腕を伸ばしながら、シーツの肌触りが心地良いな、と私、小山内梢子は思った。

隣に寝ている喜屋武汀は、左腕を枕にして、私のことを見ていた。


時刻は現在、午前3時。


…いつもなら眠くなってもおかしくない筈なのに…私達は、ちっとも眠くなどならなかった。



「ねえ、汀…子供の頃、どんな子だった?」


ふと、私は汀にそう尋ねた。

汀は、随分おかしな事聞くのね、という顔をしながら、笑って私にこう聞き返した。


「えー?何よ、突然……ホントに興味あるの?あたしの少女時代に。」


「なんか、汀って子供がそのまま、今に至ったって感じがするんだけど。」


勿論、法律上、私達は子供みたいなモノで。いや、未成年であって。


…大人ほどの責任能力や権利を持ち合わせてはいない。


・・・でも、考えたり行動したりは、出来るわけで。



「…あのねぇ、オサ。


 子供はこ〜んなナイスバディになりますかぁー?散々、見たでしょーに。


 ・・・大人のあたしを。」



そう言って、汀は掛け布団を少しずらして、何も着けていない”素肌”を私に見せニヤッと笑った。



大人か、どうかは知らないが…



確かに、彼女の見た事がない”一面”は見たし


・・・私も見られた。



「…性格の問題よ。ねえ、どんな子だったの?汀って。」


とりあえず、話を元に戻す。


私は、汀の深い部分を知ってはいる。

だが、その範囲は恐ろしいほど狭いのだ。




「…ん〜そうね…まあ、天真爛漫?笑顔が天使のような♪」



「・・・悪魔っ子の間違いじゃないの?」


もしくは、いたずらっ子。


「あ、ソレひっどーい、オサ。言い過ぎ。」


そう言って、汀は頬を膨らませて、いかにも”拗ねている”という表情を浮かべてみせる。


しかし、数秒も経たないうちに、あっさりとその表情を崩して、汀は目線を上に向け

今度は、素直に昔の事を思い出しているようだった。



「…そうねぇ……まあ、小さい頃から鬼切りの世界にどっぷり浸ってた少女時代だったわね。

 まあ、上からやれといわれたら、やるしかないっていう

 悲しきサラリーマン人生を背負わされた〜みたいな、子供時代よ。」


「・・・サラリーマンって・・・どんな子供よ。」



「まあ、鬼切りの家だって事以外は、普通よ。普通に学校行ったし、普通に遊んだし。

 ただ、他と違うのは・・・下手すりゃ死ぬってお仕事を、普通に義務教育中にやらされてるって事ねぇ」


「それをあっさり話す貴女は、その時点で普通じゃないでしょ。」


私がそう言うと、汀は”そぉ?”とニッと笑って、話を続けた。


「んで、大きくなったら…そのまま鬼切りになるのが、当然だと思ってたんだけど……」


そこで、汀は言葉を止めたので、私は続きを促す。



「だけど?」



「…いやぁ、なんていうの?…だから〜…確かに、あたし、鬼切りにはなったわよ?


 ”だけど”


