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私の名前は水島。

悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。

年齢は25歳。性別は女。・・・いたって普通の、どこにでもいるような女だ。


あと・・・人が嫌いなだけだ。

そして、そのせいで呪われた女難の女。

御蔭で、私は好きでもない他人、しかも主に同性ばかりに好かれ、トラブルに巻き込まれる生活を送らなくてはいけなくなった。

この状況を回避するには・・・好きな人と歳の数だけ[ピ――]を・・・おぅえええ・・・しなくてはこの呪いは解けないらしい。

 ※注 いい加減慣れて下さい、水島さん。もう19話なんですよ。


城沢の廊下を私は書類を持って、各部署を回り終わり、丁度、事務課に戻って来た。

事務課の雰囲気は一種、異様な空気に包まれていた。

事務課はクリスマスの予定をウキウキと話す者と、半ば自棄になって女子会(愚痴をこぼす会)をやろうと嫌な方向に開き直ってしまった者に別れ始める。

だが皆、クリスマスという行事を特別な行事にしようと必死である。

もっとも、人嫌いの私にとっては平日にも等しい行事なのだが。


(・・・クリスマスか・・・しかし・・・どうしようかな・・・)

今年のクリスマスは、無視できない存在となっていた。


その時。考え込む私の耳に”ガシャン!!”という大きな音が聞こえた。

それは事務課中に響いた。


音のする先へ私は視線を移した。


「あぁ・・・すいません・・・すいません。」


どうやら、清掃の人がゴミを回収するワゴンを横に倒してゴミが散乱してしまった様だ。

・・・多分、床にある電線のケーブルがまとまりちょっとした段差になっている所に、ワゴンのタイヤが引っかかったのだろう。


申し訳なさそうにあやまる清掃の人に、向けられるのは『何してるんだか』と言わんばかりの視線だけである。

誰も何も言わない。関わらない。余計な事に関わりたくないからだ。


『何も言わない。』『他人とは関わらない。』『余計な事に関わらない。』


「・・・・・・・・。」


その惨状は私の席のすぐ傍の出来事だったので、私はそのまま清掃の人の隣にしゃがみ、床に広がるゴミをワゴンの中に移した。

シュレッダーにかけられた紙ばかりで、一人で集めるのは大変だろうと思う。

それに事務課名物の無言かつ冷たい視線の痛みは、私も入社したての時に散々経験済みだ。

それ以外にも入社したての時は色々言われたものだ。


『はぁ・・・水島さん・・・誰がこんな仕事しろって言ったの?』

『あの新人、使えないわ、愛想はないわ・・・早く辞めてくんないかしら。』

『挨拶とすいませんだけ言ってりゃ済むと思ってんのよ。うちらの事ナメてんのかっての。』

『あんな事務課の雰囲気壊すヤツなんか要らないわよ〜。』


頭にはキタけど、仕事さえ出来れば文句は言われないだろうと私は黙って耐えた。

下手に関わったり、逆らったりすれば、それこそ水を得た魚のように彼女達は私を標的にどんどん攻撃を仕掛けてくる事は目に見えていた。

触らぬナントカに祟りなし。とは本当の事だ。

根暗だの変人だのと裏で呼ばれようが、私は黙って自分のすべき仕事を続けた。

仕事さえ出来れば、自分さえどうにか耐えて、頑張れば、どうにかなるだろう、そう思っていた。


大体、仕事をしないと、生活出来ない。

だからと言って、彼女達に合わせようとは微塵も思わなかった。

それは、あれらとこれ以上関わり合いたくない、たったそれだけの理由だ。

周囲の雰囲気がどうのこうのよりも、目の前の仕事を片付けて「お疲れ様です。」の台詞を言う事だけに私は全力を注いだ。




「あ・・・あの、申し訳ないです・・・。」


ふと、清掃の人が私に向かってそう言った。

清掃のおばさんは、とても申し訳なさそうな顔をしていて、なんだか手伝ってしまったこっちこそ悪い気がしてきた。


「・・・え?あ、いや・・・いいんですよ。」


私はそう言うと、後は無言でゴミを集めた。

ついでに、もう一台のシュレッダーの紙くずもワゴンの中に捨てた。

「本当にすみませんでした。」と清掃のオバサンは、少し申し訳なさそうにまた謝った。


「いえいえ。帰りは、そこの段差気を付けて下さい。」


私はそれだけ言うと、立ち上がった。


「・・・ありがとう。」


背を向けた私に清掃のおばさんの小さなお礼が聞こえた。


(・・・・・・・・・・・。)


私は振り向かず、給湯室へ向かい手を洗った。

席に戻ると、予想通り・・・机の上には、やっぱり新しいプレゼントが置かれていて、私の仕事は増えていた。


(・・・ま、いいか。)


