私の名前は、水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。


年齢25歳。独身。

特技は、水泳と事務処理、それから走って人から逃げる事 ※注 特技追加。

ごく普通の、出世願望も、結婚願望もない、本当に普通のOL。



初っ端から、語るのも恥ずかしいのだが・・・私は、呪われている。


・・・もう、この時点で、普通のOLではない事は、お分かりいただけたと思う。


”人嫌い”だっつってんのに、ややっこしい女達に、次から次へと好かれるという・・・

本当に!訳も意味も解らん”女難”に、ひっきり無しに遭う・・・という恐ろしい呪い・・・『縁切り』という名の呪い。

それが、私にかかっている呪いだ。


不本意な縁が結ばれているのに『縁切り』なんてネーミングもどうかと思うが、私はそこに意味があるような、ないような・・・

・・・とまあ、色々考えたって呪いは解けた試しはないし、先程死んで、生き返ってきたばかりだ。


そう、私さっき死んだらしいんですよ。あはは。・・・正確にいうと”仮死状態”という危ない状態だが。


これまた信じられない事に。


『あの世とこの世の間で、天使と悪魔の女難に遭って、少女の魂を連れて、この世に舞い戻ってきました〜♪キャピ♪』


・・・なんて言っても、人は信じてくれるどころか、ただ稲●淳二に殴られるだけだろう、と思う。(大体、キャピ♪なんて言わないし。)


・・・でも、まあ・・・そういう訳で、私はこの世で生きている。


良かった。とりあえず、今、生きてて良かった。


いや、この”手”と”アイスラッガーもどき”で掴み取った、この『生』を噛み締めている場合では無い。


・・・私が、この世に生き返ったという事は、またしても、あの”女難の日々”が始まるという事なのだ。





・・・というか・・・




私のすぐ傍で”もう始まっている”と言っても過言じゃない・・・。



舞台は、先日私が盲腸切って入院した・・・消毒薬の臭いに満たされたK病院。



「・・・で、大丈夫?水島さん・・・仕事、また休む事になりそうね・・・。」


毎度お馴染みスーツ姿の花崎課長が、私にそう言った。


何故、私の枕元に彼女がいるのか、というと・・・私が死にかけている現場に遭遇し、119番通報してくれた第一発見者だから、だ。


そして。


「検査は、あらかた済んでるわ。今の所、問題は無いけれど・・・なにしろ、怪我したのは頭だから。

今日は詳しい話は無しとしましょう。・・・今は、ゆっくり休んで下さいね?水島さん。何かあればナースコールを。」


私の担当の女医こと、烏丸 忍先生は医者らしい一言を私に向けた。


「・・・はい・・・。」


彼女、烏丸忍には『再会はしないといけない』とは、思っていた。

・・・確認したい事が・・・聞きたい話があるのだ。



・・・だが・・・まさか、こんな状況で、再会するハメになるとは・・・誰が予想しただろうか。

・・・幸い・・・烏丸忍という人物は、私の女難ではない。


だが・・・私の味方、という訳でもない。

私と呪いを解く・・・・・・あの恐怖とエロスの融合儀式をしたがっている”火鳥”と従姉妹の関係であって・・・


火鳥は、言った。


『そうよ・・・烏丸忍は、アタシの”駒”よ。』


”駒”という事は・・・つまり、烏丸忍という人物は火鳥の女難チームである可能性が高い。


(・・・だけど・・・・・・。)


だけど、心に何かが引っかかる。

・・・引っかかるが、先入観は危険だ。


一回女難からの逃亡で死にかけている私だ。事は慎重に、を心掛けなくては・・・

ドラクエでいうところの”いのちだいじに”じゃなくて、”めいれいさせろ”で、確実な安全を自分で確保しなくては・・・

ちょっとのダメージでベホマズン唱え始めるバカが出てきてMPがどんどん減って大変な事に・・・って何の話だ・・・。(自分へのツッコミ)



・・・とにかく。



いずれにせよ、烏丸忍女医とは、話をしなくてはならないだろう。


・・・彼女の視線も、なんとなくそう言っている気がするし。花崎課長が帰った後にでも、話が出来れば良いのだが・・・

ただ、話を聞いたとしても、烏丸女医の話が信用出来るか否かが問題だが・・・。



だが、私は動かなくては、なるまい。進まなくては、なるまい。



・・・だって、また死ぬの嫌だもの。


とにかく。


今の所・・・この”女難の呪い”を解く為には”心から愛(オ゛ヴエェ…)・・・と歳の数だけ(オ゛ヴエェ…)”・・・しなければ、呪いが解けないという事しかわかっていない。

※注 只今、水島さんが二度にわたり嘔吐し、肝心な文字が伏せられましたが、ご了承下さい。もう無理みたいです。



・・・だが、そんな儀式など、ゴメンだ。儀式反対!融合反対!


何度か、脳内で思い描きかけたけど・・・無理!描ききれない!

私にとって、ラブは”プラス”という単語とは無縁!ラブは、プラスなんかじゃないッ!リアルタイムでマイナス地獄だッ!!






絶・対・無・理ッ!!






誰が、そんなアホらしい、ドエロい、安価AVもどきの儀式などしてまで!

この私が、他人なんかと、過ごしたりなどするものか!自分の人生を犠牲にして、だ!




・・・要約すると、どこまでいっても私は、やはり”人嫌い”なのだ。



人と共に生きる事に向いていないし、そこだけは妥協したくない。


自分の実生活・生活スペース・寝床等に他人を入れるなんて、絶対に嫌だ。御免被る!!!!!




