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私の名は、水島。
悪いが、下の名前は聞かないで欲しい。
私は今、目を開けた。
ぱちっと瞼が開いた。朝でもなかなか無い、このスッキリとした目覚め。
どうやら、私は眠っていたようだ。
”どうやら”という表現はおかしい、と思うだろうが、私自身もどうして眠っていたのか、眠る前の記憶が曖昧なのだ。
いや、それよりも・・・。
(ここは・・・どこだ・・・?)
どこだ?
ここは自分の部屋じゃない。
目を開けると同時に襲ってきたのは、世界が揺れているような気持ち悪い感覚。
やけに、スベスベした布地の感触を背中に感じる。
記憶が曖昧だ。
私は、とりあえず身体を起こしてみる事にした。
起きて活動していれば、記憶は段々鮮明になってくるはずだ。
(・・・なんだか、すごくだるいな・・・。)
体はダルいんだけど、どこかスッキリした気持ちだ。私は
「・・・どっ・・・こいしょ・・・ぉっと。」
おばさんのような言葉を出しながら、私はゆっくり起き上がった。
(・・・あれ?)
私は、自分の視界の中に入った、自分の姿に驚き、目を見開いた。
何も・・・何も着てない!!
ブラジャー・パンツに至る、下着の類も、一切身につけていない・・・!
素っ裸だ!
素っ裸で、私はベッドの上にいる!
記憶云々以前の問題だ!あまりの衝撃的な光景に、私の目覚めかけた記憶は弾け飛んだ。
(な、なんだ!?一体何が起きた!?ここ、どこ!?)
慌てて周囲を見回す。
でかい窓に、白いレースのカーテン、外は真っ暗だ。多分、今は夜だ・・・正確な時刻はわからない。ここはどこだ!?
白い壁に、大きな裸婦の絵が飾ってある。・・・私に、芸術はよくわからないが、額縁を見る限り、かなり高価そうだ。だから、ここはドコだ!?
暖炉らしきものまである。その上には、金色の置き時計がある。うん、よし!ドコだ!?ここは!!
・・・時刻は、1時・・・?午前1時?・・・時間なんかどうでもいい!ココはどこなんだッ!!
何故か、どんどん背筋が寒くなってくる。
とても、とても、とっっっっても!嫌な予感がして。
それに、さっきから、私が知らない・・・やや強い香水の匂いがする。
香水の匂いの中に少し混じっている・・・生き物の匂い・・・!
知らない。
知りたくない。
知るのが怖い・・・!しつこいけれど、ここはドコ!?
とにもかくにも・・・
「ここは、一体どこだッ!?」
誰に向かって問いかけているのか解らないまま、頭に浮かんだ疑問を口から放つ。
「・・・お目覚めですのね、水島様。」
すぐ傍で声がした。
むくりと起き上がったのは・・・女性・・・!
そのシルエットを見るや否や、誰かどうかもよく思い出せないまま、私は、さあっと血の気が引いた。
何故なら、よく見ると目の前の女性も私と同様、”裸”だったからだ。
裸の女二人が同じベッドにいる。
これだけで、不安を感じない方がおかしい。
「・・・あ・・・あ・・・!!」
私は、動揺のあまり、声が出なかった。
「先程は・・・素敵でしたわ・・・こんな夜は・・・初めて。」
そう言って、女性は汗で肌に貼り付いた髪を意味ありげにかき上げた。
衝撃的すぎる目覚め、今、置かれている、この状況・・・!
なんだか、自分も汗ばんでいるような気が・・・
(ここはどこ!?私は、一体、この女性と何をしたの!?どうして汗ばんでるの!?)
汗ばんだ肌の上から、冷や汗がたらりと流れる。
考えたくは無い。
考えたくは無いが・・・普通に考えたら・・・!
も、もしかして・・・
わ、私・・・
・・・私、とうとう・・・”ヤッちゃった”・・・!?
[ 水島さんは出席中。 ]
「どう?あのお守りの石の効果は。」
「効果はまあまあ、って所ですかね。女難は相変わらずありますけど、命に関わる程のトラブルにはなってないです。
第一、あの祟り神にもまったく遭遇しません。」
「そうね、アタシもそんな所よ。でも、対抗策も無いままの状態で、あのババアには会いたくないわね。」
それは私が素っ裸で目覚める、3日前の昼まで遡る。
私は火鳥に喫茶店『TENUKI』に呼び出され、近況報告をし合っていた。
肌身離さず、お守りの石(諏訪湖産)を持ち歩いている私達。好きで持ち歩いてる訳じゃないが、藁にもお守りにもすがりたい私達。
しかし、効果はあった。・・・ちょっとだけ。
あれから、祟り神達に遭わなくなったのだ。
確認されている祟り神は、寿命の祟り神。そして、私と火鳥に呪いをかけた縁の祟り神の二名。
石一つで、祟り神に妙な勧誘を受ける事は無いし、あの妙な黒い紐が湧き出して、トラブルに発展する事も無い。
しかし、女難は相変わらず。
・・・私と現在進行形で縁の紐で繋がっている女難の皆さんからちょっかいだけは、継続でかけられている。
露骨な命の危機は感じないものの、お守りのお陰でトラブルは少ない方が良い。
不思議な事に、一日が終わる頃、お守りの石は何かから守ってくれたかのように”粉々になっている”のだ。
粉々になった石を見る度に思う。
いつまでも、この擬似的な平和を小石で守り続ける事は出来ない、と。
一見、平和な日々・・・まるで、嵐の前の不気味な静けさのような日々だった。
・・・いや、そもそも女難に遭いまくるのも、本来の私の日常なんかじゃない。
早く、このふざけた呪いをなんとかしなくては。
「でも、対抗策というか、祟り神に関する情報がが無いんですよね・・・専門家は国家権力に捕まってるし。
私達の呪いをかけた祟り神に関して、まったく情報が無いし。」
やはり、今日も愚痴り合うしか無いのか、と私が思った時、火鳥がアップルパイにフォークを突き刺して言った。
「・・・その情報だけどね、神社の写しもそうだけど・・・他にも手に入れられるかもしれないわ。」
「んぐ?」
私がサンドウィッチをぱくりと咥えたと同時に、火鳥が今日私を呼び出した理由を話し始めた。
この地域の祟り神に関する古文書らしき資料が、とある大金持ちの蔵に眠っているらしい、と。
「・・・はあ、金持ちって何でも持ってるんですね・・・。」
金持ちは宝石とか車にしか興味がないんだと思っていたので、そんなローカルでマニアックな資料を他人が持っているなんて正直驚いた。
蒸し鶏と野菜のサンドウィッチを咀嚼しながら、つくづく金持ちは金と余裕を持った生き物なのだ、と思った。
(・・・隣がパン屋だからか、パンが美味しいな。このサンド。)
食パンではなく、噛み応えのあるライ麦パン。・・・ドイツパンかな。
柔らかいパンやもちもち感が持て囃されるパン業界だけど、私はやはりハードな硬さのパンが好きだ。
「・・・顔、綻んでるけど話進めていい?」
火鳥は、サンドウィッチを食べている私に対しそう言うが、そういう火鳥も十分アップルパイで顔は綻んでいる。
この喫茶店に火鳥と来るの、実は5回目だけど・・・注文したメニュー全部美味しいのだ。ハズレ無し。
店名が『TE NU KI』のせいでイマイチ客足が伸びていないのが惜しい所だが、人嫌いの私達にとっては嬉しい限りだ。
料理が何一つ手抜き無しなのが、意外だった。
「金持ちの持っている資料は、どうやら貴重な品らしいの。神社には無さそうな、文化的にも希少な一品。・・・あくまで、噂だけどね。
それだけ古い資料なら、アタシ達の下らない呪いや祟り神に関して何か書かれているかもしれない。」
・・・人嫌いの私達が、この下らない女難の呪いを受けて、もうすぐ一年になろうとしている。
ちなみに・・・作者の感覚でいうと4年以上は経っているらしい。遅筆もいいところだ。だから、どこかの掲示板に文句書かれるんだぞ。
※注 余計な事は喋らないで下さい。ぶっ飛ばしますよ、水島さん。(怒)
火鳥は、コーヒーカップに砂糖をドバドバスプーンで入れ、仕舞いには砂糖の入った容器を傾け、砂糖の雪崩を起こしながら言った。
「・・・で。今度、その大金持ちがパーティーを開くワケ。で、そこに潜入しようって事。」
「はあ。」
(甘党だなぁ・・・)
口の中が甘ったるくならないんだろうか。口の中が粘ついたりしないんだろうか。喉が渇いたりしないんだろうか。
「ちょっと!ぼうっとしてないで、聞いてるの!?」
火鳥のツッコミに私はハッと顔を上げ、答えた。
「・・・あ、はい。あの、それで火鳥さんが、その金持ちのパーティーに行って、資料取ってきてくれるんですよね?」
私の返答に、火鳥は変な顔をして、すぐに呆れたような顔をした。
「・・・何言ってるのよ、アンタも来るのよ。」
一体、何を当然のように言い出すのか!?
「え!?私、城沢グループの事務課の、ただの一般OLですよ!?金持ちと最も縁が無いんですけど!?」
私の脳裏に、煌びやかな世界の中にたたずむ灰色の地味過ぎて浮いている庶民の私がフライドポテトを皿に盛り付けている場面が浮かんだ。
ダメだ・・・私、滅茶苦茶浮く!!
