私の名前は水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。

年齢は25歳。見かけはいたって普通の根暗な人嫌いのOLだが・・・呪われている。

縁切りという名の、大体・・・”ややこしい女にばっかり好かれて、トラブルに巻き込まれる”

・・・という・・・人に言うのも恥ずかしい、女難の呪いにかかっている。





”プルルルルル・・・カチャ”



「…はい、城沢グループ、事務課です…はい…ええ、はい…」


「こっちのファイル、終わりでーす。」

「ごめん、じゃあ、こっち手伝ってくれる?」

「了解でーす」


「やだ、事務課じゃないわよ、この書類。」

「あ、ついでに届けますよー先輩。じゃ、企画課行って来まーす。」


「ハンコ、貰ってきまーす。」

「はーい。」


本日も、我が事務課はそれなりに忙しい。

あまりに忙しいと、事務課の空気はピリピリして少々のミスでもしようものなら、親の仇でも見るような目で睨まれるのだが

今日の忙しさは、まことに丁度良い。ありがたい。



「・・・にしても、最近の”水島”・・・何がどうなってんの?」



「不幸を絵に描いたような感じですよね・・・あの頭の包帯・・・」

「階段から落ちたって話ですよ・・・」

「やだ、突き落とされたとかだったら、超怖いんですけど・・・」

「ソレありえる、ヤツなら、なんっかありえそう・・・。」

「だって、全然何考えてるかわかんないもん。どっかで恨みかってるかもしれないじゃん!」



・・・・・・・・・・。




前言撤回。

・・・こういう会話する暇が無くなる程、忙しくなれば良いと思う。


オフィス内で、ひたすらキーボードを叩く私は、そんな下らない事を考えながら、エンターキーを押した。


私の頭には、まだ包帯が巻かれている。横一の字に巻かれた包帯は、電車内でも人の目を引いた。

人の視線ほど、私が不快感を覚えるものもない。

好奇心に満ちた目。・・・コイツ、一体どんな事してこんな怪我をしたんだろうなんて、勝手に考えてるような目。

そして、事務課でも私の怪我はそんなに珍しいのか、お茶菓子のように彼女達の話題提供に使われてしまっている。


・・・そんな日々も終わりだ。


(・・・今日は、抜糸の予定だ、私・・・頑張れ・・・。)


今日は会社の帰りに病院に寄って、抜糸してもらう予定だ。


その後は・・・占い師のオバサンの所にでも行ってみようか・・・。

なんとか、あの馬鹿げた儀式以外の方法を、なんらかのヒントでもいい、とにかく情報が欲しかった。


私はどうあっても、女難の呪いを解く儀式とやらに・・・ど――――――…うしても!!あの儀式を採用する訳にはいかない。

どうにか、あの儀式以外の方法で、この呪いを解く方法を見つけなければ・・・


死んでしまう。・・・また。(実は一回死んでる。)


・・・それに、火鳥 莉里羅(りりら)は・・・ブハっ・・・うん、まあ可愛い名前の憎たらしい性格のあの女が

同じ人嫌いだからっていう理由で私と”あの儀式”をやりたがっているのだ・・・


その為には、手段は選ばないというから恐ろしい話だ。・・・あんなに、か、か・・・カワイイ名前なのにね・・・ククク・・・!


 ※注 心にも無い事を言って笑っている水島さんも十分性格に問題がある。




”キーンコーン…”




成人だらけの会社のオフィス内に、不釣合いな程のゆる〜いチャイムの音が響く。

こうでもしないと、下っ端の社員は働き続けなければならず、管理職の人間も平気で働かせ続けるからだ。


特に、事務課や庶務課等…デスクワーク中心の課にとっては、このチャイム音は救世主だ。



(む・・・時間か・・・!)



チャイムの音と共に私は、素早く、身を机の下に屈め、進んだ。

靴音がぞろぞろと出入り口へと吸い込まれていく中、私は一人コピー機の隣に、身を潜める。


・・・私、そのうち・・・ダンボールかぶって、どこかの基地に潜入したりするのかな・・・


 ※注 元ネタが解らない人は『メタルギア○リッド』をプレイしましょう。



「ん?・・・あれ?あ…あの、君塚先輩!・・・水島さん見ませんでした?

 あんな怪我の後なのに、出社して・・・無理してないか、私心配で・・・」


「…んー……ココにいないとなると…多分、もう外出てるかも…。」

「えぇー・・・!?」



オフィスの同僚・後輩が、何やら不穏な相談をしているのが聞こえた。

その声もやがて、出入り口に吸い込まれていった。




人の気配は、感じられない。


頭痛も無い。





(……よし、今だ…。)







・・・・普通のOLはこんな真似しないし、出来ない。






チャイムと共に、素早く身を屈ませて、事務課を出たり…

チャイムと共に、ダッシュで事務課を出るのも…

気配を消して、他人の後ろに着いて、事務課を出るのも…




・・・最近では、悲しくなるほど・・・体の身のこなしまで、慣れてきている私。






どうしてこんな苦労をしているのか?