 子供の頃は、まさか……こうなるとは、思ってもみなかったなぁ〜…って。」



汀は、私から目線を外すと、今度はごろりと仰向けになり、天井に視線を向けた。



「・・・こうなるって、どういう意味?」



私は、上半身を少し起こして、汀の顔を覗き込む。

すると、汀は少し気まずそうな顔をして、苦笑いを浮かべた。



「いや・・・だから、今まさに・・・”この状況”に、よ。」



そう言い終わってから、汀は何も着けていない私の素肌を人差し指で、指し示した。




「あ・・・ああ・・・そうね・・・あぁー…」



思えば私も、幼い頃にこんな状況になるとは思わなかっただろう。


私は、汀の指摘に、少し間を置いてから”あーそうだった”と右手で額をおさえた。



平気な顔をして話をしてはいるが、私達は、現在…一切、何も身につけてはいないのだ。



「…何よ?…オサ、そのリアクション…まっさかぁ………オサ、今になって?」



汀は、少し呆れたような表情で、こちらを見ている。

確かに、汀の言うとおり。



「…そうよ…今更なんだけど、ね……でも………あぁ…うああぁー…もうっ!!」


掛け布団の中に顔を引っ込めるが、シーツの上から汀の楽しそうな声が聞こえる。


「…うーわー…反応遅っ。鈍いにも程があるって、ホント。遅っ。」


ケラケラと明るく笑う汀に、私は頭から目までを掛け布団から出し


「うるさいわね…仕方ないじゃないの…」


と、弱々しく反論した。


「はいはい♪そーですねー♪」


そう言いながら、汀も掛け布団の中にもぞもぞと入ってきた。



ベッドの中で、顔を合わせた私達は、どちらともなく唇を近付ける。




私達は当ても無く、話し続けては、それを繰り返していた。


単に…目が、冴えて眠れなかった、というのもあるけれど。











       [ Turn It Into Love ]







『○月○日、暇なら会おうっか。』


たった一行のその文面は、なんといおうか…非常に…差出人・喜屋武汀らしい文面だった。


…『会おうか”?”』という問いは無く。


きっと、私が来るだろうと予想しているのか、断る筈が無いと思っているのか…

とにかく私の都合を伺うという素振りが、無い文面。


でも。


結局、私の返信は、こうだ。



『いいわよ。』




その返信をした後、1分も経たないうちに汀から、再びメールが届く。



『○○駅で、4時に、待ち合わせね〜』



そんなメールのやり取りの後


「まったく…人の都合も聞かないで…汀ったら…」


私は、とりあえず、その日、何着ていこうかとクローゼットを開けた。







そして。




・・・指定された日時と場所に、私はいた。


正確には、約束の時間より、10分も前に到着してしまった。


・・・いや、私は間違ってはいない。約束の時間には、最低でも5分前には到着しているべきだ。



(・・・でも、汀からすれば・・・)



”あっれ〜?オサ、もう着いてたの?はは〜ん、さては、あたしに会えるのが嬉しくて

 張り切りすぎて、あたしを忠犬ハチ公のごとく待ってたのかなぁ?”



(・・・・とか、言いそう。)


実際に言われてはいないが、大体想像がつく。

想像の中の汀に、私は勝手に腹を立てていた。


時計の針は4時2分をさした。


(・・・そういえば、南国の人って時間にルーズとか聞いたけど・・・汀も、そうなのかしら・・・?)


たかが1、2分の事なのに、私は少し焦りを感じていた。


急に仕事が入ってしまったりしてないか、とか。

もしかして、あれから怪我とかしたんじゃ、とか。


そして、ただ眉間に皺を寄せて、悶々と考えているうちに、時計は4時10分になった。


汀は、遅刻、なのだろうか…それとも…来ないのか…。



答えは、2分後に現れた。



「・・・あ。」



駅の改札の向こうから、バッグを肩にかけた汀が歩いてくるのが見えた。

・・・さすがに移動中までは、ニコニコしないらしく、汀は無表情で歩いていた。


(・・・あれ?スーツ?)


珍しく汀はスーツ姿だった。

どこかへ用事だったのだろうか…?


スーツには不釣合いな大きなバッグを肩にかけて、汀は改札を出ようとして・・・



  ”ピンポーン!・・・ガタンッ”



・・・あ、改札で、ひっかかってる。



バッグかしら…?…ああ、切符か…切符が折れ曲がって、機械通らないのね…汀…



  ”ピンポーン!…係員が来るまでお待ち下さい…ピンポーン!”