「アンタはアタシの連れって事にして、二人でパーティーに潜入するに決まってるでしょ?人手が多いに越した事ないわ。」
火鳥一人でも十分な気がするが・・・。
私は、ふと思いなおす。
この女が他人に頼み事をするのが・・・なんか、苦手そう・・・。
・・・私も苦手なんだが。
「でも、その大金持ちの人に頼んで、パーティーの最中に”祟り神の資料”なんてマニアックなもの見せてくれますかね?」
私が心配事を口にすると、火鳥は頬杖をつき、不敵に笑った。
「馬鹿ね、水島。見せてもらうんじゃなくて・・・そっくり、そのままいただくのよ。」
「それって、泥棒・・・!」
火鳥は、私の言葉を塞ぐようにスプーンこちらにぴっと向けた。
「嫌ね、拝借と言って頂戴。」
それを、約8割の人間は・・・窃盗と呼ぶのだが。
「だ、だから、泥棒・・・!」
その瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、私と火鳥は月夜にマニアックな資料をもって、屋根の上を駆け抜けるレオタード姿だった。
これじゃ、一人欠けたキャッツ・アイ・・・!!
「まあまあ、話は最後まで聞きなさい。
その金持ちは、パーティーで自分のコレクションを見せつけて、自分の権力を誇示したら、満足して・・・その品をタダ同然で気に入った人間に譲るクセがあるのよ。」
「なんという嫌な金持ちだ・・・。」
正直な気持ちを吐露する私に、火鳥は真剣に話を進める。
「で、今度のパーティーには、例の資料がアタシ達の目の前でこれ見よがしに見せ付けられるってワケ。そしたら・・・」
そこで私はハッと気付き、火鳥より先に口を開いた。
「上手くゴマをすって、その金持ちに気に入られさえすれば、資料が手に入る。」
専門家のストーカーが警察に捕まってしまい、私達は手段を失った。
またとない、祟り神攻略のヒント入手のチャンス!絶対に、なんとしてでも手に入れねばなるまい。
だけど、その手段が・・・窃盗とは・・・!
「ま、そんなトコね。豚をおだてるのはアタシがやるわ。アンタは、とにかく資料の前に張り付いていて頂戴。いざとなったら、アンタが資料盗っ・・・いや、拝借して。」
「・・・今、盗るって言いかけましたよね?」
私のツッコミはともかく。
いくらなんでも盗る事はないだろう。
「金を喰う豚にとって大事なのは、そのアイテムが自分を輝かせるか否か。古文書なんて一回見せびらかせたら、役目は終了。無くなっても困らない。」
火鳥はふふんと笑った。
なんという言い草だ。同じ金持ちでも、さすがは黒い女!豚呼ばわり!!
だが、火鳥は間違いなく、金持ち関係には頼りになる存在。
庶民の私には、てんでわからない世界だからなぁ・・・。
「で、これからアンタのドレス選びに行くから。30分で決めるわよ。」
「え?スーツじゃダメなんですか?ていうか、30分って短い!」
どうやら、火鳥が私を呼び出したのは、単なるパーティーへの誘いだけじゃなかったようだ。
「常識的に考えなさいよ。パーティーには、ちゃんとそれなりの正装して行くの。スーツで行ったら追い出されるわよ?
それに、このアタシの連れなんだから、それなりの格好してもらわなきゃアタシが恥をかくでしょ!」
結局は自分の心配ですか・・・。
「あの・・・でも、私の給料じゃ、豪華なドレスなんて買えないし・・・せめて、ジャ○コとか行きません?」
高いドレスのお代金なんて、庶民の私の財布から到底、捻出できるものではない。
買ったとして、これから先何度着るのか・・・答えは・・・多分、無い。
※注 水島さんは冠婚葬祭イベントを基本的に不参加を貫いている。
私の遠まわしな”高価な買い物はNG”を悟ったのか、火鳥は溜息をついた。
「はあぁ・・・わかったわ、アタシがアンタのドレスを買う。アンタはソレを着て、パーティーに出席する。それでいいでしょ?」
「え?そんな・・・!」
か、火鳥に買ってもらう?なんて気持ちの悪い買い物だ!
「アタシ一人じゃ無理。同じ呪いかかってるんだから、少しは協力しなさいよ。」
「・・・うーん・・・。」
(協力、かぁ・・・。)
これはまた、火鳥の口から、そんな言葉が出るとは驚いた。
素直に一人じゃ無理だから、協力しろとは、初めて火鳥に会った時と比べると随分と柔らかくなったような気がする。
私と同様、火鳥の考え方も少しずつだが変わっていってるのかもしれない。
あの蒼ちゃんのせいだろうか。
やはり、真逆の世界の人間と一緒にいると浄化されるのだろうか。血みどろの魔女と天使が同居だもんなぁ・・・。
※注 聞こえていない所で言いたい放題の水島さん。
あんまり考えたくはないが、火鳥もまんざらでもないんじゃ・・・いや、やっぱり犯罪だ・・・!相手はまだ未成年!
火鳥は、また女に刺されてしまうんじゃなかろうか。他人事ながら心配ではある。
・・・まあ、私は私で、相変わらずの人嫌いの水島を貫くがな!ふははは!
※注 そんな事、誰も望んでいないことに早く気付いてください、主人公。
「じゃ、ドレスはアタシが選ぶからアンタは早く試着して。」
私は、火鳥御用達のブランド店に連れて行かれた。
半ば強引に私は、ドレスを買ってもらってパーティーに出席する事に決まった。
刻々と昼休み終了の時間が迫るが、パーティー開催まで時間が無いので、私は黙ってついて行った。
店に入るなり、見るからに高そうな品がお出迎え。
チラリと見た値札らしきものやプレートには、庶民とは縁のない数字が並んでいる。
(・・・高ッ!一着に給料まるまる・・・いや、それ以上持ってかれる!)
衝撃的な値段に圧倒され、○ャスコの偉大さを知った庶民の私の胸はきゅっと締め付けられた。
そんなお高いブランド店の店員の皆さんは、火鳥を見るなり、一斉に頭を下げ、集まり用件を聞く。
店の中で堂々と振舞う火鳥は、まるでこの店の女王様のようだった。
その女王様の後ろを制服姿の普通のOL(庶民)が歩いてくるのだから、店員は少し驚いたようだった。
入店5分も経たない内に、私は試着室に連れて行かれ、火鳥と店員の一人がなにやら話し始めた。
「水島、はい、コレ。このブランドの新作・・・って言ってもわかんないか。とにかく、ちゃっちゃと着て頂戴。」
「・・・はい。」
とりあえず、訳もわからないまま、火鳥から手渡されたドレスを着てみる。
色は青。なんとなく、水島だから青を選んだ適当感が否めない。
・・・しかし・・・さすが、一流のブランド店。ドレスの質感が、着心地がまるで違う。
しかも、思ったより動きやすい。軽い。・・・これなら、女難が来ても逃げられそうだ。
※注 もはや、服の選び方にまで影響する女難。
そして、鏡の前で背中を確認した私は思わずギョッとした。
「かっ!火鳥さん!も、もう少し露出度の低いドレスありません!?これ、背中が・・・!」
背中がガッポリ開いてる。もう背中が開店状態(?)
「何よ、ゴチャゴチャ言ってないで、いいから見せなさいよ!」
火鳥がイライラしながら、試着室のカーテンを開け、私を下から上、上から下へとじいっと見た。
「うわ・・・結婚式でこんなドレス着てたら親戚の人に睨まれそう・・・あの、これ、本当に大丈夫ですか?」
私の問いかけに、火鳥は腕組をして瞬きを2,3回して言った。
「・・・良いじゃない。それにしましょ。コレいただくわ。」
即決過ぎる!!
「もう面倒臭いんでしょ!?そうなんでしょ!?どうでもいいんでしょ!?庶民の私が金持ちの前で赤っ恥かいても、どうでもいいんでしょ!?」
私は抗議した。もう2着くらい選んでくれても良いではないか!
少なくともこんな背中見せスタイルなんて、私は嫌だ!!
