・・・。」


口をついて出たのは、そんな独り言だった。


なんだかんだ言っても、水島はきっとアタシのように割り切る事は出来ないだろう。

情けは捨てろとは言ったが、完全に捨てる、までは期待はしないでおくとして。


アタシが必要ないと思うモノを持ち続け、最大限に活用できるのは、水島しかいない。

アタシに無理な事でも、水島にしか出来ない事は、悔しいながら確かにあるのだ。




(・・・その逆も、また然り。)



アタシは門倉をチラリと見て、口を開いた。



「水島、先に行って、アタシの車に乗ってて。中に、アタシが回収してきた本の半分があるわ。アタシ、電話するから。」

「あ、はい。」


アタシは水島に向かって車のキーを投げた。

水島はまじまじと車のキー…についているキーホルダーを見ていた。


(・・・蒼・・・性懲りも無く、またキーホルダーつけて・・・!)


キーホルダーを見た水島は、瞬きをしてアタシの顔を見てふっと笑って階段に向かっていった。


(・・・アレは、絶対アタシを馬鹿にしている・・・!!)


アタシは怒りを抑えつつ、ツカツカと門倉に近付いた。



「・・・さて、と。」


門倉の衣服を探る。床に落ちてるデニムのポケットに手を突っ込む。

どうも気になる事があるので、アタシは門倉の携帯電話を探していた。


ところが。


お目当て以外の意外な物が見つかった。


(・・・ん?)


門倉の脱ぎ捨てた衣服の中から、鍵が出てきた。

タグは無いが・・・。

それは、どこからどうみても、その形状は駅のコインロッカーのものだ。

鍵を二つ、持っていたのか?

そうなると、この女は”偽の鍵”を自分の中に入れたのか?


なるほど。

散々誘惑して、無理矢理自分の処女を奪わせた挙句、中に入っている鍵が偽物となると・・・。


水島に屈辱と精神的ダメージを与えるなら、これは効果的だ。


(どのみち、水島を苦しめたいってのは、よくわかったわ。)


じゃあ・・・今、門倉の中に入っている鍵は何?

ただの偽物?


ここで、考えるよりも・・・。



「・・・気が進まないわ・・・。」



アタシは、手に医療用手袋をつけ、門倉に近付く。

一応中の鍵も取り出しておこうか、とアタシは右手を門倉の足の間に差し入れ、入り口を探った。


「残念だったわね、初めての相手が”水島さん”じゃなくて。」


門倉を見下ろし、アタシはそう呟いた。

それに反応するように、門倉が口を開く。


「・・・水・・・し・・・。」


門倉は言葉にもならないような小さな声で、誰かを呼んだ。

その誰かは、間違いなくアタシではない。



頭の中で、忍の声が再生された。




『・・・ただ”今のままでいたい”の!

それなのに、記憶がみんなリセットさせるのは・・・嫌なのよ!



