--> --> }-->









”チーン。”


「・・・・・・・・・・・。」


まず、目に入ったのは広い廊下。

ツルツルでピカピカの壁に、私の足音を静かに飲み込む黒と白の絨毯の上を歩く。

歩いているだけで、ひしひしと・・・いや、嫌でも高級感を”これでもか!この貧乏人め!”と言われているような気分になるフロアだった。

不思議な敗北感を感じつつ、私は歩みを進めた。


そして、6005号室前。

黒いドアを見つめ、私はとりあえず深呼吸をした。


私はこれから、落ち着いて行動しなくてはならない。


それは私が動かねば・・・今夜にでも、私か火鳥・・・どちらかが死ぬ、からだ。


普通のOLで、今や女難トラブルに遭い続け、それに対し逃げ回るだけの私だったが、そんな私にも”とりえ”というモノがある。

・・・残念ながら、今までの経験で培ってきた逃げ足の速さや、体力的な事は今回あまり役には立たないだろうが・・・。




私のとりえ・・・それは自称・縁の神様に指摘された”縁の力の強さ”だ。


縁の神様曰く・・・。


『特にアンタは、人の運命を変える強い縁の力を持っている。』


実際、私に関わった女性は私のせいで、私に必要以上の好意を持ってしまうという運命を辿っている。

・・・私は、それをどうにか回避したいのだが。

その為に今の今まで逃げ回ってはいたが、今回・・・今日という日だけは、火鳥とのこの件に関しては、逃げる訳にはいかない。



『・・・だから、アンタが誰かの縁に関わるって事は、誰かの運命を変える可能性もあるって事なんだよ・・・。』



・・・そう。だから、私は動かねばならない。関わらねばならない。




『…そして、それはアンタ自身の運命も変える事にもなる。』



私は、私自身の運命を変える為に。

自分の望む未来の為に。



黒いドアの横には、またカメラ付きのインターホンがあり、私はそれを押した。

”・・・ピンポーン”



『…まァ…じきに、わかるよ。…それまで……大切に、ね…。』



そう、こんな私にだって・・・大切なものが、譲れないものが、あるのだ。



”・・・ガチャ。”


「・・・いらっしゃい、水島さん。さあ、中へどうぞ。」

「・・・・・・お邪魔します。」


火鳥は思い通りになったのが嬉しいのかなんなのかは知らないが、不敵な笑みを浮かべながら、割とすんなり私を部屋の中へ招き入れた。

玄関には大きな鏡があり、すぐ傍には靴箱・・・というよりも靴専用の”部屋”が見えた。


・・・もう、この時点で私は”格差社会”を呪いたくなってたまらなかったが、そんな場合ではない。


まず、リビングに入り目に飛び込んで来たのは大きなテレビ。・・・これでTVゲームしたら大迫力だろうな、と思う。

広いリビングの中央には、黒いテーブルと赤いソファがあった。

火鳥は几帳面な女らしく、部屋はきちんと整頓されていて、余計な物が殆ど無いシンプルな部屋だった。

しかし、テーブル・椅子・本棚・・・家具の一つ一つから高級そうなニオイがする。

テレビも大きければ、家具も大きい。揃っている家具は、どれもこれもまた高級感が漂っていた。

ガラスの棚には甘そうなジェリービーンズの瓶が3つも飾ってあったり、意外にも●ラックサンダーの箱も2つ程見つけた。


(・・・さては、こいつ甘党か?)


ブラック●ンダーを見つけた私は、やっと庶民の感覚を取り戻し、ホッとしていた。


「・・・さてと、飲む?」


そう言いながら、火鳥は赤いソファにゆったりと腰掛け、黒いテーブルの上にあった赤ワインの入ったグラスを一気に傾け、飲み干して見せた。

だが、私の顔からは、その視線を外さない。


「早速ですけど、本題に入ります。」


酒の誘いを無視して私は話を切り出した。


「・・・何?」


そう言って、火鳥はグラスをテーブルの上に置くと、不敵な笑みを浮かべ、立ったままの私の目を見た。

私は負けずにその目を見つめ返す。


「・・・いや、その前に・・・えーと・・・あれだ。キャサリンは?」

 ※注 ジャスミンですってば。


「ああ・・・そうだったわね。少し待って頂戴。」

火鳥はそう言って、隣の部屋に入ると二言三言誰かと話している。


・・・・・・英語のようだ。作者の嫌いで苦手な英語らしき言葉が聞こえる。

 ※注 悪かったな。・・・だから、詳しい英語の会話は割愛してお送りしております。ご了承下さい。


「・・・ほら。」


火鳥にトンと背中を突かれて、小柄な少女が私の目の前に出てきた。

ジーンズにダウンジャケット・・・長袖のTシャツには『武士道』と書かれていた。・・・Tシャツの選定にツッコミを入れたい所を私はグッと我慢した。

何はともあれ、これで私の妹・・・いや、私に全く関係ない人物の一人の無事は確保出来たのだから良しとしよう。

金髪ストレートに、白い肌。目鼻立ちは大人っぽいというか、物凄く・・・なんというか、アメリカっぽい。

・・・・・・貧弱な表現力だと自分でも思うが、一言で言うとアメリカっぽい。

だが、彼女の身長は、お隣に住んでる伊達さんより少し高いくらいで小柄だ。


・・・歳は・・・10代だろうか・・・?

正直、外国人の成長の早さは異常だと思えてならない私にとって、この少女?の歳は判定に困る。


その謎の白人丸出しの少女の一言目がコレだ。


「・・・オ・・・オネエサン?」


『・・・いや、尋ねられても知りませんって。だって初対面ですもの!!』・・・とツッコミたい気持ちを私はグッッとこらえた。


「・・・・・・・・。」


「オネエサーン!ジャパァンは怖い所だと五臓六腑に染み渡るように感ジマシタ!地獄に仏とはこの事デース!!」


私が黙っていると相手は勝手にそれを”YES!”と判定してしまったようだ。


『それにしても、日本語達者過ぎるだろ、お前!そこまで日本語知ってる割になんでカタコト口調なんだよ!?それから五臓六腑の使い方間違ってるぞ!』

・・・とツッコミたい気持ちを私はグッッッとこらえた。


アイリーンはひしっと私に抱きつき、泣きながらどれだけ怖かったのかを訴えた。

 ※注 だから、ジャスミンだっての。


私は、泣いているジュリアの背中をとりあえず撫でて落ち着かせた。

 ※注 だから、ジャスミンだって言ってるでしょうが!