この程度。

いつもの女難トラブルに比べれば、なんて事もない。


『・・・ありがとう。』

頭に、ふっとさっきのお礼の言葉が浮かぶ。まさか、私は良い事した気分にでもなっているのだろうか。


・・・この程度の事なんでもない。




(さあ、仕事仕事・・・。)





『いいか?自分が人にされて嫌な事は・・・誰かにやっちゃいけないんだ。』


『どうして?お父さん・・・あ、そうか。喧嘩になっちゃうから?』


父は、いつもこんな風に突拍子もなく話を切り出した。

新聞を折りたたみ、小さかった私を膝の上に乗せると父はこう続けた。


『そうだな。喧嘩になってしまう事もある。喧嘩になるとどう思う?』

『・・・ムカつく。そいつが私の目の前から、跡形も無くいなくなればいいと思う。』

 ※注 水島さんは、幼い頃から少しひねくれていたらしい。 


『・・・お・・・お前が、嫌だと思う事を誰かにされたら確かに腹も立つし・・・第一、悲しいだろう?

それを、お前自身が他の人にしたら、他の人だって悲しい思いをするんだ。

そして、それはやがて自分に返って来るんだ。』

『・・・へえ。』


『それになあ・・・誰かを悲しませるよりも、誰かを笑顔にする方がずっとずっと気持ちは良いんだ。そう思うだろう?』

『・・・うん。』


『だけど、誰かを笑顔にする方法はな、とても単純だけど難しいんだ。人の気持ちをいっぱい知らないと出来ないからな。』

『・・・ふうん・・・難しいのかぁ・・・じゃあ、私には無理かも。』


『そんな事は無いぞ。お前だって、誰かを笑顔に出来るさ。』

『ふーん。お父さん・・・そろそろ降りていい?骨当たってお尻痛い。』

 ※注 繰り返しますが、水島さんは幼い頃から少しひねくれていたらしい。 


『・・・ああ、ごめんね。そうしなさい。』



席に着きながら、ふと思い出したのは父の言葉だった。



『自分がされて嫌な事は、他人にするな。』



何気ない会話だったが、父はこの話を何度も私に聞かせた。だから、私は自然とそれに従っていた。


従うというよりも、自分もそうだなと思うようになったのだ。

だから、私は少なくとも、そうして生きてきたつもりだ。


だが、赤の他人は、そうではなかったらしい。

それもそうだ。各家庭受けている教育が違うのだから。


自分にされて嫌な事や言葉を平気で口にしたり、行動に出す。

いや、彼ら彼女達は、それを”嫌な事”として捉えているのではなく、”この程度なら”くらいにしか思っていないのだろう。

それを受ける人の気持ちを考えないし、知らないし、想像もしないのだろう。

いや、あえて想像した上で理解した上でそれをする人もいる。いわゆる”嫌がらせ”とはそういうものだ。



それを”冗談”で済ませる人もいる。私は、そういう人は心が広い人だと思う。



『だけど、誰かを笑顔にする方法はな、とても単純だけど難しいんだ。人の気持ちをいっぱい知らないと出来ないからな。』



・・・私はこれまで、色んな人の気持ちをいくつも見てきた。



ロクなもんじゃなかった。

知らなきゃ良かったものばかりだった。



私の見てきた笑顔はみんな、誰かを馬鹿にしたり、笑い者にして出来上がった汚いモノばかりだった。



皆、それが嬉しいの?

誰かが傷つくのを見て、嫌がっているのを見て楽しいの?


私の疑問に返って来たのは、目の前に突きつけられた”現実”。

他人にも色々な人がいて、色々な考え方があって・・・だから、他人の気持ちなんか、いちいち誰も考えて生きてなんかいない。

誰も彼も最終的には、自分の気持ちを押し通しているのだ。



そして、私は・・・誰かの笑顔を見る方法よりも、人の気持ちを知らないように生きていく方法を知りたいと思うようになった。

余計な情報は出来るだけ無い方が楽でいい。それだけである。



(・・・・・・・・・・。)



・・・先程、私は清掃のオバサンに少し手を貸した。

何の事は無い、私の席が現場に近くて、私の手の届く所で起きた事だったからだ。


『ありがとう。』


少し手を貸しただけで『ありがとう』と口にした清掃のおばさんは・・・果たして笑顔だったのだろうか。

私は誰かを笑顔にするような事なんか・・・してきただろうか。



ふと、そんな事を思ったが私はすぐにキーボードを叩き、それを忘れた。


(・・・定時まで、3時間か・・・。)


