・・・ねえ、汀・・・。



・・・私、貴女の・・・何、なのかしら・・・。





貴女の背中を私は、いつも追いかけて、置いていかれて。



私が貴女を追いかけていないと、貴女はどんどん私から離れていく気がして。




貴女と繋がっていられなくなる気がして。


離れ続ける事が、どうしようもなく不安で、怖くて。




そんな貴女と再会の約束が出来た時、もう貴女の背中を追いかけなくても、良いんだって、思った。


あのもどかしい想いをしなくても、いつものあの笑顔に…会えるんだって。






「・・・あーオサ?ちょっと、来ないでくれるかな?」



「え・・・?」



背中を向けたまま、汀は私にそう言った。



そうは言われても、夜の薄暗い月明かりに照らされている汀の身体をみて、はいそうですか、と言える訳が無い。


汀の体は傷だらけで、今にも倒れそうなほど、満身創痍だった。


大事な修行中に、割り込んだのは悪いとは思う。



けれど・・・せめて、その怪我の治療くらい…

その流れている血を止めるくらいの事…させて欲しい。


けれど、汀からは、先程よりも強い口調で、返事が返ってきた。



「だから・・・こっちに、来るなって言ってんの。気分的に、今人と話したくないの。」


コハクさんとの戦いのやり取りを一部見ていた私には、少しだけその気持ちがわかる。

実力の差を見せ付けられ、合格といわれても…汀にとっては、満足のいく結果ではないだろう。


私が汀と同じ立場なら、私もそう思っただろう。



でも。

いや、だからこそ。



私は、汀の傍にいたい。



汀の口調はいつになく強いのに、ひどく弱々しく見える彼女の背中。



その弱々しさに、私は…抱きしめたいと思いながらも


依然として私を見ようとしない汀の顔を、せめて私の方へと向かせようと、汀の背中に、ゆっくりと手を伸ばす。



「何よ…そういうワケにもいかないわよ、私は…」



怪我よりも、何よりも、汀が、私から遠ざかっていくような気がして。

本来、汀の事を心配するハズが、私は自分がまた置いていかれるんじゃという、身勝手な心配をしていた。


私が伸ばした手が、汀にもう少し触れるという前に、汀は、棍を思い切り地面に突き立てて、叫んだ。



「来るなって言ってるでしょ!!」


「・・・ッ!?」


突然の声に、思わず私は、ビクリとして、手を引っ込めた。



「あたしが、なんでこんな修行してるか、って言ったらね…

 元はといえば、アンタが関わった、あの夏の事件のせいなのよ。」


「・・・・・え?」


・・・私と汀が出会った、あの夏の事件。



「そもそも、あの件、一般人の協力で、片付けちゃいけなかったのよ。

 あたしの実力不足で、剣を盗まれて、あの時もあたしが弱かったから、苦戦しただけの話。

 
 …あんなの、もうウンザリなのよ…っ!


 だから、あたしは、こうして地道に修行に励んでるワケ。わかる?」


スラスラと汀から語られた、その話は、私の心に突き刺さった。


「・・・汀・・・。」


それは、あの夏の事件のせい、というよりも…ほぼ『私が事件に絡んだせい』というニュアンスに近い。



(…そんな事、今まで、一言も言ってなかったじゃない…)




「それから・・・なんか、勘違いしてるようだから、この際ぶっちゃけるわね…


 あの時、あたしが剣鬼を斬ったのはね…アンタに身内斬らせない為なんかじゃない。

 アンタを友達だからって思って斬った訳でもない。


 あの時のオサが、弱くて、ヘタレで、どうしようもないからで。

 そんで、あたし自身、剣鬼の縁ごとブッた斬りたかったからよ。


 アンタの事なんか、1ミリだって考えて斬っちゃいなかったわ。」



あれから1年…


今になって…どうしてそんな話を…そんな風に言うの?


私の頭は、冷静に問いを作り続ける。

でも、それを言葉に出す事は出来ない。


・・・返ってくる答えが、怖いから。



「・・・汀・・・何を、言ってるの?」



とりあえず、それだけを言葉に出してみる。



(それが…本当に…貴女の、気持ちなの?)



私が関わったせいで、今、汀がこんなにボロボロにならなくちゃいけないの?


全部、私の・・・せい、で・・・?



私の問いには、一切答えず、汀は感情むき出しにして、言い続けた。



「…だ、だから!それもこれも、全部あたしの為なの!

 一般人のアンタがいると、大事な修行の邪魔なの!解ったら、帰りなさい!

 …今のあたしは”鬼切部・喜屋武汀”なの!


 今のあたしに触れたら・・・オサ・・・アンタでも許さないから。」



今までなら、汀に邪魔と言われても、引かなかった。

でも、今は状況が違う。



この状況を作り出したのが、私のせいなのだとしたら…私は汀に謝らなくてはいけない。


謝らなくちゃ……汀、謝るから…どうか…




「・・・なに、よ・・・それ・・・」



触れる事すら拒んだ汀に、それ以上私は何も出来なくなった。

謝らなくちゃ、と思えば思うほど。


どうして、触れる事も許されないのか…



それだけ私の事を…怒っているのなら…




(どうして…私と”約束”なんか…したのよ…!)



