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自分の中に、大事なモノが無かった時、方向はフラフラとして定まらず、生き方も雑だった気がする。


大事なモノが出来た時、出来たという意識もなかったし、それは多分、簡単には無くならないモノだと思っていた。


生きる方向が決まる。


大事なモノを、守る為。

大事なモノの傍にいる為に、自分を鍛える。



だけど、大事にすればするほど。



大事なモノは、壊れて無くなってしまう。

無くしてから気付く、大事なモノ。




だけど、いつしか本当にそれが大事なモノだったのかすら、忘れてしまう。




もっと経つと、大事なモノがあった過去すら、忘れてしまう。






『忘れないで。』






『いつだって、貴女は・・・。』















祟り神が私の肩に触れた瞬間、私は祟り神の手を取ってしまった。


その手の温度がやけに”温かい”と感じ、私は伸ばされた手にすがりついた。


後ろに倒れこむと同時に、私の視界は電気を消したように真っ暗になり、再び瞼を開けて隣を見ると、倒れている自分がいた。

抜け殻の自分と目が合った。

自分でも普段から活き活きとした目はしていないよな、とは思っていたが、こうもハッキリ死んだ魚みたいな目をしているのだと、正直悲しくもなる。



「これで、アンタは自由だ。」


自由。

人間と関わらなくて済む・・・ああ、そういう自由か。



「これから祟り神として、やる事を説明してあげるから、自分をここまで追いやった人間共を見物したら、あの神社までおいで。」



私の後ろで縁の祟り神のオバサンがそう言って、紫色の着物を翻して玄関へ向かった。




私の周りで、人間が泣いている。

私の抜け殻の名前を呼んでいた。






(・・・この人達、何がしたかったの?)




私は、正直そう思った。

呪われてるだけなのに、知りもしないで、ムキになって私の為だと言ってアレコレと余計な真似をして。



結局、泣いて。





(・・・コイツら・・・馬鹿じゃねえの?)




火鳥が言っていた。

馬鹿に優しくすればつけ上がるだけだ、と。

これがその結果だ。私は身をもって・・・いや、死をもってよく知った。



人間の私は死に、祟り神の私が生まれた。

以前は人間のままでいる事に意地になっていたのに、気が抜けた。


(・・・さて、と・・・あのオバサン・・・いや、祟り神先輩の神社に行く前に・・・)


私は目を閉じた。

私が目を閉じ、目を開けると、暗闇が広がっていた。


(・・・こんな感じかな。)


誰に言われた訳でも、教えられた訳でもないが、私は自分の世界を作り出す事に成功した。


(心地良いなぁ)


人間だった時、こんな心地の良い空間には無かった。

この暗闇には雑音も無く、不安もなく、むしろ落ち着いた。


普通なら、恐ろしいと感じる程の暗闇と静寂だったが、この暗闇を作り出したのは、紛れも無く”私”だ。

自分で作った世界、自分にしかわからない世界。だから、怖い物などなかった。



これは、私だけの世界。


人間達が住めない、行く事も出来ない、閉鎖された私の世界。



目を閉じるだけで、私はその世界の真ん中にいけた。

自分の部屋の感覚だ。




私は、世界の真ん中にある白い椅子の上に座って足を組んだ。


「ふう・・・一息ついた。・・・おや?」



足元には、人間達の縁の紐が気持ち悪い模様を形成していた。


赤・黒・緑・青・黄色・・・

床の模様にしては気色が悪すぎるな、と思った。

絡み合おうとしたり、引き千切りあおうとしたり・・・紐はうねうねと他の紐に干渉していた。

虫よりも性質が悪かった。




私が、指を伸ばすと紐はビクリとして逃げようとしたり、逆に私の指に向かって来ようとしたり様々な反応があった。



人間の時には、うっすらとしか感じなかった紐(縁)の存在。

今の私には、目に力を入れなくても監視カメラが切り替わるように、瞬時に様々な縁の紐を見る事が出来た。



「・・・どうだい?新居の感想は?」


縁の祟り神のオバサンがやって来て、そう聞いたが私の様子を見て、安心したように笑った。


「なかなか来ないからどうしたのかと思ったら…なんだい、もう馴染んでるじゃないか。少し心配して損したよ。」

「自分の世界(部屋)作りですからね、きちんとしたかったんです。」



私も少しだけ笑ってみせた。


「そうかい、まあ、これからゆっくりと創っていけばいいさ。」


すると、縁の祟り神は、これから私がすべき事や覚えるべき事を話し始めた。


「いいかい?祟り神のやる事といったら、祟る。殺す。人間の命をいただく。これだけだ。

祟り方や殺し方、命のいただき方は、手段は問わない。好きにやっていい。

普通の人間は、思っているよりも簡単に死ぬからね。

しかし、まあ・・・あたしらの祟りを稀に跳ね返し乗り越える人間もいる。そいつは、生きる事を許された優秀な生き物だ。

試練を乗り越えた選ばれし人間、とも言うね。

人間は試練が好きだからねぇ…どんどん試練を与えてやれば良い。


あたしらは人間みたいに簡単には死なない。外で寝たって凍死も熱中症も関係ないし、空腹で死ぬ事だって滅多に無い。

ちゃんと人間の命(食事)さえ摂っていればね。

最初は今まで通り、縁を操り、人間一人祟り殺すのが限界だろう。

あんたくらい縁の力が使えるなら、じきに縁を操って大量に人間を祟り殺す事も可能になるだろうが・・・まあ、ゆっくりやればいい。」


私は正直、人の生き死にまだ関わりたいとは思っていなかった。

縁の祟り神は、それを見透かしたかのように”ゆっくり慣れろ”と話を省略した。



「命は、人間にとって一つしかない宝。

それをあたし達は簡単に奪えるし、それを弄ぶ事で人間に恐怖を与え、命の尊さを教えてやるのさ。


あたし達はね、そうやって人間に試練を与えて、身の程を思い知らせてやるんだよ。

乗り越えられない人間はそれまでの未熟者。見事、試練を乗り越えたら生きていく事を『認めてやる』のさ。


それが・・・人間には出来ない”神の技”というものだ。」


「神・・・。」

縁の祟り神は、ゆっくりと頷いた。

「そう。あんたは、もう神様なのさ。中身は神聖さなんかこれっぽっちもないが、神は神だ。」



「火鳥の事は気にしなくてもいい。

あの女は、ただの当て馬だ。お前がその気なら、あいつ等が何をしようと無駄だしね。


最初から、あたしは・・・アンタが欲しかったんだからね。自信を持ちな?」



縁の祟り神の指が私の顎を捕まえ、少し上に上げた。

ちょっとうざったいな、とも思ったが、慣れていない世界で逆らうのは危険だと思い、流すことにした。

何しろ、今までで一番楽しそうに笑っているのだ。このまま、いい気分でいさせてやった方が、親切というモノだろう。

「はい。」


「ふふ・・・モノ(祟り神)にならなければ、喰ってやろうと思っていたが・・・アンタが”正しい選択”をして良かった。

今日から、あたしはあんたの仲間だよ。祟り神として、あんたの助けになろう。


難しいことは何も無い。ただ、愉しみな・・・。」



そう言うと、縁の祟り神は上機嫌のまま、私の目の前から消えた。



私は、人間じゃない。


私は、祟り神として人間達に試練を与える・・・


どんな試練が良いかな?



とりあえず・・・人に優しくすれば自分に返って来るって思いこんでいるヤツを人間不信になるまで追い込んでみるかな・・・。

そうだ・・・それがいい。

自己満足の塊をぶっ潰して、それでもなお、人を信じ、人に優しく出来たなら・・・そいつは聖人だ。




・・・何が・・・



・・・何が・・・人に優しく、だ・・・!






『いいか?自分が人にされて嫌な事は・・・誰かにやっちゃいけないんだ。』





・・・あれ?






『どうして?お父さん・・・あ、そうか。喧嘩になっちゃうから?』


・・・ああ、そうだ。

私の父だ。

父は、いつもこんな風に突拍子もなく話を切り出してきたのだ。



新聞を折りたたみ、小さかった私を膝の上に乗せると父はこう続けた。


『そうだな。喧嘩になってしまう事もある。喧嘩になるとどう思う?』

『・・・ムカつく。そいつが私の目の前から、跡形も無くいなくなればいいと思う。』

 ※注 水島さんは、幼い頃から少しひねくれていたらしい。 


『・・・お・・・お前が、嫌だと思う事を誰かにされたら確かに腹も立つし・・・第一、悲しいだろう?

それを、お前自身が他の人にしたら、他の人だって悲しい思いをするんだ。

そして、それはやがて自分に返って来るんだ。』

『・・・へえ。』


返ってなんかこないよ。

返ってきたとしても、また打ち込むだけだよ。

やったらやり返す。そうでしょ?やらなかったら、やられるだけ。

相手の息の根が尽きるまで、たたき返したら・・・いつか終わる。

こっちは、勝利者のまま・・・終われる。

敗北したまま黙ってなんかいられないでしょ?



『それになあ・・・誰かを悲しませるよりも、誰かを笑顔にする方がずっとずっと気持ちは良いんだ。そう思うだろう?』

『・・・うん。』


そうかな?誰かの笑顔の下に、誰かが潰されている事、自分が自分の身を切った事を思ったら・・・そいつの笑顔が憎くならないのかな?

そいつの笑顔の下に”やってもらって当然”って思惑が無いってどうして言いきれる?

他人の笑顔より、自分が笑う事が先じゃないか。




『だけど、誰かを笑顔にする方法はな、とても単純だけど難しいんだ。人の気持ちをいっぱい知らないと出来ないからな。』

『・・・ふうん・・・難しいのかぁ・・・じゃあ、私には無理かも。』



自己犠牲だの博愛だの、今時流行らないよ・・・!