私は時計を見て、自分に残された時間を考えた。




『ん?ああ〜・・・それね〜・・・・クリスマスがくる頃にね〜・・・アンタか火鳥、どっちか死ぬ予定だから。』



今日はクリスマス・イヴだ。

窓からは、チラチラと雪が降るのが見えた。



(・・・火鳥は・・・どうする気なんだろうか・・・。)



私は、ふとそんな事を考えた。

いわゆる、赤の他人の・・・”心配”というヤツになるのかもしれないのだが。

あの女にそんなものは必要は無いとは、解ってはいるのだが。



それでも、私は考えずにはいられなかった。



・・・それがどうしてかは理由もわからず。・・・どうしても。








[ 水島さんは対決中。 ]









場所は、電車の中。私は座るよりも、立ってぼーっと中吊りや背景を眺めるのが好きだった。


鉄、コンクリート・・・物言わぬ、無機質な建物たち。

私は、座らずにいつも一車両目の壁にもたれている。


会社帰り・・・この時間が一日の中で、2番目に好き、だった・・・。



・・・私は今、迷っている。



『ん?ああ〜・・・それね〜・・・・クリスマスがくる頃にね〜・・・アンタか火鳥、どっちか死ぬ予定だから。』



「・・・・・・・・・・・。」



・・・私は、また死ぬのか・・・それとも・・・。


(・・・火鳥・・・。)



あの怪しさ120%の占い師のオバサンが、本当に”縁の神様か”どうかは正直、わからない。

わからないというか・・・今となっては、私の中では”どうでもいい事”になっている。


どうでもいい事とはいえ、自称:神様からの『死の宣告』だ・・・。

また自分が死ぬかもしれないし・・・もう一人の方が死ぬかもしれない、と聞かされたら、少なくとも私は良い気分はしなかった。


・・・それが、どんなに嫌がらせを受けてきても、とんでもなく執念深くても、やる事言う事なんでも黒くても・・・そんな、相手でも、だ。



突きつけられた死の宣告は、多分・・・あくまでも私の勘だが・・・やってくるだろう。

それまでにあの馬鹿エロ儀式をしてしまうか・・・もしくは・・・死ぬか・・・。


もし、仮に私が死んだら・・・なんか、変な天国と地獄の間で微妙な女難に遭うような・・・そんな気がする。


 ※注 死んでいた間の水島さんの記憶は曖昧になっています。ご了承下さい。




・・・ど〜う考えても、どっちも嫌だ。

当たり前じゃないか。私は男性女性構う事無く他人と25回も[ピ――]なんかしたくないし、死ぬのだって嫌だ。


「次は●●町〜・・・●●町〜・・・」


だからって、女難まみれのこの生活だって・・・嫌だ。

早く、早くこの馬鹿馬鹿しい呪いを解いて、皆・・・元の生活に戻るべきなんだ。

その為に必要な事を私は・・・何も見つけてはいない。


時間がない。

気持ちは焦るばかりだ。


私はいつも通り、自分の家の近くの駅の一駅前で降りた。

電車から降りた瞬間、コートのポケットに突っ込んであった携帯電話が鳴った。


着信相手は『烏丸 忍』だった。


「・・・はい、お待たせしました。水島で・・・」

『話があるの。これから会えない?』


私が名乗り終わる前に私の声は遮られた。

やや急いだような声で、烏丸女医が話を続ける。


『大事な・・・大事な話があるの。』

話、とは火鳥に関する事だろうか・・・。

まあ、このまま一人で家に帰っても、結論の出ない考えを巡らせるしかない私には、少しでも火鳥の情報があった方が良いだろう。そう思った。


「いいですよ。」

『迎えに行くわ。今、どこ?』


迎え?わざわざ・・・まさか、車で?やっぱりお医者様って車を持ってらっしゃるのね!と感心している場合じゃない。


「●●駅ですけど・・・迎え?え?」


戸惑う私に対し、烏丸女医はサッサと話を進める。


『わかった。そのまま駅前で待ってて。着いたら電話するから。』


用件だけ告げると烏丸女医は電話を切った。


「・・・な、なんなんだ・・・?」


用件のみを伝えるのは、烏丸女医らしいといえばらしいが・・・なんだか緊急事態でも起こったかのようにも聞こえる。


(頭痛・・・無し。よし。)


・・・女難の気配はない。

この頃の私は驚くほど、頭の不快感がなく、珍しいくらいスッキリしていた。

縁の神様と会ってから、女難の類もピタリと止んでいて、不気味なくらい静かな生活だった。

それはそれで、私は嬉しい限りなのだが・・・

やはり言い知れぬ”嫌な予感”だけが、死神のようなものが静かに背中にぴったりと張り付いて、鎌を首元に置いているような気がしてならなかった。


そう思ってしまうのは、きっと、縁の神様から死の宣告を受けたせいもあるからだろう。


(だけど・・・)



