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まるで、その場から逃げるように、あたし、喜屋武汀は…化粧室から出てきた。



荷物がどうの〜ってのは、単なる口実。


…普通、窓際の席で、店員行き来してる中、あんなデカイ荷物置き引きする奴、いないしね…。



・・・いや、正直ね・・・・危なかったって、思ったわ。



・・・喜屋武 汀・・・一生の不覚になるトコだった・・・。



いくらなんでも、トイレの個室で、あんな事しちゃぁ…ダメよ。うん。


無い。さすがのあたしでも、さすがにあり得ない。

自分でやっておいてよくいうよ、でも、さすがにあれ以上は、ないわ。



いやいや、あれは、元はといえば、オサが悪い。



だって…目に涙溜めてさぁ…どう聞いても…そう…としか、取れない台詞吐くから…

うっかり、その先まで進んだ方が良いかも、とか体が動きかけたんだからね。



これじゃ、ホントに”エロ猫ミギーさん”じゃないの。


・・・って、誰が”エロ猫”よ。(ノリツッコミ。)




ホント、オサってば、あたしの予想、軽〜く、飛び超えてくれるわ…。




…あたしの事、トチ狂わせようとしてんのかしら………オサのクセに。



そういえば・・・


いつから、オサ、ああいう事口に出すようになったんだろう?

いつから、オサ、あんな表情で、あたしの事見るようになったんだろう?



いつから、あたし……いや、あたし達…境界線みたいなの、いつ、どこで越えたんだろう?



…もしかして、最初から境界線も何も無かったってオチも考えられるわよね…。



・・・そっか、なら、何も止める必要ないじゃない・・・。




(…いや。待て待て。…だからって…まずいよ、ありゃあ…)



オサは可愛い人だ。

今時珍しいくらい、クソ真面目で、まっすぐで…とにかく可愛いし、皆に愛されている。

…その人が、あたしみたいな奴のすぐ傍にいるって事は、結構…奇跡に近い。



そりゃあ、会いに行きますよ…心配ですもん。



あの人、実はモッテモテだからね。鈍くて気付かないんだけど。

…オサが誰かに盗られちゃー…かなわんよ…。

確実に、凹むわね、あたし。うん。



盗られる前に、なんとやらってね。

だから、オサの全てを奪っておこうかなんて、考えなかった事が…一度もないって言ったら



・・・・嘘になる。





オサが涙溜めてこっち見た時、涙止めたくて、咄嗟にあんな事しちゃったけど…




『汀に会えて嬉しい筈なのに…どうしてこんな事…どうしたら、いいの…私…』




…あんな事言われちゃあ…もう、我慢しろって方が無理ってもんでしょ…。



反則。



あれは、反則だよ…オサ…山猫が、狼になるトコだったんだぞー…。



事実、さっき個室でキスしながら、オサがそれを望むならって…一瞬でも、考えてしまったし…。







・・・でも・・・。







(………今更だけど…女同士よ、あたし達…。)






それは、本ッ当〜に、今更の事だった。




普段、オサをヘタレだーなんだー…なんて言っておいて、あたしが一番ヘタレなんじゃないかって思った。


いやいやいやいや。


この件に関しては…ヘタレと呼ばれても構わない。




あたしは…自分の自己満足に、あの人を付き合わせるつもりは、一切なかった。




だって、そういうのはさ、奪うモンじゃないでしょ?

自分の魂の入れ物・・・身体を預けるんだから。


だから、時間かけて、培いあうもんで…



(ああ、あたしのキャラに合わないわぁ…こんなの…。)



あたしはすっかり冷めたコーヒーを口に含みながら

もし、小山内梢子が…”行動”を起こしてきたら…どう誤魔化そうか、頭を振り絞っていた。








      [ Turn It Into Love 2  ]





私、小山内梢子は、鏡を見ていた。

鏡の中の私に、私は手を合わせる。


手の震えは、なんとか収まっていた。


汀に個室に閉じ込められて、キスをされて…私は、彼女から言葉を貰った。




『いくらあたしでもね……好きでもない人間に、こんな事しないから。』




その言葉は、素直に嬉しかった。

だから、自分から目も閉じた。


個室の中の2回目のキスは、触れるだけの、優しいキスだった。

以前は、それだけでも恥ずかしくてたまらなかったのに。



(・・・もっと・・・。)


