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家に帰って、スーツを脱ぎ、お風呂につかり考えた。

晩ご飯を作りながら、考えた。

晩ご飯を食べながら考えた。

洗い物をしながら考えた。



私なりに色々考えた。

そりゃもう、色々と。



全ての元凶は、呪われている私の呪いのせい。・・・つまり、私のせい。

私に関わる人々が、私に対して、嬉しくもないのに、好きだのなんだのややこしい想いなんか抱くのも、呪いのせい。・・・つまり、私のせい。


それでも・・・。


『・・・あたしは、今の自分の気持ちが、アンタの呪いの産物だなんて・・・認めないから。』


認めない、とあそこまでキッパリと言われてしまっては・・・なんというか・・・こちらもコメントに困る。


だって、実際、呪わてるんだから。

変えようのない事実なんだ。


呪いのせいですよ!貴女の好きって気持ちが生まれたのは!本来は、私なんか好きになる筈無いんですよ!


・・・って、どうして私はハッキリ言ってやらなかったんだろう。

こういう所が、火鳥曰く、私の”弱い所”なのだろうな、と肩を落とす。



『たとえ、呪いのせいだとしても・・・その人達の想いは、真剣なのよ?

その気持ちを無視して、逃げてしまうのは、あまりにも失礼なんじゃない?』


・・・私は、その後、その真剣な想いというヤツを目の当たりにした。

いつもなら、ややこしい!面倒臭い!嫌!とスッパリ切り捨てたい所だし、それが私らしいのだが。


・・・今の私は、何故か・・・何かに迷っていた。


自分の部屋で、自分のベッドの上で何度も寝返りをうって、考えた。

一体、何が私の心の中に引っ掛かっているんだ・・・。

いつものように、スッパリと面倒臭い、ややこしい、嫌だ、逃げよう!と結論を出せば済む事なのに。


誰かの真剣な気持ちというヤツに答える気は勿論、私には無い。

真剣な気持ちに対して、私はその答えとなる気持ちを持ち合わせてはいないのだから。

バレンタインに気持ちのこもったモノをいただいたとしても、私はそれ相応のモノなんか用意できないし、したことがない。





(でも、そういう気持ちを持ち合わせていないなりにも・・・私だって、何かしなくちゃいけないんじゃないだろうか。)






・・・・・・・・・・・・・・・・・。





・・・・・・・・・・・・はっ!?




思わず、私はベッドから起き上がって、頭をかきむしった。



い、今・・・私は、心の中で何を呟いたッ!?

ち、違う違う!そんなの違う!

今のキャンセル!!無かった事にして!!!

良かった・・・私、Twitterやってなくて本当に良かった!(すぐ炎上しそうだし、フォローとか色々面倒そうだから、やる気全くないけど。)


いや、そんなコトより!!!


(私・・・人付き合いごときで・・・こんなにも悩んで・・・事もあろうか、他人に何かしようと考えてるッ!!)