それに私は・・・失敗したもの・・・全部。





『そんな事は無いぞ。お前だって、誰かを笑顔に出来るさ。』






(ふふっ・・・はい、出来ませんでしたー。ごめんねーお父さん。)




私は部屋の中に這いつくばっている紐を足でちょん、と突いた。






もう、どうでもいいんだ。何もかも。

だから、私は逃げる事にした。


でも、それはいつもの事だ。



逃げる事は勇気ある撤退、と言うじゃないか。

逃げるってネガティブな言葉に聞こえるし、弱者のする事だとか言われてるけれど

自分の身を守る事は基本的な事だし、大事なことじゃないか。


他人の為の苦労や危険なんて、他人にしか恩恵を与えない。

わかっていたのだ。


自分の目的の中に、他人の為とか、自分に関係ない事を突っ込んだら、こうなるって。


結局、私は人間をやめた。

こうなるべくして、こうなったのだ。



だから、わかっていた。










 『 いいえ。あなたは、何もわかっていない。 』










「ハッ!寝過ごした!?」


目を開けると、そこは私の部屋ではなく、大手ハンバーガーチェーン店・ドスバーガーの店内だった。

午前10時過ぎ。


勢いよく上半身を起こしたはいいが、はたと自分の状況を思い出す。




「あ・・・そっか。私、もう出社しなくて良いんだ。」



自分の世界から人間の世界に出てきて、適当に色々見て廻ってたんだった。



今の私は、食べる為に働く必要は無い。

住む所だって、暑さ寒さも関係ないし、人に認識されないからホテルのベッドに横になっても誰も怒らない。

着る物だって、この白い着物が私の制服?らしいし、これがあれば他には何も必要ない。


こうしてドスバーガーの店内で寝ていても、誰も何も言わない。

店員さんも客も誰も私を見ていないし、気にもしていない。


大体、私がここにいると認識されていないのだ。


よく、ただの孤独よりも、大勢の中で感じる方の孤独の方が辛い、とかなんとか言われたり、歌われたりするが。



そんな事は、人嫌いにはまったく関係ない。


私は、大多数の人間に向けて放たれた共感の言葉等に共感をする心を持ち合わせてなどいない。







 『・・・大衆に流されない”少数派”。そんな自分に酔ってるんじゃないの?希少価値アリだとでも思ってるの?そこに疑問は抱かないの?』






(・・・あ?なんだ、今の・・・。)


私の心の中に、何故か相反する言葉が生まれた。

今の私に干渉する人間などいないはずなのに。


ぼうっと店内を見て、店のお手洗いで軽く寝癖を直す。

暇なので、勝手に厨房に入って店員の仕事を見ていた。

客足が少し途絶え、店員達がヘラヘラ笑いながら冷蔵庫に入り、頭にレタスを乗せ、輪切りトマトを咥えて写真を撮っていた。


「はい、炎上写真の出来上がり!ツイッターやってないけどね!」

「あんなのツイッターに投稿するから悪いんだよ。内輪ネタなんだしさ。」

「やるなら、これは辞めた後にやるんだよ。顔とか履歴とか隠してさ。それが賢い奴のやり方でしょ。」

「店長のシフトの組み方マジ鬼畜だし。これは”天誅”。」

「あー言えてる言えてる〜。バイトだからってさ、扱いが酷いよね。自分は休憩室でタバコ吸ってるくせに。働けっつの。」

「正社員だかなんだか知らないけれど偉そうだし、エリアマネージャー来る時”だけ”うちらに厳しくチェック入れるよねー。」

「だったら普段から、自分がちゃんとしとけっつーの。ていうか、お前に言われたくないし。」

「ホント、店長いなかったら、ここもっと良い店なりますよね〜」


どいつもこいつも、五十歩百歩だ。

正しさと自己中心的な考えが混ざって、結局正しい行いがない。

良い店じゃないのは、店長だけのせいではないらしい。


その証拠に、アルバイト連中の人間関係の紐は、誰一人強く繋がっていない。

こいつらが辛うじて同じ方向を向いているのは、その先に敵役である店長がいるからだろう。

店長がいなければ所詮はアルバイトでしかない、こいつらが手を組む事はそもそも無いのだ。



「・・・今のお前らがいなくなったら、もっと良い店になるよ。」


私はそう言って、アルバイト達の縁の紐を切った。



その途端、皆の表情が鬱憤の溜まったように強張り始めた。


みるみる場の雰囲気が重くなる。

互いに不満と嫌悪感を感じているはずだ。


「これは、試練よ。」


祟り神だけど、私は一応”神様の見習い”だ。だから、人間が成長できるように、試練を与えなくちゃ。


アルバイトとはいえ、この仕事だって、職場の人間に嫌悪感・不満を抱えたまま乗り切れる仕事ではあるまい。

どんな場所でも、自分の心の余裕を作れるようになれば、多少の他人の行為など許せるようになる。


馴れ合いながら、仕事なんか出来ると思うなよ。

現実は厳しいんだ。思い知れ。



これは、そういう試練だ。




 『何様なんですか?ドラえもんの道具を手に入れて調子に乗ったのび太君ですか?そういうパターンののび太君が、オチでどうなるか知ってるでしょ?』




(なんか、聞こえる・・・。)


私は店から、のそのそと出た。


店を出ると、孤独だった。



私の周囲には、私がいなくなった世界がひろがっていた。




「・・・新しい一日ってヤツだ。」


私は空を見上げて、口角を上げた。



今日から私は、神様だ。



だが。




・・・・・・やる事、一つも無し!



爽やかな青空を見上げながら、私はふうっと溜息を漏らした。




何せ、私はまだ完全に死んでいないので、まだ神様の試用期間中、と言った所だ。

やる事は限られている。


それに、神様は神様でも縁起の悪い”祟り神”だし、でも・・・やる事と言ったら祟るくらいしかない。

で、祟ると言っても大物、所謂権力者等には全く効力がない、という。


一般的な庶民くらいなら、数人程度祟れる感じだ。

地道に小さく祟っていって、実力をつけるしかない。


「・・・とりあえず、安定だ安定だって浮かれてる公務員系でも祟るかぁ〜。派遣に代わってお祟りよっと。なんか、語呂が悪いなぁ・・・」

 ※注 祟り神になってから、語呂どころか色々悪くなってしまった水島さん。



人間に認識されなくなって、私は色々な人間を見た。


見ていないと思って、一人の人間をいたぶって笑う人間、それを見てかわいそうといたぶられる弱者を嘲笑う人間、それらの人間の顔色を伺って笑ってみせる人間。

あなたに有利な話を持ってきた、とさわやかな笑顔を浮かべて、老人から金を貰う、口が上手いだけの人間。

ぐずる自分の子供に舌打ちをし、携帯電話の光を顔にあてながら、今日購入したバッグの画像をネットに流し、他人から評価を得てニヤニヤする人間。

酒を飲みながらニヤニヤ笑って、くだらない小説を書いてはWEB拍手の数を稼ぐ人間。

家に家族が待っているのに、自分の子供くらいの年齢の子供の身体を触る人間。


薄暗い部屋で一人、パソコンの光を浴びて、ぼうっと画面を見つめている寂しそうな人間の後姿。



みんな、私に見られていると思わないし、認識も出来ないから、素の自分をさらけ出す。

みんな、日陰ではこんなもんだ。


人前や日向では、装うのだ。

人間が服を着るのと変わらない。

ハダカの美○子なんか、そこらにいる訳がないし、誰も見たいとは思わないのだ。


ちょろちょろと街の中を歩き回る。

私は気楽に空や建物を見て、ゆったり歩く。

普通、道の真ん中で立ち止まっていたりすると、5人に一人は舌打ちをして睨んで行くのだが、今日は誰もいない。


みんな、せかせかと急いで歩いている。


エスカレーターだって、そんなに駆け上がっていかなくても、隣の動かない階段を駆け上がるのと数秒しか違わないのに。

駆け上がったサラリーマンの鞄にぶつかったおじいさんが手すりにしがみつき、小さな声で「あぶねーなぁ」と不満を漏らす。

おじいさんの後で、早く行かないからだと舌打ちをする人がいる。

それらの人間の隣には『危険ですので、エスカレータでは歩かないで下さい。』と別の人間が作ったステッカーが貼られている。

そしてまた、その横をスマートフォンを見ながらドカドカと女性が歩いていく。

私は、ゆっくり動く階段に身を任せる。


急ぐ用事等ありはしないから。


何の為の、誰と誰の為の、ルールなのか。

人間が他人と共存するには、様々なルールに縛られる。



命に関わる事、国同士、組織同士等から、その場の空気に纏わる、くだらない事まで。



こんな忙しなく、優しさが人ではなく、空の彼方に飛んでいくようなトンチンカンな世界で、私は息苦しさを感じながら生きていたのだ。



みんな、心にもう少し余裕があれば、もっと違ったのだろう、と思った事はある。

だが、そういう自分だって余裕のない人間だったのだ。

だから、声に出す事は出来なかったし、しようとも思わなかった。



「なんか・・・小腹がすいてきたような・・・。」



エスカレーターを上りきって、私は呟いた。

神様でも腹は減るらしい。だが、私の食事は人間の魂、エネルギー。

祟り殺して一気に魂を喰らうか、呪いをかけてジワジワと生命エネルギーを取り込む等、補給方法には色々あるらしい。

みなは魂の調理だ、と説明を受けた。


空腹やら栄養失調で死ぬ事はないらしいので、私はそのまま歩いた。

ビジネス街から出て、民家が多くなってきた。

この近くには大きな公園があったはずだ。そこで少し休もうと私は公園を目指し歩いた。


私の隣を幼稚園児達が団体で通った。

無邪気にはしゃぐ園児達は、大きなトラックが通っただけで歓声を上げる。

あんな頃が私にも、いや、みんな・・・何も知らない頃は、ああだったのだ。


この子達の中で何人の子供が、今のような無邪気な笑顔を保っていられるのか、一人の無邪気な笑顔の為に泣く子は何人になるのだろう。



(案じていても仕方ない、か。)