遠く離れている私と貴女を、繋ぐ唯一の…糸。




「頼むから、早く帰って…!」




汀のダメ押しの一言で、私はこう言うしかなかった。



「・・・っ・・・わかった、わよ・・・!」




こんな・・・こんなはずじゃなかったのに・・・。



私は、汀の元から走り去った。







     [Take the Wave ー後編ー ]










「おや、じゃれ合うのは止めたのか?」


「・・・いいんです。奴には、私がお邪魔みたいですし。」


川へと行くと、コハクさんが岩の上に座って空を見上げていた。

私こと、小山内梢子は、黙ってその隣に立った。


汀に拒絶された私には、ここに来るしか選択肢が無かった。





私がこの山に来た経緯は、そもそも、この人が原因だ。


このコハクさんに『鬼切りにならぬか?』と電話で呼び出されたからだった。



勿論、電話でそんな事を簡単に『はい、いいですよ』などと軽々しく受けられる筈も無く、断ろうとしたのだが。


『丁度、今、あの時の小娘を躾けておる所だ。』と言われて



・・・その小娘という言葉が指し示す人物が、汀だという事は、すぐに解った。



よく話を聞けば、電車と徒歩でいける場所だった。



・・・だからこそ、不思議でしょうがなかった。


普段の汀なら、汀の方から『やっほー♪あたし近くまで来てんだけど、会わない?』とかなんか連絡くれそうなんだけど。

近くに居るというのに、電話もメールも返さない。

話したい事だって、溜まりに溜まってるというのに、汀は一言も返さない。



だからこそ、なんだか・・・何か、予感めいたものが、頭をチラチラと掠めていて

私は、それが何かも掴み取れないまま、ただコハクさんの話を聞いていた。


電話を切ってから、やはりどこか気になっていた。

なんだか、行かなければいけない、胸騒ぎがした。


鬼切り関係の事。


・・・しかもまだ終わっていないのなら、連絡が無いのも頷ける。


話したい事だけが募っていくに遵って、電話、メールすらも満足に返って来ないのが

私には、不安で仕方なかったが、それはいつもの事だと言い聞かせていた。

仕事中なのね、と言い聞かせる。



汀を信じている。

でも、心配は尽きない。



胸騒ぎが止まらない。



だから、私は、ココへ来たのだ。




鬼切りになるか、ならないかは…汀に相談しようと思っていたし。



再会した時、汀は…まず、私から目を逸らした。

私を押しのけた。


邪魔だと言わんばかりに、私を押しのけた。






そして決定的な一言。






『来るなって言ってるでしょ!!』








……汀は………私とは、話したくも、会いたくもないようだった。





また会おうって約束は、汀にとって、あの時離れたくないと泣きじゃくる私をなだめる…


”単なる台詞”でしかなかったのか。



いずれにせよ。



汀にとって、邪魔者でしかなかった私。

それを突きつけられたのが、一番、心にこたえた。



「あの、それで電話でおっしゃっていた鬼切りの件なんですけど…」



私は、ぶっきらぼうに話を始める。


とっとと、話を断って山を降りてやろう・・・それを、汀が望んでいるんだし。


私、こんな山奥に来てまで何してるんだろう。

胸騒ぎがするとか、考えてた自分が、馬鹿馬鹿しい。




・・・現に、汀は・・・私なんか必要ともしていなかった。



(なによ・・・汀のやつ・・・)




「・・・・・・知っておるか?梢子」


「は?」


突然、コハクさんは、私の話題を無理矢理切り替えた。


コハクさんは、しばらく私の顔を見て、再び空を見上げると、




「…死期を悟った飼い猫が、主の前では決して死なぬというのは、迷信だ。」



と、いきなり脈略の無い話を始めた。



(いきなり、何を言うかと思えば…。)


そう思いつつも、私は聞き返す。


「・・・猫が死ぬ前に、飼い主の目の前からいなくなるっていう?」


コハクさんは、空を見上げたまま、口を再び開いた。


「…死に際の猫がいなくなる理由に、『主人を悲しませない為だ』などという

 人間側の都合の良い、下らぬ理由を付け加えた奴がおるそうだ


 ・・・が、大抵そんな事は無い。


 …本当に、その飼い主に懐いておれば、死ぬ時も猫は傍にいるものだ。」



そう話すコハクさんの表情は、私の方からは見えないが、声は低く、落ち着いていた。



…まあ、確かにそれも、あるかもしれない。


でも。


「・・・何がおっしゃりたいんですか?」



何か意図があるのか。

鬼切りにしようとしているなら、とっとと諦めてもらおうか、と私は聞き返す。



「前にも言ったが、わしは、お主らが海の藻屑になろうと、山で死骸を鴉に突かれようと胸も腹も痛まぬ。

 じゃが…その”後始末”を、わしは積極的にしたくはないのでな。」



そう言って、私の方を見た。


・・・今度は、笑っていなかった。



それは、あのまま放置すると汀が死んでしまうような言い草で。


汀を放っておくな、とでも言いたいのか。



そんな事、私だってしたくない、したくないけど…






『来るなって言ってるでしょ!!』





・・・肝心の汀が、私を拒んだのだ。


怪我をしていたのに、触る事はおろか、最後は顔も見せてくれなかった。




「・・・そんな事、私に言われても、困ります。私だって、保護者じゃないし。」


コハクさんの目線に、痛みを感じた私は、下へ逸らした。

あんな事言われても、私は、まだ汀を気にしている。



修行中だったのを邪魔されたのが、そんなにいけなかったのか、どうかは知らない。


知る術が無い。



(だけど…あんな言い方しなくたって…。)