水島さんと出会う前の自分に戻るのが怖いのよ!貴女だって、そうでしょ!?』



 水島と出会う、前の自分。



そんなの、考えた事無かった。

出会っていなかった自分と、出会ってしまってからの自分の違いなんて、わからないし。



・・・・・・ホント、この呪いはつくづくややこしい。


呪われた人間が動けば動くほど、好きでもない人間に好意を寄せられ、挙句死ぬ。

だからこそ呪いを解きたいと必死に足掻く。

だが、呪いを解いたら、解くまでの間に関わった人間との縁や記憶が消される。


まるでゲームのリセットボタンだ。


そのリセット機能の事を水島に好意を寄せる人間が知ったら、間違いなく妨害する。

自分の大事な記憶に関わった人間を消したくないと思う。



死ぬのも、忘れるのも・・・。



「・・・チッ。だから、なんだっていうのよ!」



アタシは椅子にかけられていたコートのポケットから携帯電話を回収すると、門倉の下半身に床に落ちていた衣服を被せた。



『優しいじゃないか。”情けは自分の為ならず”じゃなかったのか?お前は。』



後ろから、車にいたはずのあの白い着物の女の声が聞こえた。

結局、アタシにつきまとうんじゃないか。

先程までの会話の流れも聞いていたようで、諺まで引用して嫌味を言うとは本当に嫌なヤツだ。



『鍵はいいのか?』

「別に。場所さえわかれば、鍵なんて必要ないわ。」


『前のお前なら、迷う事無く指を突っ込んで血を出しても鍵を取り出したよな?』

「今だって出来ない訳じゃないわ、必要ないからしないだけ。」


アタシの答えに、女はそうかと笑った。


『思えば、この女もかわいそうなヤツだ。利用されていると薄々気付いてはいたが、これ以上水島から離され、忘れられるのが我慢できなかったんだろう。』


「そんな事より!・・・問題は、門倉を利用し、阪野達に情報を与えた主犯だわ。

阪野達に祟り神や呪いに関する知識を与えて先導し、門倉に余計な事を吹き込み不安を煽って、操った人物がいる筈よ。

最初は、やつらは水島と馬鹿儀式するつもりかと思ったけれど・・・だったら、阪野詩織がアタシに本を渡して、水島の元に送り出す訳が無い。他に狙いがあるのよ・・・!」



アタシはそう言って、白い着物の女の方を見た。

白い着物の女は、ふわりと空中に浮いて、着物の裾をふわりと舞わせ、青白く細い足をこちらに見せた。


『んあ?・・・おいおい、私にソレを聞くのか?』

「何もかも、知ってて黙ってて、愉しんでいるんでしょう?誰なの!?」



こいつは、祟り神ではない。

祟り神ではないが、人間を単なる自分の楽しみの一つとしか見ていない気がある。


『睨むな、そして、叫ぶなよ。随分な言いがかりだ。私をお前の敵にしないでくれ。

私は、お前を救う者、お前は私を助ける者。そういうルールだ。』


「そう。だったら・・・」


アタシがさっさと救えという前に、女は言った。


『救って欲しければ、私の名を呼べ。

両手を合わせて乙女チックなポーズと林家パー子もびっくりな高音かつ可愛い声で”お願い”をしろ。

それが出来ないなら、本を探して読め。』


どうやら、この化け物の手を借りるには、条件が必要らしい。


「・・・フン、使えない化け物ね。」


化け物なら、化け物らしい人間離れした力に少しは期待していたのだが・・・。

まあ、所詮そんなもんよね。



『早くしないと、お前の望まないややこしい展開の雨嵐だぞ。』



アタシは再び本を回収する為、車に戻ろうと階段を降り始めた。


”ピリピリピリ・・・”


