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〜 前回まで の あらすじ。 〜





『 ♪ 恋は スリル ショック サ〜スペンス ♪』



『 ♪ 見えない力 頼りに 心の扉閉ざさずに ♪ 』



『 ♪ 強く 強く〜 ♪ 』



祟って百合って大爆笑!?今回の水島は若干シリアス!?

女同士が下着姿でパラパラ踊って、死人を生き返らせるとか、色気もへったくれもない百合かどうかも微妙な話!

倒せ祟り神!本編ももうすぐ終わりなのに、説明不足で読者の皆さん置いてけぼり状態!どうすればちゃんと終われるのか!


体は普通!頭脳も普通!状況だけが異常!その名は、女難の女 水島!!



 ※ このSSシリーズは名探偵コ○ンとは何の関係もございません。










って、このあらすじじゃ全然わかんねえよーッ!!!

















起き上がると、みんながこちらを懐かしむように泣いて、笑って迎えてくれた。・・・下着姿で。


なんだ、この空気。

何年も会えなくて、やっと会えた感覚。

前編更新から何日も放置された、この感じ。



大体、全員下着姿で涙目って所に違和感はしこたま感じるし、シュールすぎるんだけど…


「た、ただいま戻りました…(意識が)。」


みんなの視線が、いつになく温かい。

私は、一人一人と目を合わせていく。


目が合う度に、思い出すのは…迫られたり、キスされたり、そういう系の思い出なのだが…もう昔のように感じる。

”ああ、そんな事もありましたし、あんな事もされましたっけね”、という感じ。

女難の女が女性に囲まれているというのに、いつもなら真っ先に逃げ出さなければいけない状況なのに、私はあっけらかんとしていた。

窮地なのに、窮地っぽく感じられないのは、さっきまで私がいた祟り神の世界のせいだ。



(もしも・・・あのままだったら・・・)




私自身、もう一人の自分がツッコミを入れてくれなかったら・・・ずっと、あの世界で悩み続けていただろう。





 『私は、私(あなた)にとって、最低最悪の女難です。それでも良いですか?』





・・・確かに、私が一番の災難の原因だった。

逃げてもどうにもならないし、根本的解決から目を背けていたのは、紛れも無く私だったのだから。


「あの…」

私は何か言わねばと起き上がってみようと試みるが、体中ギシギシしていて上手く動かなかった。


「う・・・くっ・・・ふっ・・・!」

「無理して起き上がらないでいいわよ。3日間ずっと寝ていたんだもの、仕方ないわ。忍ねーさん、チェックお願い。他の人は着替えて結構。見苦しい。」

火鳥はそう言うと、蒼ちゃんが差し出した黒いジャケットを羽織った。

「はい、お姉ちゃん。」

「ん。」


ナチュラルに未成年にメイドをさせているあたり、火鳥らしさが出ているな、と思う。


「うう・・・よし、起き上がれた・・・。」

「・・・はい、息吸って。」

慣れた手つきで、忍さんは私の上着の下から聴診器を突っ込んだ。


「すー・・・はー・・・。」

「不思議…正常もいい所だわ。」


ベッドの上に座る体勢を維持するだけでも精一杯な私に向かって、忍さんは聞いた。


「水島さん、食事はとれそう?」


聞かれて、私は自分の胃袋が空っぽである事を自覚する。自覚するや否や、急激に空腹感が襲ってきた。


「・・・そういえば・・・お腹だけはめちゃめちゃ空いてます。」


その答えを聞いて、みんなはそそくさと部屋を出て行く。


「ごめんなさいね、今度は口を開けて。」


下着姿のままの忍さんはそう言って小さいライトを向けて、私の口と喉を覗いた。

やってる事は医師らしいのに、実にシュールな診察風景だ。


「水島。」

「んが?(はい?)」


私のベッドの傍には、火鳥が腕組をして立っていた。


「水島、早速だけど休んでる暇は無いわよ。祟り神を倒して呪いを解くには、アタシとアンタで力を合わせるしかないわ。」


さっきまで死人だった私に、よくもまあ・・・と思いつつも、そう言い放つ辺りが実に火鳥らしいな、と納得してしまう自分がいるから怖い。

他人の事を”こういう人だ”と理解している自分に、だ。


「倒す…やっぱり、そうですよね…倒さなきゃ、終わらない。」

「そういう事。キツイだろうけど、今やらないとね。」


火鳥から珍しく労うような言葉を貰い、私は少し気持ちが安らいだ。


「動けるようになりますか?忍さん。」

私の質問に、忍さんはゆっくりと頷いた。


「ええ、大丈夫よ。関節が少し動かしにくいとは思うけれど、積極的に動かしていけば、滑らかに動くようになるわ。」

「そうですか。」

なるほどと思い、私は腕をぐるぐると回そうと試みる・・・が、関節から立て付けの悪いドアみたいな音が聞こえた。

「い、いてて・・・!」


これは・・・ババアだ・・・!完全なる、ババアだ・・・!!ま、まだ25歳なのに、五十肩・・・!?

ショックを隠しきれない私を見た火鳥が言った。


「他動運動でもいいの?忍ねーさん。」

「ええ、良いわよ。ゆっくりね?」

「大丈夫よ、慣れてるから。」


火鳥は忍さんの言葉に頷くと、私の背中に回り、腕を取り、ゆっくりぐるぐると回し始めた。

動くには動くのだが、肩に痛みが走る。


「い、いてて・・・!」

「我慢しなさいよ、この程度。」

痛みが出る所、動かしにくい箇所を的確に攻める火鳥のやり方は、本人の言う通り、やり慣れている感じはあった。


「ホント、二人共・・・昔からの友達みたいね?」


「「・・・・・。」」


忍さんの言葉に、私達は無言で”違いますけど”という反応を示した。

・・・でも、何も知らない人がみたら、今の私と火鳥を見たら、そう思うのだろう。


これでも、火鳥とは一時期、物凄く険悪な状態で争った事が沢山あったのに。


「いつの間にか、こうなってはいるけれど…アタシとコイツは変わってないから。」

「・・・そうね、変わってない。」



「・・・・・・。」



変わってない。


そう言われて、私は嬉しかった。

祟り神になってしまった自分、自分から行ってしまった世界から逃げるように帰ってきた、情けない自分・・・

祟り神と戦って、抵抗していた自分と比べると情けないと思い、実は今の今まで自信を失っていた。


「貴女の良いところは、変わってないわ。水島さん。」


忍さんはそう言って背中を向けると部屋を出て行った。

ありがとう、と言おうと思ったのだが、ドアが閉まるのが先で、言いそびれた。


(でもね、忍さん・・・早く、服を着て下さい。)


「・・・水島、肩、大分回るようになったわ。」

「はい、痛みも無くなって来ました。」



成長はする。


でも、私は・・・私のまま。

人嫌いが”変わった”んじゃない。


「左もやるわよ。」

「はい、お願いします。」


人嫌いの私は、成長・・・して・・・こうなった・・・・のかもしれない。

すぐ揺らいでしまう自信だけど…こうして自分の状態を教えてくれる他人がいるコトがありがたいと思う。


・・・こんな人間関係、社会人になって築けるとは思ってなかった。


ふと、火鳥は、蒼ちゃんの方を向いて言った。


「蒼、台所へ行って水をもらってきて。」

「はーい。」


蒼ちゃんは素直に頷き、部屋を出て行った。


火鳥と二人きりになり、火鳥は浅い溜息をつくと、低い声で話し始めた。



「水島。さっきの話し、本気だからね。」

「さっきのって・・・祟り神を倒すって話ですか?」


「そう。」

「でも、倒すって・・・アレは、化け物ですよ?石で殴るだけじゃ…」


私は忠告に近い返答をした。

数分前まで祟り神になっていた私だから言える事だが、あれは人間で太刀打ち出来るもんじゃない。

諏訪湖の石で結界を張って祟り神からは一時的に身は守れるが、それだって、祟り神が人間を操ってしまえば、結界なんて何の役にも立たない。

諏訪湖の石で殴っても”一時的に”退散させるだけ。結局、寿命の神は何のダメージも受けていなかった。


全部、一時しのぎ。

火鳥の言う”倒す”という事は、祟り神を殺すという事だ。唯一の武器の石も効かない、あんな化け物にどうやって致命傷を与えるというのか。


「アンタだって、一時期その化け物になったじゃないの。立派な化け物だわ。」

「いや、それはそうなんですが・・・今は、人間だし・・・。」


人間に戻ってしまった今、私はただの水島だ。

例え、あのまま祟り神だったとしても対抗できずに、喰われていたと思う。


「人間が化け物じゃないって誰が言ったのよ。」

「・・・いや、そんな悟ったような台詞を今言わなくても・・・。」


私が死んでいる間、事態は悪化してしまったのだろうか。

それとも・・・。


「策はあるわ。アタシはやる。あとは、アンタがやるか、やらないかだけ。」


策がある、だと!?