「オネエサン・・・助ケに来てくれる、ワタシ、ワタシ・・・信ジテ・・・マスダ!」


『マスダって誰だよ。”ました”だろ。』・・・と細かい所にツッコミたい気持ちを私はグッッッッとこらえた。

そういう場合じゃない。


私の目の前には、私とクリスティーナを見ながら笑ってワインを飲んでいる火鳥がいる。

 ※注 だから・・・・・・水島・・・お前、もしかしてワザと間違っているんじゃねえの?


「・・・逃げなさい。」


私は小声でそう言った。早く彼女をここから逃がす事が先決だ。

母親の行方や状況もついでに聞いておきたいのだが、今はそんな場合ではない。

何しろ、時間が無いのだ。


「デモ、オネエサンが・・・!」

「後は任せなさい。私は貴女のお姉さんになった覚えは無いけど、お姉さんの言うとおりにして、とりあえず今は逃げなさい、いいわね?ロザンナ。」

 ※注 ・・・あくまでも名前を間違い続ける気か。水島。


心配してくれるのはありがたいが、今はこの部屋に”女性”は、いない方が女難の女の私としては、とてもありがたい。


「・・・解リマシタ。・・・あ、オネエサン・・・!」

 ※注 ジャスミン、名前を間違って呼ばれた事に関して、まさかのスルー。


「ん?」


「・・・あの人、コワくて寂シイ悲シイ人・・・気をスケテ。」


青い瞳の少女の表情が悲しそうに曇っている。

言語はたどたどしく、異国の人間でも、ヤツに対して彼女なりに何か感じるモノがあるらしい。


でも・・・とりあえず・・・。


「・・・うん、ありがとう。・・・あと、”気を透けて”じゃなくて、”気をつけて”ね。」

 ※注 遂に我慢出来ずにツッコんだ水島さん。


「・・・アァリガトォウ。オネエサン、気を、つ・・・ツ・ケ・テ・・・」


そう言ってジャクリーンは私の頬に軽くキスをして、玄関へと走っていった。・・・それにしても・・・単純な日本語は苦手なのか・・・。

 ※注 ・・・わーかった。も〜う名前に関しちゃあ、作者の私でもツッコミ入れないぞ。水島。


キスをされた頬を手の甲で拭きながら、私は火鳥の方を向き直った。

 ※注 さり気なく酷い行為をする水島さん。



火鳥は拍手しながら、笑って言った。


「さて・・・これで、感動のご対面は終わりね?」

「・・・正直、ここまでされるとは思いませんでした。」


私も見た事ない妹(私自身非公認)までさらって、私をおびき寄せるとは思わなかった。


「フッ・・・言ったでしょう?打てる手段は全て打つ、と。」


ここで、火鳥を非難しても話は進まないし、状況も変わらない。

私は正真正銘の本題へと話を進める事にした。


「・・・今夜・・・私がここへ来た理由は一つです。こんな事しなくても貴女に会うつもりでした。」

「へえ・・・そう。何かしら?」


私の目的とは、一つだ。


「今夜・・・私か貴女が・・・死ぬかもしれないんです。私は、それを回避すべきだと思って、ここへ来ました。」


私がゆっくりとそう言うと、火鳥はもうひとつの空のグラスを手に取り、こう言った。


「じゃあ、答えは簡単ね。」


火鳥は赤ワインの瓶とグラスを持って立ち上がり、そのグラスを私に持たせるように向けた。

私は、それを受け取るかどうか迷ったが、持つだけならとそのグラスを受け取った。

火鳥は、私の持つグラスにワインを注ぎながら、こう言った。


「・・・儀式、やりましょうよ。アナタとアタシで。今夜が終わらない内に・・・。」


言い終わると火鳥は再びソファに腰掛け、空になっている自分のグラスに赤ワインを注いだ。


「・・・だから、私は貴女とあんな馬鹿な儀式をする気はない、と前に言いましたよね?」

私は、そう言ったが火鳥は不敵な笑みを浮かべたまま、ワインを注ぎ続けた。

「・・・でも、アナタはココにいるじゃない。アタシはそれだけで十分よ。」

そう言って、火鳥は私を見ながら赤ワインをぐいっと飲んだ。

「・・・・・・・・・。」

私は自分の手にあるワイングラスを見つめて思った。


・・・やはり、こんな説得が通じる相手ではない。

やっぱりこうなるかとは解ってはいたが・・・やはり、いざそうなってみると、なんだか複雑な気持ちになるものだな、と。

問題はここから、だ・・・。


「話は、まだあります。・・・私達には縁に関する強い力があるんです。

元々、私達が呪われた原因は、その力を使わなかった事で邪気が溜まっているからで、今の私達の状況は、自分の強い縁の力が暴走している状態なんです。

・・・それを直す為には、あの儀式以外にも方法はあるんです。」


火鳥は、その言葉を聞くとグラスをテーブルに置き、身体ごと私の方を向いた。

・・・どうやら、”あの馬鹿エロ儀式以外にも方法がある”と聞いて、少しは私の話を聞いてくれる気になったようだ。


「それ、どういう事?」

「・・・要は、私達は縁の力を上手く使っていけば、溜まった邪気ごと一緒に呪いの効果は消えていく筈なんです。」


「・・・・・・ふうん・・・で、一体それは、どこからの情報?」

「・・・それは・・・」


私は、そこで答えに詰まった。

まさか『縁の神様から聞いた』、とは言えない。間違いなく、火鳥は鼻で笑って信じないに決まっている。


「・・・あの、占い師のオバサンです。」


・・・火鳥からすれば、占い師のオバサンだって信用してくれるかどうかだって怪しいが・・・。

だが、縁の神様に言われました、と言うよりもマシだろう。


「・・・で、その”縁の力”を使うって言ったってどうすればいい訳?」

「縁の力を使うという事は、人との交流する事で・・・縁を結びまくる事・・・だそうですけど。」


「ハッ・・・冗談でしょ。そんなの散々無理矢理やらされたことじゃないの。

もし、その話が本当なら、とっくに呪いなんてくだらないもの、解けてもいいはずだわ。」


火鳥は鼻で笑って、お話にならないと言った。


私だって最初は、そう思った。

だが、この意味不明な呪いを見抜いたのは、他ならぬオバサンなのだ。


オバサン曰く、私達の縁の力は強く、私達が関わるべき縁をぶった切ってきた縁に邪気が溜まり

縁の力自体が暴走している状態らしく、その結果、結びたくも無い縁を勝手に結ばれしまい、結果そのせいで私達は女難に襲われている。