現在、私はK病院の大部屋の端・・・窓側のベッドにて、治療中の身だ。


ベッドの周囲はカーテンで仕切られていて、誰がどういう病気で入院しているのか、なんてわからない。

・・・まあ、病院の大部屋なんて大体そういうモノなのだろう。

この前の入院は、烏丸先生の”御厚意”の御蔭で「個室」に移れたのであって・・・。

女難の女でも、収入は”普通”の私には、本来・・・この大部屋が丁度良いのだ。

幸い、カーテンで仕切られている訳だし、この状態で女難が来たら、自主的に退院だって・・・



(・・・うっ・・・!)



・・・頭を縫ってるだけあって、今頃になって”痛み”が私を襲ってきた。

負傷しているのが、人間にとって大事な場所であり・・・私にとっても大事な女難のサインの受け取り口(最近は役立たずだけど。)でもある『頭』だ。


頭に巻かれている白い包帯と白い網を被せられた私の姿は自分でも物悲しく、辛いのだが、やはりダイレクトにやって来る”痛み”の方が辛い。


女難のサイレンなんか、今出されても・・・解らないほど・・・。


だが、時期に先程服用させられた鎮痛剤が効いてくる筈だ・・・我慢我慢・・・。





ぼうっとした私に対し、目の前の花崎翔子と烏丸忍の女性二名は、それぞれ会話を続けていた。

その話の内容からして、花崎課長と烏丸女医は、同級生らしい。

そんな話をぼうっと聞く私に、2人はふと話題を向けた。



「ところで・・・大丈夫?水島さん・・・。」

「はい、大丈夫です。」


花崎課長の問いに私はまたぼうっとした返事をした。

今は、生きてるだけで、OKというか、大丈夫というか・・・。



「大丈夫よ、翔子。打ち所が悪くて、出血が多かっただけ・・・にしても、脳自体に大きな損傷は見られなかったし。本当にラッキーね。」


確かに生きてるだけでラッキーとはよく言ったものだが。

果たして・・・本当にラッキー、なのだろうか・・・?

元々、アンラッキー(女難の呪いに掛かっている)だから、こうなったと言ってもいいのに。



「そう・・・でも、本当に・・・本当に良かったわ・・・。」と花崎課長は感慨深げに言った。


赤の他人で、自分の身をここまで心配してくれる人物は、私の人生上、今までいた試しが無い。

それに、花崎課長は、大量出血している私を第一に発見してくれた人だ。感謝せねば。

それに、花崎課長は、私の女難メンバーだ。・・・警戒せねば。


「今は痛むと思うけど、鎮静剤が効いてくるまで我慢しててね。水島さん。」と相変わらず不思議な笑顔の烏丸先生。


彼女は、果たして、私の問いに対して、真実を語ってくれるのだろうか?

・・・以前言っていた”協力”・・・いや、協力は無理だとしても・・・火鳥との一件については、話しておかなくてはならないだろう。

一応、忍さん・・・いや、烏丸先生が関わっていたのは、確かなのだし。


・・・私には、あの写真が撮れた”いきさつ”を聞く権利がある筈・・・いや、完ッ全にある。

というか、聞かないと納得出来ない。

あの写真の御蔭で私は、火鳥に脅迫紛いの儀式をする所まで追い詰められたのだ。


嘘か本当かは話してみないと、やはりわからないままだ。


・・・そして、私は無理に笑顔を作る真似はせず、いつも通り、淡々と2人の女性にこう言った。



「本当に、ご心配おかけしました。・・・もう、ホント、大丈夫です。」




・・・まあ、アレだ。あんまり偉そうに言えた義理じゃないが・・・。

・・・死んでも私の”人嫌い”は、治らないって事よね・・・。




「・・・では・・・私、休みますので。」



そう言うと、私は2人の女性の言葉を聞く事もなく、自分のベッドに横になり、布団を被る”かたつむり”と化した。


そんな私に向かって、女性達はこう言った。




「「・・・閉じこもるの、早っ。」」


その言葉は、確実に布団の中の私の耳に届いた。



・・・はい、それだけが取り得みたいなもんですからね―・・・。


私は心の中で、そうぼやいた。

・・・ぼやかずにいられるかっ!毎回毎回、なんなんだよ!?前回は、とうとう死ぬし!どうなってるんだよっ!?

私の女難って、ホント何なの!?そして、このSSの更新まで3ヶ月以上掛かってるってどうい



 ※注 作者の個人的都合により、この先の主人公の”ぼやき”は、割愛させていただきますッ!色々あるんだよっ!




やっぱり、私は・・・私は生き返っても、女難の女。

でも、自分のポリシーだけは曲げる事は出来ない。


今までも、そうやって生きてきたんだ。




・・・そして、これからも・・・。









  [ 水島さんは密談中。 ]