祟り神が人間の未来を案じるなど、余計なお世話、というものだ。

子供を祟って自分の栄養にするのは、さすがに気が引けるのでやめた。

というよりも、子供は世界の輝きを見つけるのが得意らしく、瞳は常時輝きで満ちている。祟る余白なんか、僅かしかない。



公園に入り、座る場所をさがしていると男女のカップルがベンチに座っていた。

ファッションカタログにでも載っていそうな格好の二人は、正直似合いのカップルのように見えた。

だが、二人共表情が優れない。

女はスマートフォンの画面をじっと見ているように、うつむいている。


私が隣のベンチまで歩いて座ろうか迷っていると、突然男が立ち上がり「ごめん!」と言って走り去って行った。

女はスマートフォンの待ち受け画面から男と自分で撮った写真を見ながら泣き始めた。


女の隣に私は座った。


彼女と彼の縁の紐は黒くなっていた。


縁の紐は、赤ければ、片想いや両想い、とにかく好意的な繋がりを表す。

緑は、親族。親が子を想ったり、家族の繋がりを表す。


・・・で。

この”黒”は、トラブル、もしくは繋がっている人物が自分に対し敵意や良くない想いを抱いている。


隣の女が、スマートフォンを指でコツコツとたたき始めた。

メールを打っているらしいが・・・長い上に、背筋が凍るような哀願と憎悪にまみれた文面だった。

自分の反省点を上げ、彼の譲歩すべき点も上げて責めたかと思えば、また謝罪の文言が書かかれ、復縁してくれなければいつまでも付きまとう、と綴られている。

一言「別れたくないよー」で済めば、まだ可愛げがある。

大体、感情に任せて書いた挙句、脅迫めいたその内容で、受け取り手が本当にもう一回付き合おう!とでも考えると思っているのか。

言いたいだけなら、止めた方がいいのに。


画面に表示された「送信しますか?」のメッセージに彼女は、ふと指を止めた。


彼女だって、送ったらどんなに自分が惨めになるのかわかっているのだ。

やり場のない感情を相手に知って欲しい、だけなのだ。


一分後の自分をどうにかマシなものにしたくて足掻くのだ。


その足掻こうとする気持ちは、人間だった頃の私ならよく分かる。

今の状態では、そんな足掻き方で先の未来を冷静に想像なんか出来ない。




 『まさに、あなたにも言えることですけどね。』




・・・だ、だから、間違いを犯しやすい。

たった一回の間違いが人間社会での自分の運命を変える。

このまま、この女の魂を食ってみようか、と思ったのだが、女難の女だった私にとって、まだ女性をどうこうするのは気が引けた。


どうにも、女という生き物は苦手だ・・・。


私は女の黒い紐を切って、パスタのようにちゅるちゅると吸って口に含んでみた。


(・・・なんか、不味い。)


しょっぱいんだか、甘いんだか、苦いんだか・・・とにかく涙が出そうな程不味い。


私は紐を口から出した。

黒い紐は無色になって、地面をバタバタと跳ねたかと思うと、フッと消えた。


ベンチに座っていた女は、メールを送る事無く、消去した。


「・・・しょーがないよね。」


そう言って、女は涙をこぼしながら笑った。

メールの文章を削除し、スマートフォンの待ち受け画面を出した。

女はしばらく見ていると、一斉にそれらを消去し始めた。


そして、あらかた消し終わると電話をかけ、こう言った。


「あ、もしもし?今さ、暇?・・・あの、話聞いてくれる?」



女はこれから笑い話でもするかのように、友人に語りかける。




私は、空を見上げて笑い始めた女の魂を喰う気が完全になくなった。




普通の人間だった頃とそんなに変わらない世界を見ているのに、私の観方は偏屈もいいところだった。

気分次第で、この世は天国にも見えるし地獄にも見える。

実際、この世を生きていかなければならない立場なら、天国だろうと地獄だろうと歯を食いしばって笑って生きなければならないだろう。


しかし、今の私は人間の世界を見ているだけの、非人間である。


関わらなくても、何もしなくても、何の問題もない。


ちょっとした空腹感を抱えて、私は公園内を歩いた。


お母さんと子供が、ベンチにすわり、一つの肉まんを半分に割った。

お母さんは大きい方を子供に差し出すが、子供は大きいのはお母さんが食べて、と笑う。

二人は、はふはふ言いながら口に肉まんを頬張った。







 人間のああいう幸せそうな表情を見るのは、私は好きだった。







『いいか?自分が人にされて嫌な事は・・・誰かにやっちゃいけないんだ。』


・・・あ・・・



『だけど、誰かを笑顔にする方法はな、とても単純だけど難しいんだ。人の気持ちをいっぱい知らないと出来ないからな。』


・・・ああ・・・それはさっき聞いた・・・



『お前だって、誰かを笑顔に出来るさ。』




父は、そう言って私を育てた。





 『でも、出来なかった。いや、しようともしなかったし、自分自身笑顔になろうともしなかった。』






まただ。

変な声が聞こえる。


私の心の中の声に、嫌なツッコミばかり入れてくる。


私は、その声を無視した。




今頃、私の知り合いは、私を忘れてくれているだろうか。






――― 水島さん。




私は、そんな名前で呼ばれていた。




今の私は・・・もう違う。


私がどうなっているか知っている火鳥も、それ以外の人も、きっとみんな私を徐々に忘れていくだろう。

知り合いだけじゃない。

私の母さんや父さんだって、例外ではない。

いや、その前に・・・私が死んだ、と聞いて悲しんでくれるだろうか。・・・特にあの母親は。

老後の面倒をみてやれないのはすまない、とは思うが、二人仲良く余生を過ごしてくれたらそれでいい。




ああ、それにしても楽だ。


しみじみ思う。



平日の昼間からベンチに座り、他人事をただ見ている。


何かしても白い目で見られたり、誰にも何も言われない。

誰かに迫られたり、誰かと誰かの間で気まずくなりたくなくて、猛ダッシュしなくてもいい。

誰かにツンデレだか、なんだかわからないような言いがかりをつけられることも無い。

隣の誰かにゲロを玄関にぶちまけられたり、ストーキングされたり、ゴリラに捕まったり、暴れ馬に乗ったり

同じような考え方なのに、いがみあったり、一緒に馬鹿みたいな事を真剣にやったり




そうやって、誰かの何かを守ってきたり、助けてもらったり・・・






そんな事、もうありはしない。


そんなの、もう出来ない。




だから、楽に・・・・・・





・・・楽に・・・・





・・・いや・・・






・・・・・・それは・・・楽・・・なのか・・・?





暇だ。

空腹だ。



何も、無い。



空っぽだ。




やる事と言ったら、人間を眺めて誰も聞いていない独り言を呟く程度。

いいね!も リツイートも無い。

そんなもの欲しくも無いけれど、それすら・・・何も無いのだ。


祟り神として出来る事が増えても、たかが知れている。


祟って、魂を喰って、自分の腹を満たすだけ。

祟った先に、何が生まれるわけでもなく、誰かが死んで、そこで私のお腹は満たされる。




ただ、その繰り返し。




そこまで考えて、私は公園のベンチの上で膝を抱えて座った。




他人と関わらない最適の生活。

代償は、今まで過ごしてきた人間の自分を、関わってきた人間の記憶ごと捨てる事。


祟る事が大好きという訳ではないし。

見ず知らずの人間に興味なんかないし、関わりも無いのに恨みだってそうそう抱いたりしない。

TVを見ていて、芸人の不謹慎なネタを生真面目に受け取り、何コイツ不謹慎な!なんてマジギレもしないし。




それに、祟りたい程の恨みなど、楽になった今の私には無い。






楽だけど・・・楽しくない。




 『そう、楽なのに、貴女には何にも無い。』




祟り神として、やっていける気がしない。



何も無い。何も生み出せない。

そんな私を誰も見てくれない。助けてくれない。

この状況を変えようにも、キッカケも助けてくれる人もチャンスも無い。




ただ、一人で暮らしていけたら良かった。



私という存在があって、他人に”いる”と少しばかり認識されていて。

自分の手を伸ばせる距離に、私が関わる事が出来る人たちがいた。

程々の距離を保ち、それでも時々距離を縮めてくる人に顔をしかめながらも、私はそれを許し・・・私も、誰かに関わる事を誰かに許されてきた。

私の全ては受け入れてもらえなかったし否定もされたが、それでも”貴女らしいわね。”・”そんな貴女が好き。”とも言われた。



でも、それらはもう無い。

私が、私の手で捨ててしまった。



その代わり得た新しい生活が・・・私の望まない”孤独”。



 『 そう?でも、貴女の目指していた”楽”ってね、そういうものよ。 』




こんな生活は望んでいなかった。


ああ、嫌だ。





(・・・ああ、コレが孤独か・・・。)



一人が好きだとは言ったけれど、隔離され、色々な制約が加わると・・・これはこれで・・・。



 『全〜部、自分で自分を縛ったくせに、ね。』



親しく感じていた人をいっぺんに失った気分。


 『全〜部、自分で消したくせに、ね。』



知らない人ともう一度知り合える事も無い。

やれる事は祟る、殺す、喰う、この作業の繰り返し。



 『全〜〜部、自分で招いた結果なのに、ね。』




やりたくない事もやらなきゃいけなかった事も もう出来ないと思うと嫌だなと思うのは・・・どうしてなんだろう。




(・・・でも今更、だよね・・・。)




 『本当だね。』



・・・さっきから、私の中で喋っているヤツは誰なんだ・・・?