あんな言い方されたのは…



・・・あんな汀を見たのは、初めてだった。



大体、あの汀が・・・あんな風に大声出して、私を怒鳴るだなんて、考えた事もなかった。


汀の仕事に関わる、大事な修行の最中に、私が勝手な口出しをしたのが、そんなに悪かったのだろうか。


修行なんて、汀に似合わないのに。


あんなにボロボロになるまで、強くなりたいと言う汀の気持ちを、嫌と言うほど感じた。


汀の叫びのような強さへの渇望を聞いて…私は…どうすればよかったのだろう。

こうして、今コハクさんの元へ・・・まるで逃げてくるような事、して良かったのだろうか。


あの時、汀に・・・何かあったのか?と、聞けばよかったのだろうか。

聞いたら、汀は答えてくれただろうか…。


それとも、また・・・私を拒むのだろうか。


でも、強くなりたい気持ちは、過去に私もそんな経験をしたから、わかっているつもりだ。


もし、汀が悩んでいるのなら…私がなんとか…いや。


私にそんな権利、あるのだろうか。邪魔者だった私に。



「・・・そうか。ならば・・・残念だな。」


コハクさんは溜息混じりに、そう呟いた。



「・・・何が、ですか?」
 

「・・・お主の前で、汀が何を強がる理由があるのかは知らんが、もうそろそろ”限界”だろう。」


「……限界って…一体何の事ですか?」




「梢子よ…気になるのなら、戻るがいい。

 …少なくとも、汀という娘、お主とは違い、”強く、脆い”ぞ…。」



「…それって…どういう意味ですか?」




『強くて、脆い』


矛盾しているようで、それが何故か、あの汀にぴったりだと納得してしまう。




「…言葉の通りだ。言っただろう。

 ”限界を悟った猫”は…懐いていない飼い主からは、離れ朽ちていく…それだけの話よ。」


そう言って、コハクさんは再び空を見上げた。

風がいつになく強く、ざあっと森を駆け抜けて、川の水面を揺らす。



・・・再び、胸騒ぎが、する。


行かなくちゃいけない、と警鐘が響く。



「・・・・・・・。」





『少なくとも、汀という娘、お主とは違い、”強く、脆い”。』




強くて、脆い…


強いのに、脆いって……矛盾してる。



矛盾……




あの時、背を向けたまま、汀は言った。




『頼むから、早く帰って…!』





私の顔も見ないで・・・





『頼むから』



大体、頼むなんて言葉、汀らしくもない。

帰れだの散々言われっぱなしの私にむかって、最後に『頼むから』なんて




(…ちょっと、待って…)




汀のその一言を何度も何度も、頭の中で繰り返す。


声のトーン。

向けられたままだった汀の背中。






そして、やっと、その”矛盾”に気付く。





(・・・汀が・・・私に・・・『頼む』・・・?)





そこで、大事な事に気付く。




口八丁手八丁のアイツが


私に、あの憎たらしい笑顔も向けずに、ストレートに『頼む』と言った時点で、気付くべきだった。





いつもいつもいつもいつも。



いつも、アイツはそうだ。




肝心な言葉を、アイツは、私に言わない。





(…くっ…私の馬鹿…!…汀、貴女は、もっと馬鹿よ…っ!)




汀は強い。


…………汀は、私より強い…でも…それは…


誰にも寄りかかる事ができないから、一人で強くならざるを得なくて…




だから汀は強くて…






・・・だから・・・汀は・・・・







    ”支えが無いから脆い。”








「…すいませんっ!失礼します!」





コハクさんに、一礼して、私はすぐに、今来た道を引き返す。


あの馬鹿、と言葉にする事も忘れて、一心不乱に、私は、山道を駆ける。


(何よ…私には寄りかかれ、なんて言っておいて……肝心な時に自分は…ッ!)


私が、彼女の”それ”でありたいと思っていたのに…

・・・誰よりも”それ”を私が、知っていなきゃいけないのに・・・!!


汀が、私の”それ”であったように。




どうして、突き放すの…?

私は、やっぱり…貴女にとって、邪魔な一般人のまま?そういう存在でしかないの?