頼もしい!なんという、頼もしい台詞だ・・・!


主人公は、もう火鳥で良いんじゃないだろうか・・・!


(うん、ここまでしっかりしているんだし。もう、ここから先は火鳥に任せても・・・)


そんな他力本願な事を考えている私の思考を読み取ったかのように、火鳥は冷めた目をして言い放った。


「やらなければ、くたばっている間に撮ったアンタの全裸写真を・・・あの女共に売りつけるわ。」

「ばっ!?なんだとぉ・・・!?」


こういう所が主人公になれない一因か。

火鳥の脅迫に私は即座に飛びかかろうとするが、関節がギシギシするだけで足が素早く上がらない。


「アンタって、そういう足枷がないと動かないからね。」

「人をドMみたいに言わないで下さいよ・・・。」


「知ってるわよ、アンタって結構Sな方よ。」

ドSの火鳥にそう言われると、心中複雑なものがある。




「それはさておき・・・水島。これから言う事は、他言無用よ。」


再び火鳥は、私に語り始めた。


「正直言って、今のアタシ達に祟り神を殺せる可能性は低い。だけど、可能性が低いだけで、全く無い訳ではない。

ただ・・・この先、あいつ等に勝ったとしても・・・きっとアンタにとっては望ましい結果は・・・」



「あの、すみません!火鳥さん・・・その前に!」



語り始めた火鳥の言葉を遮って、私はどうしても確認したかった事を聞いた。


「ん?」


「あの・・・懐かしいパラパラと歌は何なんですか?何故、皆さん下着姿なんですか?」


後にも先にも、それだけが気になって仕方なかった。

馬鹿馬鹿しい事は私も火鳥もやってきたが、ここまで大人数での馬鹿騒ぎは見た事も聞いた事もない。



一言で言うと、混沌。もっと他に方法はなかったのだろうか?



私の疑問に対し、凄く面倒臭そうに火鳥は答えた。


「・・・あーあれね、曲と踊りは、あのメンバー全員がうっすら知ってて、DVDを用意してようやくOKが出たのよ。

覚えているでしょう?祟り神の動きを鈍らせるには、歌って踊る、このアホ行為が必須。

アタシはもう二度と!金輪際!!やりたくないから指揮をとっただけ。」


 ※注 水島・火鳥の二人がアホ行為をして祟り神と戦った話は 『水島さんは救助中』 をご参照下さい。


”せやかて、火鳥!”と言いかけた私だが、火鳥があまりにも不機嫌そうなのでやめた。

・・・それにしても20代〜30代の女性にまで知られているとは・・・さすが、コナ○は凄いなぁ・・・。



「下着姿は・・・踊り子は薄着であれば効果的、と書いてあったから。・・・全裸でも良かったのよ?」

「そ、それだけは、やめて下さい!!」



”コンコン”というノックの音の後、火鳥は一旦私から離れた。

すると、忍さんが注射器を一本持って入ってきて、その後ろに蒼ちゃんがトコトコと入ってきた。


まだ忍さんが下着姿なのにも驚いたが、既に注射器を構えてこちらに近付いてくるのでかなり怖かった。


「おおうっ!?」

「ゴメン、これ一本だけ打たせて。」

「お水、持ってきたよ!」


「あ、はい・・・!」


大人しく注射を打たれたままの私を横目に、忍さんは火鳥に言った。


「・・・で・・・写真は一枚いくらなの?」

「し、忍さん!?」


私が甲高い声で言うと蒼ちゃんと忍さんは吹き出してクスクス笑い出した。


「軽いジョーク♪」

「はい、水島のお姉ちゃん。」


そう言って、蒼ちゃんは私の肩にカーディガンをかけた。


「ふふっ…食欲があるなら、食事をしていいわよ、水島さん。」

「あ、はい・・・ありがとうございます。」


「じゃ、準備してくるから。蒼ちゃんも手伝ってくれる?」

「・・・はい!」


再びドアが閉められて、私は水を一口飲むと、火鳥の方に向き直った。


「あの・・・聞いて良いですか?」


いっぱい聞きたい事はあった。

とはいえ、いっぺんに質問したら火鳥はきっとブチ切れるだろう。ここは、一つ一つ、明らかにしていくしかない。



「・・・私が行動できない間、何があったんですか?というか・・・どうして、今みたいな現状になったのか・・・」


不思議に思っていたのは、女難チームが今ココに半裸で集合している理由だ。


「・・・そうね・・・始めっから説明するわ。でも、面倒臭いから、カンタンにね。」


この期に及んで、面倒がるなよ。とツッコミたかったが、止めた。


「アンタと別れてから、アタシはストーカー女の所に行って、色々資料を漁って、色々解ったの。

そしたら、アンタが無様に死んで。」


おいっ!とツッコミかけたが、私はぐっと堪えた。話が進まないからだ。


「アタシは、アンタの身体を回収して・・・更に、あの資料全部を読み込んで、対策を立てたの。」

そう言って、火鳥はだるそうに部屋の隅を指差した。

部屋の隅には、乱雑に散らばったノートや本があった。読んでは投げて、読んでは投げて、という場面が目に浮かぶ。


「スト子の研究、役に立ったんですか?」

「まあね。”研究は”、ね。」


火鳥が言うには、この街には、この地域での信仰や祟り神に関する研究を行っていた人物が二名もいたそうだ。

研究するだけあって、この地域の人間と神達の関係性は実に特殊なものだったらしく、謎の文献がいくつも残っていたらしい。

この町に妙に多い、古びた神社や祠の類もその特殊さを物語っている、とい事だった。

祟り神に関しての研究をしていた一人は亡くなっていて、資料が残されており・・・もう一人はストーカーになって豚箱に入ってしまった、という始末である。


「スト子の他にもいたんですか・・・。」


「よく調べてみたら、巫女の条件は選ぶ神によって大きく違うそうよ。実に曖昧なもんだわ。」

「って事は・・・縁の祟り神に私と火鳥さんが選ばれた理由は・・・?」


「人間嫌いの女・・・それがヤツの好みだった。それだけでしょ。」

「こ、好み・・・。」


好み・・・実に曖昧な選考基準で、私と火鳥は、縁の祟り神の巫女として選ばれた。

巫女の役目は、神の餌・・・もしくは、神に昇格させられる。

でも、祟り神になった私は知っている。どのみち、力が備わっていなければ、神の餌にされる事を。



「あ、そういえば・・・スト子は?この場にいるんですか?」


私は、あの女の恐ろしさを知っている。底なしに這い上がってくる、私顔負けの”不屈さ”。

火鳥は、チラリと私から目線を逸らして素っ気無く応えた。


「いないわ。ていうか、アンタの女難なんてアタシが知る訳ないでしょ。

大体ね、勝手にアッチに行ったアンタを取り戻すのに、他人を沢山家に呼ばなくちゃいけなかったんだからね?

そもそも、女共に多少なじられた位でアンタも拗ねてんじゃないわよ!そういう気の弱い所に漬け込まれるんでしょ!?」


・・・何故か怒られる事になってしまった。


「それは、どうもすみませんでしたー。」

「ったく。それで…まずアンタをこっちに呼び戻す事にしたの。その為に・・・」



そう言って、火鳥は『祟り神撃退術〜初心者編〜』と書かれた大学ノートを開いて見せてくれた。

それはスト子が書いた物で私はノートを受け取りパラパラとめくってみた。


(・・・・・・流し素麺の儀は、人の意見や気持ちを受け流す専門の神が好む儀式で・・・なんだこれ・・・。)


色々書いてはいるが・・・ロクな事が書いていない。

こんなもの読んでいたら、常識が揺らいで、頭が狂いそうだ。


それでも、なんとかパラパラとめくっていくと、”もしも神に魂を獲られてしまったら、怖いよね☆”という一文を見つけた。

・・・ていうか、お前の率直な感想を書いてるんじゃねえよ、と心の中でツッコんだ。


「で、神に魂を抜かれた直後、魂を抜いた神の力を弾き返せれば、魂は戻ってくるって・・・死んだ研究者の方は書いてた。

だから、まずアンタの身体を確保して、いつでも戻ってこれるように・・・」


「・・・下着姿で踊って歌ってた、と?」

「そういう事。」


「でも、よくもまあ・・・全員、あんな事を承諾して、やりきりましたよね・・・」


彼女達にだってプライドはあった筈だ。あんな馬鹿げた真似を彼女達に5分以上もさせるなど、普通ではない。


「何言ってんのよ。他でもない、アンタの為だからでしょ。」

「わ・・・私の・・・?」


私の為に、あんな事を・・・!