アタシの携帯が鳴った。



「もしもし、アタシ。」

『あ、お嬢様、先程おっしゃっていた女幸村を調べました。』


聞き慣れた声に、アタシは少しホッとしつつ、階段を再び降り始めた。


「どうだった?」


『はい。突然、人ではない物を調べろとおっしゃるんで、私も少しばかり苦労しましたが・・・確かに、その村は存在していました。

それも、丁度この街の位置です。』

「この街?」


『はい。この土地には、比較的女子が多く生まれるとも言われています。

どうやら、他にも言い伝えがあるようなんですが。

あまり知りたくありませんでしたけど、この土地の人間は昔から不信者が多くて、神々の怒りに触れ、呆れられ、遂には見捨てられた土地なんだそうですって。』

「・・・思想は未来先取りって感じね。アタシ好みだわ。」


『好みは結構でございますが、そのせいで、この土地は長い間、飢饉や災害に見舞われてきたのです。

不信者達はいつしか”こいつはマジヤべぇ!”と思ったのでしょう、社や神社をコンビニ感覚で乱立させたらしいのです。

そうやって、やっとこの土地は安定したそうなのですよ。』

「ふうん。」


『この土地にあるのは、お参りしても良い神社と悪い神社、願い事をしてはいけない神社や

告白専用の社やお腹の不調の回復を祈る為の社、命を絶つ為の社など、随分と細かい設定のものがあるんです。

何故か、今ではまったく聞きませんが・・・。』

「…ふうん。」



『良い話ばかりではありません。女幸村には、神を信じない者を神の生贄に捧げる風習もあったらしいんです・・・。

なんでも生贄にして神様の元へ行かせて、神の元で修行して神様になれば、生きている人間の土地を守る役目が出来る・・・

いわゆる”魂の出世”だと本気で信じられていたようです。

そんな保障、どこにもないのに・・・酷いお話ですわ。』


「・・・ふうん。」


いくつか、あの本の内容と一致するところがある。


『お嬢様?私に調べろ、とおっしゃっておきながら、興味ゼロでございますか?』

「え?ああ、ごめんなさい・・・ええっと、それで?それ、どこから手に入れた情報なの?」


『はい、その辺の事情に詳しい研究家はこの町に2人しかいませんでした。

生憎、その内の一人は去年他界されておりまして、その奥様にお話を聞いて参りました。』


「二人・・・もう一人は?」


『それが・・・その・・・もう一人は、亡くなられた方の教え子だったそうなんですが・・・今、刑務所にいる、そうなんです。

なんでも、ストッキング?をした、とかなんとか・・・』


ソレを言うなら、ストーキングだろう、とツッコミかけて・・・アタシは、ハッとした。

水島の女難で・・・ストーカーで、専門家が、いた・・・。


アレは・・・危険すぎる・・・!


「・・・うん、わかったわ。それはいい。そっちは追いかけなくていい。」


ストーカー・・・あの女だ・・・!

よりによって、アイツ(影山素都子)しかいないのか!!


『わかりました。それと、お嬢様。』

「ん、何?」


『お嬢様の言う通りに、蒼ちゃんと今は”一階下の部屋”にいます。

それで・・・やはり”元の部屋”には不審者が侵入しているようです。警報機が鳴りました。

警備会社がもうすぐ着くとは思いますが・・・お嬢様に好意を寄せる女でしょうね。懲りもせず。』


「そう、早めにダミーにしておいて正解だったわね。そのまま、じっとしていて。

女が訪ねて来たら、どんなヤツでも、そいつは間違いなく敵だから。」


急に電話の相手の声が暗くなった。


『あの・・・お嬢様、一体何に巻き込まれているんですか?私に出来る事があるなら、また前のように』


アタシはその先を言わせまい、と遮らせてもらった。


「君江さん。アタシは、十分貴女達から力を借りたわ。

今回も、しなくてもいい事を頼んでしまったわ。・・・後は、アタシがやれるから。

いえ、やらせて。」


そう言うと、しばしの沈黙の後に君江さんはいつも通りの声のトーンで言った。


『・・・・・・わかりました、お気を付けて。お友達も、どうか。』

「友達じゃないけど、ね。わかったわ、じゃあまた。」


携帯をしまいこんで、車に向かうと車の中で水島が変な顔をしながら、本を読んでいた。



「どう?御感想は。」



「あの、この本・・・本当に、この地域に関する資料なんですか?これで、祟り神の事わかるんですか?