例え。


例え…汀にとって、そうだとしても。


我侭だと言われても、実は嫌われていたのだとしても。





私は、汀の傍にいたい。






「・・・・みぎ・・・・!」




名前の主を叫ぼうとしたが、その人物はすぐに見つかった。


先ほどまで、立っていた場所から、動いていなかったからだ。






汀は、倒れていた。





私を追い払って、その後に倒れこんだのだろう。


私は肩で息をしながら、地面に突っ伏したままのその人物の名前を、呼んでみる。



「・・・汀・・・?」



声を掛けても、ぴくりとも汀は動かない。


風の音が、ざあっと、木々を揺らす。

月の明かりが、流れる雲に遮られて、あたりは完全な暗闇に包まれる。




『”限界を悟った猫”は…懐いていない飼い主からは、離れ朽ちていく…それだけの話よ。』




先ほどの、コハクさんの台詞が嫌なほど、私の頭の中に響いてくる。



「…汀ッ!」



駆け寄り、抱き起こし、うつぶせの汀を仰向けにする。


やっと、見る事ができた汀の顔。


身体には生傷があり、服も擦れてボロボロだった。

傷は、顔にまであり、泥もついていた。




「…汀……ちょっと、汀ってば…」



軽く揺すってみる。確か、汀は眠りが浅いと言っていたし、すぐに目を開けてくれると思っていた。



しかし、私の予想に反して、だらりと力なく汀の右腕が、地面に落ちた。



・・・一瞬、全身の筋肉が、こわばった気がした。




「…汀…ちょっと、悪ふざけしないで…。」


先程よりも強く揺すってみる。

汀の身体が嫌に冷たい。



「…嘘………ちょっと!ねえ…汀…!」



揺すっても、汀の目が、開かない。




『懐いていない飼い主からは、離れ朽ちていく』



「ねえ…汀ってば…!」



コハクさんの台詞の一番嫌な部分だけが、何度も何度も、頭で繰り返される。



『離れ朽ちていく』




「み・・・汀・・・ねえ、汀っ!汀ってばッ!!」




あの時、汀に何を言われても、私は…あの場を離れるべきじゃなかった。


私は”約束”を信じるべきだった。





『また、あたしと会ってくれる?』




私に背中を向けて言った言葉なんかよりも

ちゃんと、私の目を見て、言ってくれた貴女の言葉を信じるべきだった。

汀の傍にいたい自分の気持ちを、曲げるべきじゃなかった。




「汀あぁーッ!」



私は、汀を強く抱き締めた。

血と泥の匂いがした。

…痛かったんだろうな、と思う。


抱き締めながら、後悔する。


・・・始めから、こうしてあげていたら、汀はきっと変な意地を張らずに

私に「痛いよオサ」って言ってくれたかもしれないのに。




「…汀…汀…」




私は、汀の名前を呼ぶ。

壊れたレコードのように、繰り返し繰り返し。

祈るように、繰り返し繰り返し。







すると。










「・・・んが・・・ぐ、ふぅー・・・」









間の抜けた呼吸音。


というか、寝息。






私は、汀から離れて、汀をよく観察した。


規則的に上下する胸。ピクリと動く鼻。






間違いない。






・・・・・・・汀は・・・・・・・・寝てるだけ・・・・・・・・・・。






「・・・・・・はぁあああぁぁ・・・。」




私は、深く息を吐いて、汀の胸に突っ伏した。

ドクンドクンと心臓の音まで聞こえる。

身体が冷たいと感じたのは、彼女の汗が冷えていただけで。



安心感と余計な疲労が一気に、体にのしかかる。



・・・あぁ、まず冷静に、呼吸を確認すれば良かったんだ・・・と反省する。



大体、コハクさんがあんな話するから・・・と一瞬思ったが


夜も更けて…山に到着した時よりもなんだか、肌寒さも感じる。


このまま、汀を放置していたら、やっぱり良くなかったかも…と想像して

やはり私は戻ってきて良かったんだ、と思う事にした。




「・・・むぅ・・・」




余程疲れていたのだろう。

汀は、深い眠りに落ちていた。




汀の頬を撫でて、せめて泥くらいは取ってあげようと、私は、ハンカチで頬を拭った。




”ぽつ”




(・・・・・?)



・・・汀の頬に水滴が落ち、汀の血液と混じりあい、流れた。


私は、それでやっと自分が、泣いていた事に気付いた。






「この馬鹿…こんなになるまで、修行なんて…今時…」




私は、再び汀を抱き締めた。

ちっとも起きないのを良い事に、私は汀を抱き締め続けた。




「・・・馬鹿・・・」




汀が生きている。

彼女が、笑ってくれる。



それが嬉しくて、嬉しくて…



私は泣いているのか、笑っているのかわからない表情で、汀を抱き締め続けた。



「・・・汀・・・」


「・・・ぅん・・・」



私が名前を呼ぶと、汀はわずかに返事をした。

顔を覗き込むと、わずかに微笑んでいるように見えた。


汀は、眠り続け、私はしばらくそのまま、汀を抱き締めていた。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





(・・・消毒薬、臭い・・・。)



そのにおいに目を覚ますと、あたしこと喜屋武汀の目の前には、オサの顔があった。



(・・・オサ?)



最初はさすがに夢か、天国か〜とか寝ぼけて思っちゃったけど。


鼻につく消毒薬の臭いの元は、あたしだった。

身体のあちこちから、消毒薬の臭いがして、包帯も巻かれてる。



それで、コレやっぱ現実だわと確信した。



・・・・いや、だってその夢だって思うわよ、普通に。


あのオサが、あたしを抱っこしてるってこの状況が、ね。

もう、現実離れしてるっていうか…信じられない幸せな状況にいる事は、間違いない。




(えーと…昨日は…)



頭の中で、昨日の出来事を軽く回想してみる。


コハクさんに合格キックを喰らった事、オサに酷い事言った事・・・・

それからすぐにぶっ倒れて、あとはわからない。


現在・・・テントの中で、オサは消毒薬まみれのあたしを抱っこしたまま、寝ているって状態だってのはわかる。


右手を伸ばして、テントの隅にあるカバンから携帯電話を取り出し、時刻を確認する。

時刻は、朝の8時。





「・・・ふぅー・・・さて、どうしようかしら・・・」




とにもかくにも。



(…オサの奴、帰ってなかったんだ…)





あたしが、帰れってあんなに言ったのに、オサは戻ってきて…

そんなあたしの怪我を、ご丁寧に治療してくれたってワケですか…。



(…甘ちゃんだなんて、いうものの、オサのこういうトコ…尊敬するわ…)



オサは、一度決めたら動かない。

何度振り払っても、頑固だから諦めない。

効率悪いって言っても聞かないで、真っ直ぐ進む。



そして・・・こうやって、誰にでも優しい。



少なくとも、あたしが出会ってきた人間の中でも、一番の甘ちゃんで、一番のSで


・・・一番、本当の優しさを知ってる人間だ。





(そんなアンタだからこそ…あたしは……)



「ん・・・」


オサが、肌寒そうに腕を伸ばし、離れたあたしの肩を掴んだ。


これは、あれだ・・・うん。役得、もしくは、事故?


とりあえず、オサの力に逆らう事無く、あたしはオサの近くへと寄ってみる。

あぁ、やっぱり人の肌って、温かくて心地良いわだなんて、オサの胸に頬を摺り寄せてしまうあたし。



昔の話掘り返した挙句、無茶苦茶言って、帰れ〜とか散々酷い事言ったのに…


今、こうしてオサに抱き締められて…ホッとしている自分がいた。


帰れって言っておきながら、帰らなかったオサに、甘えてる自分がいた。




我ながら、ゲンキンな奴だと・・・呆れる。





「・・・ん・・・汀?起きた?」


オサが目を覚ましたらしい。


(ヤバ・・・。)


あたしの幸せタイムが、拷問タイムになる・・・


「・・・う・・・・」

(殴られる…絶対、拳骨一発は、確実にくる…!)




・・・よし、ここは・・・






「……ぐー…ぐー…」



「…今時、そんな寝息立てて寝る人いません。」



あっさりと、狸寝入りは見抜かれた。

じゃあ、コレだ。



「むにゃむにゃ〜…もォ食べられないよ〜…」


「・・・私が笑ってるうちに、目を開けなさい。汀。」




うーん、可愛い寝言(?)作戦も通用せずか・・・さすがオサ、手ごわい。


よし、諦めよう。

ここは、得意の笑顔で……


笑顔…で……




あれ?笑顔……どう、笑えばいいんだっけ…?