そう思った瞬間、あの視覚地獄を思い出してしまう・・・!

色気もへったくれもない、あのアホらしい姿を・・・!


「肉体から離れてしまったアンタの魂をまず祟り神から引き剥がすのに、あれらは必要だったのよ。

それをやったとして、確実にアンタが戻ってくるって保証も無かった。人間をやめるって、こっちに背中を向けてしまったんだからね。」


そこで私は、はたと思い出した。祟り神になる前の自分の事を。

私は、彼女達からの説得やプレッシャーに負けて、人間をやめようと思った。


人間を辞めたい、そんな浅ましい心の隙間に漬け込まれて、私は祟り神に連れて行かれたのだ。


でも、それは・・・私のせいだ。

自分の道を進む事をあきらめてしまったのは、私の弱さだ。


だから、彼女達があんな事をして私を・・・ん?



「火鳥さん・・・今、私が「確実に戻ってくる保証がなかったって言いました?」


「そうよ。アタシ自身、アンタがあんなので戻ってきて、ビックリしてるわ。」

「・・・。」


「ま、アンタってゴキブリ顔負けにしぶといから、適当な儀式しても戻ってきてたんじゃないかしらね?」


フフンと鼻で笑う火鳥に対し、私は笑えなかった。


「じゃあ・・・彼女達はもう帰して良いんじゃないですか?服を着せて…このまま、ここにいたら、祟り神に何かされるんじゃ・・・。」


「あいつらはね大体、こんな状況にした責任を取ってもらうって意味で、ここにいるんだからね。

言っておくけど、アタシはあいつらの事を許してないわよ。このアタシの邪魔をしたんだし。

償いがしたいとか、アンタの役に立ちたいってアイツらが言ったから、アタシは、その通りにあの女共を利用してやったのよ。・・・悪い?」


火鳥はそう言って、私を睨んだ。

自分はやるべき事をやっただけだ、文句があるのか、と言いたげだ。

まあ・・・そういう協力があって、今こうして私がいる訳だし・・・文句は無い。



「・・・いえ、ありがとうございます。何はともあれ、本当に助かりました。」


私は素直にお礼を言った。

何はともあれ、私が今ここにいるのはアホ行為をしてくれた人達のおかげだ。


「・・・あ、アタシにお礼言わないでくれる!?」


思ってもみない返答だったのか、火鳥は少し焦りながら怒った。


「しかし、指揮をとったのは火鳥さんなんでしょう?」

「確かにそうだけど・・・そんな事は、どうでもいいのッ!・・・そんな事言ってる場合じゃないのよ・・・本当に・・・!」


火鳥は、次にレポート用紙を見せた。


「・・・これは?」

「ざっと簡単にまとめたわ。昔、アタシ達と同じような状況の陥った女からのアドバイス。」


荒々しく書きなぐったような文字は、火鳥が古文書や机の周りに無造作に置かれている資料から引用し、まとめたものだそうだ。


「はい、読んでおいて。後で、説明するから。」


言われるがままに私はレポート用紙の文字を目で追った。




『 巫女に選ばれた、哀れな女へ 


 ”不幸な生贄ごっこ”は、私で最後にと思ったのだが・・・もしも私が儀式に失敗した場合を考えてコレを残すことにした。

 もし、お前と私の不幸な縁が惹かれ合えば、このくだらん書を見ることになるだろう。


 お前は、今呪われているのだろうな。理由は至極簡単だ、何が悪かったのかとか考えなくてもいい。

 恐らく、お前が、私によく似ているからだ。たったそれだけの事だ。


 この世は、狭い様で実に広い。私のような普通に少しだけ色が混じったような女は、探せばあと3,4人はいると思う。

 繰り返して言うが、お前も私も普通の人間と比べて変わってなどいない。少しだけ色が混じっているだけの話だ。

 お前が出会い、呪われた、あの化け物は・・・そういう”私のような女”を探しているのだ。


 探し出して、自分の下に組み敷き、屈服させ、挙句喰らいたいと思っている。

 だからお前に呪いをかけて、より私に近づける為に”試練”だなんだと言って様々な嫌がらせをしてくるし、命をも奪おうともする。


 あの哀れな化け物は、この私を欲しがっているのだ。

 アレは、執拗に私を憎み、愛し続けている。だから気持ち悪いし、大嫌いだ。


 私の幻影を追い続け、自分の野望の為ならば、何人もの人間の運命や命をも弄ぶ。だから気持ち悪いし、大嫌いだ。


 化け物に対抗するには、化け物になるしかない。

 だから、私は化け物になる事にした。

 選ばれたのが運の尽き・・・いや、これも”縁”というものなのだ。


 化け物になった私の力をお前に授けよう。私の名前を合言葉にする。

 合言葉が言えたら、お前の願いを叶えよう。勿論、その代償はある。


 しかし、私のような化け物なるよりはマシだと思え。化け物になれば、何もかも忘れてしまうから。』



読み終わった。

昔、私と同じように呪われた女からのメッセージ。


読んだんだけど・・・。




「・・・うーん・・・ちっともわからん!!」



私はベッドの上でハッキリとそう言った。

その途端、火鳥にスリッパで頭をスパーンっと殴られた。



「だから!今から説明するって言ってんでしょうが!!」

「た、叩かなくっても!今生き返ったばっかりなのに!死人に鞭打つとか!!」

「生きてるだろうがッ!」


するとドアが開き、食欲をそそるいい匂いも入ってきた。


「お姉ちゃん、ご飯の用意出来たって。」


蒼ちゃんがそう言い、ニッコリ笑った。


「・・・ひとまず、話は後にしましょう。それはポケットに入れといて失くさないでね。」


火鳥はまた小さく低い声で言った。



(さっきから、火鳥のヤツ、テンションと音声が上がったり下がったり・・・なんなんだよ・・・。)



それはまるで、誰にも聞かせたくないような・・・そんな感じだった。






 
 [ 水島さんは帰還中。 後編 ]




カーテンは開け放たれ、ベッドの周辺に置かれていた音楽機材は取り払われた。

時間は昼の13時半頃だった。

諏訪湖の石らしきものが床に散らばっている為、全員がアメリカのように靴を履いて、床からジャクジャクと小石の音がしていた。


私は指の屈伸運動をしながら、食事を待った。

だんだん、身体の動かし方が私の中に戻って来ていた。


だからと言って、今すぐ立ち上がって歩く事は勿論、走るのは無理だった。



「はい、お待ちどうさま。」



花崎課長と忍さんが私の前に机を設置して、食事を並べてくれた。

ベッドの上でご飯なんて盲腸で入院した時、以来か。


「さあ、どんどん食べて。」


そう言って、女難チームに見守れながら私は食事を開始した。


(食べにくい、とは思えど・・・体は正直だ・・・。)


空腹に完全敗北した私は、恥じらいを捨てて、箸をとった。


米粒がなくなるまで煮込んだ中華粥と米の触感が残る日本ならではのお粥。そして、おじや。・・・とにかく、お粥責めなのはわかった。

あとはお粥によく合う梅干に、温かい豆腐とワカメの味噌汁。


適度に噛み、飲み込む。

するするとそれらが口の中に入って、体中に沁み、体温が上がっていく。



・・・美味しい。



「どう?お味噌汁の出汁は。・・・水島さん、何が好みかわからなかったから、昆布とかつおだしを合わせてみたの。」

花崎課長がそう言った。



「そもそも、各家庭の味が違うのよね。香里は戦力外だし。」と海お嬢様が腕組をして言った。

「も・・・申し訳ないッッ!って、海ちゃん包丁も持った事ないって言ってたじゃない!」

海お嬢様の隣で深々と頭を下げた伊達さんだったが、すぐにツッコミに転じた。


「なっ!?しょ、食材提供したでしょ!?」

「「「「「あははは」」」」」


賑やかな部屋で私は、ふうふうと息を吹きかけ、ずずっと味噌汁を一口すする。

自分の作った味とは違うのだが、美味い。いや、自分が作ったものじゃないから美味いのかもしれない。


味噌汁が喉を通り過ぎた後、思わず、至福の息が漏れた。


「うん・・・美味しいです。」



賑やかだった皆が私の感想を聞き、黙ってしまう。

(ん、変な事を言ってしまったか?)