・・・もしも、神様とやらが今、目の前にいたとしたら、私はきっと一番に尋ねるだろう。

(生憎、死んだ時会えたのは、天使と悪魔の女難だったが。)



どうして、私がこんな苦労しなければならないのか?と。

いるんだかいないんだか解らない存在に、問いを投げかけている場合ではない。



・・・速やかに昼食をとり、速やかに仕事に戻り、速やかに帰宅するのだ。



私は、階段を上がり、屋上へ向かっていた。



実は、この会社、会長室が部屋としての最上階だが…会長室の右奥には、更に階段があるのだ。

その階段を上ると…実は、ヒートアイランド対策とかなんとか企画として、屋上に豊かな緑が広がっているのだ。



階段の場所が場所だけに…そこには、普段から誰もいないという…。



『一人になるなら、そこがおススメかなぁ〜。いるとしたら、庭園の手入れしている人くらいだからなぁ。

 なぁに?孤独、背負いたい年頃か〜い?そーかそーか…』



という…ゆるキャラ系警備員こと、今岡さんからの情報を得て私は、その緑の楽園を目指している。




ありがとう…!今岡さん…!!・・・・・・後半の余計な台詞は聞かなかったことにして。

なんか、単なるゆるいオッサンが、神様より、神様っぽくみえるわ…!!


  ※注 一応、水島さんなりの感謝の気持ちの言葉です。



会長室前の廊下を、そっと忍び足で抜け、階段へのドアを開け放つ。


暗く、斜度が急で、細い階段を一つ一つ上がって行く。


・・・ふと、我に返る。



(…私……たかが、昼食を一人で食べるためだけに…何してんだろう…)



いや、そんな事を今更、考えている場合じゃない…。

私にとって、一人の時間が一番の癒しの時間なのだ。


屋上の扉を開けると、蛍光灯の光がせいぜいの事務課から、強い日差しが溢れる屋上へと足を踏み入れる。



「・・・・んんっ・・・!」



光に目が眩み、世界の色がわからなくなる。

目を開けているのに、光で視界がおぼつかず、夢の中にいるようだ。


慣れるまでの辛抱だと、目をしぱしぱと瞬きしながら、前へと進む。


どんな庭園かと思ったら・・・単に、草が一面に植えられていて、時々思い出したように木がひょっこり生えているという

・・・なんとも、想像していたものより、寂しい庭園だった。


現実は、こんなもんだ。

あくまで、ヒートアイランド対策なのだし、慣れてしまえば、これはこれで昼食の時間を過ごすのには良い庭だ。




「・・・ふーん、確かに、アスファルトの上より…なんか、涼しく感じるかもしれないわ・・・」



こんな高い場所に植えられるとは…草木も思っていなかっただろう。

しかし、彼ら植物の生命力は、たくましいものだ。

太陽の光へと、手を伸ばし彼らは彼らの命を、生きている。


・・・そう、彼らは、平地でよくみかけ・・・ん?


(・・・あれ?これ、高山植物?・・・)



・・・・・・・・・たしか、これは・・・・・・・。




(・・・コレ・・・・・・・・・・見なかったことにしよう。)




   ※注 高山植物の中には、採取が禁じられているものがあります。






目も大分慣れて、屋上を進むと、中央にベンチが2つほどあった。

白いベンチは薄汚れていて、人がココへ来ない事を物語っていた。



ハンカチでささっと拭いて、腰掛ける場所にそれを敷いて、ベンチに腰掛ける。

両腕を上げて、空気を吸い込むと、ココが会社の屋上だという事も忘れてしまう。

周囲が緑に囲まれているせいもあるのだろう。実に清々しい。


「ん〜・・・毎日、こうやって昼食取れたらいいのになぁ〜・・・」


平和な一時。

いつまで続くかは解らないが、今は女難の呪いは忘れよう…。


昼食は、前の日の晩御飯のおかずを詰めて、ふりかけをかけただけのシンプルな弁当だ。

牛肉のしぐれ煮と春雨サラダと竹輪。


・・・OLらしくない、全体的に茶色の配色の弁当。これに雑穀米なんか入れなくて良かった。



「・・・せめて、プチトマトくらい入れておけば良かったなぁ・・・まあ、いいや。」



・・・普通、良い空気と空腹が最大のおかずであり、調味料だが・・・

今の私には、青空の下で、平和にゆっくり食べられる現状が、最大のおかずであり、調味料だ。


タンブラーの蓋を開けて、コーヒーを口に含む。


…コーヒーと御飯との相性は、あまりよろしくは無いが、特別こだわりは持っていないので、そのまま、御飯を口に運ぶ。




「・・・あぁ・・・平和・・・」




自然と笑みも、こぼれる。


食事を終えて、私は両腕を伸ばした。


今日は、運が良い。風も少ないし、何より人がいないのが、私の気分を和やかにしていた。



和やか過ぎて、なんだか眠気が襲ってきそうだ…。



「ふ、ふわぁああ〜…・・・んんっ・・・さてと、戻るか・・・」


残ったコーヒーを飲んで私は戻ろうと立ち上がった。



(・・・あ、そうだ・・・一応洗面所で歯磨きもしておこうっと。)


大した自慢じゃないが、私という人間は小さい頃から虫歯が無いのが自慢なのだ。

そんな気分爽やかに事務課に戻ろうとした


・・・その時。



その浮かれた気分は、次の瞬間あっけなく現実に引き戻された。




”・・・チクンっ”



「……またか…!」



頭の底の奥に感じる”チクン”とした嫌な予感に似た痛み。

慣れてしまったとはいえ、この瞬間はとても、嫌な気分になる。


(・・・さーて、会社の誰かしら・・・適当にあしらうか・・・それとも・・・)


・・・悲しい事に、私は会社での女難に慣れ始めてしまっている。

対処法ならいくらでも、と常日頃から何パターンか考えているのだ・・・!



