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―― 城沢本社ビル 3階の女子トイレにて。




「ちょっとぉ!事務課で何かあったんだって?」


「あーもう、朝からびっくりしたわよぉ…美紀は営業で良かったわねぇ。」


「うわ、袖のトコ…血?怪我人出たんでしょ!?」


「あぁ、ホントだ…。受付のさ、いつも右にいる子…あの子が突然、切りつけてきたのよ。」


「え?…なんで?あの子、いつも大人しくニコニコしてんじゃん。」


「知〜ら〜な〜い〜わよぉ〜…こっちが聞きたいわよ。”平和で静かで退屈な田舎みたいな課”だったのに。ただの事件現場よ!」


「知美、そのスローガンは嫌だって、不満タラタラだったじゃないの。」


「あんなの目の前でやられたらね、平和で静かで退屈な事務課のままが一番よ…」


「へ〜………と、知美?な、泣いてるの?」


「・・・ったの・・・」


「え?」


「怖かったの!すっごく怖かったのよッ!」


「ちょ、ちょっと…落ち着いて…」



「襲ってきたの…受付の子だけじゃなかったのよ!……あいつら、頭おかしいわよッ!愛してるなんて言いながらあんな事…ッ!!」


「・・・あいつらって、襲ってきた女の事?え?ちょっと待って・・・襲われたのって・・・?」




「”あいつら”は”あいつら”よ…!襲ってきた女も、それを真正面から受けて立った水島も…あいつら頭オカシイわよ!だって…!」










―― 城沢本社ビル 1F 特別医務室にて。





医務室で軽い手当てを受けた私は、背中が切れている制服を再び身につけた。


(ちょっとビックリした…。)


朝礼時に、いきなり受付嬢(右)が襲って来て、間一髪避けた・・・までは良かったのだが

受付嬢(左)、清掃のおばちゃん、さすらいのカードファイターまでもが凶器を持って襲って来た。

カードファイターの女は、しきりにデュエルデュエルと騒いでカードを投げてきたが、無視した。


愛してるぅ〜の類から死ねに変わるまで1秒もかからなかったと思う。

錯乱しているとしか思えない目とグラングランと上体を揺らしながらゾンビのように向かってくる女性達の姿は、誰がどう見ても”異常事態”としか見られないだろう。

すると、その騒動に触発されたのか、事務課の何名かも襲ってきた。

咄嗟に手を払いのけ、机の上を駆けずり回って、紐を切って応戦した。

事務課の何名かは、ポカーンとした顔のまま、立ち尽くしていたがそれは仕方の無い事だ。


途中、高橋課長が椅子を持って加勢してくれた甲斐もあり、私は素早く紐を切る事に成功した。


縁の紐さえ完全に切ってしまえば、相手はもう私に関わろうとはしない事、私に関する記憶も無くなる事は解っていた。

だから、いかに無傷で彼女達との縁を切るか…私がしなくてはならないのは、それだけだった。




彼女たちは無傷で仕留められたが、私は・・・。


(ジワジワ痛い…。)

私は右肩から背中にかけて、浅く切り付けられた。

それよりも心配だったのは、制服の下の●.M.Rの衣装が露見する事であったが、大丈夫だった。

医務室の医者は、気絶した彼女達の応急措置に行ってしまい、私は医務室で少々の休憩を取っていた。


(ここまで酷いと思わなかった…。やはり、早退して職場に迷惑がかからないようにしなきゃ…)


今までの女難は、割と私が油断している時間や仕事の合間に来ていた。

こんなに四六時中、私生活をここまで乱すように襲ってくるマネはしなかった…のは、きっと女難の方に多少の理性があったからだろう。

今、私を襲ってくる女難には全くと言っていいほど理性は無い。


祟り神に無理矢理植えつけられた”私への憎悪に近い愛情”で、これまた無理矢理動かされているのだ。


だから、縁の紐を切ってさえしまえば、解決は一応するのだが…



「水島君、大丈夫かね?」


医務室のベッドはカーテンで仕切られており、学校の保健室にも似ていた。

私のいるベッドは前後左右カーテンで仕切られていたが、右のカーテンの向こう側から高橋課長の声が聞こえてきた。


「はい、大丈夫です。多少制服が破れてしまいましたが…。」


「そうか、制服だけで済んでよかった。」


「はい、ありがとうございます、高橋課長。」


事態の収拾に一役かってくれたのは、高橋課長だった。

彼はスーツの上着を脱いで、彼女達の視界を塞いでくれた。


(しかし、どうしたもんかな…。)


さすがの高橋課長も私の異常な女性関係が、この事態を招いたと思っているに違いない…。

朝礼中にまで襲ってくるとは予想外だった…空気読んで、昼休み頃に襲ってくるもんだと私は勝手に思い込んでいたのだが…。

火鳥の心配したとおり”出勤なんかしたから、このザマ”である。


高橋課長は『スミマセ〜ン☆私、女難の呪いを受けたんですぅ〜(笑)』と言って簡単に納得してくれる相手ではない。


こうなったら、現実的な理由…”女にだらしない女”で行くしかない。

多少(?)変態かつだらしない女と思われても仕方が無い…!

もし責め立てられたら『今の時代…男女共に、性は自由であるべきだッ!私は性倒錯者だッ!』…とでも言ってみるか…。

そんなイメージがついたまま、同じ職場で働き続けようとする私って…結構精神的に図太くなっているのだろうか…ちょっとショックだ。


カーテンを開けると、高橋課長が腕を組んだまま椅子に座っていた。


「あの、課長…すみ」

「ここ最近の君の人間関係は、とても荒れているね…。」


私の謝罪の言葉を遮るように高橋課長はそう言った。


「あ、それは」

私の説明の言葉を遮るように高橋課長は話し続ける。


「皆、好意と悪意が混ざったような目で君を見ている。それも、皆…同性。」

「そ、それは…」


言い難い…。

ややこしい女性に好かれやすくなってます、とは言い難い。


「この状況には、少し覚えがある…僕にとって辛い思い出だ。」

「え?覚えが…?」


それは・・・一体どういう意味だろうか・・・。

課長も、女難に遭った事が?若い頃に多くの女を転がしたとかいう変な自慢話?



「…あの、高橋課長…私は」


「城沢に入社が決まり、この街に引っ越してきて、そこで出来た初めての友を亡くした…。」


関係の無い重い話が始まるなら遠慮したいな、と思っていた私の耳に、意外な言葉が飛び込んできた。




「水島君…君も”祟り神の呪い”を受けたんだろう?」


「え・・・!?」



「男は稀なんだそうだけどね…実は、僕も受けた事があるんだ。」


「なッ!?」



こ・・・

こんな近くに・・・体験者がいた・・・!?




今更!?



