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「はっ…ぴぷンッ!」


私のくしゃみに驚いてか…道行く人々がこちらを振り返る。

そのうち、2,3人がクスクス笑っている。


自重しろよ通行人、と思う私の横で、望実が大声で笑っている。


「あっはっはっは…い〜や〜悠理〜か〜わ〜い〜い〜”ぴぷん”だって!あっはっはっは!!」

「・・・・・・・・・。」


・・・お前が一番自重しろ、と思う。


望実に誘われて、カラオケに行く事になり、私は街にいた。


『健全な高校生が、悩み、凹みきった時は、カラオケで声を張り上げるしかない!』

・・・という望実の自論に押されて、凹んでもいない私だけど、今日は付き合う事にした。


優貴さんが家にいるからと言う理由で、真面目にまっすぐ家に帰っていた私だけど…


中身は、ちっとも真面目なんかじゃない。


大体、よく考えたら優貴さんって私にコレと言って注意をしたことがないのだし。

カラオケ行って、夜に帰宅しても…別に何も言われないだろうと私は踏んでいた。


・・・心のどこかにあったのだ。

自分の家にいる他人に、自分の生活態度云々言われないだろうって意識が。


・・・ほら、ね?真面目なイイコが、考える事じゃあ・・・ないでしょ?


私は、心の中でイタイ自問自答をして、街に目を向けた。

街には、気を散らす音や光、モノが溢れている。


華やかさだけが先行してゴミゴミしてるけど、街には、私達の好奇心を埋めるだけのモノがたくさんある。

服に、小物に、雑誌で見た芸能人を見たり、新商品をコンビニで見つけたってだけでも

その場のテンション次第で盛り上がれる。


街は、人もたくさんいる。

人がたくさん行きかうから、出会いもある。


「ねえねえ、君達さー何かバイトやってる?君達にぴったりで楽に稼げるバイトあるんだけど、お話だけでも聞いていかな…」


それが必ずしも良い出会いばかりじゃないのは、馬鹿じゃないんだから、私達だって知っている事だ。

望実曰く、顔を覚えられない内に、ガン無視あるのみ。

無表情かつ無言、携帯の画面を見ながら、サッサと歩く。


ある程度距離を離したら、鼻で笑いながら


「…ていうか、ウザくね?」

「話ウマ過ぎるっての…。馬鹿じゃん、あんなのひっかかったら。」

「ナめてるねぇ…うちらをナめてるねぇ…ああいう大人は、青少年の敵だね。悠理。」

「あーやだやだ…気安く肩とか触るとか、あり得ない…。」


なんて言いながら、もう姿も形もない見ず知らずの人を、コケにするだけ馬鹿にする。





いつも行くカラオケ店は、出来てから2年経ってるけど、内装は綺麗な方だし、デザートが美味しいから望実もよく利用する。

ソフトドリンク飲み放題をつけても、十分楽しめるし。


ただ、また人気が出てきたのか…最近、順番待ちの時間が長くなってきているような気がする。

カウンターに行くとやっぱり『4番目くらい、30分待ちになりますね』と言われた。

やれやれ、と思いながら、私は待っている間、どこに座っていようかと席を探した。


私の視線が、とある人の後姿で止まった。


カウンターから見えるのは、長い髪だけなのに何故か、視線を外す事が出来なかった。


「・・・・あ。」


その人が横を向いた。

私は、思わず声を漏らした。


「おーい悠理…会員カード持ってない?あたし、忘れちゃって…ん?どした?」



(・・・優貴さん、だ。)


優貴さんがいた。


優貴さんの周りには、大学生らしき人がいっぱいいて…優貴さんの左隣には女の人がいたけれど…

右隣には……男の人がいた。


優貴さんは、私に笑いかけてくれるみたいに、笑っていた。


(・・・合コン、みたいな感じ、なのかな・・・?・・・それとも、もう・・・)


それとも、もう…付き合うとか、そういう話になってんのかな…。

優貴さん、美人だし・・・


「あー・・・はいはい、大学生の団体だね。悠理、会員カードよ・こ・せ。」


望実が、私の顔の前でパンパンと手を叩いて、カードを要求した。

どうやら、望実は優貴さんに気が付いていないみたい。私は、素早く財布から会員カードを出して渡した。

望実にカードを渡してから、気が気じゃなくなった。チラチラと優貴さんの方を気にしていた。

一人で勝手に頭の中に、優貴さんに見つかったらどうしよう、なんて言おう、なんて考えていた。



「…8名様でお待ちの、春日様〜8名様でお待ちの、春日様〜…」


店員のその声に、優貴さん達が席から立ち上がった。

私は咄嗟に顔を伏せた。


・・・何故そんな事をしてしまったのかは、自分でもわからなかった。


気まずいから?