「う、うるさいわね!よく・・・に、似合ってるから!いいからとっとと脱いで、試着室出なさい!」
「そんな、みえみえのお世辞言われても着られないですよ!どうなんですか!?ちゃんと見てよ!」
私はその場で回転し、火鳥に再度問いただす。
しかし、火鳥は見るからに迷惑そうな顔をして言った。
「あー似合ってる似合ってるッ!心の底から似合ってるッ!」
「面倒そうに言うな―ッ!庶民にだってある程度のプライドはあるんだぞ―ッ!」
試着室の前で私と火鳥は口論を始め、店員さんがそれを苦笑いで見守っていた。
「ねえ、火鳥様の連れてきた、あの女の人・・・。」
「火鳥様と仲良いわよね・・・ちょっと妬けちゃうわ。」
・・・そして、スポンサーの火鳥の意見は押し通された。
私は、背中ガラ開きスタイルで・・・もう、女性を背中で誘う女として、パーティーに行かなくちゃいけなくなった・・・。
勿論、火鳥との口論のせいで余計な時間をとられ、昼休み時間はとっくに終わってしまい、その日は残業確定となった。
そして、パーティー当日を迎えた。
「やっぱり、コレ背中開きすぎだろ・・・」
独り言を呟きながら、ドレス姿の私は鏡の前で何度も何度もクルクル回って確かめた。
本来なら、ニップレスを付けるだけなのだと言う火鳥の言葉に、私はどうしても抵抗があり、ヌーブラを買った。
ドレスの下にニップレスだけなんて、やっぱり抵抗があった。
(まあ・・・誰かの前で裸になる訳じゃないだろうけど。)
それでも、背中のスースー感と本来着用しているブラジャーが変わった事で、複雑な気分だった。
約束の時間きっかりに、私の携帯が鳴った。
「あ、もしもし?」
『・・・アタシ。外にいるから。』
携帯電話で呼び出され、慌てて外に出ると、火鳥は黒いリムジンで私の自宅前に現れ、窓から手招きした。
・・・もう、そこからして、私は貧富の差を感じずにはいられなかった。
庶民と金持ち・・・とっても貧富の差がある女難の女二人が、一緒にパーティーに行く。
しかも、目的は古紙回収。
車中で、火鳥は私に最終確認を始めた。
「いい?水島、目立つ行動はしないで、アタシの指示に従いなさい。」
「・・・はい。」
(うー・・・背中がスースーする・・・落ち着かない・・・!)
こんなに背中が開く服装なんて、家にあるタンクトップくらいしかない・・・!
※注 夏は自宅でタンクトップと半ズボン姿で、田舎の中学生のようにカキ氷を静かに喰らうのが習慣の水島さん。
そして、寒い!コートを羽織ってても、まだ寒い!
やっぱり、私は洒落っ気より、機能性重視の女・・・!
「いい?今回、資料を持っているのは、加藤フーズの社長・加藤 健次郎。普段は仕事も出来るし、ビジネスする相手には申し分ない社長なんだけど・・・。
しこたま女癖が悪くて、自分の楽しみの為に財産を費やす傾向があるわ。金にものを言わせて、自分の趣味や女を漁る豚野郎よ。」
「はあ・・・。」
うわあ、嫌な金持ち。これだから、金持ちって嫌なんだよ。最終的に全裸の人間を駒に使ってチェスとかやるんでしょ?もう最低。
※注 お金持ってる皆さんがそうとは限りませんよ、貧乏人。
「自分の娯楽の為なら、投資は惜しまないってやつ・・・まあ、遊ぶだけならともかく、付き合う相手なら願い下げね。奥さんにも同情は・・・まあ、しないわね。」
そう言って、火鳥はリムジンのシートに寄りかかった。
「どうしてです?そんな金使いも荒くて、女遊びもする旦那さんなら、奥さん、さぞ苦労してるんでしょうに。同情というか、かわいそうじゃないですか。」
「そんな男の元に嫁ぐ女にだって、非はあるのよ。それに・・・」
「ん?それに、なんですか?」
私が聞くと、火鳥は口に手をあてて、気まずそうに言った。
「・・・あー・・・その女房って、一度、アタシの女難になりかけた女なのよね・・・。なるべく会いたくないのよ。」
「・・・・・・・。」
現在は未成年に落ち着いた火鳥は・・・不倫寸前までいったのか・・・。
さすが、火鳥~半端なぁ~い。(笑)
「何ニヤニヤしてるのよ・・・!」
「あ、すいません、つい。」
思わず緩んでしまった表情を元に戻し、私は話を元に戻した。
「で、これから向かうお金持ち・・・加藤さんに私達は上手くゴマをすって、気に入られて、祟り神に関する資料を貰えば良いんですよね?」
「そうよ。アンタは誰よりも早く資料を確認して、アタシは加藤にゴマをすって、資料を手に出来る流れを作るわ。
・・・それまでは・・・くれぐれも・・・」
火鳥と私はじっと互いの目を合わせ、頷く。
「「くれぐれも、お互い、女難には遭うな!」」
私達の力を合わせれば、なんとかなる物事も女難が現れたら、何もかも台無しだ。
その後、私達は入念に打ち合わせをし、リムジンはパーティー会場である加藤氏のお屋敷に到着した。
「うわ・・・!」
閑静な住宅街の中に”要塞”がある・・・!
まず高い塀に、門の傍には白い彫像がお出迎え。
門をくぐり、少し道を走る・・・この道も加藤さん敷地内なのだろう。
道の両サイドは広い庭になっていて、手入れが大変そうとしか言えない広さに加え、色んな彫像が所々に置いてある。
これも、金持ちの趣味というものなんだろうか。私には、わからない。
「降りるわよ、水島。」
「あ、はい。」
広い庭の中心に大きな池があり、マーライオンみたいな白い彫像の口から水がものすごい勢いで出ている。
私は、節電ガン無視のイルミネーションで彩られた大きな屋敷を見上げる。
「男一代で築き上げたとはいえ、まあ立派だこと。」
火鳥が不敵に私の隣で豪邸を見上げながら、そう言って進みだし、私はその後ろをついていった。
「いらっしゃいませ。お名前を伺って宜しいですか?あ、コートはこちらで預かります。番号札をお持ち下さい。」
受付のメイド服姿の女性が、火鳥に話しかける。
火鳥は黒いコートを脱ぎながら、さらりと言った。
「火鳥です。こっちは・・・侍女です。」
「誰がだ!同い年でしょうが!」
とりあえず、お決まりのツッコミはしなくちゃ・・・って、なんで他人の豪邸で火鳥と漫才しなくちゃならんのだ!
※注 ツッコミ水島さん、『侍女』と『次女』を間違える痛恨のミス。
気を取り直して、青いドレスの私と赤いドレスの火鳥は、豪邸内を進む。
(広い・・・ここホントに人の住む所か・・・?まるでホテルじゃないの・・・。)
この街に、こんな豪邸があったとは・・・知らなかった。
もっと山奥の広い土地に趣味全開で建っていると思っていたのだが、街から少し離れている程度の静かな住宅街の中にあったのだ。
「ここら辺の土地は昔は安かったのよ。××駅がまだ出来てなかったから。
駅が出来るって噂が立つと同時に周囲の一軒家の土地まで買い取って、ここの家主は自分の納得のいく城を建設できたって訳。」
「へえ~・・・駅一つで値段って変わるんですね。」
私には縁の無い話だな、と思った。
隅々まで掃除の行き届いた玄関を抜け、奥へと靴のまま進む。
なんだか、広すぎて落ち着かない。
赤い絨毯の上を歩きながら、私はキョロキョロと辺りを見回した。
廊下にも高そうな美術品が並んでいる。いかにも金持ちっぽい趣味だ。
・・・廊下の途中から裸婦の絵ばっかり飾ってある。秘宝館並に裸婦ラッシュだ。
(ん?これ、同じ女性か?)
絵の作者が違うだけで、多分絵に描かれている女性は同じだ。
「水島、あんまりキョロキョロしないの。珍しいものでもあった?」
「あ、いや・・・この絵の女性、どこかで見たような気がして。」
30代くらいの黒髪の女性・・・私の勤め先の人間ではないような、でも見たような。
ジトっとした目で私を見ながら、火鳥は言った。
「・・・・・・アンタ、まさか女に興味でも出てきたの?」
「バッ!バカな事言わないで下さいよッ!」
ゴチャゴチャ会話をしながら、先に進む。
廊下を出て、大きな扉を開けると・・・まず私の目に飛び込んできたのは、大きなシャンデリアの光だった。
(・・・眩しい。)
そして、目がゆっくりと光に慣れてくると共に、いかにも豪華そうな料理を目の前で調理しているシェフ達や沢山の人々が談笑している姿が目に入ってきた。
いよいよ、パーティー会場に突入だ。
なんとしてでも、資料を・・・その前に・・・料理を3品あたり食べておきたい!あ!タッパー持って来れば良かった…ッ!
※注 早速、目的が揺らぎ始める庶民の水島さん。
「良いわね?ここからが本番よ、水島。」
「はい。打ち合わせ通りに・・・」
火鳥の小声に私は小さく頷き、前に進み出ようとした。
―――― ”チクン!”
「う゛ッ!」
マズイ・・・嫌な女難の予感がする・・・!!
こんな大事な時に!!くっそおおおおおお!!!
ここに来てまで私の邪魔をするか・・・!!
「あれ?水島?水島じゃない!」
聞き慣れた声がした。
(・・・ゲッ!?)
声の方向に顔を向けると、やはりそこには、白いロングドレスに身を包んだ海お嬢様が、私を見て駆け寄ってきた―ッ!!
「あら、城沢のお嬢様ね。・・・ん?アンタ、その顔・・・アレ、まさかアンタのレギュラー?」
「・・・・・・・。」
言うな!言ってくれるな!
そうだよ!私の女難チームの女だよ!単発ゲスト女難じゃないよ!レギュラー女難だよッ!!
忘れてた・・・金持ちの知り合いは、まだいたんだった・・・!!
ここは、金持ちの集まる場所・・・!
私はジリジリと後ろに後退するが、いきなり豪邸で全力で駆け出したら不審者扱いされる!
火鳥は私の顔をジッと見て、余計な動きをするなと言わんばかりに睨んでいる。
に、睨んだってしょうがないじゃない!女難がここにいるんだもの!これは私のせいなのか!?・・・まあ、十中八九そうだろうけど。
「どうしたの?もしかして、水島も加藤フーズの契約狙いで来たの?でも事務課よね?