だが、この時点で、私達の縁の力は、私達にとって実に不本意な形だが”縁の力は消費されている”とも言えるのだ。


今まで女難に遭っていた、あの時間もこの時間も全くの無駄ではなかった・・・のだろうと今は信じたい。


・・・しかし、私達は声を大にして言いたい。

『そんな方法で縁の力を消費し続けて、呪いなんか解きたくなんかねえよ!!』と。


女難に遭い続ける事、誰かと縁を結ぶ事。

それが、呪いを解く手掛かりなのだが。


・・・その他に”効率よく縁の力を使う方法”だけが見つかっていない。


そして、このまま悠長に浅く広い縁だけを結んでいても苦痛な時間ばかりが増えるだけで、私達の命の時間は無くなっていく一方なのだ。

現に女難から逃げ続けた結果、私は一回死にかけている。


だからって、私も火鳥も・・・”誰か”と不本意な縁を結ぶ気は、全く無い。


彼女達、女難チームは、単に私達の”呪いのせい”で、私達に惹きつけられているに過ぎないのだから。

大体、私達は人嫌いなんだから、誰かと関わり、縁を結ぶ事自体、嫌で嫌でたまらない事に、今だって変わりはない。


だが、唯一の方法、縁の力で邪気を解放さえすれば、呪いの効果は無くなる筈なのだ。

誰かと恋に落ちて、縁を結ぶとかそんな気持ちの悪い事をしなくて済む!


・・・しかし、問題はこれからだ。


このまま、何の対策を打たずにクリスマス・イヴの今夜を迎えてしまえば、私か火鳥が死んでしまうという残酷な結果が待っている。


私は、それを阻止したい。

自分が行動して、阻止できるならそうしたいと思うのが当然だ。


だから・・・だからこそ、私と火鳥は今こそ儀式する、しない云々を言い争うよりも、お互い情報を共有し、協力しなくてはならない。


そう私は説明した。


火鳥は、話が進むにつれ、笑うのを止め、私の話を黙って聞いていた。


「つまり・・・とにかく、その・・・この”縁の力の使い方”さえ解れば・・・この呪いは解けるんです。」


私の精一杯の説明を聞き終わった火鳥は顎に手を添え、少し考えてからこう言った。


「・・・それは確実なの?」


確実・・・100%本当なのか?と問われると・・・


「それは・・・わかりません。でも・・・これが、私の得た情報です。」


情け無い事に、それが”確実”なのか・・・は、わからないままだった。

私の答えに、火鳥は首を少し傾け、明らかに不機嫌な表情を浮かべて話し始めた。


「・・・大体、仮にアタシ達に、その”縁の力”っていうの?アタシは、そんな馬鹿みたいな力の存在やアンタの話を、全部信用している訳じゃないけど・・・。

仮に。仮によ?そんなモノが存在していて、アタシ達が今、その力を使って出来る事は・・・他人と結びたくも無い縁を結ぶ事しかない訳よね?」


「・・・ええ。不本意ですけど・・・解っている方法は、それだけです。

だから、それ以外の方法でこの縁の力を使う方法を考えよう、と私は提案しているんです。」


それを聞いた、火鳥は真剣な表情でこう言い放った。


「・・・アタシは”女難として寄って来た女を利用する”事しかやって来なかったわ。

これだって立派に、人との関わり・・・つまり、縁の力を使うって事になるわよね?

だとしたら、アタシは散々、女達と縁を結んで、その縁の力とやらを使った事になるわ。

フッ・・・これでも、女を抱いた事もあるのよ?まあ、歳の数だけはしてないけど・・・これだって縁を結ぶ行為よね?

第一に、アタシは、あくまでも、儀式をしても後腐れ無く別れられて、リスクも少なく儀式出来るアナタと儀式したかったんだからね。」


「・・・・・・・・・・!」


私は驚きのあまり、言葉を失った。


(火鳥が女を抱いた・・・だと・・・?)

この女が、まさか・・・そんな事を・・・!?


火鳥は『打てる手段は全て打つ』とは言っていたが・・・まさか、本当にやる事をヤッていたとは・・・。


「でも、この通り。回数のせいかもしれないけれど・・・呪いは解けちゃいないし、悪化していく一方だったわよ。」


両手を挙げて、火鳥はフフンと自嘲気味に笑った。


「・・・そ、それは・・・単に貴女の力の使い方が・・・間違っているから、じゃないですか?」


確かに縁の力を使った、と言う事にはなるだろうが・・・果たしてそれは本当に縁の力を使った、という事になるのだろうか?

火鳥が抱いたという女性だって・・・私には、火鳥が”単に実験的にやってみただけ”としか思えない。

考えられる原因の一つに、肝心の”火鳥自身が、心から想っている相手じゃないから”とか・・・。


単に”身体だけの関係”では、それほど深い縁を結んだ、とは言えないんじゃないだろうか。

打算的に、表面上の縁なんてぷっつりと簡単に切れそうなものだ。


「フン・・・じゃあ何?まさか、この馬鹿馬鹿しい力を”正しい事に使え”、みたいな昔の正義の味方のような事、言うつもり?

人との縁って言ったって目に見えないあやふやなモノに、これ以上振り回されるのは、アタシはゴメンよ。

・・・大体、”正しい縁の力の使い方”なんてアナタ・・・知ってる訳?」


「そ、それは知りませんけど・・・。(私が知りたいくらいだし)

でも散々、縁の力を使ってきたという貴女の呪いが解けてない事が、貴女の力の使い方が間違っている事の証明になりませんか?」


私がそう言うと、火鳥は軽く溜息をついて、自分のグラスにワインを注ぎながら言った。


「・・・フン、だったら・・・この馬鹿馬鹿しい呪いを手っ取り早く解く方法は・・・限られてくるわね?」

「・・・え?」


な、なんだろう・・・なんだか、嫌な予感がする・・・。


「今夜にでもアナタかアタシが死ぬ訳よね?このままだと。」

「・・・え、ええ。だから、私はその対策の為に今、ここに」


私の言葉を遮り、火鳥は鋭く言った。


「じゃあ、結局は、アナタとアタシで儀式をするしか方法は無いじゃない。」



・・・あーやっぱり、そうなっちゃいますー?(苦笑)



「・・・今日という夜が終わるまで、あと3時間よ?」



火鳥は顎で、時計のある方向を示した。

秒針が音も無くすうーっと時を刻み、長針がカチッと鳴った。

残された時間は確かに少ない。


・・・でも!