頭の中で途中まで呟いて、振り切った。





・・・もっと、触れて欲しいとさえ思った。


もっと、深くても構わないと、思った。





なのに、汀は、すぐに離れて荷物が心配だと先に行ってしまった。



汀とのキスは、初めてじゃない。


数えるほどしかないけれど、何度も待ち合わせして会っていたし、キスも何度かしたし


・・・私は汀に気持ちを伝えた。



結局、最後まで言わせてはくれなかったけれど・・・私は言葉に出して伝えたつもりだ。




汀はその時、無言だったけれど、私をキスで受け入れてくれた。


もしもあの時、汀の携帯が鳴らなければ…あのまま、その先へ進んでいたかもしれない。

進むと言っても、きっと、私は・・・汀に全てを委ねるしかないのだろうけど・・・。




『今度、会う時さー、さっきの続きしよっか』




もし、あの時の言葉通りなら…汀は、今日、どうするのだろう。




(・・・続き・・・するの、かしら・・・)





鏡の中の自分を見る。




・・・自分から見ても、この気持ちに、嘘は無い。






もう、さっきまでの、自分に戻れない。



汀に口付けられた唇を、指でなぞる。



指の腹と、汀の唇とでは、やはり柔らかさが違う。



・・・私は、まだ、汀を欲してる・・・。




私が、こんな事を考えていると知ったら、汀は…どうするんだろう。




(引く、かしら…私が、こんな事言い出したら…)



…受け入れて、くれるのだろうか…。


現に、今だって…荷物が気になるとか言って、先に出て行ったけど…

窓際で、店員の行き来が激しいのに、荷物の心配なんて必要ない。

バッグに余程、大切なモノが入っているなら別だが、そんな事一言も言っていなかったし…




(…汀、もしかして……)




私は覚悟を決めている。


でも、汀に無理強いは出来ない。



もしも、汀が嫌だと言ったら……





「・・・・・・・・・。」





(ええい、そんなもの、いつまでも考えていられるか。)



手を洗おうと、水道のセンサーに手をかざすと、水が蛇口から出て、3秒ほどで止まった。




少しは、冷たい水が出るのを期待していたのだが…


温い水が、ただ手に掛かっただけ。




身体の熱は、とれない。




「・・・はあ・・・。」



溜息にも似た呼吸を2、3回してから、ドアを開けて、汀の元へと戻った。






「・・・・お待たせ。汀。」



化粧室から戻ってきた私を、汀は、いつも通りの笑顔で迎えた。




「おー、オサ。どう?落ち着いた?」



・・・いつも通り過ぎて、腹立たしいくらいだ。



汀は、感情の切換と言うか…そういうものが、私と違って上手い。

私の感情を刺激しておいて、自分は涼しい顔。




(・・・負けるもんですか・・・。)