私は、そのまま考え事をしながら、駅の前でぼけ〜っと烏丸女医の事を待っていた。



「・・・寒・・・。」


身体に染み込むような寒さを感じる。

冬だ。

もうすぐ、クリスマス・・・。


(・・・そうしたら・・・)


火鳥か、私が死ぬかもしれない。

回避する術は未だ見つからない。



あるとするならば、やはり火鳥と儀式するしかないのか・・・。



白いシーツ。絡まる指と指。足と足・・・そして重なる・・・・・・・・・・


(・・・ぅ・・・うおぇえええええぇぇ・・・!)


頭の中に描きかけた映像をすぐに砂嵐にして、私は軽くえづいた。


無理無理・・・本当に無理・・・!!!


そんなアホな考えを巡らせている私の目の前にキッという急ブレーキ音が鳴り、車が停止した。


「・・・お待たせ!水島さん!」


そしてドアが開き、烏丸女医がこちらへとかけてきた。

早い。予想していたよりも到着が早い。”お待たせ”なんて言葉は似合わない。


(・・・早ッ!?)


「乗って!」

「あ、はい!」


言われるがままに私は烏丸女医の車に乗り込んだ。

やっぱり女医は伊達じゃない・・・乗り込んでみると解る。シートの質感にハンドル・・・間違いなく高級車だ。

気が付けば、どうして、こんな庶民の私の周囲に、お金持ちがいっぱいいるんだろう・・・。

そんなくだらない事を思いながら、私はシートベルトを締めた。


「・・・で、どうしたんですか?」

「とりあえず、出すわ!」


そう言うと、烏丸女医は車を急発進させた。


「ひ、ひいいぃ!?」

アメリカのアクション映画のように走り出す車に私は思わず、情けない声を出すしかなかった。

烏丸女医の横顔は真剣そのものだ。・・・どうやら、本当に急いでいるだけで、普段からスピード狂、という訳では無いようだ。


やがて、赤信号で停止した烏丸女医は私の方を向き直り、こう話を切り出した。


「・・・りりが、とうとう動いたわ。」

「・・・火鳥が・・・?」


烏丸女医の言葉に私は目を見開いた。

火鳥が、動いた・・・?具体的にお願いします!と言うよりも先に烏丸女医が話を続けた。


「貴女を女難で徹底的に囲む気みたいね。・・・まったく・・・女難で囲んだら、儀式する前にその女難に水島さんがやられちゃうじゃないの。」

「・・・やられませんけど。絶対にやられませんけど。」


烏丸女医の言葉に、私は大事な事なので2回言った。

それに、火鳥が女難で私を包囲し始めているのは今に始まった事ではない。


「・・・一応、ホテルをとったわ。従姉妹のした事だから、私が責任を持って、貴女を守る。」

「ほ・・・ホテル・・・!?」


ホテル、と聞いて、私は財布の心配をした。銀行からお金を下ろさないと・・・私、今6742円しかない・・・!