私は、そのままベッドの上で四つん這いになって、うなだれた。

ぼふっと枕に額をつけて、深い深い溜息をついた。




どうしたら、バレンタインデーという魔の一日が、最も良い一日になるのだろう。



もう一度、考えた。わからなくて、困っていた。




私は当初、全力で女難から逃げようと思っていた。




だけど、逃げるという選択をしても、何故か憂鬱で、嫌な気分が広がるのだ。

私はそれを、逃げなくちゃいけない、という義務感から生まれるものだと思っていたが、どうやら違うようだ。


逃げたら、多分・・・私は、その日一日分の嫌な思いを背負うという気がしたからだ。

それは、二度とやり直しはきかない。時間は絶対に戻っては来ない。


だから、私は・・・どうしたらいいのか、をひたすら考えた。




・・・二度目の結論が出た。




「・・・よし。」






いつも通りの朝。

普通のOLの私は、いつも通り出社した。


今日は、バレンタインデー当日。


身体の調子は・・・絶好調。

念の為に、栄養ドリンクも服用した。


今の私に必要なのは、体力と気力・・・それから・・・。


「どうぞー!皆様、是非ご利用下さーい!」


甲高い声が耳に届き、私は自分の世界から、ハッと返る。


駅前に着くと、ピンクの制服を着た女性がピンク色の小袋を配っていた。

バレンタインデー当日に配るものといったら・・・中身は、おおよその想像はつく。


(朝から、よくやるよ・・・)と思いながら、ピンクの制服の女性の横を通り過ぎると。


「あ、どうぞ!」

「・・・あ、どうも。」


勢い良く目の前にサッと出されてしまい、私は咄嗟にそれを受け取ってしまった。

街角のチラシやティッシュ等も、こんな感じで私はとりあえず受け取ってしまう。

ピンクの小袋の中身を確認する事もなく、小袋をバッグに無造作にしまうと、私は電車に乗る為に先を急いだ。



・・・妙な緊張感。


それもそうだ。去年の私は、ただバレンタイン集金に金を投資しただけ、だったからだ。

こういうイベントに参加・・・いや、強制参加しなければならない、というのは、やはり気持ちの良いものではない。


・・・頭痛が止まない。私に女難が来ますよ、と朝から私に告げている。


(・・・そんなの、わかってる。どうせ知らせるなら、直前になってからで良いよ。)


私が心の中でそう呟くと、女難のサイレン・・・頭痛は、スッと消えた。

以前は、女難サイレンも自分に具わった力とは思ってもいなかったし、ただサイレンが現れるたびに動揺し、振り回されていた。

だが、今は不思議と落ち着いて、力のコントロールも出来ている、ようだ。

本当に、ロクな能力じゃないな、と自分でも失笑してしまうが、生かすも殺すも・・・後は、私次第。


私が願うのは、一つだけ。


今日を笑って終える為に・・・出来る限りの行動する。それだけ、だ。

城沢グループ本社ビルが見えてきた。



・・・という所で。



”・・・チクン!”


お馴染みの頭痛。

慌てる事は無い・・・ただ、私は・・・嫌な気配の方向に、振り向いて・・・そして、目標を発見する。


「・・・み、水島さん・・・。」

「花崎課長、おはようございます。」


私は、企画課の花崎課長に朝の挨拶をして、軽く頭を下げた。


「あ、お・・・おはよう、水島さん・・・ええと・・・あの・・・。」


花崎課長は、企画課の鬼と呼ばれた彼女らしくなくモジモジしながら、しきりに鞄の中から何かを出そうとしている。


(早速来たか・・・。)


・・・その”何か”は、薄々わかっているだけに、私は少しだけ目を逸らした。



―― 逃げるなら、今しかない。



もう一人の私が囁く、と同時に、無意識に利き足が少しだけ後ろに下がる。

(・・・いや、待って!私の足!・・・くそ、本能的に逃げる癖がついてる・・・!)

グッと踏ん張って、私なりに頑張って、後退しようとする足を止める。


すると。


”・・・チクン。”


今度は、後ろから声がする。


「水島さん。おはよう。・・・・あら、花崎さん、いたの?」


朝から、妙に色っぽい声。残念ながら、同性に効き目は無いのだが、私はゾクリとするので、ある意味別の効き目があると言える。

私の後ろに立つ人物に、花崎課長の顔が強張る。


「さ、阪野、さん・・・!」


そう、秘書課の阪野詩織である。

まるで、宿敵を見つけたかのように、花崎課長は目を細める。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


無言の睨み合いが続く。私を挟んで、女同士の火花が散っているような気がするが・・・。

・・・ビジネス街の真ん中で、私は一体何に巻き込まれているのだろうか。


「・・・あの。」


手を挙げて、一番先に発言をしたのは、私だった。


私を見て、2人は慌てた。

「あ・・・ご、ごめんなさい。水島さん、出勤途中で呼び止めてしまって。」と花崎課長が謝る。

「ごめんなさい。あの、私はただ、渡したいものがあって・・・」と阪野さんが謝りながら、鞄から何かを取り出そうとする。


その”何か”は、今日が今日だけに、薄々わかっているのだが、私はあえて、先手を切った。


「・・・お2人には、いつもお世話になってます(?)ので・・・。」


社交辞令を口にしながら、私は鞄から、スッとそれを出した。


「・・・どうぞ。」


そう言って、私が赤い箱を取り出し、2人にそれぞれ差し出すと、2人はぽかんと口を開け、私と赤い箱をそれぞれ二度見した。

・・・いや、3度見して、ガン見した。

・・・・・・いや、そんなに見なくてもいいだろ、と私は心の中でツッコんだ。

しばらくの間の後、二人は声を揃えて

「「え・・・?」」

と聞いた。

「・・・どうぞ。」

と私は、答えた。


「「え・・・?」」


なんだ、その”え・・・?”は。

どうぞって言ってるんだから、もらってくれよ!!