口をあんぐり開ける私に、高橋課長は一言「やはりね。」と笑った。








  [ 水島さんは激闘中。  昼。 ]







高橋課長は私に向けて、缶コーヒーを差し出しながら話し始めた。

先程からずっと持っていたらしく、缶コーヒーは温かった。


「僕も君くらいの年齢の時、あまり人付き合いは得意ではなかったし、何よりそんなもの無くても不自由は無かった。

そんな時、変な占い師に呼び止められてね…お前には男難の相が出ている、と言われた。」


「・・・!!!」


同じだ。

私の時と・・・!

だけど、この呪いのシリーズは”女だけ”じゃなかったのか!?



「それからだよ・・・色々な男性から声を掛けられるようになり、僕は困惑した。」


うん、わかる。凄くよくわかる。

とにかく、困惑する。


「一方的な好意を押し付けられ、力づくで支配されそうな事も多々あった。僕の精神力はズタズタにされた。」


わかるわかる!すんごいわかる!!ズタズタになるの!

人の心と生活を、土足で好意の看板掲げて踏み荒らしていくんだものッ!!


「…そんな時、2人の男に会ったんだ。

彼らも、僕と同じ呪いを受けたのだ、と言った。

一人は変わり者の大学教授、一人は会社経営者・・・3人揃って人嫌いさ。

僕らは、すぐに協力関係を結び、呪いを解こうと躍起になった。」



うーん…。


…そこは…違うなぁ…。


火鳥と私、第2部で散々対立して、火鳥は死に掛けてやっと協力してくれるようになったくらいだし。



「そう、だったんですか…。まさか、こんな近くに私と同じような体験をしている方がいたとは思いませんでした。

しかも、男性で3人も…。」



”男難”なんて言葉を聞くとは思わなかったし…。存在しないだろうし。

私の場合、呪われたのは火鳥と私の二人だけだったし…。



「そうだろうね…同じ体験でもしなければ誰も信じてくれない話だし、僕は他の誰かにこの話をする気は、もう二度と起きないだろうから。」


そう言うと、高橋課長は少し俯いて、悲しそうな顔をしながら缶コーヒーのタブを開けた。

とても辛そうな顔だったので、図々しく踏み込むのは躊躇われたが、私は思い切って聞いてみた。


「…あの…宜しければ、お話をお伺いしてもいいですか?」


その問いに課長は快く応じてくれた。


「…君の時間さえ良ければ。かいつまんで話すよ。」


お願いします、と私は頷いた。



「まず大学教授の男…仮に、K君としようか…彼は、研究一筋で周囲の人間にはまるで興味が無かった。

男難の呪いに見舞われてから彼の研究はストップしてしまい、彼は研究対象を”自らの呪い”に変えた。

やがて、呪いの原因がこの土地に住まう祟り神達の存在である、という結論に達したんだ。

彼は更に、解決に向けて研究を重ねてくれた…彼がいなかったら、祟り神には辿り着けなかっただろう。」


「あの…ちなみに、どうやって呪いを……課長達は、どうして生き残る事が出来たんですか?」


聞いている内に、やはり私は口を挟んでしまった。

しかし、高橋課長は嫌な顔一つせずに答えてくれた。


「うん…正確には、生き残る事が出来たのは僕達3人共ではなく…僕と大学教授の男の二人だけ、だったね。」

「え・・・!?」


「二人目、会社経営者の男…S君としようか…。

彼は、とても真面目な男だった。僕と一緒に苦難を乗り越える時間が多かった。

それだけに…彼の死は、本当にショックだった…。」


し、死んだ…!?

呪いのせいで…?