すると阪野さんが、やや大きな声で言った。


「・・・そう。”良かったわね”。」


それは、私ではない人物に向かって言ったようにも聞こえた。

不自然な感じがしたが、私はそのまま黙々と食事を続けた。


「あ・・・綺麗に食べるわよね?水島さんって。」

ふと忍さんが感心したようにそう言った。


「・・・はい?」


特別意識してはいなかったので、箸を持ったまま私はそうなのか、と聞き返した。

すると花崎課長も頷いて言った。


「ええ、そうね。箸の持ち方も綺麗だわ。しっかり教育されていたのね。」

「・・・はぁ。」


そういえば、母はやたらと食事のマナーにはうるさかったっけ。

黙々と食べる癖がついたのも、母に注意されたからだ。


TVのグルメレポーターの箸の持ち方が気に入らなければ、”あーダメだわ、コイツは。もう箸が気になって、感想なんか入ってこないわ!”と遠慮なく口に出した。


そんな感じだったので、私は黙々と食べる癖がついた。

学校の給食の時、私と一緒に食べたクラスメイトには皆、口を揃えて『水島と一緒に食べるとつまらない』と言われたものだった。


(・・・なんだろう・・・みんな、なんか変だ・・・。)


火鳥はずっと険しい顔をしているし、阪野さんはずっと部屋のドア付近に立っている。

海お嬢様は私の顔をあまり見ないし、伊達さんはしきりに部屋の外をチラチラと見て気にしている。


花崎課長はやたら世話を焼こうとするし、忍さんもやたら話しかけてくる。


「無理しないで、ゆっくり食べて。デザートはコレ。」


ヨーグルトがかかったバナナが出された。

飲み物のコーラは少し炭酸が抜けている。


しかし・・・何だこのラインナップは・・・。

範馬○キの食事か?私、これから東京ドームの地下闘技場で戦わされるの?


ツッコミを飲み込んで、黙々と食べ物を口に運ぶ。


美味い。

量が多いと思ってはいたが、意外とするすると腹に入ってしまうもので、3つの器分の粥は無くなっていった。


ずずっと味噌汁をすする内に、私の鼻は味噌の香りの他に何か香ばしいニオイを感じ取った。


このニオイは・・・肉の脂・・・・。


オイオイ・・・まさか、このまま子豚の丸焼き出てくるんじゃないだろうな・・・!?

Tボーンステーキなんか出されても、骨ごと食えないし、ステーキ食べて銃創は治らないぞ!?


いや、それ以前に!!いくらなんでも、今の私に、肉料理は重過ぎる!数時間前まで死んでたんだぞ!?



すると、台所から蒼ちゃんの声が聞こえてきた。


「お姉ちゃーん、七面鳥とスペアリブが焼けたってー!」



・・・不安的中!!



「ご馳走様でしたッッ!!!!」



忍さんが火鳥を指差して言った。


「水島さん、安心して。お肉は、あの子のよ。」

「え?あ・・・あはは!ですよねー!・・・・・・あれ?」


笑って誤魔化すが、誰も笑ってはくれず。

「「「・・・・・・・・・。」」」


私は、そのまま気まずい思いで、お椀を傾け顔を隠した。

何かが、変だ・・・。


バナナヨーグルトを食べている私の隣で、七面鳥の肉をほぐし、パンで挟んだサンドウィッチとスペアリブを食べている火鳥。


(・・・肉オンリー・・・。)


まるで○ンハンみたいな食事だ。隣にいる蒼ちゃんがア○ルーに見える。

火鳥に栄養バランスという文字は無いらしい。



「食べていい?」

すると食事を運んできたメイドこと、蒼ちゃんがそう言って、サンドウィッチを指差した。

「・・・ん。」

ぶっきらぼうに火鳥は口をつけていないサンドウィッチを差し出したが、蒼ちゃんは「一口でいいの」と言って、齧りかけのサンドウィッチにがぶっとかじりついた。


「ちょっと、蒼・・・差し出してやったのを食べなさいよ。」

「だから、全部は多いの。一口でよかったんだもん。」



「・・・・・・。」



一言よろしいかしら?



・・・・・・ねえ。




・・・そういうの、よそ(水島シリーズ本編以外)でやってくんねえかなぁ?お二人さんよぉ。





 ※注 ちょっとイラッとした主人公。



横目で見ていた私に気が付いた火鳥は、スペアリブを一本、空になったお椀の中に突っ込んだ。


「あげる。」

「・・・いただきます。」


こうして見ると美味そうだ。肉の脂の照りとニオイが、食欲をそそる。

一本くらいなら良いだろう、と私は素直に手をつけた。一口で広がる、肉の脂とこってりした味付け。


(これは・・・お粥と合うかも。)


「水島さん?おかわり、いる?」


若干、おそるおそるといった感じで花崎課長が聞いてきたので、私は「すみません、お願いします」とお椀を差し出した。

お粥のお代わりが来て、私は肉と粥を交互に食べ進めた。

いい味付けだ。逆にこのコッテリとした味付けが粥に合うのだ。


スペアリブでお粥を食べきると、私の額には汗が浮かんでいた。


(さすがに暑い・・・というか、食いすぎた・・・!)

「・・・。」

すると、海お嬢様が無言で、すっと私にフェイスタオルを差し出してくれた。

「あ・・・ありがとうございます。」


タオルを受け取り、額にあてると・・・タオルからは阪野さんの香水と同じニオイがした。

(・・・あれ?)


阪野さんは、さっきまでドアの傍にいたのに、部屋の中にはもういなかった。


「ご馳走様でした。美味しかったです、ありがとうございました。」


食事を終えた私は両手を合わせて、そう言った。

すると部屋の中にいた花崎課長、海お嬢様、伊達さん、忍さんは、皆ピタリと動きを止めた。



妙な沈黙の空気に、思わず私は首をかしげた。



(・・・あれ?)


皆、まるで、私にそんな事を言われると思っていなかったような反応だった。

ご馳走様、は不自然ではない筈だが・・・?


