もしも。

もしも、突然。




「じゃあ改めて…はじめまして、悠理ちゃん…私、藤宮 優貴(ふじみや ゆき)です。

 ……はじめましてっていうのも、何か変よね…。」



もしも突然、自分の家に…全く知らない美人のお姉さんが。


何の予告も、何の相談も無く。



「悠理(ゆうり)。今日から、この家で一緒に住む事になった、優貴(ゆき)だ。

 ・・・お前にとっては、異母姉妹の…お姉さんにあたる人だ。」



今日から、自分の”お姉さん”として、目の前に現れたら…。




「あは…あはははッあはははははははははは…」



その”もしも”が現実に起きてしまった私、瀬田 悠理(せた ゆうり)は


”笑う”というリアクションしか、出来ませんでした。






[ それでも、彼女は赤の他人。 ]







優貴さんと出会ったのは、家の玄関。

私が高校から帰宅した瞬間、鍵を開けてくれたのは、優貴さんだった。


少し低い声で優しく”お帰りなさい”と言ってくれたのが、印象に残っていた。



だけど、その5分後。


私は、その優貴さんが…自分と腹違いの姉妹なのだ、とお父さんから聞かされた。


先月、優貴さんのお母さんが亡くなり、それを知ったお父さんは、一人になった優貴さんをこの家に呼び寄せたのだそうだ。



私の家は、ごく普通の…父子家庭だった。



…お母さんは8歳の頃に死んじゃって、それからお父さんと2人で力を合わせて、この家で暮らしてきた。



昔から、変わらない。



茶色い箪笥も、リビングのソファも…私が4歳の時に柱に貼って、怒られちゃったシールの位置も。

お母さんの思い出と共に…この家にずっと変わらない。



・・・そう思っていた。



だから、かもしれない。

お姉さんが…お母さんが違うお姉さんがいると知って”ショックだった”のは。


家族が増えるにしても、新しいお母さんが来るのなら、まだ…多少納得は出来た、と思う。


でも、増えたのは………”お姉さん”…。



…私の知らない家族は…私の知らない所で、すでに”増えていた”のだ。



私が生まれる前。

お父さんは、私の知らない女の人に出会い、その人との間に…優貴さんが生まれて。


その後、2人は別れて。


お父さんと私のお母さんが出会って、やがてその2人の間に、私が……………


……一体、何がどうなってるんだか…。



・・・・・・正直・・・・・・・心境、複雑・・・・。



「あの…やっぱり、また日を改めた方が良いんじゃ…私の事なら…」


そう言いながら、優貴さんは困った顔で、私とお父さんの顔を交互に見て、ついに立ち上がった。


(この状況に…戸惑っているのは、優貴さんも一緒なんだ…。)



優貴さんは、半分血が繋がっているのに、私とは全然違っていた。


私みたいに、子供っぽくないし、落ち着いてるし…全体的な雰囲気も違う。

少し低めの声で、仕草も女性らしい。

私なんか、実はテーブルの下で、足をぱっくり開けているというのに。


優貴さんの髪は、長くてサラサラで、腰まであって・・・服のセンスもすごく良いし…。

体の線も細いし…少し切れ長の目に、ふっくらとした唇……きっと笑ったら、すごく綺麗なんだろうと思う。


血が半分繋がっている、という事実さえなければ…


私は、もっと、優貴さんを好意的に見ることが出来たのかもしれない。



しかし、今は…どうしても、私には両手を広げて”ようこそ!お姉さん”とは呼べなかった。



だから、私は・・・そんな優貴さんとお父さんの間で、黙ってテーブルの上を見ているしか出来なかった。



学校から帰ってきて、まっすぐ食卓のテーブルに座るように言われて…15分程度しか経っていない。

家の空間に、人間が一人増えただけなのに。

それなのに、その時間がひたすら長く、重く、感じた。


私のやり場のない、複雑なこの感情の矛先は、どこに向けたらいいのか。


大体…今の私は、思わぬ”姉”の存在に…あまりの衝撃的な出来事を目の前に…

悲しいのか、辛いのか、苦しいのか…どうなのかすらも、すっかり麻痺してしまって、ぼうっとしているしかなかった。


そんな私をよそに、お父さんは、話を進めていく。

優貴さんが帰るという言葉の続きを遮って、こう言った。


「何言ってるんだ。優貴…行く所がないから、家に来たんだろう?遠慮はいらないから、家にいなさい。

 ・・・その方が、奈津子さんも・・・」




(奈津子さん…その人が、この人の…優貴さんのお母さんの名前…?)



優貴さんのお母さんって事は…お父さんの………



あまり、想像したくはない。

自分の父親が、違う女性といる所なんか…。


ましてや、目の前には…自分の父親と自分の母親以外の女性との間に生まれた、人間がいるのに。



その時、私はどんな顔をしていたんだろう。



制服のスカートをぐっと掴んで、下を向いていて・・・決して、いい顔はしていなかったと思う。




そんな私と優貴さんは、目が合った。



…まるで私の考えを見透かすように、優貴さんは、私の方を見ていた。




その目は・・・どこか辛そうで、悲しそうな目だった。



「ありがとうございます、でも・・・今夜は、もうホテル予約してしまったので。」


そう言って、優貴さんは笑った。……優しい、けれど…それは”作り笑顔”だった。

その笑顔で、私に気を遣ってくれてるのは…手に取るように解った。




(…私…このまま黙っていたら…嫌な子かな…)