あぁ・・・改札混んできてるのに…恥ずかしいのよね…ああいう時ひっかかると…



汀の奴…必死に切符を真っ直ぐにしようとしてる…あー…珍しいわ、あんな細々した動きの汀…。


・・・普段が普段だけに、ああいう風に慌てた汀は・・・少しだけ可愛いと思う。



…駅員さんが来て、汀は片手を挙げて、笑って”すみませ〜ん”と言っていた。


改札を通りぬけながら、いつもの調子で汀は目を細めて、あの愛想の良い笑顔を振りまいていた。

最初はやれやれといった表情を浮かべていた駅員ですら、最後は笑顔だった。


汀は、そういう人だ。


…油断ならないけど、人の笑顔というか、感情を引き出すのが、上手い。

・・・・いや、だからこそ、油断ならないのだけど。



(・・・相変わらず、か・・・)



それを見て、ホッとした。



・・・10分の遅刻も、改札のトラブルの一件で責める気は失せた。




汀は周囲をキョロキョロ見回して、私を探している。


汀は、ここで待っている私には気付いていないようだ。



私は、それを見ていた。



もう少しだけ、私を探し求めている汀を見ていたくて、声を掛けないまま汀を観察していた。


意地が悪いといわれそうだが、たまには、私だって・・・

汀を振り回してみたいという気持ちが無かったわけじゃない。




すると、視線に気付いたのか、汀は私を捉えた。




もうしばらく隠れてでも、見ていたかったが、また汀に”頭文字S”とか言われそうな気がして

私は、軽く右手を挙げて、すぐに降ろした。


一方汀は、ニッコリと満面の笑みで、右手をブンブン振ってこちらに来た。

そんな反応されると、見ているこっちが、恥ずかしい。


「や。オサ、久しぶりー♪

 ・・・あ。でも、ないか。2週間ぶりね?」


なんだか、恥ずかしさが尾を引いて、私は目を伏せた。

恥ずかしいのは、汀のせいだ。汀がニコニコしているせいだ。


(・・・そんなにニコニコ楽しそうに笑うほど、私の今の顔っておかしいのかしら。)


「・・・ん、そうね。行きましょうか。」


短く相槌を打って、私は歩こうと促した。


ソレを聞くなり、汀はやれやれと言った表情を浮かべた。


「相っ変わらず、素っ気無いなぁ…『会いたかったわ〜ミギちゃ〜ん』くらい言いなさいよ。」



・・・”相変わらず”とは、私の台詞だ。



喜屋武汀は、相変わらず、人懐っこい笑顔から始まり、私の返事で口を尖らせたり、身振り手振りを交え・・・


『』の台詞に関しては、しなまでつくって熱演してみせ…実に、表情豊かな喋りっぷりだった。



・・・元気そうでなによりだが、もう少し落ち着いてもいいとも思う。



「…言った事ないし、これからも、そんな事一生言いません。」



私が、そう言うと。



汀は頭をかきながら


「あっそ。…んじゃ、台詞が無理ならー…」


とそこまで言って、バッグを地面に置くと、急に笑顔を浮かべて、両手をバッと広げた。



「はい、オサ♪ホラ、おいで♪」



勿論、それが何を意味しているのかは、解る。


解るのだけど・・・



「…………何よ、その両手は。」



・・・一応、聞いては、みる。




「…何って…”再会のハグ”♪」






・・・・・・・はぁ・・・まったく。




そう、解ってはいる。



汀がこういう奴なんだと、わかってはいるのだが、改めて思う。





私、どうしてこの人と一緒にいたいなんて、思うんだろう。




「・・・さて、カフェにでも入ろうかしら。何か冷たいものでも…」


「うわ・・・ツッコミ無しの、ガン無視っ!?ヒドイっ!オサ、それはヒドイっ!」


汀は、ヒドイヒドイと連呼しながら、私の背中からガッシリと抱きついた。


「な、なによ!?ちょ、ちょっと…やめてよ!人がいる場所でっ!」


汀の顔がすぐ傍にある。

咄嗟に掌で汀の顎にあて、引き離そうとするが、汀は構わず、ぐいぐい近づく。


「い〜いじゃないの〜。

 うら若き女子が、街中でじゃれあっているのは、むしろ貴重なショットよ?