「それは…あの…どうして…?」



「君がどこまでこの呪いの事を知っているかはわからないが…

祟り神がかける呪いは”神の試練”だと言われている。

神に選ばれし試練の成功者には神の恩恵又は…神の座が与えられる、という言い伝えだね。」


「はい。知っています。」


「呪いを解くには…いくつか方法がある。

まず、神の試練の候補者から外れる為に他人と交わり体を穢さなければならない…自分の歳の数だけね。」


「・・・ええ、知ってます・・・それは・・・。」


「勿論、愛し合い、互いが合意の上ならば良いとは思う。例え、相手が同性であってもだ。」



そうですね。でも、私は嫌です。と私は心の中で思った。



「だが、僕等”人嫌い”には当然ながらその選択は出来なかった。

だから、方法はあと二つに絞られた。」


「二つ…!?」


「一つ、”祟り神を消す事”…これは、容易な事ではない。ほぼ不可能だった。

何度も何度も僕らは祟り神に挑み、死に掛けた。

・・・これは、高校サッカー部の団体に襲われた時の傷だ。」


課長は袖とズボンの裾を捲り、傷を見せた。


「・・・!」


鋭い刃で深く抉ったような傷だった。


「愛のシュートを受け入れてくれないなら、マジン・ザ・ムスコで無理矢理ゴールを決める、とか言われてね…

若い力をねじ伏せるのに、死ぬ思いをしたよ…。」


…すみません、課長…すごくシリアスな話のつもりなんでしょうけど、下品なネタにツッコミたくてたまらないです。

しかし…あの傷が、太い血管が通っている場所についていたら…と思うだけでゾッとした。


「祟り神に対抗するのは思っているより大変な事さ…。生きて社会生活を送っているだけでもやっとなのにね。

だから、必然的に3つ目の方法が残ってしまった訳だ。


神の試練の候補者である何人の内の誰かを…”神の生贄に捧げる”という方法がね。」


「そ、その方法は…!」


それは火鳥に聞いた方法の一つだ。

火鳥の話によると、女難の一部の人がやろうとした方法らしいが…。


だが、根本的解決にならない上、私も火鳥もどちらも犠牲になる気は無い。


大体、私と火鳥にとって、その方法は祟り神に完全敗北を認める事を意味している。



「これは、神に生贄を与える代わりに、試練という名の呪いを一時的かつ強制的に終わらせる方法らしい。

勿論、3人共、確実に呪いを解く方法が見つかるまで、生贄の方法だけは取りたくなかった。

だが、追い詰められていく内に……」


「…ま…さか…!」


すぐに嫌な結末が頭に浮かんだ。


「ショックだったよ。K君が僕を生贄にしようと襲い掛かってきた時は…。」

「・・・・・・・。」


似たような出来事が、私と火鳥の間にも全く無かった、という訳ではない。

いがみ合っても何の解決にもならなかった。

生贄だの、呪いだの、なんだの、もう沢山だ!という思いで私はいっぱいだった。

身近な人間に裏切られた時の衝撃は、さすがの私にだってダメージは来ると思う。


高橋課長は、自分の手を見つめながら低い声で話を続けた。


「K君を殴った時の拳の痛みを…僕は未だに忘れられない…彼とはそれっきりだ。

もうこれ以上呪いに耐えられない。限界だと悟った僕は、S君と共に祟り神を消そうと社に行ったんだ。

社を壊し、燃やしてしまおう、とそういう計画だった。

ほぼ、二人共死ぬ気だった。

K君がいないまま、勝てる見込みはほぼ無かった。祟り神を消せる気なんてしなかった。

だけど、嫌だったんだ。僕等が逃げ続けていたせいで、友だと信じていた男を人殺しへと変貌させてしまったんだから。

どうせやるなら、最後まで足掻いて戦って…後悔なく人間のまま死ねれば、と思った…。」


高橋課長の言葉は、朝礼の時より重く、私の身に心底染みた。

状況が少し違うだけで、この話はここまでシリアスになれるか、という少しの羨望。

状況が少し似ているだけで、漂う絶望感。


「で、でも、課長が生きてるって事は…祟り神を消せたって事ですよね?」


私は希望を求めるようにそう聞いたが、高橋課長はあっさりとそれを否定した。


「いいや。僕らは負けたんだ。」

「負けた?でも、課長は・・・!」


課長は生きている。

それこそ、勝利の証ではないか。


「社に辿り着いたまでは良かった。


だが、社を燃やす前に祟り神が襲い掛かってきた。

”人のままでは、とてもじゃないが敵わない”…実感したよ。

しかし、後には引けなかったからね…姿も見えない祟り神を探し、拳は虚しく空を切った…。


”ああ…もうこれは、どうにもならないな”と僕は諦めたんだ。

だが、S君は諦めなかった。

”男同士は絶対に嫌だ!43回もヤッたら、肛門が使い物にならない!”と泣きながら尻を押さえながら、拳を振り回していた。」



S君、43歳だったんですか・・・。


いや、そうじゃなくて…ホント、不謹慎なんだけど!シリアスな話なのに、ちょいちょいツッコミ入れたくなるネタが含まれて辛い…ッ!



「もう手段が尽きたと思った僕は、K君が3人の内誰かが生贄になれば呪いが解ける、という話を思い出した。

その生贄には、諦めた僕が相応しい、と思い、祟り神に身を差し出そうとしたんだ。


…だが…住谷君は祟り神に喰われそうになった僕を庇い……動かなくなった。」




課長は、友をS君と仮名で呼ぶのを止めた。




「住谷君は、二度と目を覚まさなかった…。」


「あ・・・」


歯をぎりっと食いしばりながら、まるでつい最近起きた出来事のように、課長は話を続けた。



「あの時、僕が諦めなければ…K君を説得して3人で行っていれば…


住谷君だけ死なさずに済んだかもしれない…。


僕はすぐに後悔し、自分も祟り殺すように祟り神に頼んだ。


祟り神は僕に聞いた。『神になりたくないのか?』と。


僕は『大事な人を失った今、神もクソもあったもんじゃない。このまま殺してくれ。』と答えた。」



高橋課長の目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。


(本当に、大事な人だったんだ…。まあ、私と火鳥はそこまでの関係じゃあないけれど…。)


でも、心底悔しいだろうな、とは思った。



「すると・・・祟り神は嘲笑って、僕にこう言ったんだ。」






『お前は友人を死なせた罪から逃れたい為に、自分の命を差し出せば許されると思っているのだろう?


覚えておきな、命は一度きり。同じ人間は二度と現れない。輪廻転生とはいえ、死ねば、それは似ているだけの全く別の人間なのだ。


だから、お前のした事は、お前の命をもってしても決して許されない事なのだ。


よって・・・お前の自己満足を埋める為の助けなど、あたしは決してやらないよ。


”気が済んだ”から呪いも解いてやるよ。お前の魂には、もう味が無さそうだし。


ふふ…やはり男ではダメだ。女でなければ、魂の味に甘みが無い。もっと強力な呪いをかけなければ・・・試練にならないねぇ。』




すっかり記憶にこびり付いてしまったのだろう、一言一句正確に高橋課長は祟り神に言われた事を私に話して聞かせた。



『人の縁も、人も…強くて脆い…。』



その言葉使いを聞いただけで、私はその祟り神が、自分に呪いをかけた縁の祟り神と同一のモノだと解った。



「・・・そんな事を言ったんですか・・・あのババア・・・!!」


グラリと腹の底で何かが動くのを感じた。

ブクブクと泡立ってきそうな怒りを抑えつつ、私は高橋課長を見た。

高橋課長は相変わらず、落ち着いた様子で話を続けた。


「僕の推測なんだが…きっと、あの祟り神は別の目的があったんだろうね。

僕等が試練の沼に落ちようと、呪いを解こうと”そんな事は関係ない”という感じだったから。」



(…やはり、か…。)


祟り神の目的。

人間に試練という名の呪いを与えて、自分達の餌にしたり、試練を乗り越えさせて祟り神にしたり…


それは、あくまでも”通過点”に過ぎないのだ。


ヤツの目的は…。


「戦う事を諦めた僕には、祟り神に何も言い返せなかったよ。

喪失感と罪悪感を抱えて僕はS君の分まで生きなきゃいけない、と思えるようになるしかなかった。

少しでも前向きに人らしく生きる事こそ、S君が望んだ人生の歩みだったからね。」



それから高橋課長は、疲れたように力なく笑って言った。



「だがね、腹立たしいじゃないか・・・。

僕等への呪いは”ただの実験”であったかのような、あの口ぶりがね・・・。


だから僕は、せめて自分の手の届く範囲の人々を精一杯愛する努力をしている。

それしか・・・もう僕には何も出来ないんだ・・・。」



そこまで語ると、高橋課長はコーヒーに口をつけた。




「高橋課長…あの…すみません、辛い事を思い出させてしまって…」




「構わないよ。少しでも参考になれたら良いなと思ったのだけれど、気を遣わせてしまったね。」


「あ、いいえ…そんな事はありません。あの…課長はどうして、私が呪われている、と?」



「同類は、大体わかる。元・人嫌いで縁切りの呪いを受けた者の勘だ。」


「でも…とても…課長が人嫌いには見えません。」



「そうだね…人は変化していく生き物だよ。僕は少なくとも変わった。

大事なモノを失い、その大切さに気付かされた。

人は、一人では生きていけない。

一人では何も出来ない訳じゃない。可能性や選択肢は一人でも確かに生み出せる。

だから、普段はまるで己のみの力だけで生きているような気でいられるが、本当は僕らは生かされているんだ。」



「そうですね…一人だから強いとか、弱いとか…そんな事は関係ない。

沢山の人に囲まれても孤独な人はいるし。ただ群れているだけで、強くなった気になってる人もいます。

ただ、他人に頼って自分で立ち向かう事をしない人、大事な選択の後に来る後悔が怖くて、選択から逃げてしまう人。

みんな、強さも弱さもそれぞれ持っているから、補わなきゃいけない場面がいつか必ず来るんです・・・それなのに・・・。」


私は自分の弱さを認めず、他人を否定した。

自分の力だけで乗り越えられない時も、意地になっていた。

乗り切っては来られたが、それだって…私一人だけの力で、今の私がいる訳じゃなかった。



私は、確かに彼女達に殺されそうにもなったが、確かに生かされたのだ。



私の言葉に、課長は頷きながら言った。


「そう…哀れなのは、それに気付かない。気付こうとしない人。

気付けた君には、気付けなかった君には見えないモノが見えた筈だ。

人との繋がりの大切さ。

その縁こそ、一人でいる時より更なる可能性や選択肢を生み出す力となり…孤独や感情を時に増長させ、時に緩和させる。

友の存在があれば、尚更感じるだろう…。」



「え・・・ええ、まあ・・・。」



”でも、私の周りにいるヤツらは残念ながら友達じゃないんです。”とは私は言えなかった。


(それにしても、ここで新情報が聞けるなんて…。)


長い話をかわしたせいか、課長の顔色は最高潮に悪い。土気色というか、土偶だ…!