お前には、腹違いの姉妹がいる…突然そんな事を言われて、動揺しない方がおかしい。

それに…普通、明日から家族が増えますと言われて、”はい、そうですか”と受け入れるなんて出来ない、と思う。



・・・でも。



「ま・・・待って…待ってください!あの・・・っ!」


「・・・・・?」

「どうした?悠理。」


「あの・・・私、気にしませんからっ!あの、優貴さん…家に居て下さい!」



……自分でも、イイコちゃんか、お人好しかも、なんて一瞬思った。


優貴さんは、ひどく驚いた顔をして…2,3回の瞬きをしてから、申し訳なさそうに笑った。

…それも、優しい”作り笑顔”だったのが、私の心にはチクリと刺さった。




…気にしてないなんて、嘘だった。



私の悪いクセだ。



小さい頃から…誰にでも、嫌われないように…つい、思ってもいない事を言って、好かれるように振舞ってしまう。

周囲は、私を優しいとか、思いやりのある子、もしくは…単なる八方美人だなんて言われている。

お母さんが死んでから、このクセは、余計拍車が掛かった。



…だから、作り笑いの優貴さんに見つめられて、私は内心ビクビクしていた。

イイコを装うとする汚い心の中を、見透かされている気さえした。

私は…初対面で、認めにくいと感じながらも異母姉妹の…優貴さんにすら、自分は良い子に見られたいと思ってしまった。


・・・いつもの悪いクセ。


単に他人に嫌われたくない、だけ・・・。


本当は、半分しか血が繋がっていないだけ。

今の今まで、お互い、別の家で暮らしていたのに、父の血が半分入っているというだけで、赤の他人がこの家に、家族として来るなんて

・・・正直、信じられない。


私の本音は、そんな感じだった。


そんな汚い本音を隠して、私は…そんな複雑な事情も気にしないイイコを演じた。



「優貴…悠理もこう言ってるんだ。ホテルなんてキャンセルすればいい。

これからは…優貴も、家族だ。最初は戸惑うかもしれないが…3人で仲良く暮らそう。

・・・悠理も、いいね?」



お父さんの言葉に、優貴さんは黙って頷いて、椅子に座った。

私も、黙って頷いた。



改めて、私と優貴さんはお互いの顔を見た。


ぎこちない作り笑顔を私は浮かべた。

優貴さんは、慣れたように作り笑顔を浮かべた。



「・・・これから、よろしくお願いします。」

「あ、はい…こちらこそ…っ!」


こんな感じで…新たに…複雑でぎこちない…親子3人の暮らしが始まったのだった…。







玄関を鍵で開けて、私こと、瀬田 悠理はいつも独り言のように、呟く。


「ただいま。」


(…って言っても、誰もいないって。)


お母さんは死んじゃったし、お父さん今日は、大学でゼミだから遅くなるし…



「おかえりなさい、悠理ちゃん。」


少し低い声。

でも、耳の奥にちゃんと届く、女性の声。



「・・・あ・・・た、ただいま、です・・・・・・優貴さん。」




・・・忘れてた・・・。私、”お姉さん”が出来たんだっけ・・・。


お姉さん、と言っても、優貴さんは…腹違いの姉妹にあたる…一応、私のお姉さんにあたる人。

優貴さんが家に来て、今日で4日目になるのに。

事情が…事情だけに、私は、まだ”お姉さん”とは素直に呼べず。


名字だって…優貴さんは、まだ藤宮のままだし…。



一緒に暮らす事になったとはいえ、優貴さんが家族だって認め切れてないのが、本音だ。


大体…一緒に暮らすって決めたのは…お父さんだし。

優貴さんが家に来て以来、お父さんとは話しにくくなっちゃったし…。


気まずさから、優貴さんと一緒の空間にいると、本当は息苦しい。


「学校からは、いつも、この時間に帰ってくるのね。」

「あ、はい…」


・・・・そういえば。


ただいまって言って…誰かから、おかえりって迎えられたの…何年ぶりだろう。

いつもは、お母さんが言ってくれて…


「悠理ちゃん。」

「は、はい?」


「…ドーナツあるんだけど、食べない?」

「あ、はい、いただきます。」



自分でいうのも、なんだけど、ぎこちない会話。

・・・特に私が。

意識し過ぎて、ぎこちなさ全開だ。



優貴さんは4月から大学生で、家から通う……”大人”だ。

会話も行動も、こちらに気を遣ってくれてるのがわかるだけに、余計、私が子供っぽく思える。

異母姉妹だし、気遣って…ぎこちなくて当たり前なのに。

相変わらず…優貴さんは、気を遣って…優しく笑っている。


それが、作り笑顔なのだとしても…表情や態度から、本音をだだ漏らせている私より、よっぽど大人だと思った。


…私ときたら、普段から、良い子を演じるのは…慣れているはずなのに。

優貴さんみたいに、作り笑いも、気を遣う事も自然に出来ない。




異母姉妹で一緒に暮らすなんて、本当は賛成出来るはずが無い。




…優貴さんがあの場にさえ、いなかったら。

父と私の2人きりの話し合いなら、きっと私はきっぱり反対だと言えた。


本音を隠しているつもりだけど…優貴さんの前で隠しきれていないのは、自分でも解っている。

察してくれ、とでも言わんばかりに、私はそういう汚い本音を、現在もただ漏らしている。


でも、私はイイコを演じて、表面上だけでも出来るだけ、優貴さんに嫌われないようにして、なんとか家の中での自分の位置を確保していた。



(本当は、どう思ってるのかな…優貴さん…)


優貴さんは、一体何を考えているのか。

今まで、どこで、どんな生活をしていたのか。

お父さんの事、どう思っているのか。

お父さんの娘の私の事をどう思っているのか。


まだ、どこまで踏み込んでいいのかもわからないまま…私と優貴さんは…この家で暮らし始めた。


お父さんは、家族だと言ったけれど…優貴さんは、どう思っているんだろう。

私は…どう…思えば…この気持ちが、楽になるんだろう。



どんなに笑っても、繕っても…

仮に、私が、優貴さんをお姉さんと呼ぶ日が来ても…


…それでも…




  [ それでも、彼女は赤の他人。 ]