「ど・・・どうぞ。」


いや・・・自分でも、もう少し愛想の良い言い方か、何かでちゃんと手渡せたらスムーズなのに、と思うのだが。

『となりのトト〇』でサツ〇に傘を手渡そうとする、カン〇じゃあるまいし・・・。

慣れない事で、顔や身体中の筋肉が強張って引きつるわ、手は震えるわで、それどころではない。


「「私に?」」


二人揃って同じ事を確認するので、私は間違いありませんと無言で首を縦に振る。


そして。



「ぎ・・・義理ですからねッ!!」


と言いながら、私は早歩きで2人から離れた。



「「・・・・・・・・・。」」


そんな私を2人は、やはり無言でポカンとした表情で見ている。



私はたまらず、遂に走り出した。


う、うわああああああああ!や、やっちまったあああああああああああ!!!

恥ずかしい!!!

自分で自分が恥ずかしいッ!!!

特に最後の台詞が恥ずかしいッ!もう喋りたくないッ!


一体、どこの世界のツンデレなんだ!?私は・・・ッ!!!

リアルのツンデレなんて、イタくて見られたもんじゃねえぞッ!大体、私はツンでもないし、デレてもいないッ!断じて、デレてないぞ!!


そうだ!これは、”いつもお世話になってます”って意味なんだからねッ!社交辞令の塊なんだからねっ!!


・・・って!だから!私は、ツンデレじゃねえんだよ――ッ!!



そう。


私は・・・女難チームの彼女達に”日頃の感謝の気持ち”というヤツを、形にして手渡す事にした。

あんなに心の中で馬鹿にしていた、バレンタインに便乗する事にしたのだ。


火鳥が聞けば「アンタ、馬鹿じゃないの?とうとう狂った?」と呆れるに違いない。


確かにそうだ。


私は、誰とも関係を深めようなんて思っていないのだし。

一方的な好意に対し、応える必要なんて私には無いのだ。

大体、その好意は呪いのせいで私に向いているだけ・・・なのだし。


だけど。


私なりに考えた。


彼女達にお世話になった(お見舞い等)のは、事実。

今日はバレンタインだから、という変なモンが付いているから、妙な事になるのだ。


今日は、只の平日である。(バレンタインデーである事を除いては。)


そして、この贈り物は、只の私の”お礼の気持ち”だ。

あくまでも、社交辞令の気持ちで!私は、他人にお礼の気持ちを形にして、特別でもなんでもないモノを贈る!!


・・・何故、そんな事をする気になったかって?


ただ、女難から逃げるなら、いつもやっている事だし、それが私にとっても最良の策だった筈だ。

それが楽だし、いつもやっている事だった。

だけど、今日、この日だけは・・・ただ逃げるだけの自分が嫌だと感じるようになってしまったのだ。


考え方を変えようと思った。

今日は”平日”で、ややこしい日だと。

そして、そんな平日に、ややこしい女性が、これまたややこしい感情を抱えてやってくるに違いない、とはわかっている。


だけど、ややこしい事になっている全ての原因は、私の呪いのせいなのだ。

彼女達は、そのせいで私に一時的に気持ちが向いているだけに過ぎない。


・・・のだが。


『・・・例え、何かの影響を受けて作られた感情だとしても、よ?・・・あたしは・・・好きになったことを後悔なんかしてない。』



・・・こんな話を聞かされてしまっては、私だって全否定しようがない。

人を心から好きになった事なんか無い私には、理解は出来ない。


なにより、ここまで他人に自分が想われてるなんて自覚が無かった。


火鳥なら、関係ないわの一言で済ませてしまいそうだが、私は海お嬢様の決意の目を見てしまっている。

私が今まで触れてこなかったし、見ることも拒んでいた、人間の感情が凝縮された強い眼差し。

それが、私に対する好意なのだから・・・余計、どうしていいのかわからなかった。


火鳥の言うように、その気が無いのなら、それなりの態度を示さないと彼女達に”脈がある”と勘違いされてしまうだろう。

脈は、ない。私が保証しよう。

だけど、私は彼女達に一応、顔見知りだし、お世話になっている事もある。

彼女達の想いに釣り合うモノ、気持ちに応えられるようなモノは・・・

さすがに、あげる事は出来ないが(ていうか、あげるとしたら18禁的な展開しか待っていないような気がするので、嫌だ。)