もしも私の傍に誰かいるのなら、孤独じゃないのだけれど、ソイツの存在が見えない。

私を責める声だけは、ハッキリと聞こえるのに。



「おや、どうしたんだい?」

「ホームシック?ああ、ヒューマンシックってヤツ?」


ベンチの上で膝を抱えて座る私の後ろには、紫色の着物を着たオバサンこと”縁の祟り神”と赤い着物を着た不気味な笑みを浮かべる”寿命の祟り神”だった。


途端にさっきまで私を包んでいた”孤独”が消え失せる。


どっちも私にとっては先輩だ。私はとりあえず、頭を下げる。

先輩の祟り神は言った。


「何事も慣れだよ。まだ一日目じゃないか。最初は上手くいかないし、出来ることも少ないからね。」

そう言って、縁の祟り神は笑った。


「そうそう。筋は良いんだから。先輩のアドヴァイスは聞いて損はありませんよ☆」

そう言って、寿命の祟り神はおどけた。



・・・なんか、新入社員研修中に聞きそうな言葉と気安く肩に触れられた事に私はイラッとした。


ニコニコ親切な顔をしているが、要は”辞めるなんて言わないよね?やる事やってね☆”という『確認作業』だ。



「気持ちはよーくわかるよ、昨日まで人間だったんだから。」


・・・いいや、わかるもんか。貴女達は、人間を辞めて何年以上も経っているじゃないか。

それに今、悩んでいたのは、人間に戻りたいって事じゃない。



「ええ、ええ。でも、人が嫌いなんでしょ?だったら、ここは最適な場所じゃないですか。」


・・・そう思ったよ。実際、こうなってみるまでは。



私は無言で二人を見た。


「あたしだって人間の時はね、嘘に囲まれて生きていた。惨めな思いを沢山させられた挙句、想いを通じ合わせた相手にも裏切られた。

何が良くて、何が悪いのか・・・結局、判断するのは誰でもない。決めるのは、自分。それに気付いた時、あたしは祟り神になっていた。」


縁の祟り神は、しみじみ自分の人生を語った。


「私だってそうですよ。人間だった時、長く美しくいられるって色んな人間に騙されて、色々な事をして、毒も飲みまくって、ヤギの糞を顔に塗ったりしたもんです。

結局、心も身体もボロボロ。そもそも美しくいたかった理由すらも見失って・・・で、色々あって祟り神ですよ。」


寿命の祟り神は、つまらなそうに自分の人生を語った。


この人達も色々あったんだな、とは思いつつも、私には彼女達に何があったのか、なんて・・・全く興味が湧いてこなかった。


「人間の世界に戻っても、アンタを待っているのは時間を持て余した人間共の馬鹿馬鹿しい小競り合いだよ。また巻き込まれたいのかい?」


そんな事は知っている。それが嫌だから、ここにいるのだ。

だけど・・・。


「縁の神が、わざわざ自分の力を使って貴女をここまで引っ張り上げてくれたんですよ?感謝しなくちゃ。

念願の”誰にも邪魔されない人生”の始まりじゃないですか。」


終わりのこない作業的人生の始まりなんて、私は願った覚えは無い。



「一回、誰でもいいから祟ってごらん?そうすれば、自信がつく。アンタに足りないのは自信だよ。」

「・・・・・・・。」


いや・・・祟ってごらん?って言葉はおかしいのではないだろうか。

自信つけたって、やってる事は”祟り”だし。自信以外にも足りないものがある気がする。


「よーし!そんなに踏ん切りがつかないなら、歌を歌いましょう!」

「は!?」


寿命の祟り神がニコニコと笑いながら、嫌な提案を押し付けてきた。


「さあ!kin○ikidsのフラワーでも歌いましょう!♪ぼくらは愛の花咲かそうよ〜苦しい事ばっかりじゃないから〜♪」



・・・どこのエセセミナーだ。歌うな。誘うな。こっちは歌う気なんかないんだ。

この研修での苦しい事を乗り越えたら、パラダイスみたいな事を匂わせるな。乗り越えた先にあるのは、祟る未来しか無いじゃないか。

これからやる事といえば、愛の花を咲かせるどころか、その花々を摘むお仕事だよ!!



黙りこくったままの私を見て、縁の祟り神が腹立たしそうに溜息をついた。



「・・・アンタ、綺麗事だけでこの世もあの世も廻ると思ってんのかい?それで何が変わった?

アンタがやれる事は、人に愛され利用される事じゃない。

アンタは始めっから、人に関わってはいけない女だったんだ。人を祟って喰う事しか出来ないんだ!」



縁の祟り神が、嫌に説教くさい台詞を並べ始める。


「そう、ですかね・・・。」



・・・本当にそうなのかな?


そうやって決め付けられると、私という女はジワジワと反抗したくなるのだ。

私は、本当にそういう生き方しか出来ないのだろうか。



「ちょ、ちょっと?縁の神?」

「あたしは、あんたの気持ちがわかる!あんたに一番近い存在だし、あんたを一番助けられる存在だ!

あんたはどうだい?同じ仲間のあたしを・・・もっと、あたしを知りたいと思わないのかい!?」



それは、思いません。

あなたに興味も何も無いんです。


私は何も言わずに顎を手のひらにおいて、膝に肘をたて、二人の先輩から視線を外した。



「そうやって、また無視をするのかい!?」


「・・・あのーマズイですよ?縁の祟り神。この女、貴女が熱くなるから、冷めてきてますよ。」


「うるさいッ!」


縁の祟り神が怒鳴る隣から寿命の祟り神が両手で”まあまあ”と制止させる。


「まあまあ・・・あのねぇ、貴女も貴女ですよ?”新人さん”。

人間には人間の生き方、祟り神には祟り神の生き方があるんです。

この世界はね、あまりにも弱い神は、強い神に喰われるんです。貴女は、いつ私達に喰われてもおかしくないんですよ?

・・・例えば、私のこの額の傷・・・貴女とあの人間につけられたんですよ?これが、恨まずにいられましょうか?」


「・・・・!」


私は、私の正面に立ち、私の顔を覗き込んでくる寿命の祟り神の”額”を半ば強引に見せられた。


「・・・ねぇ?よくよくよ〜〜〜〜く見て下さいよ。あの石、痛かったなァ〜?」


寿命の祟り神は、ガーゼを剥がし膿んだ傷口をワザと爪で引っかいて見せた。

血は・・・出ない。


「ほら、わかります?もう人じゃないんですよ、私達は。

だから、人間のままの感傷を引き摺るのは、おやめなさいな。

自分らしくだとか、ありのままの自分だとか、2流女性誌が書きそうなスローガンを真に受けなさんな。

そういう考えに流されるから、自分の軸がブレていくんでしょうが。


もし、これ以上、人間らしくいたいとか、くだらない人助けを続けて、私達に迷惑をかけるならば・・・ソレ相応の代償を覚悟していただきたいねぇ。」


目は本気だった。


「・・・・・・。」


思わず、私は身体を後ろに引いた。

更に寿命の祟り神は私に寄って、低い声で言った。



「そうそう、力が弱い内は、そうやって小さくなって、大人しくしていなさい。

妙な気は起こさん事です。

縁の祟り神の執着ぶりもさながら、私だって貴女に興味が無い訳ではない。

人間の時の貴女は、縁の神の獲物だから、そんなに手は出さなかったんですよ。

しかし、人間じゃなくなった今の貴女が何か問題を起こしたら、この地に住む祟り神全員が貴女を喰らいに来るでしょう。

一人で太刀打ち出来るようなものじゃありませんよ?貴女は村人Aから”冒険者レベル1”になったに過ぎないんです。


勇者の血も剣も持たない貴女風情が、魔王城近くの洞窟に入って無事で済むわけはない。・・・この意味、おわかりですよね?」


「・・・・・・。」




私は、何も答えなかった。

答えようにも、寿命の祟り神が近すぎて呼吸も止めていたからだ。





「・・・わかったのかっ!?」





怒鳴り声でビクリと身体が強張った。

寿命の祟り神からは、ビリビリと負のエネルギーを感じた。まるで首に刃でも押し付けられているようだ。

今、自分の頭が首と繋がっているのが不思議なくらいだ。


寿命の神は私の恐怖を感じ取ったのか、ふっと鼻で笑って縁の神に向き直って言った。


「縁の神も、彼女をちゃんと祟り神として扱った方が良いですよ。あと数日じゃないですか。少しばかり、私怨と私情が出すぎですよ。」

「・・・フン。」


寿命の祟り神の言葉に縁の祟り神は不満そうな顔をしながらも、私の前からすうっと消えた。



”この世界、あまりにも弱い神は強い神に喰われるんです。貴女は、いつ私達に喰われてもおかしくないんですよ?”



それは・・・この先、いくら大人しくしていても力が無ければ、他の祟り神に喰われてしまう、という事で・・・。


そして”喰われる”とは、一体どっちの意味だろうとかアホな事を考えてしまう私だった。


 ※注 今までの悲しい経験の結果。



街を歩く。

誰も私を見ないし、気付いてもいない。

人間の時だって、どんな酷い顔をしていても、誰も関わろうとしなかったし、気にも留めなかった。

それは、私だって同じだ。

余計な事に関わらない事こそ、最大のトラブル回避だ、と。

助けて欲しいなら、他の人に、もっとアピールすればいい、と。


だが、今の私には・・・誰もいない。

自分で解決しようにも、どうにも出来ない。解決のしようが無い。


人ごみをみていると、やはり気分が良くない。

薄暗い路地に入る。


「ごめんなさい!ごめんなさい!!」

「何、そんな必死こいて謝ってんの?そういうの要らないし。」

「大体、謝るくらいなら、最初からうちらの空気壊すような事しなきゃ良いんだよ。」


気の弱そうな女の子が、オシャレで気が強そうな女の子に囲まれていた。

気の弱そうな女の子は服装は今流行りのモノではなかった。素朴で安価な、それでも十分に街は歩くには困らない服装だった。

だからこそ彼女を囲む、見た目にたっぷりの金を注ぎ込んで、ウケルとキモイを連呼して会話してそうな女の子達と一緒にいると違和感があるのだ。

彼女達は、いや、気の弱い子は好きで一緒にいる訳ではない。

気は合わないし、きっと嫌な事もいっぱいされるし、言われるのだろう。


こっちはイジってあげているだけ。

こっちがイジッたら、あっちが面白くなるから。

これは、ただの遊びです。


彼女達は、きっとそう言う。


イジる、とはそもそも、その人物の普段見られない部分や、その人物の魅力を知らない人の為に、その人物を知る為に、話題を振ったりする事だ。

自分の都合の良いように、搾り取り、笑い者にする事じゃない。



・・・僅かに、この状況は・・・前の私と重なる・・・。




 ――― 高校時代。


『ねえねえ、アンタさぁ彼氏とかいないでしょ?・・・だよね〜?』

『・・・何よ、そのリアクション。薄すぎ!つまんなあい!』

『こんだけ人がイジってやってんのに、一つも面白くないなんてさ、逆に奇跡だわ!』


『ねえ、あんたさぁ〜生きてて楽しい?』


 ――― 入社当時。



『はいはい、邪魔なんですけど〜存在が。』

『仕事覚える気ないなら、辞めて。代わりなんかいくらでもいるんだから。』

『もっと大きい声で話しなさいよ!だらだらとアンタと会話したくないの!』


『ねえ、あんたさぁ…ホント、何なの?どうして生きてるの?』





どうして・・・そんな言葉を・・・投げつけるの・・・?