ほんのり、コーヒーの匂いがして、私の目の前には、ドーナツの箱と皿が静かに置かれた。


「好きなの、選んで?ちょうど、100円セールの日だったのよ。」


優貴さんは、そう言いながらまた笑った。

大分、家の台所に慣れたらしく、食器の場所も覚えたみたい。


「砂糖、いる?」

「あ、はい。」


落ち着かなくて、私はテーブルの下で、ひたすら足をプラプラさせている。

ドーナツを選ぼうにも…優貴さんの好きなモノ取ってしまったら、と思うと取れない。


「そうだ…3つだっけ?お砂糖。」

「・・・あ、はい。」


(あ、覚えてるんだ…)


私は、コーヒーでも、紅茶でも、砂糖を3杯いれる。

朝食の時、入れていたのを…多分優貴さんは覚えててくれたんだ。


砂糖を入れる優貴さんの指を私は見ていた。

すらっと長い指だった。女性にしては珍しく、爪は長くなかった。


「…あ、悠理ちゃん、先に選んで?私、どれも全部好きだから。余り物でも全然OKなの。」


そう言って、優貴さんは、私の方へドーナツの箱を向けてくれた。

促されて、私はドーナツを選んだ。

チョコレートのたっぷりかかった、甘いドーナツ。

甘いコーヒーに、甘いドーナツ……本当に子供だ。私は。


一口ドーナツを齧る。甘さが口いっぱいに広がって、美味しい。

今日の数学の問題集攻めで、疲れたせいもあって、この甘いドーナツが余計美味しく感じられた。

1個食べ終わり、私は、指先についたチョコレートを舐める。



私は、ふと、優貴さんを見た。



目線が合う。

優貴さんは、じっと私を見ていた。

そして、私と目線が合うと、にこりと微笑んだ。


「美味しい?」


そう聞かれて、ハッとした。

しまった・・・無言で、ドーナツにがっついてしまった・・・。

ああ……意地汚い子とか、どんだけ空腹?とか、思われたかな…。


優貴さんの問いに、私は恥ずかしくて、黙ってコクリと頷いた。


「良かった…正直、食べてくれなかったら、どうしようかと思ってたから。」

「・・・え?」


どこか哀しそうに笑いながら、優貴さんは、コーヒーの入ったマグカップのふちを指先で撫でていた。


「その…気まずい、でしょう?やっぱり。」


「あ・・・。」



言われた。

言われてしまった。


・・・というか。



「…私が貴女なら、多分同じ事、考えてる。

…嫌よね。自分の父親が、他の女性との間に出来た子供と一緒に住むなんて、突然言い出したら…。」



・・・というか、やっぱり見透かされていたんだ。私の心の中。

私の…イイコの皮を被った、汚い本音を。


「い、いえ…そんな…」


私は、やんわり…いや、はっきりしない態度で、否定した。

否定にもならない、形だけの否定だった。



「…私が母子家庭なのは知ってるわよね?」

「あ、はい…」



「母は、私を育てる為に、夜働いててね…。

不幸自慢じゃないけれど、母がどんなに働いても生活が楽になるなんて事、なかったし…昼も働かないといけないくらい、結構貧乏だったの。

アルバイト出来るならって、出来る限りの事はしてきたけど、子供に出来る事って限られているし。

結局…私は学校に行って、それ以外は…ずっと家に一人で、母が引き受けた内職をしてたの。醤油入れのキャップをはめたりとか、ね?」


「・・・あ、あの、お弁当に入ってる…魚の形とかの?」

「うん、そう…ソレ。地味〜なの、ばっかり。」

「へぇ…。」


てっきり、内職なんて…ドラマの中だけかと思ってた…。


「だからね、高校生になって…ちゃんとアルバイトが出来るようになったら

お金は稼げるようになったわ。でも、どんどん母と過ごす時間が減っていったの。

・・・母が病気だって事も、気付かなかったくらい。母自身も気付いてなかったくらいよ。」


「・・・・・・。」


優貴さんに対して、何を言って良いのか、わからなくなった。


ドラマみたいだなんて、一瞬でも思った自分が恥ずかしくなる。

自分達の生活の為に、働いていただけのに……そんなの…悲しすぎる…。


優貴さんは、スプーンをコーヒーカップの中で、ぐるぐると回しながら、話を続けた。


「…で…母も私も、日々の生活に追われていたから、こうして誰かに…お土産買ってくる事もなかったし。

誰かに”おかえり”や”ただいま”を言う事も、あまり無かったし…。

・・・だから、悠理ちゃんにお土産買って来れたり、食べてもらえるって嬉しいのよね。

なんか…妹がいるって…なんか嬉しいなって。」



  ・・・改めて、優貴さんは・・・



「・・・・・・・・・・・。」




こんな出会い方さえしなければ・・・とても良い人なんだ、と思った。




…でも、正直、まだ割り切れない。

家族であって、でも、家族じゃない彼女。



  ”どうして、こんなことに?”



・・・それでも、その問いの矛先は…この人に向けるべきじゃない。

だって・・・それは、優貴さんだって、同じなのだから・・・。


自分の父親が…他の女性と結婚してしまって、自分はずっと母子家庭で…。

一方で私は、8歳までとはいえ、両親と過ごせた。


でも、優貴さんは…ずっと母子家庭で…苦労して…そのお母さんも最近、亡くしている。


優貴さんのそういう苦労も知らずに…私とお父さんは生きてきたのだ。

私は・・・特別な苦労なんかしてない。



・・・だから・・・私とお父さんは・・・優貴さんから恨まれてもおかしくない。



勿論、これは…私の勝手な想像でしかない。



確かめるのが、怖い。

嫌われるのが、怖い。



自分は、優貴さんの事、決して好意的には、見ていないくせに。



「あ、ごめんね…変な話して…食べて?」


すまなそうに、優貴さんがドーナツをすすめてくれる。


「・・・あ、いえ・・・美味しいし、嬉しいです…。」


ハッとして、私も再びドーナツにかぶりつく。


それを見て、優貴さんは目を細めて、笑ってくれた。


「…あ、悠理ちゃん…チョコレート、ついてる。」

「…ふ、いません…。」


柔らかい指先で、口の端についたチョコレートを拭われる。



私は、汚い本音を隠す子供。

優貴さんは、こんなに優しい大人。



…優貴さんは…私を恨んでいないのだろうか?