「…おかげさまで。」


そう言って、汀のように笑ってやろうと、無理矢理笑顔を作る。


汀の反応は、というと。


「・・・・・・うわ、怖っ。」


顔を強張らせながら、両腕で自分の体を守るような仕草をしてみせた。



「何よ、私、怖い顔してる?」


私は、口角をもっと上げるべきだったかと、指でぐいっとあげてみる。

それをみて、汀は目をパチパチさせながら手を違う違うと振った。


「・・・・あー、いや…怖いっていうかー……嘘、冗談。」


妙に言葉を濁す汀を、不可解に思いつつも席に着い、残ったコーヒーを飲み干すと、私は汀に今後の予定を尋ねた。



「こっちには、いつまで?」



「ん?明後日まで…かな。祝日と開校記念日のおかげで、とんぼ返りだけは免れたわ。」



「・・・そう・・・」



じゃあ、今日は…私の都合さえつければ、ずっと一緒にいられるはずだ。





離れていたのは、たった2週間。


・・・されど2週間。



話は尽きない。


いつも通りの汀の軽口を、聞いたり、聞き流したり…時々、拳で返事をしたり。



ああ、いつも通りだ、と安心する。



話せば考え方は違えど、その違いが楽しくてたまらない。

あーだこーだと、話して…結論は、出ても出なくても良かった。


会話で、時間を忘れる。


時計をみると、6時を過ぎていた。

コーヒー1杯で、これだけ粘るのも、店側には営業妨害モノだろうと、汀と話してまた笑った。


「…行きましょうか。」



私達はカフェを出て、街をそのまま歩いた。

私は汀の右側を歩いた。

彼女の利き手側に立てば、汀はいつも不意を突くように、私の手を掴むからだ。


だが、今日だけは違った。


それは、汀の肩にかけられた大きなバッグのせいだった。


「ところで、汀…そのバッグ、何入ってるの?」


「乙女の夢。」

「笑えない。」


「じゃあ、愛と勇気。」

「…ホントに何入ってるの?…大きいし、重そうだし…」※注 ツッこむのは、諦めたオサ。


「だから〜それは、オサへの愛と夢が大きく重く…」

「愛と勇気じゃなかったの?……あぁ、もういい…聞く気、失せたわ。」


呆れ顔の私に対して、へへっと汀は無邪気に笑った。


「冗談冗談。
 
 今日は訳ありでスーツだけど、明日はオサと思い切り遊ぼうと思ってさ。

 いつもより、服多めなのよ。」


「服で、そんなになる?他に何か入ってるとしか思えないんだけど?」


「・・・ん、あとはねー・・・」



汀は、そこまで言って、私の方へ向くと、柔らかく微笑んだ。


この・・・微笑に、私は弱い。


汀の普段が、普段だから。

こんな自然に優しく微笑まれるだけで、押し込めている彼女に対する感情が、私の胸の中にじんわりと滲んでくる。


「あ、あとは・・・?」


私の表情をみながら、汀はそれを楽しむように随分と間を置いて


「・・・やっぱ、内緒♪」


と普段通り、意地悪く笑った。



「・・・なによ、気になるじゃない。」


私の抗議もなんのその。


「はっはっは〜、せいぜい、気にするがいいー。」


そう言って、実に楽しそうに笑うので、私は思わずむくれた。

それでも汀は、ニコニコ楽しそうに笑って、私はそれを横目でみて、口元がまた緩みだす。



…いつも通りだった。


自分の左手が、寂しさを感じるまでは。


そうだ。あのバッグが、無かったら、汀はいつも通り手を繋ぎにくるかもしれないのに。


バッグの存在を、私は自分勝手に心の中で”邪魔者”にした。


別に、手をどうのこうのなんて、前は考えなかったのに。


いや、いつもそうだ。

汀に抱きつかれたり、手を握られたりするのは、毎回毎回の出来事で。

むしろ、そんな事をするなと私は毎回毎回汀に怒った。

でも、何度言われても汀は、何度も何度も私に抱きつき、手を握り、振り回す。



・・・それに甘えていた。

何度言っても、それを繰り返すのなら…きっと、何も言わなければ…もっとしてくれると思ってた。



バッグの存在が、それを阻害する。

私の中の小さい不満は、短時間で大きくなっていった。


「おっ…帰宅ラッシュだね…」


人の波が酷くなってきた。

足早に歩いてくる人を上手く避けようとして、左肩が汀にぶつかる。


「・・・あ、ごめん。」

「へーき♪」


その時、私の頭にある考えがフッと浮かんだ。


私は、一旦足を止めて、汀の左側に向かって歩いた。


バッグを持っていない汀の左腕に右手を伸ばす。

はぐれないように、とか…口実はなんでもいい。

汀に、触れたかった。



しかし、私が汀の左腕を取ろうとした瞬間。



「あー…肩凝るわぁ〜…」

と言って、汀はバッグを右から左へ持ち替えた。


「・・・・・・。」

私は、空を切った自分の右腕を見てから、チラリと汀を見た。



横断歩道の信号が赤に変わり、私と汀は止まった。


汀は、素知らぬふりで信号機を見るフリをして、私を視界から消した。

確信した。


(…ワザとね…。)


・・・だから、私は信号機が青に変わった瞬間、汀を1歩先に歩かせて


再び汀の右側に立って、素早く汀の右手を取った。


すぐに汀は驚いた顔を私に向けた。


「っ!?・・・も、もしも〜し?小山内さーん!?