今の私の病室の窓からは、木がよく見える。

以前、盲腸の時に入院した個室から見た景色とは違うのは、部屋が違うせいもあるだろうが、あの時から、本格的に季節が”秋”に変わってしまった事を表してもいた。

秋をこれでもか!と告げるような赤や黄色の葉がひらひらと、地面を覆い、道には絨毯のように敷き詰められている。


烏丸女医と花崎課長が立ち去ったのを確認した私は、やっと布団の中から這い出て、黙って窓から景色を眺めていた。



特に意味は無い。単にそうするのが、好きなだけだ。

人と喋ったりするよりも、こうして葉が落ちたりするのを、ただ眺めるのが好きなだけなのだ。


「山口さん、点滴変えますよー・・・あ、新しいの?」


看護婦さんらしき声が聞こえ、それに私の隣のベッドのおばさんが声を高くする。


「そぉうなのよぉ。娘がねぇ、この間、やぁっと買って持って来てくれたのよぉ〜。」


「山口さん所の娘さんは良いじゃないのぉ・・・ウチの嫁なんか見舞いにも来やしない。」


愚痴を言う低いオバサンの声は、斜め向かいから聞こえる。


「そりゃあ、飯田さんが強いからよぉ。毎度毎度、お嫁さん萎縮しちゃってるじゃないのよぉ。」


今度は私のベッドの向かい側からオバサンにしては明るく弾んだ声がする。


「あら、そうかしら・・・あたしね、言いたい事はつい言っちゃうのよぉ」

「でも、分かるわぁ・・・言っちゃってから、”あ、言っちゃった!”って、気付いた時は遅いのよぉ。」

「あら、あたしなんか、今気付いたわよぉ〜」

「そりゃ、遅いわ!飯田さん!」


「「「あはははははは・・・」」」


個室じゃないので、人の気配と笑い声が絶えない。

だが、私のベッドはカーテンで仕切られているので、私は誰かに喋りかけられる事は無かった。

最初はこの勢いでカーテン開けられたらどうしようかとも思ったが、オバサン達は私には興味はさらさら無いらしく、さっきから家族の話ばかりしていた。


余程、元居た場所へ帰りたいのだろう。その気持ちは分かる。

だが、私の元居た・・・居心地の良い場所は、悲しい事にこの世にもあの世にも無い。

そして、家族は今離婚危機だ。



(そういえば、忘れてたな・・・父さんの精神状態、大丈夫かしら・・・。)


・・・父の関心は、下半身から少しは離れただろうか・・・。

そして、母は何故・・・いや、あの夫婦の問題はあの夫婦に任せて、考えるのはよそう。

今は、自分自身が大切っていうか・・・一回死んだ身なのだし。



そんな私の気もしらないオバサン達は、陽気に話し続ける。

だから、私のベッドのカーテンは開く様子もなく、話しかけられることも無いだろうな、と私は安心した。




・・・例えば。


密室に他人と2人きりにされたりするのが、私はどうしようもなく嫌いだ。

2人きりも嫌だが、3人以上の人のいる部屋の中に放り込まれるのも嫌いだ。

それは”どうしても何か喋らなくちゃいけないような空気がする為”だった。

実際、喋りかけられても”人嫌い”のこの私が、気の利いた事を言える筈も無いし

こちらも気の利いた質問し返して、共通の話題を探って、話をキャッキャッと盛り上げるなんて出来る筈も無かったし、やる気も無かった。


”私に話しかけないで”のオーラを全身から出したとしても、伊達香里さんタイプの女性は、簡単に”ゴム跳び”感覚で越えてくる。

愛想振りまく気も無い無気力な”愛想笑いもどき”を浮かべて、相手に”ああ、この人話しかけて欲しくないんだな。”と悟らせるのも一つの手だが

そんなこちらの負のオーラのハードルも、伊達香里さんタイプの女性は、華麗に”ベリーロール”で越えてくる。


だったら、堂々と黙って座っていればいいのだろうが、そうすると結局喋らなくちゃいけない感が出てしまい、それがまた嫌気を誘う。


一言で言えば、面倒臭い。


・・・結果、私はせわしく部屋の中を動き回り、相手に喋りかける隙を与えず、こちらも喋る事は無い。

時には、用も無い廊下をゆっくり歩き、トイレの個室に用も足さずに篭り、部屋に戻れば戻ったで、またせわしなく動き・・・を繰り返し。

自然と、なるべく同じ場所にいないようにしていたりする、ネズミのような女だった。

ここまでくると”そっちの方がよっぽど面倒臭いじゃないか”と思うかもしれない。また”・・・そこまでするか?”と思うかもしれないが

単なる”人見知り”の範囲を越えた人嫌いは、ここまでするから人嫌いなのだ。


そして、最大の理由が・・・


「あら、忍ちゃん!」


向かい側のオバサンの低い声が、高くなった。

 ※注  水島さんは人の名前を覚える気が無い。


(・・・忍・・・烏丸先生か・・・。)