なんか、ただの昔話の本って感じなんですけど・・・。」


アタシも、そう思っていた。


「その”W不細工女の話”の村を調べさせたんだけど、その村は”女幸村(にょこうむら)”っていうらしくて、実際、遠い昔、この街と同じ場所にあったらしいわ。」

「女幸って響きがなんとも嫌な感じですけど・・・祟り神に関係あるんですか?」


今は、多分としか言えない。

水島はずっと難しい顔をして本を見ているので、アタシはやれやれと思いながら話しかけた。


「・・・簡単にアタシが説明してやりましょうか?」

「あ、お願いします。」


アタシは、水島に本の半分の内容を簡単に話した。


「どう、なったんですか?イスカンダルは・・・!?」

「ここで、本の半分が終わってるの。」


イスカンダルは”性格だけ”は極めて水島に近い。

祟り神への生贄にイスカンダルが選ばれた所で終わっている。


「人身御供って・・・生贄、ですよね・・・?」


「そう・・・祟り神ってキーワードが出たし、これでこの本は無関係とはいえなくなった。

人身御供を欲する祟り神の存在は、確かにこの地域に存在していた。

祟り神を鎮める生贄の人間が・・・人嫌いの女、なんて出来すぎた話だと思わない?」


人嫌いの女がいて、祟り神がいる。

それだけで、十分話は出来すぎているのだ。



『良い話ばかりではありません。女幸村には、神を信じない者を神の生贄に捧げる風習もあったらしいんです・・・。

なんでも生贄にして神様の元へ行かせて、神の元で修行して神様になれば、生きている人間の土地を守る役目が出来る・・・

いわゆる”魂の出世”だと本気で信じられていたようです。

そんな保障、どこにもないのに・・・酷いお話ですわ。』



君江さんの話を混ぜると、こうも予想できる。



「そんで、その人嫌いの女は人身御供になった後・・・どうなるのかしらね?

・・・案外、祟り神の”仲間”になって、祟り神にジョブチェンジしたりして・・・。」


しかし、水島はうーんと唸ったままだ。

なにしろ本は半分しかないし、情報の整理も出来ていない。

だが水島の意欲を引き出す為にも、ここは、もう少し予想を展開させてみよう。


 ※注 火鳥さんは、水島さんが普段から”やる気のない女”だと思っている。


「人間が嫌いなのに、人間の為に犠牲にされた女。

ソイツが祟り神になったのだとしたら・・・アタシなら、自分を生贄に捧げた人間に復讐するわね。」


「・・・じゃ、あのババアは・・・元・人間・・・元・巫女で・・・祟り神になって、私達を復讐の対象に選んだ・・・?」


あくまで、予想だ。


だが、もしもあのババアが人嫌いの元人間で・・・もしも無理矢理、生贄にされた挙句

これまた、もしも、あのババアが無理矢理、祟り神になったのだとしたら。


ババアが、人間を恨まない筈が無い。


ならば、何故その恨みの矛先が、アタシと水島なのか。


(我ながら、イマイチだわ。)


・・・予想、とはいえ・・・なんとも決定力に欠ける予想だ。


「ま、結論に出すには早いわ。とにかく、本の後半を取りに行くわよ。

この話が祟り神に本当に関係あるのか、対処法も書いてあるかもしれないし。」


「そうですね、場所は○×駅です。急ぎましょう。」


車は20分程で目的地に到着した。

駅の中には、高校生、大学生、スーツ・・・の女達の姿がちらほら見えた。

性別が女であれば、老婆でも脅威になる。



「縁の紐を見てて、繋がりそうだったら切って。ロッカーは、アタシが開けるから。」

「あ、はい。」


アタシは、ロッカーの場所へ真っ直ぐ向かう。

鍵は無くとも、開ける方法は知っている。


”開かぬなら 壊せば良いわ ロッカーごとき(字余り)”


 ※注 絶対に真似をしないで下さい。ていうか出来ねえよ!!


幸い、ものすごく古いタイプのロッカーだった。


(ああ、これなら開きそう。)


アタシはバッグから道具を取り出し、そして



 ※ SSの途中ですが、これ以上は道徳的にまずかろう、という描写になるので割愛させていただきます。決して面倒臭かった訳ではありません。 ※



・・・いや、ちょっと待て。


一旦、道具を内ポケットにしまい、そういえば、とアタシは自分のポケットを探る。


門倉の衣服から出てきた、この鍵。


タグは無いが、コインロッカーの類の鍵に間違いは無い。

もしかしたら、このロッカーの鍵かもしれない。

違っていたら、別のロッカーの鍵、という事になるが・・・そうなるとタグが無いので、捜索は難しい。


とりあえず、鍵を差し込み、回す。


(・・・開いた。)