 人前で、そういう事しないんじゃなかったのかなー?」



笑ってはいるけど、少しは驚いているようだ。

汀のもぞもぞと動く指を、私はしっかりと握って無言で”離さない”と主張した。


「…若いうちなら、こういうのは、貴重なショットで良いんじゃなかったの?喜屋武さん。」


・・・今、私はちゃんと笑えているのだろうか。


余裕を見せようとはしているが、内心…

無理がたたって、心臓がバクバクと音を立てているのが自分でも情けないくらいわかる。


汀の手を、人前で、人ごみの中で自分から掴み、握るなんて。



・・・いつも通りじゃないのは、私だけだ。



「あ、あぁーまあ…うん。喜屋武さんはそうだけど、小山内さんはしないんでしょー?」


「しないって言った覚えありません、喜屋武さん。」


焦り始めた汀に、私はそう言って、右手で汀の二の腕を掴み、左手を離した。

汀の右腕を完全に捕まえて、引いて、腕を組んだ。





「………マジで、どうしたの?オサ。」



汀は、もう私の方を見なかった。



「…悪い?腕組んじゃ。」


さすがに恥ずかしくて、私は、汀を見られなかった。



「いや悪かぁないけど…いや、悪い。やっぱ悪いよ、オサ…何企んでんの?」


歩きながら、汀が決まり悪そうに聞いてくる。


「…汀じゃあるまいし。捕まえないと、逃げそうな気がして。」


歩きながら、私は思いついた口実を口にする。


「やだなぁ逃げないわよ〜。せっかく愛しのオサがいるのに〜♪」

「それなら、いいじゃない。このままで。」


きっぱりと言い切って、私は汀の腕を掴む手に少し力をいれる。


「・・・・え・・・あの・・・ツッコミ、無し?」


「無い。」



「うそ・・・熱あるんじゃない?帰ったら?」



いつも通りに、笑って冗談で済ませようとする汀に対して私は、その冗談すら無視して、次の話題に切り替えた。



「…ねえ、汀、御飯どこで食べよっか?外食していくんでしょ?」


「え?あぁ…ん〜どうしよっかなぁ……サイジェリアンとか、行っとく?安いし。」


向かい側の道路に、イタリアン料理のチェーン店があり、汀はそれを指差した。


「…ええ、どこでもいいわよ。」



席に向かい合って座ると、汀はどこかホッとしたような表情を浮かべていた。


・・・そんなに、焦る事無いのに。汀なんか、これより酷い事私にするくせに。


注文を終えて、料理を待つ間。

汀はドリンクバーに向かい、私は席で待つように言われた。

グラスを持ってこちらにやってくる汀は、スーツ姿のせいか、やはり別人のように見えた。


「はい、ウーロン茶。」

「ありがとう…ねえ、汀、窮屈じゃないの?スーツ。」


私が、そう言うと、苦笑混じりで”あ、わかる?”と汀は言った。


「…ぶっちゃけ、ホテルの部屋入って、速攻脱ぎたいわよ。」


「やっぱり、慣れない事はしない方が賢明じゃない?汀」


私が、そうからかうと、汀もまた反撃に打って出た。


「・・・それ、さっきのオサの事?」



「…なによ?」

「…とぼけちゃって。無理して、腕組んじゃってさ。そんな事しなくたって、あたし逃げないし。」


・・・少し、痛い所を突かれた気分だ。


「別に……無理なんか、してないわよ。」

「スーツ越しでも、あんだけドッキンドッキンいってたら伝わるわよー。オサのナイーブなハート♪」


そう指摘されて、ついに私の顔はかあっと熱くなった。

それをみて、目をカマボコの形にして、”プッ”と噴出して笑う汀。


「…笑うなっ。」

「あぁゴメンゴメン。・・・フッ…クククク…ッ!」


私が抗議の声を上げても、汀は口元を押さえて肩を震わせながら、笑っていた。


「…堪え笑いもするなっ。堪えるなら、ちゃんと堪えなさい!」

「あぁゴメンゴメン。」


笑いながら、軽く謝るので、私は低い声で抗議に入る。


「…謝る気無いでしょ?」


すると、汀は困ったように笑いながら言った。


「だってぇ、オサ…可愛いんだもん。」


それは、褒め言葉とは言いがたい。


子供が言い間違いをして、大人がそれを聞いて可愛いと思う感覚だ。

大体、私は可愛いなんていわれても…素直に喜べないのだ。



特に、目の前の人物に言われても。



「…っか、可愛くなんかないッ!」



私は、思わず身を乗り出して、可愛いの言葉を否定した。

ムキになればなるほど、汀の罠にハマっていくのに、私はやっぱり汀に遊ばれている。



でも、汀は身を乗り出した私の鼻を人差し指でちょんとつついた。




「いやいや、可愛いよ、オサは。…ず〜っとそのままでいてよ。あたしの前では、さ。」




「・・・っ・・・!」


そう言われて、私は大人しく席に着いた。

頬に手をあてると、先程よりも熱くなっている。


(…もうっ…!)