一応、家族だから?


・・・両方、かも。



「・・・ぅおい、悠理〜…テンション低いぞぉ?」


私の気持ちも知る由も無い、望実は高いテンションと大きい声で私の名前を呼んだ。


「しいっ!!」


私は慌てて、望実の口を塞ぎ、指で静かに、あっちに移動しようと指示を出した。

勿論、望実の表情は”はあ?”といいたげな顔で、私を見たが、とりあえず指示には従ってくれるようで

ひょこひょこと私の指差した方向へと歩き始めた。


私もその後に続こうとしたが・・・




「・・・・・はっ…ぴぷンッ!」




・・・やっちゃった・・・最悪だ・・・・。

こんな時にくしゃみなんて・・・!


「…………悠理、ちゃん?」


後ろから、割と近くで、声がしたと同時に、肩をぽんと叩かれる。

横目で、その手を見るより先に、優貴さんが私の顔を覗き込んだ。


(・・・うっわぁ・・・見つかったぁ・・・!)


動揺しっぱなしの私は、ついに言葉を失った。


「ああ、やっぱり・・・。どっかで聞いたことのある”くちゃみ”だと思ったのよね・・・。

やっぱり、悠理ちゃんだった。…偶然ね。・・・お友達と?」


発見者・優貴さんは嬉しそうにニッコリ微笑んでいた。


・・・優貴さんは、私のくしゃみを・・・何故か”くちゃみ”と言う。

幼児っぽく言うので、からかっているんですか?と聞いたら、『カワイイから』という意味不明な回答をいただきました・・・。


「……は、はい…」

「ほほう…”くちゃみ”ですかぁ…」


望実ときたら、人の気も知らないで、ニヤニヤしている。

その顔は…面白いネタ発見!の嬉顔だ…!


「どうもどうも!はじめましてぇ!野原 望実と言います♪お姉様♪

妹さんは、ちゃんと夜までにご自宅にお返ししますぅ♪」



望実は、元気いっぱい、愛想良く頭を下げた。

それに加えて、コイツ…空気を読むのが上手いというか…お調子者…。



・・・というか、調子良過ぎ・・・!



「あ…お姉、さん…?」


優貴さんは小声でそう呟くと、返答に困りながら…私を見た。

”私、名乗って良いの?”という目で優貴さんが見つめてくる。


私はというと…優貴さんの目を見つめ返して、視線を伏せた。


優貴さんが、自分を悠理の姉です、と名乗るかどうかの決定権を…私は優貴さんに丸投げした。

わずかな沈黙の後。


「・・・優貴です、宜しく。」


自己紹介には、いささか情報を削ぎ落とし過ぎな…シンプル過ぎる優貴さんの自己紹介が終わった。


(別に”姉です”と言ってくれても良かったのに。)と私は思った。



いや…ここは、私が姉だって紹介した方が、良かったのかもしれない…とすぐに思いなおした。

望実はもう、優貴さんの事を知っているのだし…その方が、断然良かったに、決まってるじゃない!と。


これじゃあ・・・私、まだ優貴さんを家族だって紹介できないみたいじゃない・・・。

なんかこれじゃあ・・・まるで・・・後ろめたい事が、あるみたいじゃない・・・。


途端に、また自分が嫌になった。


やっぱり、私は心のどこかで…優貴さんを他人だって、拒絶しているんだ…。

良い人だとしても、私を家族だと思って優しくしてくれている人を、私ってヤツは…。


「あの、ちなみにお姉さんは、何歌うんですか?」


一方、望実は優貴さんに夢中だ。

私でも、そんなに気軽に話しかけないのに…余計な事をペラペラと聞き始めた。


「あぁ…実は私、苦手なのよ、歌。人数合わせで連れて来られただけだし。

単なる大学の親睦会みたいなものだから。」



優貴さんは、笑ってシンプルに答えた。

その答えは…シンプル過ぎて…情報が削がれている気がした。


(・・・親睦会?合コンでしょ、どっからみても、あれは・・・。)