「・・・言っておきますけど、私は襲いませんからね?」

烏丸女医が私をじいっと見る。心外なんですけど、と言わんばかりの表情で。


「いや、そういう意味じゃないんですけど・・・。」

私こそ心外だ。


「とにかく、貴女はりりの目の届かない場所に一旦、身を隠した方が良いわ。」

「・・・・・・そう、したいのは・・・やまやまなんですけど・・・。」


「・・・何?どうか、したの?」

「・・・実は・・・クリスマス近くに・・・」


私は、烏丸女医に事情を説明した。


縁の神様の話。

縁切りの呪いの事。

そして・・・クリスマス近くに、私か火鳥のどちらかが死んでしまう事を。



「・・・つまり、その・・・縁の・・・神様って、人が・・・」


烏丸女医は言葉を詰まらせた。パチパチと瞬きをして、彼女なりに必死に情報を整理しているらしい。


「・・・ええ、おっしゃりたい事はわかります。”神様に会った”なんて、私だって非科学的で恥ずかしいエピソードだと思うんですけど・・・。」

「いや・・・・・・・その・・・うん。さすがにそこまでいくと、私もちょっと・・・」


医者としては認めたくないだろうが、ここはサックリと認めていただくしかない。


「でも・・・多分、本当です。最近、妙に頭がスッキリしてて・・・でも、女難の予感がしないんです。

まるで嵐の前の静けさみたいに・・・パッタリと感じないんです。」


「つまり、貴女は・・・何かの前兆って捉えてるのね?」

「・・・あまり信じたくないんですけど・・・多分・・・。」


「そうね・・・私も、あまり信じたくないわね・・・。でも、貴女達の予感を信じるしかないのよね。」

「・・・だから・・・だから、火鳥とは・・・一度会わなければいけないと思ってるんです。」


「・・・本気で言ってるの?貴女、あの子が貴女に何をしようとしてるか知ってて言ってるの?」

「いや、儀式する気は無いんです。でも・・・私か火鳥が死んでしまうってオバサンから聞いて、それからずっと考えてました。

やっぱり、儀式以外の方法で呪いは解くべきだと私は思うんです。

・・・でも、その前に死んじゃったら、何にもならないじゃないですか。

だから、せめて、今は死ぬのを回避する方法を2人で考えるべきだと・・・。」


火鳥には個人的に許せない事をたくさんされたが、だからって死んでもらっても、寝覚めが悪い。

・・・かといって、私が死ぬつもりもない。

偽善的な考えだとは、自分でも嫌というほどわかっている。


だが、嫌なもんは嫌なんだから、それに最後の最後まで抗うべきだと私は思っている。

私はそうやって、今までだってやってきたのだ。

今までの人生だって、女難のトラブルに遭ってきた時だって、必死に抗ってきた。

だが、今度ばかりは、自分さえしっかりしていれば、逃げれば、私一人だけがどうこう・・・で済む問題じゃないのだ。

なにしろ火鳥の命も・・・他人の命もかかっているのだ。ここで私と火鳥が協力しなければ、どっちかが死んでしまう。


「・・・・・・貴女は、本当に優しいのね・・・水島さん・・・」


ぽつりと烏丸女医が言葉をこぼした。その横顔は先程の真剣さは消え、すこし緩み、笑みが浮かんでいる。


「え・・・?」

しかし、すぐに烏丸女医は冷静な表情に戻し、こう言った。


「でも、あの子がそれを受け入れる可能性は残念だけど、ほぼ無いわ。あの子はやると言ったら、やるわよ。」


・・・それも、解っている。

あの女は本気で、私をどうにかアレしようとしている。

あんな馬鹿馬鹿しい儀式だと解っていても、それしか方法が無いという情報から、私達には限られた選択肢しか与えられていない。


その1.馬鹿馬鹿しい儀式を女難の女2人でやる。

その2.お互いに適切な人材を見つけて、馬鹿馬鹿しい儀式をそれぞれやる。

その3.諦めて死ぬのを待つ。


私は、どれも嫌だ。


だから私は・・・


その4.他の方法を考える。


この選択肢をずっと選んできた。しかし、この選択肢は”考えるだけ”で、解決策は見つかる可能性は・・・極めて低い。

だが、私は諦めて妥協はしたくない。

そもそも、あんな内容の儀式で助かっても嬉しくもない。



しかし、その前に!

最も避けなければならない『死』が迫っているかもしれないのだ。

それが私か、火鳥かはわからない。わからないからこそ、私と火鳥は協力すべきなのだ。



「それでも・・・黙って隠れて、その間にどちらかが死ぬより、私は・・・私は何か・・・」



一体、何が出来るのかは、わからない。

私には考えるしか出来なかった。ただ、どうしようと迷い、考え続けた。

でも、結局、考えているだけじゃダメなのだ。現に私には何の解決策もない。


自称:縁の神様というオバサンと話しただけで・・・

私は縁の力というヤツが強いってだけで、何も無いのだ。


だから、やはり、ここは火鳥に会って、具体的に解決策を立ち上げるしかない。

火鳥だって、私と同じ縁の力が強い女なのだし、お互いが協力して縁の力を上手く解放する方法を見つければいいのだ。

そう。・・・あの時、オバサンは、とにかく邪気が溜まった縁の力を解放すればいいって言ってたじゃないか・・・!!


つまり、その力の解放の仕方さえ解ればいいのだ・・・!勿論、あの儀式以外で・・・!!


・・・きっと、きっと、何かある筈だ・・・。

・・・・・・・根拠は、これっぽちも無いんだけど!それしかない!


