私の名前は君塚。




・・・え?下の名前?美奈子ですけど?



・・・・・・は?


こ、答え方が違う?・・・下の名前、答えちゃいけないんですか?



・・・いや、あなた、誰かと勘違いしているようですけどー・・・



私、君塚 美奈子(きみづか みなこ)ですから。


年齢は24歳。城沢グループの事務課のOL。


・・・私には、もう一つの顔がある。




”〜♪〜♪ ※注 家政婦は見た!のテーマの着メロ ”



「…はい、君塚です…」


『…私よ…今度の旅行、彼女…参加しそうなの?』


「高橋課長との会話を聞きました。どうやら水島は参加するようですね。」



『・・・そう、わかったわ・・・』


「では、また後で…」




とある人の命により、同僚の”水島”を日々、スパイしているのだ!!



って・・・


・・・な〜んでこんな事、引き受けちゃったんだろ・・・。







    [ 水島さんは旅行中。〜 君塚 美奈子 編 〜 ]






事務課の水島(下の名前は、何故か名簿を見ても判明せず。)


年齢:25歳 性別:女

特技:水泳


基本的性格

根暗・無口・後は何を考えてるかよくわからない。


特徴

何か諦めたようなスレた目つき・ストレートの黒髪・驚異的俊足の持ち主。



備考: ・・・最近、女性関係が目立つようになってきた。



「・・・くらい、ですかね。」


私は、調査結果そのまま、依頼主である花崎翔子に報告して、アイスティーに口をつけた。


会社の近くの喫茶店『マスカレード』。

私の依頼主・花崎翔子との待ち合わせ場所。


薄暗い店内は、落ち着くし、こういう話をするのにぴったりというわけだ。


それに、ここは、ナポリタンと焼きカレーが美味しいし…

コラ、ダメよ…浮かれてる場合じゃないのよ、美奈子…ファイト!


私の依頼主・花崎翔子は、29歳の若さで企画課の課長というポストについた…いわば、キャリアウーマン。


そんな彼女が、事務課の私に、同僚の水島の事を教えてくれ…と頭を下げてきたのは数週間前。


…さすがに、あの花崎課長が…”女の水島”が好きだという事を聞いて…

私は、木村〇哉が結婚した時ほどのショックを受けた。


あーよりにもよって、なんで…〇ムタクあんな女と……コラ、また悪い癖!美奈子の馬鹿ッ!






 ※注 とっくに解っているとは思いますが、君塚さんの話は、逸脱する傾向が高いです。ご了承下さい。







とにかく!

花崎課長の真剣なお願いと、報酬にホイホイつられて私は、この依頼を引き受けたのだ。


・・・ああ、”依頼”だって♪

…なんか、私、ホントの探偵みた〜い♪松田〇作とか、濱マ〇クとか、よく見てたのよ〜♪



・・・って浮かれてる場合じゃなかったっけ。




「…それだけ?その、彼女…現在付き合ってる人とか…好みのタイプとかは…?」


花崎課長は、真剣な表情で、乙女みたいな事を聞いてくる。


…この無謀ともいえる依頼を受けて良かったな〜、と思える瞬間。

普段絶対にお目にかかれない、彼女のこんな一面を見ることが出来るから。


そ〜れ〜に〜…結構、この人性格、可愛いんですよねぇ…♪


そんな魅力的な女性の花崎さんの相手が、どうして、よりにもよって

あの水島なんだろうか…。



アイツ、何にも喋らないし、付き合っても何のメリットも無いような気がするんだけどなあ…。



「ナシ、ですね。しかも、水島から誰かにアプローチしたとか、過去の男とか…

 そういう話も全くと言っていいほど、ありません。

 一時期、噂がなさ過ぎて事務課では、水島は『レズ』ではないか、とも言われましたけど

 本人から否定するような態度も見られませんでしたし…

 今回の調査をした限り…やはり『水島が、人自体に興味がない可能性が高い』と思われます。」


あくまで、少ない情報から私なりに推測した結果なんだけど、ね…。


「…そう…やはり、彼女…”人嫌い”なのね…」


花崎課長は、そう呟くと…視線を下におろして、考え込んだ。


好きな人が、人嫌い。


…いきなりマイナスからのスタートは、乙女には、さぞや辛いでしょうね…(合掌)

いけない、美奈子!依頼主のテンション下げてどうするの!めっ!






