}-->























これまで沢山の人(主に女性)と知り合った。

いや、本当に出来れば知り合いたくは無かったんだけどね。

今までだって沢山の人と出会ってはきたが、興味はなく、出会いや交流はそっと流して、深く関わる事はしなかった。

まあ…今になって考えたら、呪われたなんだっていう今回の出来事は、私の人生で自分を見つめ考えるいいキッカケにはなったのだと思う。


何故”女難の呪い”だったのか?という疑問も、私が最も自分に近くて遠い生き物だと思っていた、”女”こそぴったりだったのだ、と思う。


現に、彼女達は私に理解しがたい感情をガトリングガン並にぶっ放しまくった。

被弾した私は他人との触れ合いを余儀なくされたが、苦しみながらもアレコレ考えさせられた。

まあ…そういう私の凝り固まった壁を崩し、考え直す材料にぴったりだったのだろう、と思えてならない。

勿論、私自身は彼女達を”考察の為の材料”だなんて考えた事もないが。


自分なんか理解されないし、きっと決め付けられて嫌われると思っていたが、それは私も同じだった。

私は呪いをキッカケにして、他人の考えや想いに触れた。

勿論、嫌な思いは沢山した。知らなきゃ良かったと思う事も、余計な身体能力もつくし、悩みは以前の倍に増えた。

しかし、それは…以前の私は、悩む事無く、欠点だらけで成長もしない自身を放置し続けていた、怠惰な自分であった、という事でもある。


それでも良いじゃないか、と開き直った自分もいた。

確かに、人の何が間違ってるとか、何が人として正しいとか、揺るがない真の正解というものは無い。

ただ、自分自身でこれは自分にとって間違いだとわかっていたのに、気付かないフリをしていた事はあった。

それが正解だろうと間違いだろうと損益を被るのは全て私だ。だから、私にしかわからないし、私にしか正すことは出来ないのだ。


以前の私は

”人なんて、他人なんて、こんなモンだ。”

”自分は自分でしっかりやっていけば良いんだ”…と悟ったつもりでいた。


実は解っていなかった。

私をわかったつもりでのしのしと私の領域に入ってくる他人が大嫌いだったのに、私はほぼ同等の事をしていたのだ。

いや、そもそも”わかる”とか”わからない”という次元のものでは無いのだ。


人は、簡単に理解できない。

私だって、簡単に理解されない。

自分だって自分自身の事すらわからない。

こうだああだって自己完結や思い込みは、自分の視野を狭める。

背負わなくても良い荷物を勝手に背負い込み、原因だと思いこんでいる誰かを勝手に恨んで、後悔をする。

小さい小さい人間になる。



だからこそ、少しでも知ろうとしなくちゃいけな・・・



ああ、でも・・・



知ってくれようとした人。

私に気付いてくれた人。


私が、一緒にいて少しだけ楽しかった人。











・・・縁・・・消しちゃったんだっけ・・・。













「・・・ん。」


(寝てたのか…いつの間に…。)


ソファから起き上がって、私は寝ぼけた頭で整理を始める。

火鳥のマンションのソファに私は寝ていた。(宿泊させてもらえた挙句、毛布一枚出してもらえている事は奇跡に等しい。)

その場で座ったまま、昨日あった事を思い浮かべる。


(あ、そっか…そうだった。)


今日やるべき事を思い出した私は、テレビのリモコンを取って電源を入れた。



『おはようございます。


今日は朝から風が大変強く…


まさに”春一番”といった感じでしょうか…。


気温は少し温かいな、と感じます。”もうすぐ春なんだな”という印象を受けます。


また…私の頭上には…ご覧下さい。桜の木です。桜が春を待っている姿が見えます。』



テレビの画面には、風に揺れている桜の枝が映された。

蕾はまだ固く、開花までの時間はかかりそうだった。


静かな部屋でコーヒーを飲みながら、私はジッとテレビの画面を見ていた。

窓の外は、確かに強い風が吹いていた。


(今から外に出るとなると、コートは必要かな…。)


自分でも驚くほど、気分は落ち着いており…いや、今更ジタバタしたとしてもどうにもならないだろう、という妙な吹っ切れた感じに包まれていた。




『冬が過ぎ、もうすぐ春が来ますね。

しかし、毎年同じようでいて、去年と一緒の春ではないんですよね。』


テレビの中の女子アナウンサーは、強い風に吹かれながら落ち着いた口調で話を続けた。

私は、なんとなく黙って聞いていた。


『”一期一会”という言葉がありますが、人間関係のみならず、季節や環境にも言える事なのではないのでしょうか?

同じ時は二度と流れませんし、この桜も同じ木から咲くのですが、きっと去年とは、また違った美しさを見せてくれるのではないでしょうか。』


(一期一会、ね…)


簡単に言うと、一生に一度だけの機会、という意味だ。

これはまた、妙に今日という日に相応しい言葉を聞いた気分だ、と思った。



私は”不変の平和な毎日”を望んでいた。


誰にも干渉されない、自分の行動や意思も侵害される事の少ない、自分だけがきちんと仕事をしていれば家に帰って、ご飯を食べて眠って・・・

それで済んでしまう一日がずっと続く・・・そんな毎日。



だから、一期一会の出会いなんて求めていなかった。

求めていたとして、それが私に何を与えるか、考えただけでゾッとした。



『この風のように一瞬で過ぎ去ってしまう時ですが、この一瞬一瞬を大事に過ごす事で見えてくるモノもあると思います。』



(なかなか良さ気な事言うじゃないの、この女子アナ。)


強い風の中で静かに語りかける女子アナの話に、私は思わず感心させられてしまった。



(一瞬一瞬を大事に、か…)


もしかしたら、その一瞬で、この命が奪われてしまうかもしれない。



『・・・さて、新しい季節への移り変わりには、体調を崩す方が多くなります。

体調管理等に気を付けて、新生活に備えていただきたいと思います。それでは、今日のお天気を…』



大事な日だけれど、もう二度とこんな日は来ないで欲しい。


何よりも大事な、一瞬一瞬が大切な日。





今日は、そんな日だ…。




私の名前は、水島。

悪いが下の名前は聞かないで欲しい。

必要とあらば、下の名を名乗る時が来るだろうが、今はその時ではないだろう。


年齢は25…歳。うん、まだ25歳だ。

職業は会社員。業務はいたって平均的なOLのやる内容とさほど変わらない。


平凡な女だ。


ただ、年齢性別問わず…私は他人が大嫌いだ。他人と関わる事が嫌いだ。

他人に触れず、目立たず、関わらずをモットーとしてきた平凡な私は、呪いをかけられた。


その日から、望まない女性との縁ばかりに絡まれてトラブルに巻き込まれ…挙句何度も死に掛ける、”女難の女”になった訳だが…。



今の私には”女難はいない”。

私に繋がっている縁は、私が切った。


紐が絡まっていた時には無かった、妙に軽い手を開いては握り、を繰り返しながら、私は沸々と闘志を燃やしていた。


”こんな状況になった”全ての原因を…



「い〜〜〜つまで、ぼーっとしくさってんのよ!!行くわよッ!!」

「うわあッ!?び、ビックリした!」


火鳥の大声で、私の思考は中断された。


「チッ…他人の家で治療受けた挙句、ニュース見て呆けてるなんて良いご身分ね!水島ァ!!」


確かに、ここは火鳥の家だ。


しかし、この家主はどうしたら朝から、こんなに血糖値と血圧をフルに上げられるんだろうか?