社交辞令程度のお返しなら、何の問題も無いだろうと判断した。

まさに、烏丸女医の正論、そのままである。・・・最初から、こうすれば呆れられずに済んだかもしれない。

まあ、済んだ事は置いといて。

彼女達、さすがに貰ってばかりも、いられないし・・・無碍に断る度胸も私には無いからだ。

火鳥に言わせれば、そこが、お人好し・・・というか、気弱な私の考え方、と言った所だろう。



とにかく、今日だけは、ただ逃げてしまう行為に徹してしまうと・・・嫌な気分になる、ような気がした。

前よりも自分が嫌いになるような気がした。

嫌気に包まれて、そのまま押し潰れそうな気がした。

今日が特別でとても嫌な日だと、わかっているだけに、だ。


ただ・・・・・・この社交辞令プレゼントを与えた隙をついて・・・私は、ややこしい女難トラブルから逃げるッ!!!!


 ※注 結局は、逃げる水島さん。



毎年・・・何故か、ソワソワする男性社員の横で、私も揃ってソワソワしていた。


(・・・あ・・・ああ・・・・あああ・・・。)


ドラゴ○ボールで、敵の圧倒的な強さを感じ取った悟○か、ピッコロ〇魔王みたいに、私は動けずにいた。

黙って、机のキーボードを見つめているだけ。

指はいつものように動かず、視線はただ空中を泳ぐ。


な、なんだ・・・この緊張感はなんだ・・・!?


これが今の今まで、バレンタインデーという行事を、全て人任せにしていたツケか・・・!!

同僚に・・・たかが、同僚に、友チョコならぬ社交辞令の贈り物をするだけなのに、何故心臓がこんなにもバクバクと・・・!!


「・・・水島さん?」

「・・・ハッ!?」


振り向くと、後輩の門倉さんが心配そうに私を見ていた。


「・・・あの、顔色悪いですけど、大丈夫ですか?仕事溜まってますけど、手伝いましょうか?」

「あ・・・門倉さん・・・!」


聞きなれた声。

・・・これは、チャンスだ!


「・・・あ、あのッ!そーいえば、これぇッ!どうぞッ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



・・・しまった。全体的に、声が裏返った・・・!!

致命的なミスを犯してしまったが、発してしまっては後の祭り。仕方がない・・・。

私は震える手で、門倉さんに”友チョコ”の類に属するモノを渡した。


「え・・・これ・・・?」


門倉さんが、私と私が手にしているモノを見比べている。・・・それは、とても意外なのか、何度も。


「いわゆる・・・・と・・・友チョコです!!!」


私は、力強くそう答えるしかない。

そして、それ以上追求しないでくれ!頼む!後生だから!!”友”のチョコって事にして!!

私はフラリと立ち上がった。


「あーそーいえばーコペー(コピーの間違い)・・・とってこなきゃー。(棒読み)」


ああああああああああああ!!


・・・・・・もっと演技力を磨くべきだし、台詞噛むな!と自分で自分にツッコミを入れたくなるが、今はこれが精一杯!!!(泣)

私は、門倉さんにモノを渡して逃げた。


・・・逃げている途中で・・・思った。


これって、いつもと変わらないんじゃないかしら・・・いや、いつも以上に状況を酷くしてはいないかしら・・・と思ったが

もうやってしまった後で何を思っても無駄というモノ!

一度決めてしまった作戦は実行して、私は後悔のない一日を過ごすのだ・・・そう決めたのだ。


とにかくモノを渡して、そして、早足でその場から逃げる!!

・・・だって、もうそれ以上どうしていいのか、わからないんだもの!!


はにかむ、とか会話をたしなむとか、そんな高等技術、絶対無理!!!!!