 ※注 君塚さんの心の中のウザいナレーションは、直りませんので、どうか、このまま慣れてください。






私は、本題へと話を移す事にした。


「…で、今度の社員旅行なんですけど…」


「えぇ…なんとか、距離を縮められたら…

 とりあえず、私に慣れてくれるだけでもいいんだけど…」


(慣れるって・・・そんな犬じゃあるまいし・・・)


しかし、花崎課長の言うとおり、水島は”人間不信の野犬”と同一視した方が、良いのかもしれない。

一応、人として必要な会話はしてはくれるが、水島が自分のプライベートを自ら口にする事は無いのだ。

それどころか、最近は何かに怯えるように、人を避ける傾向が見られる。


距離は、課長に地道に深めていただくとして

まず、人を避けるのを予防するには…人に慣れさせる為には



とりあえず、水島を”捕獲”しなくてはならないのだ。


まるで、崖っぷち犬のようね…でも、私としては、ソフト〇ンク犬の方が好…

・・・あ、ダメ美奈子!犬はいいの!この、犬好きっ子めッ!


「それで、ですね…課長。私、事務課の部屋割り及び、班長に就任いたしまして。」


「ええ・・・・・・!!…君塚さん、ま、まさか!?」


その大事さに気付くまで約4秒。さすが、課長。


「勘が鋭いですね?花崎課長…そうです。水島を、クジ引きで個室に隔離します。」


私は人差し指をピッとさして、ニヤリと笑った。


私の指と目を交互に、花崎課長は見ながら



「・・・こ、個室ですって・・・ッ!?」



・・・と、珍しく、動揺して見せた。テーブルの上のお冷が、揺れる程。


個室にそんなに、激しいリアクションしなくてもいいのにー。


「そうです。個室です。2人きりになれるチャンスですよ。」


美奈子は、2人の仲をつなぐキューピッドに徹しましょう。オホホ…。


…女同士の恋愛に関われるなんて、貴重な体験ですし♪

あぁ…なんか、良いなぁ…こういうややこしい事態も他人事だからこそ、すごい楽しい…♪


…なんか、高校時代、友達と一時期BLにハマッた時の事思い出すわぁ…

あ、ダメよ!美奈子!男じゃない!Bじゃなくて、Gだから!

年齢的にガールじゃなくても、GLよッ!違う!…いや、興奮しないで!しっかり!美奈子ッ!


「…そ、それは…願っても無いチャンスだけど…くじ引きでしょ?」


「・・・え?・・・あぁ…勿論、クジに細工をします。

 万が一クジの細工が失敗しても、水島の性格を考えれば…『水島さん、個室があるんだけど?』

 …と誘えば、人嫌いの奴なら、おそらく手放しでノってくるでしょう。」


私はそう言って、アイスティーを口に含んだ。


…あ、カレーの匂いだ…早く来ないかな…私の焼きカレー(勿論、花崎課長の奢り)。

チーズ多めって言ったけど、大丈夫かな…?


「君塚さん…」

「は、はいッ?」


私の意識は、焼きカレーの誘惑から、目の前の美女に戻ってきた。

目の前の美女は、低い声で言った。


「…貴女、恐ろしい人ね…」


「…いや、私…依頼受けてるから、行動してるんですよ…?」


・・・褒めてる、のかしら・・・いや、多分、本当に恐れられてるんだわ・・・。


とにかく、今度の社員旅行での私の任務は…水島を個室に隔離し

依頼主と水島の仲をムフフで甘美な関係にすることだ!




・・・あぁ・・・でも、私、水島じゃなくて良かった・・・(本音)






    ー 旅行当日 ー




ターゲット”水島”は、集合場所にだるそうにやって来て、だるそうにバスに乗り込んだ。

水島は、世界の終末を迎えたような、覇気の無い顔に、いつも以上にスレた”野犬の目”をしていた。


・・・同じ女として、そんな表情の人間には、魅力をまったく感じないのだが。



(・・・本当に、この女のどこが良いんだろう・・・?)