「・・・蒼、コレ下げて。」

火鳥がそう言って、立ち上がった。


「はーい。」


お皿二枚を持ってメイド・・・じゃなかった、蒼ちゃんが部屋から出て行く。

それにつられるように、部屋の中にいた花崎課長、海お嬢様、伊達さん、忍さんは無言で私の食器を片付け始めた。



その後、私は火鳥に肩を貸してもらいベランダに出た。

食後の一服をしたい、と3回お願いして、やっと家主の火鳥の許可が出たのだ。


本当を言えば、肩を貸してくれたら誰でも良かったのだが、誰も私に触れようともしなかった。


ベランダにもご丁寧に諏訪湖の石が撒かれていて、私はタバコを一本取り出し、やっとこさ口に咥えた。

咥えた直後、火鳥はライターで火をつけてくれた。


「あ、どうも。」


高い建物から見渡せる街。

この街に、一体何千人、何万人の他人が住んでいるのだろう。

私は、その内、何人の他人の縁を操り、殺して、魂を食すところだったのだろう。


リアリティが無さ過ぎて、あまりゾッとはしないが、そうならなくて本当に良かった。


私は手すりに背中をつけて、タバコを吸った。


・・・そういえば、祟り神になったままなら、タバコが吸えなくなる所だったのでは・・・。

そう思うと、人間に戻って良かった、と今になってゾクゾクッとした。


タバコの煙を見ながら、私は火鳥のいない方向に煙を吐いた。

すると火鳥が、私のタバコの箱を取り上げた。


「一本くれる?」

「あれ?火鳥さん、吸うんですか?」


確か、火鳥は甘党で酒は嗜むが、タバコは吸わない筈だ。


「吸えないワケじゃないわ。嫌いなの。」

「・・・嫌いなら・・・」


別に無理して吸わなくても、と私は思ったが、火鳥はとっととタバコを咥えて、手馴れたように火をつけて吸った。

火鳥は、肺にまで入れるように深く吸い込んだ。


「・・・ふー・・・吸いたい気分なのよ。」


これは昔吸っていたな、とすぐにわかった。

火鳥は、至って表情を変えずに不機嫌そうに煙を吐いた。


「あの・・・ここまで来たら、やるしか・・・ないですよね。」


私はふと、そう言った。


気合を入れて決意めいた事を言うつもりはなかったのだが、本当にこの件の終わりが近付いてきているのは間違いはなかった。

だから、やるしかない、という言葉を煙と共に吐いた。


「・・・そうね、もう後には引けない。時間は戻らないし。」


そう言って、火鳥はふうっと煙を吐いた。

私はポケットから、先程渡された訳の解らないメッセージの紙を取り出した。


二度ほど読み返してみたが、一体、誰からの誰に対するメッセージなのか、わからなかった。


結局、私はどうすればいいのか・・・。


『私の名前を合言葉にし、合言葉が言えた人間の願いを叶えよう。』


大体、このメッセージの主の名前なんか、知るはずも無い。



ふと、私はベランダから部屋の中を見た。

女難チームの皆は背中を向けて、着替えている。

・・・誤解しないで欲しいが、私はただ美女のお着替えシーンを覗いているわけではない。



先程から火鳥もそうなのだが、みんな様子がおかしいのだ。



一言で言うと・・・。


「みんな、なんか・・・”よそよそしい”ですね。何か・・・変ですよ。」


私がそう言うと、火鳥はぶっきらぼうに言った。


「・・・アンタ、あいつらにされた事覚えてないの?」


彼女達にされた事・・・今まで、幾度となく精神的ダメージ、貞操と生命の危機は感じた。


私が祟り神になり下がる前・・・。


呪いを解く為に必要な本は隠されバラバラにされ、本と引き換えに性交渉を迫られるわ、なんやかんやで精神的大ダメージを負った。

なにより、私が良かれと思ってした行動は、彼女達にとっては良い方法ではなかった。


呪いを解いて、何もかもなかった事にする。

忘れてしまえば、私との時間なんて何てことも無い、と私は判断した。


実行するには一筋縄では理解されない、とは思っていた。

けれど、自分の事をある程度知ってくれていて、好意を寄せてくれている人達に自分の信じた最良の方法を理解されない辛さは、そこで知る事になった。



想像はしていたけれど、実際、体験するとめちゃくちゃショックだった。


私が彼女達にされた事、と火鳥は表現したが・・・。


「あぁ・・・呪いを解こうと本を集める時、皆さん非協力的でしたよね。」


私は、一言で簡潔にそう言った。

それが、最もシンプルな答えだったからだ。

もっと色々台詞を盛り込んで、”その通り!大迷惑だし、ショックでした!私は女難の被害者です!”と言えるのに私はそんな気にはなれなかった。

余計な言葉を織り交ぜたら、それは彼女達を非難することになる。


「・・・おめでたい記憶ね。」と呆れたように火鳥は言った。



でも、今の私は、少しだけ彼女達の気持ちが解る気がしていた。



「・・・今なら、解ります。記憶が消えるのが・・・いや、消されるのってすごく怖くて嫌な事なんだって。」



記憶は、自分の土台だった。

良い記憶も悪い記憶も、どんな過去も私を構成する大事なものだった。


それが全て消えて、何も無くなると知った時の恐怖といったら。


今立っている場所が崩れて、何もなくなり果ての無い底に落ちていく・・・そんな感覚に似ていた。


その恐怖を私はみんなに与えていたのだ。

それは、ただのリセットじゃなかった。元に戻す事でもなかった。


単純な消去、だ。


私程度のコミュニケーション能力の低い人間が、他人の事を考え他人の為に動いたとしても、たかが知れている。

どの人物の何も知らないし、知ろうともしないまま、ただ自分の頭の中で考えた幸せなど・・・所詮、私一人しか幸せとしか感じない事。

私の進むべき道にはお前等など関係無い、と突き放す事もせず、かといって受け入れる訳でもなく・・・保留にしたまま、自分の好き勝手にやってきた。


一方、彼女達は、どこからどこまでの記憶が消されるかもしれない恐怖に耐え、私と何度も話し合いをしようと試みた。



彼女達は、私を知ろうとしてくれたのに。

私は、解るはずが無い、他人などに解って欲しくも無い、と壁を作り・・・挙句。



私はその話し合いから逃げた。



だから、なるべくして、ああなったのだ。



全ては、私の不始末。



それが事実だし、そう思った方が楽だ。


だから今更私は、もう誰も責める気にはなれないし、誰かとぶつかる事なんてうんざりなのだ。




「・・・2時間半。」



火鳥がぶっきらぼうに、加えて嫌々な態度で、そう吐き捨てた。

「は?」

私が聞き返すと、火鳥は深く煙を吸って、吐いた。


「アンタが起き上がって”2時間半”が経過したわ。アンタはツッコミは入れても、未だに誰も責めない。だから、あいつ等はひしひしと感じてるのよ。」


火鳥は苛立ったように、私の顔も見ないまま話し始めた。


「な、何をです?」


それに、責めるだと?一体誰をだ?


「”罪悪感”ってヤツよ。ヤツラは、アンタに協力しなかった上アンタの考えを否定し、話を聞いて欲しいと訴えながらも、自分達の方こそアンタの話も聞かずに、挙句アンタを殺した。」

「そ、そんな殺しただなんて・・・物騒な!それに、私はそんな風に皆を責めようだなんて思ってないですよ!」


第一、今私はこうして生きている。

祟り神になったのは、私が諦めてしまった事が原因だし、あんな恥ずかしい真似をして人間に戻してくれた人々を責めるなんて出来るものか。


「だから、それが問題なのよ。あいつ等にとっては、開口一番アンタに怒られ、無茶苦茶に責められた方がまだマシってもんだわ。

何も言わずに素直に出された食事に手をつけて、あんなに美味しそうに食べて”ありがとう”だなんて言われた日には、自分で自分を罰するしかなくなる。」


「そ、そんな事しなくったって良いでしょう、別に!わざわざ蒸し返して、言い争ったって何の・・・」


「そうよ。アンタは他人との争いを嫌がるだろうし、日々平和でいたいんだろうし、他人とのややこしい出来事なんか”無駄だ”と思っているんでしょう?

腹の底に沈殿してる、怒りや不満をそのまま出さなければ、面倒臭い事にはならないし平和に過ごせる。アンタは、いつもそう。みんな、それは知っている。

だからこそ、それが不満なの。言いたい事を言わない。勝手に過去のものにして、自己完結して流す。

とりあえず、自分が悪い、と謝って流してしまいましょうって態度でね。


・・・そういうの見ていて、アタシはイライラするのよ。」


火鳥はそう言って街の遠くの方を見ながら、煙をふうっと吐いた。

声は若干、怒りを抑えたような低い声だった。しかし、表情に怒りは全く無い。

だから、小心者の私でもまだ反論しようという気が起きた。


「そ、そんな事言われても・・・なんでも、言えば良いってもんじゃないじゃないですか。

100%どっちかだけが悪いって事は無いし・・・謝る所は謝って・・・そうすれば・・・。」



「そう。それで、アンタの問題だけは解決するのよね?アンタは自分は謝ったから、それ以上何もしなくてもいい訳よね。

言い換えれば、それ以上関わらなくて済む。

別に、それ以上の深い付き合いを求めてないなら、そうやってやり過ごせばいいのよ。


・・・だけどね。


アンタが助けたいって思った女達はね、少なくとも、そんな事を求めてなどいない。

アンタの大嫌いな、衝突や下らない感情丸出しのみっともなくてややこしい争いこそ、女難がアンタとやりたかった事なのよ。


アンタの頭の中で捻りだされた、綺麗で納得せざるを得ない、”結論(答え)”なんかじゃなくて、もっとシンプルな小汚い本音をぶつけ合って、自分達と時間を共有して欲しかったのよ。