きっとトラウマ話を聞きだしてしまったせいだろう。

私は思わず”大丈夫ですか?”と声を掛けそうになった。

しかし、課長は私が口を開く前に再び顔を上げて、私に微笑みかけながら言った。


「あの呪いはあらゆる意味で、あの頃の僕を変えた。


確かに、アレは人への試練には違いない。


感謝半分、悔恨半分。君には、後者の気分は味わって欲しくは無いがね。」



単純に表現すると”心境複雑”と言った感じだった。


「・・・・・・。」


何も知らないままの無知な自分と、痛みを持って知ってしまった今の傷だらけの自分…比べると、どちらが幸せかなんて決められない。

知らなくても良かった事なのか、知ってしまったからこそ良かったと思えるのか。


それは、話の結末に左右されるのだろうか。


だとするならば・・・。


「高橋課長、私は…祟り神を消すつもりです。同士の犠牲も出すつもりはありません。」


私がそう言うと、高橋課長は静かに頷いた。


「・・・そうか、ならば・・・」


課長が内ポケットに手を差し入れた瞬間


”ガチャッ!”


急に、医務室のドアノブが動いた。


「・・・予想より、早いな・・・。」


課長がそう言って、険しい顔した。


「え?早い?」


”ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ・・・!”


「ひっ!?」


開く筈もないドアノブは、扉の向こうの頭がイっちゃってる系の誰かによって不気味に動き続け”ガチャガチャガチャガチャガチャ・・・!”


うぅ〜〜わぁ〜…私の思考を中断させる程、滅茶苦茶ドアノブガチャガチャしてるわぁ…!



”ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ・・・!”


「あ・・・あ・・・あぁ・・・!」


ドアの下の隙間から見える。

私の方にウネウネと這って来る、黒ずんだ縁の紐が…。


「もしやと思い、君だけこっちに連れてきたんだが…もう来たのか。」


”ガチャガチャガチャドンドン!ガチャガチャドンドンドンドン!!ガチャガチャガチャガチャドンドン!ガチャガチャガチャ・・・!”

ドアノブの音、ドアを殴ってるような蹴っているような、乱暴な音が恐怖感を煽る。

無駄にシリアスとホラーのニオイさせようとしてるわぁ〜…私は求めてないのにッ!

思わず、ぎゅっと自分の鞄を抱きしめてしまう。



”ガチャガチャドン!ガチャガチャドン!ガチャガチャガチャガチャドン!ガチャガチャドン!ガチャガチャドン!ガチャガチャ・・・!”


微妙にリズム刻むのをやめろッ!●ニーちゃん?ジャカジャカじゃんけんの時間は終わっただろ!?ていうかネタ古ッ!!

もういいから!高橋課長の話で十分過ぎるほど、シリアスムード高まったから!

ここで恐怖演出で私の戦意を削ぐ様なマネはやめて!ただただ微妙に怖いだけだからッ!


「水島君」

「は、はひ!?」


高橋課長は椅子から立ち上がると、ツカツカと歩き、私がさっきまでいたベッドのカーテンを開け、更に壁側のカーテンに手を掛けた。


(ん?そういえば・・・私がいたのは壁側のベッドなのに、壁側にも仕切り用カーテンがあるっておかしくないか?)


その疑問はすぐに解消された。


「仕方が無い。私が責任を取るから、君は今日はここから早退したまえ。」

「え?え!?こ、ここからですかッ!?」


戸惑う私の目の前で、壁側のカーテンはシャッと勢いよく開けられ、早退への道を示した。




「実は…医務室のこのカーテンの裏は”非常口”になっている。」




・・・・・・・・・・・・。



僅かな沈黙の後、私はやっぱり我慢できずにツッコミを入れた。



「あの〜…ウチの会社、本当にどうなってるんですか?

個人的事情でエレベーター止められたり、非常口があちらこちらにあったり…T−ウィルス開発とか悪い事でもしてるんですか?」


例え、ウェ●カーがいても、私追いかけませんからね?


「正直、これがココにある理由は僕にはわからない。ただ、この扉は非常の際に使われる、とだけ言っておこう。」


非常口の使い方は、そのまんまですね!!


「●クーンシティの警察署でもあるまいし!要らないでしょ!?こんな設備ッ!!!」

「今の君には必要だと思うがね。ああ、そうそう…コレを持って行きなさい。」


ツッコミ機能ON状態の私に高橋課長はハンカチで包まれた何かを私に押し付けた。

何だろう?バ●ーみたいに榴散弾でもくれるのかな?


 ※注 いい加減、バイ●ハザードネタから離れて下さい。



「あ、はい…ありがとうございます。でもコレ、なんで…」



ハンカチを広げようとした矢先――


”ドガッ!!!”という音と金属、ガラスの割れる音、そして…


「愛してるゥ〜〜〜〜〜〜って、最近 言わぁ〜〜なくゥなったのはぁ〜〜〜〜!!!」

「本当にぃ〜〜〜〜貴女を ぶッ殺したくなったからぁ〜〜〜〜〜!!!!」


野太い女性達の不吉な歌声が聞こえた。


「歌うなッ!替え歌で不吉な歌詞を練り出すなッ!あとゴスペルの例の5人に謝れッ!!!」


ツッコミを入れつつ、私はいそいそと非常口の扉を開けた。


「水島君、ツッコミもいいが早く行くんだ…ここは僕が。」


そう言って、非常口の扉に一歩踏み込んだ状態の私を隠すように課長は立った。


「か、課長!?(顔色からして、時間稼ぎにもならなそうだけど、大丈夫!?)」

「水島君、私は大丈夫だ!男だから!」

「あ、確かに!」



 男。


その理由だけで納得!即決!

でも、顔色が悪い!不安でいっぱいッ!!



「そんな事よりも…課長命令だッ!”生きたまえッ”!!」



そう言ったかと思うと、私は高橋課長にドンと押された。

てっきり階段か通路だと思い込んでいた私は、踏み出した二歩目の足がスカッと空を切るのを感じ、そのまま前のめりに倒れこんだ。


「うわっ!?ちょっ…ちょっとぉおおおおおおおお!?」



非常口の先が”絶叫系滑り台”だなんて…誰が予想しただろうか…。

高橋課長の事を思う間もなく、私は滑り台の編み出すスピードに翻弄されていった。


とにもかくにも…一言言いたい。





「会社を何だと思ってんだぁあああああああああああああああああああ!!!!」





これこそまさに、非常口ならぬ・・・非情口!!