一応笑ってはくれているけれど…それは、気を遣っているだけなんじゃ、と。


こんな気持ちのまま、この家で一緒に暮らせない。


「あの…優貴さん…。」

「なに?」


「…私の事、嫌い…ですか?」


私のその問いに、優貴さんは驚く事もしなかった。


「…嫌いって言われた方が、楽?」


「……。」


「誰かに好かれようとする努力は、大事よ。

例え、貴女が私を嫌いでも…私は貴女を嫌いには、なれないわ。」


そして、優貴さんは、少し辛そうに笑った。


「あ…私…」



…私は馬鹿だ。大馬鹿だ。

優貴さんだって、私と同じ不安を抱えているって、わかっていたはずなのに。


嫌いとか、そんな次元じゃない。



そうだ。こんな出会い方さえ、しなければ…私達はきっと…



「…私、悠理ちゃんの事、好きよ。…父の事も、恨んでなんか、いないわ。

だって…父がいなかったら、私ここにいないもの。」



その言葉を聞いて、私は思った。

この生活の始まりに不安を感じているのは、お互い様なのだ、と。

優貴さんが、素直な気持ちを先に口にしてくれたのだ。

だから、今…私も思っている事を、この気持ちを、そのまま…外に出せばいい。



「わ・・・」

「ん?」


「私も…優貴さんの事、好きです。こ、こんな状況だから、正直戸惑ってますけど…

信じてもらえないかも…しれないです、けど…私、優貴さんの事、嫌いじゃないです。

その…どっちかというと、私の方が…き、嫌われてるかもとか…考えちゃって…

あの…その…あの、上手く、言えなくてすいません…」


本当に、ボロボロ。

ツギハギだらけの私の本音を聞いて、優貴さんは優しく微笑んだ。


「いいのよ…ありがとう、素直に話してくれて。・・・改めて、これからヨロシクね?」

「あ、はいっ!」


よろしく、と言われて私は思わず、両手を優貴さんに差し出した。

クスクス笑いながら、優貴さんは私の両手の間に右手を差し込んだ。

私は、優貴さんの手を包み、握った。


・・・初めて、この家で気まずくない…優しい時間が流れた気がした。


”プルルルル…プルルルル…”


その時間を中断するように、電話が鳴った。


「はい、瀬田で…あ、お父さん?」



受話器をとった私の耳には、今夜は遅くなるから、という聞きなれた父の声が聞こえた。





お父さんが大学の仕事で、遅くなる夜。

腹違いの姉妹の私達は、初めて家で2人きりになる。


「・・・悠理ちゃん、ゴメン、お皿とってくれるかしら?」

「あ、はい。」


優貴さんは、しょうが焼きとポテトサラダを作ってくれた。


(…すごいなぁ…家事に慣れてるって感じ…。)


私も一応、料理は出来るけど…こんなに手際が良いのを見せられると、ちょっとへこむ。

私は、あんなに早く細かくキャベツは刻めないし、2品同時進行で調理も出来ない。

涼しい顔して、ささっとやってしまう優貴さんは…単に年上ってだけじゃなくて…

…それだけ、優貴さんが、長い間、一人でなんでもやってきたって事だ。


「…ちょっと、味濃いかも。」


席に着きながら、優貴さんはそう言って、笑った。

私は炊飯ジャーから炊き立ての御飯を、お茶碗に盛った。


”いただきます”と言ってから、箸をつける。

しょうが焼きは、私が作るよりも生姜が多めで、確かに私が作るよりも味は濃かった。



「…あ、やっぱり、しょっぱい?」


「いえ、家は…薄味が多いから、そう感じるだけかもしれないです。いつもより、生姜いっぱい入ってるし…

 でも…このくらいの方が、御飯には合うかも。」


私がそう言うと、優貴さんは「…濃いって感じるなら、お弁当用ね。」と笑って

「…今度は、こっちの味にあわせるわ。」と、付け加えた。


気を遣わせてしまった、という罪悪感がすぐに湧いてきた。

こういう小さな出来事で、育ってきた環境の違いを、感じてしまう。


少し気まずい沈黙の後…


「あの…!」

「ん?」


「それでも…美味しいものは美味しいですから!優貴さんの…美味しいですから!!」


すると。

私の言葉の後、優貴さんは、ぷっと吹き出して、笑った。


「・・・え?」


「ふふ…ごめん…でも、そんな…ふふ…必死にならなくても…ふふふふ…か、かわいい…!」


目に涙をためて、優貴さんは笑ってても苦しそうにお腹を抑えていた。


「そ、そんなに笑うこと・・・!」

「ご、ごめ…くふふふ…あ、ダメ…ツボ入った…あははは…!悠理ちゃん、可愛いんだもの…!」

「…う…。」


カワイイと言われて、悪い気はしないのだが…どうも、馬鹿にされているような…気もしなくも…なくて…


「あははははは…!」


・・・優貴さん、そうやって笑っていた方が、良いな・・・。

そう思った。


いつも、感情抑えて笑ってる優貴さんの笑顔と、全然違ったからだ。

そっちの方が、ずっと…ずっと、楽しそうだ。



そして、先程まであった、気まずい空気もどこかへ行ってしまった。

現に、ポテトサラダは、とても美味しかったし。


それから、私達が打ち解けるまでに、時間は掛からなかった。


「ごちそうさま!」

「…食べてるより、喋ってる時間の方が長かったわね?」


そう言われて、時計をみると…


「あ、ホントだ…2時間も…。」

「ね?」


そう言って、顔を見合わせ、私達はまた笑いあった。


ホントの姉妹みたいだ、なんて…一瞬、思った…でも…そう、錯覚していただけ。

浮き足立った私に一気に現実が突きつけられたのは…食器を洗っている時だった。


(…あ…優貴さんのお茶碗…まだ、お客さん用のだ…)