仕事としての”結果”を求められている訳じゃないのよ。」


「・・・ぅ・・・!」


「・・・”面倒くせぇ!”って顔してんじゃないわよ。」


「うぅ・・・!」


咄嗟に指摘されて、私は顔をぺたぺたと触る。少しだけだが、無意識に顔が引きつっている。

火鳥は、タバコを片手に話を続けた。


「・・・よく言うでしょ?女は相談事をする時、既に自分の中で悩みに対する答えは決まっているって。

結論や解決方法の提案なんかほとんど欲してないのよ。

話を聞いて欲しいか、同意が欲しい、もしくは、自分の背中を押して欲しいだけなの。

自分の悩みに対して、他人が自分の悩みへの答えを一緒に考えてくれる時間が、どうしようもなく愛おしいのよ。」


「・・・・・・。」


まさか、火鳥の口から、そんな話が出るとは思わなかった。


「必要なのは”カウンセラーもどきの正論”なんかじゃない。 水島、アンタ自身の中から捻り出された”言葉”なの。」


この女が、一般女性が考えている事や事象を認識していたのが驚きだ。

確かに、火鳥の言いたい事はわかる。



わかるんだけど・・・



「だから”マジ面倒くせぇ!”って顔してんじゃないわよ。」

「・・・。」


いや、正直、面倒臭いものは面倒臭い。


答えが出ているならば、他人の答えを聞く必要などないだろうに。

どうせ、他人に背中を押してもらったとしても、行動して失敗したら背中を押したその他人に失敗の責任を求めるんだろう?

結果に対する責任なんか、行動した人間の責任に決まってんだろうに。

だったら、自分で決めて進めばいい話だ、と私は思う。


そんな私に向かって、同調するように火鳥は言った。


「・・・勿論、アタシだってゴメンよ。他人の為に自分の時間を割くつもりは、これからも無いわ。

でも、アンタは・・・この呪いを”あいつ等の為にも解く”って言ったわよね?

だったら、あいつ等の事もちゃんと考えて最後までやり遂げなさいよ。誰かの為にっていうのは、そういう事なんじゃないの?

自分に余裕がないからとか、そんな資格は無いなんて・・・出来ない言い訳じゃないの。

アンタは、出来る。出来るのに、やらないだけ。」



ハッキリと、火鳥は私に向かってそう言い放った。


「自分に自信がないから、他人に問うのよ。他人に問う事をアンタはしないから、解らないんだろうけどさ。

でも、アンタの周りにいる人間の事を想うなら、想っているだけじゃ、想像するだけじゃ、ダメよ。

・・・行動しなくちゃ、きっとアンタは後悔する。」


それは、妙に重みのある言葉だった。


「・・・火鳥・・・。」


「あいつらに小汚い本音でもなんでもぶつけて、好感度も何もかも投げ捨てて、自分の為、あいつらの為、アンタはちゃんと逃げずに接する覚悟をいい加減に決めるべきだわ。」



ど・・・


どうしたんだい?火鳥さんよ・・・!


どうして貴女みたいな唯我独尊を絵に描いたような人が、そんな真人間みたいな事、言い出したの・・・!?


ねえ!?



目をかっ開きすぎて、私の目の周りの筋肉がひくついている。

そこで火鳥がチラっと私を見て、溜息をついて言った。



「・・・そんな顔しないでくれる?アタシだって、アンタに”借り”があるんだからアドバイスくらいするわよ。アタシは・・・多分、アンタに近い人間なんだし。」

「ありがとう・・・ございます・・・。」


やはり、頼もしい火鳥。


これは・・・最終回が近い証拠だ。

ライバルだった人物が、協力的になってボスに一緒に立ち向かってくれる・・・最終回らしいぞ!


しかし・・・なんか、こうやって文字にすると火鳥の死亡フラグのニオイがぷんぷんするんだけど・・・。



「こうやって、アンタと話すのも最後かもしれないし。」

「・・・それは、ありがと・・・え?何故!?」


最後!?やめてよ、火鳥!何、不吉すぎる事言い出してるの!?

死亡フラグを立てないでよ!

言いだしっぺの貴女が死んじゃうんだからね!?カッコイイ長台詞吐いていく度に、死んじゃう度上がるんだからね!?


このふざけたSSは、そういう方向の話にだけはしたくないのッ!

最後は真っ青な空に浮いて、みんな拍手しながら『おめでとう』って言って全員の生死が未確認のまま、読者に結末放る形で終わる位でいいんだよッ!

考察好きが勝手に考えてくれるんだからさぁッ!!


※注 只今、主人公が不適切な発言を致しました事を深くお詫び致します。




「これから話す作戦に失敗は許されない。失敗すれば・・・祟り神に魂を喰われる。」


火鳥はそう言って、私が持っている謎のメッセージが書かれた紙を指差した。


「これがさっき言ってた、成功する可能性が低い・・・ってヤツですか?」


私はまだ、この謎のメッセージの中身を理解もしていないのに、火鳥は真剣な目で私を見つめて言った。


「ええ、アンタさっき”やるしかない”って言ったわよね?言ったからには、やってもらうわ。」


まだ中身を理解もしていない私に、火鳥は一体何をさせる気なんだろうか。


「・・・何を、ですか?」


私は、おそるおそる聞いた。

やれる事なら、やる。


けれど、あまりにも無理ならば・・・。


「覚悟はある?アタシには・・・もう何も守るものは無い。だから平気。

でも、アンタにとって守りたいもの・・・守っておきたい縁があるなら、決めておいて。」


「ど・・・どういう事ですか?」


前者も後者も気になって仕方ない。


前者、火鳥に何も守るものは無いって・・・火鳥には、あんなに苦労して救った蒼ちゃんがいるではないか。

でも、蒼ちゃんは女難では無かったし・・・だから、いいのか?いや、でも祟り神なら誰の命も関係なく祟り殺す事は可能だろう。

守るものが無いって事は、火鳥にとっての蒼ちゃんという存在は、守るに値しない存在、という事か?そんな馬鹿な!


その挙句・・・後者の”守っておきたい縁があるなら決めろ”、とはどういう意味だ!?

その言い草・・・まるで・・・必要が無い縁は・・・!




「水島・・・ここにいる人間との縁・・・必要の無い縁は全て切っていきなさい。」




「切る!?はぁッ!?ちょ、ちょっと、何言ってるんですか!?」


それは、いずれはしなければいけない事。

しかし、私は素っ頓狂な声を出して、質問し返した。


「理由はあるわ。このまま、中途半端に多数の縁を保ち続けていたら、今回のように、女達が暴走し呪いを解く障害になり、祟り神との争いにも間違いなく悪影響になる。」

「で、でも・・・!」



「話は最後まで聞きなさい。

今、アンタの縁の力の強さはピークを迎えている。祟り神から人間に戻ってきた影響だと思うけれど・・・それは人として、ギリギリの強さよ。

だから、ここにいる全員の縁を切ろうと思えば切れる。」


「いや、だからそういう問題じゃ・・・!」


「祟り神に強制的に縁の紐で繋がれた人間は、いつ、また祟り神の力で操られるか解らない。

ストーカー女が狂ったのも、門倉優衣子達が、普段なら出来る筈のない事をアンタにやったのも、祟り神のせいだとしたら?

今度は、ただ操られるだけじゃ済まない・・・完全に”洗脳される”かもしれないのよ?

アンタへの想いが捻じ曲がって、アンタを殺すかもしれないし・・・いえ、今度はただ妨害されるだけじゃ済まないかもしれないし、ここにいる全員で殺し合いをするかもしれないわ。

そして、死んだら、その魂を抜き取られて、祟り神の餌になるのよ。・・・いいの?」





「そ・・・そんな過酷な事・・・このおふざけSSでやる筈が・・・!」

「馬鹿ね、あっちだって、アタシ達のやろうとしている事は解っているのよ?本気でド汚い手を使ってくるに決まってるでしょ。・・・どんな手でも使うわよ。」


くそう!さすが最終回が近いだけある・・・!いや、言ってる場合じゃない!


「安全に縁を切るなら・・・諏訪湖の石で結界を張って、祟り神を寄せ付けられない、今しかない。

あの女達をこれ以上、不幸に・・・いえ、死なせたくなかったら縁は切りなさい。

・・・どうしても切りたくない大事な人間ならば、その女はこの部屋に置いとけばいいけれど、それだってとてつもなく危険よ?