 ※注 お粗末様です。








「あああああああああああああああああああああぁ〜〜…………長いな…。」



真っ暗な滑り台は、予想を超えて長かった。



「・・・・・・。」



・・・もはや、慣れてしまった。



私は、ふとこの先のプランについて考えた。


やっぱり会社を早退しなければならなくなってしまった。

高橋課長にまさか許可が貰えるとは思わなかったが、これで失業の心配も要らない!


思う存分、祟り神討伐へ迎えるぞ!ひゃっほー!!



しかし、これ…どこに繋がってるんだ?


もしかして…この滑り台の出口は、街の外だったりしないよな…?

海とか連れて行かれても、正直困るぞ…私は、縁の祟り神の社をブチ壊しに行くんだから!!






異常事態でヤケクソを起こしそうになるが、希望はまだ捨てていない。

私は、まだ進める。







『もしもし?生きてるわよね?』


携帯電話の声は相変わらず、不機嫌そうだった。


「あ、はい。色々ありましたけど…許可をいただいて早退って形になりました。」

『やっぱり、そういう羽目になったんじゃないのよ!』


だったら始めっから、行動しとけよ!と言わんばかりの口調の火鳥に、私は控えめに反論しつつ、話題を逸らした。


「失業のカウントダウンは始まってないんで、これで良いんです。…今、私は社の方に向かってるんですが、そっちは?」


『アタシを誰だと思ってんのよ。アタシの方は…順調に向かってるに決まってるじゃない。そっちこそ、どうなの?今、どこ?』


…すぐに私は火鳥も苦戦しているのが解った。

本当に順調に向かっていたのだとしたら、とっくに到着していてもおかしくはない筈だからだ。



「ああ、はい。とりあえず、今、城沢本社の非常口から滑り台で地下の秘密の道を通って、そこから周りを水で囲まれたトンネルを抜けて、地下道に進んで…」


『待って。城沢本社からの辺りから、もうオカシイ!本来通っていけない道よね!?ていうか、城沢は何の為にそんな非常口と通り道作ってんの!?』


「軽く迷路になってたんですよ。案山子のヒントと+ドライバーがなかったら完全に迷う所でした…。」


『待って。案山子のヒントって何!?なんで脱出ゲームっぽい事してんの!?』


「まあ、そんなこんなで・・・」


『人の話、聞いてる?』



「今、私の目の前には…よいしょっ……と…。」




マンホールの蓋を右手で持ち上げ、上半身を出した状態の私は、引きつった顔で電話の向こうの火鳥に答えた。



道路に広がる様々な脚線。




「たくさんの女性の足が見えまぁす。(絶望)」




『・・・ああ、そう。』




火鳥は、素っ気無い答えを返した。





「まさか、会社の非常口 → 色々あって → 女性歩行者天国とはねぇ・・・」



つくづく、自分の不運さが…いや、女難トラブルの仕込まれっぷりが嫌になる。

目の前の女性達は、私を睨んでいていつ攻撃してきてもおかしくはない。

…もう女難っていうか、ただの人災に見える。



『だーいじょーうぶー?(棒読み)』



特に心配はしていません感満載の火鳥の言葉に、私は落ち着き払って答えた。



「あー…なんていうかぁ……」



いつからか、慣れは、強みに変わった。

慣れすぎて、他の人にはわからない境地を見て、それでもまだ平静を保っている自分がいる。







――― 『……あいつら、頭おかしいわよッ!愛してるなんて言いながらあんな事…ッ!!』



――― 『・・・あいつらって、襲ってきた女の事?え?ちょっと待って・・・襲われたのって・・・?」




――― 『”あいつら”は”あいつら”よ…!襲ってきた女も、それを真正面から受けて立った水島も…あいつら頭オカシイわよ!だって…!』





いや、平静というよりも…





「ここまで来ると…な〜〜んか笑えちゃ〜う☆」




電話を片手に私は歯を見せて笑っていた。



『ホント、末期ね……アタシもだけど。』





電話の向こう側の火鳥の声も僅かだが、笑いを含んでいた。









―――― 『だって、楽しそうに笑ってるのよ!?あんな状況で!!』







こんな時に笑える余裕が出来た。


いや、こんな時だからこそ、余裕を作り出す力。


そうしなきゃ、やってられないって気付いた。


真面目に頑張ってるだけじゃダメな時は確かにあって。

真剣に、打ち込んでも入っていかなくて。

上手くいかないし、楽しくはないし、面白くも無い。


そういう時は、余裕を作り出して、笑うのだ。


だ〜〜って一度きりの人生だもの。

楽しまなくてどうするんだ?


呪われていようがなんだろうが…もう私は負ける気は無いし…





「絶対、祟り神の言うとおりになんかならないぞ――ッ!!」




『…チッ…耳元でうるっさいわね…楽しそうで何よりですこと!』



電話の向こうからは呆れたような火鳥の声…それから…複数の女性の悲鳴に似た声がする。



(火鳥もそれなりにヤバイらしいな…。)