あたし、オサに…どんな顔すればいい…?

大体、何を話せば



「お…おっはー…オサ」



顔を上げずに、あたしはオサの胸の中で、とりあえず陽気な声は出した。


「・・・・・・おはよう、汀。」


あたしの挨拶の後、しばらくして、オサの落ち着いた声がした。



「…オサ…帰ってなかったんだ…?」

「帰れるわけ無いでしょ。」



今度は・・・あたしの問いかけに、オサは即答した。


怖いくらい、落ち着いている。怒られるから怖いんじゃない。

いつものオサなら、とっくに怒鳴って、どうしてあんな事を言うのって噛み付いてくる・・・ハズなのに。

感情を出してくれた方が、まだ扱いやすいのに。オサは、落ち着いている。



「…いや、うん…結局、コハクさんの用事はなんだったの?」

「そんな事、どうだっていいの。」


今度も即答。

そして、オサはより体を曲げて、あたしを抱き締めた。



「この、馬鹿。」



ああ、やっと定番のフレーズだ、と安心したのも束の間。


「・・・っ!?」


オサが突然、あたしを抱き締める腕に力を入れた。

・・・また、ベアハッグ?サバ折り?



「馬鹿…この、馬鹿…!」



…いや、違う…力は入ってるけど、痛くない。

痛くないし…オサ、震えてる…?


「お…オサ…?」

「馬鹿…汀の、馬鹿…馬鹿……」


あたしの呼びかけに、オサは答えずに、ひたすら馬鹿を繰り返して、あたしを抱き締め続けた。

いつもなら「そう何度も馬鹿って言われるとなんか、ヘコむわ〜」って軽口叩いていただろうけど。


・・・今日は、そうもいかない。


あたしは、オサに抱き締められて、仰向けになり、テントの骨組みをただ見ていた。




「・・・ご・・・。」


そう呟きかけて、あたしは結局黙り込んで、オサの背中に手を回す。


何をしてるんだろう、あたし。

何がしたかったんだろう、あたし。


結局、あたしは・・・何を成し得たんだろう。


・・・この人を、傷つけてまで。



(・・・まいったなぁ、力が入らないや・・・。)


オサよりも力いっぱい抱き締めたいのに、力が入らない。


「…オサ…」


・・・眉間に皺が寄りはじめる。

瞼をきつく閉じても、にじみ出そうなソレを、あたしは下唇を噛んでこらえた。




「・・・痛む所、ない?」


「・・・ん、まあ、大丈夫。」



視線を合わせる事無く、オサは抱きついたまま、あたしにそう聞いた。

声は、お互い震えているし、顔はお互い見せられたもんじゃないってわかってるから、あげないし、見ない。


「あくまで応急処置だから、山を下りたらちゃんと病院に行ったほうがいいわ。」

「…うん…ありがと…そうする。」



しらじらしい会話だな、と思う。

お互い、言いたい事はあるのに、肝心な言葉を口に出せないでいた。


・・・いや、言わない方がいいのかもしんない。あたしは、そう思った。



ホントは会いたかったくせに、自分の都合で感情的になって八つ当たり、自業自得でぶっ倒れて…

カッコつけて、オサを傷つけて自分から離したつもりが、逆に介抱されて、甘えてる。



カッコ悪いうえに、最低じゃないの、あたし。


これ以上、オサに情けない所は、見せられない。



「ねえ、オサ…」



あたしは、オサの両肩に手を掛けて離そうとした。山、降りた方がいいよって、言おうとした。



でも、こんな時に限って、普段鈍いくせに、先を察して先手を打って出るのは、オサだ。




「・・・私、傍にいるから。」


「・・・は?」




「何言われても、私…帰らないから。」


「…ちょっと、あたし、まだ何も…」



オサは、あたしの台詞の途中でも構わず、早口でまくしたてるように喋った。


「なんで…汀の言う事を私が、聞かなきゃいけないのよ。

 私は、単に、ここにいたいと自分が思ったから、ここにいるの。


 …汀が、私に帰れなんて言う権利なんか、最初から無い。」




それを聞いて、あたしはオサらしいな、と思った。



「………ったく…もォ…この強情張りめ…」


あたしは、相変わらずテントの骨組みを見ながら、そう言った。


「強情なのはどっちよ。こんな怪我してたクセに…何も言わないで、倒れて。」



オサは顔を上げる事無く、あたしの上で抱きついたまま、そう言った。

あたしは、オサが巻いてくれただろう左手の包帯を見た。

うん、見た目は思ったより綺麗だわ、慣れてるなぁ・・・なんてのん気に思ってた。




「・・・汀、どうして私にあんな事言ったの?」



核心を突く質問は突然、突きつけられた。


「…あ、うん…ごめん。

 あれは…ちょっと、修行上手く行かなくってさ、ちょっと虫の居所がね、悪かったから。

 あれは…ホント、言い過ぎたわ、ごめん。」


無難な答え。

あとは、オサに1発拳骨もらって…いつも通りに謝り倒して、誤魔化そう。




「・・・汀・・・」



ところが、オサは、ゆっくりと起き上がって、あたしを見下ろした。

あたしは笑顔を作ったけど、そのオサの表情を見て”いつも通りに”なんて、考えは吹っ飛んだ。



「・・・・・・!」



オサは・・・泣いていた。


涙で濡れた睫毛を、揺らしながら、じっとあたしを見た。



「・・・それ、私の目を見て、言いなさい。汀。」



泣いているのに、視線は強く、あたしを射抜く。

逸らせない。



「言いなさいよ…っ!なんでもいいから…ッ!

 辛いとか、痛いとか…ッ!ちゃんと私に…私に、言えばいいじゃないッ!