バスが走り出し、気が付けば、門倉優衣子がターゲット水島の隣に座っている。


…先日の調査で解った事だけど、門倉は水島との『研修デーで人工呼吸事件』以来…

水島に懐いて…いや、水島が好きになってしまったようだ。


花崎課長と、同じ目をしているので、私には解ってしまうのだ。



…いや、本〜当〜に、あの水島のどこがいいのか、美奈子には理解不可能です。


・・・もしや水島は、一種の女性キラーなのだろうか?私はちっとも魅力も何も感じないのに。



バスは、宿泊予定の旅館に到着した。

事務課部屋の班長として、私はいち早くバスを降りて、皆をロビーまで誘導する。



当の水島ときたら……ちょっとフラついている。


・・・依頼主、人を見る目ないんじゃないかしら・・・。



そして、クジ引きの準備を始める。


「はい、部屋割りを決めまーす。」

私の声で、事務課の面々が次々とクジをひいていく。

事務課には4部屋程、用意してあるが…水島がそこに入ることは無い。


(…よし、これで残るは…)


…………残すは、ターゲット水島、ただ一人。


私は、箱を振るフリをして、箱の中に”個室への招待状”を入れた。


「えーと…後は…あ、水島さん、くじひいて」


少し赤くなった頬に、若干ふらついている足に力を入れて、水島はさも”自分は酔っていません!”

という…妙な意地を見せていた。


それはいいから、早くクジを引いて、罠にかかりなさい!水島!!


「あ、はい………ん?『ハズレ』?」





・・・よっしゃー!!





「あぁ…それね…一人だけ個室なのよ。高橋課長用に用意したんだけど、来なかったからさー。」


私がもっともらしい台詞を口にすると、水島はクジを見つめていた。


・・・ヤバ・・・トリックに気付かれた・・・?


「水島さん?やっぱ、一人は嫌だったり…」


嫌でも、個室に入ってもらわないと…美奈子困っちゃう!!


そう思っていた矢先。


水島は、今まで見たこともない程、死んだ魚のような瞳を、めいっぱい輝かせて親指を突き立て

声を張って言った。




「いえいえいえ!くじの決定には逆らえません!ええ!個室OKです!

 私、こう見えて、イビキ凄いんで!!!」




(何?コイツ…!)

イビキとかそんな問題じゃない…。

水島・・・そんなに、個室が嬉しいの?


一人っきりの部屋が、コイツにとってどんだけ、活性剤になるの!?

美奈子、わからない!色んな人たち見てきたけど、コイツだけはわからないっ!


そうだ…水島は、きっと酔っているんだわ…


それを証明するように、水島は私に向かって両手をさし出した。


「え…あ…そ、そう?まあ…それなら、良かったわ…水島さん、これ鍵ね…。」



私が、鍵を渡すと水島はこれまた嬉しそうに…いや気味の悪い笑いを浮かべながら


「はい、ありがとうございます…!…ンフフフ…♪」
 

と、水島は…鍵を大事そうに握り締めた。



…まあ、これで…ミッション1は成功だわ…美奈子…!


私は、ニヤリと笑い、一旦化粧室へ入った。

スケジュール帳を取り出し、旅行のタイムスケジュールを確認する。

水島を個室へ捕獲するのに成功。



宴会で、水島の性格上、食事を済ませたらきっと、一旦は個室に戻るだろう。

その後、私の依頼主が温泉に誘うなり、個室で距離を縮めるなり…身体をホニャララ(死語)するなり

・・・それは依頼主の自由だ。


とにかく、お膳立ては出来た…頑張ったわね、美奈子…!


(あとは、依頼主の到着を待って…打ち合わせを…。)


私は、剥げたグロスを塗りなおし、化粧室を後にした。



しかし、ロビーへ戻ると、事態は急変していた。





「ちょっと・・・なんでそうなるの?」

「会社の旅行中に、そんなマネ許されないわよ。」

「大体、貴女…なんなんですか?」


「何よ?…あたしは城沢の孫娘で、水島は、あたしの恩人で…」


「「それ、今関係ないんじゃない?」」

「…そうですよ!!」


「何?あんた達…そもそも、あたしの水島を、どうしようっての?」






「「「いや、それは私の台詞!」」」








(な、なにコレ…!?)


口を開けて、私は驚くべき光景を目の当たりにしていた。


水島を…あの、水島を…女4人がロビーで、取り囲んで、言い争いをしているのだ。


頭に一種の衝撃を受け、思わず私は、グラリとよろけた。




・・・女4人とも・・・同じ目をして、あの水島を奪い合っている!!


何なの?…私の依頼主以外に、水島を狙っているのは、門倉だけじゃなかったの!?


一体、何が、彼女達をあの水島へと引きつけるというの…!

引力か何か…?だとしたら、美奈子も、ニュートンもビックリよ!!




当の水島は、いつもの死んだような魚の目で、4人の女の中央でしゃがみ込んでいる。


・・・何してんのよ!止めなさいよ!!