まさか、ここで水島に会えるとは思ってなかったわ・・・あ、いや!ま、まあ、会社に行けば会えるから別に良いんだけどね!」
海お嬢様はすごく嬉しそうに話しかけてくる。
「はあ…。」
私は、というと・・・ややげっそりとしながらも、海お嬢様に私なりに合わせてみる。
海お嬢様の白い”ドレスは”近くで見るととても綺麗だった。(ドレスが。)
そして、シンプルなデザインのダイヤのネックレスが一際輝いて綺麗だった。(ダイヤが。)
「水島のそのドレス・・・悪くないわね、水島にしちゃ、まあ上出来ね。スタイルも、なかなかじゃない。」
そう言って、お嬢様は私の二の腕から手の甲までをすらっと撫でた。
「はあ…まあ。」
そうは言われても、私のドレスは火鳥提供のものだし。自分で着こなせてる感じはしない。
海お嬢様や火鳥は完全にドレスを自分のものにして、着こなしている。
これが、庶民と金持ちの差か・・・!
――――― ”チクンッ”!
(うわあああ・・・!)
頭痛再び。
・・・うわー・・・無いわー・・・2発目の女難ってあり得ないわー・・・。
まあ・・・私は女難の女だ。女難発生、2発目があってもおかしくはない。本当は認めたくも無いのだが!
あと、金持ち関係の女難レギュラーっていたかしら?
「海お嬢様、ここにいたんですか?あくまでも、これは会社の為であって、遊びじゃ・・・あら?水島、さん?どうしてここに!?」
か、花崎課長!?しかも、スーツではなく、黒いシックなドレス姿!・・・という事は課長もパーティーの出席者か!?
「そんなの解ってるわよ。貴女達こそ、しっかりやってよね。」
貴女”達”・・・!?
(ま、まさか・・・!)
私の嫌な予感は、すぐに当たった。
海お嬢様の後方から、やはり普段の服装とは若干違う雰囲気の見慣れた顔が、またやってきたのだ。
「お嬢様、あまりはしゃぎすぎると、レディの品格が落ちますわよ。」
さ、阪野さんまでいる――ッ!!そして、これまた無駄にセクシーなドレス着てますな!ちっくしょー!
「阪野こそ、変に色気振りまかないでね。あくまでも今日はあたしの秘書でしょ。
それから、二人共。あくまでも、あたしの”引き立て”役なんだからね。二人は契約取りに頑張って頂戴。」
そう言って、海お嬢様が勝ち誇ったように女2人に笑いかける。
「「”仕事”として、なら喜んで♪」」
会社の人間である、花崎課長と阪野さんの二人はにっこりと笑う。
・・・その一見笑っているようで、本音はちっとも笑ってない、ビジネス用スマイルはやめてくれないかな・・・。
それにしても、わざわざ”仕事”ととしてパーティーに出席とは、ご苦労な事である。
もう、火鳥を連れて4人でSATCごっこでもしてくれぇ・・・ッ!!
「ていうか・・・その女、誰?」
不意に、海お嬢様の口撃の矛先が、火鳥に向けられた。
「・・・は?アタシ?」
火鳥は、自分が口撃されている意味がわからない、と言った反応をした。
私はすぐに目配せをして、余計な事を言うなとサインを送った。
「・・・アタシと水島さんは・・・ちょっとした知り合いなだけで」
無難だ。
火鳥、そのコメントは無難すぎる。
私は知っている。
別の女を連れて、好意を寄せる女性複数に囲まれた際、このように無難なコメントをすると、どうなるか・・・。
「「「・・・ふうん・・・そうなんだ・・・”水島さん”?」」」
ほうら!この通り!!疑いと嫉妬と怒りの眼差しで、私が睨まれるーッ!(泣)
この場合、何を言ってもこういう空気になるのだから無駄だって解ってたのに!火鳥も黙って立ち去りなさいよ!
あーもう面倒臭い!もう帰りたい!!
だから、パーティーなんて嫌いなんだ!
私は日本人だ!アメリカみたいに、いちいち友人招いてパーティーでカップケーキ喰う事なんかしないんだ!
こ、この場をどうにかしなければ・・・!
ここで、何を言い訳しても、火に油だ。
そんな人と一緒にいるくらいなら、好意を持っている私と一緒にいなさいよ!・・・そう言うに決まっている!!
女難といたくないから、火鳥と一緒にいるのだ。
本を手に入れる為、という事情を話して理解してもらう・・・コレもダメだ!
協力したんだから付き合いなさいよ、という話になるかもしれない。
いや、事情を話したとして、最悪・・・本の入手を妨害される危険がある・・・!それだけはなんとしても避けたい!
ここは目的を伏せつつ、上手く避けるしかない!
私は、逃げ口上を必死に考えた。
・・・どうする?考えろ!捻り出せ!!
私は唾をゴクリと飲み込み、口を開いた。
「あ~!そ、それより皆さんはお仕事でいらしたんですよね!?いやぁ大変だなぁ・・・私は事務課だから、ホント、そこらの苦労というか、ビジネスバトルがわかりませんわー。
ビジネスは戦場ですものね!何がキッカケで、成り上がるか・・・あ、成り上がりといえば!」
つ、辛い・・・!ここから、どうやって話題を振って話を展開していこうか・・・!
間を置いたらダメだ・・・!今はボケを挟んでツッコまれる流れも加える訳にはいかない・・・!
「成り上がりといえば、アイドル!アレも今戦国時代ですよ!グループも人数も多すぎるし、地下アイドルも脅威です。今や、会いに行けるアイドルからヤリに行けるアイドルまで、多種多様ですよ!!」
・・・ああ、私・・・何言ってるんだろう・・・これじゃ、アイドルオタクじゃないの・・・。ていうか、最後に至っては下ネタじゃないのよ・・・。
ああ・・・ホラ、みんな引いてる・・・ドン引きしてる・・・空気が静まってきてる~・・・!
「アイドルと言えば、やっぱり路線変更したローテンション娘。でしょう!そうだ!ロー娘の公開オーディションありますよね!?
いやー今や、冬元ブランドと称されるTDFK47に対抗する若い芽が早く出ませんかね!?ね?海ちゃん!あっははは!!」
※注 只今、水島さんの精神が著しく乱れて発言があやふやになっております。ご了承下さい。
・・・今、私凄い汗かいてる・・・!滑るってこういう事なのね・・・!
怖い・・・口を開き続けなければいけないのに、話すのも、時間が経過するのも何もかも怖い・・・!
「み、水島・・・?」
しどろもどろになりながら、私は必死に話題を火鳥から逸らした。
「なんていうんですか!?こういう華やかな場所に立つのは、光栄の極みでして!普段は着ないようなドレスも着ちゃったりなんかして!
これで立ち食い蕎麦なんか食べに行ったら逆に笑い者~みたいな?どんだけ~みたいな~?」
今、笑い者になってくれた方がまだマシってもんだろ・・・。笑いすらも取れてないんだぞ・・・!
そして何故、最後オカマになったんだ・・・!オカマならウケると思ったのか!ばーか!私のバーカ!!
「あっ、立ち食い蕎麦といえば!加藤フーズの冷凍そばも美味しいですよね~っ!1日に5回食べてますよ!ね!?花崎課長!って、どんだけ~みたいな!」
※注 繰り返しますが、只今、水島さんの精神が著しく乱れて発言があやふやになっております。ご了承下さい。
「み、水島さん・・・それはちょっと、食べすぎじゃ・・・。」
「そ~うそうそうそう!どんだけ~って言えば!私、兼ねてからやってみたいスポーツがありまして!カバディ!」
カマとカバディって、もう繋ぐにも遠いだろ・・・!もう”カ”しか合ってないだろ・・・!いや、どこも合ってないよ!
何故、これだけで話を繋げようと思ったんだ・・・!馬鹿・・・私の馬鹿・・・大馬鹿ッ!!
「いや~クセにになるんですよ!カバディ!アレ、興味深いですよね~!ルールよく解らないし、マイナーだけど絶対楽しいですよ!
あれ、女性も水着でやったらもっと人気出るんじゃないかなぁ!?ねえ?阪野さん!?カバディカバディカバディ!」
※注 しつこく繰り返しますが、只今、水島さんの精神が著しく乱れて発言があやふやになっております。ご了承下さい。
「み、水島さん?ちょっと落ち着いて?かなり話題のチョイスと話の軸がブレてるわよ?」
「軸が!ああ、ごめんなッさ~い!ブレブレですッ!あっはっは!!」
お願い・・・軸ごと私を誰かぶっ倒して・・・!(泣)
「ん~~じゃあ!そろそろ我々は、加藤フーズ名物のフライドポテトでも全力でつまみに行きますかッ!?