私が、自分の楽しみや生きる理由を聞いて、どうするの?

私が、楽しみや生きる理由を考えて答えないと…あなた達にどんな迷惑がかかるの?


私は・・・どんな私でいたら、良かったの・・・?

私は、どんな私だったら・・・こんな目に遭わずに済んだの?




どのみち、どんな私でも・・・みんな、私が嫌いなんでしょう?








私だって・・・お前等なんか、大嫌いだ・・・!










「ホントさ、アンタって人付き合いってのが解ってないよね〜」

「でも・・・もう、お金、無いんです・・・」


「いっつもそう!うちらと遊ぶ時は、金要るに決まってんじゃン!馬鹿なの?馬鹿だよね?馬鹿は金持って来る係なの!」

「そ、そんな事言われても・・・!」


「ないんだったらさ、そこらへんのオッサンのしゃぶって、金作っておいでよ。」

「・・・え?」

「うわー出たー鬼畜発言ー!どうせなら、すっごいキモイオッサン連れて来ようよ!」

「や、やだ・・・やめてッ!」



あー・・・もうダメだ。見ていられない。

昔の自分を見ているみたいで、この状況を破壊したくなる。



気が付くと私は、手を伸ばしていた。


(この場合、紐を、切れば・・・。)



「何をする気だい?新人の祟り神。」

「え?」


縁の祟り神がいつの間にか、私の後ろに立っていた。


「・・・あの気の弱そうな女を救う気かい?そいつはイケナイ。」

「どうしてですか?」

「あたし達に出来る事は、祟る事、殺す事、喰らう事・・・それだけだ。」


要するに、助けるな、という事だ。


「アンタの手近な良い魂(食事)になりそうだしね、黙って見ていれば良い。それ以上は必要ない。」

「・・・・・・。」


私は、祟り神から再び、気の弱そうな女の子を見た。

髪の毛を掴まれて、彼女は泣きながら嫌だを繰り返した。


・・・これは決して、珍しい事ではない。

この世界で探せば、こういう現場・・・いや、もっと陰惨なことが人間達の間で行われている。




「・・あの女と自分の姿を重ねているのかい?」


祟り神はそう言った。


現状維持で精一杯。嫌な事をされても、自分さえちゃんとすれば、悪い所を直せばナントカなる、と思っている。

抵抗をしない。突破口を探す事をしない。

ずっと、その場で足踏みをしているに過ぎない。

手段が無い。協力者もいない。状況は常にマイナスかゼロばかりで、それ以上悪くしないように維持し続ける事で精一杯。



だから、結果・・・何も変わらない。自分も周りも。



「・・・いいえ、似てません。」


彼女は似ていない。少なくとも、今の私には。


「じゃあ、遠慮は要らないだろう。あの女は、1週間以内には死を考えるようになる。

いやはや、女の世界ってのも厄介なモンだ。

美人は妬まれ、ブスは自分の安心感の為に利用され・・・ああやって、自分の暇つぶしに他人をズタズタに切り裂いて遊ぶ・・・。

今も昔も、人間なんかロクでもない生き物さ。」


彼女は、あの二人以外で、本当に友達と呼べるものはいないのだろうか。



私には・・・


――― ・・・さん。



私には・・・誰かが、いた。

私を窮地に追い詰めた人、私を窮地から助けてくれた人もいた。


普通のOLだった頃は、私を敵視している人しか私は認識していなかった。

近付かないようにして、平凡で静かな毎日を送っていて、それで十分だった。


だけど、その毎日も・・・


「お願いします!家に帰ってお金持ってきますから!お願いします!!」

「うわー土下座してるよ、コイツ。引くわー。」

「あ、今ねLINEで画像流してみたー!あはははは!」

「お願いします!お願いします!!」


いつ、こうやって他人から攻撃されるかわからない日々だった。

味方も作らず、突破口も作らず、ただ自分の今までの生活を保つ。



味方なんか作れない。どうせ、みんな一緒だ。自分の事を嫌いになるに決まっている。

それよりも、今が変わらなければ、今より不幸になる事は無い、と信じていた。




――― み・・・さん。




・・・でも、変えなきゃいけなかったのは、そういう自分の考え方だった。








――― ・ず・・まさん。







知らなきゃいけなかったのは、嫌な人間についてではなくて、自分にも好きだと思える人間が傍に存在している事だった。











 ――― 水・・・さん。















なん・・・だろう・・・?

今、何か・・・。






「・・・見ている世界が狭いんですよ。あの女達だけが、人間の全てな訳じゃない・・・。」


私がそう言うと、祟り神は目を細めて相槌を打った。


「ほう?」


視線の先の人間達は、どんどん盛り上がっていった。


「あ、いたいた!候補者見つけたよ!早速43歳のオッサンが引っ掛かったよ!3万だって!」

「あー決まり!ホラ、さっさとホテル行って来いよ!!」


「嫌・・・嫌です・・・!」


二人の手を振り解いて逃げようとする女の子を、二人は再度捕まえた。


「お前、ホントに学校来れなくしてやってもいいんだぞ?」

「学校どころか、この世の全てに、お前の居場所なんか無えんだよ・・・いい加減、学習しろよ。」


女の子は、それらの言葉に黙ってしまった。


私は、再び手を伸ばした。


女の子と、あのクソガキ達との縁の紐を切れば・・・コレは終わる。

私は黒くなった紐を思い切り引っ張った。

だが、紐は伸びるばかりで、ちっとも手応えが無かった。


(・・・切れ・・・ない?)


「・・・切れないだろう?それもそうさ。

あのクソガキ共にとって、虐めているあの子は、自分達の心の安定に”必要不可欠な存在”なんだよ。

虐めて消去しようとしているように見えて、あの子がいなければ、今度は自分達が他の女に虐められるから、必死に弱者を作り出して、その上に居座って安定を得ているのさ。

あのクソガキ達も救われない、哀れでどうしようもない、ただの人間なんだよ。」


必要な存在なのに、あんな風に虐める事しかできない?



「あの虐められている子だって、なんだかんだ言って、あの二人のクソガキが必要なんだよ。

そうしないと、あの子だって友達がいないんだ。

自分の思い通りにならないからって、そんなに簡単に人間関係を切ってしまうのも考え物だしねぇ?


・・・よって、3人の人間関係はあれで安定しているんだ。」


「そんな・・・!」



そんな馬鹿馬鹿しい人間関係あってたまるか!



「そんなの・・・安定でもなんでもない!誰かの犠牲の上、不幸の現状維持なんかに、何の意味があるんですかッ!!」


「犠牲者(餌)は、生きる為に必須・・・そうだろう?今まで、何の犠牲もなく綺麗に生きられた人間なんかいるのかい?

アンタだって、たくさんの人間に踏みつけられて、自分も他人からの想いを踏みにじって、ココにいる。そうだろう?」


祟り神はそう言って、笑った。



「そう、だけど・・・だけど!!」


知っている。

そんな事は知っている。



「だけど・・・知っているだけで、私はそれを当然の事だとか、了承した覚えは無い!!!」




それでも・・・目の前のコレを・・・黙ってみてなどいられなかった私は、紐を引っ張りまくった。

伸びるばかりで、切れない。私の腕に黒い紐が巻きつく。


「くそ・・・くそっ!どうして・・・切れない・・・!?」

「無駄だよ、諦めな。祟り神は、人間を救うことなんて出来ないんだから。」


人間には無い特別な力を持っているのに・・・使えない。

目の前で、こんなにも助けを求めている人がいるのに・・・!



「使う必要も無い。そもそも・・・あんたは、もう祟り神なんだからね。」



私は、他人同士がささやかな幸せを共有し、笑いあっている姿を見るのが・・・一番好きだ。

自分が関係あろうとも、なかろうとも。


これから・・・祟り神の私は・・・ずっと、こんな人間の苦しむ姿を見て、食事をしなければならないのか・・・?

苦しみ抜いて、救われなかった人間の魂を、食して生き延びるのか・・・?


私がしたかった事って、そんな事?



「・・・そんなの・・・嫌だーッ!!!!」




私が叫ぶと、周囲の空気がビリビリと振動し、ビルの錆びたパイプが外れ、ものすごい音を立てて落ちた。


「わっ!?何!?」

「うわー危なっ・・・!」


「何・・・?何をした!?」

縁の祟り神が、急に私の肩を掴み、揺すりながら聞いた。

だが、私も何がどうなったのか解らない。



「・・・おい!お前等!(鼻声)」


路地の向こう側から、緑色のジャージを着た、やけに鼻声の女がやってきた。


「な、何?あのダサいジャージの女!」

「あたしか?あたしは・・・ソイツの先生だよ!!(鼻声)」



そう言って、先生らしきジャージの女は、泣いていた女の子の前に立った。


「や、ヤンエミ先生!!」

「先生?はァ?何?あたし達、仲良くただ喋ってるだけだけどー?」

「イジメじゃないですけどー?」



「ごまかすんじゃねぇ!お前等のやっている事は・・・イジメじゃない!犯罪だッ!大体、本当に友達ならなァ・・・そんな顔をダチにさせんなッ!(鼻声)」


先生がそう言って、生徒を叱り飛ばした。


「ヤンエミ先生ッ・・・!!」


これでこの問題が丸々解決するとは思えない。

だが・・・女の子は、心底嬉しそうに助けに来てくれた先生の背中を見ていた。


祟り神の私とオバサンは、ふと目を合わせた。


「フン・・・思い通りにいかないね。食事は近々摂ってもらうよ。これは、義務だ。良いね?」


そう言って、不服そうな顔で、縁の祟り神はまた姿を消した。




残された私には・・・祟り神である自分への疑問が残った。






ひとまず、私は自分の世界に帰る事にした。


相変わらず、暗い世界に紐と椅子しかない。

中央の椅子に座る。




こうしていても、さっき縁の祟り神は簡単に入ってきた。

自分の家でもない、鍵もついていない、誰彼構わず入ってくる部屋なんかでくつろげる訳もない。






改めて・・・このままでは、良くない気がしてきた。





こんな事していたら・・・きっと、あの人に何か・・・あれ?あの人の名前なんだったっけ?