水島は、止めるどころか、しゃがみ込んだかと思うと渋い顔をしては、溜息をつき

…周囲を嫌そうに睨みつけていた。


それは、もうとても・・・嫌そうに、少し泣きそうな顔もしていた。


水島は、かくりと顔を下に伏せると、突然立ち上がり、女の壁をなぎ倒す勢いで押しのけ

これまた突然猛烈な勢いで走り出し、ロビーから逃げ出した。



あれは……入社して以来…初めてみる…水島の”怒り”の表情だった。



いつも何を考えているかわからない無表情に近い、あの女の顔が…あそこまで変わるなんて…

女性に囲まれるのが、そんなに嫌だったのかしら…


とにかく…個室に移したまでは良かったが、これで依頼主と水島には溝が出来てしまった…。


しかし、好きな人の前で、言い争いはマズい。それが、男でも、女でも…水島でも…だ。


…恋は焦らずってことわざ(?)知らないのかしら…私の依頼主ってば…!!

確かに焦りがちよね…好きな人が、知らぬ男に…いや、同性の女に持っていかれるのは…

いや、持って行くのは、どのみち同性…きゃー!これって夢見たBLいや、GLハーレ





 ※注 君塚さんの話の逸れっぷりとウザさには、慣れたでしょうか?…早く、慣れてください。







…旅行とは、本当に何が起きるか解らない…。


とにかく、私は…水島から目を離してはいけない、スパイの身。

・・・逃亡した水島を、すかさず追いかけ、個室に入るまでを見守る。


扉の閉まる音に続いて、部屋の中から、何かが”ドサッ!”と落ちる音…いや、投げつける音が聞こえた。


・・・やはり、水島は相当苛立っているらしい。


これは、しばらく放っておかなければ…依頼主にもそう伝えなくちゃ…。


(……ふう…やれやれ…)


所詮は他人事だけど…一度引き受けた事だもの、私はこの任務をやり遂げなくちゃ…


・・・なんつって!・・・私ってば、カッコいい・・・!!



”〜♪〜♪ ※注 家政婦は見た!のテーマの着メロ ”


おお、噂をすればなんとやら…依頼主だわ。


「…はい、君塚です。」

『…花崎です。水島さんの様子、どう?』


声の調子から推測するに、花崎課長もあの水島がキレたのは、さすがにショックだったようで。


「水島は個室にいますが、珍しく、機嫌悪いみたいです…今は避けた方が、良いかもしれませんね。」

『じゃあ、今すぐ謝った方が…』


「いえ…今は…」


ちょっと、嫌な空気を感じる…このままでは、水島は、宴会にも来ないかもしれない。


ここは、一旦、水島も依頼主も落ち着かせなければ…

宴会にて、御飯を食べて…なんとか胃を落ち着かせたら、さすがの水島も…

多少は…ちょっとくらいは…彼女の話も聞くと…思う。


「…宴会に出てくるかも微妙なんで…もう少し様子を見た方がいいと思います。」


『…でも…いや、そうね…。わかったわ…。』


不安そうに、悩める乙女の声。・・・これが、企画課の課長なんだから、驚き。



「…大丈夫ですよ、課長。夜は長いんですから」

(…ナンチャッテー♪)


・・・冗談で、課長の気を紛らわせてみる。


『……ええ、そうね…君塚さん、ありがとう。貴女に頼んで良かったわ。』


(・・・あぁ・・・。な、納得しちゃうんだ・・・)


冗談で気を紛らわせるつもりが、何故か相手を”納得”させてしまった…。

複雑な気分で電話を切って、私は自分の部屋へと一旦戻った。




私と同室の事務課の面々は、窓の外の景色より、宴会の事で頭を膨らませている。


・・・私もそうだが、中身が違う。


彼女達は、男性の事や、出てくる料理や酒、宴会芸の事を考えている。


私は、違う。


女達の、女達による、一人の女を巡る戦いが、宴会で開戦されようとしているのだ。



…楽しみで楽しみで仕方が…いや、依頼主第一よ、美奈子!ファイト!



…さて、状況を少し、整理しましょうか…。


私は手帳を開き、再度宴会のタイムスケジュールをチェックし…

旅館のパンフレットにも一応目を通した。


(…水島が万が一、また逃げ出した場合、行きそうな場所をチェックしておく為にね…。)


一応、口説いたりするのは、依頼主のテクニックに任せるとして…出来る限り…

面白く…いや、依頼主の力にならないとね。うんうん。





…私の面白くなあれ☆という(不謹慎な)願いが通じたのか…水島は、宴会に出てきた。




『乾杯ー!』



しかし、水島の機嫌が直ったのかは…不明のまま…。

…水島は普段通りの顔で、淡々とPCのキーボードを叩くように、黙々と食事をとっている。


・・・あれで、美味しく味わって食べているのかしら・・・?