私は、横目でカーテンを見たが、すぐに視線を窓に戻した。


「こんにちは。」


烏丸女医独特の控えめで落ち着いた・・・だが、どことなく少女のような明るい声がカーテン一枚を隔てて聞こえる。


「男出来たのぉ?」

「いい加減作らないと、オバサン達、お世話しちゃうわよっ!」


・・・どうやら、烏丸女医はオバサン達にも人気があるようだ。


「だったら、先に元気になってくださいな。」


苦笑交じりの烏丸女医の靴音が近付いて、私のベッドのカーテンの前で止まった。

オバサン達は仕事の邪魔しちゃ悪いわね、と声を弾ませて、また家族の話を始めた。




一瞬の、間。




「・・・水島さん、起きてます?」


水島の”水”の部分だけが、少しだけ上ずった声だった。

その声に、私は腕組みを解いて、窓から声のするカーテンの方へと顔を向けた。


「・・・・・・・・はい。」


「・・・入りますよ。」


カーテンを開け、入ってきた烏丸女医は先程の笑顔ではなかった。

困ったような、複雑そうな顔をして、一応笑っているつもりらしいその顔で、私に向けてポケットからタバコの箱を出して、振って見せた。



「・・・歩けます、よね?」

「・・・ええ。」



幸い、私は縫った頭の傷以外、痛む所は無かった為、烏丸女医の言葉に頷いた。

カーテンを開け、歩き始めると、オバサン達が一斉に私をジロリと見た。

上から下、下から上・・・同性でもここまで見られるとセクハラに等しい、嫌な感じがしたが、単に頭の怪我をした若い哀れな女が珍しいだけなのだろう。

 ※注 とうとう自分で若い女と言ったな?水島・・・。by作者。


あらかた見終わると、オバサン達は声を揃えて「まあぁ〜・・・」と溜息にも似た声を出した。



烏丸女医の後をついて歩く私を、すれ違う患者は皆、ジロジロと見た。

・・・そんなに頭の怪我が珍しいのか、なんとも嫌な気分だ、と思った。





連れてこられたのは、通称:『Lルーム』と呼ばれる個室だったが、私にとっては、通称:『喫煙自由室』だった。


マスタング8のセロファンのカット部分のテープを捲り、タバコを向けられて、私は無言でそこから1本取った。

ライターの火を向けられ、私は身を屈めてタバコの先にそれを点けた。


私は左手で窓を開けて、右手はタバコを持ち、軽く煙を吸って、吐き出す。



「・・・・・・・・ふー・・・。」



このタバコの味に関して、言葉は要らなかった。

・・・思えば、生き返ってからの1本なのだし。





・・・・・・最高。 ※注 言葉要らないと思ったけど、やっぱり言っちゃう水島さん。







「・・・ごめん、なさい。」



それは、突然の一言だった。


無言のままの私に、烏丸女医は、余程”私が怒っているのだろう”と勘違いしているようで、俯いたまま、彼女はそう言った。



「・・・何に対して、でしょうか?」


私は、窓の外の赤と黄色の絨毯を見つめながら煙を吐いた。


「私が、した事・・・」


ああ、やっぱり・・・写真のキスの件か。

よし、今こそ真実を語ってもらおうじゃないかと、決意の塊の私は、タバコのフィルターを少しだけ噛んだ。


が、私がタバコを口から離し、いよいよ喋ろうとした瞬間。





「・・・あれから・・・あの子に・・・・・・”りり”に何か、されなかった!?」



烏丸女医が、珍しく声を荒げてそう聞いた。

だが、私はそれに対し、ぽかんと口を開け、そこから煙がモハッと出るだけのリアクションしか出来なかった。



「本当に・・・ごめんなさい・・・私・・・」


「・・・・・・・・・・・。」


謝る烏丸女医に対し、私は、というとやっぱり口をぽかんと開けるしかなかった。


・・・・・・だって・・・大体・・・”りり”って、誰なのさ?

いや、多分・・・あだ名か・・・外人さんか、もしくは猫の名前かなにか?・・という感じしかしない。

でも、りりなんて名前の人物(もしくは動物の名前?)は知らない。





「・・・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・。」







・・・窓から吹き込む秋の風と、沈黙が個室を包む。








「・・・りり?」






”誰だ?ソイツ”、という表情満面に、私は縫われて痛む頭で考えた。






・・・・いや、ちょっと待て。


・・・この話の流れ上・・・・・登場人物は限られてくる・・・・・。



烏丸女医が”あの子”と呼べる人物で・・・”あの時”と”私に何かしようとした”・・・以上3点に該当する人物。




・・・1人、確実にいるではないか・・・!






私の頭の中にとある人物の顔が、姿がクッキリと浮かぶ。







でも。



ちょっと待って。



合いそうで合わない、そのパズルのピース・・・



・・・・・・・え?







・・・・・・・・・・・・・”りり”って・・・・・・・・・・・・・・







・・・まさか・・・







あの面で?


あの性格で?


あの言動で?








『・・・アタシと儀式しなさい・・・水島!』






あの偉そうな腹立たしい声で?










(・・・・・”りり”って・・・・・ま、まさか・・・・・・!)










「水島さん?どうかしたの?やっぱり・・・私の従姉妹が、何か・・・」




その瞬間、合わさってはいけないパズルのピースが、カシイーンっと音を立てて、ピタリと合わさった。




「あ、あの・・・ちなみに・・・どういう字ですか・・・?」


「え・・・あの・・・”莉”に”里”に”羅”・・・って書いて、本当は”莉里羅(りりら)”なんだけど・・・ちょっと大丈夫?水島さん・・・震えてるわよ・・・?」





・・・こ、これが震えずにいられるか・・・もう・・・駄目・・・!!!
















 『火鳥 莉里羅(25)』
  かとり りりら















頭の中で浮かんだ火鳥のムッツリした怒り顔に、あの名前のテロップが入った瞬間。


もう、私は堪える事は出来なかった。






「ぶっあ―ッははははははははははははははッ!!!」





頭の痛みすら、吹っ飛ばす・・・的確な笑いのツボ。

ツボと言うか、波だ。

それは、ガンガン荒れ狂う冬の日本海の波の如し・・・!



「み、水島さん!?」




「あ、あ・・・あ、アレで・・・り、”莉里羅(りりら)”ってッ!字も何もかも・・・あーっはははははははっ!!!」






不覚にも、私は”火鳥 莉里羅”が完全に笑いのツボに入り、大笑いをかましてしまった。

 ※注 同姓同名の方、いらっしゃいましたら大変申し訳ありません。





「・・・み、水島さ、ん・・・?」

駄目だ・・・!りりらって名前だけで、ナースエンジェルとか、蛙とか、コルダとか、余計な単語が色々浮かんできて・・・!

 ※注 分かる人にしかわからないアニメネタで申し訳ありません。作者談



「あははははははは!!・・・だ、駄目・・・ツボに・・・ツボ・・・あははははははは・・・!!

あの、アレで、り、り・・・”りりら”って・・・顔じゃな・・・くッ!あははははははははははは!!!」





うろたえる烏丸女医を残し、私は、窓をバンバンと叩きながら、ひたすら思い切り腹の底から笑った。



・・・たかが、あの火鳥の下の名前なのだが。


だが、あの火鳥だからこそ・・・あの火鳥だからこそ、腹の底から笑えるのだ。

あんなに偉そうに、悪っぽい笑みをしてた割には、随分と可愛らしい名前ではないか、と思う。


あの女・・・”りりら”って顔じゃないし・・・!しかも普段は”りり”って呼ばれているし・・・!

第一、言い難い!どんだけ、ラ行がお好きなのっ!?ご両親は!!



どう転んでも・・・ヘッドスライディングして盗塁成功しても・・・!


あの性格の、悪どい面で笑う火鳥という女からは・・・想像も出来ない名前だった。

あの面とあの性格と言動で・・・”莉里羅(りりら)”って・・・!!・・・火鳥の親は、一体何を考えて名付けたんだーッ!?