本当に大事なら、今すぐ縁を切る事をおススメするわ。」


「えぇッ!?そんな・・・い、今・・・ですか!?今、それ決めなくちゃいけないんですか!?」


火鳥よ、後生だ。


 ”いつ切るの?今でしょ!” とかいう返しは勘弁してくれ・・・!


いや、そうじゃなくて!!


確かに、私は呪われ、その呪いに彼女達を巻き込んでしまったのだから、彼女達の安全を私が守るのは当然の事だ。

だけど、今、彼女達との縁を切るって事は・・・その人の記憶と・・・私との繋がりを消す事を意味する訳で・・・!

いやいや、呪いを解けばいずれにしても彼女達の私にまつわる記憶は消えてしまうのだから・・・!


いや・・・でも・・・!


(・・・今じゃないと、ダメなのか?)


・・・何故、迷うんだ・・・女難だぞ?

私がかれこれ、ずっと無くしてしまいたいと思っていた、ややこしい人間関係を切ってしまえるんだぞ?


彼女達の安全の為。

なおかつ、自分の為。


だけど・・・!


(それは・・・今じゃないと、ダメなのか?)


火鳥が、振り向いて、街に背中を向け口を開いた。


「それが出来ないんだったら・・・。」

「・・・出来ないんだったら・・・?」



重い沈黙。

1秒が30秒に感じる。


火鳥は、私をじっと見つめながら、ハッキリと言った。






 
「出来ないなら、黙って、アンタ一人が代わりに死ね。」





「・・・うっ!!」


私の持っていたタバコの灰がポロリと下に落ちた。




火鳥の一言は、効いた。

顎に左ストレート喰らった気分。



私はその場に座り込んで、携帯灰皿にタバコを入れると、とっとと二本目を咥えた。



「で、どうするの?・・・やるの?やらないの?」


火鳥は地面にタバコをぽとりと落とすと、ぐりぐりとサンダルで踏みつけ、火を消した。

火鳥が足を上げたので、私はゆっくりと火鳥の吸殻を拾い、自分の携帯灰皿に入れた。



私のタバコに火をつけようと、火鳥は私と同じようにしゃがんだ。


だが、私は俯いたまま地面の諏訪湖の小石を握り締めた。

握った小石の角で、掌のあちこちが痛む。



ああ・・・こういう風に、ウダウダ悩む自分が嫌いだ。

もっと、サックリと決められたら良いのに。



「・・・どうしても・・・?」


私の問いに火鳥は答えずに、ライターの炎をつけた。



祟り神になった私を迎えに来た、もう一人の私の言葉をふと思い出す。





『もし、ここから抜け出すならば、決意(約束)してください。


これから面倒臭い事が、ゲップが出るほど、ついでにゲロも吐くほどやってきます。


それでも、私(あなた)は・・・逃げずに私自身と向き合って、問題に立ち向かってくれますか?』






私は、その問いに 『はい 』と答えて、ここにいる。

自分と向かい合わなきゃ。



(・・・確かに、ね。これはゲップとゲロが出て、脱糞しそうなくらい面倒臭いわ・・・。)



やる事成す事、嫌!面倒臭い!…で、やらずに済む人生なんて、あり得ない。

やれたとして、そこまで自分の人生のあらゆるハードルを下げて楽に生きて、何が変わる?



後悔すれば、自分が嫌になるだけだ。

面倒臭いけど、大事な事がある。


自分との約束だ。


もう、自分の正直な気持ちを騙したり、他人との争いを恐れて逃げて、後悔なんかしたくない。




その為の第一歩だ。






(・・・もう逃げないって、決めた・・・!)






私は、顔を上げて火鳥を見た。






「・・・火鳥さん・・・これからやろうとしている作戦を・・・教えて下さい・・・!」


「いいわよ。」



私は、すかさず言葉を続けた。





「・・・その後で・・・ここにいる人間との縁を切ります・・・!」





火鳥は目を細めて、答えた。




「・・・わかった。」




そのまま、私と火鳥はタバコ三本分を消費するまで話した。













「ねえ、二人共寒くない?温かいコーヒーでもどう?」






話が大体終わった所で、忍さんが笑顔で声を掛けてきた。


無理して笑っている、と今更になって気が付く。

皆、そうだ。疲れたような笑顔。

パラパラ踊って、歌わされてたんだから疲れているのは当たり前だろうが、それだけじゃない。


思い悩んで、疲れた顔だ。



部屋に入ると、それぞれが椅子やソファに座って、私を見ていた。

みんな笑ってはいるが、疲れているような顔で私を見ていた。




そうか・・・。

私はやっと、彼女達の様子がおかしかった理由に気が付いた。




(・・・みんな、知ってるんだ・・・これから、私が縁を切る事を。)





促されるまま、ソファに座ると目の前にコーヒーが出てきた。

湯気の向こうに見えるのは、私を困惑の海に落としてきた・・・女性達。



手を伸ばし、宙に舞う縁の紐を切れば・・・祟り神との最後の戦いが始まる。



彼女達にとっては、終わり。


私にとっては・・・。



「・・・ふ・・・ははっ・・・」



思わず、渇いた笑いが出た。

すぐに、手で顔を覆った。




彼女達には、いい思い出なんか何一つ無かった。

そう、無かった筈なのに。









 何故、別れが今じゃないとダメなんだ・・・!!










「ダメだ・・・やっぱり、出来ない・・・ッ!」




こんな時に限って、良い思い出っぽい出来事ばかり浮かんでくる。

ここにいる皆、メスゴリラだったら、即、縁なんか切ってやれたのに・・・!


今まで誰も気にもかけなかった、地味な私の名前を呼んでくれた。

引越し業者くらいしか入らなかった私の部屋にドカドカと上がって、AVまで見ていった。

お見舞いにも来てくれて、何かと私の身体を撫で繰り回して・・・

お互い、よく知らないのに・・・呪いのせいなのに・・・私の事を好きだ、なんだって・・・!!




そんな事を散々してきたのに、今、あっさりと縁を切ってサヨウナラ?ふざけんな!





「私は・・・皆の事、まだまだ何も知らないし!そんなに話してもいない!分かり合えば、ちゃんと友達としても付き合えるかもしれないのに・・・なのにッ!」



頭を抱えて、私は皆から目を逸らした。



「ただ呪われただけの私に・・・皆、ただ巻き込まれただけなのに・・・ッ!」




何も知らない他人は言う。

今更、何馬鹿言ってんだ、と。人嫌いが女難を消して元の生活に戻るだけだ、ざまあみろ・・・って。


今更・・・情けない。

つい最近まで、ずっとそれをやろうとしてきたのに。

イザとなると、躊躇するなんて。





「・・・私は・・・薄情にも、縁を切ろうとしてる・・・ッ!」



別れを惜しんでいるんじゃない。

別れたくない、とハッキリと思っている思い切りの悪さに反吐がでる。



「・・・水島さん。」



私の肩や頭、そして両手に女性達の手が触れた。

顔を上げると、みんな、”仕方ない人ね”と言いたげに困ったように笑っていた。



その笑顔は、優しくて。

縁を切れば、この笑顔は、もう向けてもらえない。

彼女達だって、知っている筈なのに、私に笑いかけてくれている。




「・・・あ・・・う・・・」


変な声が出て、それ以上言葉らしい言葉が出なかった。


他人の優しさが、今何よりも痛くて、嬉しくて・・・。






 ごめんなさい・・・皆、今まで、ごめんなさい。

 ゴメンナサイ。みんな、こんな事に巻き込んでゴメンナサイ。今度会う時は、呪いなんかじゃなく・・・普通に・・・







私が、そう言いかけた瞬間。










「「「「「「「・・・”友達”ってどういう事?水島さん。(笑)」」」」」」






「・・・・・ひっ!?」



笑顔が・・・5秒前まで優しかった筈のみんなの笑顔が・・・黒い!?怖い!?