頭の中でふと…火鳥の言った事を思い浮かべる。


『アタシは、せいぜいこの女難を利用してやるわ』


『・・・・利用?』


『・・・そうよ、呪いの効力とはいえ、今は、女を惹きつける力があるんだもの。モノは考えようだわ。

 貴女がアタシに泣きついてくるまで、この呪い…いや、この能力を利用させてもらうわ。

 女は使いどころが色々あるしね。他人に利用される前に、アタシが利用してやるのよ。

 あそこまで、好かれたら、貢がせたり、会社の情報持ち出すのも、簡単でしょうね…せいぜい、骨の髄まで利用しつくしてやるわ。

 どうせ、呪いが解けたら、元通り。馬鹿女共は、寄り付かなくなるんだし、ね。』



・・・なんだか、長ったらしく偉そうに語っていたが・・・


・・・フン、なんだよ、莉里羅(りりら)のくせに。恥ずかしい名前のくせに。

 ※注 同姓同名の方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。



女難で苦しむ人間にとって、その女難を自分の為に利用するとは…開き直った考え方だ。


・・・勿論、根本的解決には、何もならないわけだが。



私は、火鳥のように、向かってくる女難を利用しようとは、思わない。

だからと言って、女難を受け入れ、誰かとどうこうなろうという気もない。


何度も何度も言うが、私は誰とも関わりあいたくないだけ、なのだ。



(…逃げる手は、相手を見てから決めるか…。)



私は、冷静に、後ろ向きに考える。

逃げる気満々。足の速さなら、城沢グループのOLの中で5本の指には入る。


会社での女難といえば・・・花崎課長・阪野さん・海お嬢様・門倉さん…といったところか・・・


(・・・さぁて、誰かしらー・・・?)


 ※注 水島さんは、あと一人の想いも名前も、認識出来ておりません。



気合を入れて私は、入り口へ目をやるが、人が向かってくる気配は・・・・・無い。



(・・・・あれ?来ないな・・・)



気のせいだったのか…人の気配は、感じられない。


”・・・チクンっ”



・・・いや、気のせいじゃない・・・女難はこの近くに・・・確実にいる・・・。


立ち上がり、私は周囲を見回す。


・・・辺りにあるのは、草・土・木・人・フェンス・・・・。



(・・・・・・・・・人?)



いつの間にいたのだろう…?

いや、単に私が気付かなかっただけか?

・・・最近、ゲームのし過ぎと、パソコンでの業務で、視力が落ちているのか・・・?



ビルの縁には、人が立っていて、こちらを向いたまま、フェンスを掴んでいた。



高層ビルの転落防止のフェンスを乗り越えて、ビルの縁に人が立っていて、私を迷惑そうな顔でじいっと見ていた。

ロングパーカーに、ジーパン、帽子を深々とかぶっているが、髪が長くて、体の線も細い。


あの格好と、私のいつもの女難シグナルから考えて、あの人はやはり・・・女性だろう。



そして、その女性は・・・どう見ても、この庭の業者の人ではないようだし・・・



・・・なにより・・・




(あんなビルの端っこに…随分と、危ない場所に立っているなぁ…落ちたら大へ・・・・・)





・・・・・・・・・落ちたら・・・・・・・






「・・・・・・・・あ。」




間抜けな声を漏らす私に対して、女性は一言。



「・・・こ、来ないで・・・!!」





………ああ、やっと状況が飲み込めた…。






・・・・・・身投げ、なさろうとしてますね・・・?・・・そこの貴女――――ッ!!




よりにもよって…こんな晴天の日に…城沢グループの屋上から………私のお昼休みに―――ッ!!








 [ 水島さんは説得中。 ]







「・・・あの・・・えーと・・・」



私はとりあえず、惨劇を回避しようと女性に向かって一歩踏み出した。

それを見た、女性は半身を更に乗り出し、叫んだ。



「こ、来ないでよ!飛び降りるわよ!?」


「あ、はい・・・これ以上は近づきません。」



私は両手を挙げて、一旦停止。



(・・・どうしよう・・・)



私は、考えた。

女難である事は間違いないんだが・・・こういうパターンは想定外だった・・・!

今までは、自分に好意を寄せてトラブルになるケースが多かったが・・・このパターンとは・・・!


・・・彼女は・・・おそらく、私の”女難”だ。


彼女を助けるという事は・・・女難チームへご招待してしまうという事だろう・・・。


これは…門倉さんの一件で証明済みだ。 

 ※注 詳しくは『水島さんは研修中。』を参照下さい。


…思い返せば、彼女…あの人工呼吸事件以来…女難チームの仲間入り…!


つまり・・・このパターンは・・・助けたら、ダメなパターンだ・・・!!



・・・・でも、助けないと・・・!



「…来ないでよッ!ほ、ホントに飛び降りてやるんだから!!」



女性は、興奮し始めた。

・・・刺激のしようによっては、本当に飛び降りかねない。


だからと言って、このまま説得する訳にもいかない・・・。だって、この人女難なんだもん・・・!



・・・・・・あぁ・・・人として、助けたいけど・・・助けるのに抵抗が・・・ッ!!