「へェ〜上手そうなのになぁ…」



「優〜貴〜!早〜く〜!」



優貴さんを既に呼び捨ててる所をみると、大学の友達だろうか…

合コンに気合入りまくり見え見えの、いかにも男受けしそうなワンピースを着ている女性が、手招きをしていた。


「あ、はーい。」


優貴さんは、いつも通りだった。

セーターにジーンズ、ワンポイントにネックレスとバングルをつけている。


優貴さんを呼ぶ友人の後ろには、優貴さんの隣に座っていた男の人まで、手招きしている。


(・・・やっぱり、合コンじゃん。)


私はそう思った。大学生って、みんなこうやって遊んでるんだろうな、と。

そんな人達の中に入っていく優貴さんも、そういう人なんだろうか。

馬鹿みたいに遊んで…テスト前だけ慌てて勉強する中学生みたいな。


私達は…その大学に行く為に、勉強しろ勉強しろ言われているのに…。



「あぁ、そうだ…悠理ちゃん…」


優貴さんは突然振り向いた。


「私、3時間くらいしたら、家に帰るつもりだけど、悠理ちゃんは?」

「…え?」


何故、そんな事を聞くの?と私はぽかんと口を開けていた。


「あ、うちらも3時間でーす。」


聞かれてもいない望実は、すかさず答えた。


それを聞いた優貴さんは、ロビーの床を指差しながら

「そう、じゃあ…帰りは一緒ね。」

と微笑を残して、合コン会場へ行ってしまった。


「お姉さん、合コンなのに、悠理と帰る気かな?」と望実が言った。

「わかんない。」

私は、そう答えるしかなかった。私だって、望実と同じ疑問を抱いていたからだ。

ロビーの床を指差したのは、ここで待っててね・・・みたいな意味だろうか?


(・・・あとで、メールしてみようかな・・・)


複雑な気分の中…私達は店員に呼ばれ、部屋に入る事となったが…

あんなに頭の中で”これ歌おう!”と曲や、頼む予定のデザートも決めていたのに…


私は、すっかり忘れていた。







「っかー!もう、キー高いなぁ〜声出ないよ・・・あれ?悠理、次入れた?」



望実は、流行の歌を次々と歌う。ジャンルは問わない。その場が盛り上がれば良いのだそうだ。


「・・・あぁ、ゴメン。」


TV画面には、次の曲が予約されていない為、新曲リリースのお知らせをする歌手が出て

自分の歌の歌うポイントは「楽しく、踊りながら歌う事」などと教えていた。


私は、優貴さんが私と一緒に帰るつもりなのかが気になっていた。



『そう、じゃあ…帰りは一緒ね。』


優貴さんは、確かにそう言って、ロビーの床を指差した。

あれは、ここで待ち合わせね、というサインと普通考える。


・・・だけど・・・あれは・・・合コンでしょ?


せっかくの合コンを途中で抜け出すなんて、あり得るだろうか?

なんだか、既に…4対4で…なんか、カップルも出来てたみたいだし…

優貴さんの隣にいた男の人…顔は悪くなかったし、性格も良さそうな、人懐っこそうな笑顔だった。


私は、確認のメールを優貴さんに送ろうと思ったが、何をどう聞けばいいのか、途中でわからなくなった。


もしかして、優貴さん…また私に気を遣ってるのかな…。

身内に合コンの現場見られて、そのまま合コン続けるのが気まずくなったから、かな…。


いや・・・私自身、一緒に帰るのは、全然構わないんだけれど・・・


・・・本当に、それでいいのかな・・・?


考えれば考える程、深みにハマった。


「悠理。」

「ん?」


望実は、溶けかかった私のパフェを横からスプーンですくいながら言った。


「……考えても始まらない時は、とりあえず動いてみ?もう身内なんだし、サラッと聞けばいいじゃん。」

「・・・・・・うん。そう、だよね。」


望実は、私に「わかりやすいヤツめ」と言いながら、さっさと選曲を始めた。

背中を押されて、私は悩むのを止め、メールの文章を作成し、送信ボタンを押した。


 ”本当に、私と一緒に帰ってもいいんですか?”