「・・・い、いや!そうじゃなくて!儀式なんかしなくても、私達が力を合わせたら、生き延びる方法が・・・きっと・・・!」


私は、あくまでも・・・今夜にでも訪れるであろう、火鳥と自分の死を避ける為にいるのだ。

強力な縁の力がここに2人分あるのだ。なんとか力を合わせたら、そんな酷い運命だって変えられるかもしれないでないか。

現に、私は足掻いて死の淵から帰ってきたのだ。

断じて、私は火鳥と馬鹿エロ儀式をする為に、ここへ来たのではない!


「・・・”きっと”?・・・確実じゃなければ、意味は無いわ。大体、アナタとアタシが力合わせて何が出来るというのよ?

肝心の”縁の力の使い方”もあやふやで解らない、余計な女難は増えていく、そして今夜・・・アタシかアナタが死ぬ。時間も無い。

・・・試してみる価値はあるわ。その為に、アタシはアンタをここへ呼び寄せたのだから。」

「・・・でも・・・私は・・・!」


火鳥の考えは変わらないのか・・・!

が、しかし。

「・・・まあ、でも・・・今のアンタの話聞いて、少し考え方が変わったわ。儀式しなくても、縁の力を使えば呪いは解ける、って情報が本当ならね。」

「・・・え?本当に?」

それは、あっさりと変わってしまった。

火鳥の表情は相変わらず不敵な笑みを浮かべたままだったが、口調は変わった。


「ま、とりあえず、座って飲めば?・・・毒なんか盛ってないわよ。」


火鳥が、ふとそんな言葉を口にして、ソファに手を置いた。。

私が、いつまでも赤ワインの入ったグラスを持ったまま、ソファにも腰掛けずに立っているからだろう。


「そうね・・・もう少し、話を詳しく聞かせてもらえる?

・・・まあ、アタシもそれなりに行動して得ている情報もあるし、この際、お互い持っている情報を開示し合おうじゃないの。」


火鳥がそう言った。

それを聞き・・・私は、少し力が抜けた気がした。


そうだ、火鳥だって出来るものなら、私と儀式なんて真似は避けたい筈だ。

しかし、これ以上詳しい情報なんて私にあるだろうか。

やっぱり、縁の神様に会った話をした方がいいのだろうか、などと複雑な気分を抱えたまま、私はワインを口にする事にした。

・・・酒は苦手だが、この際少しだけ、潤滑油のつもりで飲んだ方がいいかもしれない。


「・・・っはぁ・・・。」


私はワインを3口ほど飲んだ。・・・思ったよりも飲みやすかったのが驚きだ。


「・・・ふぅん・・・酒は苦手だってデータがあったけど、随分と良い飲みっぷりじゃない。」


そう言って火鳥は満足そうに笑って、またワインを口にした。

正直、ワインの味なんかわからない。おそらく高級な品なのだろうが、私には美味いのか不味いのかもわからない。

せいぜい、発泡酒くらいが庶民の私の口にはお似合いだろう。


ただ、今は少しくらい酒を飲まないとやってられない・・・今は、そんな気分だった。

・・・だが、自棄になってはいけない。


「あの・・・タバコ、良いですか?」


とりあえず、何から話そうかと思い、私は更なる冷静さを呼び込む為にタバコを取り出した。


「・・・どうぞ。」


そう言って、火鳥はテーブルの中央から端へと灰皿を出した。


「・・・どうも。」


私は赤いソファに腰掛け、火鳥の隣でタバコを取り出し火をつけた。

酒はあくまで潤滑油。酒を口にしても、冷静さは保っていなくては・・・ならない。



(・・・あれ・・・?)



・・・タバコが、持てない。


手はおろか、視界がぐらつく。


(・・・まさか・・・!)


私は恐る恐る火鳥の顔を見た。

火鳥は目を細めて、実に満足そうに笑っていた。



「・・・案外、馬鹿ね。それで今までの女難を乗り切ってきた女なんだって言うんだから、笑っちゃうわ。」



(・・・やられた・・・ッ!)


この女は・・・実に性根が悪い!そして、私の馬鹿野郎!という事を実感した瞬間だった。

・・・だが、もう遅い。


「・・・火、鳥・・・!!」


私は必死に隣でワインを飲み干そうとしている女の肩を精一杯の力で掴んだ。


「・・・毒は盛ってないけど・・・”クスリは盛ってない”、なんて言ってないでしょ?」

「・・・お、ま・・・え・・・ッ!」


・・・一服盛られた。

何を盛られたのか、わからないだけに怖い。

あんまり考えたくないが・・・白い粉的なモノなら、本当にこの百合含有サイト的にも洒落にならない。



「最初から言ってるじゃない。アタシは、アンタと話す事なんかないの。欲しいのは、儀式に必要なアンタの身体だけよ。」


そう言って私の手を振り払い、トンっと私の身体を押した。

私は力なくそのまま、ソファに寝転ばされた。


「そ、んな事・・・だから・・・呪われッぱなし、なんじゃ・・・ないのか・・・ッ!?」


私はそう言って右手を挙げようとしたが、上手くいかない。

右の拳は空をきり、火鳥はその右手首をあっさりと掴み、私の上にのしかかってくる。



「大丈夫よ。今夜中にでも呪いは解ける筈よ。・・・アタシも、アンタもね。」

「バ、カ・・・ヤロ・・・ォ・・・ッ!!」


私は情けない声を出すしかなく・・・


・・・って、たまるか―ッ!!女難の女、舐めんなよ!!

私は舌に歯をあてて、今にも抜け落ちそうな力を振り絞った。

痛みでなんとか眠気を吹き飛ばそうとする私だったが・・・。


「・・・あらあら、舌噛み切られちゃたまらないわ。たかが、軽い睡眠薬でそんな事されちゃ・・・」


しかし、即座に火鳥は私の両頬を掴み、無理矢理、開口させられた。


「それに、儀式は儀式よ。形式的なモノなんだから、そんなに抵抗しなくても良いじゃないの・・・ねえ、水島さん?」

「・・・・・・ッ!」


体がだるい。瞼が重い。手も上がらない。

もう、目を開けていられない。

だが、閉じてしまって、今度開けたら・・・私は一体どうなっているのだろう・・・


多分、気が付いたら私は裸体になってたりして・・・。

そんで隣には同じく裸体の火鳥がいたりして・・・。

でも、ピロートークなんか火鳥のヤツはしないで「さっさと帰れ」とか言って私の服をブン投げて来そう・・・いや、ピロートークなんか、したくないんだけど。



いや、そもそも・・・どうして、私はいつもこうなんだ・・・肝心な時に限って・・・!