ロッカーの中には紙袋があった。

素早く取り出し、中身を確認する。

まちがいない。あの本だ。


素早くロッカーを閉め、水島の元に戻ろうとした時。




アタシの後ろにいた水島の表情が、虚ろなものになっていた。

先程、いつもの調子を取り戻したと思ったのに。



「水島、本は回収したわ。行くわよ。」

「・・・あ、はい。」


「ぼうっと馬鹿面晒してるけれど、大丈夫?」

「大丈夫です。」


水島が少し不満そうな顔で返事をした。

アタシは、早速本をめくり、パラパラと流し読みする。



「これで全部揃いましたね。早速どこかで読んで・・・」



安堵する水島の言葉に対し、アタシは違和感を感じていた。


(・・・話の繋がりがおかしい。)





女幸村。

女から好かれやすいが故に、村のはずれに住まわされる事になった巫女の母子。

母親は・・・村人を疫病から守る為に山に身を捧げた・・・人身御供で死んだって事ね。

娘は・・・性格ブスのイスカンダル・真理・・・母親の役目を引き継ぎ、巫女として当初人身御供の役目を担ったが・・・失敗し、村に災厄を呼ぶ・・・?

あとは・・・顔がブスのお摩緒という娘・・・これが、後に巫女として人身御供になって・・・災厄を鎮めた・・・。


先程読んだ本では、性格ブスのイスカンダルが人身御供に選ばれたはずなのに、神に捧げられたのは単なるブスの”お摩緒”になっている。

それどころか、どこに、どうやって、一体何の神にお摩緒が捧げられたのか、その経過が書かれていない。


いくらなんでも、話の内容が飛びすぎている。


最後まで目を通したが、回想などで描かれているわけも無く。


「おかしい。」

「え?」


水島にアタシは、自分の見たままの事実を伝えた。


「ページが足りないわ。・・・さっきの話から、数ページ分くらい飛んでる。」

「ええ!?」


アタシは、本の片方をもう片方の本と合わせる。やはり、破り目が合わない。



(・・・やっぱり、何ページか飛んでるわ・・・!)


確信した。

あの女難共は、まだ性懲りも無く、こんな時間稼ぎをして、アタシ達の邪魔をするつもりなのか・・・ッ!!




「・・・あの牝犬共・・・!また、ハメたわね・・・!何が”何度も嘘なんかつけないわ”よ!あのエロ女・・・ッ!」


アタシはすぐに、忍の携帯に電話をかけた。

やはり忍は電話には出ず、阪野詩織のおっとりとした声が聞こえた。



『お目当てのご本は見つかったのかしら?従姉妹のお姉さんにいちいち報告してくるなんて可愛いわね?』


声が、台詞が、全てが・・・余計にこちらの神経を逆撫でする。



「・・・・・・・・本のページが足りないんだけど、どういう事?」


『あら、足りないの?ホントに?』


「・・・とぼけないで。足りないの。持ってるんでしょ?」


『どうして私が?門倉さんが持っているはずだけど・・・ちゃんと”隅々まで”調べたのかしら?』


隅々・・・門倉で調べていないのは、門倉のアソコだけ。



(しまった・・・やはり、回収しておくべきだったわ・・・!)



本は、最初から3つに分割してあったのだ。


まず、阪野達が半分。門倉がもう半分、更にその半分を分割する。

アタシ達は半分ずつだと思っているから、本を手に入れてしまえば、阪野も門倉もノーマークにしてしまう・・・!


いや・・・この分じゃ、本の分解は3つどころじゃないかもしれない。


1ページ単位で、女難共に所々本の一部を持っていかれていたら・・・そう考えただけで気が遠くなる。



そこまで・・・そこまでして、自分の色恋沙汰の為に、アタシ達の邪魔をするのか・・・このクソ女共は・・・ッ!