「じゃあ、後で、社でお会いしましょう。」

『ええ、後でね。』




電話を切って、私はマンホールの蓋をひょいっと退けた。

歩行者天国を埋め尽くす女性達の視線。

道路中から集まってくる黒い縁の紐は、まるで降ってきた雨の水が排水溝に流れ込むような勢いで、私に向かってくる。

私がマンホールから完全に上がりきったら、女性達は襲ってくるつもりだろう。


私達の目的地が祟り神達にハッキリわかっている以上、奴らは一応、妨害してくるつもりだろう。

どの道、私には最悪な状況しか襲ってこないのだ。


一筋縄ではいかないんだろうけど…そんな事は百も承知の上だ。

今まで、ずっとそんな感じだったから。



「負けてたまりますかっつーの!!」




私はマンホールから抜け出すと、鞄から発煙筒を取り出して、火をつけた。




「はい、どいてどいてどいてどいて下さあああああい!!!」



煙と光にたじろぐ女性達の間を駆け抜けながら、次の発煙筒に火をつける。







 ―― 歩行者天国が見下ろせる 喫茶店・美杏花(びあんか)にて。





「春休み終わっちゃうね〜…学校始まったら、受験生活だね…。」

「うん、なーんかさぁ〜今年から大学受験だって周りから言われてるけど、なんかやる気まだ出ないんだよね〜…。」


「それマズくない?美代の志望大学って、結構勉強しないとヤバイって聞いたよ?」

「…わかってんのよ、しなきゃいけないってのはさぁ…でも、今からする事に、それだけの価値あるのかなぁ?」


「い、今更迷っても仕方ないじゃ〜ん。美代はいいよ、頭良いんだから勉強したら行けるんだし。あたしなんか…」

「絵里菜の方こそいいじゃない!K大学の後にやりたい仕事は決まってるんでしょ?目指すモノがあるだけ良いじゃない!それに比べて、あたしは……」


「「・・・・・・。」」


「…もうやめよ。喧嘩しに来たんじゃないもの。」

「そうだね…。」


「「・・・・・・。」」



「・・・あーあ・・・もうなんでもいいから・・・何か起きないかなぁ・・・。」

「なんだよ、何かって・・・」


「だから、なんでもいいの。少なくとも、あたしの腑抜けた気持ちと目を覚まさせてくれるような……あ!!」

「・・・ん?どうしたの?大声を上げて……美代?」


「え、絵里菜!下!下、見てみて…?」


「え?下?…うわっ!?めっちゃ人いる!そして、めっちゃ煙出てる!?何!?何なの!?」

「わかんない!わかんないけど…下にいるのって、女の人ばっかり!」


「何?事件!?」

「わかんない…!」





「「「キャ―――ッ!?」」」

「「「ゲホゲホッ!!」」」





「絵里菜、見て!アレ!!」

「何!?…あれ?走ってる人が…アレ…なんだろ…OLっぽい服着てる…?」




「うらうらうらうらうらああああああああああああ!!!」





「な、何アレぇ!?」

「…美代、見て!!NA●UTOみたいな走り方してる人いる!!」






―――― 再び 歩行者天国 改め 女難地獄道。 





「うらうらうらああああああああああああああああ!!!」




突然の煙と私の出現であちらこちらから悲鳴が上がる。

私は体勢を低くし、歩行者天国の道にいる人と煙の間を駆け抜ける。


「ゲホッ!見つけた…!くっ!!!」

「無理…煙たくて、捕まえられない…ッ!」


手を使わなくても、私が勢いよく紐にぶつかるだけで、縁の紐は切れていく。


・・・が。


発煙筒の効力はあっという間だ。



(マズい…手持ちの発煙筒が切れた…!これで煙が引いてしまったら…!)



「いたわ!ここよッ!」


誰かの声で、私に一斉に無数の視線が集まる。


「見つけた…!」


(マズイッ!)


「貴女を…私のモノにいぃ〜〜〜!!」

「肉欲を貪った挙句、命を奪いたぁい!」


解りやすい恐怖のサイコ台詞をありがとう!そしてさようなら!!


とにかく、今は、この歩行者天国という名の地獄を抜けて、あの社がある場所まで移動しなくては…!



「おっしゃあああああ!とったどおおおお!!!」

「いぃっ!?」


私の制服のベストを掴む、一本の白い腕。

途端に、私の動きが一瞬だけ止まる。


その一瞬で、ぞぞっと無数の手が私の服を掴んだ。


「つーかーまーえーたーぁ…!!」


腕や手を必死に振り払い、移動し続けようとするが、一度落ちたスピードは囲まれてしまっては上がる事は無く、私の服を掴む手の数は増えていく。

体が徐々に後方、下方に引き摺られていく。

「くっ…!!」


このまま完全に止まってしまえば、この人数に…私の歳の数以上の何かをされる…ッ!!


あ・・・何、ちょっと期待してるんだよ!そこの読者ぁッ!!






 ―― 再び 歩行者天国が見下ろせる 喫茶店・美杏花(びあんか)にて。




「何、コレ…異常じゃない?一人の女の人を、沢山の女の人が追い詰めて……あ…!」

「ていうか…追いかけている人さぁ…警察じゃないよね?…ていうか、目つき、みんなイッちゃってない?」


「あ!大変!あの人…捕まっちゃったみたいだよ…!?」

「なんか…怖ッ…!」


「どうなるの…?あの人…!」

「助け、呼ぶにも…もう、間に合わないよね…!?」



「でも…あの人の目…全然諦めていない…!」





―――― 再び 歩行者天国 改め 女難地獄道。 





制服をがっしりと掴まれ、私の動きは完全に止まろうとしていた。


「は、離せえええええ!!!」


警察の介入も待ってはいられない。

女性達の目は、手は、私を性的な意味で射抜く事しか考えていない。


このシリーズ…読者様からの再三の要望が出ても18禁のラインを越えずに、えげつない下ネタだけでやってきた…ッ!

今更…今更…こんな所であっさり剥かれる訳にはいかない!!




もはや、打てる手は一つだ。

出し惜しみしていたら、18禁だ。



「・・・くっ!」



(仕方が無いわ…!これだけは…街中でしたくなかったんだけど…!)



私は、頭の中で『北斗の拳』のOPを流しながら、自らの制服を…。



「うおおおおおおおお!!!」


私の咆哮と共に布が引き裂かれる音。

私は、自らの服を引き千切り、瞬間的に脱衣した。


 ※ 別に北斗の拳のOPは要らなかっただろうけど、気分的に流す水島さん。





「ホアッチャアアアアッ!!!」



「「「「「な、何ぃ――!!!????」」」」」




制服を掴んでいた女性は後ろに倒れこみ、中身の私が勢いよく飛び出した。






〜 水島さん脱衣テーマ曲(『愛をとりもどせ』の替え歌) 『我をとりもどせ。』 〜


 ※注 北斗の拳ファンの皆様大変申し訳ありません。




女難 SHOCK

牝で気分 落ちてくる

女難 SHOCK

牝の胸が 寄ってくる

熱い眼差し 口説き落としても

今は無駄だよ

邪魔する女難 縁切りひとつで ダウンさー


女難 SHOCK

逃げ足無駄に 速くなる

女難 SHOCK

ネタ作りは 遅くなる

社求め さまよう体 今 半乳見えてる

正気戻れば 無残に飛び散る 恥ずいなぁー

己の未来守るため 私は旅立ち

常識を 見失った

腑抜けたアヘ顔なんぞ 見せたくないさー


我をとり戻せ





(って何だ!!このテーマソングは…!不愉快ッ!!)





飛び出した勢いで前のめりに転倒しかけた私は心の中でツッコミを入れながら、手を伸ばし着地の体勢を取った。

靴が摩擦音を出し、私は開脚したまま踏ん張り、なおかつ右手で自分の上半身の体重を支えた。


妙な勢いはそれで止まった。これで、再び走り出せる。




「あ、あの格好は…!?」



ざわつく周囲の人間を無視して、私は空に向かって叫んだ。



「…見てるか!縁の祟り神―ッ!!その昔、イスカンダルが編み出した”神殺しの装”だッッ!!」




そうよ。キャストオフ(制服脱いだ)したら…この格好よ!

どうせT.●.R.よッ!どうせ、若干の痴女コスチュームよ!!



だけど…それが、どうだっていうのよ!

私は、もう前に進んでいる!もう誰にも止められない!