 ※注 結局ノープランな水島さん。


「それでも、私は・・・出来る限りの事をしたいんです。」

「・・・そう、ね・・・私が水島さんの立場なら、そう思うわ。きっと。」



烏丸女医はそう言って、高級そうなホテルの地下駐車場に車を入れた。

私は車から降りて、リモコンでキーをロックしながら烏丸女医はバッグ一つを持って歩き出した。


「とりあえず、部屋に行きましょう。落ち着いた場所で話を・・・」


その時、コートのポケットに突っ込んであった私の携帯電話が鳴った。


「・・・あ、すいません。」


私は着信画面を見て、烏丸女医にチラリと見せた。

烏丸女医はソレをみると顔をしかめ、コクンと頷いた。


「もしもし。お待たせしました。水島です。」


『忍を利用しても無駄よ。水島。』


電話の相手はやはり、火鳥莉里羅だった。


「・・・火鳥、今そんな事を言ってる場合じゃ・・・」


『まあ、いいわ。ところで・・・アナタ、妹いるでしょ?』

「・・・い、妹・・・?」


一体、何の事だと私は思わず笑いそうになったが、はたと思い出した。


妹。


勿論、”妹”なんか我が水島家には、いない。

それどころか、父と母は離婚寸前で、水島家自体が崩壊寸前の体たらくだ。

母はどこにいるかもわからないし、どこの誰と一緒にいるか、その誰かが何人かすら・・・


何人かすらわからない人物と一緒に・・・


(ちょっと・・・待てよ・・・?)


・・・妹、と言えば、母からの電話で私の留守電に記録されていた・・・



(・・・まさか・・・!!)



『 ミライ ノ オネエサーン 』



このSSシリーズで、カタコトの日本語で数行しか出なかったアイツの事か!?


「えーと・・・あいつかッ!?ジェニファーの事かッ!?」

 ※注 ジャスミンです。詳しくは『水島さんは密談中。』で。



『あら、察しが良いわね。・・・名前違うけど。』


「サリー?」

『違う。』



「スーザン?」

『違う。』



「スージー?」

『違う!ていうか、アタシは外人の名前当てクイズしてんじゃないのよ!!』



「じゃあ、何です?言っておくけど、その子は私と血なんか繋がってな」




『オネエサーン!助ケテ下サーイ!ジャパァン ノ 安全神話ハ崩壊シテマース!』




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


電話の向こう側から、前に聞いた事のあるようなカタコトの日本語が聞こえる。

気のせいか、前より日本語が流暢になっているのは、成長だろうか。

いや!そんな場合じゃなくて!!



『・・・ホラ、どうする?お姉さん。助ける?見捨てる?』

「・・・アンタ・・・一体ステファニーに何をした・・・?」

 ※注 ジャスミンです。


ていうか、どうしてよりにもよって・・・数行しか出てないキャラを・・・!!