いや、こういう時に私に優しくしてくれる人が・・・あれ?誰だっけ?


・・・こんな私の事を好きだって言ってくれた、あの人は?


ええっと・・・あの子・・・ええっと・・・。



・・・そもそも、そんな人、いたっけ?


自分が何かしようとする時、確か・・・誰かがいつも何か言ってきて・・・思い通りにならなかったり、止めてくれたり、手伝ってくれたり・・・気付かせてくれたり・・・。


頭の中に、うっすらと誰かが浮かぶのに、顔がぼやける。

身体の線も、何もかも黒くぼやけて思い出せない。


他者との交流を好まない私にとっては、希少な存在だったのに・・・。



ダメだ、何も思い出せない。

まあ、その内思い出すかもしれないけれど。

後にも先にも不安しか出てこない。自分はこの先、一体どうなるのか。




(なんで・・・こうなっちゃったんだろう・・・。)




なんで、祟り神になんかなったんだろう?

大体、私は・・・今、祟り神・・・あれ?違う違う。

違うよ、私の名前・・・あれ?前の、人間だった時の名前なんだったっけ・・・。


いや、私・・・元々、人間だったっけ?


えっと・・・なんで、このままじゃいけない気がしたんだろう・・・?



私・・・おなか空いてて・・・それで、人間の魂を食べなきゃいけなくて・・・。




人間の魂・・・祟って、殺して・・・食べて・・・その繰り返しが、始まる。




私は、その繰り返しを好きになれるだろうか・・・。

昔、好きだった・・・繰り返しの、あの風景よりも。



ああ、ダメだ・・・あの風景も・・・忘れている・・・みたいだ・・・。





「・・・はァ・・・。」



私は、溜息をついた。








 『・・・ねえ、もう、そろそろいいですかね?いい加減にしてくれません?』








・・・・・・。




またか。さっきから、なんなんだ?

この不愉快な声は。


私が考え事をしている時に、べらべらと。



『あのね、コレ・・・普通の人嫌いのOLがどうたらって話なの。さっきから、あなたこそなんなんですか?

神だの、エレメンタルヒーローだの、ナンバーズだの、そんなファンタジー要素要らないの!クソ要らないの!いつまで続けるの?この茶番!』


私は立ち上がり、周囲を見回した。

だが、黒と紐の世界に、人影は一つも無い。


「だから何?そっちこそ何が言いたい?それ、遊戯王のネタ?

ていうか、誰だ?ツッコミの祟り神?それとも、ボヤキの祟り神?

どこにいる?ここは、私の世界だ!出て行け!!」



『誰がツッコミの祟り神だ!そもそも、あなたが妙なキャラクター路線変更するからでしょうが。

ていうか、いつまでウジウジウジウジしてるんです?他人に否定されたくらいで、なに拗ねちゃってんですか。

人口、今何億人以上だと思ってんですか。傷つく度に、こうやって逃げるんですか?何億回逃げる気ですか?』


「別に・・・キャラ変じゃないし。拗ねてないし。こうなる前の私の事、今、覚えてないし。」


どうやら、この謎の声の主は、ずっと私を見ていたらしい。

こんな私をずっと見てるなんて、悪趣味だ。


『悪趣味?どっちがですか?大体、黙って見ていれば、ダラダラダラダラ陰湿な物語展開させやがって。

結局、後悔を抱えつつ、また一人の世界に閉じこもるつもりですか?まあ、逃げる事を丸々批判はしませんよ。逃げてナンボとはよく言いますけどね。

・・・それでも、あなたはいい加減、前進する事を学ばないんですか?こういう事で、逃げて良かった事なんか、数える程しか無かったでしょ?


見ているだけでも疲れるんだよ、そういうの。自分でも”おかしい”、”違う”と思ってるくせに、何故、疑問を解消しないんです?』


「解消って・・・どうにも出来ないし。」


面倒臭いな、こいつと思って、私は短く答えた。

いや、単に・・・こういう風にしか逃げ口上が思い浮かばないのだ。

ところが、声の主は・・・それら私の気持ちを見通しているのか、一層キツイ口調で責め始めた。


『考えないからでしょ?動かないからでしょ?決め付けるからでしょ?

ウジウジして、そうやってもっともらしい言い訳作って、自分は悪くない!仕方が無かった!ってその繰り返しでしょ?

あーあ!みっともない!25歳にもなって、みっともない!もうすぐ26歳なのに、みっともない!!

結局、他の誰かに原因があるだとか、誰かがなんとかしてくれるのを待ってるだけなんでしょ!?


で?そういうクソみたいな言い訳繰り返して、問題が一個でも解決しましたか?

そうやって、縮こまって嵐が過ぎるのを待ってるだけなら、無駄です!!』





姿も見えない誰かに私は言われっぱなし。





「お・・・お前に何がわかる!私の気持ちは私にしか・・・私、にしか・・・!」




・・・そう、この世界には・・・私・・・今、一人だけしかいない。







 私 以外 いない。








つまり・・・今、この真っ暗な私の世界に・・・私に、こうやって直に声をぶつけられるのは・・・










「・・・もしかして 私 ?」








そんな、まさか。

祟り神になれただけでも、結構ぶっ飛んでいるのに、この上、もう一人の自分と会話?





『そうです。私は、あなたです。』


声の主は、あっさりとそのまさかを認めた。




「何で私が?どういう原理?」




『・・・私は、私(あなた)の中の”理性”、”良心”といいましょうか。

化け物と人間の狭間で苦悩している私(あなた)の為に、やって来ました。』


「ま、まるで今の私が理性的じゃなくて、本心が邪心まみれみたいな言い方を・・・!」


『・・・違うんですか?』


「わ、私のクセに生意気な・・・ッ!」


む、ムカつく!自分なのにムカつくー!!


『で、いい加減にしてくれませんかねぇ・・・自分ながら、痛々しくって見てられませんよ。』


「な、何が痛々しいんだよッ!私は、これで良いんだ!」


『さっきまで、”うわー、なんか嫌だなーどーしよー”とか”ああ、また忘れてるー”とか思ってたくせに?』


「そ、それは・・・新しく仕事を始めたら誰だってそう思うじゃないか!慣れていないだけで・・・!」


『祟り神の先輩の受け売りですね、それは。自分で考えた結果はどうなんです?』


「だから、この状態になって間もないし、まだわからない事もあるし、出来る事はこの先増えてくし・・・このまま続けていけば、きっと・・・」



『今、”仕事の話”はしてません。私は、私(あなた)が”どうしたいのか”を聞いてるんです。』




どうしたい?

どうしたい、と聞かれても・・・どうにも出来ない。

だから、今は・・・耐えながら、慣れていってから、考えて・・・。



「・・・う・・・だから・・・どうしたいのか、は・・・今、考えて・・・」


歯切れの悪い答えの私に対し、良心の私は容赦なく攻め立てた。



『考える?考える必要があります?結論は出ているのでしょう?・・・私は、あなたですよ?知らない訳が無い。』




「・・・・・・じゃあ、聞くなよ・・・私なら・・・私なら言わなくても解るでしょ!?」



『そうはいきませんよ。自分を理解しているからこそ、口に出してもらわなきゃいけません。


 理解ある人間 = 自分に対して非難も何も言わず、解ってくれる。・・・そんな方程式を組み上げているならば、それは全くの大間違いですよ。


そもそも、その方程式どおりの理解ある人間なんか、この世にもあの世にも存在しません。

それは、理解ある人間とは呼びません、あなたに対し無関心な人間です。


・・・大体、何を期待してんですか。

理解しがたい生き方してた私(あなた)如きを、説明書もあなたからの言葉も無しに理解してくれる人なんか、いませんよ。』



「ひ、酷いッ!!」




『酷くなどない。さあ、口に出して言って下さい。あなたは、今何を考えて、どうしたいと思ってましたか?』



「私にしては、口調といい、態度といい、ものすっごく強めなんですけど・・・。」



『言いなさい。』





「・・・・・・・・・・。」






「言えッ!せめて、自分にくらい、正直に言えよッ!!」





「・・・わ、私・・・」




口に出したら、今、自分を張っているものが音を立てて、何もかも抜けていきそうな気がした。


それでも、私は私に言葉にしろと攻め立てる。



「・・・私・・・”どうしたら、今の現状から逃げられるか”を必死に考えてる・・・!」





口に出して、また自分の情けなさを痛感する。



『そうです・・・情けないですね。生まれ変わっても、あなたはまだ逃げる気だ。

変えなきゃいけなかったのは、そういう自分の考え方だって、解っているのに、踏み出そうとしないのも私(あなた)だ。』



「・・・そうだよ・・・情けないよ・・・!」



自分は神様だ、人間に試練だ、とか色々偉そうに形だけの神様目線で語っていたけれど・・・その現状からも逃げたがっていたのは、私だった。

見ている側から、アレやコレや言うのは簡単だった。自分じゃないから。


いざ、自分の事となると、何も出来てなんかいなかった。

踏み出す事・自分や環境を変える事を、こんな状態になるまで放って、ビビッて逃げ続けて、何もしなかったのは私だ。




神様の器じゃない・・・!

ていうか、祟るだの、殺すだの・・・そんなの嫌なんだ・・・!


目の前で、泣いている人に手を差し出せなかったくせに、力を持て余していた自分が情けなくて、悔しくてしょうがないんだ・・・!



少し前、力も無く、すごく面倒臭い事ばかりだったけれど・・・私は、今の自分よりもっとマシだった・・・気がする・・・。

でも、それすらも思い出せない・・・どうしたら、ここから抜け出して、そこに戻れるのかもわからない。




「ねえ!!どうしたらいいのか、わからないんだよッ!私は、一体、誰なの!?」




私は、多分、忘れちゃいけない事まで、忘れてる・・・!