私が上目遣いで睨むと、汀はやっぱりニコニコしていた。



「そうそう、その調子、その調子♪」


肘を突いて、汀はニコニコと私を見ていた。


「ねえ、汀。」

「んー?何か追加する?」


私は、店内に流れる音楽に負けそうなほど、小声で呟いた。



「…ずっと、このままでいたら……」


「ん?」







「…ずっとこのままでいたら…私の事、嫌いにならないで、くれる…?」






「・・・・・・・・・・・・・・。」



私の言葉に、汀はピタリと止まったまま、言葉を失った。



『お待たせいたしました…ミートドリアのお客様ー…?』



店員の呼びかけにも、私達は返事すら出来ずにいた。



「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」



『・・・・・・・・・。』


止む無く、店員は私と汀の真ん中に、料理を置いて、去っていった。



『失礼しまーす…ごゆっくりどうぞー。』


店員が立ち去って、数分湯気の立つ料理を、私達は黙って見ていた。



「・・・・た、食べよっか・・・伸びるよ、パスタ。」

「そ、そうね・・・冷めるわよ、ドリアも。」


どこか気まずい空気の中、とりあえず、料理を口に運ぶ。

咀嚼して、飲み込む。

…味わえば、オイシイ、と感じるのかもしれない。

けど、その余裕がない。


「あの、オサ…一口、食べる?」

「・・・ん。」


そう言って、皿をこちらに寄せた。

汀なりに、気まずい空気を打ち消そうとしたのだろう。


「…じゃあ、私のも…はい。タバスコかけるなら、かけて良いわよ。」


私も自分の食べかけのパスタの皿を、汀の方へと寄せる。

スプーンですくって、ドリアをぱくりと口の中に入れてから、気が付いた。

ドリアは、まだ少し熱くて…味は……。



……味…。



(・・・・あ・・・。)



私は、汀の方へとチラリと視線を向けた。

汀は、というと、フォークで麺とソースを絡ませ、口に運ぶ途中で、私の視線に気付き。


「ん?どうしたの?」


「ん、別に…。」



・・・典型的というか、古典的というか・・・


(…間接キス…。)


完全に、二口目にはいけなくなった私は、汀を見ているしか出来なかった。

私の想いとは裏腹に、汀は首をかしげて、タバスコを追加して、私のフォークでパスタを口に運んだ。


「オサ…”パク”…どーふふぁお?(どうしたの?)」


「・・・食べながら、喋らない。」


「んーー(はーい。)」


私のパスタが返ってきたら、返って来たで…フォークは、また汀の味がするに決まっているのだ。


いや、考えすぎだ。

たかが、そんな小さい事にいちいち気を取られるのは、どうかしている。

このくらい大した事じゃないし、百子と保美だってしている。


普通普通。



そう言い聞かせて、なんとか食事を終え、店を出た。



夜になり、人の波は帰宅ラッシュ時よりはましになっていた。

私達が、繁華街から遠ざかっているのか、建物はあるものの、人通りは極端に少なくなってきていた。

周囲に人の気配はなく、ビル風が時々吹きつける。


(そろそろ、かしら…)


私は意を決して、話を切り出した。




「・・・汀、今夜どこ、泊まるの?」




「んー?まあ、適当に〜シングルの安い…ホテルかな。あ、でも、まだ決めてないの。」


胸が騒ぐ。


これから私が発する一言に、胸が騒ぐ。






「・・・わ・・・私も、行っていい?」




俯きながら、そう言った為、汀がどんな顔で私を見ているのかはわからない。


精一杯、勇気を出した。


もっと、一緒にいたいとか、いや…もっと…もっと…他にもあったんじゃないか…


汀が…私を連れて行きたくなるような台詞くらい、さっき、考えておくべきだった。


「あのねぇオサ…ホテル代ってね、カラオケ行くのとは違うのよ?」
 


その”断り方”は…私が来る事に対してNOと言っている訳じゃない。


私の金銭的問題さえクリアすれば・・・OKだという意味だ。



だったら・・・!




「遊ぶなら、また明日どっかで、待ち合わせましょ。 


 んじゃあ、あたしはこれで…」


汀が、スッと歩き出すのを感じて、私は顔を上げた。



”ぐいっ”



気が付いたら、手が…汀の手首を掴んでいた。


「・・・ッ!?」



「自分の分のお金なら、私、出すから…!」



一緒に、と言い掛けた私より、先に汀は苦笑混じりに言った。



「…コラコラ不良娘ー?いつから、そんなコになったの?