いや、大体・・・私・・・交渉人でもないし、話術があるわけじゃないし、どう考えても、彼女を説得できるとは思えない・・・。

しかも、ここは人が来ない…!(だから、私来たんだし…)



一旦引いて、携帯で警察を呼ぼうか…うん、こんな時の国家権力だ!!



「…じゃあ…あの…私…これで失礼します。」



”ごゆっくりどうぞ〜…”と呟き、背中を向けて立ち去ろうとした私を、また女性が叫んで止めた。



「・・・ちょっと待ってっ!!警察を呼ぶ気でしょ!?」


「・・・・よ、呼びますんそ!…いや、呼びませんよ!?」


(・・・しまった・・・!動揺してカンでしまった・・・!)



私が台詞をカンでしまった事で、彼女は私の行動を悟った。



「う、動かないで!ココにいて…私が飛び降りるのを…そこで見ていて頂戴!!」



(・・・み、見たくねえよ!そんなモンッ!!)


…冗談じゃない…!!



「ちょ、ちょっと!何があるのか知りませんけど…こんな場所から飛び降りたら…」



説得に似た私の台詞を遮って、彼女は更に大声で叫んだ。



「知ってるわ!そのくらい!だから…私はココへ死にに来たのよ!」


「・・・やっぱり・・・!」



・・・確かに、ここから飛び降りたら・・・確実に、死ねる。


………いやいや…それは困る…というか、何故よりにもよって、この会社のこんな所…そして、この私の目の前で…そんな事を・・・!!


彼女が女難であろう事は、解ってはいるが………見殺しには、出来ない。


やはり、私が説得するしか道は無いのか…?しかし、言葉を慎重に選ばないと…返って彼女を興奮させてしまい…

…結果、私が…彼女の背中を押してしまうことになる…。


私は、自分の精神に、再び”冷静さ”を呼び込む。



(まず、自分が落ち着かなければ…彼女をよく観察して………ん?)




飛び降りるとは宣言しているが、彼女の両手はしっかりと、フェンスの手すりを掴んでいる。



(…さては…彼女は…まだ迷ってる…!)



ならば、まだ…説得すれば、諦めてくれるかもしれない…!




・・・でも・・・彼女は、私の女難だろうし・・・



・・・だから・・・





「…えーと…」





うわぁ……どうしよう・・・人の命が、かかっているんだけど・・・・




・・・なんか、すごく・・・・・・・・・・正直・・・後の事考えると、面倒臭いッ・・・・・・!



 ※注 只今、主人公が、非人道的発言をいたしました事を、主人公に代わり、お詫びいたします。





自分の保身の為に…見捨てるか…


いや、いくら面倒でも…そんな事出来ない…。


あの黒乳首(※火鳥の事)じゃあるまいし。あの莉里羅じゃあるまいし。


ふと、火鳥のある台詞を思い出す。



『・・・そうよ、呪いの効力とはいえ、今は、女を惹きつける力があるんだもの。モノは考えようだわ。』



そうだ・・・モノは、考えようだ・・・。


逆転の発想だ。


私は女難の女。

ややこしい女に好かれやすい体質なのだ。



火鳥じゃないけど、ここは・・・この能力を逆手にとれば・・・なんとかなるかもしれない・・・!