私ならば、朝からこんなテンションになろうものなら、眩暈を起こしそうだ。


…いや、それにしても、だ。


「いきなり叫ばないで下さいよ…せっかく今、自分の中で闘志を燃やしてたのに。」



せっかく自分ナレーション・演出で、テンションと闘志、集中力、その他色々を盛り上げていたというのに、このデリカシーの無さ!



「水島、アンタはね!下手に考えるより、動く方が合っているのよ!!・・・ていうか、動けるの?」


私は椅子から立ち上がり、トントンと足踏みをした。


「…動けますよ。」


私は昨日まで半分以上死んでいた。(というか、ほぼ死んでいた。)

実は起きてからずっと関節がギシギシ鳴って痛むのを必死に動かして、この状態に持ち込んだのだ。

・・・むしろ、その努力は褒めていただきたい。


「”それなりに”、じゃ困るわよ?」


私を見る火鳥の視線は厳しい。

もし、私のコンディションが悪ければ、計画を変更せざるを得ない、と言い出すだろう。

しかし、計画の変更は今更キツいし…そっちの方が内容も酷い。


それに、だ。


私には、これまで積み上げてきた色々なモノがある。

他人は”無駄なもの”と扱き下ろすだろうが…私にとっては宝(良い経験)だ。


自身の力を過信するのは只の自惚れだ、と思っていたが、今の私は己の力を信じる気でいっぱいだった。




一時、祟り神になった時。

目の前に、私が現れた。


『もし、ここから抜け出すならば、決意(約束)してください。


これから面倒臭い事が、ゲップが出るほど、ついでにゲロも吐くほどやってきます。


それでも、私(あなた)は・・・逃げずに私自身と向き合って、問題に立ち向かってくれますか?』



しっかりとした強い意志で満ち満ちた瞳と言動。


なんか・・・私なんか霞むくらいキラキラしていて、自分じゃないみたいで・・・。


どっかの綺麗なジャ●アンみたいに、”綺麗な私”だった。

真っ当に真っ直ぐに生きていたら、ああいう自分になれたかもしれない、という夢(可能性)を私に見せてくれた。




『私は私(あなた)の一部なんだって。今の私(あなた)も、私のほんの一部でしかない。

”違い”ばかりに目を向けないで。

私は私(あなた)。私(あなた)は私。

まだ私(あなた)が知らない一部の私かもしれない・・・これでどうです?』


どうです?って聞かれてもねえ…。そういう質問をするあたり、私らしかったなぁ…。


それでわかったのだ。


…私が、女難の皆さんよりも、一番…私の大事な所を知らなかったんだな、と。




とにもかくにも。



私は、今・・・かつてない自信と”やってやるぞ”という気合に満ちていた。

だから、笑いながら火鳥にこう言い返した。


「いやいや、それこそ…”ていうか、誰に言ってるんですか?”って感じですよ。」


そう私が返すと、火鳥はふっと息を吐いて言った。


「…わ〜かった。じゃあ、とっととコレに着替えてくれる?」

「・・・・・・。」



指差す衣装…というか材料を見て、早速私は深い溜息をつきたくなった。


「・・・・・・マジか・・・。」



目の前に置かれたのは、”白い布テープ”。


…何度見ても…嫌なモノだ…。

私はバスローブを脱ぎ捨てると、火鳥にコレと指差されたモノを手に取った。



「…手伝う?嫌だけど。」

「いいです。手伝われる私はもっと嫌ですから。」


火鳥の文字通り嫌々ながらの申し出を断り、私は自分用の衣装に身を包みはじめた。




「・・・あの・・・この衣装?を身につけておいてなんですけど・・・やっぱり他の衣装はダメなんですかね?」


私の言葉に、素っ気無く火鳥は答えた。


「別にいいわよ?死んでも良いなら。」

「・・・・・・・。」


『馬鹿野郎。死にたくねえよ。』と心でツッコミつつ、私は体にテープを巻いた。



白い布テープは伸縮性があり、関節に巻いても動きが制限される事は無かった。

テープに書いてある文字は達筆すぎて読めないが、巻く度にやってやるぞ感が高まっていく感じがする。


”ビビーッ”という音をたて、テープを巻きつける。

テープを伸ばし、軽く文字を目で追ってみるが、やはり読めな……


”あ゛ぁ゛―!(悦)なんでこんな所にあるのぉ〜?ってのはありましたね(笑)”



「プロ●クティブのMa●jか!!・・・って、何でこの台詞を選んだ!?(悦)ってなんだよ!ボケがわかりにくいわ!面倒臭いッ!!」

「ツッコミ入れてないでとっとと巻きなさいよッ!」


黙々と巻いていく。


時折テープに”バスガス爆発”とか”もずく酢を人数分注文すると不評”とか”ふ━━( ´_ゝ`)━━ん”とか”正直コレ飽きた”って文字を見かけたような気がするが


・・・もう考えないようにしよう。



(・・・しかし寒い・・・!)



やはり素肌に布テープだけは、さすがに寒すぎる。ネタも寒かったけどさ。

※注 うるせー。




「寒さ的な意味で死にそうですけどね。…コートは羽織りますからね。」



火鳥が特別に用意した、この布テープは代えが無い上、3巻しかない。

故に…大事な所を中心に念入りに巻いて、身体、腕、足…と巻くとしても、絶対的に”足りない”のだ。


肌の露出の多い事…この上なし!


テープは巻き終わった。巻き終わった、のだが…やはり…!!




(………さ、寒い…!!)



今の私の格好は、呪文というか何かのネタも書いてあるだけの布テープを身にぐるぐる巻いて大事な所を隠しているだけの”夏のハレンチ衣装”となっている。

何か”特別な感じ”はするのだろうが、これを見た一般市民が”何か特別ヤバイ奴だ”と感じるには十分な格好である。


ボソッと火鳥が余計な一言を言った。


「……T.M.●evolution以来よね…それ。」

「言うなっ!私もそれ思ったんだからッ!!」


ていうか●M.Rを知ってたのね!どうでもいいけど!!


そうそう、夏に発売されたHOT・LIM●Tの時の衣装でしたよね〜って言ってる場合かッ!ネタが古くてわからないだろっ!!