 ※注 同姓同名の方、いらっしゃいましたら大変申し訳ありません。




「・・・ああ・・・そういえば嫌がってたわね・・・あの子、自分の下の名前言うの・・・でも、そんなにハマる・・・?」


「げほっ・・・げほっ・・・あっはははは・・・・!!」


「・・・は、ハマる、みたいね・・・ちょ、水島さん?水、持って来ましょうか?ねえ・・・そんなに激しく笑うとちょ、ちょっと・・・縫合が・・・」


「だ、だいじょ・・・ツボ、ツボに・・・入っただけで・・・あはははははははは・・・・!」



「み、水島さん・・・そ、そんなに”りり”がツボに・・・?」




「だって・・・あ、あの、あの面で、り・・・りり、り・・・莉里羅って!しかも苗字と合わせると言い難い・・・っ

 ・・・ッぷっくくくっくくくくくぁあははははははは―っ!!」


 ※注 『そういう貴女だって、下の名前隠したままですよね?水島さん。』という皆さんのツッコミはあると思いますが、ご了承下さい。



「ちょ、ちょっと・・・水島さん!?」

















― しばらくお待ち下さい ―

















― 15分後 ―



酸欠になるかと思うほど、笑ってしまった私は、辛うじて呼吸をする事に専念する事に、成功した・・・!

ゆっくり息を吸って吐いてを繰り返し、あの女の事を一瞬でも考えないようにしなければ、またツボに入って笑いのレッドカーペットを延々と歩くハメになりかねない

それで、酸欠になって、また死んでしまったらそれこそ笑えない話では無いか、と自分を落ち着かせた。



「・・・すいません・・・落ち着きまし・・・ぶ・・・っくっくく・・・あ、大丈夫です・・・。」


「・・・ちょっと、ハラハラしたわよ。・・・縫合したの取れちゃうかも、とか・・・頭打った影響かしらって思って・・・。」


そう言いながら、私の頭の縫合を確認する烏丸女医は少しだけ険しい表情をしていた。


そりゃそうだ。


大事な話の腰をすっかり根元から、折るつもりは無くとも、ポッキリと折れてしまったのだから。

いや、悪いのは私じゃなくて、そういう名前の女が・・・・・・・・いや、もう、今は”彼女”の事を考えない方が良さそうだ。

もう姿形を想像しただけでも、吹き出してしまいそうだ。



「・・・あの、すいません・・・話を続けましょうか・・・」


今度は、私が謝った。

”とりあえず”と勧められた2本目のタバコに火を点け、今度は烏丸女医もタバコに火を点け、2人同時に窓の外に煙を吐いた。


「・・・まず、写真の件。」


烏丸女医がそう切り出す。

私は私で、今にもまた浮かんできそうな笑いのツボを消すべく・・・いや、聞きたい事があるから、会話を続ける。


「ああ・・・私も聞きたかったんですよ。写真の事。」


私がそう言うと、タバコの煙をふーっと吐いた烏丸女医が搾り出すような声で言った。



「・・・・・・あれは・・・私が馬鹿だったわ・・・。」


「もしかして・・・火鳥(ぷっ・・・くっ・・・)・・・ひゃひょりさん(ふー・・・ふー・・・)に脅迫されて?」


「・・・まだツボに入ってるみたいね?言えてないわよ。

・・・・・・それから・・・答えはNOよ・・・自分の意思で、したわ。・・・だから、謝ろうと、思って。」


「・・・え?・・・烏丸先生の、意思・・・?」


「・・・正確に言うと、貴女を女難の呪いから解放してあげたかったんだけど・・・」


「・・・私の呪いを解く?どうして・・・?」


その為に私の寝込みを襲って、あの写真が撮影された・・・いや、そもそも、なんでそんな事を烏丸女医が・・・!?


「・・・・・・軽蔑、するでしょうね・・・。」


そう言って、髪をかき上げ、自嘲するような笑みを浮かべた複雑な表情だった。


「ぎ・・・儀式の内容、知ってます、よね・・・?先生・・・!」


私は、思わずそう聞いた。

まさか、本気でこの人、1晩に25回チャレンジを・・・!?

●ーティーワン・アイスクリームで、”チャレンジ・ザ・トリプル”やるような感覚で、儀式やろうとしたの!?いや!嘘だと言って!

チャレンジして、一体どんな黄金伝説作り上げようとしたのよ!?”ヤッたどー!”って!?


いや・・・待て。落ち着け、私。・・・この人の、烏丸女医の性格的に、それは考えられない。


・・・じゃあ、一体なんで・・・?


「ええ・・・知ってるわ・・・でも・・・り・・・あの子が他の方法もあるって・・・。」

※注 忍さんは、水島さんの笑いのツボに気を遣って言い直しました。


「他の、方法・・・?」

そんなモンあるなら、喉から、いや十二指腸からでも手が出るほど欲しい。


「・・・”午前2時から午前4時までキスし続ける事”・・・

でも、あの子の狙いは、私に嘘の儀式を吹き込んで、その現場を写真に撮って、貴女を脅迫する事だったみたい・・・。」


(・・・・・そ、それもまた微妙な儀式だなぁ・・・・・。)

私はタバコを吸いながら、そう思った。



「・・・でも私が、逆にり・・・まあ、彼女に・・・利用されちゃったのよ。結果、あの写真の出来上がり。

・・・大体、医師として、呪いだの儀式だのに手を貸すなんて・・・ホント、どうかしてたわ。」

※注 忍さんは、水島さんの笑いのツボに気を遣って言い直しました。


でも、烏丸先生は何故・・・私なんかの呪いを解こうと偽の儀式をしたのだろうか?