優貴さんのだけ…100円ショップの安い茶碗。

…私とお父さんのは、ウサギ柄の色違いの茶碗。


何気ない・・・ただの”違い”。

只の、食器じゃない。


…でも…家族なのに、家族じゃないという事を、感じるには十分なアイテムだった。

水切り棚に、それらの食器を置きながら、私は考えた。


(…今度、買って来ようかな…優貴さんの分のお茶碗…。)


喜んでくれるかな…買って来ても、趣味じゃないって、困らせるかな…。

でも、優貴さんと私は、これから…この家で…同じ食卓を囲むのだ。


仲良くしたい。

素直に、そう思った。


優貴さんは、とても良い人だから。

また笑って…私を”許す”のだろうか。



「ねえ。」

「はい?」


「お風呂、どっちが先にいく?それとも、一緒に入る?」

「・・・・・・・・・・・・。」


固まってしまった。

コテコテの質問なのだが…相手が相手だけに、私は…固まってしまった。


「あ、やだ…そんな顔しないでよ。冗談だってば。」

「え…あ、ごめんなさい…。なんて返したらいいのか、一瞬迷っちゃって…。」


「・・・悠理ちゃん、もしかして、変な事考えた?」

「・・・・・・・・・・・。」


・・・しまった。また固まってしまった。

別に変な事なんか考えてもいないし、変な事って何?って感じだし・・・

いや、このまま黙っていたら、ず、図星だと…思われてしま…


「……悠理ちゃん、顔、真っ赤。」

「・・・え、えええッ!?」


手を頬にあてると、確かに熱い。


「嘘♪…というよりも、まだシャワーだけしか使ったことなくて、お風呂の使い方わからないのよね。

教えてもらえる?服着たままで、いいから。」


「う、う〜…も、もうっ!!」


そう言いつつも、私は優貴さんが初めて私に冗談を言ってくれたのが、嬉しかった。




「…で、ボイラーのスイッチがココで、お湯の温度はココのパネルで…あと、お風呂の追い炊きや温度設定は、浴槽のパネルでも出来ます。

あ、それからボイラーのスイッチは、最後にお風呂を出た人が切ることになってます。」



我が瀬田家のお風呂は、広くも無く、狭くも無い。2年前、お父さんが大幅にお風呂を改築したので、古くも無い。

私にとっては、綺麗なお風呂に入れるので嬉しいのだが、お風呂のボイラーの使い方は、慣れるまでに時間がかかった。


家に来たばかりの、優貴さんが戸惑うのも無理は無く。

こんな事なら、早めに私が教えてあげるべきだったなと反省してしまう。


「そう、わかったわ…これで、私が最後に入っても大丈夫そうね。…どうぞ。」


そう言って、優貴さんは私に先にお風呂に入るように促した。


「あ、いえ…優貴さん、先どうぞ。」


今日の私は汗は特にかいてないし、急ぐ事もない。

だったら・・・先に入るべきは、優貴さんだ。


「・・・そういう訳にも、いかないでしょ?私は…」


優貴さんのその言葉には”私は他人だから”という意味合いが含まれているように聞こえた。

一応、腹違いってだけ、なんだし…


それに…お互い、そういうの、変に意識し過ぎなのかもしれない。

事情はどうあれ。

私は、優貴さんを憎む事は無い。・・・だって、優貴さん、いい人だもの。



「いえ、良いんです!優貴さん、どうぞ!1番風呂!」


私は、笑顔で優貴さんにそう言った。

気を遣わせた、なんて優貴さんが感じないように。


本来、家族って、普段気なんかあまり遣わないで、過ごせる…そんな感じなんだし。


「…じゃあ…お先に。」


優貴さんは微笑んで、返事をしてくれた。優貴さんのそれは、作り笑顔には、見えなかった。

そうやって微笑まれると…こっちもホッとする。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


優貴さんは、目をちゃんと見て微笑んでくれる。

だからかな…最初の頃、なんとなく、緊張しちゃったのは…


でも、今は。


(本当に美人だなぁ…どんな化粧品使ってるんだろ…)

・・・なんて、思うほど、気持ちに余裕が出てきた。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」



・・・・あれ?優貴さん、まだ、私を見てる。

私も私で、優貴さんを見ている。



「・・・・・・。」

「・・・・・・。」



しばらく、そのままの状態なので、さすがの私もなんとなく、おかしい、と思い始めた所だった。


「・・・・あの、悠理ちゃん?」

「・・・はい?」


先に切り出したのは、優貴さん。

若干、困った顔で、それでも笑いながら私を見ていた。


「…悠理ちゃんに、そこにいられると…私、服脱ぎづらいなぁ、なんて…。」


「・・・・あ。」


(私の馬鹿ーッ!空気読めッ!!)


そう、ここは脱衣室。

いくら家族でも…気を遣う必要が無いように接しようとは思ったけど…そういう事に関して、気を遣えなくてどうすんの!!



「あ、ご、ごめ・・・あの、す、スイマセン、私・・・ッ!」


「あ、いいのいいの。別に女同士だから、脱いでも平気よね?

私もなんか、いきなり脱いじゃって大丈夫かなとか、一瞬で色々考えちゃったわ。」


・・・あ、そうか・・・女同士だから、別にいい・・・のかな・・・。

いや、別に、優貴さんの裸みたい訳じゃないし・・・。


ああ、もうっ!折角、打ち解けてきたのに〜…!