「安心なさい。それは最新のテープだから伸縮性はあるし、あの神社の神主に印を徹夜をさせて書かせた特別なものよ。」


なるほど、時々飽きてたっぽいのは、そのせいか…。


「ただのテープじゃないわ。アンタの身体を最低限度、それで守れるって訳。」


「えーえー…特別なのは、十分解りましたけどね!守れるかどうかは微妙だし、ホントにホントに寒いッ!!まず、寒さから身を守りたいの!今、まだ3月ですからね!?」


「大丈夫…その手の衣装は、T.●.Revolutionかレディー●ガかアンタくらいしか着こなせないから。」


「ねえ!この際、着こなせるか否かはどうでもいい!?ホント寒い!それだけで大丈夫じゃないよッ!!」


紐っぽいパンツだけは履いてOKだから、その上から特製テープをべたべた貼り付けるだけの簡単な衣装。

これが最終決戦の神聖な衣装だと言うのだから馬鹿げている。


「大丈夫、いないいない。アンタしかいない。頑張って。(棒読み)」


「・・・だったら、その半笑いで棒読みのフォローをやめて下さい・・・ッ!!」


私はこの衣装に関して、心から叫びたいがググッと堪えた。

このやるせない怒りも、全部祟り神にぶつけてやる!




「よしッ…行きましょう!」


「・・・生足、魅惑のマー・・・」


「歌うなッ!それ以上歌うなッ!!」




かくして、私にとって…色々な意味で”最低な最期の一日”が始まった。






[ 水島さんは激闘中。  〜 朝 〜 ]








「じゃあ、私は出社します。後で合流しましょう。」

「・・・は?」


私が火鳥の家の玄関でその一言を発すると、火鳥の表情は固まった。


「出社…会社、行くの?」

「はい。」


「・・・・・。」

「・・・・・。」



不思議な沈黙が続いた。



「…いや、有給使い切っちゃってましてね。貴女と違って、一般社員にとって休暇をとる事は簡単じゃないんですよ。」

「そ、そうじゃなくて…正気なの?祟り神、襲ってくるのよ?」


火鳥は動揺を隠せないまま、そう聞いてきたので、私は簡単に説明をした。


「…まあ、正直、命に関わる事ですから、出社している場合じゃないってのは自分でもよく解ってるんですけど。

祟り神もわからない一般の方にとっては、関係のない話ですし。そんな事で休まれてもねって感じじゃないですか。

祟り神だなんだって言ったら、私ら”頭オカシイ人”としか認識されないと思うんです。」


「そこは、嘘でも何でもついて、どうにか休みなさいよ!」

「それは…社会人としてどうかなーって思いません?」


「命かかってんのに社会も何もあるか―ッ!だから日本人は馬鹿真面目な人種としか認識されないのよッ!!」


火鳥は両手を震わせ、口を大きく開けてツッコミを入れた。

私は冷静に言い返した。



「生きますよ、私は。負ける気も無いです。だから、未来の事を考えているんです。」


スッパリと言い切る私に、火鳥はスッと冷静な表情に戻り、聞き返した。


「…何か、狙い…策でもあるの?」


少し期待が込められていそうな質問だが、私はやはりスッパリと答えた。


「自分の仕事を失いたくないだけです。なんだかんだで、あそこで働くの嫌いじゃないんです。」

「…まさか、それだけの理由?」


それだけ、と言われるとそうなのかもしれないが、”それだけ”が今の私に残されたモノなのだ。


「火鳥さんにだって、やるべき事…未来に残しておきたい、守らなきゃいけないモノあるでしょう?

私には、もう仕事くらいしか無いですから。」


私の言葉に火鳥は明らかにムッとしたように片方の眉をくっと上げた。


「・・・・・・まるで、アタシには仕事以外に何かある、みたいな言い方ね?」

「違います?」


私には、”全てをかけてでも守りたい”、という自覚が無いものの、彼女が大事にしている何かが見えていた。

こういう風に、自分では気付かない事が他人には見えているのだな、と思う。


「・・・無いわよ。」


チラリと目を横に逸らして、火鳥は答えた。


「あるんですね。いい事だ。」

「無いって言ってるでしょ!無駄口たたいてないで、さっさと行きなさいよッ!」


私は追い出されるように火鳥のマンションを出て、会社に向かった。

洋服の下は…あのT.●.Rなのだが…コートと服を着てしまえば、なんて事はなかった。


問題は…今、祟り神に襲われたら…まず、人目につく道の真ん中でも服を脱がなければならない、この一点だけだ。




(今日で、全て片付ける。)



自分でも驚くくらい、この状況を受け止めて普通に振舞っている。


「…寒っ。」


風は強く、まだ冷たい。

道の脇には枯れ葉や小さなゴミがちらほら見え、やがて俯きながら向かい風に逆らうように出勤するサラリーマン達の姿が見え始めた。


大きな道に出ると、更に出勤する人々が増えた。

火鳥の家から歩いて、近くの駅まで移動した私は、いつも通りに電車に乗った。

いつもより時間が早かった為か、電車の中は比較的空いていた。


私は一車両目に乗り、そのまま壁に寄りかかると窓から流れる風景を見ていた。

朝日の光が雲の隙間から差込み始めた。

ガタンガタンという音と振動を受けながら、私はぼうっと外を見ていた。



この時間は、やっぱり一日の時間の中で二番目に好きだ。





「あの、好きです・・・。」


(・・・!)




…デジャブ、か…?


このタイミング。

この台詞。


私が窓から台詞の聞こえた方向に顔を向け、確認しようとした矢先―――


すぐに腕が私の顔の横に”ドンッ!!”と置かれた。




「・・・!」




これが・・・もう一つの意味の”壁ドン”・・・!?

 ※注 水島さん、最近覚えました。




「あの…突然でびっくりされると思いますけど…私…あなたの事…ずっと見てて〜…うふふっ」


「・・・!」



やはり同じだ。あの、初めての女難トラブルの時と一緒だ。

だが、違うのは不気味な笑い声。

すぐにゾクリッと背筋に寒気が走った。



―― 目の前にいたのは、あの時の女子高校生では無かった。



ショートカットの快活そうな運動部系の女の子だ。面識は無い。


「気が付かなかったでしょー?でも、見てたのー…いつも駅に向かって走ってたよねー?

私も走って追いついて貴女に話しかけたかったけれど…

足が遅くってさぁ〜貴女に追いつけなくて〜…陸上部に入って〜…貴女に追いつこうとしたのぉ〜」


そんな無駄な努力をしなくても…。と私は思ったが、今は逃げ道が塞がれているこの状況をどうにかせねばなるまい。



「でさぁ、ず〜〜〜っと貴女の事考えて想っている内にぃ〜…」


女子高生の右手がスッと背中に回った。

私は即座に腰を落とし、持っていたバッグを手に横に逃げた。





「アンタの事、ぶち殺したいなって、思ってさあああああああああッ!!!!」





大声を出しながら、女子校生はナイフを振りかざした。

バッグの表面を削るように切り付けたナイフの刃先は、再び私に向けられた。


「…ねえ、どうして私に気付いてくれなかったの?デブだったから?

ねえ…私、陸上部に入って馬鹿にされてもこうやって痩せたんだよ?ねえ…」



そう言って、彼女は平らで4つに割れた腹筋を見せた。

私はすぐに腹筋から、視線を戻し、彼女の目を見た。




「ねえ、変わった私を見てよ…そうじゃないと、私の努力が報われないじゃない!!」





この子…私が知らん間にすごく病んでる――ッ!!そして無駄に身体鍛えてあるーッ!!

物凄く苦労はしたんだろうけれど、元の貴女を知らないからどうにもコメント出来ない!!

大体、デブだろうとガリガリだろうとムキムキだろうと…私には全く関係ないものッ!!