ああ、もう、とにかく眠くて・・・あまり考えてもいられ、な・・・
















口の中で血の味がする。







・・・痛い。





・・・痛い・・・?




「・・・・・・ハッ!」


私は、わずかなその痛みに瞼をカッと開けた。

咄嗟に起き上がろうとするが、手足の自由がきかない。

視線を左右に振ってみると私の両手は、ご丁寧に縄でベッドにギチギチに縛られている。


「・・・こ、これは・・・」


『とうとう、ヤラれちまったか・・・?』と私は顔を引きつらせながら、視線を恐る恐る自分の体の方へ向けると、服はこの部屋に来た時のままだった。

足もご丁寧にベルトで縛ってある。


・・・どうやら、大事が起こる前に目覚める事に成功したようだ。


良かった・・・!事が起こる前に目覚める事が出来て本当に良かった!

薬の効果のせいか、未だに手足にあまり力は入らず、頭もズキズキ痛む。


そして・・・


(・・・うう、舌が少し痛む・・・。)


だが、この痛みが無ければ私は目覚めなかったかもしれない。

元々、効力の薄い睡眠薬だったのかもしれないが、大事に至る前で本当に良かった。


しかし・・・。


(とりあえず・・・どうするよ、コレ・・・。)


私は状況を整理してみる。

現在、私はベッドに縛られ、身動きが取れない。・・・あれ?こういうのに似た状況、前にもあったような・・・いや、気のせいか。

それにしても広い寝室だ。クローゼットもでかい。ベランダからは庭っぽい芝が見える。

そして、室内は小さな間接照明が黒と赤の部屋を妖しく照らすだけ。

ドレッサーの上には、写真立てのようなモノが置いてあるがよく見えない。

火鳥は、多分・・・無駄なものを一切置かない主義なのだろう。

・・・他は、役立ちそうな物は無い。そもそも、手足が縛られてる状態で何も手に入れる事は出来ない。


広くて薄暗くて、物が少なくて・・・赤と黒の色が支配する部屋。


・・・正直、不気味だ。よくもこんな部屋でぐっすり寝ていられるな・・・!


(・・・ん?)


耳を澄ませると、遠くで、かすかにシャワーの音がする。

こんな時に悠長にシャワーを浴びるのは、あの女・・・火鳥くらいだろう。


(いずれにしても、このままじゃ・・・!)


・・・大事に至ってしまう。


嗚呼、ただの15禁含有おふざけサイトだったのに、遂に18禁含有表現を加えなければなくなるのは、私的に・・・

・・・いや、作者だって避けたい筈だ!


 ※注 ・・・え?ああ、まあ、何かと面倒臭いんで避けたいです。


とにかく、今は脱出だ!そして、携帯で外の烏丸女医に助けを求めるしかあるまい!


「ふんっ!ふんぬぎいいいいいぃ・・・!・・・・・・・・・・・・っくはァ・・・!」


手足・・・いや、身体の全てに力が満足に入らない上に、縄もベルトも解けない。

全身を動かし全力で抵抗をしてみるが、何も起こらない。

椅子に固定されているなら、まだなんとか移動も出来ただろうが、ベッドに寝転ばされ、ここまで手足を拘束されたこの状態では、何も出来ない。


クソっ・・・こうなったら、せめて、外にいる忍さんに連絡を・・・!

よし、携帯電話を服から取り出してみ・・・


「・・・無駄よ。水島。」


シャワーを浴び終わったらしい火鳥がゆっくりとこちらにやって来た。

バスローブに身を包み、やはり笑っている。その手には私の携帯電話があった。


・・・連絡不可!助けも呼べない!


「・・・これを・・・縄を取れ!火鳥ッ!」


叫ぶ私に対し、火鳥は髪の毛をバスタオルで拭きながらゆっくりと近付いてくる。


「フン・・・”はい、そうですか”って取る訳ないでしょ。・・・軽い薬とは聞いていたけど、思ったより早く目が覚めたようね。」


そう言った後、火鳥はバスタオルを無造作に床に投げ捨てた。

・・・ですよねー。とは自分でも思う。




「私は儀式なんかしたくないって言ってるでしょうがッ!」


私は首だけを上げて、叫ぶように抗議した。


「・・・あくまでも、そのつもりのようね。でも、無駄よ。アタシはやると言ったらやるのよ。

でも・・・アタシは、もう嫌なのよ・・・この生活に早くケリをつけたいのよ。」


「その為なら、ここまでやるのか!?」


私の問いに、さも当然のように火鳥は答えた。


「・・・ええ、そうよ。これ以上、馬鹿に付き纏われる生活は・・・嫌なのよ!!」


そう言うと私の上に馬乗りになり、乱暴にスーツのボタンを外し始めた。


「だからって・・・他人を利用して、こんな事までしてまで、呪いを解きたいかッ!?」


「人は生まれながらに役目ってモンを背負ってるのよ。利用する側とされる側に分かれるの。

利用されるのが嫌なら、それを覆すだけの力を持つ事が必要なのよ。・・・まあ、今のアンタには無いでしょうけど!」


次々と外されていくYシャツのボタン。・・・勿論、抵抗して、身を捩っても無駄だ。

確かに、今、火鳥の言う通り・・・私には、力が無い。体力的にも。状況的にも。


だけど。


「・・・や、めろ・・・っ!こんな事しなくても・・・!」



 ― 自分次第で、この呪われた運命は変えられる。 ―



・・・私は、この散々な毎日に遭いながらも、今でも、そう信じていた。

大体、誰かと何かどうにかしてまで、自分の呪いなんか解いたって、私は・・・!