「あの・・・ひ、ひとつ聞いて良いですか?」

「何よ!?」


「どうして、死のうなんて・・・」

「そんなの赤の他人の貴女に言う必要ないでしょう!?」


・・・まったく、その通りだ。こっちだって本心から聞きたい訳じゃない。

でも・・・目の前で命を絶とうとしてるのを見せ付けられるのは寝覚めが悪過ぎる。


「・・・ど・・・どうせ、死ぬんだから、良いじゃないですか・・・私は知りたいんですよ!あ、私は水島といいます・・・!」

と私は言って様子をみる。


ここは、自分から名乗って・・・相手を理解しようとしているという態度を前面に押し出そう。

・・・そしてジリジリとミリ単位で彼女との距離を縮めていく。


「・・・私・・・好きな人がいたのよ・・・その人・・・会う度、会う度・・・私を拒絶して・・・関節技までキめて・・・」


「は、はあ・・・なるほど・・・(関節技!?どんだけ拒否してんの!?ていうか、どんなヤツだよ・・・!)」


「この間も会いに行ったら・・・顔を踏まれたわ・・・っ!」


「・・・えぇーッ!?顔を!?(どっかの誰かなら、喜びそうだけど・・・今は考えないでおこう)」




― 一方その頃・・・旅館・原倉では・・・ ―




「はっくしょん!・・・えむっ・・・」




「おんや?若女将、風邪ですかい?・・・それにしても、珍しいくしゃみですねぇ・・・?」


「うふふ・・・ええ、なんか小さな頃からのクセなんです・・・恥ずかしいわ・・・。」

「・・・・・・かもちゃん・・・もういい加減、直そう。そのクセは直そう、ね?」








― 再び、城沢グループの屋上。 ―



「・・・そういう訳で、絶望したのよ!私は・・・もう誰にも愛されない女なのよっ!!」

「いやっ・・・それは、ちょっと極論じゃ・・・!」


女の人は泣きながら、これまで好意を寄せる人物にされた事を話した。

・・・関節技に、顔面踏み付け、背中蹴り・・・もはやどつき漫才の域を越えた暴力行為だ。


・・・・どうして、警察か弁護士事務所に行かないんだ?と私は疑問に思ったが・・・

それでも、彼女はその人物の事が好きだったらしい。


『話だけでも、聞いて欲しかった』、と何度も何度も涙と一緒にこぼした。



「最後の・・・本当に最後の、恋だと思ったのよ・・・!なのに・・・私は、拒絶された・・・。

調べてみれば、その人・・・他にも複数の女性がいるのに・・・どうして・・・どうして、私だけダメなの!?歳のせい!?」


「・・・いや、それは・・・(好みじゃなかったから、じゃないかな・・・なんて言ったら絶対飛び降りるな・・・やめよう・・・!)」


複数の女性と交際しておいて、一方で女性の顔を踏むなんて、一体どんなヤツなんだ?・・・顔が見てみたい・・・。


「・・・あの人の目は・・・まるで私を憎むような目だったわ・・・。愛してくれなくてもいい・・・遊びでも良かった・・・!

・・・だけど・・・あんまりじゃない!?話くらい聞いてくれたっていいのに・・・!」


「・・・は、はい、そうですね・・・!(遊びとかそういうのは抜きにしても・・・確かに、関節技キめて、顔踏むのは、ちょっとやり過ぎだよなぁ・・・)」


正直、その女性に同情できる部分は少ない。というよりも理解に苦しむ。

・・・なぜなら、私は、そこまで人を想った事は無いからだ。


だが。


ある意味、女性にそれだけの冷たい態度・・・いや、行為をやれる人間がいる事に私は驚いた。



・・・人に冷たくする、とはそこまでやらないとならないのか・・・。


私は、先日病院で考えた。

いつもいつも女難チームのペースに飲まれ、流される自分が嫌だったし

彼女達は、私の呪いのせいで、私に好意を寄せているだけなのだし・・・

なあなあの態度で誤魔化し続けているよりも、いっそ、冷たい態度で接して彼女達と思い切り距離を置こうと思っていた。



だが。


目の前にいるのは、冷たい態度(というか暴力)に傷つき、追い詰められた人がいる。



(・・・人が一人、ここまで心深く傷つき、追い詰められるんだ・・・。)



・・・無理だと思った。


私には・・・


私には・・・出来ない・・・。

それは、元々私が気が小さいからというよりも・・・







・・・そこまでして、人を傷つけ、追い詰め・・・そして・・・人の記憶に自分を残したくないから。






私は、ずっと人の記憶に残るのが嫌だった。

出来る事なら、誰の目にも留まらない・・・目立たない只の水島でいたかった。



・・・だって、私は・・・





「もう嫌!こんな私なんか・・・大ッ嫌い!」




(――― 飛び降りる!)




「・・・ダメッ!!」


その瞬間、そう思った私は走って必死に腕を伸ばした。


”パチン”という音と脈打つ動脈を中指に感じた。


私は、女性の手首を掴んでいた。


・・・細い手首だった。


初めて女性の顔を間近で見た。彼女は確かに若い、とは言えなかった。だが、顔に疲れが出ているせいだろう。

・・・女難に遭った直後の私の顔とよく似ているから、なんとなくそれはわかる。


年齢は多分、30代くらいだと思う。

彼女の顔は、涙のせいでファンデーションもマスカラも何もグチャグチャになった顔だった。



「離して―ッ!」



ジタバタともがき始める女性。私の腕は抜け落ちそうだ。


「・・・こんな状況で、『ハイ、そーですね』って、離す訳ないでしょうがッ!ジッとして!」



思わず、一喝してしまった。


・・・だが、そんな勢いとは裏腹に、私は上手く引き上げられない。

もう一方の手を伸ばし服を掴もうとするが、女性は”もういいの”と言わんばかりに脱力し、こちらに手を伸ばす気すらない。



「・・・ちょっと・・・良いですか・・・?」

「・・・離して頂戴・・・貴女まで落ちるわよ・・・」


うっすら汗が滲んでくる。

・・・思ったよりも、高い・・・。その高さにグラリとよろけてしまいそうだ。

フェンスから身を乗り出し、下を見て、彼女を捕まえている状態の私は、目が眩みそうな高さをなんとか堪える。


「・・・あ、あの、ですね・・・最後の恋って言ってましたけど、誰がなんの基準で・・・くっ・・・決めるんですか・・・?」


手の汗で滑って、落としてしまうのだけは、避けたい。

だから必死に自分の精神を落ち着かせようと、彼女だけを見て、冷静に会話を続けていたが、限界だった。


「・・・みれば分かるでしょう?私もう33歳よ!?」


その彼女の言葉に私は、思わず声を張る。


「だ・・・だから、どうしたのよッ!?基準は、それだけッ!?」


「――ッ!?」


叫んだ瞬間にジワリと汗が滲むのが解った。

ダメだ・・・冷静にならないと・・・!


「じ・・・自分が嫌いってのは・・・よくわかりますよ・・・私も自分、大ッ嫌いですから・・・!」


「え・・・?」


「でも、私は生きてます・・・!私は、自分がどんなに大嫌いでも・・・こうやって、生きてます!生きるのに理由なんかいりませんからね・・・!

最後の恋がどうやら、嫌いだからどうので、いちいち死のうだなんて、甘えた事言わないで下さい・・・ッ!