あと、痩せる痩せない以前に”私と貴女は同性だ”って宿命的絶対的大問題にはノータッチなの!?

そこは痩せればクリア出来るってどうして思えたの!?



「どうして、何も言ってくれないのよ…こんなに、こんなに想ってたのにッ!!!」




だって、貴女に会ったのこれが初めてだものッッ!!




「もういい…お腹すいた…貴女の肉を食べたあああああいッ!!」





そう言って女子高生は涎を垂れ流しながら、私に向かってきた。


「うわっ!?」



ナイフを避けた瞬間、今度は彼女の大きな口が私の袖をボタンごと食いちぎった。


「・・・あぶね・・・っ!!」


布が引き千切れる音が聞こえ、私はたまらず腕を振り回し、なんとか距離をとった。


「繊維質…貴女のニオイ…!」


もごもごとコートの袖を食う女子高生を電車内の乗客はびくびくしつつも静観している。

やがて彼女は、プッとボタンだけ吐き出した。


「・・・・。」


電車の床をコロコロと転がり、止まったボタンには強く噛まれたであろう事を物語る歯形が付いていた。





(……これは、怖すぎ…!)


さすがの私でもこれは引いた。




「ねえ、舌を切り取る前に何か言って?…言わないと、一気に殺しちゃうからぁ。」


ナイフと犬歯をギラギラと見せつけながら近付いてくる女子高生。


「…ぎ……。」


「…え?なあに?」


左手を耳にあてて、聞き返す動作をした女子高生。



「ドン引くほど病みすぎだあああああッ!!!」



私は叫びながらコートを脱ぎ、女子高生の頭から被せた。


「あッ…!?」



私は彼女の手を取り、真っ黒になった縁の紐を掴み、引っ張るように消し去った。


女子高生は、コートを頭に被ったまま、ドサリとそのまま床に崩れ落ちた。

コートを取ると、女子高校生は気を失っていた。

殺気が消えた彼女の表情は、とても人を襲うようなものではなかった。


きっと、彼女がこうなってしまった理由の一つには、太っていたからとか、足が遅かったから、という事よりも

彼女は気が弱くて、自分に自信が無かった為、私に話しかけられなかったせいもあるのだろう。

走って追いつく以外に、私に話しかける事なんてしようと思えば、他にも方法はあった筈だから。


それに…あの黒い縁の紐。

いやにブヨブヨしていた。人の想いを繋げる紐にしては、感触が妙だったのだ。


これは…何か細工があるに違いない。



(祟り神のヤツ…伏兵をこんな風に用意してたのか…。)



そう思うと、怒りがジワリと刺激された。

女子校生の閉じられた瞼の端から流れる涙を指ですくい、私は言った。



「…その腹筋、大事にして下さい。それだけは、いつか役に立つでしょう。」


そう言って立ち上がると同時に、電車は目的の駅に到着した。


「え…?何?」

「腹筋が…役に?」

「あの人、何を言ってるの?」


電車の中で静観していた乗客からのごもっともなツッコミを受けて私は、現実に引き戻され、途端に恥ずかしさが込み上げて来た。

扉が開くなり、すぐにダッシュで電車を降りて、改札まで走った。


何故、私はあそこで決め台詞みたいな事を口走ってしまったのか・・・ッ!?(恥)

腹筋を大事にして、とか意味不明すぎるわッ!!(恥)


 ※注 決めようと思っても、なかなか決められない残念な主人公・水島さん。


(とにかく、今は会社へ行かなきゃ…。)


出社してしまえば、どうにか女難トラブルの数は想定範囲内に抑えられる、と私は考えていた。

すでに社内の女難はあらかた切ってしまっているし、新しい女難が来ても対処は可能だ。



・・・という考えは、甘かったようだ。




改札に定期カードをかざし、通過した瞬間。


私の目の前には、殺気に満ちた女性達が笑いながらフラフラと揺れながら私を見ていた。


思わず、私は苦笑しながら言ってしまった。



「ははっ・・・皆さん、おはよう、ございます・・・。」



もちろん、温和なおはようのお返事は返って来ず、女性たちは一斉に私に飛び掛ってきた。





「うおおおおおおおおおおおお!!!」



咄嗟に改札機に飛び乗って、走り抜け、勢いをつけて飛ぶ。

女性達の頭を越え、私は受け身をとって素早く立ち上がって、駆け出した。


あの大人数では、一人一人相手には出来ない。


(どうする…!)


すると目の前の道路に、赤信号で一時停止している車達が視界に飛び込んできた。

私はバッグの中から、大きめのマスクをつけると、道路に向かって走った。


「申し訳ッ!!!」

※注 申し訳『ない』を省略しました。


謝りながらも私は車のボンネットに飛び乗り、因幡の白兎のように車にぴょんぴょんと乗っては飛び、移動した。


「バカヤロー!!」

「あぶねえだろー!!」

「新車だぞー!!」


口々にドライバーからごもっともな暴言を吐かれたが

やがてドライバー達の顔色が真っ青になる程の大勢の女性達が、私と同じように車の上に乗り出した。


「な、なんだああああ!?」

「や、やめろ・・・新車なんだあああ!先日買ったばかりの●MWなんだーッ!!」


クラクションと悲鳴が上がった。


「申し訳ッ!!!」

※注 申し訳『ない』を省略しました。



私は向こう側の歩道に辿り着くと、そのまま細い路地に入った。


(このまま行くと、私も女難にされた人もホントに捕まっちゃう…!)



私は人一人がやっと通れる路地に入り込み、振り返った。

ご丁寧に一人一人一列になって追って来てくれている。


(うん、そういう期待は裏切らないわね!)

私は、両手を前にかざして、彼女達の縁の紐を呼びよせた。


・・・自分でもいつからこんな事出来るようになっているのかは解らない。

縁の紐に関しては”何か出来そうな気がする”、という思いだけで、やろうと思った事が出来ているのだ。


『☆$%&■』と叫んで変身よ!としか言われていないのに、ポーズや名乗り口上まで完璧なアニメヒロイン並に、私のソレはごくごく自然に出来ていた。



「もう、どうにでもなーれッ☆」


私を追ってきた女性達の縁の紐の束は、豆腐のような厚みと柔らかさで、チョップで簡単に消せ失せた。

死屍累々の中、私は会社に向かった。(死んでないけど。)


(さすがに…しんどいかも…)