そして、私の選曲が終わらない内に、望実が歌い出した頃、優貴さんから返信が来た。


 ”勿論。というか…早く帰りたいの。(^-^;)”


(・・・なんだ、帰る口実が欲しかったんだ・・・。)


文章を見て、私はすぐにそう思った。

優貴さんからのメールの文章は、画面下へと続いていた。


”それに、友達には妹といっしょに帰るからって言っちゃったのっ。だからお願いっ(>人<)”


大学の友達には、私は妹として…紹介されているんだ…。

私なんか、異母姉妹だって知ってる望実にすら、優貴さんを姉だと紹介出来なかったのに。

罪滅ぼしに似たような気持ちで…私は返信した。


”じゃあ、ロビーで待ってますね(^ ^)”


メールを送ってから、早く2時間半経たないかな、と思った。


だって、優貴さんは…帰りたがっているんだもの。






時間って、思ったほど簡単にすぐ流れてはくれない。



歌ってたらすぐだ、と思っていたのに、携帯電話の時計は休んでいるんじゃないかと思うほど、進んでいない。

望実は、頻繁に携帯をみる私に”彼氏出来たてか?”と軽くツッコミを入れて笑っていた。

私はあえて、そのツッコミに構わず、歌った。


歌いながら、私は無意識に、この後の予定を考えていた。


優貴さんは、苦手だなんて言ってたけど…何歌うんだろう。帰り道、聞いてみよう。

あと…コンビニも寄ろう。

お菓子とか買って…優貴さんだって、家でゆっくりしたいだろうし・・・。


1時間半くらい経過したところで、私はトイレへと向かった。

個室に入って用をたしていると、ドアをあける音と、靴音が複数。


「ねェ…優貴ー。ホントに帰っちゃうの?・・・倉田君、優貴と良い感じだったじゃない。」

「全然。それに、妹と待ち合わせしてるから。」


少し低い声。優貴さんの声だとすぐにわかった。

会話から察するに・・・友達は、優貴さんを引き止めているらしかった。


「帰ったら、絶対もったいないって!せっかくのキャンパスライフだよ?セッティングした方にもなってよ〜

妹なんか、結婚してからでも会えるんだから、放っておいて良いじゃ〜ん。」


「…人数合わせの任務は、ちゃんとこなしたでしょう?会費も払ったし、私は予定通り帰るわよ。」


個室にこもり、会話を聞いていた私は…優貴さんの方が、身内でよかったなと思った。

別に合コンを否定する訳じゃないけど…なんだか、優貴さんの方が頭良い人に思える会話だったからだ。


「あ、ねえねえ…もしかして…倉田君、優貴の好みじゃなかったとか?」

「・・・いやに、押すわね?」


…いや…当事者でなくとも、ここまで聞けば誰でも解る。


「うーん…白状するとね…実は倉田君がねー…、優貴が来なかったら、今日の合コン来なかったかもしれないのよ。」


(・・・ほら、やっぱり・・・。)


一方、優貴さんは…


「・・・ふーん。」


素っ気無い返事。

・・・そりゃ、そうだ。優貴さんは、帰りたがっているんだもの。


「…え…興味なしッスか?藤宮優貴さん。」


苦笑する友達Aの問いに、優貴さんの声は答えた。



「え?…あぁ……悪いけど…私には、やらなきゃいけない事があるのよ。・・・だから。」



(やらなきゃ、いけない事…?)


その言葉には、物凄い重みに満ちていて。

何故だかわからないけれど…優貴さんの…強い決意のようなモノが、感じられた。


「何よー・・・一人で真面目ぶってー”お勉強”ですかぁー?」


「・・・ふふッ・・・・・・秘密。」


「なによー教えてよー。」

「とにかく、帰る。・・・ごめんね?」

「・・・うん、わかった。倉田君には恨まれそうだけど・・・他の女子は、喜びそうだわね。」

「でしょ?女の恨みって、怖いんだから。」


茶化す友人Aに優貴さんは、笑いながらそう言って、トイレから出て行った。


(…秘密…)

人気が無くなったのを確認して、私は個室から出た。


「…秘密、か。」


優貴さんが秘密を抱えている。気にならないといえば嘘になるけれど…優貴さんだって、一人の人間だもの。

いくら良い人でも秘密くらいある。私だって、優貴さんに言えない事…たくさんあるし。


…私は、てっきり優貴さんが合コンにノリノリでいるものだと思っていたし、私と帰ると言っても…

私に見つかったから帰るんじゃとか…また気を遣ったんじゃないか、なんて思ってた。


帰りたい、という優貴さんの気持ちが…本物で良かった。

疑るだけ疑っておきながら、私は…優貴さんが、私に本心を話してくれているのだ、と知って嬉しかった。




「遅〜い!歌えよ〜青少年〜!」


私が部屋に帰るなり、望実は酔っ払いのようにマイクを向けて絡んできた。

苦笑しつつも、私は約束の時間まで歌った。


約束の3時間後。

会計を済ませると、私は辺りを見回した。ロビーには、優貴さんと…男の人…多分”倉田君”がいた。


俗に言う、優貴さんに好意を寄せている人…。


(・・・え?・・・なんで、いるの?)