「・・・あ、私、バスタオル持ってきますね!」

「・・・うん、お願い。」


咄嗟のごまかし。

優貴さんには、モロにバレてるだろうけど…現に、クスクス笑っていたし…。


とにかく。

私は、バスタオルを持ってくると言って、脱衣室を出る事にした。


数分後、私はバスタオルを持って、再び脱衣室に来た。


水の音がする。

シャワーの音だ。


脱衣室と浴室とを分けるドア。そのドア越しにうっすらと、優貴さんの姿が見えた。


ドア越しながらも、優貴さんの動きがわかる。

・・・・なんか、髪を洗ってるみたい。

服着てても、あんなにスラッとしてるんだもの…脱いでも、きっと細くて…綺麗なんだろうなぁ…



「・・・・・・悠理ちゃん?」


「あ、はい!」



名前を呼ばれて、びくっとする私。

…これじゃ、単なる覗き魔じゃないの…。



「あ、あの…タオル、置いておきます!!」

「ありがとう。」


シャワーの音が止んで、今度は浴槽の方から音がする。


「…あぁ…」


優貴さんの吐息が、浴室に反響している。



…って、だから!どうして、優貴さんのお風呂の音聞いてるんだか…



バスタオルをおいて、私はサッサと脱衣室を立ち去った。

リビングでTVを見ながらも、私はまだ浴室から聞こえる音を聴いていた。



(…これは、やっぱり、他人だって意識があるから、気になるのかな…)



時間をかけて、優貴さんと過ごせば…いずれ、こんな風に悩んだりもしなくなるんだろうな…私は、そんな風に考えていた。

優貴さんがお風呂から上がった後、私は何故かさっきのように、優貴さんの顔を直視できなかった。


恥ずかしさのような、後ろめたさのような…

自分でも、どこに分類していいのか、わからない思いを抱いたまま。


「どうぞ。ボイラーのスイッチはそのままで、良いのよね?」


濡れた髪の毛を私が持ってきたバスタオルで拭きながら、優貴さんはさっぱりとした表情だった。


しかも…メイク取れても、顔、全然変わらないし…。



「・・・はい。じゃ、行ってきます。」

「ごゆっくり。」



私が浴室のドアを開けると、私のモノではない、ボディーソープの香りがした。

良い匂だなぁ…私、柑橘系とかばっかりだから…こういう花の匂いって…憧れるなぁ…。


(・・・・あ。)


私は、浴槽から見える、お風呂場の様子が変わっているのに、気がついた。

体を洗う為のタオルが、3人分ある。


それから、父と私と優貴さん…それぞれのシャンプーリンス。

私とお父さんはボディーソープを一緒に使っているので、優貴さんのを含めると2本。

洗顔用のソープも2本に増えている。私と優貴さんのモノだ。


浴室のモノ、別に使っても良いと思ってたけど…優貴さんには、柑橘系、似合わないよね…。

ふんわりと柔らかく浴室に優貴さんのボディーソープの香りが漂っている。

ある意味、賑やかになった浴室に、私は一人で、優貴さんのボディーソープを見つめていた。


再び、思う。


(…これは、やっぱり、他人だって意識があるから、気になるのかな…)


そんなことを考えていたら・・・私は、少しのぼせてしまった。





「…大丈夫?悠理ちゃん、随分、長かったけど…」



お風呂から上がってきた私の様子をみて、優貴さんはすぐにソファから立ち上がった。

TVは、いかにも今から女探偵が犯人を追い詰めようと、湖までやってきていたシーンを映し出していた。



「あ、はい…」

「ねえ…のぼせてる、でしょ?」


指摘されても、私はもう誤魔化す余裕もない。


「………ちょっと、だけ。」

・・・そう、言うしかなかった。


「…ほら、こっち。」


優貴さんにされるがまま、私はソファに寝転がされた。



情けない事に。

私ときたら…お風呂の中で考え事してのぼせてしまって。


…典型的な馬鹿な事、やっちゃった…。



「…はい、お水。あと、これ頭にあてて。」


優貴さんは、私にミネラルウォーターの入ったグラスと、氷嚢を持ってきてくれた。



「・・・ああ、すいません、なんか・・・」


氷嚢を顔からずらしてみると、私を心配そうに見下ろす優貴さんの顔が見えた


「…ダイエット?」


「・・・え?」


優貴さんは、今度はしゃがみ込んで、私にゆっくりと低い声で聞いた。


「半身浴でダイエットって、よく聞くから…。いつも、こんなに無理を?」

「えと…」


・・・・・・い、いえない。


ダイエットでも何でもなくて、優貴さんのボディーソープ1本で・・・

家族の行く末や、優貴さんとの接し方等を色々考え込んでしまったなんて。


「いえ、たまたまです。ホント。」

「…そう?ならいいんだけど…。ねえ、もう少し水、飲んだ方がいいわよ。」

「あ、はい…。」


(あ・・・・あのボディーソープの匂いだ・・・)


私の額の上の氷嚢を取って、グラスを差し出した優貴さんからは、あのボディソープの匂いがした。

思わず、目を閉じて、すうっと吸い込んでしまった。


(・・・この匂い、好きかも・・・)


なんだか、癖になりそうな匂いだ。


「・・・悠理ちゃん?」

「・・・あ。」


まだ、ぼーっとしてる頭で、私はとりあえず…優貴さんの持っているグラスを掴もうと手を伸ばす。


「大丈夫?ダルい?」


心配そうな声で、私の頭を撫でながら、優貴さんはグラスを渡してくれた。

私の手に、グラスの冷たさと優貴さんの手の温かさが伝わる。


「…いえ、平気です。」

「じゃあ、もう少し、水飲んで…。」


優貴さんに言われるままに水を飲みながら、私は考えていた。


(…そういえば…ずっと前……)