 ちょっと、年取ったら…周囲の視線なんかこれでもかって程、冷たくなるんだからぁ〜」


「ッ十分過ぎる程、今!冷たい視線を浴びてるから、離れなさいよッ!この馬鹿ッ!」




「断る。」


「…断るな…ッ!」



周囲の視線を、集めるだけ集めて、私達は2週間ぶりの再会を果たした。




そして、場所は変わって、私達はコーヒーショップにいた。


店内は落ち着いていて、コーヒーの匂いと時折、甘いケーキの匂いもした。


本を片手に、ゆっくりとコーヒーを楽しむ人、おしゃべりを楽しむ人。

時計を気にしながら誰かを待つ人。

コーヒーのテイクアウト用のタンブラーを、片手に店を出る人。





そして、私達は、向かい合って静かにコーヒーを飲んでいた。


「・・・・・。」

「・・・・・。」





窓側の席に案内されたのが、幸いだったのか、否か。

私は窓の外を歩く人々を、見ながら静かにコーヒーに口をつけていた。

一方汀は、というと・・・さっきの態度とは大違いで、静かにコーヒーを飲んでいる。


黙っているに加えて、いつもと違う格好のせいで、どうも別人のようにも見える。

…スーツスカートも、意外と似合うというか…いつもより汀が大人っぽく見えた。


でも・・・静か過ぎる。


(…何黙ってるのよ…何か、喋りなさいよ…。)


・・・・もしかして。


(・・・さっきの、事で・・・怒ってる、のかしら・・・。)


さっき、汀が抱きついて離れなかったから、私は恥ずかしさのあまり、思いっきり脛を蹴ってしまったのだ。


”弁慶弁慶”と言いながら、汀はその場で、ピョンピョン飛んだ。



…………多分、結構痛かったんだと思う…。



スーツスカートで、ストッキングしかつけてない脛に、思い切り蹴りを入れてしまったのだし。


でも、あれは汀が悪い。



「…ねえ、汀。」


「んぁ?」



汀の名前を恐る恐る呼ぶと、間の抜けた返事が返ってきた。


どうやら、怒ってはいないようだ。


安心した。


…ああ、良かった…良い意味で子供な人で。



「ところで汀…どうして、今日スーツ着てきたの?」



会った時から、不思議に思っていたことを口に出す。

スーツなんて、汀が好んで着る訳が無いからだ。


すると、汀は。



「ああ、デートの正装?」


「……ホントは?」



・・・嘘丸出し。

すぐさま、私は本当の事を言えと、聞き返す。

すると、汀はクスッと笑って肘をついた。



「……気になる?」



汀のその含み笑いが、更に私を苛立たせる。


ここで私が”別に”とうっかり答えたら、汀は絶対、自分からは言わない。


そして私が”気になる”と正直に答えたら、汀は”え〜どうしよっかな〜”と更に揺さぶりに掛かるだろう。



・・・どちらにしても、苛立ちが増していく事に変わりは無い。



「オ〜サ〜…そんな顔しなさんなって…」


汀は苦笑いを浮かべながら、私の眉間に人差し指をあてた。



・・・・私が余程険しい顔をしていたのだろう。


汀は、ごめんごめん、と申し訳なさそうに笑った。



「・・・ちょっとね、こっちの鬼切りに挨拶しに行っただけよ。

 オサに会うのが目的とはいえね、なんだかんだで別の党の鬼切りが、ちょくちょくこっちに来てる訳だし。

 変に勘繰られる前に、一度、ちゃんとゴアイサツしに行かないと、いけなかったワケ。

 まぁ〜…ややこしいのよ。色々と。」


そう言うと、汀はそのややこしい事を思い出したのか、疲れたように溜息をついた。

確かに、汀には堅苦しそうな挨拶とか、似合わないというか、苦労しそうだ。



「…そう、なの。」


「そうなんですよー、小山内さん。」


そう言って、汀は苦笑しながら、コーヒーを口に含んだ。


鬼切りの世界は、よくは知らない。

きっと、私の知らないことがたくさんあるのだろう。


私の知らない汀は…まだ、たくさんいる。




ただ、汀が、そんな”ややこしい”という事をしてまで、私の元へ来るのは…




(それは…やっぱり…汀は、私の事……)