 どうして、いつも、隠すのよッ!もう、隠さないでッ!」




ポタポタとオサの涙が、雨みたいに降ってきて、あたしの頬を伝う。

よく見たら、オサの目は真っ赤だ。



「…もう、いいから…言ってよ…汀……。

 少しは、頼ってくれてもいいじゃないッ!……私の事…」



オサは、ずっと泣いていたんだ。

あたしのせいだ。


しかも、あたし、あんな事言ったのに…自分を頼れだなんて、どこまでお人よしなの?オサ。


こんなあたしが、傷つけて良い筈がないじゃない。

こんなあたしの為に、泣かせるなんて、良い筈ないじゃない。






「それとも……私の事、嫌いなの?汀…」





なんだか、眉間に皺が寄る。作り笑顔が崩れるのが、自分でもわかる。

なんだか、目の奥が、熱くて痛い。




体中、痛いには痛いけど…



こんなにも、罪悪感って奴が、心に痛みを感じさせるとは、思わなかった。




「・・・ご・・・」



恨まれるのは、いつも覚悟の上で仕事をしている。




「ごめん・・・」




オサにだってそう。



恨むなら恨んで…いっそ、嫌うなら嫌って欲しい、なんて勝手な事思ってた。




あたしは、きっとアンタを、恨めないし、嫌いにもなれないから。




アンタの方から嫌ってくれたんなら、諦めもつくだろうし。







「…オサ…ご、めん……」






・・・でも、ヤバイなぁ・・・オサに嫌われたくない、とか思い始めてる・・・あたし。




「汀…?」



「…お願い…オサ…ちょ、っと…こっ…ち、見、ないで…くれる…?」



震えてしまう声で、あたしは顔を背けた。

こんな、弱いあたし・・・見られたくない。


すぐに手で顔を隠したけど、すぐにオサにつかまれた。



「隠さないでって…言ったじゃない。汀。」

「や、だ・・・いやだッ!」


怪我のせいで、力が上手く入らない。

簡単にあたしの両手は、オサに押さえこまれた。



「み、見るな…」



弱々しい情けない声で、あたしはオサにそう言った。



「どうして?」



「…どう、してって…こんな情けない姿…馬鹿みたいじゃない…!

 オサの前で、泣くなんて…どうかしてるわ…あたし…!

 第一…こんな…弱いあたし…アンタに、みられたくなんか…ッ!」



あたしは、オサの顔をまともに見れなかった。

自分がこんな風に泣くなんて、思っても無かったし、それがオサの前だなんて悪夢みたいだった。


こんな自分大嫌い。

こんな自分を、オサの前で晒すなんて、悪夢以外の何物でもない。






「…違う。汀は強いわ。…強いけど、脆いだけ。」




オサは、真っ赤な目で落ち着いてそう言った。


強いけど、脆い?なによ、それ…。



「…何それ…どう、違うのよ…?」


「…言葉の通りよ。」



「…”脆い”んだったら、どうすりゃいいのよ…!脆いのも弱いままも、あたしは…ッ!」

(強くなれないじゃない…!)

そこまで言って、あたしはオサの服を掴んだ。

力が入らず、くしゃっと皺がよるだけだったけど、オサはその手を掴んだ。



「だから……私が汀の傍にいるの。」


「……」



「…汀が崩れないように、私が、貴女の支えになる。一人になんかしないわ。」



「ダメよ…これ以上、アンタに寄りかかると…あたし…弱くなっちゃう…!


 オサに、頼ったらダメ……オサに、誰にも、あたしは依存したくないの…ッ!


 でも、ダメなの…気付いたら、あたし、いつもオサに甘えてる…ッ!

 
 だからっ…だから…ァ…!」



情けないくらい爆発する感情のせいで、あたしはまるで駄々をこねる子供みたいだった。


・・・こうなる事は、うすうすわかっていた。


だから、泣きたくもなかったし、オサに甘えるわけにはいかなかった。

オサを”支え”になんて、もってのほかだ。

これ以上、オサに無様なあたしを晒し続けるのは、いくらなんでも、あたしには出来ない。



「…あたし……ホント、弱……!」


ぶっちぎりで、今、世界で一番、情けないあたし。

それを、世界で一番晒したくない人物の前で、晒している事が悔しくて、情けない。




「弱くなんかさせないわ、強くなる時は、一緒よ。


 私が、貴女の支えになる。貴女一人くらい、寄りかかっても…私、平気だから。


 …だから…一緒に強くなろう。汀。」






「……」



言葉が出ない。




ああ、もう・・・どうしてアンタってそうなの・・・


どうして、アンタってそうやって…人の中に勝手に入り込んで、何でもかんでも覆しちゃうわけ?