お母さんが死んじゃった時、お父さんはしばらくして、また普段通りに仕事に行ってしまった。

子供だった私には、それが信じられなかった。


お母さんという大事な家族がいなくなってしまったのに…

傍にいて欲しかったのに、仕事なんて、どうかしているって思った。


お母さんが家にいない。

お父さんも家にいない。


誰もいない家に、私が一人ぼっち。


泣いても、叫んでも、誰もいない。

頭を撫でられるなんて事も。

帰って来てお母さんに、ただいまをいう事や、お菓子や晩御飯は何?と心を躍らせる事もない。


一人ぼっち。


だけど・・・それも時間と共に”慣れて”いった。


お母さんが生きていた頃の匂いだって、薄れていった。

あの頃は、お母さんの匂いを消すまいと、必死だった。


お母さんの匂いがなくなるんじゃないかと、私はお父さんが掃除するのを嫌がった。

お母さんの箪笥には、まだお母さんの服が残っている。



…だけど、今は、お母さんの匂いを探す事も無くなった。

服の匂いをかがなくても、不安にならなくなった。


掃除だって、今は私の仕事になった。

綺麗な家の方が、お母さんが喜ぶだろうから。……そう思えるようになった。


お父さんは私を見て、ある日…こう言った。


”時間が癒してくれたんだな”って。


そうかもしれない。

諦めた、とか、吹っ切れたという訳じゃない。

現に、あの時のどうしようもない不安と寂しさは、今でも心に残っているし。

ただ、時間をかけて、心が少しは慣れたのだと、思う。


ただ、慣れるまで、色々な事をした。

お母さんの匂いや、気配を消さないように頑張ったりもしたし。

お母さん自体が、ひょっこり帰ってくるんじゃないかなんて、夢みたいな事を考えもした。



それから・・・子供の私は、心から神様に願った。




『お母さんを返してください。』

『私を、一人にしないで下さい。』



当然、前者の願い事はダメだったけど…



「…優貴さん。」

「…ん?」




時間は掛かってしまったけど、神様は私の願いをちゃんと叶えてくれたのかも、しれない。

私の傍には”優貴さん”が来てくれた。


お母さんじゃなくて、お姉さんが、私の傍に。


こうして、のぼせてしまった今も、優しく言葉をかけて、頭を撫でてくれる人が傍にいる。



”・・・ああ、そうか・・・私、今もまだ・・・寂しかったんだな・・・”と気付く。



だから…優貴さんが今、家族としてこの家にいる事に…私は…


「優貴さん・・・ありがとう。家に、来てくれて・・・」


ただ、感謝した。


私がお礼を言うと、優貴さんは、すごく驚いた顔をしてから・・・

また優しく微笑んで、頭を撫でてくれた。



「あの…」

「ん?」


「あのボディーソープ…すごいイイ匂いですね…」


私がそう言うと、クスッと笑いながら優貴さんは、グラスをテーブルの上に置いて言った。


「…そんなに気に入ったなら、勝手に使っても良かったのに。」


「ダメですよ…そんなの。」


「そう?結構、憧れていたんだけど…」


「え…”共用”に?」


「ううん、”姉妹喧嘩”。」


…そりゃ、私も一人っ子でしたけど…


「もう…優貴さんってば…」


この先、喧嘩なんか、するのかな…例え、喧嘩しても…優貴さんとは、仲良くしていたい。

もしも、この先、喧嘩したとして…仲直りってどうするのかな…。



なんて事を考えていると。


『・・・ただいまー』


玄関の方から、お父さんの声がした。

私は起き上がり、優貴さんと顔を見合わせて笑った。

お父さんが、リビングのドアを開け、私達の顔をそれぞれ見た。


「・・・ん?お前達・・・並んで、どうした?」


お父さんが、不思議そうな顔で、私達を見るので私達は、吹き出しそうになりながらも、笑いを抑え、声を揃えて言った。






    「「おかえりなさい。」」









その日の朝は、これまで通り。学校へ行った。

いつもと違うのは…『いってらっしゃい』と優貴さんにお見送りされた事と…お弁当を作ってもらった事。


優貴さん…大学生なのに、そんな事してていいのかな、なんて考えたけど…。

学食のパンに飽きていた私は…ちょっと、嬉しかった。




「ねえ、悠理悠理〜」


私が、教室の席につくなり、クラスメイトの野原 望実(のはら のぞみ)が、ニヤニヤしながら、私に話しかけてきた。


校則ギリギリアウトな茶髪と服装で、いつも誰かに話しかける時、小さいお菓子を差し出す。


・・・今日はチョコボールか。


彼女は、いつでもどこでもノリ重視。

楽しい事の影には、彼女がいる。


クラスで気分が沈んでいるヤツがいると、雰囲気をすぐに嗅ぎ付け、望実が絡んでくる。


彼女曰く。

楽しい事をするのに、沈んでいるヤツがいると、自分の調子が狂うらしい。




「・・・んー何?」



チョコボールを一粒摘み上げて、私は口の中に入れた。


「ねえねえ、あの"べっぴんさん"さぁー…新しいお母さん?」


その一言に、私は、チョコボールを飲み込んでしまった。

オッサンのような言葉と顔つきの望実の顔を、私は思わず凝視した。


「・・・・・・・・・・・・・見たの?」

(それよりも、べっぴんさんって、いつの時代の言葉よ…)


望実は望実で、相変わらずにやにやしながらも、少しだけ申し訳なさそうに言った。


「ん?いや、実はさ、今朝、見えちゃったんだよねぇ。

 いや〜…でも、あり得ないよねぇ。あんなのお母さんって呼べないって。」


そういえば、望実のマンションって、私の家の近くだったっけ…


「ち、違うって…あの人は…」


咄嗟に、私は…”違う”という単語を口から出した。

出したは、良いけど…その後が、何故かつっかえた。



「ん?どーした?青少年。」

「だから…あの人は・・・お・・・」


「お?」



「・・・・・・・・・お姉さん。」



どうして、こうも言いにくかったのかな…。


やっぱり…まだまだ、意識の底に、あるんだ…と思う。




  [ それでも、彼女は赤の他人 ]