 お母さんは、無断外泊するような娘に育てた覚えはありませんよー?」



汀は、笑ってはいるものの、明らかに困惑していた。


…それは、私の態度が、いつもと違うから?



いいえ。それは、違う、汀。



私は、やっぱりいつも通りよ。


いつもと違う気がするのは、私が…気付いたってだけ。




「・・・家には、電話する。汀に迷惑は、かけない。」





「…”今夜は帰りたくないの”ってヤツー?」



汀は、相変わらず困ったように笑っている。


私の言葉を冗談に変える気なら、もうその手は喰わない。


掴んだ手首を引き、軽く短い…キスをした。



「お…オサ…?」


顔を離すと、汀が赤い顔でバッグを担いだまま、止まっていた。


(…やっぱり、自分からじゃ、あんなキスは、出来ないわ…)



汀みたいに、深く優しく…時折激しさも含んでいるのに、それでも包み込んでくれる”安心感”をくれるような…キスは。

私は、汀を求めるキスしか出来ない。

何かを与えてくれるキスは…出来なくて、求めるだけ…。


それが、もどかしくて…


それで、気付いた。




「…そうだって言ったら、一緒に行っていい?」



そう言って、帰らないと意思表示する。


真っ直ぐに汀を見つめる。


汀の手首を掴む私の手が、震えだすのを、止まっていてと祈りながら、汀をただ見つめる。



汀の顔から、完全に笑みが消えた。

目を閉じて、ふうっと息を吐くと、汀は今度は、困ったように笑った。



「………わかった、負けた。

 ちょっと待って…近くのホテルで、安くてクーポンのあるトコ、携帯で探すから。


 ・・・ダブルベッドで良いわね?」



最後の確認の部分で、汀はワザとらしく、ニンマリと嫌なくらい笑った。



「…ッ!?」


勿論、その言葉に動揺して、私は汀の手首から手を離した。



「・・・フフッ冗談よ♪冗談♪

 シングルベッド2つの『ツイン』にするわね、大丈〜夫、大丈〜夫♪その反応で十分、わかってるって♪」



……ああ、この人は…油断すると、本当に、何もかも冗談にしてしまう…


私は、不覚だった、と反省する。


私の言葉を冗談に変える気なら、もうその手は喰わない。って自分の中で誓った筈なのに。

もう、自分にブレーキはかけないって決めたのに。



…だから。






「…汀…ベッド、ダブルでいい。」





「うん、そうそう、オサはダブルー……………へ……?」



携帯を片手に、ニコニコしていた汀の顔は引きつった。


さらに私は追い討ちをかける。




「…ダブルで。」



私は、帰らない。





「…ダブル?」


「ダブル。」




貴女とずっと、一緒にいる。




「ダブル?」


「ダブルって、何度言わせる気?」





本気だって、いい加減、理解して。





「い、いや…じょ、冗談で言ったのにー…」


「じゃあ、良いでしょ?」





もう、貴女は友達じゃないって、気付いた時から…




私は、貴女を・・・欲してた。






「………ん、まあ…良いけどさー。」




ぽりぽりと頭をかきながら、汀はホテルを探した。

その後ろで、背中合わせに私は家に電話をかけた。


私が電話を切る頃、汀もホテルを見つけた。







私達は、その足で、あくまでも宿泊する目的の下、ホテルに向かった。



あくまでも、汀は、そのつもりだったようだけど。





携帯をしまい込む私の後ろで、聞こえないとでも思ったのか






「あー…なんか、長くなりそう…」




…汀がそう呟いたのを、私は確かに聞き逃さなかった。





どういう意味で言ったのかは、この際問わない。




私も、別の意味で、そんな予感はしていたし…


…自分の気持ちを、止める気はなかった。




ふと見上げると満月だった。


満月の夜は、人を狂わせるとか言ったっけ…?






これは、満月のせいじゃない。




振り向いた私の目の前には、いつになく真剣な顔の汀がいた。



私は再び、汀の手を握った。





「・・・行こう、汀。」





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次のページに行く。※ちょいエロ注意です。






あとがき(言い訳2)



はい、やっぱり3部構成になります・・・すいません、テンポ悪くて…

背景、満月じゃないけどそれは…ノーツッコミで!

いやーお恥ずかしい・・・!(いろんな意味で)

えー次回、いよいよ、ちょいエロです。ちょいです。ちょい!

期待してるっていう…お兄さん、お姉さんは、怒らないで下さいねッ!!!