最後の恋なんて・・・誰が決めたんですか!自分で決めつけただけでしょうが!よく考えて!死んだら、それこそ”終わり”なんですよ・・・ッ!?」

”私なんか、生きたくっても最近死んだんだぞ!?”・・・という言葉は出さなかった。

ここまで来た以上、彼女を引き上げるしかない。私はその為に、ありったけの言葉をぶつけた。


「でも・・・私・・・なんか・・・」

「”なんか”でも、生きてみないとわからないでしょうが!そして恋でも、なんでもしたら良いじゃないッ!貴女の人生でしょう!?」


「―――!」


「・・・真●みきだってCMで言ってるでしょうが!”あきらめないで”って!」

 ※注 ちなみにCMの●矢さんは”お肌”のお話をしています。ちなみに本編と全く関係ない話ですが、先日、その商品が神楽の実家から送られてきました。



「・・・・・・・・・それ後半、関係なくない?」



うっ・・・痛い所を・・・ツッコまれた・・・!確かに後半、訳がわからん事を言ってしまった・・・!



「う・・・と、とにかく、手をこっちに・・・早くッ!両手なら、なんとか引き上げられます・・・早くッ!」



私は、叫んだ。

これ以上は、私の力が持たない。


だが、私の必死な目を見つめたまま、女性は寂しげに笑った。



「・・・・・・ありがとう、水島さん・・・最後に会えたのが、貴女で良かった・・・もっと・・・早く貴女と出会えていたら・・・。」



「―――!!」


引き上げようとする私の意志とは真逆に・・・腕の力は、どんどん弱くなっていく・・・!




『”特にアンタは、人の運命を変える強い縁の力を持っている。”ってね・・・。

 ・・・だから、アンタが誰かの縁に関わるって事は、誰かの運命を変える可能性もあるって事なんだよ・・・。』




嘘をつくなよ!オバサン・・・ッ!

これじゃ、私・・・目の前の人の運命すら、変えられてないじゃないか・・・ッ!


こんな程度で・・・強い縁の力だっていえるの・・・!?

それとも、これも・・・私の呪いのせい、なの・・・!?




ええい!考えろ!




なにか・・・


なにか・・・言葉を・・・





彼女を説得できる言葉を・・・







 『あなたの運命、あきらめないで。』







(・・・こんな時に真矢●き思い出してどうするんだよ!どうでもいいんだよッ!

 そして、そんな台詞で説得できるかーッ!私の馬鹿ーッ!!)





余計な事を考えてしまった貧相な頭の私は、血管がぶち切れる程、心の中でツッコんだ。

その怒りの勢いで持ち上げようと最後の力を振り絞るが・・・



(・・・もう、ダメだ・・・力が・・・!)


やはり、持ち上がらない。せめて、彼女が・・・手さえ伸ばしてくれれば・・・!




・・・もうダメだ・・・



そう思った瞬間・・・!




 ”ぱちん。”





「・・・あ!?」


私の横から、急に誰かの腕が現れた。


「・・・うーい。随分、危ない事してんなぁ?」


警備の今岡さんだ。

彼は、いつも通りのゆるーいエセフランス口調で私の隣に現れ、私が掴んでいる彼女の手首を私の手ごと掴んでいた。


私は心の中で思わず叫んだ。


(ナイスタイミング!!)



「せーので、引っ張り上げましょう!いきますよ・・・!」


続いて、今度は組長・・・いや、我が会社の会長の秘書の”宮元さん”が、大きな身体をフェンスから乗り出して、彼女の腕の部分を掴んだ。


「せー・・・のっ!」


今度は、成人男性2人と一緒に持ち上げる。

・・・信じられないほどに、あっさりと彼女の身体は持ち上がっていった。



「はあ・・・はあ・・・!」


私はとりあえず、尻餅をついて息を整えた。

今まで血管が切れそうな程、力んだら抜糸前に糸が切れてしまうんじゃないかと思った。

息を整えながら、ふと女性の方へ目を向ける。

女性は床に手をついて、泣いていた。



「・・・う・・・うぅ・・・わああぁあぁ・・・!」



成人女性の叫び泣きなんて、ドラマでしか見た事ないが・・・

それだけ、彼女が追い詰められていた、という事なのだろうか・・・


・・・・・・・なんか、もしもココが崖だったら・・・ホント、サスペンスドラマの現場みたいだな・・・。



「・・・何があったかわからないけど・・・命は粗末にするもんじゃあないよぉ・・・」


今岡さんはそう言って、女性に上着をかけた。

・・・私もそう思う。


(・・・何はともあれ、良かった・・・。)


私は大きく息を吐いた・・・。

もし、この二人が来てくれなかったら、私だって危なかったか、手を離してしまっていたかもしれない・・・。

私は、ふと気付く。


占い師のオバサン曰く、呪われてさえいなければ、本来、私の縁の力はものすごく強いものだった・・・らしい、と・・・。


(・・・・これが・・・まさか、私の・・・縁の、力・・・?)


そう彼らは、元々・・・私の女難が、キッカケで出会った人達だ。

その彼らが、こんな人気の無い場所に、こうもタイミング良く現れるなんて・・・単なる偶然か・・・?


(・・・いや・・・考え過ぎ、だよね・・・今のコレは、偶然だろうな・・・)



・・・でも、今回のコレと私の縁の力を結びつけるには、あまりにも無理があるだろう・・・と私は思った。



「・・・何はともあれ、一般社員が”立ち入り禁止”の場所にいるのは、感心しませんね?」


宮本さんは、床に座り込んでいる私にそう言った。


「え?・・・あ・・・す、スイマセン・・・!」


嘘・・・ココ、立ち入り禁止だったの!?知らなかったとはいえ、それは・・・ま・・・マズイ・・・!非常にマズイ!!