『言って欲しいなら言うけど、ちょっと”借りてる”だけよ。』

「・・・そこまでしなくたって、私はアンタに会うつもりだったんだぞ!?」


『会うだけ?まさか、一緒に儀式以外の呪いを解く方法を考えよう、なんて提案する為に会うつもりじゃないでしょうね?』

「・・・っ・・・。」


痛いところを突かれた。図星だ。


『・・・アンタは黙って、アタシの掌の上で踊ってりゃ良いのよ。』

「火鳥・・・!自分が何してるのか、解ってるのか・・・!?”犯罪”だぞッ!?そこまでして・・・!」


私のその言葉を聞いて、烏丸女医がこちらへ歩いてきて携帯電話に耳をつけた。


『時間がない以上、アタシは打てる手段は全部打つわ。アンタは出来るの?それとも”また”逃げるつもり?』

「そうじゃない!貴女と私は・・・今夜・・・どっちか死ぬかもしれないんだぞ!?」


『フフフ・・・そりゃ、笑えるジョークね。』

「アホかッ!笑える訳ねえだろッ!何、映画のアメリカ人みたいな事言ってんの!?誰も笑わんわ!そんなジョーク!!」


私は、思わず電話口でツッコミを入れてしまった。


『まあ、いいわ。とりあえず、アンタの妹はこっちで預かっているから。忍にでも送ってもらうといいわ。

どうせ、聞いてるんでしょ?忍ねーさん、そういう事だから、水島をアタシの部屋に連れてきて頂戴。』


それを聞いた烏丸女医が私から携帯電話を取り上げて、見た事もない顔で怒鳴った。


「貴女は、どこまで人を苦しめたら気が済むのッ!?水島さんは貴女の事も考えて・・・!」


『水島は水島。アタシはアタシ。呪いさえ解ければ、それでいいのよ。儀式さえ済んだら、水島もアタシもお互いの事は忘れたらいいのよ。』

「・・・その為だけに、何て事を・・・!」


『・・・あら、もしかして・・・忍ねーさん嫉妬してるの?じゃあ”混ざる”?』



「馬鹿言わないでッ!!」



思わずビクリとしてしまった。

それは烏丸女医が今までに無い怒りの表情で、腹の底から叫んだからだ。


『あらら、それは残念。』

「・・・・・・・・。」


烏丸女医は体を震わせながら、俯いた。

自分の従姉妹が、まさか私をおびき寄せる為だけに”人さらい(しかも私とほぼ無関係な人)”までやるなんて思ってもいなかったのだろう。


私は、烏丸女医からそっと電話を取り上げた。

烏丸女医が取り乱す様子を見てしまったせいか、幾分か私は冷静さを取り戻していた。


「・・・代わりました。水島です。」

『選択権は無いわよ。アンタ達のいる場所なんか大体見当がついているんだから・・・女難はいくらでも送ってあげられるし?』


「・・・これから、そっちに行きます。その代わり、これ以上、他の人を巻き込まないで下さい。

その妹だっていう人も私とは血は繋がってないし、赤の他人なんですから離してあげて下さい。」


私はそう言った。

顔も見た事もない(しかも妹でもない)女性が、単に私の妹になるかもしれないってだけでこの馬鹿馬鹿しい出来事に巻き込まれているのは忍びなかった。


『・・・アンタが来たら、離してあげるわ。』

「だから、言ったでしょう?始めから私は貴女に会うつもりだったんです。いいから、今すぐ離してあげて下さい。

私がそっちへ行かなかったら、好きなだけ女難送り込むなり、なんなりして良いですよ。」

「水島さん!」

私の言葉に烏丸女医が私を呼んだが、私は左手を挙げて制止した。


「・・・これからお伺いします。」

『そう、待ってるわ。水島さん、楽しい夜にしましょうね?』

「失礼します。」


電話の向こう側から愉快そうな笑い声が聞こえたが、私は用件が済んだし、聞いてると腹が立ってくるので電話を切った。


「本気なの・・・?」


心配そうな顔で私をみてくれる烏丸女医に私は言った。




「・・・慣れてますから、こういうの。」



そうだ。この程度、なんでもない。



私は車に乗り込み、烏丸女医に火鳥の部屋まで送ってもらう事にした。

車はゆっくりと発進した。



街は暗くなり始め、お祭り騒ぎのようにクリスマス一色で、電球がチカチカと灯っていた。

どこもかしこも光だらけだ。



「ねえ・・・どうして、人嫌いになったの?」


ふと車の中で烏丸女医がそう言った。

回答に困った私は聞き返した。


「そういう烏丸先生は?どうして人に興味がなくなったんです?」

「・・・私?・・・私は、つまらない人には興味がないだけよ。面白い人には興味はあるわ。

見てるだけで、あの人は面白そうでいいなぁって思うの。」


「・・・その違いは?」

「わかんない。」


苦笑交じりに烏丸女医はそう言った。


「でも、一番つまんない人間は私なのよ。だから、私より面白い人に引き寄せられるのかもね。」

「人間に面白いとかつまんないとかって、あるんですかね・・・」


とは言っても人間嫌いな私には、ちっとも解らないのだが・・・。


「・・・さあ・・・。」


その後、お互い無言になった。

それから何分か経ってから、烏丸女医が笑いながら言った。


「貴女と話してると、やっぱり本当に面白いわ。つい、考えちゃうわ・・・私も面白い人生送れるかもしれないって・・・”錯覚”しちゃう。」

「・・・・・・・・・。」


錯覚?