死んでた身体とは思えない程、私の身体は、よく動いてくれた。

しかし、安心を得た瞬間、体は重くなり、足の動きは鈍くなってきた。

”出勤”を選択した事を後悔する事になるのだろうか。


そんな事を考えつつも、どうにか、私は城沢の玄関に辿り着けた。


「はあ…どうにか、なったな…。」


一息つき、事務課へと歩き出そうとした瞬間。


「おはよう。すぐに会議始めるわよ。」


聞き慣れてしまったキリッとした凛々しい声。

花崎課長だった。


「おはようございます、花崎課長。」


花崎課長の部下である社員が花崎課長に挨拶をする。


「あ、おはようござい…」


私が挨拶をしようとした瞬間、彼女はスッと私の横を通り過ぎた。


「…ます……。」


彼女の頭の中は、いつも通り、仕事でいっぱいなのだろう。

小さく息を吐いて、私は歩き出した。


「おはよう。」

「あ、おはようございます!阪野先輩!!」


「小林さん、声が大きい。副社長の資料、用意出来てるわね?」

「はいッ!!」


前から笑顔で歩いてくる阪野さんも私の事など、ちっとも見てもいなかった。

彼女のほのかな甘い匂いだけが目の前を漂い、消えていった。



「朝から市場で朝ご飯も良いけれど、おじい様、ほどほどにしてくれないと。」


海お嬢様の声だ。

社員は一斉に会長とその孫娘に向かって、頭を下げる。


「はっはっはっは!なんだ?朝から鮑定食を食べた女子のいう事か?はっはっは!」

「好きなものは入るわよ!んもう!」


海お嬢様はチラリと私を見た。

が、何でもなかったように会長の腕を取って歩き出した。




女難の女になる前。

城沢グループの華と呼ばれる美女達との距離なんて、こんな感じだった筈だ。


変わらない日常が、彼女達の元に戻ってきた。



(・・・うん、もうすぐだ・・・。)






 『 ・・・頑張ってね。 』






紐を切る直前、聞こえた彼女の言葉を私は思い出していた。

あれで、私は、完全決着をつけようと決意したんだ。





(待っていて…全て、終わらせますから…!)




「事務課のねーちゃん!危ない危ないッ!危ないよッ!!」



突然、警備の今岡さんが私に手を振りながら大声を張り上げた。

私は咄嗟に振り返った。




今度は、金属バッドを大きく振りかぶっている女性の登場だ。




「あー、頑張れるかな、私…。」




私は引きつった顔で呟いたと同時に、鈍い光を放つ金属バッドは振り下ろされた。











――― いきなりだが、話は昨夜に遡る。







私は、火鳥の家のリビングでソファに座っていた。

相変わらず広い部屋には高級品と甘い物が並んでいる。


…不釣合いなのは、床に石が散らばっている事。



そして、私の目にしか見えない、散らばった私と彼女達の縁の紐。


あんなに苦労しながらも最後まで切れなかった縁。

硬くて指が折れるんじゃないかと思う程の強度は、私の縁の力が強くなったせいで、靴下のタグピンよりも呆気なく切れてしまった訳だが…。


こうでもしないと、彼女達は私と祟り神の命を賭けた馬鹿馬鹿しい戦いに巻き込んでしまうのだ。

私は、勝てるのだろうか。

今までは、多少なりとも話が出来たし、逃走すれば危険を回避できる・・・”人間”が相手だった。


これから、対峙するのは・・・人間じゃない。

祟り神、神という名の”化け物”だ。



勝てなかったら…いや、あんな化け物とどんな戦いになるのか、と考えるだけで悪寒が走る。


気持ちと情報を整理しながら、私は考え続けていた。


(しかし、なんというか…)




自分の手を見て思うのは、なんだか、妙にスッキリし過ぎているな、という事。


この状態になる事をずっと待ち望んでいた筈なのに…。

状況は全く喜べそうも無かった。



(…この空洞が出来た感じ…これって…)




「皆、帰っちゃったね。」



不意に後ろから声を掛けられ、振り向くと蒼ちゃんがいた。


「え!?あ…ええ。………えーと…」


真夜中の未成年の突然の登場に、私は何を話せば良いのか迷った。


というか、何故起きてきた?まさか、自分でも気が付かない内に独り言連発してしまったのかも…!?

ああ、さっきまで、私超恥ずかしい事考えていたぞ!?ああ…ッ!!!


「お、起こしちゃいました?何か、聞こえたとか?いや、何も言ってませんけどね!」



しどろもどろな内心を隠しつつ、私は引きつった笑みを浮かべた。

知ってか知らずか、蒼ちゃんは私の隣にそっと座った。


「…私ね、あんまり熟睡出来なかったの。眠りが浅い日が多くって。ていうか、四六時中寝てる事が義務だったから。」


元々病人だった蒼ちゃんは、今は少し痩せすぎな中学生にしか見えない程回復していた。


「あ、そうだ。お見舞いに来てくれてありがとう。」

「え?あ、ああ・・・。」


思い出したかのように蒼ちゃんは、私が火鳥と一緒にお見舞いに行った時の話を始めた。

随分昔にあった事のようで、ついこの間の出来事だ。


ふと、一瞬だが考えた。

あの時、火鳥と祟り神を撃退していなければ、彼女はどうなっていたのだろう、と。


別に恩に着せたいわけじゃないのだが、高見蒼という人間の生存は、私の行動や無駄だと思っていた力が誰かを救う事に繋がった、という証明の一部だ。

彼女の命を救えた事で、祟り神に反旗を翻す自信にも繋がった。


「ねえ、水島のお姉ちゃん。」

「はい?」



細く白い足をブラブラさせながら、蒼ちゃんは私の顔を見ずに優しい口調で話し始めた。


「人と関わるのってさ、難しいよね。」

「え・・・?」


何だ?突然、何を語り出した?

私、青少年と語り合う程、人間出来て無いし…正直、討論番組は見てると意見を主張してぶつけあってヒートアップしていく人を見ているだけで心が苦くなってくるから無理…!


「他人と関わる事を楽しめる人って、なかなかいないと思う。自分だけが楽しくても成り立たないし、誰かに合わせてるだけじゃ疲れちゃうし。」

「・・・。」


「思い返してみたら…本当に面倒臭い事ばっかりって感じ?

常識を勉強して、流行やネットで話題拾ってさ、適切な距離や空気を読み合って、どんなに会話を重ねても、空回りしちゃったり。


YESばかりじゃ、個性が無いって蔑まれて。

NOばかりじゃ、輪を乱すって隔離されて。


自分の意志を示しても、誰かの気に障れば、蹴飛ばされる。

何もしていなくても、誰でも良かったで面識の無い人に勝手に標的にされちゃったりね。


最悪なのは、行きたくもない場所やイベントに参加して、話したくない陰口や自慢話に感心して、してもいない共感を得なきゃいけない事。

それでやっと”存在を認められる”事が多いんだから…馬鹿馬鹿しくって笑っちゃうよね?