祟り神になっても、私は自分を保てると思い込んでいた。

変わる事無く、今までの自分のままで、新しい生活を送れるものだと。


だけど、違った。

失ってばかりで、今までの私は崩壊し、変わりつつあった。



『祟り神の狙いは、ソレでしょう。


私(あなた)を私(あなた)じゃなくすること。


私(あなた)は見事にハメられたんですよ。


その内、私(あなた)は何も出来ないまま、縁の祟り神に頭が上がらなくなり、やがて喰われる。


もう、今までの私(あなた)は、死んで消えているのも同然です。』



私の声が、私に死亡宣告をする。

頭の隅で、もしかしてと考えていた事をアッサリと私に突きつけたのだ。




私は、もう・・・私じゃない・・・。


確かに、今の自分に違和感を感じるけれど、元々の自分とどう違うのかすら、今となっては解らなくなってきている。


大事な何かがあったのに、忘れている。

いや、本当にそんなものがあったのかどうかも、今の私にはわからない。



これ以上、忘れるのが・・・変わっていくのが・・・どうしようもなく、怖い・・・!




怖い・・・!




『・・・このまま、ここにいれば、本当に何もなくなりますよ。残るのは、楽が出来て、繰り返しの生活だけ。』




 そんなの、嫌だ・・・!



『でも、それを選んだのは私(あなた)です。』





ハッキリと、嫌だと意識し、後悔を感じた瞬間、私の視界は歪んだ。







「う・・・うう・・・うわああああああああああああァ・・・・・!!」




私は、泣いた。


真っ暗で、他人の縁が散らばる、自分の世界の中、一人ぼっちで叫ぶように泣いた。



泣いても、どうしようもないのに、涙がボロボロ出る。

私にとって大切なモノが無くなってしまった事すら、わからなくなってしまった。




心の底から泣いて、どこの誰かもわからない誰かに必死に謝る。


その内、どうして泣いているのかも、忘れてしまうのだろうか。




「嫌だ・・・私は・・・私のままでいたいのに・・・!どんどん忘れていく・・・ッ!

失いたくない・・・それもわからなくなる・・・!わからないまま、他の祟り神に喰われて、消えるなんて・・・!!嫌だ!消えたくない・・・ッ!!」



両肩を掴んで、床に顔を擦り付けて泣き喚く私に、私が言った。



『・・・そうです。

自分(あなた)は逃げた。単に、嫌な事からじゃない・・・自分に向かい合う事、自分の望みの為に最期まで戦う事から逃げたんです。

だから、自分(わたし)は自分(あなた)負けて、ここにいる。


祟り神になっても、逃げた事実は変わらない。

あなたは、そのまま逃げ場所がなくなるまで、逃げ続けるしか出来ない。


過去の自分と向き合わず、そこから逃げる事は、そういう事です。


受け入れる事無く、言葉も思いも形にする事無く、ただ消していく行為なんです。


消す事で楽になる事もあるでしょうが・・・”コレ”は、消してはいけない。そうでしょう?』


もう一人の私が言っている、コレって・・・?



うっすら、ノイズまみれの記憶が、ふっと浮かぶ。


・・・誰か、の影。


(私の名前を呼んで、くれた・・・あの人・・・名前・・・顔・・・なんだっけ・・・?)


思い出したい。

自分の大切だったものを取り返せるのなら、もう一度顔を上げて、取り返すべきだ。


失って、こんなに後悔するのだ。

それをもう一度、この手に入れられたら・・・!

少なくとも、私は、今の私より・・・ずっとマシになれる気がする。



今の自分は、反吐が出るほど嫌いだが、もっとマシになるかもしれない。




私は、床につけた顔をゆっくり上げた。




『・・・行きましょうか?一緒に。』




そこには、私が立っていて、私に向かって手を伸ばしていた。






『私は、私(あなた)にとって、最低最悪の女難です。それでも良いですか?』



私が、私に向かってそう問いかけた。



私自身が、最低最悪の女難トラブルの源?

ああ、確かに・・・そうかもしれない。


なんか、元々の私って・・・自分以外の生き物に嫌われていそうだし。

元の私に戻っても、良い事なんか一つも無いかもしれない。

元々の私がどうだったのか、今はもう全然覚えてなんかいないし。




私の目の前の私は、更に言葉を淡々と続けた。



『もし、ここから抜け出すならば、決意(約束)してください。


これから面倒臭い事が、ゲップが出るほど、ついでにゲロも吐くほどやってきます。


それでも、私(あなた)は・・・逃げずに私自身と向き合って、問題に立ち向かってくれますか?』



目の前の私は、本当に私なのか?


しっかりとした強い意志で満ち満ちた瞳と言動。



なんか・・・私なんか霞むくらいキラキラしていて、自分じゃないみたいで・・・。



『だから、言ったでしょ?私は私(あなた)の一部なんだって。今の私(あなた)も、私のほんの一部でしかない。

”違い”ばかりに目を向けないで。

私は私(あなた)。私(あなた)は私。

まだ私(あなた)が知らない一部の私かもしれない・・・これでどうです?』



こんな自分になれるなら祟るしかできない、今の自分よりずっとマシだと思えた。


「そっか・・・」


『自分の中の私に気付いたなら、私(あなた)は、もうさっきまでの私(あなた)じゃない・・・


・・・さあ、どうしますか?』



「私は・・・・」




今更、戻る気か?戻れると思っているの?、と躊躇する自分はいなかった。

今、目の前にいる私に嘘はつけないし、そんな事を言う自分を私は心底殴りたいと思うだろう。


たった1日くらいの時間、それでも色々あった。

人間のままだったら、間違いなく体験できなかっただろう事だけど・・・



「もう、いいや。十分。」


正直な気持ち。


『十分?』


「極端なんですよ。私の望む一人の生活って・・・あんな命のやり取りが発生する程、殺伐としてないし。

私は・・・」



思い返すのは、地味なOLだった日々。

地味なOLをしながら、色々と面倒臭い女に絡まれて、走って逃げて・・・

そういうやり取りの中で、ほんの少しだけチラリと見える自分が知らない他人の何かを知っていく日々。

それが、自分の、誰の為になるのかはわからないし、何かの為にならなかったら意味が無いとは考えたくない。


そこに意味があるとか無いとか・・・そういう理屈じゃないんだ。



私は、ただ・・・






「私は・・・帰りたい。」







ここが私の居場所じゃない、と分かった今。

私はここから逃げたいんじゃなくて、”戻りたい”と思った。


自分が逃げてしまった世界に戻り、ちゃんとケジメをつけよう、と。





私は、私の手を取った。





 『じゃあ、帰りますよ、私(あなた)。』






私は、そのまま私の中に引き込まれた。






帰りますよ、とは言ったけれど、私、元の世界に帰っても大丈夫なのかな、とか不安にも思ったり。




・・・ま、なんとかなるだろ・・・(適当)



なるようにしか、ならん。








私と私が重なり合い、一気に私の中に今までの記憶が甦ってきた。


心が苦しくなる事、少しだけ嬉しかった事、恥ずかしかった事・・・


忘れちゃいけない・・・大事な事。





目をうっすら開けると、暗い世界が歪み始め、どこかに引き寄せられるように身体が後方に流され始めた。


ああ、戻っていくんだな、と感じた。




 『「・・・”おかえり”は、まだ早いか。」』




まだ元に戻った訳ではない。

元の世界に帰ったとしても、私はただいまを言う相手がいるのだろうか。



私を出迎えて、おかえりと言ってくれる人なんかいるんだろうか。





祟り神になった自分を、私は受け入れた。




その瞬間、色々な記憶がよみがえる。


自分が人間だった事。

女難の女になった自分の事を。


どうして、祟り神になったのか。

私に関わった人達との様々な記憶。




辛くて、苦しくて、馬鹿馬鹿しくって・・・でも、どこか懐かしくもあって。

ああ、この日々に戻れるのか、と思うと少しだけ嬉し・・・うん、嬉しかったり、そうじゃなかったり。


で、どこに行けば元の世界に戻れるんだ?

前に死んだ時は・・・無我夢中で走って行ったら、戻れたけれど・・・。


(とりあえず、真っ直ぐ・・・)


私は黒の世界からの出入り口を探しに、黒の世界を真っ直ぐ進んだ。



でも、戻ったとして・・・まず、どうしようか。

巻き込んだ人達に、説明をして・・・いや、まず謝るべきか・・・

謝っても、説明しても、解ってくれないかもしれない・・・。



・・・馬鹿馬鹿しいもんなぁ・・・呪われて女難の女になったせいで貴女達を巻き込みました、だなんて。



でも、もう・・・逃げない。


真っ直ぐ歩いているが、どのくらい歩いたのか解らない。

景色が変わらないので、進んでいるかどうかもわからない。





そうこうしている内に、耳にピアノ・・・いや、ドラム?・・・何か、音楽が聞こえ始めた。

音の方へ足を向ける。

進めば進むほど、音はクリアに耳に届く。





・・・なんだか、歌も聞こえ始めた・・・なんか、この歌、聞き覚えのあるような・・・。




『 ♪ ・・・は ・・リル・・ ペン・・・ ♪』



なんか・・・知っている・・・この声と歌。

一部、オペラみたいな高い歌声も聞こえるけれど・・・。



(一体、どこから聞こえるんだろう。)



この歌・・・なんだろう?探そうと足を動かすが、黒の世界の景色は動かない。

とにかく、音の方へと進む。




『 ♪ ・・・ない ・・・・ たよ・・・ ♪』


(あれ?白い線が見える・・・。)


私の目は開いている筈なのに、真っ黒な視界が更に真っ二つに割れていく。

今まで見ていた黒の世界が白くなり、ぼやけて、真っ二つに割れていく。



『 ♪ 心の扉閉ざさずに〜 ♪ 』




その隙間から見えてくるのは、薄暗い場所で何かが蠢いている・・・なんだか、暗い世界だ。


なんか・・・人が、踊ってる?


・・・あれ?コレ・・・この動き、どこかで見たぞ?


手のフリがメインで、下半身をあまり動かさない、顔は無表情・・・この特徴的な踊りは・・・!


・・・パラパラ?・・・そうだ、パラパラだ!!


それが解ったと同時に、全身の倦怠感、お腹に圧迫感を感じた。


私は、ベッドに寝かされていた。

瞼が重く、目を開けると少し痛む。それでも、なんとか薄目を開けてみる。

薄目から見えた世界では、不思議な光景が広がっていた。



薄暗い部屋で、薄着の女性達がパラパラを踊っている・・・一部、なんか阿波踊りの人もいる。


薄着・・・っていうか、下着姿?全員、下着姿だ。


下着姿で、パラパラ?