そして、今岡さんも同様”マズイ!”という表情をして、向こうを向いた・・・!


(・・・おーい!そっぽを向くなよ今岡さん!助けてよ!貴方の推薦でしょうが!・・・責任逃れかッ!?)


私は、心の中で今岡さんの助けを期待していただけに、ちょっとショック・・・!

いや、そんな場合じゃない。


ヤバイ・・・ココに事務課のOLが出入りしているのが解ったら・・・どうなっちゃうの?

・・・クビ、って事は無いだろうけど・・・給料差っ引かれる!?それはイタイ・・・!!



「・・・まあまあ、その御蔭でこの事態がナントカなったんだから、別に良いじゃないの。宮元。」


(その声は・・・!?)


なんと、またしてもタイミングの良い事に。


「・・・・・・それは一理ありますが・・・海お嬢様。」

「あたしが良いって言ってんだから、良いの。・・・それより、彼女をもっと落ち着いた部屋へ連れて行ってあげて。」


・・・緑の向こうから聞こえたのは、城沢 海お嬢様のお声でした。

ホーント、ご縁がございますね・・・こんな時に・・・海お嬢様ってば・・・!アハハ・・・。


「わかりました。・・・さあ・・・立てますか?加藤様・・・。」

宮元さんが、女性を立たせようと促す。

「・・・あ・・・はい・・・」




「まったく・・・会う度、何かとトラブッてるわね。・・・ま、そこが水島らしいけど?」

「・・・どうも、すいません・・・ははは・・・。」


そう言いながら笑って海お嬢様は、引きつり笑いを浮かべる私の肩をポンポンと気軽に叩く。

・・・何も、好きで毎回トラブルに巻き込まれている訳じゃない。



一方、力なく立ち上がった女性は、私の方を向いた。


「あの・・・」

「・・・はい?」


私の元へやってくると女性は私の疲れきった両手を重ねて、両手で握った。


「ありがとう、ございました・・・。」

「あ、いえいえ・・・何はともあれ、良かったです・・・。」


深々と礼をされるので、こちらも礼をし返す。


「・・・・・・・貴女の言葉、嬉しかった・・・最後の恋、まだ出来そうですわ・・・。」




「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」



首をかしげ、ひきつった表情の私の両手の中には、いつの間にか名刺が握らせられていた。


「・・・命の恩人ですもの・・・お礼をさせてください。水島様。」


そう言って、女性は熱の篭った・・・熱い視線を私に送ってくる。


・・・あの、その視線・・・まさか・・・!?



「み、水島”様”・・・!?」


「なんでも、いたしますから・・・いつでも連絡して下さい。水島様。」


「・・・いや、あの・・・え!?」


・・・そうだ・・・私は、すっかり忘れていた・・・。

・・・・・・女難のサイン・・・出てたじゃん・・・ッ!


解ってた結果じゃないか・・・馬鹿・・・私の馬鹿・・・何故すぐに、意地でも・・・転がってでも!這い蹲ってでも・・・!

・・・何故、すぐにココから立ち去らなかったんだ・・・ッ!!



・・・・って言っても、もう遅い。



あぁ、でも・・・人助けしたんだから、これはこれで良いんだよね?・・・って誰に聞いてんだか・・・とほほ・・・。


・・・ものすごい微妙な空気を残して、女性は宮元さんに連れられていった。



そして、今岡さんは、いつの間にか消えていた。(・・・多分、逃げたんだろうと思う・・・。)



一方、緑あふれる庭園に残されたのは、私と海お嬢様。



「・・・・・・ちょっとぉ、今のやり取り、どういう事よ!?水島ッ!」


顔を引きつらせながら、海お嬢様が疲れきった私の両腕を掴んでブンブン振る。

痛い・・・!地味に痛い・・・!腕が突っ張る・・・ッ!