認められないと、縮こまって生活しなきゃいけないのも悔しいしさ、ホント馬鹿みたい。」


「・・・・・・。」


蒼ちゃんは…とても大人だ。

身近な親類を失い、相談できる人がいない環境下で、たった一人、沢山の他人を見てきたせいだろう。



「コッチが何もしなければ、関わらなければ…存在を否定される事も、認められない苦しさを抱える事もぐっと少ない。

嫌いなモノは嫌いだって言って、邪魔な関係なんか蹴飛ばしてさ…

人に気を遣う事無く、逆に上辺の気を遣われたりする事も無く、何をしても見返りなんて期待しないし、されない。


…ただ、自分の力と足だけで生きて抜いていく、そんな感じ。

極端だけれど、私、そういう生き方してみたいって思ってた…。」



彼女が言うその生き方は、女難の女と化した私や火鳥の生き方だった。

思うのは勝手だけれど、あまりおススメできないですよ、と言う前に蒼ちゃんは、くすくす笑いながら言った。


「でも、まさに、お姉ちゃん達がそうだよね?理想はココにいた。」

「・・・う・・・。」


理想、と言われて、私は思わず眉間に皺を作った。

こんな生き方なんて、おススメできないに決まっている。

蒼ちゃんが女難の女になったら、きっと酷い女たちに食い散らかされるだろう…。


「そんな顔しないで。理想は理想、なんだから。

お姉ちゃん達を見ていたら、理想にも理想なりの色々な苦労があるんだしね。


・・・最近になって解ってきたの。」


蒼ちゃんは足をぴっと伸ばしてから、ゆっくりとぱたぱた動かしながら話を続けた。


「自分達の足で歩こうとしても、その道は険しくって上手く進めない事。

足を引っ張ろうとする人や、そんなつもりがないのにお姉ちゃん達の足枷になる人が出て来る事。

自分の傍に置こうにも信用したら騙されてしまうかもしれないし、協力する人がいない分、それらの障害と真正面から対峙しなきゃいけない事…。


それで、乗り越えた先で待ってるのは、一緒に喜んでくれる人じゃなくて、ぽつんと残された小さなスペースでホッと一息つくひと時を過ごす自分だけ。


…得た物も自分の喜びも苦しさも…誰とも分かち合えない…って事…。」


蒼ちゃんはそう言うと、少しだけ悲しそうな顔をした。

私は、この少女にそう思わせた人間をよく知っていた。

そして、その人間が少女を遠ざけ続ける気持ちも解っていた。


「自分の味方が自分だけって、凄く…余計な苦労を背負って、面倒臭い生き方なんだなって私思う。」


言えている。

楽をしようとすると、面倒が起こる。

私は要領が悪いだけかもしれないが、大体、本末転倒な事になる。


「…フッ……面倒臭い、か…。言えてるかもしれません。コレ(人嫌い)って面倒臭い生き方なんですよね、ホント。」


思わず苦笑が漏れる私に、蒼ちゃんは顔を覗き込んで励ますように言った。


「でも、それが自分に合ってるって思ってるんだったら、それで良いと思うんだ。

面倒臭くって何が悪いのって感じ?だって…それ以外の生き方になんて楽も何も、そもそも存在しないじゃない。

結局、自分がしたい事や落ち着く事、自分にとって最低限好きな事を集めていったら、面倒臭くなってただけ。・・・でしょ?」

「・・・!」

蒼ちゃんの言った事は、まさに私が苦笑しながらも心の中で思っていた事だった。


「楽したって、損したって、死ぬ時は死ぬんだし。楽だと思いこんでいた事が、余計な回り道だったり、より強い不幸だった…ってよくある事だし。

楽をしたって、苦労したって、自分の人生を生きていきたいって足掻く事は、悪い事じゃないよ。」




「…蒼ちゃん…?」


彼女は、どうして、こんな話をするのだろう?

この大人気ない25歳に向かって、自分の人生観をぶつけてくるなんて…。



「お姉ちゃん達を見ていると、本当に人に接するってどういう事なんだろうって、考えさせられるの。」

「は・・・はあ・・・。(子供にとって、これ以上無い程の悪い見本だもんな…。)」


熱心に語る未成年の主張に私は、もしかして、遠まわしな人間嫌い女への批判か?と警戒していたが、それは大きな間違いであった。


「私ね、お姉ちゃん達と仲良くしたいなって思っても…気が付いたら、自分が嫌だな〜って思うような、上辺だけの言葉をかけていたりするから。」


「そ、そんな事ないですって…!」と私は、上辺なのかどうなのかもわからない言葉を発した。


情けない限りだ。

蒼ちゃんは、そのまま喋り続けた。


「私、大人はみーんな、心が綺麗そうな、大人の事情を理解して引き下がる事を心得ている子供らしい子供が好きなんじゃないかなって思っててね。

扱いやすくて、従順で、我慢強くて時々すごく子供っぽくて…でも決して甘えない。

だから、思わず優しい言葉をかけたくなる…そういう”子供”。気が付いたら…吐き気がするような聖人を演じてた。今でも、自分にドン引き。」


そう言って、蒼ちゃんは小悪魔のように意地悪く笑ってぺろっと舌を出した。


「火鳥お姉ちゃんには”ガキはガキらしくしてろ”って言われちゃったしね。

お姉ちゃん達の輪に入ろうとしても、とうとう入りきれなかったしなぁ。

建前や下心はきっと見抜かれてしまっているだろうし、どうやったら楽しそうなお姉ちゃん達の輪に入っていけるのかなって…考えても本当に難しい。」


人嫌いは、人一倍、他人の事が見えている場合が多い。

何を望んでいるのか、その為に自分を利用するつもりか否か、即座に見抜けなければリスクを背負う事になるからだ。

その人物との正しい距離感を掴む為にも、一定の距離をおいての観察は必要だった。


「あ…ご、ごめんなさい…。」


私は思わず謝っていた。

すぐに蒼ちゃんはニッコリ笑って”いいの”と言った。




「・・・ただ、ね・・・。」



蒼ちゃんは、俯いたまま私の顔を見ずに、手を握って言った。



「・・・?」


「・・・お姉ちゃん達にとって苦痛だった時間は、私達にとっては楽しい時間だった。

記憶と意識が無くなっちゃう前に、それだけ言いたくって。」

「・・・・・・。」

「私、代表気取りじゃないんだけど、昼間いたお姉ちゃん達ね、みんな、そうだったんだと思う。

水島のお姉ちゃんと一緒にいて、火鳥お姉ちゃんも楽しそうだったし。」

「え、ええ〜…?」


後半の情報は要らなかった。


「みんな、水島のお姉ちゃんと一緒にいられて、本当に楽しかったんだって思う…。」

「・・・・・・・。」



私は黙った。

蒼ちゃんも黙ってしまった。

黙ったまま、私の手に触れる白い手は、僅かに震え始めた。



「・・・蒼、ちゃん・・・?」


蒼ちゃんの様子がおかしい。


(なんか・・・変だ・・・!)


ここは、保護者である火鳥を呼ぶべきだろう。

戸惑う私に、蒼ちゃんはハッキリと言った。



「…あ、の…火鳥お姉ちゃんの事、よろしく、お願い、します。」


たどたどしい言葉にいよいよヤバイと私は感じ始めた。


「は、はい。あ・・・いや、火鳥は私がいなくても・・・ていうか、火鳥さん呼びましょうか?」


よろしく任される覚えはないし、よろしくなくても本人がよろしくないだろうし・・・などと考えている私の目の前で、蒼ちゃんの上体がガクリと落ちた。

慌てて私は蒼ちゃんの上体を抱き起こし、支えながら、大声を出した。


「ちょ!?蒼ちゃん!?蒼ちゃん!か、火鳥ー!!」




「…大丈夫だ。落ち着け。もうすぐ26歳になる女が取り乱すな。」



・・・・・・・・。




・・・声、低ッ・・・。





いや、そうじゃなくて・・・!