「・・・どうせ、アンタはアタシを理解出来ないんでしょ?そんな馬鹿は・・・馬鹿は、黙ってアタシに利用されていれば良いのよ!」


理解。・・・確かに、そうだ。

私は、今の火鳥を理解出来てはいない。


ふと、烏丸女医の言葉を思い出す。


『・・・本当は・・・・・・私の話を聞いてくれる人が傍にいてくれたら、それで良かったのかもしれない。

何か変わったかもしれない。強さなんて関係なくて・・・。私の考え方や視点が変わったかもしれない。

もし、誰かが私という存在を少しでも認めて・・・少しでも解ってくれたのなら・・・それは、とても幸せな事だと、今では・・・そう思うわ・・・。』


理解は難しい。

人嫌いの人間は、特に。

それは、私自身よく知っている。


だけど、同じ人嫌いだからこそ・・・私にだって、理解出来る部分はあるのだ。


「アタシは、そこらの馬鹿とは違うの。アンタとも違う。アタシは”馬鹿を知ってる”から、馬鹿にはならない・・・。

 馬鹿には染まらない!だから、アタシは、”特別”な人間なのよ。」



『でも・・・私は・・・諦めたの。誰かに解ってもらう前に。知ってもらう前に。・・・諦めた。』



・・・ああ、そうか。コイツも、諦めたんだ・・・。


・・・だけど、な・・・。


我慢出来ないところが、ある。




『もし、誰かが私という存在を少しでも認めて・・・少しでも解ってくれたのなら・・・それは、とても幸せな事だと、今では・・・そう思うわ・・・。』




「・・・何が特別だ・・・!いつまでも、テメエの世界ン中、一人で酔ってんじゃねえよッ!!」



・・・気付いたら私は、そんな言葉を出していた。

その私の言葉に火鳥は、ボタンを外す手を止めた。


「・・・なんですって?自分の置かれてる状況考えてモノを言いなさいよ。水島。」


「アンタが、どれだけ金持ってるのか、仕事出来るんだか、頭良いんだか・・・アンタの事をよくは知らないけどな!

アンタは、人を馬鹿にする事しか出来ないじゃないか!!」


「・・・はァ?馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ?」


「アンタの言う、馬鹿達に出来る事が…アンタには出来るのか!?

馬鹿みたいに人を想ったりした事があるのか!?馬鹿みたいに走った事あるのか!?馬鹿にするだけなら誰でもサルでも出来るわ!

馬鹿にされて、利用される人の気持ちを少しでも考えた事があるかッ!?他人を”馬鹿”の一言だけで片付けて、アンタ自身は何も出来てないじゃないかッ!!

アンタは、馬鹿な事を”しない”んじゃない!出来ないんだよ!

人を想えない、人を尊重も出来ない、自分が出来ない事は、する必要がない、全部馬鹿のする事だって開き直ってるだけだッ!」


私は思いつく限り、自分の見たままの火鳥への文句を並べ立てた。

勿論、火鳥の思うとおりに生きる権利はあるし、私は火鳥の人生観や考え方を直そうとか興味も無い。だから、否定するつもりは無かった。

しかし、それは・・・私に、ここまでちょっかいをかけなかったら、の話・・・いや、それだけじゃない。

私はともかく…私と関係している女性達は、皆、呪いの効果だけど私を想ってくれた。

それを利用する挙句、馬鹿呼ばわり…そんな火鳥のやり方や態度に私は心の底から不快感を覚えていた。


真正面から身一つで女難を乗り越えてきた私と違って、火鳥は女難を上手く利用してきた…。

悪に徹しきれない女の負け犬文句だとは思うが、私に出来ない事を火鳥は出来ている。


だが、それがなんだというのだ。

出来ない事が出来るのは、凄いとは思う。

しかし、火鳥の言う”馬鹿の言う事、する事”は…私だって出来ない、やろうとも思えない程の…凄い事なのだ。


それらをよく知りもしないで、馬鹿の一言で片付けるのは、実に容易い。

”容易い”という事は…誰でも大体出来るって事だ。


踏ん反りかえって威張れる事なんかじゃない。


「そんなアンタなんかなァ…偉くもなんともないんだよッ!!

アンタは単に馬鹿な事も”出来ない”だけの”ただの人間”だッ!!


特別でもなんでもない!馬鹿にもなりきれない中途半端なヤツだ!!

ただ、そうやって力ずくで押し潰して、見下して、馬鹿にして利用する事”しか”出来なかったんだろっ!?

馬鹿は一体どっちだ!?」



今、私の目の前にいる女のやっている事は・・・馬鹿のする事に等しい・・・私はそう思えるのだ。

私の言葉に、火鳥の表情が少しずつ強張り始めている。


「水島・・・調子に乗るのも、いい加減にしなさいよ・・・少し、黙りなさい・・・!」


だが、私は引き下がらなかった。


火鳥と私は、確かにどこか似ていた。

だけど、決定的に違う。違うのは、解っていた事だ。

意識が別の他人なんだから、違っていて当たり前だ。

だけど、火鳥と私は、どこか・・・似ていたのだ。


類似点を見つける度に自分を見ているみたいで…嫌悪と親近感が同時に湧き上がっていたのは、事実だった。



「・・・本当は、誰かに自分を理解して欲しいくせに!アンタが勝手に諦めただけじゃない!

誰にも理解されないって、決め付けて!だから、自分を理解しないヤツを”馬鹿”だと決め付けて、自分の人生から追い出しただけ!そうでしょ!?

それが”賢い選択”だと開き直って!他人に負けてなんかないって言い聞かせただけだッ!

だけど!それは、ただ自分が周囲の人間に何を言われても楽に生きられるから、そうしただけだろ!」



・・・それは、私にも言える事。


他人は私を受け入れず。私もまた他人を受け入れず。

適度な距離を保って、所詮人間なんてこんなもんだ、どうせこうなるに決まっている、と決め付け、全てを諦め、自分の人生から追い出した。


・・・自分の中の本当の気持ちを無視して、楽な方へと生きてきたのだ。




「・・・黙れって言ってんのよッ!」


私の言葉に火鳥の言葉が荒々しくなっていく。



心の中で私は他人に対し、こう思っていた。


こんな人間にはなるまい、と。

コイツより、私はマシな人間だ、と。


他人の嫌な所を見る度に、こうはなるまいと賢くなった気でいた。


他人の表面しか見ていないくせに、私は勝手に人なんて所詮そんなもんだ・・・そう思い込んだ。

他人が内心、私の何を思って言ったのか、知る努力を私はしなかった。


他人から同じ事をされたように。私だって、人間の表面しか、一部分しか見ようとしなかった。

自分の人生から、人間関係の全てを”面倒くさい”の一点張りで追い出した。


たくさんの嫌な他人の一面を知って、私は人間を知った気になっていた。

でも・・・例え、嫌な一面だけを知っているからって、どうだというのか。


その一部分を知っているからって・・・何も、特別な訳ではない。

その一部分を知っているだけの人間は…馬鹿じゃないかもしれないが…”大馬鹿”である可能性は残っているのだ。





「勘違いするなッ!今のアンタは特別な人間なんかじゃないッ!