私は、2つ隣の席で、水島をチラチラと観察する。

水島は…見た目、そんなに悪くは無いのに…なんだろう………


例えて言うなら


音も匂いも美味しそうなのに、見ると全く美味しそうに見えないステーキ…のような気がする…

…味は不明。

ただ、食欲をそそる部分が全くといっていいほど無い…そんなステーキ女。


それが・・・水島だ。


すると大広間のステージに、和服の女性が3名、現れて、正座をし、お辞儀をした。


『えー…皆様、本日はようこそ、この”原倉(はらくら)”へいらっしゃいました。

 大女将の”さより”でございます…』


…大女将は、71歳の女将の中の女将だ。

毎年毎年、城沢グループの社員が、大勢でこの旅館に押しかけられるのは

この女将と、城沢会長が親しいという事からだ。

会長と共通するその貫禄に、談笑していた同僚達も、箸を止めてステージを見ている。




『同じく、原倉の女将を勤めさせていただいております…”ちづる”と申します』


女将は、42歳…日舞も出来る美人女将として、とても有名である。

その証拠に、男性陣は沸き立っている。



『…若女将の、”かもめ”でございます…本日は原倉においでいただき

 まことにありがとうございます…』


(…若女将か…。)

落ち着いた感じで挨拶をするのは、若女将かもめ。

…何もかも受け入れたような、そんな笑顔が印象的な女性で………


(あれ?水島…が…水島が若女将を見てる!?)


しかも、凝視。

あの水島が、人に興味を示している・・・!!


(もしや…こ、好みのタイプなのかしら…もしそうなら…)


落ち着いた和服美女の若女将が、水島のタイプの人間だとすると…


……私の依頼主、大ピンチ…。




『どうぞ、皆様、こころゆくまでごゆっくり、おくつろぎ下さい…』


(まあ、それはいいわ・・・開戦の時がきたわね・・・)



いよいよだ。



私は、携帯電話で”ワン切り”をして、依頼主に”行ってよし”と知らせる。


美人女将達の挨拶が終わると共に、私の依頼主は行動を開始する…。


私は、離れた所でそれを楽しむ・・・ いや、観察するとしよう。







水島に、声をかけたのは、花崎課長。

一方、水島のリアクションは、相変わらず淡々としている。

離れた場所にいる為、会話の内容はわからないが…


(・・・あまり・・・盛り上がっていないようね・・・)



続いて、花崎課長は、前のめりになって、まっすぐ水島を見つめている。


(・・・ああ、そう攻めますかぁ・・・課長・・・!!)




目線で、落とす気ですね…でも、肝心の水島がその目線見ていないから…その作戦は失ー敗ーッ!!





そして、門倉優衣子が、現れた。

続けて、すぐさま城沢海が、現れた。

更に、阪野詩織が…ああ・・・”水島ハーレム”再び・・・ッ!!

…そのハーレム形成スピードは、ド〇ゴンクエストのキング○ライム合体時並…!!!


いけない!

…いけないわ、美奈子…依頼主絶対ピンチの状況なのに、私、なんか見ていてワクワクしてる…!!

近く行きたーい…会話の内容とか…聞いたらきっと…楽しそ



 ※注 そろそろ、慣れていただけました?慣れてください…。









すると、意外な人物が水島ハーレムに加わった。

大女将と女将だった。…おそらく、不穏な空気を察して、中和しに行ったんだろう…。


(ああ…残念だわ………ん?み、水島がいない!?)

中和剤こと、W女将の行動に気を取られている一瞬のスキに…!


…普通のOLのハズの水島は…姿を消したのだ。


「な、なんて事…!」


私は、すぐさま水島捜索に乗り出そうとしたが…


「あ、水島さんがいない!?」

「…あ、ホントだ…!」


どうやら”依頼主達”は、今…気付いたようね……




”〜♪〜♪ ※注 家政婦は見た!のテーマの着メロ ”


私は、携帯の通話ボタンを渋々押す。


「……はい?」


『あたし、城沢海……ねえ、君塚、今の見てた?』


耳に聞こえるのは、私の依頼主”A”こと、城沢海の声。


「…ええ、見てましたけど、水島の行方は確認できてません。」


『何やってんのよ!それでもスパイなの!?』


「…いや、すっかり油断してまして。今から探しまーす。」


電話を切って、横をみると…




「ちょっと………今の、どういう事?」


私の依頼主”B”こと、花崎課長だ。



うわ、顔が…結構怖い…!