「し、知りませんよ・・・!こっちが聞きたいです・・・!」

「そもそも・・・前々から聞きたかったんだけど!どーして、アンタの周りって変な女ばっかな訳ッ!?」

・・・アンタが言うな!と心の中で思いつつ。

「それも、私が聞きたいですよッ!」

・・・と、返す。


「とにかく、どういう事か説明しなさいよーっ!それまでココから出さないわよッ!」


「勘弁してくださーいッ!仕事がーッ!お昼休みが終わっちゃいま・・・もう終わってるーッ!?」



緑溢れる庭園で私は思う。

ヒートアイランド現象を緩和する前に・・・このお嬢様のヒートっぷりをどうにかしていただきたい・・・そう願う私だった。


















「・・・疲れてるわね。また女難にでも遭った?」


包帯を取りながら、烏丸女医が笑いながらそう言った。


「・・・・・・ああ、解ります?」

診察室で、力なく私はそう言った。


「顔に出てます。・・・じゃあ、糸取るわよ。」

「・・・自分ではどうしようもないんですよね。こればっかりは・・・。」


大人しく私は座って、愚痴に近い言葉を発する。


「・・・でも、貴女はそれをいつも、やりきっちゃうんでしょう?」

「いやいや、やりきられちゃうんですよ。こっちの方が。・・・結局、変な縁が出来ちゃうんだから。」


名刺には、加藤 綾という名前が書いてあった。

城沢グループが、近々契約する予定だった会社の社長夫人だったとは、夕方、会長室に呼ばれた際に宮元さんから聞かされた。

それを聞かされながら、会長にまた熊の遊具のように褒められながら揺さぶられたのは、記憶に新しい。


「でもね、水島さん・・・。」

「はい?」


「その縁が、いつか貴女を救うかも。・・・なーんて、思えない?」


・・・何をのん気な事を、と正直私は思った。


「どうでしょうねぇ・・・私には、わかりませんよ・・・これからどうなるか、すら・・・。」


そう言う私に、烏丸女医はクスッと笑いながら、ポンッと背中を軽く叩いた。


「大丈夫よ、貴女なら。きっと。」

「・・・随分、軽く言ってくれますね・・・」


私がそう言うと、烏丸女医はまた笑いながらこう返す。


「じゃあ、重苦し〜く言って欲しい?」

「・・・いや、いいです。」



抜糸が終わると、烏丸女医はタバコを片手に、私をまた通称:Lルームへと誘った。

今日の女難体験を聞きたいそうなので、とりあえず、タバコは吸いたかった私は素直について行く。


私は、いつもの調子で淡々と話しているだけなのに、烏丸女医は実に楽しそうに聞いていた。

一体、何が面白いんだか・・・と私は思うのだが。


昼間見た女性のボロボロの泣き顔を思い出すと、泣かれるよりはよっぽど良いな、と思った。

何はともあれ・・・人の投身自殺は防げたのだから・・・よしとしよう・・・。


病院から出て、私はいつもの帰り道を通る。

月が私を照らし、道に影を作る。




「・・・自分が大嫌い、か・・・。」


ふと呟いたのは、彼女が叫んだ一言だった。


私は、人が嫌いだ。

そして普段、自分の身が可愛いと思うクセに、自分という人間が大嫌いだ。

そんな私に、呪いとはいえ・・・こんなに次から次へと好意を寄せる女性が増えていくのは・・・やっぱり、どうかと思う・・・。




『大丈夫よ、貴女なら。きっと。』


今度は、烏丸女医ののん気な一言が、私の頭の中をスッと通過する。



(・・・ホント、笑顔で軽く言ってくれるよなぁ・・・あの人も・・・。)



でも、心のどこかで、どうにかなったら良いな、と前向きに思えるようになったから、不思議だ・・・。



「・・・はあ・・・」



俯き加減で、溜息をつきながら歩く私の目の前に、ふと・・・人の気配のようなものを感じた。



”チクン・・・!”


「う・・・!?」



お馴染みのその痛みと共に、私は恐る恐る顔を上げる・・・。




・・・すると・・・!




「・・・見て・・・私の全てを見て・・・っ!!」




コートを広げ、全裸の女が息を荒げ、嬉しそうにニヤニヤ笑いながら、立っていた。




「ぎ・・・ぎゃあああああああああああああああああああああぁ!?」




露出狂の男は聞いた事はあるが、女ヴァージョンもあるのね、と冷静に思いつつ、私は必死に逃げた。


・・・そして、同じ笑顔でも、この手の笑顔なら、泣かれる方がよっぽどマシだ!と思う事に・・・


「もっと・・・もっと見てぇ・・・ッ!見つめ倒して、辱めてえぇーッ!」


「う、うわああああああああああ!?こっち来るなああああああああああああ!!」



私の説得?には、耳も貸さない痴女はそのまま全裸で、全速力で、私を追い回した。




「だから!来ないでええええええええ!!!」

「ほら!私、ここにほくろがあるのよーッ!」


そう言って、右脇を指差しながら、走ってくる女に私は叫ぶ。



「知りたくもねえよッ!んな事ぁ!!」


「オホホホホホ・・・・!!」




月夜に、私の悲鳴と痴女の笑い声だけが響き・・・。

ふと、心にあの言葉が響く。



 『・・・あきらめないで。』



諦めねえよ!こんな事でッ!ドチクショー!!!(泣)



 ― 水島さんは説得(失敗)中。・・・END ―




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あとがき


えー・・・今回は久々にサクッと短いお話を、と思い、やってみました。勿論、毎度お馴染みUP後の修正もしました(苦笑)

良い話で終われば良かったのに・・・”痴女オチ”というある意味、最低なお話です。(笑)

・・・折角の2周年目なのにね。なんてオチを・・・。いや、実際後悔も何も無いんですけど。いつも通り好き勝手やりました。


大体、同じ女なんだから、裸見せられても別に逃げなくても良いんじゃないかとは思うんですが

水島さんの場合、逃げないと大変な事になるんで・・・(笑)

・・・まあ、ちょこっとだけ伏線を張りましたが、お気付きなった方は凄いと思います。


あと、関係ない話ですが。

某『あきらめないで』の洗顔料ですが、本当に実家から送ってきたんです。何故か。(見た瞬間、大笑いしちゃいました。)

しばらく友人の前で商品持って『ねえ〜聞いて〜・・・』と真矢み●さんのモノマネをやってましたっけね。

それにしても実家の母は、何を考えて送ってきたんでしょうか?洗顔なら、ちゃんと持ってるの知ってるのに。

私に興奮してほしかったんでしょうかね?・・・生憎、私が興奮するのって、百合ネタなんですけどねっ♪てへっ♪