※注 水島さんは人嫌いで、人付き合いが苦手です。モヤモヤするでしょうが、どうか、ご理解ください。



心のどこかで、ただの自己満足なんじゃないかって問いも何度も浮かんだが、私は友チョコを配った。


とにかく、昼休みの間中、声をかけて私は友チョコを手渡した。事務課の皆様に、だ。


こんなの私じゃない・・・と思いながらも、私は配った。


しかし、これはあくまで感謝の気持ちである。他意はない。


身体中の筋肉が強張る。

しんどい。

もうやめたい。

帰りたい。


身体に、かゆみがでてきた。

ゾンビになるんじゃないか、と思った。

そして、ハリウッドのゾンビは動きすぎじゃないか。・・・あ、それは関係ないか。






・・・とにかく、予想以上にしんどかった。

事務課の全員に私は、自分の感謝の気持ちとやらを形にしたモノを配り終えた。

他人にとっては、『ああ、これね』程度のつまらないモノだ。

だが、初めてそういうモノを配る私にとっては心臓がいちいち爆発しそうな思いで一杯だった。

緊張と愛想笑いの連続で、満足に仕事にならないまま・・・私は、目の前の仕事を片付けて、就業時間を迎えた。



(緊張感にまみれて、いつも以上に疲れた・・・。)



仕事を終え、自分のロッカーを見ると・・・。


「あ・・・。」


私のロッカーの前には、名前の書いたメッセージカード付きの箱が何箱か置いてあった。


「花崎課長・・・。」


”お疲れ様。機会があったら、また飲みにでも行きましょう。”


真面目な花崎課長らしい文面だ。

ハートや星型のチョコレートばかりだ。・・・意外と乙女、なのかな・・・。


「阪野さん・・・。」


”今朝はありがとう。とても嬉しかったわ、良かったら今度デートでもしましょうね。後悔させないから。”


高級チョコレートはらしいとは思うが、何故かメッセージカードにキスマーク付き。

阪野さん・・・お礼は嬉しいのだが、何か危険を感じる・・・。


「門倉さん・・・。」


”お疲れ様です。友チョコありがとうございます!水島先輩、これから、もっとよろしくお願いします!”


後輩らしいメッセージだ・・・が、”もっとよろしく”ってどういう意味かな・・・。

ポッキーをデコレーションしたらしく、なんだかブッ太くて食べにくそうなポッキーだったモノが見える。


「・・・君塚さん?」

・・・誰だっけ?


”お疲れ様です!友チョコありがとうございました!今度お昼一緒に行きましょうね!”


・・・あくまで、友チョコ作戦は、今日だけの行為だから、一緒にお昼はお断りだけど・・・ホント、誰だっけ?