…多少は、自惚れていいのだろうか。





口には出さないが、なんとなく感じているお互いの”好意”。




今までは、このままでいいような気がしていた。

このままゆっくりと、電話やメール、時々会うだけで、十分だと。



汀は、鬼切り。私は一般人。



「…汀って…」


「んー?」




でも、それ以前に・・・”私達”は・・・一人の人間であって。




・・・”一人の人間”として、お互いに、惹かれ合っている。




でも、それすらも”なんとなく、そうだ”という感覚的なものであって。





「何かと私に会いに来てくれるけど……やっぱり、それは、無理…してるの?」




この際、一度、確かめるべきだと思った。


汀の、気持ちを。




「無理っていうかー……んまあ…”努力”?」



笑顔でかわそうとする汀。

それに対し、私は真っ直ぐ汀を見つめた。



「…努力って…?」


私の問いに、汀はそんな事もわかんないのか?という顔をしながら説明をする。


「いや、当たり前でしょ?あたし、オサに会いたいからこっちに来てるんであって…

 その為の努力は、するわよ。多少のややこしい事は、ササッと片付けて、ね。」


「・・・それ、どういう意味?」


更に続く私の問いに、汀は困惑し始めていた。


「え?…ど、どーゆー意味って……いや、だからさー…

 オサに少しでも会いたいから、こうして挨拶とか…努力してるって事よ。」



「どうして、会いたいの?私なんかに。」


「・・・・・・・え・・・。」


私の問いに、汀はついに黙った。





私のこの想いは、いつからこんな風に変化を遂げてしまったのかは、よくは解らない。



汀を知れば知るほど。

汀に会えば会うほど。


汀に触れられたら、触れられるほど。



・・・”なんとなくの好意”じゃ・・・このままじゃ、いけない気がしていた。




「ねえ、オサ…どうかしたの?そんな事聞くなんてさ。」




らしくないわよ、と汀はまた笑って、私を視界から外したいのか、窓の外を見た。


確かにらしくなかった。

でも、私らしくいられなくなったのは…間違いなく、目の前の人物のせいだった。



「汀。」



名前を呼んで、汀の視線を再び私の方へと向けさせる。


汀は無言で、私を見た。





「・・・言わなくてもわかる事でも・・・言って欲しい時って、あると思わない?汀。」




精一杯、笑ったつもりだった。


でも、汀ほど演技は上手くないから、私は作り笑顔なんて出来ない。

顔に殆ど、その時の感情が出てしまうのだ。





「・・・オサ、なんて顔してんのよ・・・」


「…私、どんな顔してるの…?」



私の問いに、汀は顔をしかめた。

目を不愉快そうに、瞑り、立ち上がり私の腕を引いた。



「・・・わかった。自覚無いなら、ちょっと、来なさい。」



そう言って、店の奥の化粧室に連れて行かれた。


コーヒーの匂いから、芳香剤の匂いに変わった。

汀は、私を鏡の前に立たせた。



「見なさいよ。」


「………。」



私の顔は、ひどいものだった。

子供が駄々をこねて泣くのを堪えているような…とにかく、ひどいものだ。



「・・・ひどい、顔ね。」



私がそう呟くと、汀は、私を後ろから抱きしめた。

鏡越しに私を見つめて、ヒドイ顔の私とは対照的に、柔らかく微笑んでいる。


「・・・まあ、普段からしかめ面ばっかだからね。オサは。」


「ソレ、ひどくない…?」


私は、汀の腕を掴んだ。

腕に触れて解った事だが、私もトレーニングはしていたけれど、修行してただけあって、汀の腕は随分とたくましくなっていた。


汀の目の力は、相変わらず、こういう時だけは強くて。

汀の声も、こういう時だけ、甘く聞こえる始末だった。


笑おうと思っても、顔はどんどんひどくなっていくばかりだった。


背中からわずかに伝わってくる汀の体温と、汀の匂いが、ますます私の心を狂わせていくようだった。