「…蒼、ちゃん…?」


目の前にいるのは確かに蒼ちゃんなのだが・・・雰囲気、口調、その他もろもろ、ちっとも蒼ちゃんじゃない。


「うっすらとわかるだろう?今のコレは”高見 蒼”じゃあない。」

「な・・・!?」


「やれやれ、アイツも上手い事を考えるもんだ…。」

「ちょっと・・・誰?・・・まさか、祟り神!?」


頭にすぐ浮かんだのは、蒼ちゃんの死を喜んで観賞しようとしていた”寿命の祟り神”。


「ん〜〜〜〜〜…まあ、似たようなものだが、違うな。お前やこの娘をどうこうする気はないから。」

「・・・・・・・・・・・。」


なんなんだよ今の迷いは。そして誰だよ、とツッコミを入れたかったのだが、ツッコミが追いつかない。

というかこの現象はなんなのか、と説明を求めたいのだが、説明されても頭の回転が追いつかない。


そこで私の辿り着いた結論は次の通りだ。


夢だ。

これは夢だ。

もしくは、夢オチだ。


もう、それしかない。

もう、この話の展開についていけない。


年に10人中3人の読者をブチ切れさせてきたSSが、今度こそ、10人中10人ブチ切れさせてしまう…!



「時間が無いから手短に言うぞ。あの祟り神を消すには、お前が鍵となる。」



――― ハッ!!待って!勝手にサクサク話を進めないで!!



「ちょ、ちょっと待って!まず、アナタ誰!?」

「祟り神のヤツは焦っている。一度手に入れたと思っていたお前が手元から逃げるとは思っていなかったらしい。」


「いや、だから!誰!?」

「躍起になって、血眼でお前を祟り神にするか…8割は殺しに来るだろうからな。明日は、朝から大変だぞ〜?

だから、もう休め。この結界を出た瞬間、祟り神の臭い息がかかったロクでもない女難がお前を襲ってくるだろうから。」


「だから、誰だって聞いてるでしょ!?答えろ!!」


「掴まったら、もうね…18禁ゲームの長いアニメーションの連続だよ?笑いもオチも救いも無い、長い長〜〜〜い性の宴だよ。

グッチョグチョになって、お前は牝豚とか落書きされて、もうどうでもいいやってアヘ顔ダブルピースでENDだよ。

作者の”色々考えましたけどこうなっちゃいましたぁ〜ごめんあそばせぇ〜(笑)”みたいなコメントでエンディングだよ。」


「やめろ―ッ!それ以上言うなーッ!あり得そうだから言うなあああ!!そしてお前誰だー!?」


「高見蒼の負担になるから、話を進める。明日、お前は縁の祟り神の社に向かい、まず社を壊せ。」

「え・・・社を!?そして、誰?」


「縁の祟り神の棲み処を壊し…目の前に祟り神を引き摺り出すんだ。そして…例のアレで消せ。」

「…れ、例のアレ…!?しつこいようだけど、まだ答えてくれないの?」


「方法は火鳥から全て聞いている筈だ。方法は間違っていない。後は、お前のやり方次第だ。」

「あ・・・あなたは・・・まさか・・・!」



「祟り神っていうのはな、その時の自分の機嫌や好み、食欲で人間に狙いをつけて殺す奴が多いんだ。

理屈やなんかを捏ね繰り回すだろうが、一切惑わされるな。聞く耳も持つ必要はない。

アイツは…もはや”自分の欲”中心でしか動けないんだ。…これをよく覚えておけ。」


「…欲…。」


「理由あって、お前とはこういう形での再会になったが…ま、上手くやれ。

生きていれば、また会えるかもしれんが…お前は、きっと再会は望まんだろうな…。」


「結局・・・誰?」


「…さぁな。」


「答えねえのかよ!!!」


「あ、最後に一つだけ。」

「何ですか!?」





「…お前、一人だけ縁を残したよな?」




「・・・!」





「もしも、ソレに気付かれたら…ヤツは、きっとお前を…」





蒼ちゃんの顔のまま、化け物は笑って言った。











 ”殺しにくるぞ。”










「事務課の姉ちゃん!」





――”ガキンッ”






金属音がホールに響いた。

バッドは空を切り、床に当たり、私は間一髪で避ける事が出来た。


社員が一斉に私とバッドを持った女を見つめる。

女は、フードを被って立ったまま、バッドの先を私に向け、”予告ホームラン(殺人)”の構えを取った。


「警察呼べ!事務課の姉ちゃん動くなよ!…姉ちゃん、何笑ってんだよ!?」

「ん?」


今岡さんにツッコミを入れられるまで私は、気付かなかったが、知らず知らずの内に笑っていたらしい。

ゆる〜い警備員の今岡さんですら、緊迫した表情と行動を示しているのに。


私は、バッドを向けられたまま笑っている。




「あ、すみません、大丈夫です。」

「は?あ、ちょっと!!」



私は、警備員が増えていく状況下、バッドを持った不審なフードを被った女に近付いた。




「”はじめまして”。」


そう言って、バッドを掴むと、女はバッドを取り替えそうとバッドを引っ込めようとした。

私は、その瞬間を見逃さなかった。

バッドを掴んだまま、力ずくで押し込むと女は簡単に体勢を崩した。




「そして”さようなら”。」

「・・・!!!」


私は足を引っ掛け、女を後ろに勢いをつかせて転ばせた。

女がひっくり返ると同時に、金属バッドのカランカランという虚しい音がホールに響いた。

縁の黒い紐が煙のようにゆらりと女の指から浮かんできたので、私はそれを掴んで消した。



「い、今だ!取り押さえろー!!」


今岡さんの声を合図に、警備員さん達が集団で女性の手足を掴み、拘束した。


「はい、以上で防犯訓練を終了しまーす!ご協力ありがとうございましたー!!」


私は大声でそう言って、頭を下げた。


「な、なんだよ…びっくりしたー…」

「訓練って、俺達見守ってただけだよな…。」

「こういう時に咄嗟にどう行動するかって事だろ?」

「ヤバイ、私、何も考えてなかった…。」

「だよね!リアルすぎて、怖かったもん!」



社員はそう言いながら、自分達の仕事場へ向かっていく。


「姉ちゃん…今の訓練?」


今岡さんが力の抜けた声で聞いてきたので、私は答えた。


「はい、抜き打ちの訓練です。リアルだったでしょ?警察、キャンセルした方がいいですよ。」


その言葉を聞いて、今岡さんはいつもどおりゆる〜〜く言った。


「キャンセルって…出前じゃねえんだから。ははっまいったなぁ〜」


すると、他の警備員が複雑そうな顔をしながら、今岡さんに言った。

「あの、今岡さん。この女性、気を失ってるみたいです。」

「あれ〜?そうなの〜?」


今岡さんがゆる〜く聞き返した所に、私は提案をした。


「すみません。私、まだヘタクソで…受け身取れなかったみたいですね。頭を打ってたら大変ですし、病院に連れて行ってあげてください。」

「うーい、任せておきな〜。」


今岡さんは笑顔で、快くゆる〜い返事をしてくれた。


フードを取られた女性に見覚えは無かった。




(こりゃ、社内も安全とは言えないかも・・・。)