弱くなんかさせないって・・・


あっさりそんな事言われちゃったら、もう何も言えないじゃない。


一緒にいて、強くなれるなら…世話無いわよ…とあたしは心の中で思った。



でも、オサがそんな風に言うと、ホントにそう、なれそうな気がして…信じたくなる。



瞬きをするのも忘れて、あたしはただ、オサの目を見ていた。





「…私、そう決めたから。…貴女の、支えになるって…」




オサは強い。

赤く腫れた目なのに、その強さが、溢れている。


意志の強さと真っ直ぐな心。


だから、信じたくなる。この人となら、と。



そして・・・そんなオサの言葉を、もう信じてるあたしがいる。







両手を掴むオサの手が、あたしの手の指を絡めとる。

視線だけを、オサに向けると、オサはやっぱりあたしを真っ直ぐ射抜くように見つめていた。



「だから、私を…もう少しだけ頼って。今は、頼りにならないかもしれないけど…もう少し、だけで…いいから。」



オサは、真剣に、あたしを見ていた。

当然のように、そこに嘘は無かった。




オサがあたしの両手から手を離して、真っ赤な目で微笑んだ。

手が離れた瞬間、あたしの腕はオサの体を引き寄せていた。


子供みたいに、抱きついて泣いた。




「…さ…オサ…ごめん…オサ…オサァ!…ごめん…ごめん…」




ひたすら、オサとゴメンの単語を繰り返して、あたしは泣いた。



酷い事言って、ごめん。

帰れなんて言って、ごめん。

こんなあたしで、ごめん。


ただ、それを繰り返すしかない。




「…汀、泣く事は、情けない事じゃないわ。泣いて、何もしないままが、ダメなのよ。」



そうトドメを刺されて、また泣いた。

もう、泣けませんってくらい泣いた。



こんな姿…あたし的には、NGなんですけど…もう限界でした。




ずっと泣きたかったのを、我慢してたせいかもしれない。


決壊したダムの勢いで、泣き続けるあたしを、オサは抱き締めてくれていた。



「オサ…」

「…ん?」



「あたし…帰るなら、オサの所がいい…いるなら、オサの隣がいい。」


・・・ちょっとだけ、本音を言ってみる。

なんだか、照れくさくてあたしは、目を閉じた。


「…うん。」



オサは、相槌を打ちながら、頭を優しく撫でてくれた。


「…でも。」とオサは、すぐに口を開いた。



「……正直な話、連絡くらい、欲しかったわね。」


すんっと鼻をすすって、あたしはオサの顔色を伺う。


「…いや…なんか、こういうスポ根系っつーか…(ぐすっ)あたしには似合わないというか…

 情けないでしょ…おまけに、こんな…(ぐすっ)…泣いたりして…」


オサは、それを聞くとふっと柔らかく笑って、左のポケットからティッシュを出した。

で、何をするかと思えば。


あたしの鼻に、ティッシュをあてて「右。」と言った。

そう言われて、素直にちーんと鼻を出す、あたし(17歳)。

子供じゃあるまいし、と思いつつも、すぐに「次、左。」と言われてまたちーんと鼻を出すあたし(17歳)。


オサは、あたしの鼻を拭き終わると、こう言った。


「…人が、汀が努力してる姿や、感情を出しても、それが情けないなんて、私は思わない。


 だから…修行してる貴女も、今こうして泣いている貴女も、どんな貴女も


 私は好きよ。」








・・・・・やられた。








オサは普段、鈍いくせに、天然で女の子を赤面させるから…侮れない。

というか…いつもならそれ、あたしの役目なんだけどな…。


・・・抗議したいんだけど、ひっくひっく言ってるあたしには、それは無理。



「…オサ…頭、もうちょっと撫でてくれると、嬉しい。」


ひっくひっく言いながら、あたしはそう呟いた。

そう言って、目を閉じた。


「・・・え?」


小さい頃から、なんでもこなす事ができたあたしは、大人から頭を撫でられた思い出があんまりない。

逆に不器用な子供が、たまに何かに成功すると、大人たちは頭を撫でて、褒めていた。

よくワザと何回か失敗してみせた後、成功させて撫でてもらおうかとやったけど、成功したためしは無かった。

そこから、あたしは、物事は時に諦めが肝心ってことを知った。


あたしが、そんな昔話をすると、オサは納得したように、優しく撫でてくれた。


目を閉じて、あたしはその掌の感触に、心地良さを感じていた。


ふと、額に柔らかいものがあたった。


目を開けると、それがオサの唇だとわかった。



・・・・・め、珍しい・・・。



珍しい事もあるのね、とか思いつつも、心地良さに、あたしはまた目を閉じた。


今度は頬に、柔らかい感触。

あたしは目を開ける事無く、閉じたまま。



すると、今度は耳、首筋…



「ん…」






「汀…」


名前を呼ばれて目を開けると、すぐオサの顔。

予想より、すごく近い距離。


「…ん…。」


オサはそっと、あたしの唇にキスをした。

唇に触れる、柔らかく温かい唇の感触。優しいキスで、心地良さは変わらない。

あたしは、されるままにそれを受け続けていた。



たまには、いいかも。なんて考えてた。



それが、ちょっとした違和感に変わるまで、数秒掛からなかったと思う。



ちゅっと短いキスが、何度も繰り返されて、それから深く、長いキスに変わった。



「ん……は……」


違和感その1・・・オサが、やけに積極的過ぎる。


いくら、あたしが弱ってるからって…サービスが…過ぎる…。

いや、これ…サービスで片付けていいんだろうか…


いやいや、よくない…コレ…



嫌じゃないんだけど…その…



違和感その2・・・このキス……長いし、深いし……なんか、本気っぽい。



ていうか・・・本気だ・・・コレ・・・。


…舌とか、あり得ないもん…って…コラコラ…!