そう言い聞かせて、私は再び走り出そうとしたが、やはり周囲は女難に囲まれている。


「そ、そそる格好になってくれたじゃない…!抱くわよ!?」

「やめろ!!(真顔)」


どんな言葉が降りかかろうと、私は負けない。


「と、通さないわよッ!私の愛を受け入れるまで、通さないわッ!!」

「通るッ!(真顔)」


どんな恥をかいても、私は前に進む。



「まずは何も入れていない、このちょっとにごった色のお茶を飲みなさいッ!」

「飲まない!!(真顔)」


この先に、私の未来があるから。


「好きなの!付き合うか、殺させてッ!!」

「断るッ!!!(真顔)」



私は…絶対に諦めない…!



「その衣装は…誘っているんでしょ!?そうなんでしょう!?」

「違うッッ!!!!(真顔)」




(この衣装が、ただの痴女コスチュームじゃない事を証明する時が来たようね…!)




私は、女難の群れに真正面から飛び込んだ。


ここまで人に、いや女難になり得る集団に囲まれている以上、やれる事を精一杯やらねばなるまい。


 ※注 ”だから、会社出勤しないで最初から火鳥と一緒に行けばよかったんじゃ…”ってツッコミはご遠慮下さい。





 ―― 再び 歩行者天国が見下ろせる 喫茶店・美杏花(びあんか)にて。




「す、すごい・・・無駄に、すごい・・・!」

「ホント・・・あの人が通って肩に触れただけで、女性達が倒れていく。」


「あんなに、いっぱい敵がいるのに…あの半裸の人、全然諦めていない…!半裸なのに!!」

「…うん、むしろ…逃げるんじゃなくて、”どうしたら前に進めるか?”しか考えていないよね…あの人…!半裸なのに!」


「だって、あんなにいっぱいの人に真正面から向かって行って、自分で道を切り開いてる…!半裸なのに!!」




「私…受験…頑張る…!」




今、水島の姿を見た一人の少女のやる気が燃え上がった。






―――― 再び 歩行者天国 改め 女難地獄道。 





私は走っていた。

余裕が生まれ始めていた。

私を止めようとする手を振りほどき、私は自分の行きたい方向へ走る事ができた。



街中を走り、私は社に向かった。

見慣れた景色が増えてきた。


後ろからは悪意や空き瓶や凶器が飛んでくるが、私は走り続けた。

腕や背中には傷が出来ていたが、私は目的地まで走り続けた。



(…よし!夕方までに到着出来そうだ…!)




衣装は少しボロボロになり始めていたが、力の衰えは無い。

何も知らない人から見ると、ビジュアル的に場違いな場所でコスプレして走っているだけな状況に見える・・・のが悲しい。


(これもそれもあれも・・・全部、終わらせるんだ・・・!)


出社しようと真っ直ぐ社に向かおうとも、きっと同じような目にあっていただろう。

無数の女難に襲われ、私の精神力と体力がゴッソリと減らされる。


T.●.Rのような衣装のお陰で縁の力と恥はUPしている。

もしも、私がこれを着ていなかったら、大量の縁を切って、今頃力を使い果たしていただろう。



火鳥は言った。


『この衣装は、ふざけたT.●.Rの衣装のように見えるだろうけど、私達が使っている縁の力を最大限に高める為の衣装なの…多分。』…と。


”多分”じゃ困るのだが、実際これを着た瞬間から…徐々に、内側から妙に力が溢れてくるような感覚に襲われている。

そして、いくら縁を切っても力が弱まったり、力を使った事での疲れは無い。(走り続けている事での疲れはある)


自信が湧いてくる。

何があっても、多分なんとかなりそうな気がする。

今までの私から見れば、こういう状態を過信と表現するのだろうが…。

失敗を恐れるあまり、私は自分を信じるなんてマネは一切していなかったように思える。



いや、この自信は・・・衣装の力だけではない。


今の私がいるのは、様々な経験と様々な人との出会いの積み重ねだ。

認めたくは無かったが、人間の経験値に必要なのは…やはり近くて遠い”他人”なのだ。

馬鹿だろうと、天才だろうと、自分の敵味方にするか、自分の糧にするか否かも…自分の感じ方、一つだった。

人との繋がりも、強みに変えるか、自分の弱みにするかは、私のさじ加減だった。


今の私は、殻に閉じこもるだけだった頃の自分じゃない。


”縁の力”なんて、最初は信じてもいなかったのに、私はいつの間にかこの力の存在を認め、使いこなしていた。

人と人の縁を繋げたり、縁を切ったり出来る…別に要らない力。


見えなくてもいい他人同士の繋がりが見えて、それを自分の気持ち一つで操ると、目の前の人間関係が形を変える。

誰か一人の思いを通せば人間関係の形は大きく変わり、繋がった者同士は影響し合って、また形を変えた。

私の力があってもなくても、他人は勝手に繋がり、そして、離れていく。


だから、私は思った。


ああ、やっぱり他人と関わるのは、どんな人だってややこしいものなんだな、と。



とびっきりややこしくて、面倒臭くて…





「…待って!」




社へ向かう道を走る私の耳に、聞きなれた声が聞こえた。

私は足を止め、息を整えながら、聞きなれた声の方向にいる女性を見た。



「…はぁ…はぁ…はぁ…!」



その人を見つけた私は”来てくれたんだ”と単純に会えた嬉しさで微笑んだ。

歩道に立ったままの女性の方は”…どうして…?”という目で私を見た。





 『どうして、自分の縁だけ切らなかったの?』





彼女の目は、そう言っているように見えた。

私は一言、彼女との縁を切らなかった理由を口にした。




「良かった…貴女に、もう一度こうやって会えて良かった…!」




「・・・!!」




それを聞くと、女性は涙を流した。



ただ、もう一度会いたかった。

縁を切ってしまえば、会えなかったから。




「…行って!お願い!行ってッ!!」


彼女の手はガードレールを掴み、私に向かおうとする足を必死に止めていた。


(…やっぱり、私との縁が繋がっている限り、私を狙うようになるのね…。)


好意と敵意は、紙一重。

彼女もそれを感じ始めているのか、私に近付こうとする気持ちを必死に抑えている。

私も私で、彼女の元へ駆け寄って、もう一言二言話したい事が、ここでふわっと浮かんでくるのが、未練たらしい。



しかし、今の私がやらなくちゃいけない事はそれではない。



「い、行って…!」





私は彼女の言葉に頷くと、走り出した。





(また・・・泣かせちゃった・・・。)





私のエゴ。

私は、私の為に、あの人との縁を残して、あの人を泣かせた。



私は思う。



あの人は、私が今まで出会ってきた他人とは、やはり違ったのだ、と。






 『 ・・・頑張ってね。 』






私は、貴女のその言葉が耳に残って離れません。


優しすぎて、辛かったけれど。


でも、今になって思うんです。


嬉しいなって。



接点も何もなかった筈の貴女が、こんな私の背中を押してくれた。

こんなに素直に他人からの励ましの言葉を受け取れたのは、初めてなんです。


貴女に酷い事をしてしまったし、許される事ではないでしょうけど…


私は…この変な出来事を終わらせてみせます。







(だから、どうか許して下さい…。)