”倉田君”の存在は、私にとっては、予想外だった。


…別にココに、いなくてもいいじゃない。


そう思った。


だって、優貴さん…別に興味も何もないんだよ。



やがて私に気が付いた優貴さんは立ち上がり、手を振って近付いてきた。

その後ろに倉田君らしき男の人が付いてくる。視線はずっと、優貴さんに注がれている。


「……あ、待ちました?」


私は、優貴さんの後ろの人物を気にしつつ、とりあえずそう言った。

入室のタイミングからして、多分10分くらいは待っていると思うけれど。


「ううん、全然。…じゃあ…私これで…。」


優貴さんは、私の両肩に手を置いて、くるりと倉田君方面へと一瞬振り返り、素早く店を出ようとしていた。

・・・まるで、逃げるように。


だが、倉田君はそこで見送ろうとはしなかった。


「…あの、今度は俺から誘っていいかな。」


倉田君は、優貴さんにはっきりとそう言った。

普通は、こういう行動を男らしい態度と評価するんだろうけど…


「…あの、妹の前で、止めてくれる?」


優貴さんは、少し間を置いて、笑顔でそう言った。

ハッキリとお断りを宣言、ちょっと言葉は刺々しいけれど…優貴さんの声はやんわりとして優しかった。


「ゴメン。でも、俺…もう一度、優貴ちゃんに会いたい。あの…今度は、ちゃんと、2人で会いたいんだけど・・・。」


倉田君は、真っ直ぐ優貴さんを見つめて、そう言った。

優貴さんは、私の肩に手を置いたまま、倉田君を見つめていた。



(・・・なんだか、私・・・空気みたい・・・。)


というか、完全に邪魔者以外の何者でもなかった。


助けを求めるように、望実の方を向くと…

望実は”うほっ♪”と声を漏らし…例によって例のごとく…ニヤニヤしていた。


・・・・・・こういう空気をブチ壊してこそ、の望実なのに・・・。

ダメだ、少しでも面白そうな事を目の前にしたら、ヤツはあてにならない・・・。


「……あの、私…外にいましょうか?」


たまらなくなって、私は優貴さんにそう尋ねた。

すると、優貴さんは首を振って、ニッコリ私に笑いかけてくれたが、すぐに笑顔を消して、倉田君にこう言い放った。


「・・・さっきも言ったけど、家族の前でやめてくれない?

悪いんだけど、私には、そんなつもり無いから。・・・会うなら、みんなでまた遊びましょ?