「ど、どういうって…私、頼まれた事をちゃんとしてますけど…?」


アルコールが入っていても、その恐怖は誤魔化せない。


城沢のお嬢様は、普段は大学生の身。会社関係の行事や、水島の普段の姿を拝みたくても出来ない。

だから、私がそれをしているだけの話で。

花崎課長も、課長というポストと部署が違うという点では、城沢のお嬢様と似ている。

だから、私が、望みどおりの情報をお伝えしただけの話。


でも、ぶっちゃけ。…これは、オイシイ話だった。

…あんな水島の情報を提供するだけで、ランチやら、ちょっとしたお小遣いが稼げるのだし。


・・・まさに、水島様々ってね・・・

・・・フッ・・・私って悪女・・・?なんちゃって・・・。


 ※注 読者の皆様へ・・・ウザさに慣れてなくても、このまま続きます。


い〜や、私は、嘘は付いていない。

…私の依頼主は、一人じゃなかった、それだけなのだし。



「…貴女、水島さんの情報、私だけに伝えてくれてたんじゃなかったのね…!」


花崎課長は、鋭い目で私を睨みつけていた。

バレちゃ、しょうがない…怖いけど…謝ったら、負けになる挙句…オイシイ話もパアだ。


「…誰も課長”だけ”に、とは一言も言ってませんよ?

 誤解しないで下さい。需要があるから、私は供給しただけです。

 それに、私の情報だけで、水島が落ちるとは、思ってないでしょう?」


そう、結局は…依頼主が、情報を元にして動かなければ事態は進展しないわけで。


…それに、私は水島がどっちの依頼主の手に落ちようとも

いや、依頼主以外の女の手に落ちようとも、関係は無いのだ。


まあ…昔のBLをちょっと思い出す程度だ…(ニヤリ)



「……まあ、そういう事にしておくけど…」

花崎課長は、そういうと”ホントに恐ろしい人ね”と呆れ気味に言った。


しかし。


・・・壁に耳あり、障子に目あり、背後に阪野詩織あり。


「・・・あらあら・・・裏でコソコソしてると思ったら・・・

 スパイなんか送っていたの?花崎さん。」


「…さ、阪野さん…!?」


阪野詩織は、腕組をして、不気味なほど微笑み、花崎さんの後ろに立っていた。


……こ、怖ッ!笑顔が怖ッ!


「…恋に奥手な女課長らしい、手段ねぇ……」


…じんわりと、こっちまで責めるような言葉で、私は身が小さくなる思いにかられる。


更に更に…。




「…君塚ァ…」

「ひっ!?」




両肩をガシッと掴む細く、しかし力強い腕…。




「……アンタ、自分が何したか、解ってんでしょうねぇ?

 ”このあたし”と、そこの一社員・・・両天秤にかけたのよ?」



城沢のお嬢様は…低いお声で、私を肩を粉砕する勢いで、掴み続けた…。

「いや…かけたつもりは、全くなくて、ですね…!」





美奈子・・・万事休すーッ!!!   


 ※注 『自業自得』。






「……あの、ひとつ確認したいんですけど、良いですか?」


右手を挙げて、門倉優衣子が発言する。(いつの間にいたんだろうか・・・?)

私達は、無言で目線を向けて、”どうぞ”と合図する。



「ここにいる人は…水島さんの事…特別な…風に…見ているんですよね?」


「それなら、イエス、ね。」と城沢のお嬢様。

「ええ。」と阪野詩織。

「…そうよ。」と花崎翔子。


「いやいや、私は違います!単なるスパイです!」と私。


門倉優衣子は、大人しく、ふわふわしたイメージがあった。

しかし、彼女の真剣な表情からは、いつものそのイメージが消え失せていた。


(・・・本気だ・・・皆・・・本気なんだ・・・!)

門倉の真剣な顔に、他の女達も、真剣な表情で応える。

・・・妙な空気に、私は一人浮いている。


その妙な空気の中、門倉はこう言った。


「…じゃあ、提案があるんですけど…勝負…しませんか?」



「「「・・・勝負?」」」



・・・なんか、私を置いて、皆さん、勝手に違う方向へ盛り上がってきている気がするのは・・・気のせいデスカ?



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