私は別に何もしてないし、彼女の人生が面白いかつまらないかは誰にも判断出来ないだろうに。


「このつまんない人生を送る羽目になった時、私は周囲を随分と恨んだわ。周囲に反抗できない自分自身も許せなかった。

りりに助けを求めた事もあったわ。あの子は、あの頃、行動力があって誰よりも強かったから。

私は、その強さにすがりつこうとしたの。でも・・・それは甘かった。あの子は助けてはくれなかったし、どんどん遠くへ行ってしまった。」


「・・・・・・・。」


「・・・でも・・・本当は・・・」


そこで一旦言葉は途切れたが、烏丸女医はハンドルを握ったまま、話を続けた。


「・・・本当は・・・・・・私の話を聞いてくれる人が傍にいてくれたら、それで良かったのかもしれない。

何か変わったかもしれない。強さなんて関係なくて・・・。私の考え方や視点が変わったかもしれない。

もし、誰かが私という存在を少しでも認めて・・・少しでも解ってくれたのなら・・・それは、とても幸せな事だと、今では・・・そう思うわ・・・。」


・・・でも、現実はそうは簡単にいかない事を、私は知っている。


だから。




―― 解って欲しいとも思わない。そう思った方が楽になれる。




「でも・・・私は・・・諦めたの。誰かに解ってもらう前に。知ってもらう前に。・・・諦めた。」

「・・・・・・・・・・。」



・・・そうだ、私も、諦めたのだ。


人に受け入れてもらうことじゃない。

人に受け入れてもらおうとする前に・・・自分を、曝け出す事を・・・諦めたのだ。



・・・そう思ったほうが、楽になれるし・・・。



「・・・怖かったから。」


ぽつりと言葉が口から零れた。


「え?」


「怖いんですよ。嫌いっていうか、人が怖いんですよ・・・私。そんな自分も大嫌いで。だから、全体的に人が嫌いなんです。」


私はそう言った。


言ってから、私は気が付いた。




・・・ああ、自分が本当に根本的に嫌いなのは、自分自身だったんだ、と。

・・・・・・あと、その自分を囲む人間が全体的に。

 ※注 結局は、根っからの『人間嫌い』。



そして、それを認めるのが・・・真正面から人に向き合うのが、何より怖かった。



「水島さん。」

「はい?」



「・・・こういう時、相応しい台詞があるんだけど。」

「なんです?」



「”大丈夫よ。私はそういう貴女の事、そんなに嫌いじゃないわ。”」


冗談っぽく烏丸女医がそう言ったので、私もつられて笑った。


「・・・・・・どうも。」



車が停車した。

見上げると溜息が出そうになった。

いわゆる豪華絢爛・高層マンション。オートロックにデカイ扉・・・。



・・・一体、ここの家賃は、私みたいなOLの給料の何年分だろうか・・・。



「・・・一応・・・ここが、あの子のマンション。6005号室。最上階の角部屋だから、すぐ解るわ。」

「はい、ありがとうございました。烏丸先生。」


「・・・水島さん・・・気をつけてね。私、ここで待ってるから。」

「いや、そこまでしなくても・・・」


私はこれ以上、この人まで巻き込みたくなかったのだが、烏丸女医の表情は真剣なものだった。


「待ってる。・・・友人でしょう?私達。」


それを聞いて・・・多分、この人は、てこでも動かないだろうと私は思った。


「・・・じゃあ、何かあったら、電話します。」

「そうして。」


私は車から降りると、ふうっと息を吐いて、肩の力を抜いた。

なまじ縁の無い場所に行くと緊張するものだが、こんな所でガチガチになっている場合じゃない。



(行くか・・・。)



私は覚悟を決めて、インターホンを押した。




”ピンポーン。”


インターホンの音の後、プツッという音がして、インターホンの画面が光り、聞き慣れてしまった声がした。


『案外早かったわね。』


初めての高級マンション訪問に私は色々手間取ったが、なんとか火鳥の部屋へと繋がったようだ。


「も、もしもし・・・。」

(何が”もしもし”だ!?落ち着け!緊張するな・・・私!)


『今、開けるわ、入ってらっしゃい。部屋は、6005号室よ。』


「あ、どうも・・・。」

(だーかーらー!何が”どうも”だ!?落ち着け!緊張するなっての私!!)

 ※注 小心者の悲しき性質。


大きくて分厚いガラスの扉が開く。

・・・この先で火鳥が待っている。私は意を決して、その一歩を踏み出した。


”ドンッ・・・”

扉が開くと同時に女の人とぶつかった。

白いコートにスーツ姿の小柄な女性だった。


「あ、すいません・・・。」

「・・・・・・・・・・・。」


私は咄嗟に謝ったが、女性は何も言わずサッサと中に入って行ってしまった。

・・・こういうマンションに住んでいるような金持ちは皆、ああなのだろうか?


”ガー・・・”



「・・・あ。」


無常にも、そしてあっさりと閉まっていくオートロックの扉。

完全に入るタイミングを無くしてしまった私は、オートロックの扉の前で立ち往生してしまった。


(は、早くも軽いピンチ・・・。)


助けを求めようかと振り向くと、烏丸女医が、車の中で俯いて笑っているのが視界に入った。


(ダメだ・・・。)


やっちまった事は仕方ない。やはり、コレしかない。


”ピンポーン。”


インターホンの音の後、プツッという音がして、インターホンの画面が光り、聞き慣れてしまった声がした。


『アンタ、何してんの?』


火鳥が少し呆れた声でそう言った。

こういうイージーミスをしてしまった時”何してんの?”と聞かれると私は非常に心が痛む。

”何してるの?”と聞かれても”ご覧の通りですよ。わかりませんか?”と返答するしかない。

私が入る前に扉が閉じてしまったんだから仕方が無いではないか。



・・・と開き直っている場合ではない。



「・・・す、すいません、もう一回開けてもらって良いですか・・・?」


小さい声で私は情けない頼み事をした。これから、対峙しなければならない相手に向かって、だ・・・。

その相手はあからさまに溜息を吐いて一言こう言った。



『・・・・・・愚図。』



「はいはい!すいませんねッ!開けてもらって良いですかッ!!」

 ※注 結局、逆ギレしてしまった水島さん。


”ガー・・・”


扉は再び開かれた。私は・・・その中へと足を踏み入れた。





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