「だから・・・足りないのよ・・・本のページも、あんたらのアタシ達の命に対する配慮も何もかもッ!!」



本当に、コイツらはアタシ達を殺す気じゃないだろうか。



『・・・彼女は?』


阪野が、静かな声でそう聞いた。


「フン、水島の様子なら、予想済みなんでしょ?

アタシ達が本を駅のロッカーから手に入れて、ページが足りないって気付いて、命の危機を感じているのもそちらの想定内なんでしょ!?」



皮肉をぶつけるが、阪野は冷静にこう質問を続けた。



『”生きてる”の?』


正直、少しだけ自分の耳を疑った。

てっきり阪野詩織は、水島に好意を持っている・・・と思い込んでいたから。


「・・・水島に、死んで欲しい、わけ?」


それなら、こんなに邪魔をする理由も理解できる。

自分の記憶を・・・今の自分を守る為に、好きになった女を殺して、勝手に古き良き思い出にするつもりだ。


『じゃあ、彼女は”まだ生きてる”のね。』


阪野は、確認するようにそう言った。


「ええ・・・ええ、ええ!生きてるわよ!もっとも、アンタらが殺しそうだけどね!

・・・いっそ、確実に刺し殺しにでも来れば?」


『ふっ・・・』


阪野が、笑った。

アタシの耳に、こぼれた笑みを浮かべる唇から漏れた吐息の音が届く。



「何、笑ってんの?」


電話の向こうの女をアタシは睨んだ。


『ああ、ごめんなさい・・・貴女も、水島さんの事好きなんだなって思って。』


阪野の悪びれる感じも見受けられない言葉の連続に、アタシはいよいよ殺意すら芽生えてきていた。


「ふ・・・ふざけるんじゃないわよッ!一体、何が目的なのよッ!?いたぶりたいだけ!?」


『ああ、それでいいの。貴女が彼女の傍にいてくれて本当に良かったわ。忍さんの言うとおり、適任だった。』

「・・・何、言ってんの?ていうか、まだ何か企んでるの?そんなに邪魔したいの!?他のページはどこなの!?」


『こちらもこちらで信念を持ってやっておりますから。』

「もう一度聞くわよ?他のページは、どこのどいつが持っているの?」


『もしもし?・・・私。』

「・・・忍ねーさん。アンタまで、水島の事殺したがってるとは思わなかった。」


『りり、落ち着いて聞いて・・・私達は、最悪の事態を避けたいだけなの。』

「自分の記憶をリセットされる事でしょ?もう、いいわ。」


『お願い、最後まで話を聞いて・・・いえ、阪野さん、もう限界だわ!私、りりに伝えます!

りり?聞いて!このままじゃ貴女達は・・・』




「・・・余計なお世話だ。」



忍の必死な声に混じって、水島の低い声が聞こえた。

それは、純粋な怒りに満ちた声だった。


怒りは溢れ、一気に噴出した。



「何を言うかと思えば、いい加減にして下さい。

私は、人嫌いです。その皆さんから、望んでも無い感情を向けられて、心底迷惑してるんですッ!」


アタシは、そのまま自分の電話を水島の声の方向に向けた。

忍に向けて、水島の怒りの声を聞かせてやる為だ、


「大体、女同士くっついて何が面白いんです!?禁断の同性愛って響きに酔ってるだけなんじゃないですか?」


これが、水島が女難に対して押し込めていた疑問と本音だ。


「それとも、適当に都合の良い人間がいなくて、たまたま私がいた。それだけなんじゃないですか?

そっちこそ、私なんかに関わらないで、もっと世の中に目を向けたらどうなんですか?

私を矯正するよりも、自分の望むような理想の人間を探した方が早いし、ずっと良いでしょう!!」




アタシはチラリとスマホの画面を見る。

通話は終了していない。忍は黙って、水島の言葉を聴いているようだ。

水島により近く、アタシは電話を向ける。




「人間関係を豊かにすれば人生が楽しいなんて、誰が言ったんです?

人間関係なんて、苦痛ばっかりだ!!