火鳥さん!太めのギザギザ派ですか!?細長い派ですか!?私、皮ごと派です!さあ!全パターンの揚げた塩味の芋を喰らいに行きましょう!」
※注 只今、水島さんの精神が著しく乱れ(以下略)。
女難と混乱で沸騰しかけた頭で私は、口を動かし続け、火鳥にこの場を離れるように促した。
「・・・そ、そうね!そこら辺のデータ収拾も悪くない(?)・・・かもね!!」
「「「・・・・・・・・。」」」
怒涛の私の喋りに、ただ呆気に取られる彼女達を後ろに、やや早歩きで私達は女難チームから離れた。
ほぼ強引に女難を突破した私。
ホッとした私の脇腹に”どっ!”という鈍い音と肘が入った。
「くはっ!?な、何するんですか!?」
「どうすんのよ!?アンタの女難が3人も!あれほど、女難に遭うなって言ったじゃない!」
小声で火鳥がトングを片手にカチカチ鳴らし、今にもフライドポテトを潰しそうな勢いで私を睨みつけ、怒った。
「そ、そうは言っても、私、呪われて女難の女ですし・・・不可抗力です・・・!」
「不可でも抵抗しなさいよっ!バカタレッ!」
なんというキツイ物言いだろう。同じ女難の呪いを受けた女なのに・・・!
しかし・・・どうしよう。
ここで、迂闊に動けば女難チームの女性達に不審に思われるかもしれない。
「水島・・・アタシが最も恐れているのはね!女難の女共が、アタシ達が呪いを解くのを防ぎに来る事よ!」
「・・・わ、わかってます・・・!」
そうだ。
もしも、仮に。
私が、この女難の呪いを解いたら全ては元通り。丸く収まる。私は幸せな独身謳歌生活を送れる。
だが、呪いの産物である好意を抱える女難チームの皆様にしてみたら、私が呪いを解く事を快く思わない・・・かもしれないし、歓迎してくれるかもしれない。
しかし、私は一刻も早く、女難だの、祟り神だの、訳のわからない馬鹿馬鹿しい呪いを解いてしまいたいのだ。
こんなゆるくもない、しんどい百合・・・いや、もう人嫌いにとっては、百合なぞにゆるいもクソもあったもんじゃない。とっとと終わらせてしまいたいのだ。
だから!こうして、わざわざ人嫌い2人が、人の集まる金持ちの家のパーティーに、古紙を回収しに来たというのに!!
こんな所で女難トラブルに屈して、古紙回収に失敗したら・・・!!
「とにかく、死に物狂いで取りに行くわよ。水島・・・!」
「わ、わかってますけど、私はもうほぼ動けませんよ!アレが3人もいるんですから!
火鳥さんが、早い所金持ちを褒めちぎって古紙回収して来て下さい!一度にあの強烈な3人相手じゃ、私の精神が持ちませんよ!」
「ええい・・・!計画変更よ!アタシだけで資料を取りに行く!アンタは女難をかわして、資料に近づけないで!ていうか、邪魔!」
「なんて言い草ですか!元々、そっちが私を強引に連れて来たんでしょうに!」
フライドポテトを皿に盛り付けながら、私と火鳥は緊急会議をしていた。
シェフが不思議そうに『フライドポテトそんなにお好きなんですか?』と聞きたそうに首を捻っているが、お構いなしだ!
私は、芋が好きだ!・・・今だけ!!
”・・・チクン!”
(なんだ!?またか?さては、誰か追いかけてきたか・・・!?)
逃げようかどうしようか考える私の肩に白い手が伸びてきて、ふっと触った。
「まぁた二人で悪巧み?ドレスアップもしちゃって・・・楽しそうね?」
楽しそうね?という、弾んだ声に振り向くと・・・
「「え゛・・・!?」」
私と火鳥は、その声の人物の登場を認識すると驚きのあまり、トングを思わず落としそうになった。
「忍ねーさん!?」
「忍さん!?」
私の女難チームの金持ち族は、もう一人いた――ッ!!
味方だと思ってたけど、実は女難チームの忍さん!!
「な、なんで企業にも属してない忍ねーさんが、ここにいるのよ!?」
「ん?私は前に加藤のおじ様の盲腸を切った事があるのと・・・単に加藤のおじ様に今手伝ってる診療所に寄付貰おうかなぁ、と思って。
りりも知ってるでしょ?加藤のおじ様が褒めたら、気前がよくなる事くらい。」
私は、つくづく自分の運の無さに脱力したくなる気持ちをぐっと堪え、フライドポテトを口に含んだ。
・・・金持ちネットワーク、恐るべし・・・!
火鳥が何か言いたげに私をまた睨む。
・・・はいはいはいはいはい、これも私の女難ですよ。私のせいですよ。そうですよ。火鳥さん、ごめんなすってー!ふへへーい!(自棄)
「で?お二人の狙いは?」
「・・・言わない。忍ねーさんはオッサンから寄付金ふんだくっててよ。」
火鳥は慣れたように素っ気無く対応する。
「もう、つれないわね。言ってくれたら協力してあげるのに。ね?水島さん。」
「い、いや、お気持ちだけで結構です。」
自分が診察してくれたお医者様だが、この場合仕方が無いんだと念じつつ、私は目を逸らしながら答える。
「あー水島さんまで、私を除け者にするの?」
そう言って、子供が拗ねたような顔をして烏丸女医が私の顔を覗き込んでくる。
何、29歳・・・!どうして、そんな体は大人、態度は子供で接してくるの・・・ッ!?
「う・・・!」
揺らぐ心に火鳥がすかさず助け舟を出す。
「別に楽しいことなんか無いから、自分の用件に集中してよ!頼むから!」
「貴女達と一緒のパーティーなんて、凄く楽しいわ♪来て良かったっ♪あ、ポテト貰っていい?」
「「・・・・・・。」」
は、話全然聞いてねえッ!!人の話を全く聞いてない、この女医!!
あれ?忍さんって、こんなにのびのびとマイペースな人でしたっけ!?
『紳士淑女の皆さん、ようこそいらっしゃいました。』
マイクを片手に、タキシードを着たおっさんが階段をゆっくり下がりながら現れた。
ご丁寧に白いスモークがたかれ、後ろから30代くらいの女性が歩いてくる。
「来たわね。水島、あれが加藤フーズの社長、加藤時次郎。」
(・・・普通のおっさんだ・・・。)
おっさんは、ニコニコと人がよさそうな顔で階段をおり切ると、”どうもどうも”とぺこぺこお辞儀をし始めた。
女癖が悪いとか聞いてはいるが、とてもモテるようには見えないおっさんの体型はウチの事務課の近藤係長と良い勝負だし、ルックスも仏ボクロがあるという特徴くらいで普通のオッサンだ。
そして、ステージが一気にライトアップされる。
・・・このオッサン、自宅のパーティーで、一体どのくらいの電力を消費する気なんだろうか。
「で、後ろの女が後妻の綾よ。」
「ん?」
それは、とても女癖の悪い社長に振り回されているようには見えない、むしろ男を振り回しそうな美人だった。
ただ、少し表情が冴えない感じで、無理矢理笑っているようにもみえる。
(あ、さっき廊下でみた絵画の女の人だ。)
やっぱり、どこかで見たような気がするが・・・どうも、思い出せない。
(どこかで会ったっけ?)
考えながらポテトをかじる私と火鳥に向かって、忍さんがニコニコしながら言った。
「あ!わかった!さては、二人共、あの美人の後妻さんに手を出す気かなぁ?」
「「出しませんッ!」」
ややこしい!この忍さん、何かを経て凄くややこしくなってる!!
※注 全部、貴女のせいですよ、水島さん。
「で、いつ褒めに行くんですか?この後、乾杯してからですか?」
「・・・ああ、それに関しては、ちょっと厄介でね・・・。」
『では、乾杯の前に・・・一曲。聞いて下さい。”加藤フーズ(株)のテーマ”』
・・・う、歌うの―――ッ!?
金持ちってわからない!庶民にはわからない!
顔を引きつらせていると、忍さんが私に説明してくれた。
「加藤のおじ様は、パーティーの乾杯前にアレを歌うのが好きでね。でも・・・ちょっと長いのよね、乾杯までが。」
「フン、ちょっとどころじゃないわよ。」
「な、長いって・・・あのテーマソング、一体、どれくらい長いんですか?」
「ええっと・・・りり、何番まであるんだっけ?あの歌。」
苦笑しながら忍さんが火鳥に聞くと、火鳥は溜息混じりにぶっきらぼうに言った。
「・・・15番。」
「長ッ!?」
『♪精魂込めぇたぁ~冷凍食品~味はぁ~手作りぃ~母の味ぃ~♪』
・・・しかも、演歌調・・・。
・・・これは、長い・・・長く感じる・・・。
― 8分経過。 ―
火鳥の言ったとおり、長い。
いや、体感時間はもっと長く感じる。
『♪手軽ぅ~津軽ぅ~のぉ~工場からぁ~手作りぃ~母の味ぃ~♪』
「・・・・・・・。」
もう、手軽なのは歌と冷凍食品だけでいいよ!もう乾杯しようよ!喉が渇いてきた!これ、下手なスピーチより長いよッ!韻を踏まなくていいから!
「・・・これがなきゃ、どんなにマシか・・・。」
マシというか、私の知ってるパーティーとなんか違う・・・!
― 更に8分経過。 ―
『”ワシは負けん!冷蔵庫に加藤フーズの商品を!主婦の為!成長期の子供の為!明日のお父ちゃんの弁当の為!日本の活力になるんや!”』
歌から台詞に至るまで、商魂たっぷりだ・・・!
ノリノリで歌う社長には悪いが・・・長い・・・本当に、長い・・・。
あれ?周囲の皆、ちょびちょび飲んでるよ!?乾杯前に、ちょびちょび飲んでるよ!あ、空になったから足してる人もいる!!