「あの・・・でも、どうして・・・先生が、赤の他人の私の呪いを解こうと・・・?」


そこだけは、さすがに理解に苦しむ。

いくら自分の担当患者でも・・・あの時、友人として協力する、とは言っても・・・。

”呪い”なんてあやふやなものを解く為の”儀式”なんて、これまたあやふやな事を・・・どうして・・・この人が・・・?



「・・・それは・・・・・・許せなかった、から。」

「・・・何を、です・・・?」


私が、そう聞き返すと烏丸女医はタバコを口から離すとこちらを向く事無く、窓枠にもたれかかり、やや俯いて言った。


「・・・あの子が・・・これ以上、人を”道具”扱いするのが。・・・だから、水島さんをあの子の道具にされる前に、と思ったの。

でも所詮、私のやってる事は、あの子と変わらなかったのよね。結局、貴女を苦しめるキッカケしか作れなかった訳だし・・・。」


「・・・・・・・・。」


私はタバコをふかす事で、無言を貫き、それを聞いていた。

こういう時、タバコは便利だ。余計な言葉を防いでくれる。ここは下手に発言するよりも、黙って聞いている方が得策というものだ。

・・・これ以上、何が言えるだろうか。


確かに、私は”あの女”が人を道具扱いするのに反感を覚える。

 ※注 水島さんが、火鳥を”あの女”に置き換えているのは、笑いを防ぐ為です。ご了承下さい。

そして例のあの写真によって、あの女に脅迫されて、儀式という名の15禁含有サイトからかけ離れた行為を、25回もされかける所だった。

だが、あの時は幸か不幸か”あの女の女難”が私を救った。


終わり良ければ、全て良し。

・・・まあ、聞きたかった事情も聞けたし、あの女の面白い事も分かったし・・・。


私は、黙って煙を吐いた。


「あのね、水島さん・・・信じられないかもしれないけれど・・・昔は・・・昔はあんなんじゃ、無かったのよ?あの子・・・。」


いつになく悲しそうな表情で、烏丸女医はそう言いながら、タバコの煙を吸った。

まるで過ぎ去った時間を見ているような、遠い目で語る彼女の横顔を見て、私は考えた。


どうやら、火、鳥、莉(くっ・・・。)・・・と、烏丸女医は、幼い頃からの知り合いらしい。

 ※注 うっかり名前を呼んで、思い出し笑いをしかけましたが、空気を読んで、なんとか笑いは堪えた水島さん。


だが・・・私にとっては、あの女は、赤の他人で性格正反対の同じ女難の女でしかないし

あの女は、あの女で私を儀式の道具としてしか見ていない。


今回の件といい、同じ女難の呪いを喰らった女同士だというのに、本当に迷惑だった。


だけど。

烏丸忍という人間にとっては、どんな性格に成長しようとも従姉妹・・・なんだものね。




それに。



(・・・嘘は、言ってないな、この人。・・・多分。)


それは、私の勘でしかない。



「・・・・・・なるほど。わかりました。」


私はそう言って、タバコの煙をゆっくり吐いた。


「・・・そんな簡単に、納得、しちゃうんだ?」


「・・・はい?」


「私の事てっきり、り・・・彼女側の人間だと思って、信用なんてしてくれないと思ってたから。」

※注 忍さんは、水島さんの笑いのツボに気を遣って言い直しました。


言われてみれば確かに、そうだ。烏丸女医の言うとおり。

彼女を信用するかどうかは、話を聞いてから判断しよう、そう決めていた。

烏丸女医の話自体も信用出来るかといえば、普段の冷静な私だったら、怪しんでもおかしくはなかった。


・・・だが・・・もう、ヤツの”名前”を知ってしまった時点で全てが、日本海も太平洋も何もかもを越えて、ブッ飛んでいってしまったし。


写真の撮れた経緯を聞く事と、よりにもよって何故、烏丸女医がどういう経緯で私にキスなんて真似をしたのか、それが聞けたのだ。

それが例え、全部嘘だったとしても、写真もカメラも私の手元にあり、処分済みなのだ。


だから・・・もう、それで十分だった。



「・・・まあ・・・貴女が私の女難じゃないんなら、良いんです・・・。(・・・ぷっ、くくく・・・)」 

 ※注 関係のない所で思い出し笑いしてしまった失礼な水島さん。


要約すると、信用も何も・・・”ヤツの名前”で、私の中では、すっかりどうでも良くなっていたのだ。


「・・・・・え・・・ええ?そんな基準で、いいの?」


「あとは・・・まあ、従姉妹だって関係も分かってる訳だし・・・今の話からすると、烏丸先生はもう・・・

・・・・・・・か、と、り、さん・・・(ふー)・・・に協力する気は無いみたい、ですし?」


※注 なんとか堪えた水島さん。


それに、まったく根拠が無いという訳じゃない。


「・・・あの時・・・私の考えが間違っていなければ・・・先生は、車を発進させる彼女じゃなくて

 彼女の車に乗ろうとした”私”を止めようとしてたんですよね?」

「・・・・・・・!」


そう言うと、彼女は目を見開いてこちらを見た。

やはり当たりのようだ。普段リアクションの薄い烏丸女医から出た大きなそのリアクションだけで、もう十分だった。


「え・・・ええ・・・許せなかったし、止めたかったのよ・・・貴女の事を、馬鹿げた儀式の”道具”にしようとしてるから・・・・・・・”りり”が。」




「ぶはっ・・・ゲホゲホゲホゲホ・・・!」




「ゴメン、今のは確信犯だったわ・・・ゴメンゴメン・・・本当に笑いのツボに入っちゃったのね・・・。」




「・・・だって・・・あの面と性格で・・・り、りりらって・・・ぶっ!!・・・くくく・・・うぇあっははははははぁーっ!!」




「あ、ゴメン・・・また呼び覚ましちゃったわね・・・」















 ― しばらくお待ち下さい。 ―














息を整える私に烏丸女医が背中を擦りながら、話の続きを・・・。


「・・・えーと・・・どこまで話したかしら・・・話の緊張感、一気に飛んじゃったわね・・・。」


「す、すいません・・・はー・・・もー笑いません。・・・・・・多分。」


・・・自信ないけど。

今は、今は・・・酸素を、酸素を体内に入れないと・・・!!