えーと・・・・・・・・・ま、いっか。


「・・・やれやれ・・・。」


私は苦笑しながら、鞄に彼女達のプレゼントを仕舞い込むと、着替えを済ませて、とある目的地に向かって歩き出した。


覚悟していたのに、あっさりとしたものだった。

この日を迎えたら、もっと女難トラブルがあるんじゃないかと思っていたし、逃げる準備もしていたのに・・・。

あの、頭痛はあった・・・正確に言うと、3回ほど新しい女難の縁をブチ切ったのだが。それはまあ、置いといて。


真っ直ぐ家にも帰らず、私は街を歩いていた。


「ええっと・・・。」


私には、どうしても、この日の内に済ませておきたい事があった。


「あ・・・。」

「・・・あら。」


目的地に向かう途中の歩道橋で、私は目的の人物に遭遇した。


烏丸 忍 女医である。


「・・・こんな時間にウロウロしていて、いいのかしら?」


子供っぽい笑顔でそう聞いてくる烏丸女医。


「・・・えーと、今は、頭痛も無いんで。多分・・・ええっと・・・」


頭痛はさておいて、私は端的に答えて、鞄の中身を探った。

私のプレゼントの包装紙は、少しツルツルしているので手触りで解った。

それを取り出し、私は烏丸女医に渡した。


「・・・コレ。いつぞやはお世話になりました。あと・・・」


更に一歩踏み出し、それを烏丸女医に突き出す。


「あと、アドバイスありがとうございます。とても、参考になりました。」


私は、皆に配ったソレと同じモノを烏丸女医に手渡した。


「・・・水島さん・・・みんなにお返し、したのね。貴女は、そういう人だと思ってたわ。開けていい?」


私の表情で解ってくれたのか、烏丸女医は微笑み、それを受け取ってくれた。


「どうぞ。」

「・・・ハンカチ。」


烏丸女医は中身を見てそう言った。

無難すぎる品だと、誰もが笑うだろうと思う。


「・・・ふうん、センス良いじゃない。」

「・・・ですかね・・・?」


勿論、全員同じデザインじゃない。

これでも、私なりに頭をフル回転させて精一杯・・・一人一人、イメージや好みを考えて購入したのだ。

万が一、センスに合わなかった時は、添えた小さなチョコレートで許してもらおうという二段構えだ。


「・・・じゃあ、私も。」

「はい?」


烏丸女医は鞄を探って、タバコの箱を取り出した。

歩道橋でタバコとは、またこの人は・・・と思ったが、なんだかタバコにしては短い。


「やあね・・・シガレットチョコよ。」

「は・・・?」


「ホラ、せっかくのバレンタインだから。」

「・・・忍さん・・・。」


せっかく、の意味がわからない。

そのせっかくの日に、私は精神力を削って逃げてきたのに。


「ああ、またそんな顔して。こういうイベントも少し視点を変えて、楽しまなくっちゃ。

糖分は摂りすぎなければ体に良いのよ?深く考えちゃダメよ。」


そう言って、烏丸女医はニッコリと笑いながら、私に一本どうぞとタバコの形をしたチョコレートを差し出す。


・・・深く考えないで、か。


今日は色々あって疲れた。これは単に、その疲労回復のアイテム。・・・という考え方はどうだろう?いや、なんか無理矢理捻り出した感じがする。

もっと単純に。バレンタインだの、恋だの、なんだの余計な事を考えないで、このチョコレートを受け取るには・・・

私は一本取って、それを見つめながら言った。


「ああ・・・これって”友チョコ”ってヤツですよね。」


私は、そう言って、シガレットチョコを受け取って一本咥えた。


「・・・え?あー、そうそう。それそれ。」


口に甘いタバコの形のチョコをくわえた私に対し、烏丸女医は右手でタバコを取り出し、縦に揺すって、一本飛び出たタバコを口でくわえた。

・・・そういえば、さっきから気になっていたのだが・・・烏丸女医は、先程から左手を白衣のポケットに突っ込んだままだ。

タバコを取り出す時も両手を使えば良いのに、右手だけ使っている。

なんだか、いつもの彼女らしくない仕草で、少し不自然な印象を受けた。


「・・・水島さん。」

「ん?」


シガレットチョコを咥えた私に向かって、烏丸女医が後ろを向くように顎を動かす。

振り返って私は小さな声を出す。


「・・・あ・・・。」


まさか、今日、会えるとは思えなかった人物だった。


「・・・海ちゃん!?」


今日は大学の講義で会えない、筈だった。


「・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」



私と烏丸女医を交互に見比べた後、海お嬢様は何故か後ろを向いて、立ち去ろうとした。

ちょ・・・ちょっと!!


何故、微妙な空気を残して去ろうとする!?


「あ・・・!待って!!」


咄嗟に海お嬢様の手首を掴んだはいいが、私は口をパクパクしたまま動けなかった。


(ええと・・・なにか、なにか・・・!)



海お嬢様には、一番始めに友チョコを貰ったのだから、お返しをしなければならないのに。

確か、女難の人数分だけ用意した筈なのに、出てこない。・・・というか、無い!?


鞄をあちこち探って私は、今朝、駅前で貰ったピンクの小袋を取り出した。


(あ、これでいいか・・・。)


「・・・海ちゃん!コレ!」


そう言って乱暴にピンクの小袋を突き出すと、海お嬢様は動きを止めて少し驚いた。


「な、何よ!?」

「えと・・・友チョコ・・・・・・の類です・・・。」


素直に数日前に貰ったチョコレートのお礼だと言えば良いのに・・・!


「・・・何?コレ。」

「えと・・・あの・・・日頃の感謝の気持ちというか・・・」

「つまり?」

「い・・・”いつも、ありがとう”って意味で・・・。」

「・・・よーし。」


なんなんだ・・・!ペットと飼い主の会話か・・・!