今のアンタは馬鹿にもなりきれない、ただ人を馬鹿にするだけの!ただの人間だッ!!」




「黙れッ!!」



人間の一面しか見ていないクセに、人間を知った気になって、人間に嫌気がさした私は…いや、火鳥も勝手に”壁”を作り上げた。

こいつらのようになってたまるか、という一心で壁を作ったつもりが…結局は、その壁は弱い自分を守っただけだった。


私は、誰かをちゃんと理解する苦しみを捨て、楽に生きる道を選んだ。


・・・だが・・・

それは、ただ、自分が楽なだけ。何も特別な事ではない。

私はただ・・・自分の楽な生き方を選んだだけ、であって。

女難である彼女達のように胸を張って、同性の私が好きだと言い切ったり、”私はこういう生き方してます!”なんて…私はとても言えない、と自分自身でよくわかっているのだ。

そんな人間が、特別なワケが無い。





「何度でも言ってやるわッ!私もアンタも、特別でもなんでもない!そこら辺を歩いてる、ただの人間と一緒だ!一緒ッ!!」



” バシンッ!! ”


火鳥に頬を思い切り叩かれたが、私は火鳥を睨み返した。手加減なし。無茶苦茶痛い。

それだけ、私の言った事に対し、火鳥の感情が揺さぶられたという事でもある。


(・・・負けてたまるか。)


私も、所詮はただの人間なのだ。

今は他人を理解する事に苦しむ事は多くとも・・・誰かを理解しようとする心まで捨ててしまえば、それはそれで楽で都合の良い人生が送れるだろう。

だが、これはあくまで私の人生だ。誰かを巻き込むとか、利用してまで・・・そんな事してまで楽を得ても気分が悪い。

どんなに考えても、それは変わらない。


誰かを利用し、傷つけて、自分の人生に誰かを巻き込んで、逃げて・・・そこまでして送る自分の人生は、本当に楽なのか?

疑問を感じた時点で、私には・・・それは出来ない。


だから、答えは出ていた。


目の前の自分と似た人間の一面が嫌いなように。

そんな自分になるのは、嫌だから。

もう、これ以上、自分も、こんな自分に好意を寄せてくれる他の誰かも、嫌いになりたくないから。


・・・正直、この呪いは早く解きたいが・・・その為に、誰かを道具のように使うなんて、私にはやっぱり出来ない。

私は、後悔したくない。他人と関わりたくない、とは思えど…ここぞという時は、私の意思を押し通したい。そう思ったのだ。


(負けるもんか…絶対に、負けるもんか…!)


小心者の私でも、意地があった。

目の前の女に負ける訳には、いかない。


「・・・はぁッ・・・はぁッ・・・!」


火鳥は肩で息をしていた。目は動揺の色に染まっていた。

私は、静かに言った。



「もうやめよう…。」

「・・・・・。」


黙って睨む火鳥に、私は声を張り上げた。


「火鳥!私とこんな馬鹿儀式してる場合なんかじゃない!他にも呪いを解く方法がある筈なんだ!

・・・その可能性がある限り、私達は諦めちゃダメなんだと思う・・・!」

「・・・・・・・・・・・・。」


「・・・大体・・・その・・・!やっぱり、お互い・・・ぶっちゃけると!この儀式、やりたくなんかないでしょう!?

私は、やりたくなんか無い!貴女だって、そうでしょう?」


私の言葉を聞き終わると、火鳥は脱力したように溜息をついた。


「・・・・・・うるさい・・・水島のクセに・・・。」


そう言うと、火鳥は両手をブラリと下に下げた。

しかし・・・よりにもよって、”水島のクセに”とはなんだ。全国の水島という苗字の人間に謝れ。

だが、火鳥だってやっぱりそうだったのだ。呪いの為に馬鹿エロ儀式なんかしたくないのだ・・・。


私だって、別に人の事をとやかく言える立場じゃない。

でも、こんな馬鹿エロ儀式で、この呪いを解決しようなんて、やっぱり私はしたくない。



「”儀式やりたくない”で、済んだら、とっくのとうに呪いは解いてる・・・女なんか抱かないわよ・・・!

でも!解けない上に、どんどん酷くなるのよ!?どうしたら良いのよ!」


火鳥の怒声に、少しだけ悲痛の色が混じる。

多分、これまでの女難の日々に火鳥のヤツは精神的に追い詰められているのだ。

半ば自棄になって、今も行動してるんだろう、と私は思った。


その気持ちは解らなくもない。・・・だが、私達は諦める訳にはいかないのだ。

諦めて、馬鹿エロ儀式でどうこうなんて、今は言ってる時じゃないのだ。

自分の気持ちを曲げて、妥協を許せば、何の得にもならず、後悔する羽目になる事を私は知っている。


「火鳥さん・・・とにかく、この縄を・・・」


私が火鳥に再度、縄を取るように言おうとすると・・・。




「どうして・・・。」



私の耳に細い声が聞こえた。

その声の主は、ゆっくりと私が縛られているベッドへ向かってくる。

火鳥が、声の方向に振り向く。



「・・・誰!?」


「・・・どうして・・・。」


その声の主は、先程オートロックの玄関でぶつかった”白いコートの女”だった。

しかし、間接照明で照らされた女性の顔を見ても、私が知らない女性に変わりは無かった。


「・・・雪・・・?」


・・・だが、火鳥は知っている人物のようだ。

”雪”と呼ばれた女性はフラフラと不気味な足取りで、こっちに向かってくる。


「どうして・・・貴女みたいな人が、どうして・・・どうして、火鳥さんなんかと・・・。」


そうボソボソ話しているが、それは私に向かって話しかけているのだろうか?