「・・・でも、あたしは好きだなぁ。オサのそういう顔も。」






そう言われて、私はついに顔を伏せた。

鏡に映る自分の顔は、もう見られたもんじゃなかった。



私がこんな時に、貴女がその言葉を発するなんて…


どうして、こう・・・私と貴女はタイミングが悪いのだろう。




「…普通、笑顔が好きとか、言うんじゃないの?」


「・・・だったら、ちゃんと笑ったらどうなのよ。泣いてないで。」



そう言って、汀は私の首筋に、唇をつけた。



「・・・・・・わかんない・・・。」


「何が?」


「汀に会えて嬉しい筈なのに…どうしてこんな事…どうしたら、いいの…私…」



「……オサがわかんない事…あたしに言われてもなぁ…あたしも解りかねるわ。」



そう言いながら、汀は私を引きずるようにして、個室に連れ込んだ。


私が”何をするの?”と問いかける前に、素早く鍵を掛けて、私の両頬に手を添えると



唇を重ねた。




「ッ・・・・・・ン・・・みぎ・・・っ・・・!」




言葉も出させてくれない。

汀の唇からも、言葉はない。



コーヒー特有の苦味の後、汀がコーヒーにトッピングしていたキャラメルの甘さが、私の舌の上で踊る。


唇の端をぺろりと舐めて、再び私の中に入りこむ。


今度は、私のトッピングしたホイップクリームの甘さが、口の中に一瞬広がった。



「…みぎ……んン……」



汀の言葉を欲していた私は、汀のスーツの襟を掴んだ。



私が聞いたときに、汀が一言、私を好きだって言ってくれたら、こんなに心が乱れずに済んだかもしれないのに。


こんなに短時間で、私の心を乱すのは、汀だけ。

私が、今欲しているのは、汀だけ。



「ねえ、オサ…」


汀は一通り、私の口の中を探った後、急に唇を離した。



「これだけは覚えておいて。


 いくらあたしでもね・・・・・・好きでもない人間に、こんな事しないから。」



私は、壁に押し付けられたまま、目の前の汀を見ていた。



「・・・汀・・・」




「あと。」

「・・・?」







「・・・すっごく、会いたかった。」






その言葉に静かに頷いて、私は目を瞑った。

汀の唇が、また私に触れて、私はそれを受け入れた。



今度は、柔らかい感触の後、すぐに離れた。



「・・・で、これでOK?」



汀は、私の唇の端についた唾液を指先で拭った。


「・・・・ん。」


返事はしたものの、まだ何かが収まらない。

いや、さっきより余計…酷くなってきている気さえする。



「じゃ、もう出ない?さすがに荷物が、心配だわ。」


汀は、素早く離れて、鍵を開けた。


「うん…」


汀は、先に化粧室を出て行く。


それを・・・引き止める事は、さすがに出来なかった。


残された私の口の中には、まだ汀から貰った味が、残っている。


(・・・あ、震えてる・・・)


私は、震える自分の手を見て・・・・指を噛んだ。


急激に、汀に刺激されたせいだ。




僅かな指の痛みと共に、私の頭には、前に言われた汀の言葉が浮かんできた。






『今度、会う時さー、さっきの続きしよっか』






あの言葉に、私は、ある意味、騙されているのかもしれない。

汀のいつもの口八丁・・・。


・・・でも、それでも良い。


この想いが、果たされるのなら…汀の罠に私はおちようと思う。


いや、罠なんて…そんなモノ必要ない。



この想いがある、というだけで

貴女を、想っている…この事実だけで…


…胸の奥が、熱く、騒いでいるのだから。




(・・・汀、私は、もう・・・)




私は・・・・・・・ゆっくりと顔を上げて、鏡の中の自分をみて・・・・・・覚悟を決めた。





・・・今夜、自分に、ブレーキをかけるのは、やめよう。






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  −あとがき(言い訳)−


キリが良かったので、ここで一旦切りまーすッ!!