(・・・ど、どういう状況?)


そして、ギターの音。



『 ♪ 恋は スリル ショック サ〜スペンス ♪』



(こ、この歌は・・・名探偵コナ○!?)



BGMは”恋は スリル ショック サスペンス” with 名探偵コ○ンのパラパラ!!




なんと、私の周りで、いい年ぶっこいた成人女性が、中途半端に昔懐かしい名探偵コ○ンのパラパラを踊って、歌っていたのだ。


みんな・・・ベッドの周りに立ち、真顔でパラパラを踊り、真顔で歌っている。

下着姿で・・・ッ!!



確かに・・・私、○ナンは結構好きで観ていたけれど・・・!

人が寝そべっている傍で、下着姿でコ○ンのあのパラパラ踊るとか、何の儀式!?



今だけ、真実はコレ一つじゃなくて、もう一つ別な真実を用意して欲しかった・・・!って、言ってる場合かッ!




「ちょっと!火鳥さん!コレ、いつまで踊っていればいいの!?私、一応怪我人なんですけど!」

「黙って踊りなさい。アンタが本を持ち出したせいで、水島が死に掛かったんだから。あと、恥じらいは捨てて。」


頭に包帯を巻いている花崎課長は、恥ずかしそうに両手でポーズをとった。に、似合わない・・・!!

・・・そして、意外にも・・・淡いパステルピンクの下着。

ベッドに座り、やはり下着姿(赤)の火鳥に怒られている・・・。城沢の鬼が・・・怒られて、パラパラを・・・。


「・・・だからって、コレは無いと思うんだけど。私も一応、怪我してるのよ。貴女の家政婦さんにボコボコにされて。」

「フン、アンタは水島が死ぬ原因を作った一人、しかも、アタシを殺しかけた。悪いと思ってんなら、黙って踊りなさい。アンタは、一番必死こいて踊りなさいよ。」


所々に湿布や包帯を巻いた阪野さんも火鳥に怒られ、複雑そうな顔でポーズをとった。悲しきかな、完璧すぎる振り付けだ・・・。

・・・そして、やっぱり黒の・・・シースルーなブラジャー&Tバックという下着姿・・・そして、ガーターベルト付き・・・ここまで露骨なセクシーさは必要だろうか!?


「♪強く〜♪・・・ねえ!水飲んでいい?喉枯れちゃうんだけど!」

「お嬢様の喉は案外ヤワね?水島をこうなるまで放っておいて、自分は水分補給?黙ってもう一曲歌ってからにして。」


海お嬢様は歌いながらも文句を言ったが、火鳥に怒られて再度咳払いを一つして歌い始めた。すっごいオペラみたいな歌唱力・・・。

下着は・・・水色のベビードール・・・露出は低いと見せかけて、中身はスッケスケ・・・ッ!!




「赤い姉ちゃん!一回休憩入れた方が良くないか?オバサ・・・お姉さん達、もたないぞ。」

「もたないんじゃない、もたせるのよ。アンタは、ヤンキー上がりでも一応、神社の巫女なんだから、しっかり歌ってリードして。」


火鳥に促され、樋口さんは巫女の衣装でギターを抱えて、再度歌い始めた。なんだろう、巫女服のせいか、この状況で一番マトモに見える。


「ああッ!私、もうダメ・・・!ねえ、こんな方法で本当に、彼女は生き返るの!?」

忍さんがそう言って、両手を床についた。・・・さっきから、忍さん雨乞いの踊りにしか見えなかったんだけど、パラパラだったのか・・・。

そして、忍さん、まさかのパステルイエローの下着・・・!?意外すぎる・・・!


いや、そんな事はどうでもいいんだ!何なんだ!コレは!!



「あーもう、さっきからグダグダうるさいわね!アンタら、やる気ある訳!?自分達が追い詰めて、殺したくせに、責任も取れない訳!?

今、やらないと本当に死ぬのよ!?踊りなさいよ!あと、忍ねーさんと隣の女は、さっきからフリ間違えてる!DVDちゃんと観て!」


火鳥が忍さんと伊達さんを指差して、怒鳴った。



「だって!私こういうの苦手なんだもん!みーちゃあああん!何度でもごめんなさいするから、早く起きてーッ!!!」


半泣き状態の伊達さんは、振り付けが滅茶苦茶になりながらも、手は降ろそうとはしなかった。

でも、忍さんと大差なく、雨乞いの踊りになっている。

・・・で・・・下着は・・・キャミソールと綿パン・・・?ノーブラ!?綿パン!?夏休みの中学生か!!



「火鳥お姉ちゃん、私も歌っていい?海さん達が水飲んでる間。」

「別に参加しなくていいのに・・・そんなに歌いたいなら止めないけど、蒼は、その死体に乗せた石ずらさないようにおさえてて。」

「はーい・・・”♪ 何に心を痛めて何に怯えていたのか〜 ♪”」


(貴女方の行動のせいで、私の心は痛むし、怯えるんですけど!!)


とうとう、蒼ちゃんまで歌い始めた。中学生にしてはそこそこの歌唱力だ。上手い。

・・・蒼ちゃんだけは、ちゃんと服を着ている。(火鳥が、そうさせているんだろうな。)


私のお腹の上には、漬物石がおかれている。通りで、お腹の圧迫感が凄い訳だ・・・!





・・・ねえ・・・目が覚めた途端、なんなの?コレ・・・!


・・・何、この負のアニソンイベント・・・!



いや、そもそも・・・何故、この歌と踊りをチョイスしたんだ!?

ていうか、何故、寝てる私の傍でこんなふざけた事してらっしゃるの!?


他に、なんか・・・もっと、あっただろう!?



『 ♪ 恋は スリル ショック サ〜スペンス ♪』



聞いてるこっちがショックだわ!


・・・それに皆、すごく嫌そうじゃないか・・・!




「じゃあ、もう一回!ちゃんとやってよね!この女の目が覚めるまでやるわよ!!」


火鳥が下着姿で、大人たちを叱り飛ばすが・・・。



「「「「「はい・・・。」」」」」



やっぱり、みんな、やる気ねえー!!



「・・・ちょっと、この女を、本当に生き返らす気ある訳?このままなら、全裸でおどるポンポコリンやらせるわよ!」



ベッドに足を組んで座ったままの火鳥のドスのきいた問いに、皆はハッと姿勢を正して答えた。



「「「「「「はい!!!」」」」」



どこの体育会系だ・・・!



「おい、蒼、もっとリズムをよく聞け!ダラダラつなげて歌うんじゃない。」

「はいッ!総長!」


「元・総長だ。いくぜ!英語の歌詞は頼む!読めないから!」

「はいッ!元・総長!!」




・・・おーい・・・火鳥、蒼ちゃんの教育に悪いぞ―ッ!リードボーカルが英語を中学生にブン投げてるぞー!!





『 ♪ 恋は スリル ショック サ〜スペンス ♪』




「ちょっと、忍!フリが違う!手を払うの!」

やっぱり雨乞いの踊り状態の忍さんに、花崎課長が見かねて指摘する。

「いや、翔子聞いて?コレ、難しい!」


今にも泣きそうな表情で、忍さんは首を横に振った。

そこに阪野さんが、やってきて完璧なフリを見せる。


「こうやって、こう・・・で、払って・・・払って・・・烏丸さん、違う違う!どこの部族の舞?」

「いや、同じ踊りを踊ってるんですけど・・・!?」

「忍、ゆっくり・・・もう一回ね?」


もう25歳オーバーの3人(花崎・阪野・烏丸)は何やってるんだ・・・!文化祭前のダンスの練習じゃないんだぞ!!


「ああーん!私にも教えてー!!」

伊達さんが泣きつくように、3人に教えを乞いに行った。





『 ♪ 見えない力 頼りに 心の扉閉ざさずに ♪ 』



こんなもの見せられたら、心の扉閉じたいわ!!

あと、リードボーカルが完全に、海お嬢様のオペラに声量で負けてるッ!!




・・・・あー・・・もう、ダメだ・・・。






 『 ♪ 強く 強く〜 ♪ 』






私は、息を深く吸った。





「人が死んでる横で、何してんだああああああああああッ!!!」




私は起き上がって、大声でツッコンだ。





「「「「み、水島さん!?」」」」






そうだ。



私の名前は、水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。

年齢は25歳。 至って普通のOLで、人嫌いで・・・呪われてしまい、女難の女として、日夜女難トラブルに巻き込まれている。



目の前にいる女性達に、いつもいつも、心を乱されて、悩まされて。



でも、それが。




・・・それが、私の大切な日々。




「・・・水島。」



火鳥が私の顔見て、溜息をついて笑った。

みんなは驚いた顔で私を見て、私の名前を呼びながら、その場で笑って涙を流してくれた。






自分の中に、大事なモノが無かった時、方向はフラフラとして定まらず、生き方も雑だった気がする。


大事なモノが出来た時、出来たという意識もなかったし、それは多分、簡単には無くならないモノだと思っていた。


生きる方向が決まる。


大事なモノを、守る為。

大事なモノの傍にいる為に、自分を鍛える。



だけど、大事にすればするほど。



大事なモノは、壊れて無くなってしまう。

無くしてから気付く、大事なモノ。




だけど、いつしか本当にそれが大事なモノだったのかすら、忘れてしまう。




もっと経つと、大事なモノがあった過去すら、忘れてしまう。






 『忘れないで。』







私は、皆に向かって一礼した。




もう、忘れるものか。







 『 いつだって 貴女(わたし)は 一人じゃなかった 』









 「恥ずかしながら、水島・・・只今、戻りました。」









 ―  → 水島さんは帰還中 後編に進む。   ―






  ・・・あとがき・・・  


修正致しました。そんなに大幅な修正をしておりません。

超展開さは、修正のしようがありませんでしたので〜〜〜。

ここら辺のあらすじを晒すのは、どうかご遠慮下さい。きっと、長らく見てなかった人は、びっくりしちゃいますからね。


水島さん 生還 しましたが後編に続きます。

名探偵コ○ンのパラパラが解らない方は、是非コナ○のOP探してご覧いただいた上で、下着姿の女性達が踊っている所をご想像下さい。