そんな人嫌いの私が、好きだって言われたくらいで、余計ややこしくなった人間関係を楽しめるわけないでしょう!?

大体!貴女達は、呪いで私に繋がってるだけの、呪いの付属品にすぎないんだからッ!!」





アタシは再び、電話に耳をあて、口を開いた。


「聞いたわね?忍ねーさん。・・・色々な意味で、水島もアタシも限界なの。

アンタらの事情なんか、一切関係ない。アタシも水島も余計なモノは、切り捨てる。

どんな手段を用いてでも、本は手に入れるわ。”どんな手段”でもね。


・・・意味、解るわよね?」


アタシは、本気で最終警告を告げた。

少しの沈黙の後、忍は他の人間に何かを話した後、声を絞り出すように答えた。


『・・・わ、わかったわ・・・お願い、関係者に乱暴はしないで。本の残りは、私が責任をもって貴女に渡すから。』


「いえ、君江さんを向かわせるから彼女に渡して。おかしな真似をしたら、今度こそ、もう知らないわよ。・・・いいわね?」


『・・・わかったわ・・・。』


アタシは電話を切って、大声を張り上げて肩で息をする水島に声を掛けた。



「・・・水島、アンタ今日、沸点低過ぎない?」


奴等にされている事を考慮すれば、気持ちは解らないでもないが、いつもの水島ならば泣きそうな顔で受け流しそうな所だ。

水島は、アタシの顔をみて怒りをすっと仕舞い込み、憂鬱そうな顔で答えた。


「また門倉さんみたいな人、増やしたくないんです。私・・・きっと、できることはあっても、何もしてあげられませんから・・・。」



出来る、とか。

何もしてあげられない、とか。


この期に及んで、まだ言うのか。



本当に、この水島という人間はどこまで・・・女難に肩入れをしているのだろうか。



その女難は、自分達の為に、水島を殺そうとしているのに。



”哀れ”・・・そんな陳腐な表現が頭の中に浮かんだが、アタシはすぐに打ち消した。



「・・・本当にどこまでも”お人好し”ね・・・。」



水島は、多分、自分よりも他人を想う自分でいたいのだろう。

そういう思考をする自分の生き方を貫くのが、コイツのやり方なのだ。


それは、誰かに強制されているならば、哀れだが。

水島は、自分で望んでしている。



つまり、根っからのお人好しなのだ。


(死なないと、この手の馬鹿は治らない・・・)


本当に呆れてしまう、が・・・もう、ここまで来ると”水島らしい”の一言で片付けられてしまう。


アタシの人生じゃないから、これ以上は言うまい。



「アタシ、残りのページ回収してくるわ。今度は、ちょっと長引きそうだから・・・明日、会いましょう。」

「・・・そうですね・・・あんまり行動してないのに・・・なんか疲れました。駅から帰ります。」


心底疲れきった様子の水島は、券売機に向かおうとした。

確かに、今日は色々あった。



水島の背中をアタシは視線で追った。



ふと、水島の姿が霞んだ。



(・・・・!)



嫌なイメージ。

どこかに消えそうな、嫌な感じ。


「水島。」


思わず呼び止め、水島の姿を探す。

振り向いた水島のとぼけた顔が視界に入り、”そこに水島は確かに存在している”と認識できた。


水島特有の色が、認識しにくくなっていた。

怒りや悲しみ、疲労・・・普段の水島に無かった不純物が混ざり込み、水島が消えそうに・・・その時のアタシには、そう見えたのだ。



呼び止めたものの、なんて言えば良いのかわからなかった。

とりあえず呼んだのだから、何か言わなければと口をついて出たのは・・・



「染められるんじゃないわよ。」



この台詞だった。

水島は少し口角を上げて、コクリと頷いた。




ふと、白い着物の女が言った。



『ああ、アイツ・・・死ぬな。』



それは、サスペンスドラマの犯人をオープニングで言い当てるように軽いものだったが


何故か、アタシは『そんな馬鹿な』という否定の台詞が出てこなかった。




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