「んン…お、オサ…ッ…ん!?」


慌てて、肩を掴んでみても、オサは離れない。


さっきまで優しく撫でてくれていた手は、完全にあたしの頭を固定して

更に他方の手はしっかりとあたしの体を捕まえている。



「…ぷはっ…お、オサァ!?」



唇を離して、やっとそれだけ言う。

いや、正確には、あまりに突然の出来事で、それしか言えない。

キスは何回かしてるけど、オサからこうも濃〜〜いのは…初めてだ。




「…………汀…」



いつになく真剣な瞳で、小さい声で呟くように、あたしの名前を呼ぶオサ。



……違和感というか…それは”変化”だった。



目で会話、なんてよく聞く話だけど・・・





「……私…」




聞かなくてもわかる言葉。








「・・・汀が、好・・・」







その単語が言い終わる前に、オサの唇を、あたしは無言で、塞いだ。


包帯の巻かれた手と、白い手を重ねて、キスを交わす。



ヤバイ…本当に、オサから離れられなくなる…そう思った。

オサとキスをしながら、オサと一緒に強くなれたら、最高だろうなって…思った。



腰に腕を回されて、あたしはオサのお腹から胸にかけて、手を滑らせる。


服越しに伝わるオサの心臓の鼓動。

オサも、あたしの胸に手を置く。


互いに、心臓の音を伝え聞く。







 ”♪〜♪〜”  ※注 エレクトリ○ルパレードの着メロ。







唇を離して、互いにその動きを止める。

無視、したいけど・・・仕事だったら、大変だし…うう、だから辛いのよ、鬼切りって。

あと・・・自分で設定しておいて、マヌケな着メロだわ・・・。


「・・・・・・・あ、ごめん、電話・・・」


停止したまま動かないオサに、あたしは、”出てもいい?”とカバンを指差してみせる。


「あっ・・・・・う、うん・・・。」



急に我に返ったオサは、物凄い速さで離れて、こちらに背中を向けた。



・・・・・・・ああ、これが本来のオサだよ・・・うん。


そんなオサに、妙な納得をしながら、あたしは電話の通話ボタンを押した。


…全く、こんなタイミングの悪い時にかけてくるのは…若かしらね…。



「…はい、もしも〜…」


『じゃれあいは、その辺にして、そろそろ山を降りろ。』


「…し・・・はい。」


電話の向こうから、天下無敵のコハク様のお声…。

最近、この人・・・携帯を使いこなせるようになったのだ。(ただし、リダイヤルによる通話だけね)


『…山で修行させるのは、お主だけでは、ないのでな。じゃれあいたいなら、他でやれ。』



「・・・・・あ、えーと・・・・・」


ふと目線を横にずらすと、あたしは、テントの壁に、小さい影が映っているのが見えた。



「あァ…はい…。」



・・・・駄々漏れだよ・・・・・あたしらの会話・・・


・・・つーか、聞くなよ。コハクさんも。



「わかりましたー…で、オサとの話は、大丈夫なんですかぁ?」


そういえば、オサがココにいた理由、聞いてないし。

さり気なく探りを入れてみたのだけど、返ってきた返事が…


『…また今度でいい。今は、する気が起きんのでな。』


という、素っ気無いもの。


(・・・・でしょうねぇ〜・・・)


「お、お世話になりました〜。」




『・・・次は、本当に命に関わると思え。(ボソッ)』





”・・・ブチ。ツー…ツー…。”



・・・・こ、小声で、脅された・・・・・。




切れた電話を片手に、あたしは苦笑いするしかなかった。



・・・じ、次回まで、保険でも入っておこうかしら・・・。



荷物をまとめて、そそくさと山を降りる準備をする。

電話で中断してから、オサは一向にこっちを見ない。


・・・まあ・・・無理も無いわよね・・・(ニヤニヤ)



「よし、じゃあ下りるとしますか…。」


リュックを背負おうとすると、オサがあたしから2つある荷物の重い方を無言でひったくった。

ちょっと、よろけてる。


「大〜丈〜夫?」


あたしが、そう言うと、両足で踏ん張りながら、オサは背中をぴんと伸ばして言った。


「大丈夫よ、このくらい。」


ぶっきらぼうな、いつもの言い方。そのやり取りに、あたしは、また安心する。



この数日、山の中にいるのに、空も、森も…そういえばロクに見てなかった。

・・・それだけ、気持ちに余裕が無かったんだな、と思う。


山下りたら…とりあえず、お風呂入りたい…。

傷がどうこう言われそうだけど、お風呂だけには、入りたい…。

んな事を、考えながら歩き始めていた。



先に歩き出したオサが、いきなりピタッと止まった。



「汀。」

「んー?」




「……もう…無理しないでよね……貴女に、潰れられたら…その、困る…から。」


ぽつぽつと、そういうオサ。

どうして困るの〜?なんて、聞き返そうとおもうけど、そこは聞かない。


「……ん、あたしも潰れるのはゴメンよ。」


今回の一件で、あたしは…まだ、強くなれるんだと、オサに可能性を貰った気がした。

あたしの迷いを、オサが斬ってくれたから。

これは、本当に感謝してるのよ?オサ。

安心して・・・もう、自分のヘタレ根性に潰れたりなんかしないわ。そんな事でオサ困らせたって、面白くないじゃない。



「どうせ潰されるなら、オサの胸がいい♪」

「・・・拳と地面で、頭、潰してやってもいいのよ?」


ギロッと睨まれる。

うんうん、やっぱり、このやり取りあってのオサとあたしよね。



「おー・・・怖。」


いつものように返したつもりが、オサはあたしの顔をみて、表情を変えた。


「・・・う、嬉しそうに言わないでよ・・・」


照れくさそうな顔。

むしろ、それを見てるあたしの方が、照れくさいんですけど?


「嬉しいよ、そりゃー」


「なんで?」



「オサが、いるから♪」





「・・・・・・い、言ってて、恥ずかしくないの?汀。」



「全然?むしろ、言われたオサが、恥ずかしいんでしょ?」



「・・・・・・知らない。」




オサが先頭を歩き、あたしはその後ろ。

つかず離れずのその距離。

手を繋ぐのも良いけど、この距離もなかなかどうして。結構、あたしは好きだったりするのよね。


「ねえーオサー」

「・・・何よ。」


照れくさいのか、すっかりオサは普段のオサになって、ぶっきらぼうに返事をする。



「今度会う時さー」

「ん?」





「さっきの続きしよっか♪」


「・・・ッ!」


そのあたしの一言に、オサはこっちに振り向いたものの・・・

顔を真っ赤にして、無言でまた歩き始めた。




・・・答えはそれで、十分いただきました♪






END












ーあとがきー



・・・一度、汀視点で書いてみたかったのと、汀を泣かせてみたい…ただそれだけの欲望まみれのSSです。

(途中、オサ視点を混ぜてしまいましたが)

やっぱり、オサ視点の方が書きやすい・・・かな?

あと、タイトルと内容が・・・かする事すら、ありませんでした。


反省点盛り沢山の、変なSSですが…鼻ちーんの部分と最後の会話だけは、納得のいくものです。


・・・恥ずかしい会話万歳。



・・・そして、次回(出来るかな?)・・・「今度会った時、続きしよっか♪」・・・のお話へ。


オイオイ、これ単なる伏線か?というツッコミ、ばっち来いです。(殴)




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