「さあ・・・今朝、何かの試供品だと言われて貰ったんですけど・・・今配るといったら・・・」


そう、今配るといったら、きっとチョコレートの類と決まって・・・



「ああ、そっか・・・開けていい?」

「どうぞ。」





”ガサ・・・。”











海お嬢様の持つ、ピンクの小袋から出てきたのは・・・








『生理用ナプキン昼用。(羽根付き)』








「「「・・・!!!」」」




さ・・・



最低ー!!

私、最低ー!!!




今日で一番最低―――ッ!!(恥)





どこに友チョコに生理用ナプキンあげる女がいるのよ!ここにいるわよッ!!チクショーッ!

大体、なんで、バレンタインデーにナプキン配ったんだー!!



「あ・・・ああ・・・アンタらしいわ・・・。もうすぐだし、使えると言ったら使えるね。」


そして、貴女の生理予定日なんか知りたくなかった―ッ!!!


「・・・でも、あたしタンポン派なのよね・・・。」


そんなのだって知るかーッ!!!


「・・・な、何も言わないでください・・・っ!」


とにかく、それ以上フォローされたくない私は、顔を両手で覆って頭を振った。


「・・・ま、アンタらしいけど。」


肩にポンっと手を置かれて、海お嬢様は私を見て微笑んでいた。


「・・・はい・・・?」

「・・・こうでなくちゃ、あんたらしくないわ。」


そう言って、ナプキンを笑いながらヒラヒラさせるお嬢様に私は待ったをかけたい。



「・・・えっと・・・それは、どういう意味でしょうか・・・。」


生理用ナプキンをプレゼントするのが”らしい”女ってなんでしょうか。

色々複雑すぎます・・・。


私がとりあえず、そう聞くと海お嬢様は、私の鎖骨付近に指をトンッと置いて言った。


「・・・正直、数日前”私に好意を寄せている人達は、かわいそうな人だと思います。”なんて聞いた時は、その場でブン殴ってやろうかと思った。

挙句、呪いだのなんだの・・・一体、コイツ人の想い、なんだと思ってんのよってね。

人嫌いだってのは知ってたけれど、ただ好きなだけなのに”かわいそう”なんて表現されたら、ムカつくでしょう?」


「あ・・・。」


「でも・・・それでもね・・・あたし、ブン殴る事出来なかった。水島に嫌われるの怖くて。・・・だって、水島の事、好きだから。

ただね・・・”かわいそう”だなんて思って欲しくないの。

コレといつもありがとうって台詞が聞けただけで、マヌケな程、あたしは十分幸せなワケ。」


そう言って、ナプキンヒラヒラさせて子供っぽく笑うお嬢様。


「ま。呪いだろーとなんだろーと、関係ないわよ。・・・・あの・・・まあ、嬉しいもんは嬉しいってヤツ。」



怒ったような表情が不意に緩み、私は思わず聞いてしまった。


「・・・ホントに・・・?」


私なんかのプレゼントで喜んでくれる人は、いるのか?

私は、今日一日をより良く過ごせたのだろうか。



「な・・・なによ・・・疑うの?」

「疑ってます。」


はっきりとそう言うと、海お嬢様はボソリと言った。


「・・・鈍いヤツ・・・。」


そう言って、私の後方に立つ烏丸女医をチラリと見たかと思うと、私のスーツを引っ張り・・・





・・・唇に、キスをした。





「・・・嬉しいに決まってンでしょ。馬鹿。」


聞こえるか聞こえないかの小声で呟かれる。


「あ・・・・・・・・。」



私は抗議の声も無く、脱力した。




「・・・そこの人、水島は渡さないからね!」


海お嬢様が不意を付いて烏丸女医に戦線布告をした。

・・・が、私は突然のキスに呆然として、上手く動けない。


「え?私?あ、はいはーい。」


遅れて返事が聞こえ、烏丸女医には迷惑をかけたな、と私は内心げっそりする。


もう、人間関係グッチャグチャだ・・・。


海お嬢様は、やるだけやるとナプキンを片手に去っていった。


「あの・・・忍さん・・・。」

「・・・面白い子ね、あの子。」


そんな感想、聞いてねえ!!