ただの庶民が一言、あえて一言、言わせていただきたい。
これは、ただ、ただ・・・”苦痛”だと!!
『”創業以来、色んな事があった!口に出しては言えない事も多々あった!でも・・・それでもな・・・ワシは・・・ワシは・・・日本の活力になるんや!!”』
わかった、そこまで日本の活力になりたいなら、まずその歌をやめなさい!
悪い事言わないから!
口に言えないなら、歌わないで!
「あ!水島さん!そこにいたのね!?」
「探したわよ!?」
「あっ!さっきの赤い女と一緒だったのね!水島!」
「げっ!?(女難)来た!」
焦る私に、火鳥は他人事のように言った。
「逃げなさい、水島。歌、まだ続くから。」
「頑張ってね、水島さん♪」
忍さんに至っては、楽しそうに手を振る始末。助けてくれる素振りもない。
もう!他人事だと思って・・・覚えてろ!従姉妹コンビ!!
『♪手塩にぃ~かけたぁ~ジャガイモをぉ~最新機器で揚げてゆくぅ~原価はぁ~秘密だぁぜぇえぇぇ~♪』
私は心の中で突っ込む。
秘密なら、歌にするな!!・・・と。
「なんでフライドポテトと共に逃げるのよーッ!?」
「お願い、仕事してえええええええ!!」
― 更に9分経過。 ―
『♪嗚呼ぁ~~~~~んにゃ~加あああぁ藤~~フーううううズううううううううぅ~♪』
社長渾身のサビ部分が終わった。
(やっと・・・やっと・・・終わったか・・・)
『”せやけど・・・せやけどな・・・まだまだや。ワシは、まだまだ極めとらん!家庭の味には、お母ちゃんの愛の味にはまだ勝てへんのやぁ!!”』
クソ長げええええええええええええええええええ!!!!
そして、あんだけ歌っておいて、結局母の味に勝てないってどういう事だよおおおおおおおお!!
「水島さぁん!?」
「ゲッ!また来た!」
― 更に5分後。 ―
「はあはあはあ・・・!」
私は女難を撒いた。そして、息を整える為に、テーブルの下で三角座りして休憩をとっていた。
・・・私は一体、ここに何しにきたのだろうか。
『♪嗚呼ぁ~~~~~んにゃ~かああああとぉう~~フーううううズううううううううぅ~♪・・・サンキューうううう!!』
燃え尽きた・・・歌聴きながら、逃げ続けただけで、私は燃え尽きた・・・。
周囲の人間もいささか、げっそりしているようにも見えるが、私よりはマシだろう。
『では!加藤フーズのこれからの繁栄を祈ってぇ~乾杯!!』
「「「「「・・・乾ー杯・・・。」」」」」
乾杯の音頭が聞こえてきて私は、のそのそとテーブルの下から出て、火鳥と忍さんの所に戻った。
「会場が広くてよかったわね、水島サン?」
シャンパンを片手に火鳥はのん気にそう言った。
「・・・そうですね・・・。」
一方、微妙で長い歌の間中、逃げまくって会場内を競歩並みのスピードで歩き回っていた私は疲弊していた。
もうダメだ・・・疲れた・・・!
「やれやれ、おっさんの自己陶酔もここまで来ると賞賛モノね。あー肩こった。」
「そう?私は歌を聞いてる間、周囲の人を観察するの楽しいけど。」
「忍ねーさんは、いちいち楽しみすぎなのよ。・・・あ、水島。」
火鳥が顎でステージの方を見るように促す。
「ん?」
『さて。本日は、ワシのコレクションを皆様にお見せしたいと思っております。どうぞ、興味のある方は前へ。』
来た・・・!!
本日のメインイベント!!
ウェイターが白い布を被せられたテーブルを運んできた。
その上には、なんだか色々な物が載せられており、数人のウェイターがこれまた白い布を被せた大きなものを運んできた。
『まずは、元祖めがねっこ作曲家・・・滝壺廉太郎の眼鏡!およそ、500万円!』
ご、五百万円の昔の眼鏡・・・!?
・・・・いまいち、価値がわかりにくい一品!
『そして、激しすぎて怪我人が出たと呼ばれる世界初の伝説のエクササイズマシーン・・・”細身にナーレ”!およそ、750万円!』
うん・・・つまり、ガラクタじゃねえか!ガラクタが750万円!?これも価値がわからない!
『そして・・・この地域に伝わる神々の歴史の書!』
コレだ、間違いない!で、お値段は・・・?
『およそ、1千万円!』
い・・・1千万円!?
狙いの品は、1千万円!?
あれを、火鳥はおだてただけで貰おうというのか!?無理だろ!いくら、金持ち同士だって・・・1千万だぞ!?私なら絶対手放さないぞ!?
でも、そういう事をするのが金持ちなの?『はっはっは!たかが1千万じゃないカネ!』って事?ああ、また変な事呟いてしまった・・・!
私、頭がおかしくなってきそう・・・!
ステージ上に並ぶ品々の値段を聞くたびに、私の金銭感覚が狂っていく。
『鬼才と呼ばれる毛利海人の茶碗。1200万円、まあ安い買い物ですな。
これとの出会いは数ヶ月前。この茶碗に我が社自慢のミニおでんを盛り付けたら、旨いに違いない、ワシはそう思って買ってみました。いや、実に旨かったね~!
ちなみに来月、我が社のミニおでんはリニューアルして、がんもどきを・・・』
一方、ステージ上のオッサンは上機嫌で品物との出会い・・・というか、ミニおでんの説明を始めた。
少なくとも、私はおでん盛り付ける為だけに、茶碗なんか買わない・・・!
コンビニのおでんとプラスチック容器で、私は十分幸せだ!
「大丈夫?水島さん、顔色悪いわよ?」
「ちょっと、水島、しっかりしてよ。」
火鳥も忍さんも、平気な顔してる・・・。
二人共、目の前に信じられない品々が並んでいるのに”まあ妥当ね”と言わんばかりに平気な顔をしている・・・!
金持ちだ・・・火鳥も忍さんも金持ちなんだ・・・!
「あ・・・すみません、ちょっと、外の空気吸ってきます・・・。」
私はフラフラになりながら、バルコニーを目指した。
このままでは、金持ちと同じ空気を吸ってるだけで庶民の私は気疲れしてしまう・・・。
いくらお金持ちと知り合いになっても、あそこまで金銭感覚の差を見せ付けられては、ついていけない・・・!
私は女難の女である前に、庶民だ!
バルコニーの空気は少し冷たかった。
春が近付いてくるとは言うが、まだまだ寒い。
だが、庶民の感覚を欲している私にとっては、この寒さあってこそだ。
寒さを堪えつつ、いかに安く冬の寒さを幸せにしのぐか、を考える。これこそ、私の感覚だ。
(やっぱ、らしくないよなぁ・・・。)
らしくない、というのは、今の私の格好である。
事務課くらいしか率先して着用しない制服に身を包むのが日常の私にとって、こんな背中の開いたドレスなんか似合わないんじゃなかろうか。
大体、火鳥というお金持ちに買ってもらったドレスだ。
人様に服を買ってもらう事自体、親戚のおばさんにセーターを貰って以来、かれこれ何年もなかったのに。
「奥様、外は冷えます。ご主人様も奥様が傍にいないと・・・」
(ん?)
「いいのよ。あの人、話に夢中だから。それに私がいなくても、他の女性が彼の周りを囲むわ。彼は、それで良いのよ。」
執事らしき男性の言葉を振り切るように、後妻さんがバルコニーに出てきた。
私に気付いた二人は、ピタリと動きを止めた。私は気まずさを感じつつも頭を軽く下げた。
「・・・失礼致しました。何かお飲み物でもお持ちします。」
執事らしき男性は、静かに去っていった。
バルコニーに残されたのは、私と後妻さんだ。
「お恥ずかしい所を…。」
「あ、いえいえ。」
謝る後妻さんに、私は首を振って気にしないで下さいと言った。
なんとも気まずい場に出くわしてしまったものだ、と私は思った。
なんというか、複雑なお金持ちの家庭の事情を知ってしまったような・・・。
金持ちも苦労してるんだな、と思った。
「驚いたでしょう?私の主人。趣味とはいえ、少し派手な所があって・・・。」
後妻さんは私の隣にやってきて、悲しそうに笑った。
「あー・・・まあ、その・・・正直驚きました。あ、というのもですね・・・私こういうパーティー初めて、でして・・・。」
「そうでしたか・・・私も最初はこの家で起こる事に驚いておりました。何もかも豪華で、煌びやかで・・・ぶっ飛んでて。」
「そう、ですね。」
特に最後の”ぶっ飛んでる”という部分には、同意したい。
「私、普通のOLやってましたの。結婚しても、きっと普通の主婦になる、と思ってました。
でも・・・こんなパーティーの主催者の近くにいる。ホント、人生って何があるかわかりませんわ。」
「は、はい・・・そうですね。」
私は後妻さんに話を合わせた。
あわよくば、を狙っていなかった、と言えば嘘になる。
火鳥がいくらゴマをすっても、女難の呪いがかかっている女だ。
男相手に、そう易々と目的の本が手に入ったら苦労などしないのだ。
だから私は『あわよくば、後妻さん方面から古文書を入手出来ないか』、と保険をかけたのだ。
最低だ・・・完全に女性の敵、スケコマシのやる事ではないか。
そんな複雑な思いを抱えながら私はうんうんと話を聞いた。聞けば聞くほど、後妻さんの表情はますます憂鬱そうになっていく。
「時々、昔が懐かしくなるわ・・・仕事帰りに寄った、コンビニの肉まんの温かさで幸せを感じていた頃が。
安い中濃ソースの味。当たりハズレのある屋台のたこ焼き。10円20円で買える駄菓子の甘み。
灯油代やガス代を気にしながらストーブを調節する毎日。これでも、倹約家だったのよ?」
後妻さんの話し方が若干だが変わった。貴婦人のような喋り方ではなく、私に凄く親しみを込めた、主婦として愚痴り始めたのだ。
私も私で・・・凄く凄く親しみやすい話だと頷きっぱなしだった。
安くても幸せは感じられる。いや、むしろ安いのに、こんなあったかい気持ちになっていいの?っていう、さっきまでの心を支配していた貧しさを跳ね除けた勝利。
メントスとコーラで奇声上げて、飲み物を盛大に無駄にしているアメリカ人に聞かせてやりたい・・・ッ!(絶対、解ってもらえないだろうけど!)