そんな必死な私の背中を擦りながら、烏丸女医はクスリと笑った。


「・・・てっきり、もっと怒ってるのかと思ってた。正直、貴女に殴られるのも覚悟だったのに・・・。」

「・・・怒る?」


ああ、写真に映っていたキスの件か・・・。

確かに、普段の私なら、酸素が十分吸えている私なら冷静に”何してるんですか”と怒れたのかもしれないが・・・

もうどうでも良くなっていた。(名前のせいで。)

・・・大体、女とキスするのも悲しき事かな、初めてなんかじゃないのだし。


「・・・ああ・・・・・・まあ、私”女難の女”ですから・・・。」


・・・この一言で十分だろう。

笑い過ぎて乱れた髪を手で直そうとして、頭の包帯に触れて改めて気が付いた。私、そういえば・・・怪我してたんだな、と。


「・・・つまり・・・女とキスするのは、慣れてしまったから大丈夫ってこと?」


そして、包帯の隙間から垂れ下がった私の髪を烏丸女医がスッと手際よく直してくれた。

・・・それも、妙な質問をしながら。



「・・・嫌な質問しますね・・・。」


言われた私は、そう答えるしかない。


・・・確かに、それもありますけど。ありますけどね!不・本・意!ながら・・・。


笑い過ぎて、ろくに吸えてないタバコは、とうとう3本目に突入した。

烏丸女医は、2本目に火を点ける。


「・・・ふふっ・・・・・・でも・・・」


烏丸忍、と言う人物は、こうして少女のような笑顔を振り撒き、患者の真横でタバコをスパスパ吸う不良臭のする医者だが・・・


「・・・でも、心から・・・ごめんなさいを、言わせて・・・。

 ・・・本当に、ごめんなさい。私、結局・・・何の力にも、なれてなくて。」


そう言うと、私から視線を逸らした。それは、彼女にしては珍しい行動だった。


「・・・あ、いや・・・御蔭様で、こうして無事生きてますので・・・先生には、何も落ち度なんかは・・・」


柄にもなく、フォローしてしまう。

こういう事をされると・・・実は、彼女は物凄く・・・生真面目、なのだろう、と感じる。

いや、実際・・・これが、本当の彼女なんだろうな、と思う。


「・・・そうじゃなくて・・・理由はどうあれ・・・写真・・・」

「あ、あぁ・・・大丈夫、大丈夫ですよ。カメラごと回収してますから。もう、この世にもありませんよ。」


そう言って、私は煙を吐いた。

そこから妙な・・・沈黙が続いた。


秋空に煙が溶けていくのを見ながら、私はふと横目で烏丸女医を見た。


(・・・・・・・・・・ん・・・?)


それは一瞬の出来事だったので、私の見間違いかもしれない。


(・・・泣いて、る・・・?)


現に、烏丸女医の横顔は風によって、俯いている彼女の横髪と私のタバコの煙で、彼女の表情は完全に見えなくなっていた。


再び私は窓の外に視線を向けてみたが、なんだか気になって、また横目でチラリと彼女を見る。

すると、その時、彼女はもう顔を上げていた。

そして、横髪をすっと耳にかけた烏丸女医の目には、涙なども無く。


「・・・そう、なら良かった。もし、あの子がまだ写真を持っているなら、責任もって私が処分してやろうって思ってたから。」


そう言って、いつも通り、年齢に見合わない少女のような笑顔を向ける。


(・・・ああ・・・やっぱり、私の気のせい、か・・・)


私は再び、窓の外へと視線を戻してタバコの煙を吐く。



「ねえ・・・これから・・・まあ、周囲には、気をつけてはいるとは思うんだけど・・・今まで以上に、十分に、気をつけてくれる?水島さん。」


「・・・・・・はい?」


頭にトントンと指をあてながら、烏丸女医がタバコを咥えながら、こう言った。

「こういう怪我も、含めて、ね・・・。・・・り・・・うん、えと・・・あの子、結構、焦ってるみたい。」

※注 忍さんは、水島さんのツボに気を遣って言い直しました。


「・・・焦ってる?」

「また次に、何をするか・・・正直、私にも分からないわ。・・・まあ、我が従姉妹ながら・・・ロクな事、しないと思うんだけど。」


・・・具体的に言ってもらわないと気の付け様がないんですけど・・・。という言葉は飲み込んだ。

火鳥が何の為に行動するかは、実にシンプルだし、手段も申し分なく汚い。


「ただ、自分の為なら、手段は選ばないし・・・利用出来ると思ったなら、なんでも利用するわ。なんでも、ね・・・。」

「・・・まだ、何かする気なんですか?」


・・・本当に、ロクでもない”りりら”だと私は思っ・・・ブハッ!・・・やっぱり名前が・・・駄目だ・・・!