「いや、誤解です・・・。」

「貴女は貴女なりに行動した。彼女は、それが嬉しかったのよ。」


・・・そう、なのか・・・?


「いや、あの・・・これで、本当に良かったと思います?」

「・・・その答えは、貴女の中。私は、持ってない。」


そう言われて、私は無言でシガレットチョコを咥えた。

ほろ苦い味が口に広がり、私は言った。



「・・・まあ、マシな方かも。」






少なくとも、金だけ出してた去年より、何かは得ている、そんな感じがした。






 ― 次の日 ―




「・・・どうでした?」

「・・・聞かないで・・・。」


私と火鳥は喫茶店にいた。

2人共、呆けた状態でとても話し合いにはならなかった。


「・・・変なガキに一日中振り回されたわ・・・まったく・・・。」


火鳥はそう言ってはいるが、イライラしている、というよりも、何か悩んでいるような顔つきだった。


「変なガキ?女難ですか?」

「それが、女難じゃないの。アタシに付き纏うのが楽しいみたいで・・・調子が狂う。」


女難以外での縁なんて珍しい。

それにしても、火鳥は、年下に好かれやすいんだな、と思った。


「で、結局バレンタインデーは・・・?」

「あ?そんなの、一日中、あのガキのお守りのせいで・・・・・・あ・・・。」


どうやら、そのガキのお守り以外の出来事以外起こらなかったようだ。

いずれにしても、女難じゃないならいいじゃないか。


黙り込む火鳥に、私は言った。


「・・・無事、防げた、という事で良いんですね?良かったぁ・・・。」

「良かった?」


「良かったじゃないですか。私達、2人共無事で。」

「・・・アンタ、まさか、アタシを友達とでも思ってるんじゃないでしょうね?」


・・・・・・え・・・違うの!?


「きょ、協力者とは思ってますよ!」


咄嗟にそう誤魔化したが、火鳥の視線は冷たい。


「・・・忍はどう思ってるわけ?」

「え・・・?」


何故、今烏丸女医の話題が出るのか疑問だが・・・


「烏丸 忍。アタシの従姉妹。」

「・・・ええと・・・いい人。」


私は正直に答えた。

烏丸女医は人嫌いの私にも理解ある、とてもいい人だ。


「・・・いい人ォ?」

「もしも・・・万が一・・・誰かを友達にしなきゃいけないとしたなら、ああいう人がいいな、と。」


私は、あの日を乗り切り、余裕をブチかましすぎていたのかもしれない。

素直に烏丸忍という人物は、自分の友人に最適だと答えた。


「・・・ふうん、じゃあ、せいぜい現状維持するのね。はぁ〜あ・・・。」


間を置いて、気だるそうに火鳥は答えた。

私は、コーヒーを一口飲んだ。


「水島。」

「はい?」


「15、6の子供って、何が好きなの?」

「私が知ってると思います?」


いきなり何を聞くのか。

しかし、質問を投げかける人物が間違いだとわかると、火鳥は首を2,3回捻り

「・・・悪かったわ。」とだけ言った。



とにかく。


魔のバレンタインデーは過ぎた。


貰ったチョコレートはまだ食べていない。せっかくの貰い物だし、と取って置いたのだが・・・。

皆から、しきりに私のチョコレートを食べていないのか、と聞かれるが・・・

聞かれるたびに怖いので、食べる気になれない。


まあ、こうして、2人共無事だ。

それだけでも、よしとしよう。





私と火鳥はそれ以上、特に会話もせず、私はコーヒーを飲み終えると喫茶店を先に後にした。



私は、何も知らなかった。




「盗み聞きなんて趣味悪いわね。忍ねーさん。」

「聞いてなんていないわよ・・・それに、私が加わると二人の邪魔でしょ?単に同じ喫茶店にいただけよ。」


「それより、左手、気をつけなさいよ。・・・アイツ、アンタを完全にお友達だと思ってるわ。」

「・・・うん。ありがとう。」




・・・私は・・・何も、知らなかった。



・・・何も。




[ 水島さんは逃走中。・・・END  ]


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あとがき


・・・上手くハジケられませんでした!!

火鳥さんの発言の謎は、スピンオフでやる予定です。