昼休み。

人目を避けるように、私と望実は、化学室で話をした。


「いやぁ…でも、あり得ないわぁ。あたしなら、絶対嫌だね。」


話を聞いてから、望実は、すっぱりとそう言いきった。


いや…あり得ないのは望実が、教員が持っている筈の化学室の鍵を持っている事だ。

・・・だけど、この際、それは気にしないことにする。


最初だって、私も戸惑った。まったく嫌じゃなかったって言ったら、嘘になる。


でも・・・今は。


「…いや、でも優貴さん、良い人だし。」


この一言に尽きる。

あの人は、半分血が繋がってるだけの話で。

優貴さんが私やお父さんを憎んでいないと知っているだけに、それだけで、優貴さんを憎む事は…私には出来ない。


「違うって〜。おやっさんだよ。マジ無いって。他の家に、自分の子とか、マジ不誠実じゃん。」


正直な望実の言う通り、優貴さんの来た当初、それはチラリと考えた。


お父さんは、優貴さんのお母さんを”奈津子さん”と呼んでいた。

私のお母さんと結婚する前に、奈津子さんと別れ、優貴さんが生まれた事は知らなかった

…だなんて言っていたけど…


それは、本当なのだろうか。


「…あんまり、詳しい事情知らないし…大体、そんな話、聞きたくないから聞いてないんだけど。」


そう。

私は、聞きたくなかった。


どうしてこんな事が起きたのかの経緯をお父さんに聞く事は、お父さんが、自分の母以外の女性と過ごした過去を聞くことに繋がる。

私は…今でもお母さんが好きだ。

死んでしまったとはいえ、あの家で、お母さんが聞いたら悲しむような事を、誰が進んで聞いたりするものか。


「…でも、いきなりお姉さんなんて、気まずくない?」


机に腰掛けて、足をプラプラさせながら、望実はペットボトルのサイダーを飲んだ。


「ん…最初はそうだったけど。今は大丈夫になってきた。」


私も腰掛けて、ペットボトルの紅茶を飲んだ。

望実は、普段ヘラヘラしてはいるが、こうやって私の話をよく聞いてくれる。

他のクラスメイトにも、そうやってちょくちょく関わっては、話し込んでいるらしいけど。


…それも、ある意味、才能だろう。


「慣れるの早。悠理、環境適応能力凄いな〜。」


褒めているのかどうなのかは知らないが…望実は笑っていた。



「うーん…適応、なのかな…」


「んぁ?あれ?順応だっけ?」



「いや、そうじゃなくって。…私ね、優貴さんの事、家族だってと思おうとするんだけど…

やっぱ…どういう位置に持って行って良いか、わっかんないんだよねぇ…。

良い人だからこそ、さ…ちゃんと家族だって、受け入れてあげたら、最高なんだろうけど…なんか…さ…」


どう言っていいのかわからず、私がごにょごにょしていると、望実が先に口を挟んだ。


「いやいや、悠理。それはどうしようも無いって。…受け入れがたい!と思うのは、仕方ないじゃん。

元々が違うんだし。一緒なのは、遺伝子・・・しかも”半分”だよ?キミ。

どういう位置も何も…お姉さんは、悠理と遺伝子半分同じの、他人の家の良い人。


・・・・以上!」



「・・・以上って・・・いや、望実…それ言うと…全部終わっちゃうんだけど。」

「だからさー。要するに、だ・・・なんで、お姉さんの”位置付け”する必要あんのさって話よ。」


「え・・・・・。」

「悠理は、さ…自分の中でお姉さんを、どっかのカテゴリーに入れないと…落ち着かないワケ?

いいじゃん、別に。優貴さん?だっけ…そんなに、良い人だっていうんなら、それはそれで、良いじゃん。

こうなった原因作ったのも、悪いけど、全部おやっさん方面の都合じゃん。

・・・だからさ、悠理と優貴さんは、別にそんな深く考える必要なくね?」


「・・・ん・・・」


望実にそう言われて、私は考え込んだ。

お父さんが悪いとか、そんな単純な事で片付けられたら、どんなに楽だろうか。

・・・というか、なんの解決にもなってないし。


何が問題って・・・。


(どうして、私、こんなに優貴さんの位置を決める事に必死なんだろ・・・。)


それは・・・”優貴さんはやっぱり家族じゃない”という思いが、意識の根底にあるからだ…と思っていた。

どこかでちゃんと、決めないといけないと思っていた。


でも。



『だから、悠理ちゃんにお土産買って来れたり、食べてもらえるって嬉しいのよね。

なんか…妹がいるって…なんか嬉しいなって。』


優貴さんは…私の事を”妹だ”と言ってくれた。

だから、私も優貴さんを…自分の姉だと思わなければならないんだと…思ってしまった。


別に・・・それは、義務でもなんでもないのに。

しなければいけない、と。


そこまで考えないとならないまで、私って…優貴さんを、新しい家族として、受け入れる事が嫌なのかな?

まるで、家族以外のカテゴリーのどこかに入れておかなければ、いけないような気がする…ような…

いや、それは違う。決して、優貴さんを家族だと認めたくない、という訳じゃない。うん。


だって、優貴さんの事、嫌いじゃないもの。これは、本当の気持ちだ。

一緒にいる時間は…決して嫌じゃなかった。



それに、優貴さんと一緒にいる時間は、優しくて、ゆっくりと流れていてどこか心地良くて…


私にとって…

私にとって…あの人は…



黙り込んで考え込む私に、ケラケラ笑いながら望実が言った。


「いやいや〜悩むねぇ〜青少年。

でもさ、あんなべっぴんさんが家に来たらさ〜普通に姉だなんて、思えないって。

そこは良かったね〜。悠理…オマエは女で良かったよ。悠理がもし、男だったら、それはもう…肉欲の宴と…」


それ以上は、言われずとも、私にだってわかる。…下ネタだって事くらい。


「や、やめてよ・・・なんっか、微妙な気分になるからー・・・。」

「ああ、ゴメンゴメン。」


苦笑しながらも、私の中に望実のとある言葉が残った。


『…普通に…姉だと…思えない…』


何故、その言葉が、強く残ってしまったのか…。



その意味に、私は…後日気付く事となる。



『…あの人を…姉だと思いたくない…』という信じられない事にも。




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 ― あとがき ―


突然、神楽の気まぐれで始めた笑いなしの昼ドラテイストのSSです。

のんびり、気まぐれに更新していってます。UP後も修正、ガンガンしてます。(オイオイ)

気まぐれだけに、色々間違えちゃって…申し訳ないです。義理じゃなくて、本命…いや、異母ですよ異母姉妹。(笑)