きっと、私は…貴女の元には帰れないでしょう。






火鳥と祟り神との最終決戦の話をして、本当は貴女との縁もみんな一緒に切ってしまおうと打ち合わせをしました。

祟り神に縁を利用されてしまい、もし私達に襲い掛かってきてしまったら、私達は抵抗せざるを得ないので、傷つけてしまう可能性が十分あったから。


・・・でも、切れませんでした。


気の迷いかもしれないんですけど、私は貴女との絆だけは、繋げておきたかったんです。


この私が…?って何度も思いました。

自分でも狂ったんじゃないかなって思ったんですけど。


今、貴女の顔を見たら、やっぱり気の迷いじゃなかったみたいです。



だから…縁を繋ぎっぱなしの貴女が、祟り神に利用されて、私の目の前に立ちはだかり、私を刺し殺そうとしたとしても…


私は…貴女を恨んだりなんかしません。

むしろ、貴女を巻き込んでしまって申し訳ないと思います。

こんな私に出会わせてしまって、こんな事になって。


それでも、私は貴女には出会えて良かったんじゃないかなって…思うんです。







例え、私の後ろから貴女が襲い掛かってきても…




「水島あああああああああああ!!!!」





涙が混じった悲鳴のような声は、私のすぐ後ろから聞こえた。

その後、私の左肩には鈍い痛みが走った。











 ―― 数時間後。











「はあ…はぁ…はぁ…キッツ……!」



衣装は痴女チック。泥と擦り傷、痣だらけの満身創痍。

おまけに寒い。こんな衣装のままで外にいるんだから、当たり前だ。

風邪ひいたら…どうするんだ…!






(………行かなきゃ…。)




私は足を引き摺るように、ヨタヨタと目的地である、社への階段を上っていた。


辺りは薄暗くなってきて、私の背中側は太陽が沈もうとしていた。

私の青黒くなった左肩を照らすと、夜の闇は傷を隠すように降りてきた。




階段を一段一段上る度に、別世界に入り込んでいるような気分になった。

耳には、クスクスと癇に障る笑い声が複数聞こえてくる。




「あ、試練に合格した人間だよ」

「偉い偉い♪」

「頑張ったから、ご褒美だね☆」

「でも、私達の仲間になるのをやめた人間だよね?」

「じゃあ、頑張っても、喰われちゃうのかな?」

「縁の神は、こだわりが強いからねぇ。また”足りない”んじゃない?」

「気に入らなかったら、私達が食べちゃおうよ!」



階段を上がりきり、真っ直ぐに進む。



ボロボロの社。

朽ちた木の階段に、縁の祟り神は座っていた。






祟り神は私を一目見ると、満足そうに目で笑った。






「うん、最初の頃とは変わったねぇ…。

良い目だ。何もかも悟っても尚、純粋に前進する事を諦めない…良い目だ。」


「おかげさまで。」


「どうだい?試練を乗り越え、磨きぬいた自分になった気分は?」

「反吐が出ます。」



「あたしはね、アンタの周りに種を蒔いた。試練という草花でアンタは色々学んだ筈さ。


正直、ここまで来てくれて、心から嬉しいよ。

アンタは確実に成長している。


あたしが与えた呪いで他人と交流し、アンタは成長した。

あたしの種で、あたしが植えた草で、あたしが咲かせてやった花で、アンタは学び、成長したんだ。



だが…やがて草花の毒に冒され、あたしの元に来る事はわかっていた…。

草花だけでは、更なる成長は望めないからね。



アンタが草花から得られる事に限界を感じ、草花達に別れを告げ、新しい世界に羽ばたいてくる事をあたしは望んでいた。」



うっとりとした瞳で私を見ながら語る祟り神。

私は社をチラチラ見ながら、どこから壊そうか考えていた。



「…危険ドラッグの売り文句じゃあるまいし、そうそう新世界なんか行ってたまりますか。

私には私の居場所があるんです。」




「ああ、今はそれで良いさ。アンタが自分の限界を感じ、次の世界へ羽ばたく時まで、あたしはアンタを育て続ける覚悟を決めたよ。」


「育てる?私は、もう独り立ちしてる25歳の成人女性です。私の育成ゲームは、ここで終わりです。」




「うんうん、立派な口を叩くようになった…。その強い目に口調…本当に変わった。とてもいいよ…。」



私を育てたのは自分だ、と言わんばかりの態度の祟り神を私は見据えながら言った。



「満足なら、呪いを解いて下さい。私は…神にも生贄にもなりません。」



「それを決めるのは、あたしだよ。

それとも、そんな満身創痍の状態で、人間がこさえた衣装をまとって力を得ただけで、神に逆らえると思ってんのかい?」


やはり、祟り神を社の階段から移動させなければ、社を壊せない。

私はタイミングを見計らっていた。



「”逆らってる”んじゃないんです。

私は、明確な拒否と貴女の否定の意思を示しているんです。」


「まだ解ってないのかい?アンタが人間でいる限り、あたしと対等に戦えると思うんじゃないよ。」


「対等でいる必要なんてありませんから。」


隙が無い。

不意打ちを叩き込もうにも、隙が無い上に、社にも近づけない。

あと、寒い。衣装のせいだけど。






「あたしは、アンタを選んだよ。やはり、火鳥じゃダメだ。


あたしはアンタに決めたよ、水島。あたしは、アンタの成長を見守り続けるよ。」



「結構です。」



隙が欲しい。

この拳をシワッシワの顔面に打ち込む為の隙が…!



「アンタは、きっと思う。

いつかきっと…あたしの傍にいて良かった、と思う。

あたしが傍にいた事に、心からありがとうとお礼を言う日が来る。」




妙に自信たっぷりに言う祟り神に向かって、私はキッパリと言った。



「仮にあったとしたら…それは、私じゃないですね。私に似た、何か別の生き物ですね。」



そう言うと、縁の祟り神は一瞬だが顔をしかめた。








「ホント…アンタは、そっくりだよ。あの女に…!似て欲しくない所まで…ッ!!」






縁の祟り神は、低い声でそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。






「神様でもボケるんですね?私は、ただの水島です。

いくら育てても、それ以外の生き物になる事はありえませんし…。

似て欲しくない所が似てるなら…育成、大失敗じゃないですか。」






私がそう言うと、祟り神の顔から笑みが消えた。


それと同時に空の日は完全に沈み、夜へと姿を変えた。





「…私、絶対…あなたを許しませんから。」



私は、目の前の女を睨みつけた。





― 水島さんは激闘中。 昼 終わり ―


  夜へ続く。




あとがき

百合?…あ、無いです。(笑)

この話、本当に無いんです。最終回への前フリみたいなものなので。