「お給料前や月々の領収書を見た時、倹約の大事さを知りますよね・・・」
一人暮らしだから、そんなに電気ガス水道はかからない。だが、数字にされ実際に自分の財布からお金が出て行くのを見ると、とても切なくなる。
毎回、そんなに使ってましたっけ?また値上げしないでね、と呟き、コンビニに支払いしに行くのだ。
「そう。倹約って、庶民にとっては良しとされてきた行為じゃない?
今じゃ、倹約こそ貧しさの象徴だから止めろ、と贅沢を強要されるの。
実行した私は、金持ちをたぶらかした挙句、金遣いの荒い成り上がりの悪い女ですもの。」
こうして話を聞いていると、後妻さんなりに苦労はしているようだ。
なにより、ここにもコンビニや倹約を愛する庶民がいた事が私には嬉しく感じられた。
「あ、いや・・・そんな事は・・・。」
そう言って、私は少しだけ振り向いた。
バルコニーから、ステージの様子がうっすらと見える。
上機嫌の社長が、女性の肩を抱いて笑っているのが見える・・・太い粗挽きソーセージみたいな指が、女性の手や肩に触れて、気持ち悪いくらい踊っている。
奥さんがその場にいないとはいえ、なんという大胆な。
(火鳥の言うとおり、あのおっさんの女癖が悪いのは本当みたいだ。・・・ん?)
・・・って、よくよく見れば、社長に肩を抱かれているのは、赤いドレスの火鳥ではないか!
早い!凄いぞ!こんなにも早く計画通りに行動するなんて!ちょっと見直した!
よーし!取るんだ火鳥!一気に取りに行け!たぶらかせ!火鳥頑張れ!!
「あの・・・折角来て下さって、お会い出来て私も嬉しいのですが・・・お願いがあります。
悪い事は言いません、水島様、早くこのパーティーから出て行った方が・・・」
ふと、後妻さんが、そう言った。
「え?」
ここで疑問に思ったのは、どうして後妻さんが私の名前を知っているのか?という事。
やっぱり、私はどこかで彼女に会っているのだろうか?
そして、どうしてこのパーティーから出て行けと言うのだろうか・・・。
(ま、まさか・・・!)
まさか、私と火鳥が資料目当てにやって来たのがバレたか!?
いくらなんでも、旦那が他人にたぶらかされて、財産の一部を持っていくのは、妻としては避けたいのが普通だ。
「い、いや、これには色々と、こちらにも深~~~い事情がありまして・・・!」
私は、必死に訳の分からない言い訳を始めた。
嫌な汗がじっとり浮かんでくるが、私は必死にごまかした。
お、追い出される!火鳥が金持ちのおっさんから、資料をふんだくる前に追い出される!
ダメだ!それだけは、絶対に避けなくちゃ!
「奥様!」
ぴしゃりと言いつけるように、先程の執事らしき男性が飲み物を持ったまま、後妻さんの話を遮った。
「増岡さん・・・私、今まで主人の道楽に目は瞑ってきたけど、今回ばかりは納得できないわ。ここに、こうして私の大事なお客様もいるのよ!?彼女だけは巻き込まないで!」
「奥様、貴女はやはり・・・」
「どうとでも判断して!とにかく、この人はダメよ!」
後妻さんが私の腕を取り、執事の男性を睨みつける。
「え?何?え?ええ!?」
一方、私は完全に置いてきぼり状態だ。
一体、どういう事なの!?話がちっとも見えない!
後妻さんは、私を知ってらっしゃる?
いつから、一庶民の私が後妻さんの大事なお客様になったんだ!?
そして、そんなに私をパーティーから帰したい理由って何だッ!?
このパーティー、あのクソ長い歌以上にまだ何かあるのか!?
「この人は、私にわざわざ会いに来てくれたのに・・・!」
ん?会いに来た?私が?何か微妙に話が噛み合ってないぞ?
私の目的は、あくまであの白いテーブルの上の品物だ!
「え!?いやいやいや!私は・・・!」
必死に取り繕う私に向かって、執事の男性は言った。
「お客様、これは私からのご提案ですが、秘密のパーティーにご案内致します。」
「秘密?」
突然のご招待に私は首を捻った。
しかし、ご招待の言葉を聞いた瞬間、後妻さんの顔色が変わった。
「増岡さん!やめて!彼女は・・・私の大事なお客様だと・・・!」
「それだけ”大事な奥様のお客様”なら、私は尚更このお客様をイベントにご案内しなくてはなりません。・・・さあ、どうぞ。」
表情を崩さない執事を後妻さんは睨んだ。
・・・な、なんかヤバいパーティーだろうか・・・!
し、白い粉とか、室内に舞ってないでしょうね・・・私は絶対やらないわよ!?人間やめたくないもの!
”ダメ。ゼッタイ。”って某『ピ――』も言って・・・あれ?某『ピー』は確か、逮捕されたんだっけ?
※注 白い薬も、このネタに深くツッコむのも、ダメ、ゼッタイ。
もう、金に物言わせて何やるつもりなんだ!?だから、金持ちは嫌なんだ!
「え?いや・・・私は・・・!」
両手を振って私は拒否の意思を示したが、執事は私の心の内を見透かしたように言った。
「テーブルの上のお品が気になるなら、是非参加した方が良いですよ。」
う・・・!執事には、私の目的がバレてる・・・!
ここは、火鳥の指示を待つべきか・・・?
「お急ぎを。もうすぐ始まります。」
「ダメよ!水島様!行ってはダメ!ゼッタイ!」
どうしよう、後妻さんまで某『ピー』と同じ事を言ってるし・・・。
私が迷っている最中、屋内ではステージにあった高価な品物が、どんどんウェイター達の手で運び出されていく。
火鳥がそれを悔しそうに見ているのが、遠目からでもわかる。
(失敗してるし・・・!)
どうやら、媚の安売りで資料を手に入れるのは、失敗したようだ。
「そのイベントってヤツに参加すれば、さっきの素敵なお品物に関して、直に触って、持って帰れたりするんでしょうか?」
私は遠まわし(?)に、イベントと品物の関係を聞いた。
「主人と一緒に簡単なゲームをしてお客様には楽しんでいただくだけです。・・・ご希望のお品も、景品として主人が提供すると聞いております。・・・損はないと思いますよ。」
怪しい。損が無い、その代わりに多分、それだけのリスクがあるんだな、とすぐに悟った。
「ダメ!耳を貸してはダメよ!お願い!水島様!」
怪しい。とっても怪しいけど・・・火鳥が失敗してしまった今、あの資料を手に出来る方法は・・・イベントの参加にかかっている。
参加しなければ、本気で火鳥と真夜中のキャッツアイごっこ(住居侵入&窃盗)をするハメになる。
(・・・仕方ない・・・私がやるしかないな。)
私は覚悟を決めて、言った。
「わかりました、行きます。」
何かあれば、私のこの脚力で逃げれば良いんだし。
執事の男性は私の返事を聞くと、ニッコリと不気味なくらい笑った。
「では、ご案内しましょう。奥様、宜しいですな?」
「・・・・・・・・・。」
後妻さんは、黙ったまま、また悲しそうな顔をして、バルコニーを出る私をただ見つめていた。
私は素早く携帯でメールを打った。執事が前を歩いているが、いつ振り向くかわからないので、短いメールを打った。
[ いま ひみつ の ぱてぃ ある いく ]
変換もままならないので、新しいハンバーガーの開発でもしているような文章だが、火鳥ならこれで大体わかるだろう。・・・多分!
「こちらです。」
「・・・あれ?地下でやるんですか?」
パーティー会場を出て、執事の案内通りに廊下を歩いていくと、なにやら怪しい隠し階段のような場所に案内された。
「そうです。ここから、下に降りてご参加下さい。皆様はもう集まっておられます。そうそう、携帯電話はお預かりします。」
言われるがままに、私は携帯電話を預け、階段を下りた。
すると、物々しい鉄格子の扉が現れ、私はそれをゆっくり開き、薄暗い廊下を歩いた。
こ、こいつは・・・くせえ・・・!監禁陵辱系の安い同人誌展開がプンプンにおって・・・たまるか―ッ!!あほッ!!