”どうして、こうなったのか”は、こちらが聞き返したいくらいだが・・・。


そして、もうこうなっては、誰でも、どうでもいいから、とりあえず、この縄とベルトも解いていただきたい。

明らかに怪しい雰囲気がするのだけれど、それでも私は頼まずには、いられなかった。


「あ、あの・・・とりあえず、コレ取ってもらえませんか!?」


私の言葉に対し、火鳥は私をチラリと見るだけで黙って私の上からそうっと降り、雪という女性から距離を少し取った。


そして女性は俯いて黙ると、小さな声で私に言った。


「・・・それは出来ません。」

「え、ええ!?ど、どうして・・・!?見て解らないんですか!?私は今・・・」


もうちょっと、ちゃんと見て!!私は今、物凄く解り易いまでの監禁状態ですよッ!?


「・・・解っています。・・・正直、解りたくもなかった事ですけど・・・でも、私は・・・火鳥さんのモノだから。」


そう言って、白いコートの女性は後ろに手を回したまま、ゆっくりとこちらに近付いてくる。


「雪・・・どうして、ココにアンタが・・・!?」


一体どうしたのだろうか・・・。何故か、火鳥に焦りの表情が浮かんでいる。


「・・・・・・火鳥さんのしたかった事って、これなんですか?」

「あ・・・アンタには、関係の無い事でしょ・・・!?」



・・・会話を聞いている限り、白いコートの雪という女性は、火鳥の顔見知り・・・いや、女難なのだろう、と私は思った。



「そうですか・・・でも、その女がいるから、火鳥さんは苦しんでるんですよね?あんな真似までして、悩んで、苦しんで・・・。」

「な、何を言ってるの?・・・それに、アンタ・・・一体いつからアタシの部屋に入って来たの・・・!?」


ごめん、火鳥・・・それは多分・・・私のせいかもしれない・・・。と心の中で謝る。


「私、火鳥さんの為なら・・・私、なんでもしますよ?どうして言ってくれなかったんです?

よくは知りませんけど、儀式?そう、その儀式の相手だって、なんだってします。その人より、私はやる気はあります。

火鳥さんに全てを捧げたっていい!・・・だから・・・!」



そう言うと・・・彼女は、スッとナイフを取り出した。


(・・・ゲェッ!?きょ、凶器!?)


私は心の中で絶叫した。


「・・・雪、アンタ・・・一体、何をしようとして・・・!?」


火鳥の問いに雪という名の女性は答えなかった。

私をただ睨みつけたまま、彼女はナイフを握る手に力を込めると悲鳴に似た叫びを発した。




「火鳥さん!今すぐ、その女から・・・離れて下さいッ!!!」




間接照明の光が彼女の持つ、それに当たりギラリと光る。彼女の視線は、私に対し敵意剥き出しで睨みつけている。

彼女と目が合い、私の全神経が警告を告げ、冷や汗がジワリと出てきた。







(・・・マズい・・・この状況・・・凄く・・・マズい・・・!!)




私は身動きが出来ない上、ナイフを振りかざす女が真っ直ぐ私の方向へ向かってくる。

・・・この女、私を・・・あの女の標的は・・・私だ!私を刺す気だ・・・!!






”・・・バラバラバラバラ・・・”




「・・・ん?」


ヘリコプターの音らしき轟音が近付いてくる。

その音はどんどん近付いて、やがてハッキリとヘリコプターの音だと解った瞬間、ヘリのライトが私達のいる室内を照らし出した。


その眩しさに、私は咄嗟に目を瞑った。


「・・・眩しっ!?」

「きゃあ!?」

「な、何!?ヘリコプター!?」



そして、次の瞬間――



”・・・ガッシャーン!!”



ヘリコプターの轟音の中で聞こえたのは、ガラスの割れる音だった。



「「ぎゃあああああああああ!?!?!?」」


窓に近い私と火鳥は悲鳴を上げた。

飛び散るガラス片に、ヘリのライトが反射して余計眩しい。そしてヘリの音が、より迷惑なほどクリアに部屋中に届く。


そして、ガラスが割れると同時に、一人の人物が転がるように受身体勢で室内に入ってきたのを私は薄目で確認した。


(・・・だ、誰・・・!?)


突然の出来事に私は声も出せず、ただ部屋に入ってきた人物を薄目で確認しようとした。

黒いライダースーツに黒いヘルメット、体のラインを見る限り・・・多分女性であり、物凄〜い不審人物である事は間違いない。


「・・・はあっ!」


その人物は更に軽快な動きで、今にも私を刺しそうな女性からナイフを蹴り飛ばした。


「きゃあッ!?」


ナイフは、部屋の隅へと飛ばされた。


「・・・な、なんなのよ!?なんなの!?何したの!?水島ッ!!」

と火鳥は私に聞くが・・・


「知るか!私に聞くなッ!私にだってわかるかーッ!!」

私にだって、状況整理が全く出来ちゃいない。


拘束されるわ、刺されそうになるわ、外にはヘリがいるわ、ガラス破って不審人物は入ってくるわ・・・!



もう無茶苦茶だ!!



「ふう・・・待たせたわね!!」



ライダースーツの不審人物の女性が、立ち上がり、片手を挙げて、馴れ馴れしくそう言った。



「・・・・・・・誰?」

今度は私が火鳥にそう聞いたが・・・


「アンタが知らないのに、アタシが知るか!」という返答が返って来る始末である。



「・・・お久しぶりね、水島さん・・・全てを許して、貴女の元へ帰ってきたわよ!」



そう言って、ヘルメットを取ったその女性の声には聞き覚えがあるような・・・・・・そして、その顔は・・・


「え゛・・・!?」


私は、驚きで言葉を失った。

その顔は紛れも無い・・・『影山素都子』、もとい・・・す・・・『スト子』――ッ!!!!

 ※注 詳しくは「水島さんは監禁中。」をご参照ください。


何もこんな時に再登場しなくとも良かったのに・・・!そして、なんという登場の仕方か・・・!

いや、もう色々ツッコミたい事が多過ぎて頭がパンクしそうだ!!

・・・いや、ある意味、スト子のおかげで助かったと言えば、助かったのだけれど・・・でも、やっぱり会いたくなかった!!



私は、その顔を認識するなり悲鳴を上げた。




「い・・・いやああああああああああああああああ!!!!」



「うるッさい!!女一人に何よ!!」


火鳥のツッコミも私には届かない。


状況は、未だ最悪と言っても過言では無い。





更に残酷な事に時間は進み、クリスマス・イヴが終わるまで、あと1時間を切っていた・・・。




 → 次のページへ進む。

 → 前のページへ戻る。