これは、私が思っているよりも…かなりしんどい展開になりそうだな、と痛感した。






ロッカー室には幸い人は少なかった。

制服を取り出し、私はそのまま女子トイレに向かい、着替えた。

服を脱いだら季節はずれのT.●.Rだなんて、同僚には絶対バレたくはない。




「おはようございます。」


いつものように私は事務課のオフィス入口で一礼して中に入った。

オフィス内に誰がいようといまいと私は、いつもこうしている。


それは…入社して初出勤の時に”挨拶が出来ない最低女”と先輩OLに評されて以来、だ。

社内では誰に何を見られているかわからない、という恐ろしさを知ったのだ。

どうせ無理矢理取られる揚げ足だが、なるべく減らす為に、私は予防に予防を重ねた。


オフィスには4,5人の女性社員がいたのだが皆、私を見て、動きを止めた。

ジッと見られるのは好きじゃない。

観察されてニヤニヤされたり、見られながらヒソヒソ喋られるのも嫌いだ。

呪われてからは、観察されるにしても嘲笑だけとは限らなくなったし、見られてヒソヒソされるのにも私の女性関係(笑)に関係があるだけなので、あまり気にならなくなった。


・・・そうだ。


周囲の他人に何を思われているのか、何を言われているのかもわからないし、知ったとしてもロクな事でもなかったから…それが嫌だったんだ。


視線は、私の髪の毛に絡みつくようにねっとりと集まっていた。

私は内心ウンザリしていたが、みんなの視線を受け流し、とっとと自分の机に座った。



(朝礼が始まるまで、手元の武器の整理でもしておこうかな…)



私は、いつもより大きめの鞄をゴソゴソと整理し始めた。

ロッカーには、私服しか入っていない。

朝の騒動を考えると、その私服に着替える余裕も…あるかどうか…。


ここで、何故、危険を冒してまで出社するのか、について今一度説明しておこうと思う。


呪われてるだの、なんだの言っても、他人には全く関係がないからだ。


神様だか祟り神だかよく知りもしない存在の都合で自分の命を奪われるのも、他人に迷惑をかけるのも、私はしたくなかったからだ。


神の為、平和の為、そんな大層な話じゃない。

女難に遭う呪いを喰らって、死んでしまうような結末を回避する。

その後の生活は、地味にひっそりと淡々と仕事をし、休日は一人でのんびりと平和に暮らすのだ。


きっと祟り神に関わるのは、これで最後だろう。


最後なのだから、と気合を入れてご丁寧に一日中ヤツラにかかずらわっていく筋合いは無いのだ。


命と仕事を天秤にかけるなんて、火鳥にも言われたが、実に馬鹿馬鹿しいと自分でも思う。

世の中に影響を与えるような大事な仕事なんて事務課の私には無い。

だが、この生活は、この仕事は・・・私がこれまで勉強して進学し、人見知りなりに就職活動した果てに、やっと手に入れた生活なのだ。



コレは、私の大事な守るべきモノだ。



祟り神なんかに、これ以上崩されてたまるか。



それは紛れも無く、自分の意志で決めた事だ。








「…ねえ、今日の水島さん……いつもと雰囲気、違わない?」

「……うん、思った。…違うよね…いつもと全然違う。」

「なんか、いつもより近付き難いんだけど…なんか、いつもの嫌〜な感じじゃなくて…。」


「うん…なんだか…」



「・・・なんか、神々しい感じ?」



「「「あ、それは無い。」」」






「はいはいはーい!朝礼始めるよ〜〜。」



近藤係長のその言葉だけには、事務課のOL達は耳を貸し、話を止め、渋々従う。

私も席を立ち、皆と同じように窓際に立つ近藤係長と高橋係長に向かい合うように立つ。


全員が揃った所で近藤係長は、声を無駄に張り上げる。



「…よし!それでは高橋課長、お願いしまーす!!」


近藤係長の近くにいたOLは途端に顔をしかめた。


「…皆さん、おはようございます。」


顔色が悪い高橋課長の声が今日は一段と小さい。

風の音だ。風の音で課長の声が小さく聞こえるのだ。


・・・ビル風が強い場所とはいえ、こんなにも強い風が吹いてるなんて・・・。



「今日は春一番が…」


高橋課長の声が本当に聞こえづらい。


「昨年入社した方にとっては、もうすぐ一年です。一年とは、とても長いようで短い…」


高橋課長の話が途切れ途切れに聞こえる。


「僕には、社会人になってから3人のかけがえのない友人が出来ました。

会社も職種も何もかも全く違う…だが、探せば共通点はありました。そこから縁が生まれ、僕達は友となった。

友になった瞬間がいつだったかはわからない。他人から友だと言えるボーダーラインも僕は未だにわからない。

だが、今思えば…僕らは確かに他人ではなく、友だった。」



(高橋課長の話、今日はなんだか…妙な内容だな…。)


いつも、あっさりと「今日も頑張りましょう」程度なのに。


「・・・社員同士、友達になる必要はありません。もう、いい大人ですからね。

だから、僕らは付き合う人を選ぶ…いや、僕はこういう言い方は好きでは無いので…あえて、こう言います。

”人との付き合い方を選ぶ”。

確かに、好き嫌いはあるとは思う。人、モノ、事…色々。

同じ会社に勤め、業績を伸ばし、貢献する事…考えや行動、その他もろもろ違ってもいい、と僕は思っている。

いや、違っているからこそ…良いのではないのか、とね。」



(今日は…やけに喋るなぁ…高橋課長…。)


珍しい事だった。

呼吸しているだけでも辛そうな時もあったのに、今日の仙人はやけに饒舌で…

しかし、その言葉の一つ一つはとても重く…やけに、身近に感じた。


「ただ…僕が皆さんにお願いしたいのは、そんなお互いを認め合った上で、協力して仕事をしてもらいたい、という事です。

個々の”違い”をいがみ合う理由にしないで欲しい。

認め合うために、考えて欲しい。

例えば…どうして、相手は自分の事をわかってくれないのか?ではなく・・・

どうしたら相手に伝わるのか、自分が相手に一番伝えたい事は、そもそも何なのか…それを伝えてどうして欲しいのか…

自分は、何をすべきなのかを考えてもらいたい。



そして…


……水島君!!!」


突然、高橋課長が目をカッと見開き、大声で叫んだ。

私は反射的にビクリと顔を上げた。


「うぇッ!?」



私の間抜けな声とほぼ同時に、高橋課長は今まで聞いた事のないような大声で叫んだ。





「後ろから来てるぞぉ―――ッ!!!!」





私は反射的に後ろを振り向くより先に横に動いた。そして、横目でやっと後ろを確認できた。


後ろには、やはりというかなんというか…




女性が…


否。



”女難”が…来ていた。




(ああ・・・今回は、マジでヤバいのね・・・!)




次の瞬間、右肩から背中にかけて何かがスッと走ったような感覚の後、すぐに熱と痛みを感じた。

いつも静かな事務課から、似つかわしくない悲鳴が上がった。






 ― 水島さんは激闘中。 朝 END   昼へ続く。―


 
→  昼へ進む。



あとがき

やっとこさの更新となりましたが、まだ朝です。