”もう酸欠はゴメンだ!”と心の中で吹き出し、笑い続ける私に対し、いつになく真剣な烏丸女医は言った。


「ねえ・・・でも・・・儀式しないと死んじゃうって本当、なの?」

「・・・(ふーはー)・・・あぁ・・・それは・・・確実、とは言えないんですけど・・・」


実は、私は既に、もう・・・1回死んじゃってる身な訳だが・・・こうして今は生きている訳だし

今回の事故の事を”偶然”と片付けてしまうのは、簡単な事だ。

・・・だが・・・そんな私の顔を見て、烏丸女医が表情を変えた。


「・・・まさか・・・今回の怪我も・・・ただの、事故じゃないって・・・事なの?」


「自分の望んでもいない縁を呼ぶ・・・そういう内容の呪い、ですから・・・

人じゃない縁を呼び寄せるんだとしたら・・・最終的には、そういう縁も呼び寄せてしまうらしいです。

まあ、呪いなんて大体、最終的にはそうなるんでしょうけど・・・あ・・・まあ、信じる信じないは、そっちに任せますけど。」


「・・・そう・・・。」


いつ呪われたのかは知らないが・・・火鳥も、このまま放っておけば、多分・・・死ぬだろう。


私は、火鳥のその状況に同情はする(同じ呪いの身だし。)

だが、儀式に協力をする気は無い。

そして、赤の他人の死なんて願う事も無い。そこまでの憎しみは私は抱いていない。

誰かにそこまでの感情移入なんて、してないし。



「複雑、ね・・・。」


ぽそりと呟いた烏丸女医のタバコの灰が、風に飛ばされ、ぽろりと落ちた。

従姉妹が情けない呪いで死ぬのを知ってしまった親族の、実に素直な感想だと思う。


「・・・だからって、その為だけに、縁を結ぶ儀式が・・・よりにもよって・・・あんな方法しか無いなんて・・・。・・・縁を結ぶ方も・・・」


そう言いながら、咥えタバコのまま前屈みになって、窓枠にもたれる烏丸女医の横顔をチラリと見た。

儀式の内容は、私もウンザリだったので、彼女の台詞を私は遮った。



「私は、しませんよ。」


「・・・え?・・・でも、死んじゃうんでしょう?」


「他の方法を、意地でも見つけます。・・・ある意味、呪いなんかの為に、自分の生き方変える気も、死ぬ気も無いんで。(1回死んだけど。)」



思い返せば、電車の外の風景を眺めながら通勤をしていただけの人嫌いな普通のOLだった私が

呪われて、”女難の女”になって季節が2つも変わってしまったのだ。


好きだ、惚れただ言われ続けて、時に、抱きつかれ、時に唇まで奪われ、襲われた回数数知れず・・・

そんなブッ飛んだ人間関係に振り回され、疲れる日々が続いた。



だからって・・・


・・・他人と1晩に歳の数だけ”チョメチョメ(伏字)”の儀式なんて、それこそ死ねって言ってるようなもんだろうに。




ふっざけんな。




そんな儀式通して『人との縁って大切なのね』・・・・・・・なんて事を、誰が感じてやるもんかッ!

しまじ●うでも学習しないわ!そんな感情!





「・・・・・・そう、ね・・・見つかると、いいわね・・・。」


烏丸女医はそう言うと、携帯タバコケースでタバコの火を消した。


・・・そうだ、意地でも見つけるんだ。


火鳥 莉里(プッ・・・)・・・ゴホゴホ・・・


えーと・・・火鳥は、呪いに屈して、安易な儀式なんて、よりにもよってこの私とやろうとしているみたいだが、生憎、私は屈するつもりは無い。


呪いにも、火鳥にも、だ。






・・・・・・・・・・・・・・・・。






・・・・・我ながら、心の中とはいえ、少しカッコつけ過ぎたかもしれない・・・。


いかん、ちょっと自分の熱血系思考に悪寒を感じる・・・。


だって・・・熱血思考の割に私ったら・・・


・・・現に、一回死んでるし?

・・・今の今まで、女難回避出来た試しないし?

・・・呪いを解く方法、意地でも見つけるって言っても未だ皆無だし?(泣)




・・・ダメじゃん・・・私・・・。何が”意地でも”だよ・・・。

いつからそんなキャラになったんだ、私・・・!このままじゃ、火鳥の下の名前を笑えないッ!




それもこれも全っ部!女難の呪いのせいだッ!!ちくしょー!!




 ※注 大抵は自業自得ですよ。水島さん。







「・・・・・・どうしたの?急に黙り込んで・・・やっぱり、頭、痛い?」

「あ、いえ・・・なんでもないです・・・。」


自分の思考に寒気がしました、なんて言ってもお医者さんにも治せませんってね〜。

私は、そんな自分をタバコを吸ってひたすら誤魔化した。


「あと・・・」

「はい?」


「・・・私、これからも出来る限り、貴女に協力していいかしら?・・・従姉妹の事もあるし。今回みたいな事に、ならないように。」

「・・・・・・。」


烏丸女医は、例の写真の件で、一種の”責任”のようなものを感じているんだろう。

それだけ、従姉妹の火鳥の心配をしているんだろう。



「あと・・・”先生”って呼ばなくてもいいから。」

「・・・はあ。」


何を言い出すのやら。先生は、先生でしょうに。と私は思った。

”大体、何て呼べば・・・”なんて事を考えながら、私も3本目のタバコをやっと満足いくまで吸うと、烏丸女医の携帯タバコケースに入れた。



・・・だが、その安息も束の間の出来事、だった。



”・・・チクン・・・。”



「・・・・・・!」


確かに感じたソレは、頭の縫合とは違う痛みだった。

すっかり、慣れてしまった・・・あの忌々しい・・・シグナルが私を厳しい現実世界に引き戻す。


「水島さん?どうか、したの?顔色が・・・」

「・・・いえ・・・別に・・・。」



私は、思う。




・・・・・・とりあえず、逃げなくては・・・!!



そう、私の女難は、私を休ませてくれる事は、無い。

それは、呪いだから、だ。

私にかけられた呪いは、タイミングや空気を読むなんて事も無い。


だから、私は、今は逃げるしかないのだ!!


「すいません・・・私、ちょっと失礼しますね・・・」

「え?・・・ちょ、ちょっとどうし・・・」



「緊急事態なんです!」


そう言って、私は烏丸女医の制止も振り切って、扉の取っ手に手をかけた。



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