・・・友達として。」

「あ・・・」


”倉田君”は絶句した。

…友達という関係以外で、会う気なし。それは…優貴さんのハッキリとした拒絶だった。

”家族の前でやめて”という時…私の肩に置かれた優貴さんの指に、力が少しだけ掛かったのを、私は感じた。


私は私で…心の中で(…じゃあ、今私がいなかったら…どうなっていたんだろう・・・。)・・・なんて事を考えていた。


「…かっけー。マジ、ぱねえ。 ※かっこいい、本気で、半端なく。という意。」


望実が後ろから、ノリノリで拍手を送った事で、倉田君に完全にトドメが刺された。


すると今度は、物陰から大学生らしい男の人が2人飛び出し、絶句したままの倉田君の首を捕まえると

”よーし!今夜は飲むか”と嬉しそうに白い歯を見せて笑いながら、店を出て行った。

そして、その後を追いかけるように、女の子3人が優貴さんに手を振りながら店を出て行った。





私と望実、そして優貴さんの3人は、大学生達とは反対の方向へと歩き出した。



外へ出ると、夜特有の街の明るさが、視覚を刺激した。

光の強さは昼間より増していて、昼とは違う華やかさと妖しさで街は満ちていた。



「・・・姉さん、マジカッコ良かったです!あたし、ファンになりました!」


望実は、いつになく、はしゃいでいた。…優貴さんの腕までとって。それに、”姉さん”って呼ぶな。


・・・私だって、まだ呼べないのに。


一方、優貴さんはというと…店を出てから苦笑いのままだ。


「そう?私としては、友人が減っちゃって、ちょっとブルーなんだけど。」


それを聞いて、本当に…優貴さんにとっては、倉田君は最初から友人でしかなかったんだな、と思った。

優貴さんは倉田君にお友達宣言をしたが、あの後に友達付き合いなんて…どう考えても難しい。

それが、告白するリスク、と言うヤツだ。



優貴さんの言っていた…”やらなければならない秘密”も気になるけれど…


それよりも。


優貴さんが、私がいたから気を遣って、合コンに行きたいのに我慢した・・・という訳じゃない事に、安心した。


散々アレコレ好き勝手な事を思っていた自分を棚に置いて、私はまた勝手にそんな事を思っていた。



「やっぱり、あんなの行かなきゃ良かったわ…悠理ちゃん、晩御飯どうしようか?」

「…あ、別に…お父さんは今日も遅くなるみたいだから、私達だけで済ませてもいいって。」


私と優貴さんの会話に、望実がするりと入ってくる。


「いいな〜いいな〜…あたしは、親から”帰って来い!”って絵文字無しのお怒りメールだよ。」


優貴さんの腕を両腕で掴んだまま、まるで帰りたくないとダダをこねているようにも見えた。

…私は無愛想に「じゃあ帰りなさいよー。」と望実に言ったが。


「怒らないから、言ってごらん!っていう親の99%は怒るでしょ〜?こんなメール送ってきた時点で、あたし怒られちゃう系決定じゃん。」


怒られても良いから、帰ればいいのに、と私が思ったが。


「・・・帰れる場所と待っててくれる人がいるのなら、出来るだけ帰った方がいいわ。」


望実に、まるで諭すように優貴さんはそう言った。

トーンの落ちた声だったが、街の声に消される事もなく、私の耳にも聞こえた。


「・・・・・・あ。」


(…優貴さん、お母さん死んじゃってるし…今の家は、優貴さんの本来の家じゃないんだ…)


ふと見ると、望実が私の顔をじっと見ていた。そして目が合うと、望実は空を見上げながら、口を開いた。


「……じゃあ…帰ろっかな〜、あたし。」


望実はそう言って、また笑いながら、優貴さんの腕を放し、手を振って私達に別れを告げた。

・・・望実の歩いていく方角は、どう考えても、望実の家の方角じゃなかったが、私が引き止める間もなく、いなくなってしまった。


私が、ちゃんと家に帰ったら連絡しろよと携帯でメールをしようとすると、優貴さんがボソリと呟いた。


「なんか私・・・悪い事、しちゃったかな。彼女に。」

「・・・え?優貴さん…どうして?」


「さっきの…別に…帰れって意味じゃなかったんだけど…なんだか、そう言ってるようにも聞こえてしまったかなって。

…もしかしたら彼女、何らかの理由で帰りたくなかったのかもね…家に。」


「・・・あー・・・。」

思い返してみれば…望実は、いつも友達といっしょだった。

いつも、楽しそうな事を求めて友達を誘って、大抵…望実は人の輪の中にいたが、それは家族じゃない。

家で過ごしている望実の話はおろか、家族の話や…望実自身の話は、あんまり聞かない。

ただ、夜な夜な遊び歩いている、誰かを慰めている、という話しか聞かない。


優貴さんの言う事、あながち・・・外れてないかもしれない。


(・・・アイツ・・・。)

心配になって、私はすぐに望実にメールをした。

望実も望実なりに、悩みがあるのかもしれない…。


『……悪いけど…私には、やらなきゃいけない事があるの。』


(・・・そういえば、なんだったんだろう?優貴さんの、やらなきゃいけない事って・・・。)


隣を歩く優貴さんの横顔を見ながら、私はトイレの個室で盗み聞きしてしまった優貴さんの言葉を思い返した。

…”誰にでも、秘密はあるんだ”と思いつつも…すごく気になっていた。



コンビニに寄って、優貴さんとお弁当を選んでいる時に、望実からメールが来た。


”今、チカとミユキにバッタリ会っちゃって、またカラオケにいるよッ!どんだけ〜www”


文面を見た後、添付された写メにはマイクを持って変な顔をしている望実とクラスメイトがいた。

・・・それを見た私は、何故かどっと力が抜けた。


「・・・アイツ・・・天性の遊び人だわ・・・」

「・・・若いわね。望実ちゃん。」


というか、やっぱり家に帰ってないんじゃないか、と私と優貴さんは携帯の画面にツッコんだ。


結局お弁当よりも、お菓子をやや多めに買い込んでしまった私達は

コンビニ袋の持ち手を片方ずつ持ちながら、まるで手を繋ぐ姉妹のように家へと帰った。



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大分しんどくなってきました・・・書くときは、計画的に・・・