「ねえ・・・ここまで来て、まだ”友達”だなんて言ってる訳?水島ァ・・・!」

海お嬢様が笑顔を引きつらせ、私の二の腕を抓りながらそう言った。

「い、いてててて!?」



「友達の次元はとっくに越えて、今を迎えているのよ?水島さァん・・・!」

花崎課長が私の肩を握りつぶさんばかりに掴んでそう言った。

「わ・・・わ・・・ァ・・・!!」



悲鳴を上げかけた私の耳元に「・・・私、人を殺しかけたんですけど・・・?」という、阪野さんのアブナイ囁きが聞こえ・・・。



「みーちゃん・・・”本気”って意味を・・・知ってるのカナ?」

普段から声が高い筈の伊達さんが、低い声でそう言った。




「水島さん・・・そろそろ、さすがの私も・・・我慢の限界、よ?」

忍さんがそう言って、私の頭皮に指を食い込ませた。




「あ・・・あああああああああーッ!!ご、ごめんなさああああああああああああいいッ!!!」



全力で私は謝った。

全身からびっしょりと嫌な汗が吹き出して、止まらない!

スプリンクラーみたい・・・ッ!言ってる場合かッ!!



「ていうか・・・感動呼ぶ場面なのに、どうしてこうなるのッ!?」



火鳥はそっぽを向いてコーヒーカップを傾けた。



「・・・馬鹿ね・・・恋愛に酔ってる女の本性なんて、そんなもんよ。根本から変われる人間なんか、そうそういないっつーの。」



そうなのね!わかった!

でもね、とりあえず、恒例になってしまったけれど、とりあえず!!


叫ばせて!!






「た、たァあああああすけてぇええええええええッ!!!」




女難の女は、どこまでいっても、こうなるのか。





「・・・だからさ、水島・・・もう切っちまえよ。スッパリとよ。」



私のもう一方の肩を掴んでいた、巫女姿の樋口さんがそう言った。



「え?」



「他人ってのはな、自分を映すんだ。嫌な所も良い所も全部な・・・ま、歪んで映る事もあるけどさ。


あんたはあたしにとって、あたしを映して見せてくれる鏡みたいな存在だった。その鏡に・・・これ以上、曇って欲しくねえんだよ。」



「あ・・・えと・・・。」



樋口さん、すごく良い台詞なんですけど・・・生憎、私、鏡になった覚えも、貴女を映した覚えも無いんですが・・・!?




「水島には、ホントに感謝してんだよ。


だから・・・あたしは、赤い姉ちゃんから連絡もらって、神社ひっくり返すつもりで一所懸命、祟り神や巫女、退治に関する事を調べた。


惚れた女の命が懸かってんのに、これ以上水島の足は引っ張れねえよ・・・まあ・・・ちょっと残念だけどな。」



そう言って、樋口さんは白い歯を見せて笑った。



「オバ、いや、ここのねーちゃん達・・・あたしら、みんな・・・覚悟は出来てんだ。

赤いねーちゃんから事情も聞かされて、納得もしてる。・・・だから・・・縁、切ってくれよ。な?」


言い終わると、笑顔を浮かべた筈の樋口さんの瞳から、大粒の涙が頬を伝って落ちた。


「ああ、やべ・・・悪い・・・何か、汁が出ちまったわ・・・。」


・・・いや、そこは普通に涙って言ってくれ・・・よりにもよって、汁って表現はないだろ!!


みんな、笑顔のまま・・・泣いていた。



「いやねぇ・・・みんな、嫌な女になって、スッパリ切ってもらう計画じゃないの。」と花崎課長が笑って涙を拭った。

「大丈夫よ、泣いたって何したって、貴女最初から嫌な女だったわ。」そう言って、阪野さんがやっといつも通り笑った。

天敵同士の筈の二人は、顔を見合わせ笑った。


「殺人未遂がよく言うわよ。もうっヤンキーにオイシイ所、全部持って行かれたわっ!」と腕で顔半分隠しながら、涙声で海お嬢様が言った。

「優衣子ちゃんもおいでよ、そこに隠れてたら切ってもらえないし・・・謝れないよ?」そう言って、伊達さんが台所の方に涙混じりの声を掛けた。

キッチンのカウンターからひょい、と顔を出したのは、門倉さんだった。


・・・あれ?くぱァ・・・いや、じゃなくて、門倉さん!?


「実はね、さっきのお味噌汁、実は優衣子ちゃんが作ったの。」そう言って、伊達さんは笑った。

「え?そ、そうだったんですか?」


「申し訳なくて、みーちゃんに顔合わせられないからって、ず〜〜っと台所にいて、みんなの食事やら雑用係してたの。」

そうだったのか・・・。


「・・・う・・・うわあああああん!ごめんなさいッ!水島さああああんッ!!この間は私の・・・あの・・・”グロイ”の見せちゃってごめんなさいッ!!」

号泣しながら門倉さんが私の膝に泣きついてきた。


「えッ!?門倉さん!?あ、い、いや別に、薄暗くってよく見えなかったし、あの・・・そんなに”黒く”は無かったと思いますが・・・!」

 ※注 悲しい聞き違いをした水島さん。


まさか、門倉さんがここにいるとは思ってなかったので、私は慌ててフォローをするが、忍さんが苦笑しながら言った。


「あら、色の濃さまで把握してるんなら、バッチリ見えてたんじゃないの?」

「ち、違いますってばッ!」



しばらく、泣き笑いで部屋は包まれた。

火鳥はその間、ずっと窓の外を見ていた。



思い出話をするわけでもなく、私達は、ただ顔を見合わせ、笑い合っていた。



そして・・・笑い声が途切れ途切れになってきた所で、私は立ち上がった。



「じゃあ・・・。」



みんなは、もう泣いてはいなかった。

本当に、この人達は強いな、と私は思う。






部屋の中にある赤い紐を見つめ、私は手を伸ばした。


力が無い頃は、あんなに重くて固くて、持てもしなかったのに。


今となっては、紐は掴めば、簡単に切れてしまいそうだった。






「・・・・・・では・・・皆さん、しばしのお別れを・・・。」


言ってしまってからは失言だったかな、と私は思った。

しかし、その”しばし”とは、どのくらいの時間を指すのかは、誰も問わなかった。






 「・・・頑張ってね。」






誰かが、私の背中に向けてそう言った。



「・・・っ!」



その言葉に、胸が詰まりそうになるのをぐっと堪え、私は彼女達に背中を向けたまま、口を開いた。









「・・・・・・さようなら・・・!」














その後、女性達は、帰って行った。

少しぼうっとした様子だったが、足取りはしっかりしていた。


なんだか、長い夢を見ていたようだ、と口にした女性もいた。



その後、私は自分の指に巻きついていた、女難の紐を残らず切った。





「明日から、忙しくなるわね。水島、それが終わったら、泊めてあげるからちゃんと寝なさいよ?・・・アタシも疲れたわ。」


「・・・ええ。もう少し。」





私の女難ではない火鳥は、紐をぶちぶち切る私を見て、言った。





「・・・アンタ、泣いてんの?」






私は答えた。






「当たり前でしょう?悲しい事があったら泣く。・・・私、”人間”ですもの。」







そして、私と火鳥の耳に紐が切れる音だけが響いた。




自分の中に、大事なモノが無かった時、方向はフラフラとして定まらず、生き方も雑だった気がする。


大事なモノが出来た時、出来たという意識もなかったし、それは多分、簡単には無くならないモノだと思っていた。


生きる方向が決まる。


大事なモノを、守る為。

大事なモノの傍にいる為に、自分を鍛える。



だけど、大事にすればするほど。



大事なモノは、壊れて無くなってしまう。

無くしてから気付く、大事なモノ。




だけど、いつしか本当にそれが大事なモノだったのかすら、忘れてしまう。




もっと経つと、大事なモノがあった過去すら、忘れてしまう。





 『もう、忘れない。』






私は、もう一度だけ、自分に語りかける。







 『 いつだって 貴女(わたし)は 一人じゃなかった 』






私が何をしていても、世界は何事もなかったかのように、いつも通り回っている。




『では、続いてのニュースです。ワイルドランドの人気者・ゴリラのリリアンが檻の中で暴れ、飼育員に襲い掛かりました。

以前にもリリアンは、街に逃走し、騒動を起こしており、処分されるのではないかと憶測が飛んでいます。

現在、リリアンは麻酔銃の影響か、体調を崩しており、公開は中止されています。』




私なんかが、いなくても世界は回る。



(でも・・・・私の世界には・・・必要なものがある・・・。)



私は、決意をしていた。


必ず、この呪いを解き、私は私の大事なモノを守ってみせる、と。






 ― 水島さんは帰還中。 END ―


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 あとがき



色々ありましたけど、とりあえずこういう感じに修正しました。