※注 水島さん苦手なノリツッコミ。
(しかし、なんだろう・・・こんな地下に人を連れ込んで、秘密のパーティーって・・・)
金持ちの秘密のパーティー。
その響きに、少しだけ興味があるのは事実だ。
何せ私は、こういうパーティーは初めての庶民だし、初めて踏み入れた世界の中の”秘密”という言葉を聞いて黙っていられる訳が無い。
好奇心を殺せというのも無理な話だ。
それに、肝心要の祟り神に関する資料を手にするチャンスなのだ。
・・・大体、肝心の火鳥が失敗したのだし。
ここで引くなんて、出来ない。
やがて、赤い扉が現れた。光がうっすらもれている。秘密のパーティー会場は、この先だろう。
赤い扉を開けると、そこは、先ほどの会場より少し狭い部屋があった。
もっとジメッとしているかと思えば換気は十分で、内装も地上の部屋と大差無い・・・いや、それ以上か。
地上の置物より、さらにえげつない程の金ぴかの置物があり、ここが金持ちの家である事を知らしめた。
先程より人数は減ってはいるものの、参加者はちゃんといて、賑やかな会場だった。
(・・・うーん・・・やっぱり、好きになれないな、金持ちって・・・。)
豪華だけど、一回見れば十分。何度も見たいような芸術性は無いし、興味も無い。住むなら、勿論ノーサンキュー。
ふと見ると、秘密のパーティーの参加者達の視線の先にパーティーの主役のおっさんが、成金趣味満点の金色の玉座に座ってこちらを見下ろしていた。
その顔つきは、”真夏の炎天下のアスファルトを歩いているサラリーマンを、クーラーがガンガン効いた部屋から見ている”ような顔だ。
ニヤニヤしている。すごくすごくニヤニヤしている。
その笑みが、いかにも”嫌味な事を考えていそう”で、すごく不愉快だ。
(なんというか・・・嫌な金持ちだなぁ・・・。)
私を見るなり、加藤フーズの社長はパチンと膝を叩いた。
「おう、これで女は最後か!・・・なんか、最後は地味な女が・・・まあ、いいわい。」
余計なお世話だ!地味で悪かったわね!
いや、ちょっと待て。
・・・部屋には、沢山の女性たちが・・・いや、部屋には女性しかいない!?
嫌な予感がする・・・ッ!!
やっぱり、帰ろうかな・・・と私が後退し始めると同時に、後ろの扉は閉まった。
「さて、今宵の裏パーティーにご参加の女性の皆さん、ようこそ。貴女方は選ばれた女性だ。
これが、ワシの開きたかった、真のパーティーだと言っても過言ではない。」
オッサンが先程、クソ長い歌を歌っていた人物とは思えない、邪悪な微笑みを浮かべながら挨拶を始めた。
――――ああ、これはマジでヤバイ。
私の勘が、そう告げた。
ものすごく、ものすごく!嫌な予感がする・・・!
会場に女性しかいない・・・もう、この時点で女難の女の私は大ピンチ確定!
これはとっとと、この怪しい会場を出て、火鳥と連絡を取ったほうが良さそうだ。
私は抜け出す道を探し始めたが、扉の前にはガタイの良いタキシードを着た男2人が”通しません”と言わんばかりに立ちはだかっている。
(・・・火鳥・・・せめて火鳥がいれば、この状況を説明してくれるなり、なんなりしてくれるのに・・・!)
少しの好奇心が、女難の女を殺す・・・。
(助けて火鳥――ッ!)
続いて、焦り始める私の耳に信じられない言葉が聞こえてきた。
「さて・・・今から、ここにいる参加者全員で脱がしあいをしてもらいたい。」
―――― は?
脱がしあい?
「名付けて・・・『ドレスを引き裂き景品GET!女だらけのバトルロワイヤル』!はっはっはっはー!」
高笑いを始めるバ金持ちに向かって、私は心の底からツッコミを入れたかった。
金持ってると、人間はロクな事をしねえなッ!! ・・・と。
「ルールは簡単だ。この会場にいる自分以外の人間のドレスを脱がせる!最後までドレスを着ていたものに好きな景品を与えよう!金でも仕事でもくれてやるッ!
服を着て、人間らしく立っていた者だけにこそ相応しい賞品だ!さあ脱がしあえッ!!!はっはっは!!」
・・・この、バ金持ち!!!!
「ご主人様・・・」
「ん?なんだ?」
玉座に近付いたのは、先程私を案内してくれた執事の男性だ。そして、執事の男性は火鳥をつれていた。
「痛ッ!離しなさいよッ!もう逃げ場なんか無いでしょ!?」
・・・連れていた、というより、執事が火鳥を捕まえているようにも見えるが・・・。
(とにかく、良かった・・・!火鳥がいた!火鳥と再会出来たぞ・・・!)
火鳥を見て、私はホッとした・・・のもつかの間。
「先程、この女性客がこの景品を持って屋敷から逃走しようとしたので連行してきました。」
そう言って、執事の男性は、私達が狙っている資料を社長に手渡した。
その瞬間、私は全てを悟る。
「・・・・・・・・・。」
か・・・火鳥いいいいいいい!!
お前、ドサクサに紛れて、私をこの屋敷に置いて逃げようとしたなああああああああ!!
「ほう・・・それは強制参加決定だな!そんなに、コレが欲しかったのか?くっくっく・・・欲しければくれてやろう!ゲームに参加し勝ったらな!」
「チッ・・・!」
私は思わず叫び、火鳥に駆け寄った。
「この、裏切り者――ッ!!」
「あ、水島・・・!」
火鳥は私を見つけると、目を逸らしながら言った。
「あ、ああ、いたのね・・・水島。」
「いたのねってメール打ったじゃないですか!何逃げようとしてたんですか!」
「うっさいわね!あんな昔の電報みたいなメールでわかるか!こうなったら、水島!!協力するわよ!」
「どの口で言ってるんだ!?コンチクショー!!」
目的の本の為に、こんな馬鹿イベントに参加する事になったのだ!怒りたくもなるだろう!
「ここで、勝ち抜けなかったら、あの本は手に入らないのよ!?アタシ達どちらかだけでも、勝ち残って・・・あの本を手に入れなきゃ!」
確かに、私はそれにつられて、参加した。だが、常識的に考えて欲しい。
これから、私達は『脱がしあい』をするのだぞ?
「それ以前に、こんな勝負で本を手にしなくても良いじゃないですか!ドレス引き裂いて、脱がせあうなんて、馬鹿げてる!安いエロゲーじゃあるまいし!」
いくら金持ちの道楽でも、限度というものがある。
ゲストをもてなすのが、パーティーなんじゃないのか!?
何故、ゲストが身を切る思いで、ドレスを引き裂きあわねばならないのか!?
そんなゲームなんかで、女を捨ててどうする!
確かに、あの資料目当てでここまで来たけれど、こんな事になるくらいなら、大人しくフライドポテトで腹を満たして帰れば良かった!
「・・・確かにやりたくはない。言ってる事はアンタが正しいかもしれないけど・・・。
・・・どうやら、そう思ってるの・・・アンタだけ、みたいよ・・・?」
火鳥が低い声で、周りを見るように言った。
「え・・・!?」
あれ?会場の・・・かわいそうな女性の皆さん・・・?
何故、正しく抗議する私達二人を、ご覧になってらっしゃるのですか・・・?
何故、馬鹿主催者に、異議を申し立てしないんですか?
「どうせやるなら・・・」 「どうせ脱がすなら・・・」
「あの青いドレスの人がいいわ・・・」 「いえ、私はあっちの赤いドレスの人が・・・」
「見たい・・・見たいわ・・・」 「何故だか無性に、あの二人をひん剥いて・・・泣かせたい・・・!」
「そうじゃないと・・・気が済まない・・・!」
・・・や、八つ当たりだ・・・!!
極限状態に追いやられた状況で、悪である主催者より、正論を叫び目立ってしまった私達を攻撃対象にしたというのか・・・!?
「・・・”一度でいいから見てみたい・・・二人が全裸になる所”・・・」
・・・笑点の歌○か、お前は!!
あーあー!そうですか!!やっぱりね!!
この場にいる、女は全員、敵か!!よし、わかった!くそッ!
私と火鳥は背中を合わせ構え、周囲を睨んだ。
「火鳥!背中は任せた!」
「アンタこそ・・・ぬかるんじゃないわよ!」
とにかく、ここは協力だ。脱がされる前に、脱がすしかない。
そして、馬鹿馬鹿しい激闘の幕が開けた。
『レーッツ!脱ぎ脱ぎいいいい!!!』
私と火鳥は全力で突っ込んだ。
「「そのスタートの掛け声やめろおおおお!!!」」
― 前編 END ―
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あとがき。
硬いパンが好きです。
水島さんは、料理をする機会が多いので食事のシーンも増やしてみました。
火鳥さんと水島さんのコンビのやり取りは、書いていて楽しいのでついつい増えますね。
一見”喧嘩友達”というスタイルを取ってみると、ああら不思議♪妄想家の皆さんが”恋人化”してくれたりするのでーす。
・・・まあ、私が散々二次創作でやっている事なのですがね(笑)
もう女難トラブルじゃないじゃーん、とか色々ツッコまれそうですが、もう気にしてる場合じゃありません。
いい加減にしないと終わらないから。(苦笑)